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いつも通りの時間に端末のアラームが鳴る。
私は起きて背伸びをした。
すぐ横で寝ている海樹は反応がない。ぐっすりと寝ているみたいだ。
顔を洗って、寝ている海樹の横で過ごすのが朝の日課になっている。
海樹が起きるまでは端末でニュースを読んだりしているけど、今日はもらった失踪事件についての資料を読むことにした。・・・とは言っても、情報はほとんどない。敵の正体も不明のままだ。
これだけのことが起こっているのに痕跡がほとんど残らないのは異常だと思う。
分かっているのは敵が使った魔法だけだ。
固有魔法レベルの強力な魔法が4種類。
まずは双子さんが襲われた時に使われた2種類の魔法だ。
1つ目は死体人形。
死体はこの世界で一番、厄介な素材だ。
様々な方法で使われる。
骨に魔法式を刻んで作る骨爆弾。体の柔らかい部分を使って作る魔力を多く含む抽出液。体の一部を埋め込んで魔法が使えない人を使えるようにしたり・・・。今回の死体人形もそうだ。
基本的に良い使われ方はしない。
新暦が始まって半世紀後くらいに起こった第一次魔法大戦。
それは世界機関と世界中の宗教との戦いだったと言われている。
世界機関が死体の処理を統一をして、それぞれの弔い方のある宗教が反発した。
死体だけで大戦が起こる。それが魔法の世界なのだ。
死体人形は名前の通り死体を操る魔法。
今回のは変わっていて、マリオネット式と機巧式の併用らしい。
マリオネット式は魔法の糸を使って操る方法。
機巧式は体内に機巧を埋め込んで動かす方法。
この2つが併用されると動かす時に互いに悪さをする。
併用型が研究されていたのは知っているが、実際に使われているのは初めてかもしれない。
私達も理解を深めるために多少は触ったことはあるが、海樹でも無理だと言っていた。
動きが遅かったとも書かれているから悪さはしていたのだろう。
2つ目の魔法は結界魔法。それも別世界を創り出す方の結界だ。
珍しい魔法で世界中を探しても使える人は数少ないだろう。
別世界を創りだして、そこへ引きずり込んだり、安全な場所から攻撃が出来る。
マリオネット式の糸はこの歪んだ空間の向こう側から使われていたらしい。
ここで起こった大人数の失踪と公認魔導師達の失踪はこの魔法が使われたからだと思う。
どの程度この魔法が使えるか条件や座標をどうしているかなど、分からないこともあるけど断定していいだろう。
次にリンダさんが被害にあった事件。
体を調べて分かった情報だ。
3つ目の魔法は何かを撃ち出す魔法。
体を何かで貫通されていた。数ミリの穴が空いていたが、貫通魔法ではないらしい。
でも、綺麗に貫かれていたことから固有魔法に近い強力な魔法だそうだ。
歪んだ空間から不意を突かれたら、為す術なくやられてしまうかもしれない。
そして、最後。4つ目の魔法。
窒息魔法と言えばいいだろうか。
リンダさんの肺には魔力の塊が張り付いていた。
目に見えない大きさの魔力の塊で、それを吸い込ませて呼吸を阻害する魔法らしい。類似する魔法があって、それは禁術になっている。
空気中に撒かれて吸い込んでしまったみたいだ。
本当に小さい塊なので基本的には世界の修正力によってすぐに消えてしまう。
しかし、人の体内に入った場合は違う。
死体人形でもそうだけど、人は魔力の宝庫。
体内の魔力を吸収して存在し続ける。
つまり、死ぬまで呼吸を困難にさせるのだ。
また、世界の修正力によって消えてしまうということは、証拠が残らない。
これと結界魔法を組み合わせれば、今回のようなほとんど情報のない事件も起こせるのだ。
資料を読み終わった時にため息が出た。
こんな訳の分からない魔法ばかり使うのは一体、何者なのだろう?こんなことをして何がしたいのだろう?
・・・いや、こんなことをする狂人のことなど理解できるわけないか。
資料をしまって海樹を見る。
後でこれを教えてあげないと・・・。
柔らかい頬をなでていると嫌そうに反対を向かれた。
それから、いつもみたいにニュースを読んでいると海樹の起きる時間になる。
「海樹。時間だよ」
声をかけても無反応。
これはいつものこと。たまに動くこともあるが月に一度あるかないかだ。
今度は揺さぶる。
「起きて」
「んーーー」
嫌そうな素振りをした。この状態の時は声は聞こえている。
「こっち向いて」
本当にゆっくりと言った通りのことをしてくれる。
目は開いていない。
「はい。口を開けて」
小さく開かれる口。そこに私の人差し指を第1関節くらいまで入れる。
「噛んで」
モニュモニュしている。
・・・今日の感じだとフルーツとかもダメそう。
口も大きく開けられないみたいだし、ヨーグルトとかゼリーとか噛まなくても食べられる物じゃないと・・・。
口から指を抜いて綺麗にする。
「ご飯を取ってくるから待っててね」
返事はなかった。
ベッドから出て、魔法でパジャマから私服に着替え、部屋を出る。
宿舎は昨日と違って明るく、まるで別の施設にいるみたいだった。
昨日は真っ暗になってからの到着だったし、雰囲気が違うのも当然か。
食堂へ向かう間に何人かの人とすれ違う。
数日前に事件があったなんて嘘みたいだ。
とても賑やかで何となく落ち着く。
事件の前はもっと賑やかだったんだろう。
食堂には双子さんがいた。
私に気がついて手を振ってくれる。
「おはようございます」
「「おはよう」」「よく眠れた?」「疲れは取れた?」
仲良くユラユラ揺れている。
「はい。いいお部屋でぐっすりと眠れましたよ」
「それは良かった」「ところで、海樹さんは?」
ちょっと答えにくい。
「まだ寝てます」
双子さんは顔を見荒らせた。
「・・・何て言うか」「そんな感じはしてた」
私は笑って誤魔化すことしか出来なかった。
ここの食堂では、朝はバイキング形式らしい。
品数はそこまで多くない。でも、紗倉見は食堂もなくて、支給されるのは乾パンのみだったから豪華に見える。それにどれも美味しそう。
ジャムなどで甘くしたヨーグルトと私が食べたいトーストなどを器に取ってセーブキューブにしまった。
「ここで食べないの?」「もっと食べなよ」
食事を終えた双子さんに言われる。
「海樹は朝が苦手でここに来るのも一苦労ですし、私も朝は苦手で多く食べられないんです」
「そうなんだ」「そうなのか」
ペコペコして食堂から逃げるように出た。
「約束の時間には」「間に合わせてね」
1時間後にはここを出発して昨日のエルビエラ第四都市支部に向かうことになっている。
初日から遅刻とかあり得ない。
私は部屋へ急いだ。
部屋に戻る。
海樹はまだ寝ていた。
小さなテーブルの上に食事を乗せて、海樹を起こす。
「海樹。時間だよ」
「・・・うん」
ゆっくりと上体を起こす。
「椅子まで動ける?」
「・・・無理。お願い」
「仕方ないな」
魔法で海樹を浮かせて椅子に座らせる。
私は椅子を横につけてヨーグルトを口に運んであげた。
途中まではそうやって、目が覚めると一人で食べるようになる。
そのタイミングで私も食べ始めた。
食事を終えてからが大急ぎだ。
海樹の身支度を済ませてから私の準備をする。
乙女の準備は時間がかかるのだ。
食器は宿舎から出る時に食堂へ寄ろう。
本当なら合間に食べる物や飲み物を買いたかったけど、時間がない。
宿舎の外に出たのは集合時間の五分前。・・・何とか間に合った。
双子さんは既に待っていて、ぼんやりベンチに座って空を眺めている。
「お待たせしました」
「うん。待ってたよ」「でも、ちょっと早いね」
海樹は珍しく昨日のことを引きずっているのか何も言わなかった。
双子さんは立ち上がって、それぞれのほうきを出す。ほうきも同じ製品を使っているみたいだ。
「それじゃあ」「行こうか」「楽しい」「楽しい」「「仕事の時間だ」」
私もほうきを出して、海樹を後ろに乗せた。
「命をかけた」「それなりの」「給料の」「お仕事に」
そう言って双子さんはため息を吐いた。
このお話と次のお話を分けました。短くなったと思いますが、説明が多いので何となく分けることにしました。