39.僥倖―6『喧噪へのいざない―6』
(あんにゃろ、俺がそう言ったら鼻で笑いやがったんだよな……)
〈ドラゴン・チェイサー〉作成への協力を請われた最初の席で、ジヴェリ機械製作所の社長本人の口から、『飛行機を操縦する人間の目線で意見なり助言なりがあれば、お願いしたい』と言われ、だから、気になったところを指摘したのに鼻でわらわれた(と、少なくともハーランは受け取った)。
いわずと、『あんにゃろ』――技術主任のクラムにである。
曰く、『あのですね、この会社の社長はドワーフで、技術面では凝り性、かつ頑固極まりない御仁です。くわえて機械に関しては、それが他人の手によるものであっても面倒見が良い。そんな人間が、我が子も同然な飛行機の、しかも自分が先頭に立って相対しているエンジンの保全に不備をみつけたら、それを放置しておくようなマネをすると思いますか?』
言われて、『うむ……』とハーランは、納得半分に唸り、黙るしかなかった。
が、
(しかし、わからん……)
そうも思ったのだ。
なるほどモルトの性分を思えば、たとえ、その方が楽であっても〈ドラゴン・チェイサー〉のエンジンを飛行の度に使い潰してしまうようなマネはするまい。
〈ドラゴン・チェイサー〉は実用機ではない。
速度記録を打ち立てるための機材であるから、言ってしまえば最高速を叩き出すための何時間か保ってくれればそれで良いのだ。
しかし、モルトは性分的にそんなマネはしない。
いや、出来ないと言った方がより正確だろうか。
なにせ、『快調快調~♪』などとご機嫌で乗りまわしていた愛車の(微かな、そして隠れた)不調を一聴で見抜き、オーナーである自分になんの相談も躊躇いもなしに即座に分解、整備するという暴挙に及んだほどである。
機械に対する愛というか、思い入れが強すぎるくらいに強いのだ。
ドワーフとしての、そして機械工としての矜持――職人魂が、頑としてそうした無体なマネを己に許さない筈であった。
(それに〈ドラゴン・チェイサー〉本来の姿、と言うか目的は、その名の通り『龍を追う者』――それが、いざ本番の追跡行の途中でヘバって脱落するなど、本末転倒も甚だしいとも考えるだろうし)
ハーランはそうも思う。
そこで思考は堂々めぐりに陥るのであった。
ミーシェルの描いた基本設計のままでは、エンジンの冷却はまず確実に不足する。
足りないぶんを補い、強化してやる必要があるはずだった。
しかし、そのための方策が、ハーランには見当がつかない。
すなおに質問すれば、(たぶん)教えてくれるのだろうが、何かと自分に一言ある相手に頭をさげるのは癪にすぎる。
(エンジンの前に強制冷却ファンを付ける、のは、まず間違いないだろう……)
などと、思いつく限りの可能性を指折り脳裡にあげて、クラム――ジヴェリ機械製作所の面々が施すであろう熱対策について推理をめぐらしている昨今だった。
強制冷却ファン、カウルフラップ――木製の模型に穿たれ刻まれ、あるいは貼り付けられた筋彫りや金属片から、そのあたりまでは読み解けた……ように思う。
だが、現状、目の当たりにしても自分の理解がおよばないものもある。
たとえば、エンジンが収まる部位のその横腹――そこに穿たれた『凸』型を横倒しにした窪みがそうだ。
ハーランが立っている側に上下にふたつ並ぶかたちで窪みは設けられている。
きっと、反対の側にも同じ窪みが対称的に配置されているのだろう。
位置からしても、それがエンジン冷却の一助となるべく考えられたのだろう事は間違いない。
間違いないが、その大きさ(小ささ?)からして、どれほど役に立つかはわからない。
何と言っても、外気を積極的に取り入れるため機外にせり出しているのではなく、加えて前後の向きが逆なのでは? という感じで窪みは設けられてあるからだ。
(まぁ、俺は所詮はただの飛行機操縦士にすぎないし、気が合わない相手だからってウマくいかないことを期待するのも違うしな……)
とりあえず、この疑問については(今日も)後まわし――そう思いながら、ハーランはすこし頭をかがめて〈ドラゴン・チェイサー〉、その主翼の下へともぐりこんでいった。
NACAダクト。
ハーランは、と言うより、ごく一部の人間を除いてその窪みのことを知る人間は、この時点では存在しなかったが、後年、その窪み、いや貫通孔は、その名称でひろく世に知られることとなる。
ローレンシア大陸西部域。大陸を南北に分かつ脊梁山脈アーカンフェイルの北に位置する大国イスタリア帝国――その航空諮問委員会が開発した空気抵抗のちいさな空気取り入れ口として。
もちろん、ジヴェリ機械製作所の面々が自社開発中の〈ドラゴン・チェイサー〉に設けようとしている窪みは、時間的な点からしても剽窃などが由来ではない。
技術というものは不思議なもので、それが必要とされる段階で、互いに連絡のない人間たち、隔てられてある様々な場所で、ほぼ時を同じくして生み出されることがままある。
航空諮問委員会の方は豊富な資金、人材に裏付けされた弛まぬ技術の研鑽によって、
そして、ジヴェリ機械製作所の方は、エルフが生まれながらに有する天稟によって、
それぞれに、それぞれが問題解決に求めた答を得た。
これは一つの例と言えただろう。
とまれ、
翼の下をくぐり抜けたハーランは、ふたたび背中をのばして片掌を模型の表面にあてがった。
性懲りもない。しつこい――そう言われれば、それは確かにその通りではある。
飛行機が三度の飯よりも好き故に、無意識にとってしまう濃厚なスキンシップ。
人間がその対象であったら、相手が逃げだしかねない情熱の熱い発露であった。
ハーランがなおも歩いて行く先には水平尾翼、それから垂直尾翼が、機体から上下、また横方向に突きだしている。
ざっくりと機体全般の形状を言葉にするなら、それは紡錘形ということになる。
機首部ほどではないが、内におさめたエンジンによって規定されていた機体寸法が、しだいに絞り込まれていく過程。
木製であり模型でもあるため、機体の終端は樽のようにフタをされ、実機であれば不可欠となるプロペラは取り付けられてない。
ハーランは水平尾翼の直前にまで歩をすすめると、そこでヒョイと膝をかがめて中腰になった。




