41.僥倖―8『喧噪へのいざない―8』
空冷複列星型一四気筒。
これがモルトが手に入れ、ジヴェリ機械製作所が自社製の〈ドラゴン・チェイサー〉に組み込もうとしている航空エンジン仕様の概要である。
プロペラの回転軸を中心として放射状にレイアウトされた七つの気筒――それを前後にふたつ串刺し状に並べたというのが基本形状だ。
大ざっぱに説明するなら、一列七気筒の星型エンジンを二基連結し、一つのエンジンとしてまとめあげたものと言うことができる。
シリンダーを前後方向にズラリと直列に並べた液冷式と異なり、回転軸と直交平面、同一列に配した――全長が短い空冷エンジンならではの出力増強策が具体的なかたちをとったものだ。
なにしろ同型のエンジンを前後に連結するだけだから、飛行時の空気抵抗は増えないし、馬力発生の根源たるシリンダー数は単純に倍。
これで出力アップがはかれなければおかしいというアイデアであり、その実物だった。
離昇出力一八〇〇馬力。
現用、かつ最新の、主として軍用機が搭載している航空エンジンよりも倍ちかい数値。
そんな大出力のそれは、しかし、同様に排気量も一〇リットル以上おおきく、当然、発散させる熱量も大であろうこと間違いない。
素の状態でそれなのだ。
コンペティションで戦うためにチューンナップを施し、出力を三〇〇〇馬力(以上)にまで高めるとなれば、エンジンの冷却まわりを十全なものとしていなければ、離陸後いくばくもなくオーバーヒートしてしまう事にもなりかねまい。
「長時間にわたり安定動作させるためには工夫が必要、か」
そう呟きながら、ハーランは、機体と同様、間近な位置にまで足をはこんで、様々な角度から〈ドラゴン・チェイサー〉の心臓をのぞきこみだした。
これまた機体(の模型)と同様、そうするのは初めてではないのに、まるでこれが初見ででもあるかのように、くりかえし感嘆か困惑か、それとも他のなにかか――吐息や唸り、呻きの声をもらしはじめる。
それは確かに、彼が所属しているサントリナ王国空軍……、いや、空軍どころか民間をふくめた航空業界、のみならずローレンシア大陸西部域において、航空用空冷エンジンは少数派である。
別にエンジンとして劣っているとか、製作が難しいとか、コスト的に割高であるとか等でなく、ただなんとなく液冷が主流となっている。
たぶん、航空エンジンの黎明期において、元祖とも言うべきエンジンがたまたま液冷式だった。あとは、それを叩き台として航空エンジンは改良、発展、派生品が生み出されていったが故のことなのだろう。
後発組だったのだろう空冷エンジンは、航空エンジン普及の過程で市場シェアを獲得するのに出遅れてしまった――そういうことだ。
とまれ、
そういう次第で、世の一般の人間よりは航空エンジンという機材に接する機会の多いハーランといえど、それは珍しい見物で、
ジャケットに包まれた液冷エンジンと較べ、本体機構がむきだしである無骨さは、どこか男としての感性にクるものがあった。
野性的、獰猛そう――外観から受ける感じからして原始的な力感にあふれている、とでも言うのだろうか、
つるりとした感の液冷エンジンと異なり、シリンダーのそれぞれが短冊のような放熱板で覆われた空冷エンジンは全体にゴツゴツとした印象だ。
真正面に立ち、向かいあったなら、手前側の七気筒がまず目に入り、各シリンダーとシリンダーの隙間から後列のシリンダー群がうかがえる。
機体前部から流入した外気がエンジン――シリンダー群を冷やす。その際、位置的に不利な後列が十分な冷却効果を得られるよう、前列と後列はプロペラ回転軸を中心に取付角度を一気筒分ずらしてあるからだ。
視覚的に機構が把握しやすいことは元より、一種、荒々しいそうした佇まいが、液冷エンジンと較べていかにも『強そう』な雰囲気をかもしだす事となっている。
「う~~ん」とハーランが感に堪えぬという風に、ときおり唸るのもある意味納得できるというものだった。
「良いエンジンじゃろ?」
機体模型ほどではないが、それでも、やはり、魅入られたような状態となったハーランに声がかけられる。
モルトだった。
それまで腰かけていた席を立ち、エンジンの傍らにまでやって来ると、その横腹に、ひたと掌をあてた。
「航空エンジンとしては確かにデカい。空気抵抗もそれなりじゃろうが、無理にコンパクト化をしなかったぶんだけ造りがスナオじゃ」
かるく拳をにぎってエンジン前部につきだしたプロペラ回転軸をノックするようにコンコンと叩く。
「エンジンの各処がデカいから追加で加工やら細工をするのも楽じゃしな。ポート研磨をするにせよ、ボアアップを考えるにせよ、いずれ、ちまちまと小ちゃなコンパクトなそれより手間もやれる事の幅も段違いだわい」
と言って、からからと笑った。
「ぜんたい、じゃ」
そして、そこで表情をあらためると、ハーランの方へ向きなおる。
「地上をはしる自動車のそれと違って飛行機械に載せるエンジンは空をゆくのじゃぞ? 高度三〇〇〇メートルで気温はだいたい七度くらいか。六〇〇〇メートルにまで上がれば氷点下一〇度を割り込み、これが〈紅い星〉の舞う高度一〇〇〇〇メートルの高みともなれば氷点下五〇度ともなる。
「液冷式のエンジンにしたところでラジエーターを冷やすのは空気。つまり、極論するなら、エンジンというのはそのすべてが空冷式なのだとも結論できるのじゃ」
スパッと言いきり、野太い指先をハーランに突きつけるようにした。
「したがって、儂ら〈ドラゴン・チェイサー〉を造らんと志すものが腐心すべきは飛ぶべき高度と、そこでの出力確保の決定と確保の二点となる道理よ」
エンジンのオーバーヒート対策は二の次でいいと言いきったのだった。
「ふむ……」
一種、傲岸、あるいは独りよがりな思い込み的な言葉ではあったが、言われてハーランは目を瞬いた。
エンジンは機首部にあるもの。
その冷却装置を機体の任意の場所に取り付け可能な液冷式と異なり、空冷式はそうでなければオーバーヒートの危険性から逃げられない。
それは、言うなら、『常識』ではあった。
しかし、そもそも実用機ではなく、最高速を記録するためのほんの何時間かを飛べればいいだけの〈ドラゴン・チェイサー〉には、その常識は必ずしも当てはまらない。
一理あるのではないか、と思い直したからだった。
現に、今、モルトがあげた高度三〇〇〇メートル、六〇〇〇メートル、一〇〇〇〇メートルでは、たとえば酸素濃度は約七〇%、五〇%、三〇%に低下する。
エンジンが発揮する馬力も、だから低下するわけだが、同時に空気抵抗もまた減少するのだ。
その兼ね合いの見極めの方が重要だとのモルトの言葉に、なるほどと思ったからである。
(どうもイカンな……)
頭をかきたい思いで小さくクッとわらう。
〈ドラゴン・チェイサー〉は実用機ではない。
それはわかっているのに、自分が抱く疑問や要望、改善点は、すべからく実用機――それも、日頃、駆っている『戦闘機』に対するようなものなのだ。
それだけ(無意識のうちに)この機体に入れ込んでいるということでもあろうが、時にそれを指摘され、あるいは自覚するとおかしみを覚える。
(主脚だって投棄式なのにな)
自嘲するように思った時、
「少佐殿~!」
試験棟建屋のなかで彼を呼ばわる声がした。




