1.邂逅―1『三人の若者―1』
「くそッ!」
これで何度目だろうか――単発単座のプロペラ飛行機、そのパイロットがまた毒づいた。
彼があやつる機体がなんの前ぶれもなくがくりと姿勢を乱し、石塊のように大きく高度を落としたからだ。
エンジンの出力が安定しないのだった。
息をつくように回転が上下し、そのたびに機体がガクガクと不安定に揺動するのだ。
天候が良好なのがせめてもの救いだが、付近に頼れるものはなく、めざす飛行場まではまだ距離がある。
機載の通信機は調子が悪く、雑音ばかりで救援要請もままならない。
眼下にあるのは起伏のおおい放牧地。
ただ一面の草が海原のようにうねり、波うっているだけで人家は見えない。
樹木や露岩こそまばらなものの、不時着陸を試みようという気にはなれなかった。
だから、できうるかぎり高度をかせぎ、掌の中で暴れる操縦桿をなんとかなだめ保持しつつ、だましだまし飛行を継続させようと奮闘している。
それは、傍から見ていても危なかしいことこの上ない飛行だった。
振り絞るようなエンジン音とともに上昇し、ストンと落ちる――その繰り返しなのだ。
コクピットの中で汗水漬くになって奮闘しているパイロットにとっては一秒が一時間にも感じられる、そんな気力体力を共にすりへらされる緊張状態の連続だった。
が、
どんな努力にも限界はある。
一瞬、またエンジンの回転音がバラけたと思ったら、そのままプスンと止まってしまった。
パイロットがあわててエンジンを再始動させようとするが間にあわない。
みるみるうちに大地が彼の眼前へとせまる。
疎林の梢をとびこえ、ノンビリと草を食んでいた羊の群をおいちらし――おもいきり前につっこんだ飛行姿勢をなんとか立て直した時には、すでに地表スレスレのところにまできていた。
もう着陸する場所をえらぶなどと贅沢をいっていられる状況ではない。
墜落するか、不時着ですむか、だ。
エンジンの再始動をあきらめたパイロットは、だから失速寸前まで機首をもちあげ、機体が降下したことで増したスピードをなんとか殺し、運動エネルギーを高度に変換――機体を地表から引き離そうとする。
なんといっても地上寸前のこの時点で、機速は時速三〇〇キロをこえているのだ。
このままでは、たとえ教本通りのキレイな三点着陸をきめたとしても、デコボコな地面の上を滑走する途中で機体が横転するか、それともバウンドして降着装置ごと機体が破壊されるか――いずれにしても無事にはすむまい。
それまで以上に懸命な操縦にこたえたか、完全にエンジンがとまってしまった機体は、いまひとたび、ふわりと宙に舞い上がった。
失われた高度を、しかし回復してゆくにつれ、スピードはどんどん落ちてゆく。
そして、
ノロノロとしか形容のしようがないスピードで続いていた上昇も行き足がとまり、ついには力尽きたかのように、糸が切れた凧の不安定さで中空に静止してしまう。
まるで人の手をはなれ、急坂をまろび落ちる直前の荷車のよう。
これは時間にすれば僅か数分の間の出来事だ。
しかし、その間ずっとパイロットは全身を冷たい汗でぬらしつつ、できうるかぎり平らな場所を見つけ出そうと目を皿のようにしながら、必死に機体をあやつっていた。
そして、
とうとう覚悟をきめ、唾をひとつ飲みくだすと着陸態勢にはいる。
最初で最後、やり直しのきかない一発勝負。
操縦桿をかるく押し下げ機首を地面に向けて下げさせる。
下降するにつれ再び増してゆくスピード。
クルクルと針が回転し、示す数字をゼロに近づけていく高度計。
かろうじてコントロールされた下降姿勢をとる機体。その主翼の下から主脚が――タイヤ、そして、それをささえる支柱が突き出され、着陸の準備は完成した。
空気抵抗が増えたことによってスピードがガクンと低下する。
同時に高度もグングン落ちる。
おちる。
落ちる。
墜ちる。
地面は機体直下にまでせまってきた。
もう、やりなおしはきかない。
瞬間、
着陸寸前、地面すれすれを高速で疾駆するパイロットの視界の片隅を、白い帽子をかぶった人影がチラとかすめた、と思った直後にタッチダウン。
ある程度予想ははしていたものの、それでも猛烈な衝撃が腰骨を通し、ガン! ときて、パイロットは思わず、ぐゥッ! と、くぐもった呻きをもらした。
舌を噛んだり、気を失わずにすんだのが、まだしももっけの幸いか。
後は運まかせだ。
荒海に漂う小舟のように、地面の起伏にあわせ、滑走する機体がふわッと持ち上げられたり、グンと沈みこんだりを延々くりかえす。
操縦桿は、衝撃にも耐え、かろうじて把持したままだが、事実上できることはなにもない。
可能なことといえば神様に祈りを捧げることくらい、なのだが、このパイロット、どうやら今日はとことんツイていなかったらしい。
着陸をして、かなりスピードは落ちてきたものの、とうとう主脚の一方が地面の凹凸にはじかれたのか、片方の翼がフワッともちあがった不安定な姿勢となり、何十メートルか、それでも更に滑走してから、
機首をつっこみ、トンボをうつようにして、彼の乗る機体はズシンと仰向けざまにひっくりかえった。