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ママルル大陸を横断する山脈。その南側はザガパトメアと呼ばれる国です。
魔法が深く根付いており、国の中央にそびえる魔法樹と呼ばれる魔術機巧を中心に数多くの魔導師が暮らしています。
アンナ・リーラーはザガパトメアの公認魔導師です。
外からやってきた魔導師なので戦闘などの国の重要な仕事などは任せてもらえません。それに魔法の使用もかなり制限されているみたいです。
世界機関の運営しているアカデミーで魔法の初等教育をしたり、災害などが起こった時の救援活動をしていると聞いています。
アカデミーは国のあちらこちらにあり、毎日の移動が大変だ。と嘆いていました。
そんな彼女が住んでいるのはママルル山脈から最も近い町です。
最初は魔法樹の近くにある大都市に住んでいましたが、メアリーがアウルに住み始めてからそこに引っ越したのだとか・・・。
本当にメアリーのことが大好きなんですね。
私とルミナはザガパトメアを観光してから彼女の住む町の外れに向かっていました。
空が暗くなっていきます。
アンナが住んでいるのは森と町の境目のような場所です。夜になると明かりも少なくなるので急いでいました。
彼女の住んでいる家?・・・木と言った方がいいのかもしれません。遠くからでもハッキリと分かりました。
森の木々よりも二回りくらい大きい木。そこをうまく住めるようにしてあります。
アンナは庭に椅子とテーブルを出して待っていました。
ほうきで飛んでいる私達に気付くと大きく手を振ります。
「エイル、久しぶりね。ルミナも」
下りる私達に駆け寄ってきました。とても嬉しそうに笑っています。
テーブルの上にはご馳走が並んでいました。
私達が来るのをとっても楽しみにしてくれていたみたいです。
「ええ、本当に久し振り」
・・・最近まで落ち込んでいて仕事を休んでいたとは言えません。
「それより早く食べましょう」
ルミナは美味しそうな料理に目を輝かせていました。
「ちょうど良かった。たまたま、多く用意して困ってたところだったから・・・」
フッと笑ってしまいます。
「・・・何?」
睨まれました。
「何でもない。ご馳走になるね」
ムッと唇を尖らせています。
アンナは素直になれないのです。恥ずかしいのでしょう。
席に着くと、ボトルが浮いてワインが注がれます。
ワクワクしているルミナはすぐにグラスを手に取って、色や香りを楽しんでいるようです。
私はよく分からないので、すぐ飲めばいいのに・・・と、いつも思います。
「いい香りですね。高かったんじゃないですか?」
「ええ、ザガパトメアで作られた一級品よ」
ルミナは口を付けます。
育ちがいいので飲んでいるだけなのに美しく綺麗に見えます。
「とても美味しいですね」
すぐに飲み干してしまいました。
「そんな水みたいに飲まないでよ」
などと言いつつ、また注いでいます。
それから、私達は料理を堪能しました。
お酒もすすみます。
「ところで、最近はどう?」
近況でも聞こうかなと思って言いました。
アンナはため息を吐いて肩を落とします。
「とっても忙しい。メアリーには研究所で会ってるけど、それ以外で会えてない」
妙に早口で暗い声でした。
週に最低でも一度は会ってないと気持ちが沈んでしまうのです。今は一度でも沈んでますけど・・・。
メアリーはアンナをあまり家には入れてくれないみたいで、いつもお酒がすすむと愚痴を言っています。
でも、今日はすぐに明るい声に戻りました。
「でもね。今度、メアリーの家に遊びに行くの。頼み事されちゃったんだ。へへへ」
ウッキウキです。かなり嬉しかったのでしょう。
「ところで、メアリーに会ってきたんでしょう?どうだった?」
この『どうだった』は何か足りてない物とかなかった?という意味です。
足りてない物や困っていることがないか心配なのでしょう。
私が答えるより先に問題児が口を開きました。
「驚きですよ。家が綺麗になっていたんです」
ルミナはこの『どうだった?』の意味を知りません。そもそも普通の人でも分からないでしょう。
え?っとアンナは驚いています。たしかにあれは驚きでした。
「・・・そうなんだ」
「いやー、愛の力ってやつですかね」
大袈裟に体を振っています。酔っているんですかね。
アンナは眉間にしわを寄せて首を傾げます。
「あんた頭おかしくなったの」
「ひどい。この可愛い天才魔導師になんてこと言うんですか」
シクシクと嘘泣きをしています。
無視しましょう。
「でも、私も驚いたよ。あのメアリーが同棲なんてね。想像も出来なかったな」
私の言っている意味も分かってなさそうでした。
「・・・ねぇ、さっきから何の話?」
ルミナと顔を見合わせます。
・・・もしかして、アンナに言ってないのでしょうか?
「えーと、何でもない。忘れて」
「そうですよ。まさか、メアリーが誰かと同棲してるなんてそんなこと・・・」
アンナからどす黒いオーラを感じます。
相当、怒っている様子です。
なんであの子は言ってないのでしょう。
真っ先に相談しなくてはいけないでしょうに・・・。
「後片付けお願いしていい」
ほうきを出して今にも飛び立とうとしています。
「待ちなさい。飲酒運転になるでしょう。公認魔導師がそんなことをしていいの?」
「ん?メアリーにたかる悪い虫はさっさと駆除しないといけないでしょ?」
どこまで本気なのでしょうか?でも、今のアンナをシェリーさんに合わせるのは危険です。
「落ち着いてください。話をしましょう」
ルミナがまともなことを言ってます。
「ふざけたこと言わないでよ」
止まりそうにないアンナ。
ルミナはアンナの靴と地面を凍らせて動けないようにします。
「ふざけてません。座って下さい」
二人はにらみ合っています。
「私もなめられたものね。この程度・・・」
簡単に氷が割られてしまいました。そして、杖をルミナに向けます。
「ちょうどいいかもね。あなたとは一度、やり合ってみたかったし」
「それは嬉しいです。でも、この料理が凍らないように気をつけないといけませんね。まだ食べ足りないので」
私は魔法を使おうとするルミナを抱き寄せて止めます。
「ちょっと二人とも止めなさい」
二人が戦ったら町にも森にも被害が出て地図が変わってしまうかもしれません。大問題です。
もちろん、そのことはアンナも分かっています。
仕方なさそうに杖を下げ、大きく深呼吸をしました。
「部屋はいつものとこを使って」
「ええ」
家へ戻っていきます。
「後はよろしく。私はもう寝るから・・・」
行ってしまいました。
ルミナは何ごともなかったかのように食事を続けています。
お気楽でいいですね。
ため息が出ます。
私ももう少しルミナと晩酌を楽しむとにしました。
アンナのことは明日の私が何とかしてくれるでしょう。
・・・重くて、苦しくて、息をするのが辛い。
私はゆっくりと目を開きます。
ここはアンナの家です。
一番高い場所にある部屋でメアリーが泊まりに来た時に使用する部屋だと言っていました。
そんなことはありえないので私達が使っているのです。
私の上に覆い被さるようにルミナが寝ています。
寝苦しい原因は彼女でした。
同じベッドに寝ていたとしても、なぜこんなことになるのでしょう?
強引に退けて起き上がります。
二日酔いでしょうか?それとも、変な起き方をしてしまったからでしょうか?頭が痛いです。
まだ正常に頭が回りませんが、新鮮な空気を求めてベランダに出ます。
朝の心地の良い風が吹いていました。
それが心を和らげて、頭痛もなんとなく治まってきた気がします。・・・まぁ、そんなことはないんですけれど。
木から見下ろす景色を楽しみながら眠気を覚ましていました。
明日からしばらくは世界機関での仕事になります。
・・・嫌ですね。最近、のんびりしている時に仕事が頭にチラつくようになってきました。
仕事のことは忘れましょう。
今日は何をしましょうか。
まずはアンナとお話をしないと・・・。
喉も渇いてきたので下に向かいました。
一階まで降りると異変に気付きます。
アンナがいないのです。
リビングにも寝室にも外にもいません。
公認魔導師として呼び出しがあったのかもしれませんが、黙っていなくなることはないでしょう。
・・・まさか。
端末で電話をかけてみます。
しかし、電波の届かない所にいるらしく繋がりません。
電波が届かない所。・・・例えば、ママルル山脈とか。
メアリーはまだ寝ている時間なので当然、出てくれませんでした。
・・・これは本当にマズいかもしれません。
急いでルミナを叩き起こします。
「な、なんですか?」
まだ眠そうですが、関係ありません。
「アンナがいないの」
パジャマ姿のルミナを魔法で強引に着替えさせます。
「えぇ・・・行くんですか?」
「ええ、急いで」
手を引いてベランダに出ます。
ほうきにまたがって、ルミナも腰に手を回して乗ってくれました。呑気に大きな欠伸をしています。
そして、飛び立ちます。メアリーの家に向かって。
ママルル大陸での最終日。大変なことになりそうです。
今月、合計で三回更新です。
趣味で書いているのでそこまで気にしてはいませんが、ヤッターって気持ちになります。
次回もこちらのお話が更新になりそうです。
本編は少し登場人物が増えるので時間がかかりそうな気がしています。