35.僥倖―2『喧噪へのいざない―2』
あの時も、今と同様ハーランとヴィクターは二機編隊で飛んでいた。
しかし、双方、相次いで機体に不調をきたし、我と我が身を救う努力で精一杯。
互いに互いを見失い、這々の体でバラバラに帰投せざるを得なくなった。
さいわいヴィクターの乗機の方は症状がかるく、なんとか基地飛行場まで辿りつけたものの、片やハーランの方は行方不明。
飛行予定ルートに部隊あげての捜索隊を繰り出そうかという非常事態になりかけたのである。
発見者だという少女からの報せがなければ、空軍、王室を巻き込んでの大事となる寸前にまでいったのだ。
それだからこそ、今もハーランの編隊僚機をつとめるヴィクターには、いろいろと言いたいことがあるのだろう。
内に押し殺した想いはハーランにもわかる。
立場が逆であったなら、自分も今のヴィクターと同じことを言ったに違いないからだ。
しかし、
「でも、それこそが俺たちの仕事だからなぁ」
今は、あえて淡々とそう言った。
「危ないからやらないなんて言ってたら、実験部隊のパイロットなんて務まらないぜ?」
役目上、そう言わざるを得なかった。
以前、クラムが指摘した通り、ハーランたちが所属する戦闘機部隊は、最新鋭機が優先配備される精鋭部隊であると同時に、一種の実験部隊でもあったからである。
部隊に属するパイロットたちは、実戦要員であると同時に実験要員でもある。
だから、ハーランが口にした通り、危ない目に遭うのも仕事の内ということになるのだった。
飛行機の不十分な箇所、行き届かぬ部分が招いた危険は、パイロットの技量で乗り越えて、次なる改良に役立てるため、とにかくデータを持ち帰る――テストパイロットの仕事とは、畢竟それだ。
もちろん、当のヴィクターが、その程度の事もわきまえてないとは、ハーランも思っていない。
要するにヴィクターの本心は、部隊パイロットの皆と同じく、改良という名の思いつきや辻褄合わせでメーカーから体よく実験台にされ、あげく殺され……、もとい、事故死を強制されてはたまらない、ということに違いなかった。
いずれにせよ、友人が行方不明となった自分のことをどれほど案じていたかはわかるので、
「……でも、本当にありがとう」
照れくさくはあったが、ハーランは、最後に一言そう付け足した。
そして、照れくさいついでに訊いてみる。
「ヴィック、お前、〈ドラゴン・チェイサー〉のことは知ってるよな?」
唐突な質問に面食らったようだが、ヴィクターは、「ああ」と返事をかえしてきた。
「ああいう機体を操縦できたら面白いだろうと思わないか?」
ハーランは、最近、寝ても覚めても頭の中から離れない想いを口にした。
それこそが今しがたのヴィクターの指摘にあって、外れている方の半分。
彼の心をざわめかせてやまない関心事に他ならなかった。
〈ガーディアン〉の出来映えには、確かに満足していない。
しかし、だからと言って、ヴィクターが名前をあげた〈セイバー〉をはじめとする諸外国産の戦闘機に乗ってみたいわけでもない。
出来/不出来の差こそあれ、それらは双方ともに『現在』の機体であるからだ。
『未来』を感じさせてくれる飛行機械。
ハーランが操縦桿を握ってみたいのは、そういう機体なのだった。
これまでは、漠然としていて確固としたイメージを結べずにいた。
しかし、今わかった。
自分がこれまで求めていた飛行機械――それを操ることによって満たされるに違いない渇望。
それは、『スピード』なのだ。
ただ漫然と空中に身を置き、散歩を楽しむの良い。
くるりくるりと翼で蒼穹に輪を描き遊ぶのも一興。
しかし、自分が追う『飛行』はそうではなかった。
飛行機バカの自分をワクワクさせてくれる飛行機。
未知の領域を体験させてくれるに違いない飛行機。
そんな飛行機があれば、それにこそ乗ってみたい。
空中を何よりも早く駆け抜け、疾駆できる飛行機。
ドラゴンをも捕捉可能なような、それは飛行機だ。
それは……、
「〈ドラゴン・チェイサー〉……」
無意識のうち、想いが呟きとなって唇からこぼれる。
そう。
ハーランが乗ってみたいのは、先日、モックアップを見ただけの――ジヴェリ機械製作所の〈ドラゴン・チェイサー〉なのだった。
それが完成した暁には、彼らジヴェリ理機械製作所の面々が目指しているシュナイダー杯でなくてよい、一度で構わないから、その操縦桿を握らせてくれないものかと願ってしまっているのである。
(どうかしてる……)
脳の冷静な部分では、そう思うのだ。
空を飛んでいるのを見たことはおろか、そもそも、未だ実機が完成していない飛行機なのである。
それなのに、ふと気がつけば、あの〈ドラゴン・チェイサー〉のことばかり考えている。
それこそ編隊僚機から任務に身が入っていないと指摘されるくらいに。
とまれ、
ヴィクターからの返事は結局なかった。
ふたりの会話に割り込むように、地上の管制指揮所から無線が入ったからだった。
空中哨戒中の各機に対する邀撃任務の指示である。
管制指揮所は、アーカンフェイル山脈方面より王国領空内に侵入しつつある不明機を阻止せよ、と命令してきたのだった。
「またカラスか」
ヴィクターが吐き捨てるような口調で言う。
ここ最近、長距離偵察機だろう国籍不明機の領空侵犯が回数を増してきているのだ。
『カラス』――その呼び名の通り、国籍表示もふくめ機体のすべてを黒く塗りつぶしたそれは、公式には国籍不明、所属不明の飛行機として扱われている。
いかに怪しかろうと確たる証拠がなければ、どこそこ所属の機体だと憶測でものを言うわけにはいかないからだ。
不用意な対応や発言は、それこそ国際問題を引き起こす火種になりかねない。
写真を証拠の識別情報、飛来方向や帰還方向、また、現在、自国をとりまく国際情勢などを勘案すれば、『カラス』の正体、それから、その所属組織を推定できるとしても、である。
「イスタリアの連中も、うちみたいな小さな国に、なんの用事があるんだか……!」
舌打ち混じりのヴィクターの呟きに、内心同意しながらも「行くぞ」と一言、声をかけ、ハーランは操縦桿をぐいとひねった。
頭のなかでは、首尾良く国籍不明機を発見したとして、その侵入をどう阻止したものかと考えている。
前回、前々回と、ターゲットを発見しても追いつけなかった。
向こうの方が速くて振り切られ、逃げられてしまった苦い記憶がよみがえっていた。
自国を護るべき軍隊が、その役をまっとう出来ないようなら、それが存在する価値など無いではないか。
多分は、これも自分の心がふらふら揺れる理由の一つなのだろう。
そう思いつつ、スロットルを開き、乗機を全速へ向け、加速していくハーランだった。
数時間後。
今回もまた国籍不明機に翻弄され、接近することも出来ずに領空内部を悠々飛びまわられた挙げ句に取り逃がしてしまった。
屈辱に塗れ、心身ともにへとへとになって基地に帰投したハーランをミーシェルからの伝言が待っていた。
『折り入ってお話ししたいことがありますので、ご都合のよい時に当社にお越しいただけませんでしょうか。ご連絡をお待ちしております』




