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4.邂逅―4『ジヴェリ機械製作所―1』

 サントリナ王国という国がある。

 列強ひしめくローレンシア大陸西部域、その片隅に位置するちいさな国だ。

 大陸を東西にはしる脊梁(せきりょう)山脈アーカンフェイルの峰々を北辺に配し、その山脈が南に向かってなだらかに高度を下げ、やがて海になだれおちる――ぜんたいに高地がちの地勢を国土となしている。

 国土の西側は湖沼地帯。

 アーカンフェイル山脈を水源とする湧水が、ながい歳月の後にそもそもは泥炭地だった土地を水没させ、イェーゼロ湖をはじめとする大小無数の湖沼地帯を形成。

 東には、やはりアーカンフェイル山脈を水源とする大河、レカ河が南に向かって流れ、これがそれぞれ隣国との国境線となっていた。

 東西二二〇キロ。南北三五〇キロ。

 わずかに南北にながい国土は、その南で海に接している。

 口の悪い人間に言わせると、山と河と湖と、そして海にまで囲まれたどんづまりの国ということになる。

 主要な産業は酪農、穀物、また果樹栽培を中心とする農業だが、東部のレカ河に面した地域では、工業――精密機械、光学機器、化学、医薬品など、重工業というよりは高付加価値の産品を生産する産業が発達している。

 また、七〇〇〇メートルをこえる峻険な鋭鋒をあまた有するアーカンフェイル山脈への登山、あるいは避暑などの観光保養産業も重要な収入源となっていた。

 現在の総人口およそ五六〇万人。

 ちいさくはあるが、まずまず豊かな国だった。


 国土のほぼ中央――そこに存する王都オーレリアルオールから北東に約九〇キロ。アーカンフェイル山脈の裾野(すその)ちかくに工業都市カラントゥールはある。

 もともとは近在の炭鉱を礎として発展した街で、現在はレカ河河畔に建設された新興の重工業都市ラリオールに押されつつあるものの、それでも依然、王国の主要工業地域のひとつである。

 いま、中小規模の工場が軒をつらね、ひしめくように建っている街の中――風雪と、それから人たち、荷車等の往来によってすり減った石畳の上を一台の自動車が走っていた。

 スポーツカーだ。

 塗装はハデハデしい紅。

 爆音をまきちらしつつ街路を走るそのスポーツカーは、通りを行き交う他の自動車や馬車、人の注目をあびながら、街の中を疾走する。

 そして、

 どちらかと言うと、工場と言うより工房と呼んだ方がしっくりくる比較的ちいさな構えの建物が多いこの街にあって、例外的に大きい、とある工場の前で停車した。

 ジヴェリ機械製作所。

 門柱に掲げられた表札には(かなり色()せ判読しにくかったが)そう記されてある。

 門柱の脇には門衛の詰め所だろう小屋が設置してあり、門扉は開放状態であったが、スポーツカーのドライバーは来意を告げるべく、いったん自動車をとめたのだった。

 が、運転席からのぞいてみても詰め所の中には誰もいない。

 と言うより、(昼間のこととて必要ないのかもしれないが)室内には照明もつけられてはおらず、なんだかろくに使われていないような感さえあった。

 それが証拠(?)に、シートから腰をうかせ、首をのばして見わたしたかぎりにおいて、部外者に書かせる訪問受付の台帳や、門衛が社内に連絡をとるための内線電話など、この種の場所には必須であろうアイテムをドライバーは見つけることができなかった。

 しかし、それでも礼儀は礼儀。

 真紅のスポーツカーはなおも数分間その場に停車しつづけ、ついにこれ以上時間を消費してもなにも動きがないと確信がもててから、ようやく敷地の中に乗り入れられた。

 前庭をつっきり、正面に建つ木造のビル――玄関前の車寄せに停車する。

 地面の上に降り立つと、ドライバーはかるく服装の乱れをなおし、助手席に積んでいた花束をかかえるように手にとった。

 真っ赤な()()の花束だ。

 仕上げとばかりにあいた片手で髪をかるくなでつけると、ふと眼前の建物をドライバーはふりあおいでみる。

 白く塗られた三階建ての木造建築。

 ボロい。

 思わずそんな言葉が口をついて出かねないほど、建物はふるく、外壁の傷みもかなりなもので、お世辞にも手入れが行き届いているとは言えなかった。

 実際、玄関先の踏み板も、その上をドライバーが歩をすすめる度にギシギシとかなり大きな音をたてて(きし)み、たわんだ。

 足の裏につたわってくる感触から板材の厚みはそれなりのものと察せられはしたものの、それでも、やはり、床板を踏み抜いてしまいそうな気がして、おっかなびっくりソロソロと歩く。

 だから、足下にばかり気がいって、目指す玄関扉に対する注意がおろそかになっていたのだろう。

 観音開きの玄関扉、その横についている呼び鈴をドライバーが押すより早く、

「は~い!」

 元気な少女の声がして、バン! と勢いよく扉が中から押し開かれた。

 同時に、そこから人影がとびだしてくる。

 ミーシェル・エアミシエル・オレリアン。

 いつぞや、不時着した軍の飛行機からパイロットを助け出した、あのエルフの少女だった。

 その少女が玄関の扉を押し開きながら、はずむようなステップでポンととびだしてきたのである。

 スポーツカーのドライバー、そしてミーシェル――互いに互いが、なにをどうする(いとま)もなかった。

 ばふッ! と音をたて、少女は勢いよくドライバーの胸、そこにかかえた花束に顔をつっこんでしまう。

 おそらく自動車のエンジン音や玄関先の踏み板の軋みから、来客の訪れを感じ取り、郵便配達であるとか、いつも訪ねてくる客のつもりで先回りして扉をあけてくれたのだろう。

 が、

 今回に限っては、そんな親切心は見事に裏目で、ピョンととびだした彼女の眼前にひろがったのは、ただ一面の薔薇、薔薇、薔薇――真っ赤な薔薇の花束だったというわけだ。

「――!?」

 少女も驚いただろうが、呼び鈴を押す前に扉がひらき、あまつさえ自分がかかえている花束に、訪ねるつもりだった当の相手に身体ごとつっこまれた側も驚いたに違いない。

 だから、

 すこしの間、マヌケな沈黙がつづいた。

 やがて、

「……こんにちは」

 ガサガサと薔薇の花の中から顔をぬきだしたミーシェルに、訪問客であるドライバーが挨拶をする。

「まぁ、あなたはあの時の……」

 思わず目をまるくした少女は、しかし、そう言いかけた途中で、鼻先にくっついた花びらが刺激をしたか、クシュンと一つくしゃみした。

 スポーツカーのドライバーは、過日、ミーシェルに助けられたパイロット――王国空軍少佐ハーラン・デュリエルだった。

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