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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界1章∶君に捧ぐ生命の讚美歌
7/33

2.案内人と護衛人

 街の風景は、どことなく私達の船に似ていた。鉄性の数パターンに限られた建築物は狭い空間を有効活用するもので、テセウスと出会った廃墟よりも窮屈で空も小さい。所々、ある石造りの建物や木造建築は、ここがかつて街だったときの名残りだろう。

 私達が歩いていると、突然怒号が聞こえた。これの主の方を見てみれば、太り気味の男が痩せた少女を叱りつけている。男の方が身分の高そうで、少女の方は従者のような印象だ。

 少女が地面に落ちた荷物を慌てて拾い集めている。恐らくではあるが、彼女が荷物を落とした事を怒っているのだろうが、それは異様な光景に感じた。

 何故こんな時代で太ることができるのか、それに対しもう一人は痩せているのか。


「ったく、これだからクローンは。前のほうが、まだ使えたぞ」


 地面に落ちた荷物を拾う少女を男は蹴り上げる。対し、少女は自身の身体を庇うでもなく、頭を何度も下げながら作業を進めた。


「すいません!」


 少女に向ける暴行が止まる気配はない。

 治安が悪いという訳ではなさそうだが、見て見ぬふりをする通行人が余りにも多く、静止する者が現れる気配はない。巻き込まれたくない、といった心情なのだろう。

 目立つことは避けたかったが、仕方がない。


「流石に不快だ」


 私は男を突き飛ばし、フィオルトが私と男の間に入る。普通ならフィオルトに驚きそうなところ、苛立ちのせいか、以前怒りを私に向ける。


「あ?部外者は黙ってろ!」

「そういう訳にはいかない」


 私と男が睨み合うと、憲兵と見られる制服を着た男が駆け付ける。


「トラブルか?」

「彼がぼう――」

「何でもねぇよ」


 男が私の発言に被せる。背後からフィオルトの腕が僅かに震え、私はそれとなく手で制した。

 憲兵は少女と男、そして私を見た後、面倒くさそうに頭を掻き始める。


「えっと、後で詰め所にお願いします」

「はいはい」


 憲兵の注意に男は社交辞令のような謝り方で返し、荷物をまとめた少女の背を小突きながら、その場を後にする。その去り際、少女の頬に何かが刻まれているのが見えた。

 憲兵は男の後ろ姿に少し呆れたような仕草を向けた後、私の方を見る。


「で、今日初めて来た人?」

「そうだが?」


 憲兵は大きくため息を吐きながら説明を始める。


「さっきの子はクローンなんですが、ここではクローンは……ニュアンスこそ違いますけど道具……みたいなもんなので」


 私は思わず耳を疑った。確かに、クローンは人工的に産み出す事が出来る。だが、人工的であろうと無かろうと命があることは変わらない。

 フィオルトが一歩前に出ながら疑問を呈する。


「何?」

「死んでも増えるから、基本的に人権ってのが無いんです。例外として、兵士に努めてる時と子供を産んだり、結婚した場合は人権が認められます」


 死んでも増えるとは酷い言い草に聞こえた。自分達で産み出して置いて、責任放棄にも等しい。それに、例外に関してもクローンではない人間が完全に主導権を握っていて、クローン本人にはどうしょうもない。

 態度には出ないが、フィオルトは珍しく怒っている。恐らく、同じクローンとして感情が高ぶっているのだろう。


「クローンを消耗品か何かだとでも?」

「量産出来る命に権利もたせると色々と面倒という話らしいです。昔は、こんなんじゃなかったんですけどね。クローンが事件をおこしてからかな?」


 まるで、クローンが勝手に増えているかのような言い分だ。クローンは生み出そうとしなければ産まれない。そう考えると、いたずらにクローンを増やした側にこそ問題があるように思える。

 唐突に憲兵はデバイスを取り出し、通知を確認した。


「すいません。用事が入ったのでこれで」


 憲兵はそそくさとその場を去る。フィオルトは向かう先のない憤りに身体を震わせていた。

 フィオルトがここまで怒るのは、恐らく初めての事だろう。私はフィオルトの震える背に手を添える。


「フィオルト、大丈夫かい?」

「初めて……。初めて暴力を振るいたいと思いました。この力は、あなたを守るためにある筈なのに……」


 感情に任せ、暴力を振るわないのはフィオルトの長所ではあるが、同時に脆い部分だと思った。きっとフィオルトは、騎士という性質上、私に危害が向かわない限り実力行使には出ない。守られる側の私としては嬉しいが、共に過ごす仲間としてはもう少し感情を表に出してほしいというのが本心だ間は必要かも知れないが、今の演技の様にでは無く、いつかは対等な仲間として語り合いたいと思った。

 私はフィオルトの背を軽く小突く。


「敬語に戻ってるよ」



 ・・・



 受付けに示された飲食店に到着し、私はフィオルトと見交わした後に扉を潜る。

 扉が開いた瞬間、取り付けられたベルが鳴り思わず私は驚く。

 鼻をくすぐるのは料理特有の暖かな香りだが、私達の嗅いだことのあるどの香りとも異なる。とはいえ、今回の目的は食事ではない。

 私が辺りを見渡していると、店員と目が合った。


「ニ名様で……え?機械?えっと、この場合は一名?」


 フィオルトの姿を見た店員は困惑していた。普通はこの反応だろう。

 フィオルトは機械鎧を着込んでいて、一見すると生き物なのか機械なのか判別がしにくい筈だ。だが、ここに居る客の内何人かは、店員の反応を小馬鹿にするように笑いを堪えていた。

 フィオルトは嘲笑う客を一瞥した。


「すまない。これは機械鎧でニ名だ」


 フィオルトが声を発し、驚いた店員は慌てて何度も頭を下げた後に店の奥を指す。とはいえ、ここで食事を摂ることはできないので、こちらも慌てて説明する。


「いや、客じゃないんだ。ここに居る兵士に用があってきたんだ」

「す、すいません!早とちりを」


 店員が間違えるのも無理はない。入店と同時に申し出るべきだったと思いながら、私達は店の客を見渡しながら奥に入る。

 客は武器を越し腰に携えた者が多い。兵士が入り浸っているという情報通り、兵士が休憩時間や見回りの合間に使っている様な印象の店だ。


「ん?何で異星兵がこんなところにいんだ?」


 店員と違い、フィオルトを戦闘員だと言う辺り、ある程度私達について知っているのだろう。敵対するような気配はないので、昔ここで私達と人間の間で争いがあったと言うとは無さそうに思えた。

 店の入口に居た客の反応を見た後では、ここの人達に護衛を頼む気には成れない。が、背に腹は代えられないので、フィオルトが説明する。


「一時的にここに滞在することになった。その間、護衛や案内を頼める者が居ないか探している」


 フィオルトの話を聞いた男達は、目を丸くして互いに見やり、肩を揺らしながら笑い始めた。


「異星兵に護衛ねぇ」

「要らなそ〜」


 ガラが悪い連中に少し呆れる。この島国の人々は優しいと聞いていたのだが、そんなものは幻想に過ぎなかったようだ。それとも、最初に出会ったのがテセウスだったから、返って他の人の印象が悪いのだろうか。


「どうした?」

「いや、テセウスの事を思い出していた。彼の様な人は貴重だったのだな」

「惜しい人を亡くした」


 私はため息を吐くと、辺りを見渡す。すると、あることに気が付いた。

 皆、頬に数字が刻まれているのだ。それに、首には黒いチョーカーが付けられている。左耳にはピアスが付いていて、そのピアスには何かの機械が取り付けられていた。

 何かの印だろうか。そういえば、あの子の頬に書いてあったのは数字だった気がする。クローンには数字が刻まれている、ということで良さそうだ。

 私が考えていると、背後から小さな声が聞こえた。


「――テセウス……」


 思わず背筋がピクリと動く。振り向くと、一人の女性が座っていた。が、この女性には数字も刻まれておらず、チョーカーもピアスもない。男女別かと思ったが、どうやら彼女は例外に見える。

 そういえば、表のトラブルで態度が大きかった男の方は彼女のように数字が刻まれていなかった気がする。


「何か?」


 私の問に、女性は薄ら笑みを浮かべ、飲み物を置く。

 黒髪を一つに束ね、切れ長の目をしている。割と小柄で、可愛い顔立ちをしているが、目元のクマのせいか、少し近寄り難い雰囲気があった。


「懐かしい名前だと思って」

「懐かしい……。彼の知り合いかい?」


 女性は眉を潜めながら、コップの縁を指で数度擦る。


「判りません。名前が一致してるだけかもしれないですし……」


 そう言い、彼女は視線を背ける。

 確かにその可能性はある。が、同一人物の可能性も捨てきれない。

 彼は、左腕の触手の操作が上手かった。数日であそこまで卓越した技術が得られるとは思えないので、昔から触手が生えていたと考えられる。


「左腕から触手は?」

「……同一人物っぽいかなぁ」


 そう答えると、黒髪の彼女は視線を反らしながら飲み物を一口飲んだ。

 もし、彼の知り合いだとするなら、私の知らない情報を知ってる筈だ。そう確信し、私は彼女の隣に腰掛けた。彼女は私の行動に驚きはしたが、距離を取ったりはしなかった。


「彼の知り合いかい?」

「まぁ、そんなとこです。何年か一緒に居ました」


 何年か。予想より長い期間が、私は少し以外に思えた。彼は単独行動に慣れていた。だから、大半は単独行動でこの世界を過ごしていたと思い込んでいた。

 私が呆けていると、彼女は少し聞きにくそうに口を開く。


「亡くしたっていってましたけど……。テセウス君は、あなた達の目の前で死んだんですか……?」

「……すまない」


 私は頭を下げる。たった二日間の関係だった私より、数年という間共に生活した彼女のほうが、彼の死について思うところがあると思った。

 しかし、彼女は何故か困惑したような表情をしていた。私の言葉の意味が判らなかった、という訳ではない様だ。


「何か?」


 フィオルトが尋ねると、彼女の背がピクリと跳ねる。


「えっと……、良く生きていたなぁって」


 含みのある言い方に、私は片眉を吊り上げた。


「というと?」

「え?!あ、いや、だってその……早死にしそうな性格してたから……」


 それはそうだと、私は頷いた。

 彼の行動は、自己犠牲精神から来るものだった様に思える。そんな彼が、少なくとも仲間と別れても生きていたのは、当人の生存能力が有ってのものだろう。それか、そもそも単独行動をしていたから自己犠牲が発動しなかったか。


「昔からあの性格だったのかい?」

「そうですね……。迎撃ミサイルみたいな性格でした」


 その例えは、確かにテセウスの行動を的確に表している様に思えた。敵を見つければ直行、仲間が危険に晒されれば身をていして守る、加えてあの機敏さは確かに迎撃ミサイルそのものだ。

 彼女は記憶を思い起こす様な仕草をした後、ハッと向き直る。


「あ、私はキラーって名乗ってます。案内程度なら……」


 彼の知り合いなら、願ったり叶ったりだと私は手を差し出す。黒髪の彼女――キラーは私の手をまじまじと見る。

 ここで信頼を示す為の行為だと思っていたが、違ったのだろうか。私がそう考えていると、キラーは照れながらその手を受け取る。


「助かる。ハスキだ」


 手を握りあった手を軽く上下させ、手を離す。

 そうこうしていると私達の話を聞いていたのか、一人の男が近付いてきた。男の頬には数字の4が刻印されている。


「――護衛の話。俺も良いか?」

「君は?」


 男は自分に刻まれた数字を指しながら名乗る。


「キリシマ・フォー」

「フォー?」


 男の仕草からして、四番目ということは判る。が、何を基準にした四番目なのかは理解できない。店を軽く見てみれば、同じ数字を持つ者も目に入る。その同じ数字の者同士は、見た目は全くの別人で型番のようなものとも思えない。

 数字の刻まれた男――キリシマは、頭を掻きながら説明する。


「キリシマって人間の複製。その四番目って事だ。食事処で話す事でもないし、場所を移そう」


 キリシマに案内され、私達はその場を後にした。

 誘導される先は人気のない路地で、無言でフィオルトに確認を取る。静かに頷くフィオルトの動作で、大丈夫そうだと思い路地に入った。

 他の人に聞かれたくない話なのか、キリシマは軽く辺りを調べた後に話し始める。


「単刀直入に言う。監視を任された」


 なるほどと私は頷く。察しの付いているフィオルトも同様で、唯一本来は部外者のキラーだけが驚いていた。

 異星人であることを言い訳に、検査を無視してこのコロニーに入った。目を付けられるのは仕方がない。

 とはいえ、この手の監視は標的に見付からない様にするのが基本だ。標的に接触する時も有りはするが、自分から監視を担当しているとは言わない。


「言っていいのか?それは」


 キリシマの態度に、私が苦笑いを浮かべながら聞くと、キリシマは不服そうな面持ちで語る。


「上のことが嫌いなんでね。ただ、監視してないのがバレたら何されるか判らん。サボるのに手伝ってくれ。護衛もする」


 私は、飲食店にいたクローンのガラの悪はと、クローンの少女が受けていた虐待を思い出した。ここのクローンは不当な扱いを受けている為、仕事に対する意識が低いのだろう。

 とはいえ、その意識の低さをこっちに向けられても困るというのが本音だ。


「案内は?」

「富裕層のエリア以外なら――」


 突如、空が光を帯びる。何かと思い見上げると、水晶壁の天井を砕けながら滑り落ちる岩と、それを落としたであろう鳥に似た変異体の影が見えた。水晶壁が機能したのだろう。

 水晶壁は起動中、光を放つ様に設計されている。透明のまま電磁バリアを機能させる技術がないわけではなく、機能しているのが目視でも判るためだ。水晶壁も透明で電磁バリアも透明だと、起動しているのかしていないのか目視で判断ができない。つまり、壊れた際に正常に機能しているのか判らなくなる。これは、管理している兵士達ならともかく、確認のしようがない市民からするとストレスでしかない。そう言ったところから来る不満やトラブルを避けるべく、水晶壁は光を帯びる様になった。

 水晶壁は、デブリとの衝突程度なら容易に弾く事が出来る。耐久力的には問題ない筈だ。だが、水晶壁の電磁機能は常時発動させるものではない。本来は、連動したセンサーが衝突を事前に検知し、それに応じてどれだけエネルギーを使えば良いか計測、電磁機能を発動させる。

 対して、ここの水晶壁は私達がこのコロニーに入る前にも点灯していて、その時は落下物等は見られなかった。恐らくは、センサーの代わりに見張りを立て、攻撃してきそうな者を確認次第、電磁機能を使用しているのだろう。


「……またか」


 飽き飽きとした様にキリシマは天井を眺めた。彼の反応からして、日常的なものなのだろう。


「今のは?」

「変異者達の攻撃だ。攻撃の反応で、こっちの戦力を測ってるんだろ。前は迎撃部隊が一人連れてかれた」

「連れてかれた?」


 キリシマはため息を吐きながら説明を始めた。

 ここでは水晶壁の事をシェルと呼んでいるらしく、防衛システムは電磁機能のみ。ここに砲塔はないので、兵士の直接的な銃火器を用いて迎撃を行っている。変異体はそれを狙い、誘拐するらしい。兵士はクローンの仕事なので、あまり問題視はされていないとの事だ。

 入って初日ではあるが、クローン誘拐に対する危機感の無さは、このコロニーらしいといえばらしいと思った。

 会話の最中、私の視線はキラーに向く。

 キラーには、クローンの証である数字が刻まれていない。つまり、クローンではない普通の人間のはず。だが、装備は一般人ではなく兵士のものだ。キラーの性格が兵士向きにも思えないし、英雄に焦がれる様な思想の持ち主にも思えない。

 名前に関してもそうだ。この星でキラーという単語は、殺人鬼に用いられると聞く。だが、彼女がそんな事をする様には思えないし、まして殺人鬼が自分の名前にそんな単語を使うとは思えない。


「話は変わるが、キラーとはこの星の言葉で人殺しを指す言葉だが、何故そんな名前を?」


 キラーは少し言いにくそうに視線を反らしながら言う。


「パラドックス……です」

「ほう?」


 パラドックスについて、詳しく調べたことはなかった。記憶が確かなら思考実験のようなものだった筈だ。

 基本的には、問題に対して回答者に二択を迫るもので正確な答えはない。初めて知ったときは、興味が湧いた時に調べてみるか程度の認識だったが、今がその時のようだ。


「テセウスのパラドックス、双子のパラドックス、ラッセルのパラドックス。そして、私――親殺しのパラドックス。二年前まで共に暮らしていた家族です……。私以外は記憶障害を起こしていて……、本名が判らなかったから、適当に取り出した一冊の本から名前を取ったんです」

「親……殺し?」


 予想外の単語に私は思わず困惑すると、彼女は慌てて弁明する。


「いや、抵当にページ捲ったところの名前でってしたら、偶然そのページだったんですよ!」

「なるほど」


 この星では、何かを決めるときに運任せにする事があると聞いたことがある。そう言うことなら、無くはないのだろう。

 気掛かりなのは、彼女もキラーという名を受け入れている点だ。長年、名乗っていたから馴染んだという事もあり得るだろうが、それにしても物騒過ぎる。そう考えると、彼女自身がキラーという単語に何かしら関わりのある行動をしたか、そういった思想の持ち主だと考えられる。


「今は皆バラバラになって、どこに居るか判らないんですけどね……」


 私とキラーがそんな話をしていると、キリシマは思い当たるものが有ったらしく、記憶を探る仕草の後に会話に参加する。


「ラッセルってのは多重人格の変異者か?」


 思いもよらぬ情報に、キラーは勢い良くキリシマの方を向く。彼女からすれば、ずっと会っていなかった仲間の情報が一気に入ったのだから無理もないだろう。


「知ってるんですか?!」

「北西の洞窟に居るらしい。探索中に会って、軽く話をした」

「皆、元気そうでした?」

「いや?顔色は悪かった」


 流れる様な会話の中、私は気になる単語を拾い、口にした。


「皆?」


 皆とは複数の人物を表す時に用いる単語の筈だ。人間一人に使うものではない筈だ。だが、何の問題もないように会話も続いている。それが気になった。

 私の言葉にいち早く反応したのはキラーで、すぐに説明してくれる。


「えっと、ラッセルさんは多重人格なんですけど……人格毎に身体が分裂してるんです」

「つまり、人格の数だけ身体があると?」

「はい……」


 そういえば、キラーも説明の時に四つのパラドックスを説明したが、仲間が四人とは言わなかった。要するに、四人では無いからそう言わなかったのだと、今改めて思う。


「変わった変異者だな」


 そういい、フィオルトは考え込んだ。

 変異者の変異内容は十人十色と聞いたが、それが嘘だったと初めて思った。テセウス、リンオウ、ラッセル。赤、青、緑の様に色と言うには、余りにも種類が違う。一人を色と言うのなら、一人は音階、一人は数字。カテゴリーもジャンルも違う、全くの別物に私には思えた。

 これはきっと、私が本来ここの種族の者ではない故の考え方なのだろう。人間は、孤独を心から嫌うのだ。だから、類似点や共通点を探し、同じ種であろうとする。その仲間意識が、十人十色という表現を使わせているのだろう。

 私が考え事をしていると、大地を震え上らせる程の雄叫びが響き渡る。堅牢な外壁を貫通する雄叫び。生き物の発したものだと理解し、全身が強張る。


「……びっくりした!」

「今の大声が出るって、今回のは相当大きいんじゃぁ……」


 私とキラーをよそに、キリシマはデバイスを操作していた。彼は慣れているといった態度で、動揺の色は見られない。


「今のは、リュウゲンって言うここら一帯を支配している変異者の親玉。失礼」


 と言い、キリシマが通話を始める。


「すまない、今は任務中だ。さっき来た異星人?それなら近くに居る。……なるほど?一応聞いてみる」


 キリシマの視線がこちらを向く。デバイスの通話は切っていないようで、マイクが会話を拾わないように、胸で抑えている。

 内容は何となく理解出来た。私達が、変異獣を刺激した可能性を危惧しての事だろう。


「どうかしたのかい?」

「東から来たらしいが、何処を通ってきた?」


 私は、テセウスを襲った変異獣の集団の事を思い浮かべた。直近で出会った獣といえば、あれしか思い当たらなかった。


「変異獣が居た所と言えば、岩場を越えて来た」

「岩場……?」

「半日程歩いた所だ。堰堤を越えてきた」

「堰堤……ダムのことか。失礼」


 キリシマは、再びデバイスを耳元に運び通話を再開する。


「第三デッドゾーンを通過してきたらしい。……関係は無いように思える。あそこは東側とはいえ、正確には北東だ、南東から来るのとは別だろう。……了承」


 キリシマは、通話を切りデバイスを懐に収めた。

 私達の事に対して、擁護するような発言が聞き取れはしたが、真意までは読み取れない。善意から来る行動なのだろうが、信用するに至るかと聞かれれば否だ。


「……どうでした?」

「姿は確認出来ず、捜索隊を編成するらしい。途中、同僚に見つかっても面倒だ。さっさと宿に行こう」


 キリシマの発言からして、通話相手は私達が変異体を刺激した可能性を考慮しているのだろう。

 正直、私達を襲った変異体がここまで来たということは大いにあり得る話だ。が、地面を揺らす程の巨体を持ったものは居なかった。それを考慮すると、やはり別の群れと考えるのが自然と言える。

 キリシマ達が変異体の群れについての知識を、どの程度有しているのか気にはなったが、道端で聞く話でもない。

 私達は、キリシマの指示に従い宿に向かった。

 


 ・・・



「着きましたよ」


 キラーがそう言い、建物を指差す。

 そこは、比較的にこじんまりとした建物だった。考えてみれば自然なことだ。住民が家や部屋を購入しているとすれば、宿を使うのは旅人か他のコロニーの者、つまり外部の者だろう。

 このコロニーは人の出入りに厳格で、変異段階によっては立ち入りが出来ない。ここにくる道中で変異してしまえば、そもそも入れない。となると、宿を使う者なんて数える程度だと予想出来る。

 要するに最低限よものさえ有れば良いという考えのもとで設計されたのだろう。実際、デバイスで宿泊記録を確認してみれば、直近の宿泊者は私達の他には一人しかいない。

 この宿は遠隔で管理されていて、泊まりたい部屋をデバイスで確認、クレジットを払うとデバイスがそのまま鍵となる造りとなっていた。

 便利と思う反面、デバイスを紛失したときのことを考えると怖くもある。


「部屋は?」

「四人部屋でいいんじゃないかな?護衛を依頼してなんだが、大抵はフィオルトが何とかしてくれる」


 私がそう告げるとキラーとキリシマの二人はフィオルトの方を向く。対してフィオルトはというと、照れているのか困惑しているのか、視線を反らしている。


「そいつは、心強い」


 と言いつつも、キリシマは武器を手放す気配はない。

 キリシマは気さくな態度や言動こそ多いが、警戒心は高いのだろう。

 デバイスに表示された案内に従い、私達は部屋に到着する。部屋は宿としてではなく、普通に生活が出来そうなほど整っていた。

 二人用のベッドルームが二部屋、バスルームが一部屋、リビングが一部屋、後は物置きにでも作業にでも使えそうな空き部屋が二部屋。

 ここまで整っている事を考えると、本来は集合住宅のものを代わりに宿としていそうだ。


「ここですか……。初めて入りましたけど……広いですね」


 態度には現れていないが、キラーは少し嬉しそうに見えた。

 彼女は、テセウス達と過ごしていたとは言え今は一人。ここまで広く、しっかりした部屋に来るのは初めてと見える。

 彼もキラーと同じ様な反応を示しただろうか。


「そう言えば、君はテセウスとどれくらい行動してたんだい?」


 私が聞くと、彼女はほぼ即答する。


「私はニ年ですね。コールドポッドから出てからずっとです。……どうしてですか?」


 私は二年、と言うには仲間同士でも人によってテセウスと過ごした時間は違うようだ。


「彼のことを思い出していてね。思えば、私は彼のことを全く知らないのさ。だから知りたいと思ってね」

「なるほど……」


 キラーは私の考えを理解したように頷く。それを見て、私は続けて質問した。


「一番の思い出とかってあるのかい?やっぱり決められないとか?」

「うーん……。一度、皆でピクニックしたのが良かったかなぁ……。正直、楽しかった訳じゃないんですが……。気が安らぐ感じがして」


 その気持ちは判る気がした。

 幼少の頃、身分なんて意識せずに同世代の者達と勉学に励んでいた時を思い出す。当時、何よりも心待ちにしていた運動演習や遊戯より、思い出されるのはなんてことはない生活の風景だ。


「確かに気を休めるのは良いことだ。こんな危険が何処にあるか判らない世界、精神は磨り減る一方。君達は、そんな過酷な環境でも背中を預けれる間柄だったんだろうね」


 キラーに対し、理解を示す様に私はそういった。が、彼女は呆けて頭に入って無さそうな面持ちをしている。

 私は思わず問う。


「どうかしたのかい?」

「いえ……。ところで、ハスキさんとテセウス君ってどんな関係でした?」


 何となく、話題を反らされた気がする。とは言え、ずっとコチラから質問をしていたのだから、彼女の問もに答えるのが道理だ。


つがいだ」


 私がそう告げると、彼女は何を言わずに数度瞬く。


「なら、あなたの方がテセウス君と良い思い出があるんじゃないですか?」

「番とはいえ、私は彼と一週間も過ごしていないんだ」


 大体五十時間を少し越えた程度。冷静に考えて、これ程短い時間で心を通わせたのは異例だろう。


「思い出や仲の良さは時間じゃ表わせませんよ……。仮に、数時間しか共に過ごしていない間柄だったとしても……、十年以上付き合いのある人より信頼できる場合もあります」


 彼女の考えは真っ当に聞こえた。確かに、彼は私が今まで出会った者の中で、一番と言っていいほど接した時間は短い。だが、その時間は一番濃密に思えた。

 私は姫として産まれた。正直、私はそれが嫌だった。

 私は、生まれながらにして自分がまるで、箱にでも詰められていく様な感覚を覚えていた。いつ、何をするのかを前もって決められ、それに従う日々。成長するに従い、その閉塞感は増していった。

 いつしか、私は姫としての私を演じながら生きていた。本当の私なんて、私自身も判らない。だが、彼の目の前ので私は、少なくとも姫ではない私で居ることが出来た。そんな気がする。


「その……ハスキさんは、テセウス君とどんな出会い方をしたんですか?」

「避難ポッドで襲われたところを助けて貰ったんだ。手を伸ばす事も出来ない狭くて暗い空間で、助けを求めてそれに彼が応じた。一目惚れだった」


 今でもあの光景を思い出す。

 狭いポッドの中を警告音が満たしていた。ポッドの装甲を砕こうとする獣の攻撃を、私は身震いして耐えていた。その時、彼が訪れた。

 外の音で、私を守るために誰かが戦っている事を知り、その勝利を必死に祈った。直後、その人が私の乗るポッドに叩きつけられる音を聞く。ポッドが揺れる衝撃、それは彼が受けた衝撃でもある。それは、ただ事ではないと確信する程のものだった。

 私が怯えていると、覗き窓から彼の顔が見えた。そして、何かを私に言い聞かせていた。その時はまだ、彼が何を言っているかは判らなかった。ただ、種族は違えど私を安心させようとしていることは理解出来た。

 流血を見れば、彼が瀕死であることは疑いようもない。そんな状態で、他人の事を思いやる彼に私は惹かれ、私は覚悟を決めてポッドから飛び出したのだ。


「へぇ、ポッド……」


 キラーが呟く。

 考えてみれば彼女もポッドから出たと言っていた。種類そこ違うが、妙な親近感が湧く。テセウス自身もポッドから出たことを考えると、他の二人もポッド出身なのだろうか。


「そう言えば、君達の中で一番テセウスと一緒に居たのは誰?」

「それはジェミニちゃんかなぁ……。テセウス君がジェミニちゃんとコンビを組んだのが始まりですし……」

「ほう」


 一番長い間暮らし仲も良いとなると、テセウスについて一番詳しそうなのはジェミニという人物になる。しかし、そのジェミニの情報については判らない。


「私からも質問が」


 そう言ったのはフィオルトだった。


「どうぞ」

「コールドポッドにいたということは、君も巨人に会っている筈だ……」


 フィオルトが何を聞こうとしたのか判った。彼女から、回収機についての考えを聞きたいのだろう。彼女とテセウスは共に生活していた。ならば、共通の価値観を持っていても不思議はない。つまり、彼女の反応でテセウスが回収機をどう思っていたのか判る筈だ。

 だが、彼女が今一つ理解していなさそうな表情を見て、フィオルトは話を一旦切り上げた。


「巨人……ですか?」


 予想してない反応に、私と恐らくフィオルトの考えは消し飛ぶ。コールドポッドを用いた保護作戦は、一度きり。コールドポッドに入っていて、回収機を見ていないなんてあり得るのだろうか。


「見てないのか?異星人を」

「私は、寝てる時に襲われたので……」


 寝込みに保護されたのなら、確かに可能性はある。もっとも、巨大な鉄の塊が地面を揺らしながら歩いているのに気付かず、ずっと眠っていればの話だ。


「なるほど?」


 フィオルトも違和感を覚えたらしく、取ってつけたような反応をしている。それを見ていたキリシマは、訝しそうに視線を全員に送っていた。

 一時的な付き合いとはいえ、隠し事をされるのはあまり好きではない。もっとも、プライベートな話に突っ込んでいるのはこちらの方で、失礼なのは私達だ。だが、嘘を言う場所が気になった。出会う遥か前、生い立ちの段階で嘘を言う必要があるのだろうか。私達を信用してないから、生い立ちに嘘を言っているとも考えられるが、言えない素性とも考えられる。

 判りやすい行動ではあるが、一旦フィオルトと状況確認をするため、二人には退出してもらったほうが良いだろう。


「すまない。少し外して貰えないだろうか」


 適応な言い訳も思いつかなかったので、直球でそう告げる。キラーはその発言を受け、少しばかり不安そうな反応を示した。キリシマはそれを見て言う。


「了解。ほら、行くぞ」


 キリシマはキラーの背を押し、くるりと反転。廊下に自分ごと彼女を押し込む。こういう時に気が回るのは、こちらとしてもやりやすい。

 二人が退室した後、私はフィオルトに確認を取る。部屋の外で聞き耳を立てている様子もないので、私は本題に入った。


「フィオルト。彼女について、何か判ったことは有るかい?」


 フィオルトの方が機械を通している分、彼女の反応を細かく察知出来る。種族が違うため、普段よりも精度こそ落ちはするが機能はするだろう。


「彼女は、嘘を交えながら会話をしていますね。コールドポッドで保護されていたのは本当らしいのですが、寝て居るときに襲われた件は嘘に聞こえました」


 やはり同じ考えの様だ。となると、彼女がコールドポッドに居た理由が判らない。


「回収機は見てないらしいね」

「えぇ、それだけに不気味です。私達穏健派は第一降下作戦時に回収機、彼が巨人と呼称していた機体でしか行っていません。その後程に、過激派は雪による汚染を開始、地球には居ません。つまり……」

「物理的に襲える者が居ない」


 なら、候補となるのは人間しかいない。

 コールドポッドは人が入れば機能するため、操作は必要ない。コールドポッドの機能を知った人間が、人攫いのために利用したという事件を聞いたことがある。似たような事が起き、彼女が襲われたのなら発言に嘘はなかったということになる。


「私が思うに、犯人を見ていないにも関わらず、襲われたと言ったのが嘘らしい。普通は気が付いたら、と言った状態になるかと」


 フィオルトの話は理解出来た。

 彼女は襲われたと説明はしたが、その襲ってきた存在に対して何も言っていない。襲われた言う認識ならば、その瞬間を認識していないのは、確かに不自然だ。彼女が嘘をついている可能性は、確かに高い様に思える。

 その場合の問題は、彼女がどういった理由で嘘を付いているか。それが一切判らないので触れようがない。確か、藪をつつく、とでもここでは言うのだろうか。軽く触れ、火傷だけで済むかは判らない。


「言えない理由がある、と」

「そう判断します」


 フィオルトは彼女を疑っているが、私としてはやや怪しい寄りの半々。大体、彼女が嘘を付いていたとして、それに悪意があるかが問題だ。寝込みを襲われた時の内容が人に言えない内容で、そこだけ嘘を付いた可能性も捨てきれない。

 唐突にドアが二度叩かれる。一瞬、心臓が跳ねる様な感覚に襲われた。そういえば、ここの星の文化にノックというものがあると思い出し、私は固唾を呑んだ。


「――ちょっと良いか?」


 キリシマの声に、何となく私とフィオルトは互いに見合い、胸を撫で下ろす。

 直近の話がキラーの話だった為、彼女と話す気には少しなれないが、キリシマならば問題無さそうだと互いに頷く。


「どうぞ」


 キリシマは部屋の扉を開けると、身構えかけた私達の姿が不思議だったのか、一度首を傾げ軽く部屋を見渡し、その後に中に入った。


「あんたら、シュカーンって知ってるか?」


 どういった流れで、その名前が出たのか私には判らなかった。

 英雄シュカーン。

 私達の伝説に登場する人物で、この星で例えるならばアレキサンダーやチンギスハン辺りが彼の伝説に近いだろう。私達の中で、その名前を知らぬ者は居ないというほど有名で、彼が居なければ今の私達の文明は無いと言われているほど影響力がある。

 とはいえ、それは私達の伝説に過ぎない。人間がシュカーンの話を知るには、私達から話を聞く必要があるのだが、ここに来て一度も同胞は見ていない。

 同胞が、このコロニーに隠れて住んでいるの可能性は少ない。何故なら、私達用の食事や衣服はおろか日用品の類いを一度も見かけなかったらだ。飲食店に私達の口にできる食事は無かったし、そもそも案内用のデバイスも私達の言語に対応していない。

 フィオルトは訝しみながら、キリシマの問いに応える。


「当然だ。我々に古くから伝わる英雄の一人だからな」


 キリシマは顎を擦りながら何度か小さく頷く。


「故人?」


 この星の時間で言えば、一万年程前の英雄だ。この時間は、私達からしても長い。

 一万年前といえば、まだコールドポッドが生み出される前の頃だ。私達の寿命は最長で六十程度。英雄といえど、不老不死ではない。 


「私達が、まだ母星に居たときの者だからな。一応、彼の遺伝子は保存されているが……何か?」

「北にシュカーンって名乗る奴の国があるって噂が有ってさ、グルシリアとか言う国。心当たりは?」

「グルシリアは、シュカーン伝説で彼が建国した国の名だと記憶している」

「なるほどな」


 キリシマの話からすると、英雄を自称する同胞が居るという事で間違いはなさそうだ。

 にしても、妙な話だ。英雄シュカーンは星一つを征服した後、空の星々に想いを馳せたいと記憶している。偉大な人物ではあるが、果たして方舟分離主義者がこの名を名乗るだろうか。英雄シュカーンの最期の願いと、方舟分離主義者の思想は相反するものに私には思えた。


「気になりますね。一応、調べてみますか」

 ハスキの衣服

 ハスキの衣服はテセウスから貰ったもので、彼の荷物に偶然紛れていたものとされている。

 実際は、女性ものの服が混入していたのではなく、そもそも荷物自体が当時仲間であった女性の荷物。荷物を本来の持ち主に渡す機会もなく、記憶障害により仲間の事も忘れた為、テセウスは自分の荷物と勘違いし、ハスキに渡した。

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