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34.僥倖―1『喧噪へのいざない―1』

「殿下さんよぉ、お前、ここンとこ、ずぅっと心ここにあらずといった感じだけどさぁ、何があった?」

 高度四〇〇〇メートル。

 雲の過半を眼下に見おろす紺碧の空を飛行中に、ハーランは編隊僚機からそう声をかけられた。

 もはや定例となりつつある戦闘機二機による空中哨戒の任務中である。

 ここのところ国籍不明機による領空侵犯が(ひん)(ぱつ)しているため、本来、そうした任を振られることのない実験飛行隊の彼らまでもが駆り出されているのだ。

 ボンヤリしていたつもりはなかったが、飛行帽のレシーバーから響いた声に、ハーランはやはり、ハッとする。

「いや、何もないぞ」

 そう言って視線を横に向けると、自機に並びかけるようにして飛ぶ編隊僚機の姿が意外なほど間近にあった。

 コクピットの中で、パイロットがしろい歯を見せて笑っている。 

「隠すな隠すな」

 ながい付き合いだ、お見通しだよと言われてハーランは苦笑した。

 僚機のパイロットは、ハーランが学生だった頃からのつきあいで、いわゆる御学友というやつだった。

 先の『殿下さん』という呼びかけも、『でぇんかさん』などと、わざと間延びをさせていて、文言はともかく、口調はかなり砕けたものである。

 それなりに敬意は払っているのだろうが、それ以上に親しみ、気安さの方が勝っていた。

 サントリナ王国が小国であり、王侯貴族と平民の距離がちかいこと、

 王子とはいえ、ハーランは四番目であり、本人に気取りがないこと、

 そうした事情が、身分や格式にとらわれない独特な関係性を生んでいる。

 あと、ハーランは気づいていないが、実は彼は自分で思っているほどには腹芸ができない――好意的な言い方をするなら裏表のない素直な性格であることが大きいか。

 現在いっしょに飛んでいる同僚パイロットをふくめ、ハーランと個人的にも親しくしている者たちは、交流を持つようになって間もない頃から一様に、『アイツ、あのままで大丈夫なのか?』と、彼のことを好ましく思うと同時に心配してしまう程に純真なのだ。

 王侯貴族、政治家、経済界、軍人――いずれの社会も、上辺(うわべ)はともかくその深層はどろどろである。

 他人にアッサリ心の内を見抜かれてしまう――そんな調子で、この先そうした淀みのなかを泳ぎきっていけるのか?

 親しい者はそう心配し、余計事かも、とは思いながらも、ついつい手を差し伸べようとしてしまう。

 カリスマ……と言うよりは、むしろ愛嬌が、天与のものとしてハーランには備わっているのだった。

 とまれ、

 否定の言葉を返したものの――心ここにあらずか、確かにそうかもしれないな、とハーランは思っている。

 周囲から指摘されるまでもなく、最近はこうして空を飛んでいても、以前のようには、こう、いまひとつノッてくるものがない。

 たいしてワクワクしなくなっていた。

 いつからなのかと言うと、それは多分、ジヴェリ機械製作所で〈ドラゴン・チェイサー〉のモックアップを見てから……なのだろう。

 そして、何故そうなったのかと言うと、それは……、

「なんだよハル、もしかしてアレか? ようやくお前も、この〈ガーディアン〉よりハイランド共和国から〈セイバー〉を輸入すべきだったって俺の意見に賛成する気になったのか?」

 黙ったままのハーランに、僚機のパイロットが、冗談めかしてそう訊いてきた。

〈ガーディアン〉と〈セイバー〉

 数年前にもちあがった王国空軍次期戦闘機の機種選定において、装備する機体を国産とすべきか輸入すべきか――空軍内部で激論が戦わされた時のことを話題に振ってきていた。

 性能や調達費用は輸入の方が有利だったが、最終的に国内産業保護育成の名目で国産機を装備するとの断がくだされた。

 そして、国内メーカーの手によって作られ、空軍に制式採用されたのが、いま彼らが操っている〈ガーディアン〉戦闘機だったのである。

 当然、その決定に納得しない人間は今もって存在し、飛行機馬鹿のハーランが、最近、任務に身が入っていないように見えるのも、要するにそういうことなのか? と相手は言っているのだった。

 ハーランは、また苦笑した。

 苦笑せざるを得なかった。

 僚機のパイロットの指摘は、たしかに半分は当たっていたからだ。

 口に出して言ったことはないが、指摘の通りハーランも〈ガーディアン〉に満足してはいなかった。

 なぜなら、当初から懸念されていた通り、純国産の王国空軍最新鋭戦闘機〈ガーディアン〉は、どう贔屓(ひいき)目に見ても性能的にいまひとつの出来だったからである。

 単発単座で密閉式のコクピット。

 空気抵抗低減のため、主脚を収納する引き込み脚。

 固定武装として機関銃四挺。

 諸元だけ見れば当節の流行をすべからく満たしている機体なのだが、単にそれだけ。

 スピードはそこそこ。

 運動性もそこそこ。

 上昇力もそこそこの――平均点どまりの凡機であるとの評価がもっぱらなのである。

 これが歯に衣着せない人間の口になると更に(しん)(らつ)で、完成した時点で既に旧式化していたとまで言われる始末。

 もとより小国のサントリナ王国の軍事費が潤沢である筈がなく、結果、国産化の決定をくだした空軍省、そして製造元のメーカーは、税金の無駄遣いと指弾されぬよう、性能向上に血道をあげざるを得なくなっていた。

「ヴィック」と、ハーランは僚機のパイロットに呼びかけた。

「確かにハイランドの〈セイバー〉は良い機体だが、〈ガーディアン〉だってメーカーの改良努力は続いているんだ。そう捨てたもんじゃないさ」

 戦闘機を国産とする空軍省の方針決定が間違っていたとは思わんよ、と言葉を返した。

 が、

「まともに飛べばの話しだな、それは」

 そう言って僚機のパイロット――ヴィクター・レイジーン大尉は、ふんと鼻を鳴らした。

 それまでのかるい口ぶりが、苦さの混じった吐き捨てるようなものに変化している。

「性能向上の為、あれこれやっているのはわかる。イスタリアやハイランド――居並ぶ列強諸国に較べれば、資金もノウハウもまるで足りていないし(かな)わない。だから、性能面で見劣りするのも、まあ仕方ないだろう。

「だがな……」

 食いしばった歯の間から言葉を押し出すようにして先を続ける。

「ハル、お前は、そのメーカーの改良努力とやらで死にかけたんだぞ」

 わかってるのか? と言ってきた。

 ハーランが、この春、エンジン不調で不時着を余儀なくされた事故のことを言っていた。

 事故の原因は、熟慮されないままに為されたエンジンの換装。

〈ガーディアン〉の性能向上を焦るあまりのメーカーの失策であった。

 ハーランの事故は、出力増強を目的に、当初とは別のエンジンに載せ換えた性能向上型のテスト中に起きたものだったのだ。

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