11.邂逅―11『〈エアリエル〉―3』
「……ごビョーキですか?」
わずかな沈黙の後、なんとも微妙すぎる表情でクラムは言った。
「あ~、いえ、もとい――大丈夫ですか?」
そして、すぐ――ハーランがばつの悪い顔になる直前、そう言い直す。
とはいえ、どこか呆れたような眼差しまでは変えなかったから、本音は明らかだったが、まぁ、それはともかく、
「どうも、当社の新製品をたいそう気に入っていただけたようで、ありがとうございます」
かるく一礼すると、そう付け足して、そして自ら墓穴を掘った。
「ずいぶんと熱心にご覧になっていらっしゃいましたが、なにかお気づきになった点などございましたか? もし宜しければ、職業飛行家の目から見ての忌憚の無い意見などちょうだいできれば嬉しく存じます」
誰が聞いても社交辞令……なのだが、そんな余計な一言を口にしてしまったため、藪をつついて蛇を――それも大蛇(?)を出してしまったのである。
「おぉう!」
ハーランは破顔した。
つい今の今まで感じていたはずの羞恥の念は何処へやら――やはり自分の知らない新型機だったか! と、予想が当たっていたことに対する満足感と、その新型機の出来に関して製作者から意見を求められた喜びで、一気に気分が盛り上がってしまったようだった。
顔いっぱいを笑顔にすると、ブルブルブルッと瘧にかかったように身震いをした。
「面白い!」
叫ぶようにしてそう言った。
軽飛行機の外板をピシャリピシャリと掌で叩きながら、実に面白い機体だな、コレは、と賞賛の言葉を口にした。
「面白い、ですか?」
「ああ!」
評の言葉がすこし意外だったのか、クラムが首をかしげると、それに対して風切り音が聞こえるようなレベルで力いっぱい頷いてみせた。
「どういう用途で使われるのかまではわからないが、それでも一目見ただけで概念設計から実製作に至るまで、一つの理念に貫かれたこれは機体なんだと理解した」
「この機体は――」と言いながら、ハーランは軽飛行機に目をやり、
「この機体は不十分な……、劣悪な使用環境下においても、とにかく『飛べる』ことを達成すべき条件として設計製造されている、実に徹底した実用機だ」
そう言い切ると、やおら、ゆっくりとした足取りではあるが機体の周囲をそれまで散々くりかえしたのとを再開するかのようにまわりはじめた。
ほぼ忘我状態か?――そうも思えてしまう、ハーランの様子だったが、仕方ない。
心のうちがどうあれクラムも後を追わざるを得ない。
一応はクラム相手に説明? 解説?――当の相手が講釈を垂れようとしている飛行機の開発、製造にたずさわった人間だというのに、ハーランにはもはやそれすら頭にないようだ。
『……ごビョーキですか?』――つい今し方、自分が口にしたばかりの揶揄の言葉を否応なしに思い起こさざるを得なかった。
「まず、この降着姿勢!」
機体の側面やや前方――髙翼配置の主翼の前縁あたりで立ち止まると、ハーランは機体下面の傾斜をなぞるように腕を宙にすべらせた。
「この傾き方! この急勾配!」
真横から見ている機体の尾部から機首へ――斜め下から斜め上へと、なぎ払うように横滑りにふるった腕を頭上やや高いところで止めつつ言った。
まるで芝居の役者のようだった。
どこかウットリ陶酔しているようでもある。
「あたかも犬がお座りしているかのような……、天を向いて反っくり返っているかのような、キツい角度をつけられたこの降着姿勢からしてそうだ!」
たぶん、当初は意識にあった(だろう)クラムのことなど、もう頭の片隅にもないのだろう。
声は大きく、身振りは派手に、目は見開かれているが実のところ何も見えてはないのではないか――そう思わせる熱の入りっぷりでハーランはベラベラ『感想』の言葉を口にしつづけている。
冗談抜きでビョーキじゃないのか――一歩どころか二歩も三歩もひいてしまいたくなる相手の奇行とその熱におされて、クラムはどうにも口を挟めなかった。
そうして、なかば唖然、なかば憮然としながら、ただただ立ち尽くしていると、服の裾をチョイチョイ、後ろの方から引っ張られた。
「……なぁ、おい、一体なにがあってんの?」
視線をめぐらしてみれば、機体の点検をおこなっていた工員、同僚たちが怪訝な表情をうかべて立っている。
「気にするな。と言うか、どうか気にしないでやってくれ」
ビョーキだ、ビョーキ――そう囁くと、同僚たちは、あぁ、なるほどね、と、どこか気の毒そうな顔になって一人芝居を継続しているハーランの方に生あたたかな目をむける。
「それより、点検は済んだのか? なにか異常は?」
クラムが問うと、
「大丈夫。点検も給油も終わったし、当然のこと隅から隅まで無問題だった」との返事。
そして、
『で? どうすんの、アレ?』とばかりに顎をしゃくって目顔で訊いてきた。
クラムは溜め息をつく。
「ボクが適当に相手をしとくよ。みんなは取り敢えず一服してて」
仕方がない。
ここまでの道中、トラックの荷台でおしゃべりに興じたといっても、見知らぬ赤の他人なお客人との仲はそれだけなのだ。
ここは行きがかり上、自分が最後まで相手をするしかなかろう――そう思ったのだった。
「素晴らしい!」
ハーランの独演は現在進行形でまだ続いている。
「短距離離着陸! まさしく短距離離着陸可能機だ! 一見して、そのまま沖天目がけて駆け上がっていきそうに見えるこの降着姿勢! それは、虚仮威しなどではなく、まったくもって事実そのまま! きわめて短い滑走距離での離着陸を可能ならしめていることの一つの証左なのだと考える! 主翼面積の広大さ、主翼前縁、後端に取り付けられた、これまた大面積の高揚力装置の存在と考え併せれば、滑走路は、たぶん百メートル程度しか必要としないのではないか! この見立てが当たっていれば――いや、当たっていると確信しているが、真実、これは革命的だ!」




