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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界1章∶君に捧ぐ生命の讚美歌
9/33

4.決戦準備

 夢を見た。彼――テセウスが私を助ける夢。

 カプセルに詰め込まれた私を、彼は変異獣に襲われながらも助けようとしていた。

 もし、彼が私を助けてくれなかったなら、その結末は想像に難くない。

 マスターの話を思い出す。あの男は、テセウスのクローンを処分する予定だと口にした。マスターは、無意味な嘘を言う性格ではないだろう。

 テセウスならば、私と同じ状況で何をするか考えて見る。自然、答えが一つ思い浮かんだ。

 一切の躊躇なく助ける。

 彼なら間違いなくそう言うし、行動する。恋人のクローンに対する恋愛感情だとか、それを見付けてしまった時の責任感だとか、本人を助けることのできなかった罪悪感は持ち込まず、先ず助ける。話はそこから。

 キラーが、テセウスの事を迎撃ミサイルと形容した通り、人を助けることに対してブレーキの類は一切ない。

 簡潔かつ無駄のない思考。

 相手が彼のクローンなのだから、彼の思考にのっとって行動するのも悪くない。私は、自分にそう言い聞かせた。


「――あの、大丈夫……ですか?もうすぐ、お昼になりますよ……?」


 少し困った様な少女の声が耳に入り、私は瞼を開けた。

 周りを見ると、私以外は全員いつでも外出可能といった様子で、少し恥ずかしさを覚える。もしかして、その準備万端といった様相で、私の寝顔でも覗き込んでいたのではないのか、と。

 私は、冷静さを取り繕う様に深く息を吸い、応える。


「大丈夫。今日の予定は?」


 フィオルトは、チラリと荷物に視線を向けた。

 荷物と言っても、ここに来る前に変異体に襲われ、大半はその場で手放さざる負えなかった。今残っているのは、フィオルトが私と合流するまでにかき集めた最低限の燃料と食料。医療品は、フィオルトの腕を治療するのに使い心許こころもとない。


「物資の補給を今日中に、明日には出立だ」



 ・・・



 キリシマに先導され、私達はコロニーの住宅街を両断する様に建設された十字の通路におもむいた。

 住宅の前には、まるで祭り事でもしているかのように露店や出店が広がり、人々で溢れ、活気に満ちていた。

 人類の大半が死亡したと言う情報が信じがたい程、熱気すら感じる人口密度。

 人とクローンが入り乱れ、辺りから人の話し声が絶えず耳に入る。あの、耳鳴りがするほど静寂に満ちた外界とは全く異なる世界に、私の胸は震えた。


「ここが大通り。大抵の道具ならここで手に入る」


 キリシマが露店を指す。

 物資や衣服、食料は勿論のこと、武器や変異体の骨や牙といった素材まで多種多様。確かに、ここなら欲しい物は何でも見つかるような気がする。

 だが、私が驚いたのはそこではない。


「賑やかだな……!これほどまでに綺羅びやかとは!」


 人、人、人。

 見渡す限りの人に溢れている。こうして数分立ち尽くしているだけで、外の世界ならば一生分は人を見たと確信出来るほどの数。

 この世界が荒廃する前も、こんなに人に溢れていたのだろうかと、想像力が掻き立てられる。


「感動したかな?まぁ、これでも荒廃前の都心部よか人口が少ないらしいが、他では見られない光景だ」


 キリシマがしたり顔を向けてくる。きっと、初めてこのコロニーに訪れた者はこの光景に驚くのだろう。

 このコロニーには、大勢の人々が生活を営んでおり、外に出れば生存者なんて自分一人しか居ないのでは無いかと思えるほど孤独な世界。感動して当然だろう。


「テセウスがこの街を見たら、どんな顔をしただろうか」


 彼が世界を見つめる視線は静かで、寂しげだった。それは恐らく、彼の目に世界がこう写っていると言うことなのだろう。

 彼に、この世界にも賑やかで明るい場所もあるのだと、伝えたかった。


「消耗品でも見てくる。自由行動にでもしよう」


 フィオルトが個別行動を提案するのは、ハッキリ言って意外だった。確かに、物資を補給するのに手分けをしたほうが早いのは事実。だが、フィオルトは私の騎士なのだから、自発的に私から離れようとするのは初めてだ。

 とは思いつつも、こんなコロニー内でフィオルト以外に対処不可能な場面に遭遇する方が少ない事も理解していた。

 私は不思議に思いながら、拒否する理由も無いのでフィオルトの提案を承諾する。

 差し当たり、私が揃えるのは武器や衣服といった装備一式。それと、フィオルトのスーツを補強するための素材。とはいえ、フィオルトのスーツを修理するのに何が必要かと聞かれてもパッと思い付く物はない。

 私が考え込んでいると、視界の端でキラーが小さく手招きをしていた。


「ハスキさん……。こっち」


 そう言えば、彼女にも伝えたいことがあった事を思い出し、私は彼女の元に駆け寄る。


「キラー、言いたいことが」


 私から話し掛ける事が予想外だったらしく、キラーは少し戸惑いを見せる。


「え……?な、なんですか?」

「昨日はありがとう。助けられた」


 私が頭を下げると、彼女は一瞬それを静止しようとするも、少し照れくさそうに頬を赤らめ、自分の前髪を撫でた。


「どう……いたしまして。えへへ……」


 こうしてみると、普段が暗いだけで笑うと案外可愛いのだと思ったが、それを伝えたら今度は恥ずかしさのあまり、赤面を覆って話を聞いてくれない姿が想像できてしまった。

 彼女は、照れ隠しなのか何も言わずに先導する。

 こんな可愛げのある女性に昨日のような芸当に出来るのかと考え、その事を聞くつもりだったのだと思い出した。


「それにしても、良くあの透明な怪物の居場所を正確にねらえるね」


 あの瞬間に、あの更かしの変異体の位置を正確に掴んでいたのはキラーだけだった。現状、あの変異体の様な生き物に出会った際の対抗手段がない。対処法は彼女に聞く他無いだろう。

 彼女は、私の言葉に記憶を辿る様な仕草を交えて答える。


「あぁ、えっと……ジャバウォックの事ですか?」

「ジャバウォック?」


 ジャバウォックといえば、確か何処かで聞いた様な名前な気がした。この星の逸話だったか、童話だったかは定かではないが、確かにそういったものを名前のモチーフとして使うのは珍しい事ではないだろう。


「マスターは、お気に入りの改造変異体を一人は必ず連れてるんですよ……。マスターは異形兵って呼んでます。名前はたしかジャバウォック、ジャブジャブと……バンダースナッチ……だったかな?」


 あれ程の戦闘力を持つ個体が、他に二体居る。その可能性を想像し、内心同様するも平静を保つ。

 改造した変異体が最低でも三体居るというだけで、ジャバウォックという個体と同等の戦力を持つ個体が三体とは言っていない。

 それに、キラーの口調からして、彼女自身その異形兵に詳しいというわけでは無さそうだ。


「それで、位置が判った理由は?」


 ジャバウォックの最も特筆して危険な点は、あの透明化とそれに連なる隠密性だ。スーツを着ていたフィオルトに認識されなかったということは、生体反応発さず、温度センサーにも引っ掛からなかったということだ。

 それを、生身の人間が察知出来るのが妙に解せなかった。


「視線を……感じるんですよ」

「視線?」


 余りにも突拍子もない言葉に、私は聞き返していた。

 ジャバウォックという個体は、フィオルトに探知出来なかった以上、私達の持つ技術からなる索敵機やセンサー、カメラ等を掻い潜る程の隠密性を持つ。

 その隠密性を看破する方法が、何か有ればと思ってはいたのだが、感覚的な話は予想外だった。

 私が首を傾げていると、キラーは外方そっぽを向く。


「私、そういうのに敏感で……」


 確かに、彼女の性格的に人の視線に敏感と言うとは、妙な説得力があった。この星で言うところ、野生の勘というか、女の勘といった部類のものなのだろう。

 生憎、私とは無縁そうな技術に、思わず私は苦笑いを浮かべた。

 そうこうしている内に、キラーはある露店の前で足を止める。


「ここは?」

「見たところ、その服装では限界だと思うので……」


 それは、獣を素材とした道具専門の店だった。

 牙や骨で作られたナイフ、山刀、刀。加工した骨を筋繊維や獣毛で縫う様に固定した軽鎧。歯を矢じりにもちいた矢。種類は豊富で質も十分。


「ほぅ。獣を使った装備か」


 物によっては、変異の特性を残したまま道具になっている物もあるだろう。こういった装備は、想像力が掻き立てられる。


「変異獣の素材は、専門の技術がないと扱えないんですが……、その分強力な感じです。料金は掛かるんですけど……値段以上の仕事はします。私が見繕いましょうか?」


 善意から来る言葉なのだろうが、頼ってばかりでは居られない。それに、一応は案内人として雇っているのだから、奢られるわけにもいかない。


「いや、気に入ったのを使うさ。これは?」


 私は、露店の壁に飾られているローブを指差した。純白でありながら、表面を覆う光沢が薄緑色を帯びている。所々に金細工が施されていて、上質な装備だと一目で判る。

 露天商は、私の指した先を見ると自身の髭を掻きながら言う。


「苔鯰と呼ばれる変異獣の髭で編み込まれたローブ。耐火性に優れ、軽い。それに加えて刃を通さない。五千二百万クレジットだよ」

「た、高い……」


 私達が最初、このコロニーに来たときの軍資金は二十万程。どうあがいても手が出せない金額だ。

 私が唸ると、露天商は考え込むような仕草をする。


「資金は?」

「十万クレジット以内に一式揃えたい」

「なら、中古を買って治すのが一番良さそうだな。それと、今の装備を売るのと」


 装備を一新するのだから、確かに今の装備は要らない。テセウスから貰った装備をするのは、正直言って気が引ける。が、かと言ってずっと使っている訳にもいかない。元々、古い装備だったのだから、早い段階で取り替えるのが無難だ。

 私は、今着ている衣服の端を掴んだ。


「これだと?」

「千か五百の間が良いところだろうな」


 一食分になるかどうかの金額。とはいっても、傷んだ装備がクレジットとして換金出来るというだけで、恐らく幸運なのだろう。

 私は光線銃を提示する。


「これは?」

「機械兵器は取り扱ってないから分からん。百万も行かなそうだがなぁ」

「異星人の貴重な武器だと思うんだが……」

「なら十万も行かないな。貴重な銃ってことは、弾薬もこっちでは貴重なわけだ。直ぐに鉄屑に成っちまう」

「そ、それは確かに」


 実際、この武器がこれ以上通用するとは到底思えない。変わった形の鉄の塊程度にしかならないそうだ。


「マニアでも探すしかないだろ」


 コロニーという閉鎖空間とはいえ、そんな物好きを探し出せる程狭い訳ではないし、そもそも居るとは限らない。

 それならいっそ、異星人のお姫様が着ていた衣服ですよとブランドを付けて装備を売った方が、まだ物好きが釣れそうだ。最も、私のプライドがそれを許さないし、方舟分離主義者達に私の居場所を教えるわけにもいかない。

 突如、私の肩に鉄の腕が触れ、私は硬直する。間違える訳が無い。私達、この星で言う異星人由来のスーツの感触だった。


「――その銃、買わせてくれないか?三角交換と行こう」


 その声は、フィオルトと同じ形式の翻訳機を使っているのか、彼に酷似していた。

 同系列だが、装備は旧式。大方、古くなって流れた装備を受け取るなり買い取るなりして揃えたのだろう。背に、物資運搬用のポットを複数ベルトで固定し、その脇には布でぐるぐる巻きにされた何が取り付けられていた。

 私の緊張を他所よそに露天商は明るい顔を私の背後に向ける。


「ウォーマさん。確かに、あなたなら扱えそうだ」

「ウォーマ……」


 どこかで聞いた名前だと、記憶を辿ると同時に答えに行き着く。マスターの口にした、技術提供者の名前。

 偶然の一致、とは到底思えない。

 私は、恐る恐るウォーマの方を向く。

 フィオルトと似た形状であるものの、型は一つか二つ古いモデルのスーツ。私達が既に使っていない、俗に言う旧式。こんな物を使うなんて、余程思い入れがある者か、方舟分離主義者しかいない。

 ウォーマは、モノアイを振り子のように動かし辺りを見渡した後、私に視線を止めながら言う。


「へぇ。その反応、僕のことは知っているんだね」


 私は頷きながら応える。

 

「これで良いのかい?」


 私が銃を差し出すと、ウォーマはそれを受け取りポットから色とりどりのバッグを幾つか取り出し、台に並べる。


「大将、さっきのローブと角翼虎のナイフをこれとトレード出来ないか?」


 バッグ毎、台に置いたときの音が違う。よくよく見てみれば、ポットから見える荷物が色毎に分けられている。色をだけで用途やカテゴリーが判るようにしてあるのだろう。

 それを理解してか、露天商はバッグを色別に分けていく。


「ちょい待ち」


 露天商は、ウォーマの置いた荷物をその場で確認する。小型のスプレー缶や、医療品が中には詰まっていた。

 正直、医療品も欲しくはあるが、図々しい事は言えない。それに、使ったら無くなる消耗品よりも、永続的に使える装備の方が長い目で見ればメリットが多いだろう。


「防弾スプレー、百缶。変異抑制剤、五十回分。即時治療薬、十二回分」


 露天商は、カタログを取り出すと頭を掻きながら応える。


「なるほど。悪いが抑制剤は価値が下がってるんだ。ローブは良いが……ナイフは届かなそうだな」

「なら、これは?」


 ウォーマは、スーツ内の隠しスペースから小さな箱を取り出し、露天商に見せるように開けた。そこに入っていたのは、虹色の光沢を持つ白い宝石だった。


「変異結晶か何かか?」

「変異した貝の真珠だ。温度や湿度によって色や透明度が変わる。下処理は済ませてあるから、そのまま飾るなり加工するなりすればいい」


 参考程度に、とウォーマは露天商に真珠を握らせる。すると、それまで半透明な水晶の様だったそれは、まるで中に花が咲くかの如く赤い亀裂が走り、滲むように全体に広がる。

 一瞬たりとも同じ色合いの瞬間が無い真珠の宝石は、観賞用としても装飾品としても高値が付くだろう。

 露天商は何度か頷き、提示された真珠と自分の商品を見比べた後に深く頷いた。


「良いだろう」

「交渉成立だ」


 露天商とウォーマは握手の後に、物々交換を行う。

 話の通りならば、ナイフとローブは私の銃と交換する予定だが、ウォーマはそれらを自分の荷物にしまい込むと、私の方を向いた。


「さて、君と話がしたい。着いてきてくれるか」


 何となく、そんな気はした。本来ならば、キリシマかフィオルトに声を掛けるべきなのだが、彼の狙いは私との一対一に見える。誰かを呼ぶ仕草をした途端逃げられる可能性もある。

 気は乗らないが、次にいつ見つけることが出来るのか判らない。

 ウォーマの言葉に頷いて返し、警戒しながら着いて歩く。

 ウォーマは、人気ひとけの少ない裏路地で足を止め、誰かが居ないのか確認した後に話を始める。


「君の生体反応。以前、感知したことがある。王族特有のものだ」


 一瞬動揺しかけるも、私は悟られないように冷静を装う。

 これを見抜いた上で内密に済ませようとする辺り、敵対的な訳ではなさそうだ。とはいえ、信用に値するかまでは判別できない。一時的に私に手出しができない状況、なんてことも考えられる。


「気が付いていたのか」


 ウォーマは、再度モノアイを左右に揺らす。


「忠告がある」


 私は、手仕草で彼に話を促した。彼が矢鱈周りを警戒しているので、必要最低限の会話で済ませたかったからだ。

 ウォーマはそれを見て、一度頷き答える。


「この街のから早く立ち去ったほうがいい。脱出の案内はできるが、待っている余裕はない」


 余裕がない。このコロニーから外の世界を想像したとき、その言葉が何を指すのか理解出来た。あの、変異体の群れのことだろう。

 私がそう考えていると、依然聞いたことのある雄叫びがコロニー内を走り抜ける。僅かに、地面が震えた。


「また……」


 私は水晶壁を見上げる。変異体が影も形も見えない事を珍しいと思うのは、このコロニーに適応仕掛けているからだろうか。

 ウォーマは、私と同じ様に上空を見上げながら言う。


「これは、彼らの叫び声だ」

「叫び?」


 叫びという言葉には、悲しさとか苦しみといった言葉が内包されていると、私は思っている。故に、咆哮や遠吠えといった言葉では無く、叫びという言葉を使われた事が意外だった。

 言われてみれば、どことなく寂しげに聞こえなくもない。そう思いながら、私はウォーマに視線を移す。


「彼らは鼻が利く。判るんだ、かつての仲間がここで生と死を繰り返している事を」


 その時、テセウスのクローンの事を思い出した。確か、ここは変異に対して厳格だ。私達は、半ば裏口からこのコロニーに入ったようなもので、正規ならばレベルⅡ以下でなければ立ち入ることが出来ない。

 ならば、仲間の遺体が何らかの形で回収され、自分はこのコロニーに立ち入ることが出来ない場合、どういった行動を取るのか。そう考えて嫌な予感がした。

 キリシマは、変異体が攻撃を仕掛けているのはこちらの戦力を測るためと分析していた。このコロニーでは、危険な仕事はクローンが担当し、兵士の大半がクローン。

 もしかしたら、変異体の本来の目的は戦力を測るためではなく、仲間のクローンを探す為と考えられないだろうか。

 このコロニーは、迎撃用の砲塔はない。故に兵士が銃火器を用いてそれを行う。つまり、攻撃をすればクローンが出てくる。仲間のクローンが居るか否か、その保護が可能か否か、確認するのにうってつけと言える。


「僕は、この星の種族に絶滅してほしくはない。だから、身を護る術を教えた。だが……どうやら栄養を与え過ぎて腐ってしまったらしい。彼らはそれにご執心だ。まきこまれたくないのなら……」


 早くここを立ち去れ、と言いたいらしい。無論、そのつもりだ。


「明日にはここを出る」


 私が答えると、ウォーマは手遅れだと言わんばかりに首を横に振る。


「襲撃は、今日行われる」

「どういう――」


 私が言い掛けると、頭上から轟音と衝撃が降り注ぎ、私は思わず身をかがめる。

 一瞬、直立すらままならない程の揺れが押し寄せ、水晶壁は最大出力の光を放つ。上空からは、瓦礫が砕ける音が籠もってはいるものの確かに聞こえる。

 コロニー全体に響く警報に、私は恐怖を覚える。


「まさか……」


 ウォーマが言っていた襲撃が今。そう考えたが、ウォーマは微動だにせず、冷静な口調で言う。


「これは本命ではない」


 私は耳を疑った。


「本命じゃない?これで?」


 攻撃こそ原始的ではあるものの、今の文明としては最大火力の筈だ。少なくとも、ここに来てから攻城戦兵器の類は見たことがない以上、純粋な重量で力押しに勝るものはない。

 ウォーマは、直立したまま上空を見上げる。


「本命の時には星が落ちることとなっている」


 星、それが何かの隠語だと直ぐに理解はするも、想像はできない。仮にもし、水晶壁を破る事が出来る物が有るとしたら、それは隕石並の兵器だ。弓や小銃、光線銃が精々の武装である現環境において、いくらなんでも桁が違う。

 次第に頭上からの衝突音と衝撃が止み、私はゆっくりと姿勢を戻す。

 依然として警報は鳴り止まず、避難指示の音声が流れ始める。

 騒音を掻き分ける様に駆けつけてきたのは、キリシマと次にキラーだった。息も絶え絶えのキラーに対し、キリシマが疲れている様子はない。直接視界に入らない範囲で待機をしていたのだろう。

 キリシマのデバイスが震える。彼は苛立ちにも似た表情を、手に持ったデバイスに向けた。


「ハスキさん大丈夫でしたか……?」


 キラーの質問に、私は頷く。人から離れた位置に来たせいか、パニックに巻き込まれる事もなく無事だ。それに、キラーを心配させたくもなかった。


「問題は無い。一応」


 そう受け答え気付く。フィオルトが来ない。

 こういった自体ならば、フィオルトは真っ先に私のもとに駆け付ける。だが、その気配がない。通信が出来ないからにしても、私を呼ぶために大声を発するといった行動をしないのは不自然であり、不安だった。


「……フィオルトは、見てないか?」


 私が聞くと、真っ先に反応を示したのはキラーだった。一瞬ハッとした様な表情を浮かべた後に、少し言い辛そうなに視線を反らす。


「フィオルトさんですか?えっと……」

「知っているのか?」


 彼女は、依然私の顔を見ないように応える。


「……外に行きました」


 外というのは、恐らくコロニーの外を指しているのだろう。

 フィオルトが私に何も言わずに離れる。それもコロニーから出るだなんて、想像できなかった。


「どういう……」


 私達の会話の隅で、キリシマのデバイスが震えた。彼のデバイスは、激しく赤い点滅を繰り返している。

 その点滅を見てキリシマは唇を噛み、キラーは何かを察した様にさみしげな視線を送る。ウォーマとの話で、聞かずとも要件が判った気がした。


「失礼」


 と、キリシマは浮かない表情のままデバイスを耳に当てる。キラーが心配そうな視線を向け、それを見たキリシマは私達に背を向けた。きっと、私もキラーと同じ視線を彼に送っていたのだろう。


「……なるほど、了解した」


 それまで微動だにしなかったキリシマは、そう答えるとデバイスをしまい、一度荷物を地面に置いて中を確認する。

 静寂を嫌い、私は口を開く。


「キリシマ?」


 荷物の確認作業を終えたキリシマは、溜息を溢しながら応える。


「緊急事態のため、護衛の任務を中止しろと」


 つまり、緊急出動命令。今回の襲撃を重く受け止めた上層部が、迎撃のため総力を上げている。

 私達がついさっきまで居た市場の方を見てみれば、避難のために駆け回る住民や、武装車両が入り交じり混乱を極めている。


「判った。今までありがとう」


 私は、感謝を込めて深く頭を下げる。それを静止しようとした彼だったが、失礼だと感じたのか。それを受け入れた後に言う。


「気を付けろよ」

「ご武運を」

「あ……あの、ありがとう……ございました」


 一拍遅れのキラーの感謝に、キリシマは少し笑みを浮かべながらその場を後にした。

 彼の後ろ姿を見送り、胸の内で再会を願う。


「……それで、フィオルトが外に行ったというのは?」

「確認したい事が有るって……」


 確認したいこと。ということは、私の知らない所で外の情報を調べたのだろうか。私が眠っている間か、それとも資料を手分けして調べている最中か。

 内容については、見当もつかない。

 考えてみれば、フィオルトは大通りに来て直ぐに自由行動を提案した。となると、私に知られたくない情報を事前に掴んでいて、それがバレないように単独行動をしたと考えられる。

 仮に今朝、フィオルトに何かあったならキラーも知っている筈だ。


「心当たりは?」

「……有りません」


 直ぐに返事をしなかったものの、覇気のない彼女の口調からして、嘘は言っていないだろう。なら、フィオルトが何かを掴んだのは、資料館辺りになるのだろうか。

 ウォーマは、腕に内蔵されたデバイスを弾きながら言う。


「それで、脱出は?」

「フィオルトが私に何も言わずに出ていったということは、必ず帰ってくる筈だ。入れ違いだけは避けたい。それに……」


 私は、今朝見た夢のことを思い出した。

 彼が居たからこそ、私は今も生きている。その事を、例え相手が本人でなくとも彼に返すべきだと、私は決心する。

 その後のことは、その時に考えればいい。と私ながららしくない考えをしながら。


「彼を放置は出来ない」


 私がそう言うと、ウォーマは背から襤褸布に包まれた何かを取り、私の方に差し出す。


「……これを」


 それを受け取り布を捲ってみれば、ゴテゴテとした白い弓と目が合った。

 弓を骨格に、エネルギー圧縮装着、電磁障壁生成機、矢を射出するためのモーター、多機能スコープ。

 後付に後付を重ねたせいか、その風貌は戦艦の模型に近い。

 形状こそ弓ではあるが、取り付けられたパーツは私達の技術を踏襲とうしゅうした代物で、この星由来の武器には思えない。が、私達の武器にこんな物もない。


「これは?」

「改造型電気弓」


 電気銃をこの星用に改造したらしい。

 取り回しこそ銃よりは悪いが、銃とは違って弾が切れたとて実弾に切り替える事が出来る弓は、確かに現代向けだ。それに、口径を気にする必要がないのも確かに利点となるだろう。


「籠手とセットで使うもので、連続で六十発撃つと小一時間クールダウンしないといけないが、まぁ六十発も連射することはないし、気にしなくていい」


 ウォーマは布を更に捲ると、奥に隠れていた籠手を取り出し、私の腕に乗せた。

 スーツの右腕を人間規格に改造したもので、てのひらにはエネルギーを出す為の射出口が、二の腕部分にはバッテリーが組み込まれている。

 籠手から放出したエネルギーを、弓のエネルギー圧縮装着で矢の形状に留めて放つ、という設計なのだろう。


「なるほど」


 重くはあるが、扱えない程ではない。それに、テセウスが自分の腕を弓に見立てて矢を放っていたことを思い出し、何となく運命めいた物を感じる。

 弓の扱いを彼から教わらなかったのが、少し後悔に思えた。


「接近戦は、さっきのナイフを使うといい。この辺りを牛耳っているリュウゲン、その者に深い手傷を負わせた奴が使っていた武器と同質だ」


 その話には聞き覚えがある。確か、このコロニーに来て間もない時に、キリシマから名前を聞いた。咆哮だけでも、その個体が強大である事は、容易に想像が付く。

 一度声を発するだけで、地響きを引き起こす変異者。そんな者に襲撃されては、幾ら堅牢なコロニーとて崩壊はまぬがれないだろう。


「すまない、私にも用事がある。これで失礼する」


 立ち去ろうとするウォーマを引き止める様に言う。


「最後に一つ」


 ウォーマは足を止めるも、立ち去ろうとした姿勢は変えず、首だけこちらに向ける。


「手早く」

「彼らの狙いは?」

「中央の、あの管理施設が攻撃目標となっている。それでは」


 そう告げると、ウォーマは足早に去って行った。

 さっき、武器の説明をした直後に去ろうとしたり、要件を聞くのを急いていた辺り、他にもやることがあるらしい。

 忙しない彼の背を見送ると、キラーは困惑した表情を浮かべる。


「知り合い……ですか?」


 恐る恐る聞く彼女に私は応える。


「いや、初見だよ」


 当然の返答だ。

 そもそも、彼と知り合いであるなら、昨日マスターからウォーマという名前を聞いたときに、反応するだろう。

 それを知ってか、キラーは納得と困惑が入り交じった様な表情を浮かべる。


「何で武器なんか……」


 それは、確かに不可解な点だった。

 ウォーマと私は初見、何一つ面識はない。なのに、交渉の際には手助けをし、あまつさえ武器の提供まで行う。

 知らぬ内に、彼に恩でも着せる機会があったのだろうか、と記憶をたどるも思いつくことは何一つ無い。

 問題といえば、渡された武器に細工でもされているのか否か。

 私は、渡された籠手に右腕を通し、弦を引いて見る。

 籠手に内蔵された電撃生成装着が、弓のエネルギー圧縮機能によって雷を矢の姿に変える。特筆しておかしな点は見当たらない。それどころか、武器としては一級品だと直感できる代物に、私は感動を覚える。


「……良し」


 私は、ゆっくり弦を戻して攻撃体制を解除する。

 恐らく、この電気弓は 実物の矢と電気、どちらも放つ事が出来る様に設計されている。その点で言えば、フィオルトの兵装より燃費や臨機応変さでは勝っている様に思える。

 多少の無茶をしても、自衛くらいならできるだろう。

 このコロニー内では通信ができず、フィオルトと連絡が取れないのが不安ではあるが、彼ならば私の行動も推察出来る。

 そう判断し、私は弓を折りたたみ背に携える。


「ハスキさん……?」


 キラーが訝しげな表情を浮かべて訪ねてきた。


「あぁ、管理施設に向おうと思ってね」

「もしかして、テセウス君のクローン……?」


 察しはついているらしい。

 見た目こそオドオドしている彼女だが、頭の周りも直感も彼女自身が思っているより鋭いのだろう。でなければ、全く変異しない故の肉体的な不利を背負って、今まで生存することは困難だったはずだ。

 私は頷きながら応える。


「まぁね」


 キラーは、少し俯きながら胸に手を当てながら言う。


「私も……ついて行きます」

「え?」


 それは、予想外の発言だった。

 彼女とテセウスには、確かに面識がある。ただ、彼女の今までの言動から、それほど仲間意識は感じなかった。だから、面識のある知り合い程度の関係だと思っていた。

 それだけに彼女の発言は意外だった


「彼に関しては、その……私も無関係ではない……ので」


 たどたどしい口ぶりながら、決意を固めた表情をコチラに向けてくるキラーを見て、私は考えを改める。

 確か彼女は、テセウスと何年も過ごしたと口にした。私の数百倍は共に過ごしていた事になる。改めて考えてみれば、それほど長い期間を共に過して、仲間意識が芽生えないはずはない。 


「助かる」


 私は、そう言いながら彼女の同行に同意した。

 変異特性

 獣化∶身体能力の向上。寿命、特に変化なし。環境の適応力向上。

 虫化∶身体能力の超向上。寿命、五年以内になる。冬季に身体能力が著しく低下し、八割は冬を越せない。

 異形化∶身体能力、個体により増減が激しい。寿命の上下も同様上は不老(暫定)下は数日。環境の適応力低下。

 竜化∶身体能力の超向上。寿命、観測されず。環境の適応力向上。

 植物化∶身体能力低下。寿命、千差万別。環境の適応力、超向上。

 菌化∶身体能力皆無。寿命、観測されず。環境の適応力向上。

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