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未来での初めての朝は過去と何も変わりない。
私よりも早起きな鳥の鳴き声がしたり、道を行き交う人や乗り物の音がする。
大きく背伸びをしてから大きく息を吐く。
ぐっすりと眠れて気持ちよかった。
横では美しい金色髪の少女、メアリーが小さく寝息を立てて眠っている。
生まれて初めての家族以外との同衾だった。
お母様、お父様。私は悪い子になってしまったようです。
冗談は置いといて、起こさないように一着しかない服に着替えて下の階に降りる。
辺り一面に広がるゴミ。
改めて見るとすごい光景だ。
失礼だけどよくここに住めるなと思う。
・・・見なかったことにして、まずは朝ご飯を食べよう。
今日の乾パンはドラゴンフルーツ味。
プレーンの乾パンに謎のフレーバーが付いたよく分からない味だ。
そもそも、ドラゴンフルーツの味を知らないから何とも言えない。
慣れたのかしっかり保存されていたのか分からないけど、昨日食べた物よりは美味しい気がする。
ジャムとか付けたら美味しく食べられそう。
朝食を終えてからキッチンの掃除をすることにした。
キッチンさえ綺麗になれば料理が出来る。
料理は得意じゃないけど頑張って作ろう。それしかない。
大きめの袋を見つけて、そこに明らかにゴミだと分かる物を入れていく。
皿やパックなどで埋まっていた流し台の底にスポンジと洗剤があった。
ちょっと悩んだけど、使えそうだったので、それで食器類を洗う。
まだまだ綺麗じゃない部分もあるけど、キッチンの姿が見えてきた。
その時にどこかで鐘が鳴る音が聞こえた。
きっとお昼の鐘だろう。
そんなに掃除してたんだ。夢中でやっていたみたい。
メアリーはまだ寝ているのかな?
よく分からないけど、一日中ほうきを運転してかなり消耗したのかも・・・。
魔法は心がどうのこうの言っていたし、精神的に疲れるのかもしれない。
二階から音が聞こえた。
起きたみたい。
さっきの鐘が目覚ましになったのかな。
それから、しばらくしてメアリーが下りてきた。
「シェリー?おはよう」
大きな欠伸をしながらこちらに来る。
「おはよう。もうお昼だけれどね」
「・・・そうね」
まだ眠そうな声。
椅子にもたれかかり、動かない。
目が開いたり閉じたりを繰り返す。
こういう時は変に刺激を与えないほうがいい。
私は片付けを続ける。
それから10分くらい経ってから、私を呼ぶ声がした。
まだ目は開いていない。
「ちょっとゆっくりしてから外に食べに行きましょう」
声は元に戻りつつあった。
「乾パンは?」
「飽きたわ」
それはそうだね。
さらに10分後。
ようやく出かけることになった。
メアリーは杖でパジャマを軽く叩く。
一瞬、光ってとんがり帽子とローブを身にまとう。
本当に魔女のような格好だ。
珍しそうに見ていると、女性の魔法使いであることを示す格好なのだと教えてくれた。
魔法が昔から根付いている国や地域はこの格好の人が多いらしい。
「シェリーも魔法使いになったら買いに行きましょう」
昨日の調子に戻ったメアリーは楽しそうだ。
なぜか友達作りの本を思い出す。
こんなに可愛くて表情豊かな人なら友達とか簡単に出来ると思うけどな。ゴミ屋敷でも・・・。
「うん。頑張る」
「そうね。頑張りましょう」
メアリーに手を引かれ、家を出た。
未来の町並みは私がいた時代とそこまで変わりはない。
家なんかも魔法使い仕様になっていて多少は違うけど、本当に多少の差だ。
飛行機も飛んでいるし、車もかなり少ないけど走っている。
大きく変わったのはやっぱりほうきで空を移動する人がいることだ。
私も早く魔法を覚えてあんな風に空を飛びたい。
他には 魔法の薬とか道具とか見たことのないお店なんかもある。
メアリーは魔法を学ぶまで入ってはダメだと言う。
知識のないままだと危険な目に遭うこともあるらしい。
私達はとある広場に到着した。
ここには色んな屋台や食材が売られている。
良かった。ちゃんとに美味しそうな食べ物もあるんだ。
「あれを食べましょう」
ここまでずっと手を引かれている。
これって手つなぎなのでは?
・・・友達ならこのくらいするか。
屋台で買ったのはお肉をたくさん挟んだサンドイッチのような食べ物。
牛かな?濃い味付けだったけど、美味しい。
・・・なんか体に染み渡る。乾パンとは全然違う。
「美味しいわね」
「うん。とっても」
それからフラフラ食べ歩きし、衣服や生活用品、食料品を買った。
かなりの量を買ったはずなんだけど、やっぱりメアリーはどこかへ消してしまう。
昨日、体験した倉庫と同じようなものなのかな?
「その消える魔法ってどうやってるの?」
私の言葉に少し悩んでから「また今度ね」と教えてくれなかった。
「そんなことよりあれを食べましょう」
指差した先にはクレープ屋さんがあった。
未来でもあるんだ。いや、未来だからあるのかな?
「私が買ってくるから待ってて」
「うん」
近くに空いていたベンチがあって、そこで待つことにした。
改めて辺りを見渡す。
魔法に満ちた世界。まるで異世界のようなワクワクする光景。
それを見ていると私がいた過去は、崩壊していく世界は嘘だったのかと思ってしまう。
・・・あれは本当に何だったんだろう。
目の前の光景とあの光景がチカチカと入れ替わるような変な感覚に襲われる。
ここは本当に未来なのだろうか?
そもそもここにいる私は本当に私なのだろうか?
・・・私はどこにいて何なのだろう?
良くない考えが湧いてくる。
音が消えたように感じて、色が白黒になって、世界がコマ送りのように動く。
頭を抱えて何とか落ち着こうとする。
胸が苦しくなってきた。
よく分からない漠然とした不安が心を締め付ける。
「すみません」
その声は妙にハッキリと聞こえた。
そして、全てが元に戻る。
顔を上げると、少女が立っていた。
薄桜色の髪が印象的な背の低い少女。
サングラスを掛けていて、その下は包帯が巻かれている。
「お隣に座ってもいいですか?」
「はい。いいですよ」
慌てて少し横に動く。
「ありがとうございます」
ベンチの端と端一人分くらいのスペースを開けて座る。
「すみません。人が多いところが苦手で疲れてしまって」
「気にしないで下さい」
さっきまでの不安が嘘みたいに無くなった。その程度のことだったのかもしれない。・・・そんなことはないんだけど。
「ありがとうございます。ところで、何か辛そうな様子でしたけど、大丈夫ですか」
目隠ししてるから見えないと思ってたけど、見えてるのかな?
「大丈夫です。ちょっと混乱しただけなので」
「そうですか。今日はどこから来たのですか?」
その質問に少し動揺してしまった。さっきまで過去のことを考えていたので一瞬そのことかと思ってドキッとしてしまう。
どこの地区から来たのか?と言う意味だ。
「えーと・・・」
そういえば、あそこってなんていう場所かな?
ここがアウル第2都市ってことしか分かってない。
「すみません。昨日ここに来たばかりまだよく分かってません」
「・・・そうですか」
若干、怪しまれている気がする。
「では、この国はどうですか?」
何か変な質問。外国人に自国の良いところをインタビューするテレビ番組みたい。
「うーん・・・私のいた国と違った活気があって楽しいですよ」
私が住んでいたのは都市部で市場とか出店とかは無かった。だから、この広場での体験は初めてで新鮮だった。
「それは良かったです」
彼女は手を差し出す。
「私はユメと言います。よろしければ、お名前を教えて頂けませんか?」
私は手を握った。
「シェリー・ミッチェルと言います」
「シェリーさん。可愛らしいお名前ですね」
もう片方の手が伸びてきて私の頬に触れる。
まるでどんな物か手探りで確かめるみたいに。
「柔らかいですね」
ユメさんは優しく笑う。
「はあ・・・」
反応に困る。
その時、人混みから声が聞こえた。
「ユメー。どこだー」
ユメさんを呼ぶ声。
ユメさんは手を離してからため息を吐く。
「思ってたより早かったですね。ではさようなら、シェリーさん。もしここで過ごすならまた会えるかもしれません」
そう言って人混みの中に消えていった。
「さ、さようなら」
私は小さく手を振ったけど、すぐに見えなくなる。
不思議な人だったな。
「お待たせ」
入れ違いでメアリーが大きなクレープを持ってきた。
「食べながら歩いて帰りましょう。帰ったら買った物を整理しなくちゃね」
クレープを受け取る。
「ありがとう」
「ええ。どういたしまして」
立ち上がってからもう一度、ユメさんが消えていった方を見る。
ユメさん。一体何者だったんだろう。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
ゆっくりと食べ歩きながら、帰路についた。
それから、服や日用品の整理、キッチンの掃除とかしていたらあっという間に夜になった。
この国で暮らしていくための色んな申請とかは知り合いに詳しい人がいてその人に頼むらしい。
本当に感謝することしか出来ない。ありがとうございます。
今日の晩ご飯はお惣菜と乾パン。
それと頑張って作ってみたスープ。たまにお母様と料理をしていたので少しは作れる。
バリエーションはこれから増やしていこう。
メアリーの口にあうといいな。とか思いながらテーブルへ運ぶ。
メアリーは研究用の机の椅子に座って本を読んでいた。
「ご飯出来たよ」
「ありがとう。久し振りのまともな食事ね」
なんとなくそんな気はしてた。
私が作ったのはスープだけだったけど、喜んで美味しいと言ってくれた。
なんか嬉しくなって自分のことを単純だなと思う。
食事が一段落して私は気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇ、メアリーはなんであの草原にいたの?」
あの広い草原で偶然、私を見つけたとは考えにくい。
きっと私があそこに来ることを知ってたんだと思う。
「たしかに変よね。・・・私は導かれたの」
導かれた?変な言い方だな。
メアリーは黒い石の付いた首飾りを見せてくれた。
「道標石と呼ばれる魔導具よ」
その石は吸い込まれてしまいそうなほどの黒。
その異様な存在に目を離せずにいた。
「これはアーティファクトって呼ばれている珍しい魔導具なの」
「アーティファクト?」
よくゲームとか漫画で聞く単語だ。
「特別な力を持った魔導具の総称よ。誰がいつ、何の目的で作ったのか分かってないの」
その石に触ってみる。
体温が吸われているみたいに冷たい。
「この道標石は使用者の必要としている物や場所を示すと言われているわ。これがあなたのいた場所を指したの」
メアリーはこの魔導具の力で私を見つけて、私は助けられた。
モヤモヤは解決したけど、それって・・・。
「もしかしたら、あなたが運命の人なのかもね」
メアリーは悪戯っ子のように笑った。
・・・・・
クレマチス家に代々伝わるアーティファクト、道標石。
私が当主になってから託されたものです。
これを持つことになってから6年。一度も道を示すことはありませんでした。
一人暮らしを始めてからも特に変化は無く、魔法の勉強の日々を過ごしています。
もう存在を忘れかけていました。
しかし、何の前触れも無くその石が輝いたのです。
手に取ると石が浮遊して私に必要な何かを指し示してくれました。
好奇心でしょうか?湧き上がる気持ちを抑え込めず、家を飛び出して石の指す方へほうきを走らせます。
不安はありません。
きっと、そこには私が求めている答えがあるはずです。
私の使命は何なのか。その答えが・・・。
そこはアウルの平原の何でもない場所でした。
草原が全方位に地平線の果てまで続いています。
特別変わったものは何もありません。
この景色が私に必要なモノなのでしょうか?いやいや、そんな訳・・・。
石は既にいつもの状態に戻っています。
もしかしたら、疲れていたのかもしれません。
最近は忙しかったですし・・・。
必要なのは休息ということなのですかね。
このアーティファクトはそんな気の利いたことが出来るのでしょうか。
大きくため息を吐いてから、パラソルとビーチチェアを出します。
折角ですから、読書してお昼寝してから帰りましょう。
程良く暖かくてのんびり過ごすには良い日です。
そして、それが起こったのは読んでいた本を半分くらい読み終わった頃でした。
突然、数多くの光の粒がどこからか現れて一カ所に集まっていきます。
驚きましたが、すぐに本を閉じてその様子を観察します。
これは何の魔法でしょうか?
道標石が示したのはきっとこの現象だったのです。
そして、光は散っていきます。
その中から黄檗色の髪の少女が現れました。
今は眠っているようです。
彼女が一体何者なのでしょうか?
どこから来てどうやって現れたのでしょうか?
そして、なぜ道標石が彼女を指したのでしょうか?
謎がいっぱいです。
まぁ、今は起きるまで読書でもして待っていましょう。
もう一度、彼女の顔を見ます。
ただ何となく友達になってくれたらいいなと思うのでした。
本編は色々考えたりしていてあまり進んでいません。
こっちはこの5話は苦戦しました。が、次は短めでその次もある程度完成しているのでこっちの更新が多くなるかもしれません。
毎日更新している方、とてもすごいです。どうやっているのでしょう。・・・頑張ります。