巫女様との出逢い
この国は首都である東都と西の都である西都の2つの都があり栄えている。他は街や村が散り散りになっており、人々が生活をしている。
心が住んでいた街は東都より電車で2時間程の場所にある。そして現在は東都を目指して電車に揺られている。
微睡の中、出発前に大爺様に命じられた事を反芻する。
「当代の巫女様は神山凪様というそうだ。俺がお護りした巫女様のひ孫にあたる方で、現在は家を離れて東都で生活をしているそうだ。」
「巫女様が東都にいるのですか?」
巫女様の生家は神聖な山の麓の村にあり、東都からは離れた場所だ。神職者には生家を離れずに生活をする者が多いため、巫女様が家を出ているのはとても意外だった。
「ああ。護るべきものを知る為の修行だと聞いている。」
「それは立派ですね。私は東都まで行き凪様と合流すれば良いのですか?」
「そうだ。ここに凪様の家の地図と通っている学校の情報があるから頼んだぞ。」
「はい。」
話に聞く限り立派な考えを持つ巫女様のようだ。巫女様を護る事に誇りを持ち、巫女様に憧れを持って育った心はまだ見ぬ巫女様に期待で胸を膨らませていた。
凪様は現代には珍しく、歴代の巫女様の中でも強い力を持っているそうだ。先祖返りとも言われていたが、もしかしたら今回のことに備えて神が力を持たせたのかもしれない。
人が妖にまた対抗を出来るように。
ーしかしいくら神力が強くとも腕力は持たぬ女性。もしかしたら守護者は屈強な男性だと思っているかもしれない。私を見たら不安を感じるかも。安心できるよう、頼ってもらえるように頑張らなければ。
心はどんな男性にも劣らない力を持っているのだから。力があればなんでもできるのだ。もちろん凪様をお護りすることも。女性同士だから理解ができることもあるかもしれない。
ー仲良くなれるといいな。
そう思いながら心地よい揺れに意識を手放した。
自身が大きな思い違いをしている事を知らずに。
2時間後、終点の東都の駅に降り立った。
見渡す限りの人、人、人である。高いビルもそびえ立ち心は思わず目を見張る。実は東都に来るのは初めてで、気後れしてしまいそうな自身に喝を入れ足を踏み出す。
「2時間でこんなに世界が違うんだな。でもそうか、これが私の護る世界。ここに凪様がいる。」
東都の広さを甘くみていた。凪様の家は東都の駅とは全く異なり、更に30分ほど電車に揺られた街にあった。
てっきり東都に家があると思い込み彷徨った末に、交番で尋ね駅が違う事を知った時は途方にくれた。丁寧に駅までの道と電車の乗り方を教えてもらい、なんとかその駅に着いたのはもう日が暮れる頃だった。
この街は東都ほど喧騒はなく住みやすそうだ。心の実家のある街にも少し似ている。少し東都を離れるだけでこんなにも街並みが変わる事にも驚きだった。
もう同じ間違いはしないと誓い駅前の交番ですぐに道を尋ねる事にした。丁寧に教えてもらい歩く事20分。
やっと凪様の住むアパートに到着した頃にはどっぷりと日が沈んでいた。あまりにも趣のあるアパートで驚く。言ってしまえばボロいのだ。うら若き女子高生が住むのには心許ない気がして、一瞬間違いかとも思ったのだが2階の部屋には神山と綺麗な字で書かれた表札が掛かっていた。セキュリティが心配になる。この辺りは治安は大丈夫なのだろうか。妖からだけでなく人間からも凪様をお護りしなければならないのかもしれない。気を引き締めなければ。
しかし緊張する。初めに何と言って挨拶をしよう。その後の信頼関係には第一印象が大事だ。考えだすと頭がグルグルしてくる。落ち着け、落ち着け、と念じながら深呼吸をする。
ドアを開けようとノブを掴もうとした瞬間、ガチャリと音がなり内側からそのドアが開けられた。慌てて後ずさると目の前には肩が。見上げると金髪で眼鏡をかけた男性がいた。
ー男性!?頭の中がパニックになる。不審者!?でも普通に出てきたから凪様の恋人?こんなチャラチャラしてそうな金髪が?
心が頭の中でパニックになっていると、目の前の男性は訝しげに視線を向ける。
「あの、うちに何か用ですか?」
男性は顔を覗き込み聞いてくる。色付きの眼鏡でよく顔は見えない。
ーうち!?やっぱり同棲?
余計に頭の中はパニックだ。なんとか自分の中の理性を総動員して言葉を返す。
「かっ神山凪様はご在宅でしょうか!」
声が大きくなってしまったのは仕方ないと思う。
「?はい。」
怪訝そうな顔で答える男性。2人の間に沈黙が落ちる。
「あっ、あの、ではお家に失礼してもいいでしょうか。凪様にお伝えしたいことがあるのです。」
「いいけど…」
男性はそう言いながら心を見る。
「あ、すみません。綾瀬心といいます。凪様に害は加えないと誓います!!」
「…綾瀬。まあいいや。入って。」
そう言い男性が家に引っ込んでいく。
玄関を入っていくとキッチンがありその先に6畳くらいのリビングがあった。入った瞬間ほんの一瞬景色が揺らいだ気がしたのは気のせいだろうか。
「適当に座って。お茶しかないけどいい?」
「はい。あ、ありがとうございます。」
男性は返事を聞くとキッチンに戻っていく。恐る恐るローテーブルの前のソファに腰かけて部屋を見渡す。キッチン側とは違う一面に引き戸がある。そちらの部屋に凪様はいるんだろうか。しかし女性がいる雰囲気のなさに驚く。シンプルにまとめられていて物が少ない。男性の一人暮らしと言われても納得してしまいそうだ。でも凪様の物はあちらの部屋にまとめられているのかもしれないし、一旦落ち着こう。
「どうぞ。」
男性がお茶の入ったグラスを置き向かいの床に座る。
「…あの、凪様はどちらに?」
沈黙に耐えきれず男性に尋ねる。
「え…俺が神山凪です。」
「え??」
「え??」
「巫女様…え?あなたが巫女様ですか?」
「まぁ、一応?男なんで厳密には巫ですけど。でも当代の巫女なんでそう呼ばれる事も多いかな。」
ー金髪が凪様?
「え、え」
予想していなかった現実に頭がパンクしそうになる。
「綾瀬家ってことは守護者の人?」
目を白黒させながら言葉を出せない私を見かねてか、凪が聞いてくれる。
「はい。そちらの先代巫女様より伝達があり凪様と共に封印の揺らぎの強化と、不穏な動きをしている妖の討伐を命じられました。」
頭を整理しながらなんとか答える。凪はため息を吐くと小さく呟く。
「…あの狸ばばあ。」
「え。」
そして改めてこちらに目を向ける。
「俺の話少し聞いてくれる?」
頷くのを確認して話し始める。
「俺さ、14歳までは家にほぼ幽閉されてたんだよね。それで狸ばばあ、いや先代巫女様に交渉して自由を勝ち取ったわけ。」
幽閉という穏やかでない言葉に面食らう。強い力を持つが故に苦労もあったのだろうか。
「…修行ではなかったのですか?」
「…あー、そう聞いてるわけね。修行は14歳で終わってんの。それで今は自由時間。俺が生きてきて初めての自由。だからさ、悪いんだけど他を当たってくれない?」
凪からのまさかの言葉に上手く反応ができない。心も使命を持ち生きてきたが、それは自らの意思であり家族から強要されたことはなかった。だから凪のような不自由は感じたことはない。
「俺はせっかく手に入れた自由を手放したくないんだよね。危険なことしたくもないしさ。あんただってこんなやる気のない奴のお守り嫌だろ?」
彼が今までどんな人生を歩んできたのかはわからない。逃げ出したくなる程の息苦しさを感じ生きてきたのかもしれない。
でも私は私の役割を投げ出したくない。
「あなたは秀でた力を持つのでしょう。各地の者の神力が弱くなっている現代で、あなたが生まれたというのはその力が必要な時が来るということだと思うのです。」
言葉を聞き凪は少し驚いた様に眉をあげる。
「私はその手伝いができる事を誇りに思います。物理的な危険は凪様にはありえません。私が必ず護ります!凪様に害をなす輩は私が力でねじ伏せます!」
男性であるのには驚いた。金髪にもいい加減な言葉にも驚いた。でも彼から溢れ出る澄んだ空気が何よりも彼が凪だと、巫女様であると心に理解させる。
「…すごい自信だな。そんな細っこい腕で何ができるわけ?」
「あなたを護ることができます。…といったところで信じてはいただけないのでしょうね。私がいくら言葉を尽くしても力の証明にはなりませんから。」
眼鏡の奥からこちらを伺うような、何かを見透かそうとするような視線を感じる。
少し経ってから視線を外す。
「まあいいや。今日は遅いしまた改めて話は聞かせてもらうよ。俺が断ったところでどうしようもないんだろ?」
ちらりと時計を確認するともう21時を回っていた。
「まあ私もこのまま諦める訳にはいきませんね。封印が解けてしまえば多くの人に危険が及びますから。」
「俺だって本当にやばくなったら動くさ。この世界に何かあったら自由も何もないし。俺しか適任はいない訳だし。ただ俺の見立てだとあと一年は封印は解けないと思うんだよな。
」
ぼーっと呟くその言葉に心は驚く。ただの無気力無責任な人ではないのだと認識を改めた。
「わかるのですか?」
結界を直接見たわけでもないのにわかるのだろうか。
「感覚的にな。確かに揺らいではいるけどすぐにどうこうなる物じゃない。」
「そうなのですね。ただ不穏な動きをする妖が増えているようなので、その討伐は必要かと。」
「あー…それが本題か。…わかった。とりあえず暗いし送る。」
「あの、大変言いにくいのですが守護者として片時も離れずに巫女様をお守りするようにとのことで…当面は巫女様の家に泊めていただくようにと言われております。」
とてもとても言い出しにくくて視線が泳ぐ。巫女様の家に泊めてもらうようにと言われた時は、女性だと思っていたし護るためには必要だと思っていた。だが状況が変わってしまった。
「は?」
凪は信じられないと言うように盛大に眉を顰めた。
「そ、そちらの先代巫女様からもそのように指示があったとお聞きしました。」
「あんの狸ばばあ!!…っとまじ信じられねぇ!!」
心の言葉に凪は感情を逃すように頭を掻きむしる。頼むから報連相はきちんとしてほしい。いや、伝えたら即断られると思ったのだろうか。あちらの先代巫女様はなかなか遣り手のようだ。