夕焼けに朱く ──ふれんず
田舎バスの後部座席。私は胸にわずかな期待を秘めて座っている。もうじき同級生の雄太が乗って来て、ガラガラにも関わらず、私の隣りに座るだろう。
バスが滑るように停留所に着きドアが開く。すると今時学ラン姿のガラの悪そうな雄太がポケットに手を突っ込んであくびをしながら乗ってきた。そして当然のように私の横にドッカリと腰を下ろして足を組む。そしてまたあくびしながら声を出す。
「オー……スゥ」
「オス」
軽い挨拶。雄太は座席にもたれかかって、行儀悪く肘をかけて腕をたらしている。
はあ、なんの因果でこんなのに恋をしちゃってるのか分からない。幼い頃からガキ大将で地域の子達を引っ張って遊んでいた。少し大きくなると、いじめみたいなのもチラホラ出てきたが、雄太は警官みたいに睨みをきかせて、そういうのを許さなかった。
同級生のおとなしめの子が先輩からカツアゲにあったときは単身突っ込んでいってボロボロになりながらお金を回収してきた。
まあそんなバカが出来るのは中学生くらいまでなもんで、周りの女子たちは野蛮なイメージを持っていたが私だけは別だった。正義感の強い雄太に憧れをもっていたのだ。
そんな雄太とはクラスも一緒、席も近くが多くて、よく話し、同性同士の付き合いみたいな感じだった。馬が合ったし自転車の後ろに乗せて貰って送って貰ったりもした。
だけど雄太は頭の出来もそんなに良くなく、同じ高校には行けなかった。だがこいつはスポーツが認められて男子校。私はそれなりの進学校。
私の回りにはたくさんの男子もいるし、複数告白も受けてる。それを受けても良かったのに、頭に思い浮かぶコイツの顔。
お陰で未だに恋愛経験無しの上に、雄太は私の気持ちも知らずにふんぞり返ってあくびの連発。腹が立つ。
だけど、今日は違う。今日は──。
一週間後に控えた文化祭に見に来てと誘う。私に気がないなら行かないとか面倒くさいとか言うだろう。その可能性は限りなく高いが……。
今日は言う。踏ん切りがつくように。私は、いい加減に目を覚ましたほうがいい。雄太が私に気があるのなら、こんな横になんか座らない。
ドキドキして離れちゃうだろう。しかし、コイツにはそんな気配すらない。私のことは友だち、小・中の時の同級生くらいにしか思ってないのだろう。
「ねー、雄太」
「なんだよ、眠ィ」
「はっ、あんたいっつもそればっかり。寝てないわけ?」
「育ち盛りなんだろ。まだまだ成長すんだよ」
「どんだけ。今だって180くらい有るくせに」
「182な、覚えろいい加減」
「どーでもいいよ。二センチくらい」
「あっそ」
う。またやっちまった。憎まれ口。ホントは知ってるよ。182.4センチ、体重78キロ……。
でも雄太のこの返しはなんなのか。色気も何もない。
雄太は体を伸ばして、私とは逆にある「降りる」のボタンを押す。『神明堂前』私たちの降りる停留所……。
私たちが前後に並んで、前の扉からバス停に降りる。そこには小さなお社があって赤い旗が立ってる。そこで雄太は大きく伸びをした。
ここで雄太は右へ。私は左に行かなくちゃならない。雄太は私に大きな手を広げて言う。
「じゃーな」
雄太の背中に夕日が当たって、オレンジ色に光る。いつもなら背中が小さくなっていくのだろう、だが私は呼び止めた。
「待って!」
雄太は振り向いたが夕日が眩しいようでいかつい顔。私はそこに駆け寄る。
鼓動は早鐘のよう。雄太はそこで立ち止まってくれていた。
息が激しい。駆けたからではない。「週末、文化祭に来てよ」ただそれだけの言葉を伝えるのに声がでない。
ダメだ。
言ったら終わりなのかも、という思いが声を封じる。心がブレーキをかけている。
雄太の顔に夕焼けの光り。真っ赤になってるのはそのせい。
「あの、あのさ、雄太……」
声を絞る。絞りきってもここまでしかでない。わずか一分、それがまるで一日のよう。
そのうちに、雄太の手がギューンと伸びてきて、大きな手のひらで私の口をふさいだ。
「ムグ──」
私の頭はパニックだった。少しもがいて雄太の顔を見ると、夕日のせいか赤い顔の雄太が口を結んでいる。
なぜ、どうして? すると雄太が口を開く。
「あのよ、芙佳。そう言うのは男が言うべきじゃねーか?」
?????
意味が分からず戸惑った。しかも私はパニック状態だ。
雄太が先に文化祭のことを言う? いや、なんだそれは。
真っ赤な顔した雄太の言葉を頭の中で咀嚼する。
そしてようやく意味が分かった。それは雄太の勘違い。でも私の奥底から暖かいを越えて熱いものが込み上げてくる。思わずニヤついて、雄太の顔を見上げた。ガラにもなく、赤い顔は夕日のせいだけではない。
「なに? 何て言うの?」
「だからその……、もう分かってるだろ。そーゆー……こと、だよ」
雄太は耳まで夕焼け色に染め上げて、うざったそうに横を向いてしまう。
だが私は追撃した。
「分かんない。言ってくれなきゃ分かんないよー」
「はー、ダルい、お前」
「ナニ、ナニ? 雄太くん、男が言うんじゃないんですか?」
「ああ、クソ! バカ、お前、なんでこんな何でもない日に!」
私は面白くなってきた。それでもまだ太陽は待ってくれている。山の影には隠れない。スポットライトのように私たちを照らしていた。
雄太は意を決したようで、私の両肩を掴んでこう言った。
「卒業したら一緒に暮らさないか!?」
点、点、点……。
そして吹き出した。なんだそれは。「好き」とかじゃないんだ。「一緒に暮らす?」それってどういう意味だよ!
「スケベ!」
「ち、違っ! 俺は真剣にだな~」
「じゃ、何もしない、ルームシェアみたいなこと?」
「何言ってんだ、お前。男女が一つ屋根の下で暮らすってことはだな~」
「じゃなに? プロポーズってこと?」
「それはー……、そうだろ」
「えー!? まだ付き合ってもないのに?」
「ダメか?」
真剣そのもの。コイツに裏表なんてないんだろうな~。
うーん18歳で結婚かぁ。好きだけど早すぎない?
「でも私、看護学校に通うしなぁ」
「そうか、俺も警察になるから、最初は寮なんだ」
「なんだそりゃ。寮に私は入れないでしょ」
「そりゃそうだ。だからそのあとで、さ」
「なんか勝手~」
「仕方ね~だろ、好きなんだから」
好き? 好き。 好きィ~。
ようやく聞けた、その言葉。でも似合わね~。私が吹き出したので、雄太は少しまごついていた。
「でもさ、いくらなんでも早すぎでしょ。まだ私たち、分別もつかないでしょ、お金もないし」
「……それもそうだが、一緒に貯めていきゃいいだろ」
「どうだか。それに赤ちゃん出来たらどーすんの?」
「ん? そ、そうか。それはちょっと早いな」
赤ちゃん、の話で私たちは互いに照れ合い、今までにないような笑いかたをした。恥ずかしさを消す笑いかたを。
そして私はようやく目的の言葉を伝える。
「それより、今週末、うちの学校、学校祭なんだ。一般公開の日に来てよ」
「お、おう、学校祭か。うちの学校は男臭いからたまにはいいな」
なーんか変な感じ。私たちはまた照れ合った。夕日に照らされながら。
その日から雄太は遠回りして家まで送ってくれるようになった。そして歩きながら雑談とともに将来の話をした。
ふと思い立って振り向くと、夕日を浴びた私たちの二本の影は長く、長く……。
まるでこれからの私たちの人生みたいに延びていた。