48.僥倖―15『急報―1』
ジヴェリ機械製作所の試験棟内に、クラムが何処からかトラックに載せて運んできた荷物を見たハーランが発した奇妙な言葉。
『トコトコ』というのは人間の脚部が独立したような――正確には下半身だけが生を得て動き回っているかのような怪異である。
胴部を上下に両断され、非業の死を遂げた人間のなれの果てとも、
悪霊、妖魔、幻獣――いずれ不死の妄獣であるとも言われている。
総じて魔獣のような生物でなく、化生の類いと思われている存在だった。
要するに、目撃例はいくつかあれど生死を問わず捕獲されたことは無い。
だから、いまだ詳細は不明なのだが、それはさておき、ハーランがそうした怪異の名をつい漏らしてしまったのにはワケがある。
サントリナ王国の軍人――それも空軍に所属している、それなり以上の階級にある軍人であれば、苦い思いと共に呼び起こされる記憶が。
『制圧戦用大型飛行機械配備計画』
後の世であれば戦略爆撃機と呼ばれたであろう大型軍用機の開発、ならびに新軍種発足・運用計画がそれだ。
ハーランがまだ尉官であった当時、サントリナ王国のみならず、ローレンシア大陸西部域に割拠する列強をはじめの諸国において、ほぼ同時期に発案された一種のブームとでも言うべき軍備計画である。
計画の引き金となったのは一冊の著述。
著作者の名をとり、『ドゥーエ理論』と名付けられた将来の戦争、その形態についてを予測した論文だった。
曰く、過去より連綿と発展発達してきた兵器、またそれら体系は、今後もおなじく発展発達してゆくだろう。
その趨勢は押しとどめようもなく、兵器の進化に限りや果てなどないように思える。
故に限界を先に迎えるだろうのは、兵器を駆使する加害者にして被害者たるヒトである。
なぜならば、
旧型、現行型、新型――改良され、更新されるごとに威力を増す兵器群は、破壊の規模を拡大し、
加害者であれ被害者であれ――勝者、敗者の立場を問わず、『戦争』が後に残すものは破壊のみ。
勝利によって得られる戦利など無く、破壊され、鏖殺された灰燼と骸の山を負債として抱える結果となるからだ。
敗者はもちろん、勝者においても戦後の混乱をまぬがれえない道理である。
であれば、祖国指導に責を持つ者、槍であり楯である軍の目指すべき途はおのずと一つに定まる。
すなわち、『経空侵攻、要地防衛』
敵地へは空から攻撃をくわえ、陸上戦力はもっぱら自国の防衛につとめる――これである。
長躯侵攻可能な大型爆撃機多数をもって編隊を組み、敵の重要拠点――政治中枢、軍事基地、工業地帯、都市に攻撃をくわえ、開戦間もない緒戦の段階にて戦争に勝利をおさめようとするものだ。
…………。
……。
――と、これが『ドゥーエ理論』の概要であり論旨。
地上で要塞や塹壕をもって対陣し、複数年もの長期間戦い続けるよりも戦争初期の段階で敵に大被害をあたえ、よって継戦能力、また士気を奪って早期の終戦を目指すというものだった。
論文は発表されると同時に様々な国からの注目をあつめ、それらの国内にて政治家、軍人を中心として論争が巻き起こった。
理論を紙上のものから現実のものとするには巨額の予算が必要なのは自明であったが、それと同程度かそれ以上に戦争の早期決着――戦費、動員をはじめの国家負担が減らせる(かも)というのは魅力的だったのだ。
(問題は――)
停車したトラックの荷台を見つめながらハーランは苦く思う。
(理屈としては正しいのかも知れないが、それが兵器である以上、数をそろえなければ意味がないということだ。そして、我が国では当時、誰もそのことに気づかなかった……)
『バスに乗り遅れるな』
感覚としてはそれに近かったのかも知れない。
論文が世に出回り、ローレンシア大陸西部域の国々がその実現を模索しはじめると、サントリナ王国もまた、『制圧戦用大型飛行機械配備計画』をぶちあげた。
それをゴシップ系の新聞などが軍事にさして興味の無い一般市民にもイメージのしやすい『空中艦隊計画』なるキャッチコピーで記事化したものだから世間にも火がついた。
雲一つない空の高処を隊列を組み、堂々と進軍していく大型機。
敵地の上空にさしかかると機腹の扉がひらいて、そこから次々に爆弾が投下されていく……。
これだ。
上から下まで、まるで熱にうかされたような状態になってしまったのだった。
結末は悲惨だった。
なにしろ研究開発から軍種発足、兵員、機材配備etc.と莫大な費用が必要となる。
当然、空軍だけではまかなえず、陸軍、海軍からも予算を調達し、それ故、資金を出すなら口も出すという事になってしまった。
本来の爆撃任務だけでなく、輸送、哨戒、偵察その他にも使える多目的機として使えるようにしろとの要求が突きつけられたのだ。
大型の爆撃機の製造にしてからが未経験であったのに、そこに加えてのムチャぶりである。
結局、『制圧戦用大型飛行機械配備計画』は、計画の中止が決定されるまでに機体の着陸脚のみしか形とすることが出来なかった。
モックアップどころではない。複数の要求にしたがい描かれた設計図の膨大な山――それのみを残して計画は雲散霧消したのだった……。
(どだい、大型爆撃機を多数保有できるだけの予算なんて我が国にある筈がないのに……)
相当数の政治家が失脚し、軍人が予備役に追い込まれ、企業がかたむいた。
唯一完成した着陸脚には、それが支えるべき機体が無い。
だから、『トコトコ』
サントリナ王国空軍将兵にとって、見るも忌まわしき過去の汚点なのだった。




