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ひとまず居候


 少し大きめの溜息を吐き凪様がこちらを見る。


 ー正直私も驚いている。先代巫女様は私たちの性別も知っていただろうに。それほど危険が迫っているということなのだろうか。



「…あんたはいいのかよ。こんなよくわかんない男といきなり一緒に住めだなんて。」


 心はその言葉に一度考える。こちらを伺うように聞く姿に心に対しての嫌悪感や怒りはない。女性としての不安を気遣ってくれているのだろうか。凪と話していて下心のような物は感じないし、不快感はない。まぁ例え変な気を起こされたとしても返り討ちにする自信はあるし、特段問題はなかったりする。


「私は別に構いません。凪様は女性に対して無体はしない方だと感じますし、私に対してそのような事はできないでしょうし。」


 恥じらう様子もなく答える心に凪は驚いた顔をした。


「…そう。隣の部屋も空いてたはずだから明日改めて確認してみよう。」


「はい。」


「あー…腹減らない?」


「減りましたね。」


「じゃあ飯にするか。」


 凪がそう言いキッチンに向かう。少しするとカップ麺を二つ持って帰ってきた。


「悪い。今これしかなくて。」


 少し申し訳なさそうに眉を下げる姿に、やはり悪い人ではないと感じる。


「いえ。いただいていいんですか?」


「うん。」


「ありがとうございます。普段は自炊もされるのですか?」


「ああ。簡単な物だけど作ったりする。食費もバカになんないし。」


 意外と庶民的な返答に少し驚く。巫女様は国から給金が出る。生活するのには十分な額だ。守護者も多少の給金は出るが、神職者の比ではない。そのため道場の経営をして収入を得ている。


 疑問が顔に出ていたのだろうか。凪は若干気まずそうに顔を逸らしながら話した。


「あー、俺が自由に暮らしている間は巫女としての仕事を果たしていないのだから、給金を渡すことは出来ないと先代に言われてて。やってみたかったし今はバイトしてその金で生活してる。」


「すごいですね。」


 素直にすごいと思う。


「いや、知り合いの店だからそんな立派なもんじゃないけど。」


「それでも自分でお金を稼ぐのはすごいことです。…あ、でもこれから妖の討伐をするのならそれは巫女の仕事ですよね。」


「あぁ。バイトに時間を作るのも難しくなるかもしれないし、明日それも確認しなきゃだな。」


 やはり最初の印象と違う。いい加減というより、むしろ責任感がある気がする。もしかして私の覚悟を試したのだろうか。凪の気持ちは考えてもわからないが、凪ならば一緒に仕事を出来そうだと感じた。


 やかんのお湯が沸いたピーッという音が響いた。


 会話を中断してお湯を注ぐ。その後も明日の確認などをポツポツと会話し食事の時間は過ぎていった。


 2人ともそんなに口数が多い方ではないので、沈黙もあったが不思議と気まずくなることはなかった。


「シャワー浴びてくる。」


 食事が終わりしばらくすると凪が立ち上がり浴室に消えた。1人になると男性の部屋に泊まることの実感が湧いてくる。今更に緊張してくるが、心にとって凪は守護の対象で憧れの巫女様だ。ゆっくりと呼吸をし気持ちを落ち着ける。


 落ち着いて部屋を見渡してみる。清潔感のある部屋には清廉な空気が満たされている。


 バタンッ


 少しするとTシャツ短パン姿の凪が浴室から出てきた。眼鏡をしていないので、ずっと見えていなかった目元がはっきりと見えた。


 心は思わず息を忘れた。見たこともない、現実感がない程に整った綺麗な顔立ちの男性がそこにいたからだ。少しだけ釣り上がった二重瞼の下にある瞳は漆黒でその瞳を長い睫毛まつげ縁取ふちどっている。色付きの眼鏡でいまいちわからなかったが鼻筋もスッと通り、形の良い薄めの唇が色気を纏っている。


 ー巫女様の血筋は美形だと聞いてはいたがここまでか。実際に目にすると想像の100倍すごいな。


「…なに?」


 冷蔵庫から水出しの麦茶を出して注ぐ庶民的な姿さえ絵になっている。心の視線に気付いたのか掠れた声で問いかける。


「い、いえ。あ、眼鏡はしなくても良いのですか?」


「あれは妖の気や霊だとかを見えなくする物だから。見えすぎると邪魔なんだ。」


 心に視線を向けると何故か一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに普通の様子で答える。


「目が悪い訳ではないのですね。」


「あぁ。外で見えすぎると気が散るし、みんなが見えていないものに対して話していたら気味悪がられるだろ。家で過ごす時は基本外してる。」


「そうなんですね。」


 世の女性たちを魅了するような見た目をしているため、見た目を阻害する意味でもあの眼鏡はすごく優秀だと感じる。凪は眼鏡がなければあっという間に女性に囲まれてしまいそうな見た目をしている。そうなったら自由を謳歌するどころではないだろう。

 まぁあの色付き眼鏡はそれはそれで注目は集めそうだが。主に胡散臭いという意味で。


「綾瀬さんも入ってくる?」


「あ、いいですか?」


「うん。あ、タオルは脱衣所の棚の2段目にあるから良ければ使って。」


「ありがとうございます。」


 鍛錬で汗もかいていたので凪の勧めに素直に応じることにする。着替えを出し脱衣所へ向かう。


 脱衣所も男性の一人暮らしと思えない程に整頓されていた。きっと根が真面目な気質をしているのだろう。毎日を丁寧に過ごしているのを感じる。


 言われた通りの場所にあるタオルを取り出す。フワフワなタオルからは柔軟剤の良い香りがした。



 シャワーからあがると凪が見当たらない。引き戸の先からゴソゴソと音がする。毛布を手にした凪が戻って来てこちらに声をかける。


「喉乾いてたら適当に飲んでいいから。麦茶と水しかないけど。あとドライヤーは脱衣所の鏡の横にあるから使って。」


「ありがとうございます。」


 ー凪様は意外と世話焼きなのだろうか。こちらから聞く前に求めている物を出してくれる。まるで細やかな気遣いの出来る母親みたいだ。見た目とのギャップがすごすぎて変な感じがする。


 ありがたくドライヤーを使わせてもらうことにする。ついでに歯磨きもしてリビングに戻る。もちろん歯ブラシセットは自前である。


「俺ソファーで寝るから綾瀬さんはベッド使って。」


「え、でも」


「綾瀬さん女の子じゃん。流石にソファーに寝かせるわけにはいかないって。」


 普段なかなかされない女性扱いに驚いてしまう。なんせ地元ではゴリラ扱いである。男性に配慮されることなんて滅多にないのだ。


「いえ!!守護対象に無理をさせるわけにはいきません。私は鍛えていますので!」


「いやいや、守ってもらう為にも綾瀬さんには万全でいてもらわないと。」


 そう言われるとなにも言えなくなってしまう。


「じゃあ俺寝るから。おやすみ。」


 少し強引にソファーに横になると目を瞑ってしまう。心は仕方なく言葉に甘えることにする。


「…ありがとうございます。おやすみなさい。」



 隣の部屋のベッドに横になる。不思議と落ち着く香りがする。目を瞑ると思ったよりも眠気はすぐに訪れた。ゆっくりと意識が沈んでいく。





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