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27.憧憬―3『〈ドラゴン・チェイサー〉―3』

 数分後。

 青い草の匂いをいっぱいにはらんだ風が吹き抜けてゆく中で、ハーランとミーシェルのふたりは木陰にならんで腰をおろしていた。

 先ほどまで少女が一生懸命竹トンボを飛ばしていた場所からすこし離れた、数本の灌木がならぶ、その根方である。

 ミーシェルが(もちろん自分用に、だが)お弁当をつくって持ってきていたので、それをひろげて一休みしようということになったのだった。

 はい、どうぞと言って、少女が開けたバスケットには、パンや飲み物、果物類が詰められている。

 思いもかけずピクニックのような感じになった、の、だが……、

 いつものようにお喋りをし、笑い、そして、一緒に食事をしながら、ハーランがミーシェルに何をやっていたのか訊ねると、途端に少女は不機嫌になった。

 なにが気に入らなかったのか、むぅっと眉を危険な角度に傾かせ、唇をとがらせて黙り込んでしまう。

 いやな沈黙が続き、なんとも具合のよくない雰囲気に、ハーランはすこし焦るが、どうしようもない。

 いつもと同様、お互い共通の関心事たる飛行機のはなしなどして今の今まで楽しく過ごしていたのだ。

 それが……、

 世間一般では、(プレ)(イボ)(ーイ)めいて語られることも多いハーランだったが、その『遊び』のなかに、実は女性絡みのものは含まれていない。

 まさかに()()だとかそういう事ではなかろうが、外見や言動からくるややもするとチャラ目なイメージと違って、そうなのだ。

 その為かあらぬか、今は、自分の言葉の何が少女の機嫌を損ねたのか計りかねてしまっている。

 対処のしようもわからず、ただ口をあけたり閉めたりするばかりの有様だった。

 やがて、

 かなりな間をおき、

「トンボ……です」

 珍しいと言うより、はじめて耳にする、ぶすッとした声でミーシェルは答えた。

「トンボ?」

 わけがわからず、思わず、『ハイ?』と聞き返すハーランに、勢いよく少女は向き直る。

「そうです、トンボです! みんなしてトンボ、トンボって呼ぶんですよ、〈エアリエル〉のこと!」

 ひどいと思いません?――ぷうッと頬をふくらませ、そうまくしたてた。

 自分がデザインし、会社のみんなで作り上げた軽飛行機を、誰も〈エアリエル〉と呼ばず、トンボ呼ばわりするのが気に入らないのだという。


 そもそもの始め、山岳保安庁の公募にチャレンジしてみようと社長のモルトが言い出して、ジヴェリ機械製作所は、はじめて飛行機作りを一からスタートさせた。

 それまで大手メーカーの下請け、部品製造くらいしか請け負ったことがない小さい会社。

 しかし、自分たちの技術力は大手にも引けを取らないという自負と(きょ)(うじ)は、勤めている社員全員にある。

 だから、社長が言い出したチャレンジに会社中が盛り上がり、設計主務の大任を仰せつかったミーシェルも俄然(がぜん)はりきった。

 想を練り、霊感がおりてくるのをひたすらに待つ詩人のように、寝食を忘れてデザイン作業に没頭した。(そして、クラムから没を喰らいまくった)

 そんな彼女が、山岳保安庁が提示した、短い距離で不整地にも離着陸ができる飛行機をという求めにイメージしたのは蝶だった。

 ひらひらと飛んできて、ふわりととまり、また飛んでゆく蝶。

 そんな蝶のような飛行機。

 それが〈エアリエル〉のイメージだったのだ。

 苦心の末、完成した飛行機は、我ながら上手にできたと満足のいくものだった。

 社長のモルトがこだわらない性格ということもあって、機体の命名までさせてもらえたし、だからこそ、〈エアリエル〉という愛称を皆につかってほしかった。

 それがトンボ。

 機体の外形からか、トンボ、トンボと誰もが、そう呼ぶのだという。

「〈エアリエル〉は風の精なんだから、絶対絶対、蝶なのに!」

……まァ、要するにそういうことなのだろう。

 胸の内にわだかまる不満を吐き出し、ミーシェルは、なおもぐずぐずとそう言いつのる。

 いかにも夢見がちな少女にこそふさわしい、それは思いこみで、だからこそハーランは思わず吹き出しそうになるのを我慢するのにかなりな努力をしいられた。

 しかし、そうした努力はやはり相手に見抜かれたらしく、少女はますます頬をふくらませ、恨めしげな様子で上目づかいにハーランを睨んだ。

「いいです。べつに笑っても」

 頬を赤く染そめ、口をますます(とが)らせた。

「〈エアリエル〉のことを誰もそう呼んでくれないんだったら、()は絶対に蝶としか呼べない機体をつくってみせるんですから!」

 グッと握り拳などかためて力説する。

 おとなしげに見えて、意外と負けず嫌いらしい。

「それで……、コレ?」

 しかし、とにもかくにも一連の少女の奇行もそれでようやく了解できて、(かたわ)らに置かれた竹トンボをつまみあげ、しげしげと見ながらハーラン。

 ミーシェルは勢いよくこっくりした。

 年齢に似合わない天真爛漫なその態度に、時としてちいさな子供の無垢な瞳にたじろぐ大人のように、ハーランは思わず視線をそらしてしまう。

「で」

 ひとつ咳払いなどして、

「その――ぜったいに蝶としか呼べない機体って、どんななの?」

 質問をした。

 もちろん、それはその場しのぎのごまかし、返答を期待していない問いだったが、

「ハイ!」

 案に相違して、瞳をいっぱいに見開くと、少女は大きな声で返事をし、いかにも嬉しそうにニッコリとわらった。

「あのですねあのですね、だいたい基本的なデザインはできたんですよ」

 すぐ脇に置いていたスケッチブックに手を伸ばすと、勢いこんでひろげてみせる。

 そして、

 ひろげられたページ――そこに描かれてあったもの、まだラフスケッチ程度なんですけど、と言って少女が見せてくれたのは、ハーランはおろか、多分この時代に生きる、どこの国の人間も目にしたことがないだろう機体だった。

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