1.ようこそ永久の都へ
ハスキ∶異星人の姫。人間の青年に恋をしたことにより、異星人の特性で人間の姿となる。
フィオルト∶ハスキに使える異星人の騎士。
テセウス∶ハスキが恋をした人間。
周囲は紅く染まっていた。
辺りは戦火に包まれ、火の粉が舞う。
炎に照らされる中、私は彼に好意を告げた。
パキリと枝が爆ぜ、私は白昼夢から目を覚ます。焚き火は異臭を放ちながら、赤々と燃えている。揺らめく火の中、灰に沈む彼の右手を私は静かに眺めた。
変異獣に襲われてから、地球時間で六時間が経過していたていた。堰堤を越え、追跡をさせない様に爆破。数体は越えてきたものの、それらを撃退して以降、変異獣の反応はない。あの堰堤さえ乗り越えれば、彼は助かったのだ。だが、彼はもう居ない。
彼と過ごした時間は極めて短い。それなのに、私の心は凍りついていた。眼の前の火で炙っても、溶け相違ない程の冷たい氷。彼と出会う前、私の心はこうも脆くはなかったと断言できる。
身体が変化したせいだろうか。彼が居ないというだけで、ここまで精神が傷付くとは予想すらしていなかった。今となっては、彼無しで過ごしていた事が不思議なくらいだ。彼は、私の名前を付けるときに『一蓮托生』と言った。それは正しかった。彼が亡くなったその瞬間、私の半身は死んだのだ。
私は、彼の形見となった生命維持装置を握りしめ呟く。彼の荷物は戦闘の最中、全て捨ててしまった。残されたのは、これ一つしかない。
「テセウス……」
彼とは短い付き合いのはずだ。それでも、互いに命を掛け合う関係だった。
甘かった。彼のあの覚悟の早さは、事前に決めていた者のそれだ。彼は私と出逢うまでは単独行動をしていた。つまり、私と出逢ってから最期の瞬間を想定していた。
私には出来なかった。私は彼とどう過ごすのか、彼とより仲を深める為にはどうしたら良いのかと、この星で言う頭に花畑が広がっていた。
その結果、あの瞬間に頭が真っ白になり、何も出来なかった。事前に想定していれば、何かしら手立てが合ったかも知れない。
「これは、彼らの風習でしたか」
炎を見ながら言うフィオルトの言葉に、私は頷いて答える。
この行為は、ここの国の火葬と言われる風習だ。やり方なんて、詳しくは判らない。
「遺体を燃やし、埋めるらしい」
宇宙船内で無闇に炎を使用するのは、大気の割合が変わるため禁忌とされていた。初めて見る炎、いつもの私なら、興味津々に観察していたのだろう。でも、そんな気は一切沸かなかった。彼の腕が焼け、崩れるのを見るだけで胸が締め付けられる。この痛みは生涯忘れることはないだろう。
これは、彼を弔う聖火だ。
「よろしいのですか?僅かでも保管すれば、クローンとして蘇生可能でしたが。燃やしてしまったら不可能となります」
確かに、私達の技術なら新たなテセウスを完全に生み出せるだろう。だが、そのテセウスは彼ではない。彼と同じ遺伝子を持つ別人だ。蘇生させたとしても、彼そのものが戻ってくる訳ではない。
私にとって、彼は一人しか居なかった。壊れたから新しいのに取り替える、とはならない。それに、新たなテセウスを産み出したとして、彼に私の伴侶としての人生を強いると言うとは、私が姫として産まれ、育てられたようで気が引ける。
そういう意味では、彼と決別するためにこの風習は打って付けだった。遺伝子が破損してしまえば、クローンを生み出すことも出来ない。邪念を捨て去るのに、これ程効果的なものはない。
「この風習は、それを封じる為のものなのかもしれないね。蘇生はしない。人生は一度きりと言う覚悟の現れに見えるよ」
火が消えたのを見て、私はその場に残った灰を地面に埋めた。正しい手順なんて知らないが、これで弔う事が出来ていればと切に思う。
私が手を合わせると、遠くから足音が聞こえた。ビクリとして構えると、黒い襤褸布で全身を覆った、黒髪の華奢な身体をした女性がそこにいた。女性は焚き火の跡を見て、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「すいません。知り合いの上げた狼煙かと思いました」
変異獣が火を使うという話は聞かない。そう考えると、通信機器が無い状態では確かに狼煙は有用な連絡手段だ。
私は、すまないことをしてしまったと頭を抑えた。
「こちらこそすまない。ここは、君の縄張りなのかい?」
女性は少し考えるような仕草の後に応える。
「縄張りという認識をしたことは有りませんが、多分そうなります」
「なら、気を付けたほうが良い。さっき変異体の集団に襲われてね」
私がそう言うと、彼女は再度考えるような仕草をした後に応える。
「変異体は嫌いですか?」
「少なくとも、今は見たくないかな」
彼女は指先を口元に添えながら熟考する。
今度は、それを見ていたフィオルトが彼女に訪ねる。
「すまないが、この近くに街は?」
その問いに彼女は怪訝そうな面持ちを浮かべ、少しの間の後に首を横に振る。
「この辺りにコロニーは有りませんよ」
女性の一言を聞くと、フィオルトが私の肩をトントンと軽く触れ、歩み始める。
「感謝する。では、お先に」
立ち去るフィオルトの後を、私はついて歩いた。
まるで彼女から遠ざかろうとする足取りに必死になって追い付き、距離が十分取れたことを確認すると、フィオルトはこちらも向かずに辺りを散策し始める。
「彼女は嘘を。とはいえ、悪意は感じ取れませんでした。何か、言えない理由があるのやもしれません」
周囲を探しながら歩くと、舗装された道を見つけた。近くにあった比較的新し目の[永久の都はこちら]という看板に従う。
テセウスが居なくなってからというもの、不思議なほどに移動がスムーズだった。そのせいか手持ち無沙汰となった頭が、嫌な方向に働く。
「守れなかった……。もう少しで助けられるところだったのに……」
瞼を閉じて思い出すのは、足場が崩れたあの瞬間。あの瞬間、彼を投げていれば。あの瞬間、足を一歩踏み出していれば。あの瞬間が絶えず頭の中を駆け巡る。
何か一つで良かったのに。何か一つ、咄嗟の行動さえできれば、彼は今も傍らにいた筈だ。その未来が、私には見える。
「姫は、まだ姿を人間に寄せているだけの状態。上手く動けないのは仕方ありません」
フィオルトは、私の血を元に産み出された騎士。きっと、私の考えも判るのだろう。
フィオルトの様な騎士の機械鎧は特別製で、守る対象の姫のバイタルを確認することが出来る。熟達した者ならば、そのバイタルだけで相手の思考が把握可能らしい。フィオルトは、騎士の中でも優秀だ。その領域に踏み入れている可能はある。
自慢の騎士であり、私が心の底から家族と呼べる数少ない存在だ。だが、その気持ちが慢心を生んだ。あの時、フィオルトが居れば大丈夫という考えが私の中には確かにあった。
冷静に、考えれば判るはずだ。明らかに体調不良のテセウス、身体を上手く扱えない私。フィオルトとて地球での活動は間もなく、本調子ではない。
「その仕方ない、で彼は死んだんだ」
考えてみれば、行動するには早すぎたのかもしれない。私とフィオルトの身体が本調子になる前に移動を始めたのは、余りにも浅い考えだった。
いや、それ以前に合流を急いだ事が悪手だ。合流を急ぎ、出会った地点は雪原のど真ん中。強制的に移動を余儀なくされる地点。そのせいで、休むことも出来ずに移動を再開した。多少、遠回りでも町中を選べば体力の温存も出来、少なくとも変異獣の巣に迷い込むこともなかった。
全ては、合流を急いだ事に起因する。
早く仲間に会いたい、という心理的な理由も有ったのだろう。その結果、たった一人の命を助ける事すら叶わなかった。戦闘の最中、荷物は全部捨てた。彼の遺品は、私が渡した生命維持装置しかない。
「姫が殺した訳ではありません」
「私が殺したようなものだ。あの時の父親と同じように」
私は森のコロニーでみた悪夢を思い出していた。
方舟分離主義者達が地球に目を付け、私は提案された案から彼らの保護を支持した。分離主義者達が、自分の住みやすいように環境を整えれば、その星の環境は変わってしまう。だから、それよりも早くに保護したかった。
初めての異星ということもあり、私は保護活動中の中から、ある一つの映像を見る。
人間を救うべくして降下させた数多の回収機。その視線の先は、幻想的な世界だった。
上を見れば天井の無い空、左右を見れば星空のように光を放つ街並み。そんな中、偶然目に入った子供が居た。笑顔で親と過ごしている少年。
ここは、時期に戦場になる。その前に早く保護しないと。
回収機が少年を掴んだ。その時、彼の親が彼を掴んで居るのを見て、微笑ましい気持ちになった。きっと、この種族は家族を守るために命を張る事が出来る、心優しい者達なのだろう。
そう思っていると、彼の親は落下した。泣き叫ぶ子供を見た時の私の気持ちは、懺悔や後悔というより、可哀想にといった他人事のような感情だった。
命を殺めた事は自覚していた。でも、取り返しの付かないものとまでは思っていなかった。
通信越しの視界、手には人を殺めた感覚なんてない。その光景が、あの夢を見てから全て変わった。眼前に広がるのは、見ただけで血の匂いが思想なほどの凄惨な光景。手に覚えるのは、人が必死にもがく感触。
私達は彼の父を殺めたのだ。
「彼は、あの保護作戦の生き残りでしたか」
「先日、彼とともに夜を過ごし、夢を見た。彼の経験したであろう記憶の夢を。私は……怪物だったんだな」
私は、まるで人を殺す為に舞い降りた怪物だ。
私が彼なら、その姿を決して忘れはしないと言い切れる。ただ、異星人である私は知っている。その怪物は、ただ遠隔操作で動く機械でしかないと。本当の怪物は、自分の手すら汚さなかった私自身だ。
「あれは、過激派がこの星を襲う前に、彼らを保護しようとしたに過ぎません」
「時間が無かったから、彼らの言葉を理解出来なかったから、警告出来ずに実行に移した。全部言い訳に過ぎない」
他にも、何か手段が有ったはずだ。
早期保護作戦を決行し、人間からの反撃に遭う。余りにも間の抜けた話だ。姉からの命令とはいえ、実力行使の前に何らかの手段を提示することくらい出来ただろう。
テセウスの時と同じだ。どうやら私は、根本的に思考力が足りないらしい。
「とはいえ、完全にかは判りませんが……彼は想像していたんじゃないですか?彼の父親を殺したのが我々だと。恐らく、あれが保護の結果だと予想してそうでした」
フィオルトの考えは余りにも前向きに思えた。
私は、彼の記憶を見た。父を殺す巨人の光景を。それを見て、巨人は保護をしようとしていたなんて考えには至らない。
「その理由は?」
私は言い返すつもりでそう言い、フィオルトの回答を促した。すると、フィオルトは少し記憶を思い起こす様な素振りで話始める。
「彼と姫様との会話を聞いていました。彼は、一度も『異星人に親を殺された』とか『異星人には悪人が居る』とは口にしませんでした。少なくとも、悪意からくる行動では無い事は理解しているように思えます」
その言い分は、少し正しい様に思えた。私が、彼の立場なら異星人にも良い個体はいるのか、といったような私達が悪人であることを前提とした言葉を一つは零していただろう。
だが、彼には無かった。それどころか、親を殺した種族の姫に求婚され、二つ返事で受け入れたのだ。少なくとも、私達と人間を見る目が公平に近い様に思える。
「彼の過去に何が……」
私は、彼の過去について何も知らないのだと思った。
何故、異星人を恨まず、何故、異星人に好意を抱いたのか興味が湧いた。
私が考えていると、フィオルトが足を止める。
「街が見えました。ですが……」
歯切れの悪い言い回しに、私は頭に疑問符を浮かべながら、フィオルトの見ている方向を見た。
そこにあったのは、ドーム状の巨大なコロニーだった。強固な鉄製の外壁と半球状の透明な天井。天井は六角をパズル状に連ねた様な形状で、ある種宝石のようにすら見える。
「これは……」
よく見てみれば、ドームの天井は私達の使う方舟に使われる水晶壁で、外壁は装甲板だ。確か、それぞれの正式名称は、電磁強化水晶防護壁と高硬度装甲板だっただろうか。私達の宇宙進出技術と防衛兵器製造術を元に生み出した物で、この星の武器や生き物では突破出来るものがあるとは思えない。
天井に使われている水晶壁を良く見てみれば、ほのかに明かりを放っている。恐らく、電磁機能も生きていそうだ。
「私達の船の装甲板と同じ材質ですね」
地球に、これを生産出来る設備があるとは聞かない。まして、人間が独自に生み出す事が出来るとも考え難い。消去法で答えが出た気がする。
「同胞がここに居るという連絡は聞かない。方舟分離主義者達が関わっている、と見るべきだろうね」
荷物は何も無い。そのため、何処かの街で補給するのが一番手っ取り早かったのだが、分離主義者達の根城なら話は別だ。とはいえ、分離主義の設備を利用しただけで、今は人間が使っているという可能性もある。
私達は、より高所の岩場からコロニーを見下ろす。天井が透けて見えるおかげで、街の様子を一望出来た。
コロニーの中に同族の影はない。居るのは人間だけで、建物の規格も人間用。ゲートの方を見てみれば、働いているのも通行しているのも人間だ。
気になる事と言えば、街の中を歩く人の中に変異者が一人も見当たらないところだ。
「人間は通れるのか……」
変異者は恐らく弾かれると見ていい。問題はフィオルト。私ならば、人間だということで通れそうだ。だが、彼らにとって異星人であるフィオルトが通れるかは判らない。
もし、このコロニーが同胞を襲ってその技術や物資を奪取したのなら、フィオルトの姿を見るなり戦闘が始まりかねない。
「どうします?」
フィオルトも、中に汚染されていない人間しか居ない事に違和感を覚えているのだろう。
森のコロニーで、テセウスとした夜の会話を思い出す。この辺りのコロニーは変異者に厳しく、変異レベルが一定以上だと追い出す傾向にあるらしい。
ここもそうなのだろうが、それにしては人口が多い。この環境で変異していない人間なんて、本来は一握りのはずだ。コロニーを一望して、変異の兆候が見られる人間が一人も見つけられないなんてあり得えない。
立ち入る前から不穏な気配を感じるも、私達に選択肢はない。
「このまま外に居ても、また、あの獣に襲われれば全滅だ。入る他無いだろう」
あの変異獣は異常だ。半世紀で独自に進化し、種として確立しているのか、強い仲間意識と知性を感じる。
各々の個体の性質を理解した上で、それを戦闘に活かす戦略性。武器を概念として理解し、それを人間の真似では無く自身の身体に合わせ、武術を編み出す独創性。それに、相対したテセウスの反応も異常だった。常に痛みに耐える様な険しい表情をしていて、時折り掛けた私とフィオルトの言葉も耳に入って居ない様子だった。
あの時、フィオルトは多くエネルギーを消費し、私は両肩を負傷した。もう一度あれと出会って、無事で生き残れる保証はない。
私は、コロニーのゲートに向け歩を進めた。すると、背後でフィオルトの足が止まり、私は振り返った。
「ならば、姫様だけでも……」
「それは、私だけ入るということか?」
このコロニーは人間しか確認出来ていない。フィオルトが立ち入ろうとし、トラブルが発生するのを避けたいのだろう。実際、その可能性はある。この街は私達の技術を元に作ってある。もしかしたら、私達を狩ることでその技術を獲得したというのなら、異星人だと判るフィオルトが立ち入るのはリスクだ。
「私はこれを脱ぐ事が出来ませんので、一目でバレてしまいます。ですが、姫様だけなら」
騎士は姫が変化するとき、それに習って変化する。とはいえ、私の様な王族程早い変化はしない。変化は緩やかで、半分人間で半分異星人といった具合だろう。なら、スーツを脱ぐことは出来ない。
とはいえ、ここでフィオルトと別れる道理はない。
「私達は、いつも一緒に居てきた。それは、これからもだ」
私が決意すると、フィオルトが肩を掴む。
「なら、ここでは敬語を止めても」
確かに、異星人が敬語で人間に話すのはおかしな光景だ。分離主義者に見られれば、フィオルトが騎士であることから私について判るだろう。目立たない為に、フィオルトが敬語を辞めるか、逆に私が敬語を使うかだが、フィオルトは私が敬語を使うことを嫌がるだろう。
正直、私がフィオルトの下につくのも面白そうではあるが、フィオルトの話に手っ取り早く乗ったほうが言いだろう。
「構わないよ」
一応に、と事前にルールを決める。
敬語は禁止。食事も何があるか判らないので、フィオルトの持つ携帯食以外禁止。外では誰が見ているか判らないので、屋外での行動は避ける。私とフィオルトの関係は、旅の仲間で対等であるという設定にする等。
その場で思い付くルールをまとめると、フィオルトが先導して検問に向かった。
検問に着いて違和感を覚える。見張りも受付けもマスクを付けていない。私も付けていないので、一瞬不思議には思わなかったが、この世界において違和感しかない。それに、見張りも受付けも頬に数字が刻まれていた。
不思議な光景ではあるが、ここで引き返す訳にもいかない。フィオルトと互いに頷くと、私は意を決して受付けに話し掛ける。
「すまない。旅をしている者だが、中に入れてもらえないだろうか」
フィオルトを見てか、受付けは訝しげな視線を私達に送りながら聞いてくる。
「許可書の提示は?」
「許可証?」
「各拠点で変異レベルⅡ以下の人に発行される通行許可証です」
受付の言葉に、思わず私苦い表情を浮かべる。
思えば、今までの人生において許可証など求められた記憶がない。王族は生体反応が既に記録されているため、本来なら、何らかの書類や証を持たないと通れない場所は大抵スルー出来た。完全に盲点だった。
「持っていない……」
「許可書が無いなら身体検査を」
受付けが近くにある鉄製の小屋らしき建物を指す。恐らく、この建物自体が検査用の機械なのだろう。私達の使うスキャン装置に似ていた。
私は、考えるふりをして受付けに見えないよう、手首を確認した。若干ではあるものの透き通り、光で照らせば骨や血管が見えそうだ。これを見られる訳にはいかない。
「身体検査は……困るなぁ」
「困る?」
今の私は外見そこ人間ではあるが、その体内まで変化し終えている訳ではない。検査を受けて引っ掛かれば面倒事は避けられない。それに、もしコロニーに方舟分離主義と関わりがあるものが居れば拘束されかねない。
フィオルトはさておき、私は人間か軽度の変異者で通すのか寛容だろう。検査を受ければ、その計画も御破算だ。
なんの合図もなく、フィオルトが一歩前に出る。
「私は、この星で言う異星人に当たる。故に荷物検査ならともかく、身体検査が有効には思えない。彼女も変異しないように既に手を施している」
フィオルトの言葉は真っ赤な嘘というわけではない。テセウスに渡した生命維持装置のように、変異を抑える技術は既に存在する。だが、その技術を受付けが知っていないと、彼女の独断で弾かれるかも知れない。
だが、その可能性は薄いと私は思った。何故なら、ここのコロニーは私達の技術を元に作られ、中の住民も変異が進行していなかった。それに、彼女や見張りはマスクをしていないにも関わらず、変異していない。彼女自身が変異を抑える処置を受けている可能性は大いにある。
「なるほど?ちょっと確認を取ります」
受付けは傍らの通信端末を操作し始める。
一旦は退くことが出来た。問題はこの先、何が提示されるかだ。
私達が待っていると、受付けの端末から気怠そうな男性の声が聞こえた。
「話は聞いた。つまり、変異無効化処置を済ませてあると?」
「あぁ!」
フィオルトが思わず緊張気味に応えたので、私は少しだけ微笑ましく眺めていた。今まで、私の騎士は鉄仮面だと思っていた。しかし、同様して声が少し大きくなるのは初めての事だった。きっと、彼にも変化が現れているのだろう。
それより、気になるのは声の主の反応だ。変異を無効化する技術の事を知っている反応。声色からして、私達の同族とは思えない。人間なのは疑いようがないが、それにしてはこちらの技術に精通し過ぎている。そんな雰囲気があった。
「なるほど。確認なんだけど武装解除は可能かな?」
フィオルトと顔を合わせる。最も、確認を取るまでもなく結論は私達の間では決まってた。
出来るわけがない。
この街に使われている材質や技術には私達のものが組み込まれている。そして、それは方舟分離主義者達によるものの可能性が高い。
「完全には無理だ……」
「あぁ、最低限、所謂護身用程度なら黙認するよ」
再びフィオルトと顔を合わせる。私は不安だったが、彼は問題無さそうだ。
「ならば可能だ」
「良し。ならば、後は対価だ」
ここまでは、あくまで立ち入る為の最低条件でしかない。本格的な話はここから。
「具体的には」
「人間相手ならDNAの提供をしてもらうんだが、異星人のを貰っても活用法がまだ無くてね。口振りからして武器の提供も不可と見た。荷物を見せてくれ、その中から決める。無かったらすまないがサヨウナラだ」
荷物と言われ、しまったと思いながらフィオルトの持っていた荷物を置く。あるのは武器を除くと、異星人用の医療品と食料。燃料は渡したくないので、この二種類しかない。
不安になりながら、私とフィオルトは荷物の中から渡すことのできない弾薬や燃料を取り除く。その時、私達の手を止める形で男は口を開いた。
「……その輪は?」
「これは生命維持装置」
私はテセウスの形見を強く握りしめる。
「へぇ、着込むタイプは教わったがそんな小型なのは初めて見た。それではどうかな?」
「……え、あ、……これは仲間の遺品で……」
私が咄嗟に庇うと、男の声は低くなる。
「そうか……なら仕方ない」
こちらを揺さぶる為の演技だとは判っている。彼も、そこのことを理解して居るのだろう。足元を見られる、という言葉を初めて体験した。
この生命維持装置は、既に機能を失っている。そのため、渡したとしても何ら影響はない。だが、私にとってそんな話ではない。
「姫様。この装備で、これ以上の行動は不可能です」
「だが!」
そう言いつつも、これが最適解でないことは判っていた。私は形見を抱き、胸に当てる。
彼がなんと言うか、考えなくても判る。彼の死を無駄には出来ない。
「……いや、すまなかった。私は冷静ではない様だ」
私はフィオルトに形見を渡す。自分から第三者に渡す、なんて出来なかった。それはまるで、彼を捨てる様な行動に思えてしまうからだろう。
「生命維持装置の提供で」
「ふむ、良いだろう」
男の軽い返答に嫌気が差す。早く退散するに越したことはない。
「あ~、忘れるところだった。人間と異星人が何故、共に行動を?」
男の質問に、一瞬硬直する。
私は人間の文化に詳しい訳ではない。適当な事を言うと、人間の感覚とは反れた回答をしかねない。今思えば、テセウスは何故私と共に行動したのだろうか。私には、その理由が判らない。
私に代わり、フィオルトが答える。
「不時着したところを助けられた。恩義がある。彼女を目的にまで護衛したい」
嘘は言っていない。テセウス役を私が、私の役をフィオルトが担うという事だろう。この路線で話せば矛盾することは無い。
「なるほど。この荷物だと……他に仲間は?」
何故、他の仲間に付いて聞かれたのかと思ったが、荷物を提示した時のことを思い出した。あの中に、男性用の荷物がなにか有ったのだろう。
この問に関しては、嘘を言う必要も理由もない。
「テセウスと言う人間が居た」
「テセウス……何処かで聞いた名だな。誰から聞いただろうか……」
予想外の反応に、私とフィオルトは見交わす。
テセウスがここに訪れたことがあるのか、そう考えたがそれはないと気が付いた。ここを通行するために必要となる許可証は、変異レベルⅡ以下にしか発行されない。詳しくはないが、彼の変異レベルはⅡ以下ではない。彼の左腕は完全に異形化していて、忍び込む事も無理だろう。となると、テセウスがここに来たことがあるというより、ここにテセウスの知り合いが居ると考えられる。
「……足止めしてすまなかった。どうぞ中へ」
テセウスに関して少し話を聞きたかったが、話が長引いて気分が変わったら困るので、足早に街の中に入り込む。
「契約の確認を。それらからは、生命維持装置の提供を。代わりに四日間の滞在とクレジットということでよろしいですか?」
内側の受付が板状の黒いデバイスを提示する。
旧式ではあるが、私達の使っていたデバイスだ。私達の技術が勝手に使われていることに、良い思いはしない。
デバイスは、この星で改造されているのか文字は日本語に変化している。フォントを見れば、改造したのが同胞か人間か判断できると思ったが、良く判らなかった。
「了承しよう」
「では、こちらクレジットデバイスになります。中には、二十五万クレジットがチャージしてあります。では、ごゆっくりとお過ごしください」
デバイスを受け取り。軽く操作してみる。
思ったより使い勝手がよく、手に馴染む感覚を覚える。日常的に使うのには問題はないだろう。
機能は、残高確認にマップ、通話、荷物や食料品の取り寄せ、地球内言語の翻訳、録画、録音、動画視聴にゲームと一通りは出来そうだ。もっとも、録画や録音はフィオルトが随時行っており、永住権を持っていない為取り寄せもあまり意味をなさない。通話に関しても、盗聴の危険が有るため使うことは出来ない。
ふと思った。人間の使う衛生は方舟分離主義者達の襲来で破壊されたと聞く。なら、この機械は方舟分離主義者が配布しているか、この街のみで支給されているかのどちらか。となると、盗聴等のリスク以前に通信手段として使える信用がない。使用はクレジットを支払う最低限のみに留めた方が良いだろう。
「すまない。ガイド、もしくは護衛を一人雇いたい」
「クレジットデバイスに簡易的ではありますが、マップ機能があるので、護衛だけで事足りるかと思います。兵士は、ここの飲食店に入り浸ってる人達が居るので、その人を頼るか紹介してもらうと良いかと」
受付けは手本にと自身のデバイスを操作して見せる。
考えてみれば、宇宙空間ではないため、地図が平面で済むのに人知れず感動を覚えた。私達の使う地図は立体的なものが多く、平面のものも有りはするがレイヤーの数が尋常ではない。こういった平面一枚で地図が成立するのは、地上の利点と言って良いだろう。
受付けが指し示した飲食店の先には、丁度宿泊施設が幾つか確認できる。あちこち移動せずに済むのなら都合がいい。
フィオルトに確認を取り、特に問題もなかったので私達は受付けに指示された飲食店に向けて歩み始めた。
騎士について
異星人の姫には、一人騎士が割り当てられる。この騎士は、産まれたばかりの姫の血と昔活躍した英雄、シュカーンのDNAによって産み出されている。
使われる英雄のDNAは、どの姫も同じもの。つまり、仮に騎士の実力に優劣が付くのなら、その優劣がそのまま姫が持つ血の優劣となり、姫の序列が決まる。
また、姫の血を使うのにはもう一つ理由がある。
騎士に姫の血を使うという事は、万が一騎士と姫が身分を捨てて逃走を行ったとしても、種を残すことが困難となる。つまり、放置しても種の存続が困難となり、いずれ滅ぶからである。