真実の愛
「私たちの愛が真実の愛なら、どんな世界であっても固く結ばれることでしょう」
「どんな世界であろうとも、君に対する僕の愛が揺らぐことはない」
盲目的な愛の只中にある二人は自分たちの愛が本物であることを信じて疑わなかった。そしてそれを証明するため、並行世界を訪ねることにした。
初めに訪れた並行世界でも二人は恋人同士だった。それを知って二人は安堵した。やはり私たちの愛は真実の愛であり、数多の並行世界においても不変の価値を保っているに違いない。そんなことを考えていた。だが、しばらく様子を見ているうちに何かしら不都合なものがあることに気付いた。その世界では女は何かしら不満を抱えているようであり、彼女が投げかける言葉には鋭い棘があった。男はぐっとこらえてはいたが、その言葉にいつも傷ついているようだった。その有り様を見た二人は眉をひそめた。
「どうやら僕たちの愛は真実ではなかったようだ」
落胆した男は言った。
「あなたはいったい彼の何が気に入らないの?」
女は並行世界の自分に対して必死になって説得を試みた。
「あなたはこんな男のどこがいいの?」
並行世界の女は言い返した。女は気分を害していた。男に対して申し訳ないというよりは、自分の愛が偽りかもしれないということを認めたくないようだった。男は並行世界の自分に冷たくしている女を見て、これが彼女の本性かもしれないと考えていた。そう思った瞬間、女に対する愛情が一瞬にして冷めていく自分に気付いた。そして女に対する自分自身の変わらぬはずの愛とやらも、まがい物であるような気がして来た。
初めに訪れた並行世界でとても落胆した二人だったが、もう一つだけ別の並行世界を訪れることにした。もしかしたら、あの世界だけがひどくゆがんでいるのかもしれない。そんな期待を寄せているようだった。要するに二人共、自分たちの愛情が偽りであることを認めたくないのだった。二番目に訪れた並行世界でも二人は付き合っていたが、この世界では男の方が我慢しているようだった。だがそれも限界に達してしまったようであり、ひどい罵声を女に浴びせかけるようになった。
「あなたに真実の愛を語る資格なんてない」
先日訪れた世界の報復とばかりに女は言った。男は二番目に訪れた並行世界での自分の振舞いを認めたくはなかったが、すでに自分自身の愛情にも自信を失くしていたこともあり、ありのままを認めるしかないと考えた。女はこんな男に夢中になっている自分がだんだんバカバカしくなって来た。二つの並行世界が示している通り、自分たちの結びつきは偶然に過ぎないようだった。そしてこの世界での二人の関係も風前の灯火だった。
「僕たちは別れた方がいいだろう。きっと二人とも何か勘違いをしていたに違いない」
すっかり冷めてしまった男は言った。
「私もそうすべきだと思う」
女は男の言葉に全面的に同意しているようだった。だが彼女はこのまま別れる訳には行かない事情を抱えていた。
「子供ができたの・・・」
彼女は言った。そしてすっかり愛の冷めてしまった二人は子供を育てるために一緒になった。
それから十年が過ぎた。子供を育てるのはとても大変だった。でもそれはとても幸せなことだった。
「やはり僕たちは真実の愛を知らなかったのだ」
夫であり父となった男は言った。妻であり母となった女はその言葉に静かにうなずいた。二人はすやすや眠る子供の姿をいつまでも眺めていた。