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メアリーが一人暮らしを始めたのは1年くらい前のことです。
15歳の誕生日の時に「一人暮らしがしたい」と、言い出したのです。
どうして突然そんなことを言い出したのかは分かりません。
思春期だったりして多感なお年頃だからでしょうか?
私は当然、保護者として反対しました。
世間知らずなのにいきなり一人暮らしなんて苦労するに決まっています。
もう少し魔法以外のことを勉強してからでも遅くはないと思いました。
しかし、その言葉を聞いてヤバい魔導師が動き出したのです。
その魔導師の名前はアンナ・リーラー。
普段は優秀な魔導師ですが、メアリーのことになるといつも暴走します。
彼女はすぐにアウルの第二都市の住宅街の土地を買って、最初から用意していたかのように魔法の家を建てられます。
私は呆れて何も言えませんでした。
きっと滅多にないメアリーからのお願いに舞い上がってしまったのでしょう。
何から何まで決められてメアリーは少しすねていましたが、すぐに引っ越していきました。
長い間、保護者として面倒を見てきたのでその時は少し、本当に少しだけ寂しかったり・・・。
私の個人的なことは置いておくとして、アンナの過保護は続きます。
魔法の最新技術をふんだんにあの家に組み込んでいたり、各種手続きは全てアンナがやっていました。さらには、おこづかいまでかなりの額を渡していたみたいです。
でも、どちらかと言えば、それは正解でした。
魔法のことしか頭にない彼女の家はすぐにとんでもないことになっていたのです。
半月後くらいに訪れた時、家は既にゴミ屋敷と化してしました。
床には物が散らかり放題。ご飯は即席麺や惣菜ばかりで洗濯物も詰みっぱなしで下着で過ごす始末。
最初は「友達とかいっぱい出来るかな?」とかワクワクしていたのに、この頃には「誰も来ないからいい」とか「魔法に使う時間が削れる」とか「生活には困ってない」とか15歳の少女とは思えない発言の数々でした。
あの悪ふざけばかりのルミナが本気で怒る始末です。
それでも、反省の色はなく口を尖らせながら片付けをしていました。
私の名前はエイル・ケレーディア。
薄墨色の長い髪が自慢の魔導師です。
そして、メアリーの保護者でもあります。色々とあったのです。本当に色々と・・・。
ママルル大陸で仕事がある度に様子を見に来ています。
ほとんど片付けをしに来ているような感じです。
今回はなぜか問題児のルミナも付いてきました。
ルミナ・スノードロップ。
私の相棒で、自由奔放な藍白髪の女性です。
たまにはメアリーの顔でも見たくなったのでしょうか?なんだかんだで仲良かったですから。
そんな彼女はルンルンと上機嫌で私の前を歩いています。
「いやぁ、楽しみですね」
「・・・何が?」
フッフッフッと変な笑い方をしています。
「この私ほどではないとはいえ、あの可愛いメアリーですよ。それはもう取っ替え引っ替えでしょう」
この人は何を言ってるのでしょう。面倒くさいです。
「見たくありませんか?メアリーの思い人を」
「別にそういうのは興味ないかな」
ムゥと口を尖らせています。
「そうですか。私は楽しみです。どんな方でしょうか。ワクワク」
期待していた反応と違ったのでしょう。
大袈裟にジェスチャーしてアピールしてきます。
人生楽しそうでいいですね。
メアリーの家に着きました。
門を通り抜けると早速、異変に気付きます。
なんと庭の雑草が無くなっていたのです。
ルミナと顔を見合わせます。
あのメアリーがそんなことをするとは到底思えません。
それにいつも玄関前に置かれているゴミ袋も無く、綺麗になっていました。
さらには、カレーの香り。メアリーが料理をするなんて考えられません。
時短とか言って即席麺しか食べてなかったあのメアリーが・・・。
まさか、ルミナの予想が当たってしまったのでしょうか。
そんなルミナは異様な普通の光景に動揺していました。
「ま、ま、まさか本当にお、思い人でしょうか。そ、そ、そんな・・・手が早すぎませんか」
さっきと言ってることが違います。
ウダウダしていても仕方がないので玄関の前まで行ってベルを鳴らします。
「はーい」
メアリーの声ではありません。女性よりの中性的な声でした。
ルミナがさらにアワアワします。鬱陶しいです。
玄関の扉を開けたのはこれまた中性的な方でした。
「こんにちは。どちら様ですか?」
一瞬、どっちか迷いました。まぁ、でも女性でしょう。
しかし・・・。
「か、か、彼氏ですよーーー」
ルミナが私の体を思いっ切り揺さぶります。
「私は女ですよ」と、彼女は苦笑い。
でも、ルミナは止まりません。
「か、彼女ってことですかー」
魔法で吹っ飛ばしました。
グヘッと大袈裟に転がって痛がっていました。
私とルミナを交互に見て「大丈夫なんですか?」と心配しています。
「気にしなくていいです」
彼女が何者かは知りませんが、ここにいるということはメアリーが招き入れたということです。
なら、私にも多少は関わりのある人物になるでしょう。
手を差し出します。
「初めましてエイル・ケレーディアと言います」
彼女の反応は思っていたのと違いました。
なぜか目を輝かせたのです。
そして、私の手を両手で握ってきます。
「あ、あなたがケレーディアさんですか。こんなに早く会えるなんて」
どこかで助けた方でしょうか?一応、世界機関の魔導師ですから知っていてもおかしくはないですが・・・。
「有名になりましたね。私は嬉しいです。シクシク」
いつの間にか横に戻ってきていたルミナが嘘泣きしていました。
「あなたはちょっと黙ってて」
「初めまして。シェリー・ミッチェルです」
・・・シェリー・・・ミッチェル・・・初めて聞く名前です。・・・たぶん。
「私は偉大なる天才魔導師のルミナ・スノー・・・」
うるさかったので口を押さえて黙らせます。
それでもんーんーうるさいですけど・・・。
ミッチェルさんは明らかに困っていました。当たり前です。
「メアリーに会いに来たんです。入れてもらえませんか?」
初対面の人の前で私達は何をしているのでしょう。恥ずかしい。
「すみません。メアリーを起こしてきますね。待っていて下さい」
扉を閉めて足音が遠ざかります。
まだ寝てるようです。もうお昼前なのですが・・・。
ルミナから手を放します。
「何するんですか?私の華麗な自己紹介だったんですよ」
プンプンしていました。
「もう面倒くさい。ちょっと落ち着いてよ」
「平常運転です。こんなに可愛らしいペアに向かって失礼ですね」
もう一発吹っ飛ばしてやろうかと思って杖を出しました。
「嘘ですよ。嘘」
「本当に?」
うんうんと首を上下に動かしています。
小さくため息を吐いてから杖をしまいました。
「でも、少し緊張しますね。あのメアリーと暮らしている人です。どんな方なのでしょう」
「変わり者じゃないかしら」
保護者として面倒見てきた私達が言うのもなんですが・・・。
足音が近づいてきて扉が開きました。
「今、起きたので中で待っていて下さい」
「お邪魔します」
この家に入るのにお邪魔しますと言ったのは初めてです。
家の中は・・・とても綺麗に片付いています。
ルミナは手で口を押さえて「感激です」と大袈裟にリアクションをしていました。
「紅茶でいいですか?」
「ええ、ありがとうございます」
食事用の机の椅子にルミナと並んで座ります。
「いやぁ、感動ですね。あのゴミ屋敷とは到底思えません。しかも、お茶も飲めるんですよ」
「そうね。掃除もしなくてよさそう」
それから少し経って、紅茶を私達の前に置いてから向かいに座ります。
お礼を言ってから一口飲みました。・・・美味しい。
「とても美味しい。誰に教わったのですか?」
「お母様が淹れ方を教えてくれたんです。役に立って良かったです」
ここまでの態度や言葉づかいで優しい人なのだと思いました。まだ確証はありませんが・・・。
それにしても、あの引きこもりのメアリーは彼女とどこで出会ったのでしょうね。
「でも、驚きました。目元とか髪色とかスクレさんにそっくりですね」
首を傾げます。
スクレさん?どなたでしょう?私の両親でも親戚でもありません。
さっきから私に会えたことを喜んでいたり少し引っかかります。
「その・・・スクレってどなた?」
「そうでしたね。すみません。スクレさんは・・・」
ちょうどその時、ドタドタと階段を急いで降りてくる音がします。
ダボダボの半袖半ズボン姿でメアリーが現れました。
かなり時間があったはずですが、もっといい服はなかったのでしょうか?
・・・下着姿でないだけマシということにしておきます。
「何しに来たのかしら?」
機嫌はとても悪そうでした。
「おはよう。まずは挨拶でしょう?」
「私もいますよー」
問題児がヒラヒラ手を振っています。
そんなルミナを見て顔がさらに険しくなりました。
「ルミナ。あなたのせいで恥をかいたのだけれど」
少し考えてから「心当たりがあり過ぎて分かりませんね」と誤魔化すように笑っています。
メアリーは一冊の本を整頓された本棚から引き寄せました。
「これよ」
それは『友達の作り方(決定版)』という題の本です。
「ああ、それか」と、シェリーさんはなんとも言えない表情で笑っています。何かあったのでしょう。
「私なりに心配してあげたんです。むしろ、感謝して欲しいくらいなのですが・・・」
杖も使わずにメアリーは魔法で吹っ飛ばしました。
取りあえず、私は紅茶をすすります。
「気は済んだ?で、これはどういうことなのか説明してちょうだい」
メアリーはため息を吐いて席に着く。
「今から話すことは誰にも言わないで」
「分かりました。私は口が堅いんです」
まるで何事もなかったかのようにルミナは横の席に戻ってきていました。一番心配なのはルミナなのでは?
「あなたが一番心配なの」
同じことを思っていたようです。
「安心して下さい。私は約束は守る女です。たぶん」
自信満々のルミナに相当、イライラしている様子です。
再びため息を吐いてから口を開きました。
「シェリーは過去から来たのよ」
「過去?」
私達は首を傾げます。
「ええ、旧暦の時代から」
・・・そんなことがあり得るのでしょうか?
時間を止める魔法を使ったのでしょうか?それとも、繋ぎの門の時間版。タイムトラベルのようなことでもしたのでしょうか?
しかし、時間を止める魔法は発動するのも維持するのも莫大なコストが掛かります。ルミナでさえ数日が限界でしょう。
それにタイムトラベルも空想上の魔法です。物語とかでしか登場せず、実現は不可能だと思います。
「どうやってですか?」
「分かりません。ただ、両親は魔法と言ってました」
旧暦の時代の魔法使い。もしかしたら、失われた魔法があるのかもしれません。
もちろん、彼女が何かしらの影響でおかしくなっている可能性もあります。でも、見ている限りその可能性は低いでしょう。
「何か旧暦から来た証拠になりそうなことはありませんか?」
シェリーさんは少し悩んでから答えます。
「・・・スクレさんですかね。旧暦の時代でお世話になったケレーディア家の方です」
スクレ・ケレーディア。・・・本当なのでしょうか?
私でも知らない家のことを当てられたら少しは信じてしまいそうです。
どこかに昔の家系図とかあればいいですが・・・。
横をチラッと見ると、ルミナは目を閉じていました。
「では、どこでメアリーと出会ったのですか?」
それにはメアリーが答えます。
「アウルの大平原よ。道標石の力で見つけたの」
その石のことは知っています。
何が理由か分かりませんが、二人は引き合わされたようです。
「分かりました」
取りあえず、今回はこの辺にしておきましょう。自分でも色々と整理したいですから。
それに話が本当なら辛いことも多かったでしょう。
もう少し待って、落ち着いてから続きを聞くことにしました。
大きく息を吐いて、真っ直ぐシェリーさんを見つめます。
私の様子を見て、座り直してから背筋を伸ばしました。
「シェリーさん。私はまだあなたを信用できてません」
「はい」
メアリーに睨まれました。気にせずに続けます。
「でも、メアリーは変わりありませんし、至らない所を支えてくれているのも見れば分かります。なので、保護者として同棲は許可します」
二人は顔を見合わせて喜びます。
どのくらい一緒にいるのかは分かりませんが、相性は良さそうです。
・・・友達が出来て良かったですね。
「ただし、2つ条件があります」
そろってこちらを向きます。
「1つ目、保護者として定期的に様子を見に来ます。まだ二人だけの生活が心配なのと厄介事に巻き込まれてないかの確認の為です」
メアリーは嫌そうな顔をしていました。
「そして、2つ目。シェリーさんの過去のことは口外しないこと。これは絶対に守って下さい」
これは二人ともうなずいてくれました。
「これから大変なこともあるかもしれないけど、頑張って下さい。応援してます」
「ありがとうございます」とシェリーさん。
メアリーは恥ずかしいのか「そういうのいいから」と髪を触っていました。
「終わったようですね」
寝てた奴が起きました。でも、タイミング的に起きていたのでしょうか?まぁ、どっちでもいいですけど・・・。
「良かったらお昼ご飯を食べて下さい」
シェリーさんは立ち上がります。
「・・・そうですね。では、ご馳走になります」
さっきまで香っていたカレーでしょう。
シェリーさんはキッチンへ。
「いい人を見つけましたね」と、ルミナ。
「そうね。私もしっかりした人がペアだったらもう少し楽だったのだけど・・・」
「ひどい。大切なペアにそんなこと言わないでくださいよ」
抱きついてくるルミナ。
引き剥がそうとします。
「とても仲良しなんですね」
キッチンから私達の様子を見たシェリーさんがそんな見当違いのことを言ってます。
「そうなんですよ。ラブラブなのです」
また魔法で吹っ飛ばしました。
倒れて目をグルグル回しています。
「混乱させるようなこと言わないで」
メアリー達はなんとも言えない表情で私達を見ていた。
過去から来た少女。
これでも色んなことを見聞きしてきましたが、そんな事例は知りません。
そんな少女とメアリーが出会い、いいえ、導かれました。
これは単なる偶然なのでしょうか?
もしかしたら、何かが起こる前触れなのかもしれません。
あれからカレーを頂いて家を後にしました。
なぜか考え事をしたくなったのです。
当てもなく、ほうきを走らせていました。
「カレー。美味しかったですね」
ルミナの声です。
後ろで横向きに座っています。
「・・・そうね」
「考え事ですか?難しそうな顔をしていましたよ」
クスクス笑われました。
「また吹き飛ばされたいの?」
杖を出します。
でも、今回はいつもみたいにふざけた口調ではありませんでした。
「心配しているんです。これでもエイルのペアですから」
ルミナはたまに恥ずかしいことを言います。
・・・たしかに、このままほうきを走らせていても仕方がありません。
コーヒーでも飲みながら本を読むことにしましょう。
「今日は長旅で疲れちゃった。宿でゆっくりして明日に備えよう」
「え?そんなに宿でラブラブしたいんですか?」
イラッとしたのでルミナをほうきから突き落とします。
苦手な風魔法で何とか着地していました。
「黙れ。変態」
大丈夫そうなのでとっとと宿へほうきを進めます。
「待って下さい。異国の地ですよ。迷子になってしまいます。謝るので乗せて下さーい」
ぴょんぴょん跳ねています。
少しは反省してもらいたいものです。
無視してほうきを進めました。
最近、憂鬱なことが多い気がします。
嫌なことを考えてしまったりして・・・。
お話を書いている時はそれを忘れられてとても楽しい時間です。
もし、誰か一人でもこのお話に出会って、楽しい時間を過ごすことができたのならこの活動をして良かったと思えます。