7.調査開始
試験当日、私達四人は永久の都目指して移動していた。
早朝の日の出前だと言うのに、試験の影響か見物人が見える。護衛部隊の試験は、割りと死人が出る記憶だったが、見物人達は呑気に運動会でも見ている雰囲気だ。
こんな連中の肴になりながら戦うなんて、私は御免だと思いながら歩く。
「「試験開始まで、三、二、一……!」」
見物人達の掛け声の直後、山の切れ間から朝日が顔を覗かせる。瞬間、試験開始を伝える合図の様に、何かが空中で弾け、さながらくす玉の様にキラキラと銀色の粉を振り撒いた。
防衛試験に合図なんてない。
私は、昨晩ノアが着用した装備を思い出した。
「あれチャフか?」
チャフミサイル。上空で弾け、周囲に通信妨害をもたらす兵器。受験者達は初顔合わせばかり、呼吸を合わせる為には意志疎通が不可欠。ノアは、その連絡手段を真っ先に絶ったのだ。
ガチ過ぎる戦術に、流石は実戦想定の試験だと感心する気持ちと、流石に理不尽過ぎないかと言う受験者達を哀れむ気持ちが同居する。
だが、一番騒いでいるのは見物人達の方だった。
見物人の中には試験を放映したり、他の見物人に食事を提供して稼ぐ者が一定数居る。中でも、ダメージを受けているのは試験映像を撮影している人達だ。
「報道班てんやわんやになってやんの」
チャフのせいで通信がうまく行かないのだろう。後方で腕組している見物人に被害が出るのは、若干ストレス発散になって良い。そう思いながら、私が更に後方で腕組みしながら見ていると、ミロクは私の頭をノックした。
「ヴィヴィ、よそ見しないで行くよ」
「おっと、そうだった」
私は、皆の背中を追う。
私としては、旦那が頑張っている所を見ていたいのだが、そうは言ってられない。
試験が終われば、程なく私とノアは旅に出る予定だ。そのため、情報収集するには今しかない。
それはそれとして、何故永久の都を目指しているのかすっかり忘れてしまったので、私はミロクの背中を小突く。
「で、何で永久の都に行くんだ?」
「マスターのデバイスを回収してるって話が入ってね」
そんな激レアアイテムが有ったなんて初耳だ。
マスターは永久の都の事実上の管理者であり、クローンを制御したり、変異体を改造して異形兵を産み出していた。デバイスを使えば何処かしらの機械からデータを抜けるかもしれないし、そもそもデバイスのメモに研究資料が残ってる可能性もある。まるで、ガチャの確定演出だ。
とはいえ、気になるのは入手経路。場合によっては、マスターのデバイスを手に入れたと嘘を付き、高額で売り付ける輩が居るかもしれないので、信憑性は大事だ。
「え、そんなん誰が持ってるんだ?」
「サヤだよ。リュウゲンの秘書の」
取得している人からして、本物のデバイスで間違いはなさそうだ。それに、リュウゲンの関係者と言うのも良い。
リュウゲンは知性化変異獣について知っているので、その側近的なポジションのサヤならある程度情報は共有されているだろう。
「あ~。じゃあ、事情は知ってるのか?」
「流れを言うとね、ノアの仮説をリュウゲンに伝えたら、サヤがマスターのデバイスを持ってるって話をね」
ノアの仮説と言うのは、昨日の夜に私とノアが話した実はマスターが知性化変異獣と出会っていたのではないか、という話だ。
「なるほど?にしても、なんでサヤが……」
私はそう呟く。サヤはずっとリュウゲンと一緒に居た。確か、永久の都を襲撃する際にも参加していたが、マスターのデバイスを盗むような暇はなかったはずだ。
「何でも、ハスキ達から回収したらしいよ」
「ん?何であの泥棒猫が……」
眉を吊り上げた私だったが、脳天に記憶と共に電流が走り抜ける。そう言えば私やハスキがマスターと戦った時、あの女はデバイスで隔壁を下ろしたりしていた。
一般人のデバイスで施設の防衛設備を操作出来る筈がないので、あのデバイスはどう考えてもマスターの物。
私が口を開けていると、ミロクは私の顔を覗き込む。
「どうかした?」
「アイツ、マスターのデバイスめちゃくちゃ使こてましたやん」
しかも、私の目の前で。何で気が付かなかったんだと思ったが、考えてみればその直後に私がミスって施設を爆破したので、そのインパクトの余りデバイスの記憶がさよならしていた。
「何でそれを言わなかったの」
「全然記憶から消し飛んでた。そうか、マスターとの戦いでくすねてたのか。流石は泥棒猫」
何時盗んだのかまでは知らないが、これはナイスと言うべきだろう。お陰で、マスターの研究資料が抜き取れる。
「へぇ。その泥棒猫って呼び方、比喩じゃなかったんだ」
本当は私の旦那を誘惑したから泥棒猫と呼んでいたのだが、本当に泥棒になった訳だ。正確に言うと誘惑も少し違うのだが、とにかく泥棒猫であることに違いない。
私達がそんな会話をしていると、フィルネリアが目を丸くした。
「まさか、そんな……」
考えてみれば、彼女はグリフォと会話している最中に自分達が囲まれていることに気が付いた。それも、他の三人が気が付いていないのに。だから、危機察知能力は下手な変異者よりも高いのだろう。
私と同じことを考えているのか、アルジャロメが顔を覗き込みながら訊ねる。
「どうかしましたか?」
フィルネリアはその問いに震えるような声色で答える。
「その、実は昨晩ノア様からハスキ様について話を」
私と別れた後、そんな会話をしていたのかと思ったが、敢えて口にはしなかった。私の知らないところでハスキについての会話。恐らく、異星人関連の情報交換か何かだろう。
その会話に私を同席させなかったのは、巻き込みたくなかったからか、別の女に関係する話を目の前でしたくなかったか。どちらにせよ、私が聞くべきではないと思ったからだ。
「それが?」
私が訊ねると、フィルネリアは俯きながら答える。
「一種族の姫が窃盗行為を……」
「「あ……」」
ハスキは異星人の貴族。それも、ノア曰く穏健派。そんな貴族に対し、私は彼女は泥棒だと主張。
一種族の貴族を泥棒呼ばわりは、端から見ると相当アウトに思える。名誉毀損、異種族問題、穏健派との敵対。完全に大戦争ルートである。
「違う違う!戦闘中に相手の装備を奪っただけだからセーフ!!」
私は、それとなくハスキを庇う形で自分の主張を正当化する。実は冗談です、なんて口にしたが最後、何をされるか判らないからだ。それに、私の発言には何ら矛盾はない。
「でも、流石は泥棒猫と言うことは、前科があると言うことなのでは?」
その質問に、私は動揺する。
彼女は大切な物を盗んでいきました。ノアの心です。なんて口にして元ネタが判るだろうか。いや、そもそも元ネタが判ったとして、ぶっ飛ばされるのでは無かろうか。
そんな思考が私の頭で渦を巻く。
「ある……。いや、無い!」
「どっち?」
「無い!一切、微塵もございません!」
私は背筋を伸ばしながら高らかに宣言する。一度あると口にした時点で察しが良さそうなフィルネリアにはバレているだろうが、取り敢えず地雷原からは逃げるに限る。
「まぁ、ヴィヴィがこう言ってるなら無いで良いんじゃない?」
ミロクが助け船を出すと、フィルネリアは渋々と言った様子で頷く。
「判りました」
私に追及してきた彼女としても、ハスキが何かしら問題を起こしていた場合、対応に困るのだろう。
そんな会話をしていると、永久の都に到着した。
半球状、スノードームみたいだったコロニーは、割れた卵の殻みたいだった。ある程度天井を修復してはあるが、完全に元通りとはいかなそうだ。
私は、この惨状に自分が一枚噛んでいる事に後ろめたさを覚える。
コロニーの入り口を見てみれば、フードを深く被った変異者が二人、門番をしていた。
「ミロク様達ですか。リュウゲン様から話を聞いています。こちらに」
門番の一人がそう言うと私達を先導する。
何となくその背中を追いながら、私は小声で皆に言う。
「ふと思った事言って良いか?」
「何?」
「いや、別の奴らが調べてるならさ、私達が調べなくて良いんじゃないか?」
ゲームやアニメなんかでは、情報収集に主人公達が動くから失念していたが、別のヤツが情報を調べているのなら、後でそいつから聞けば良い話だ。何も私達が調べる必要はない。話が通っているのなら尚更だ。
「……確かに?」
「後から調査結果を聞けば良いんじゃないか?」
ミロクは私の意図を理解しながらも頭を掻いた。
「でも、調査協力するって言っちゃったしなぁ」
協力すると伝えた都合、後に退けないのだろう。断れよと言おうと思ったが、約束相手がリュウゲンなのであれば、ドタキャンなんて出来そうにない。
とはいえ、ミロクの発言からして協力を申し出たのは彼女なのだから、仕方ないとも言いきれない。
「この馬鹿チンが!」
私がミロクの頭目掛けて跳躍するも、彼女は私のパンチをスッと避ける。流石に元々試験官として選抜されていただけあって、私の攻撃は余裕で回避。そして、まるで親猫が子猫を運ぶみたいに、私のうなじを掴んでみせる。
ジタバタもがく私の顔を覗き込むようにアルジャロメが言う。
「とは言え、自分の目で確かめるのは有りでは?」
その言葉に、私はムスっとしながら返す。
「私、文字読むと頭が痛くなるんだ」
元々読書が好きではなかった。学生時代にあった読書の時間では、他のクラスメイトがファンタジー小説やらライトノベルを読んでるなか、私だけ謎解きだとかパズル系の本を読んでいたくらいだ。
それに、変異して以来ディスプレイを長時間眺めることが出来ないということもある。人間用に設定してあるディスプレイを見ると、目がチカチカするし縞模様の変なノイズまで見える。
電子端末が無理な変異者が多いからか、ミロクは理解を示したようで私を下ろして言う。
「なら、ヴィヴィだけ別行動すれば?」
「そうだな。操作ミスしてデータ消しそうだし」
転けて爆弾の起爆スイッチを押した過去があるんだ。データの全消去くらいやっても不思議はない。
「それは……あるな」
「どんな操作ミスですか……」
呆れたアルジャロメに対して私は言う。
「獣化じゃないお前らには判らんのよ。タッチパネル、指先の肉球で押そうと思ったら掌の肉球で押しちゃう問題。はいを押そうと思って、一個下のいいえ押すとか全然有るからな?」
しかも、掌の肉球で押そうとすると指先の肉球が触るかもしれないと言う二重トラップ。ならば肉球以外で押せよとなるだろうが、クッションやぬいぐるみで画面をタッチしているみたいに感知されない場合がある。なので、そもそも獣化の変異者は機械音痴が多いのだ。
「あ~、選択項目とか選択肢がずれるんですね。理解しました」
皆が納得した様子なので、私はフンスとふんぞり返る。
ちなみに、獣化の変異者に機械音痴が多いのは本当だが、頑張れば普通に使えるようになる。実際、私はパソコンだとか大型のタッチパネルを操作することは苦手だが、スマホに近い小型端末は普通に操作出来る。なので私も頑張れば機械を扱えるのだろうが、小難しい仕事を任されても面倒なので練習する気は無い。
「となると、確かにヴィヴィが来るのは危険か」
ミロクの言葉に、私は傷付く。
「危険って言い方は無くないか?!」
と言いつつ、私も内心では同意見だった。
直近で施設一つ爆破した私が機械を弄って無事なわけがない。
アルジャロメが改めて私に訊く。
「で、別行動の場合は何をします?」
問題はそこだ。これで機械とのにらめっこは免除されるが、その間ただ遊ぶなんて許されない。
私は、ノアが昨日話していた異形兵の事を思い出していた。テレパシーが使える異形兵とならば、素体に知性化変異獣が使用されている可能性は濃厚。なら、直接逢ってみるのも良いだろう。
「ノアが言ってたスフィンタウルスでも探すかぁ」
私がそう言うと、一同は一度お互いを見交わすと怪訝な表情を浮かべながら私の顔を見る。
「……誰?」
・・・
私は、マスターの研究資料捜索を辞退すると、フィルネリアと共に異形兵捜索に乗り出した。
単独行動だと、元々永久の都で生活していた人が万が一襲ってきたときに危険だと言うことで、単独行動は厳禁。
三人の内誰を選んでも良いと言うさながら某モンスターをゲットするゲームを彷彿とさせる状況だったが、パッと見ただの人間に見えるフィルネリア以外を選ぶ理由は無かったので、事実上候補は一択。
そんな流れがあり、私はフィルネリアの背中にしがみついて鞄に扮していた。
フィルネリアが住民に訊く。
「あの、こんな姿の変異者を昨日見ませんでした?」
彼女はそう言いながらノアの写真を見せる。
ノアの姿は目立つし、一度見れば忘れることはない。だから、異形兵について聞き込みを行うよりもノアの移動経路を調べた方が手っ取り早い。
「ん?あぁ、ソイツならあっちの方に」
「ありがとうございます」
聞き込みを終えるとフィルネリアは頭を下げて足早に移動する。私は住民から離れたことを確認すると、周囲を警戒しながら顔を上げた。
「いやぁ、助かった。まさか、ここの連中変異者が嫌いとは……」
私は、何も好きで姿を偽っている訳ではない。私が住民に聞き込みをしようと近づいたところ、いきなり罵倒されたり物を投げられると言う事態が発生したからだ。
その為、聞き込みはフィルネリアに任せている。
「まぁ、そうだとは思いましたけど」
「考えてみたら攻めてきた連中だから、当然と言えば当然なんだが」
だとしても、ここまで差別されていたのは予想外だった。第二次世界大戦後のアメリカ兵さんの様にチョコレートでも持ってくるべきだっただろうか。
そんなことを考えている間も聞き込みは続く。
「こんな変異者を見ませんでした?」
フィルネリアが訊ねると、住民は記憶を探るように顎に手を当てながら応える。
「ん?あ、この黒いヤツか。そういや、ニノマエさんの所から出てくるのを見たよ」
「ニノマエ?」
まるで知っていて当然みたいな口振りだが、勿論私たちに聞き覚えはない。永久の都では有名人なのだろう。
フィルネリアが首をかしげていると、住民は続ける。
「めっちゃ強いクローンだよ。最近は引き籠ってるね」
私は永久の都について有ることを思い出した。永久の都ではクローンが俗に言う奴隷の様に使われていた。
リュウゲンがそれを嫌って永久の都を襲撃し、私が管理施設を破壊したことによりクローンが無理やり人の指示を従うような事はなくなったが、元の住民の価値観がそんなにすぐに変わるとは思えない。
それにも関わらず、クローンが住民に尊敬されているというのは、それだけ彼が強いだとか人気だとかの理由があるのだろう。
「何処に住んでますか?」
「あそこだよ。有名だから、詳しい場所はその辺の人に聞けば判るはずだ」
住民はそう言いながら街の一角を指差した。
おんぼろの建物が積み木みたいに重なっており、パッと見は貧民街と言った印象を受ける。リュウゲンが一発かましたせいで住居が壊れた人用の仮設住宅地の様なものなのだろうか。
「ありがとうございます」
フィルネリアは礼儀正しく頭を下げると、住民の指示に従いニノマエを探す事にした。
・・・
ニノマエは本当に有名人だった様で、聞き込みはそれほど必要なくすぐに見つけることが出来た。
相手がクローンなら私が隠れる必要もなさそうだと思い、ここからは私も参加すると決め、勢い良くドアを開ける。
「たのもー!」
すると、開いたドアのちょうど目の前でタンクトップを着た男が読書していた。
男は、長身でパッと見二メートル近い。筋肉質ながら細身の肉体をしており、印象としては痩せていると言うより身体を絞っている感じだ。背中を見せないので良く判らないが、血と機械の匂いがするので何かしらの人体改造をしていそうだ。
男――ニノマエは本を閉じると、怪訝な表情を浮かべて私を見る。
「……誰?」
私は何となく手をフリフリと擦り合わせながら言う。
「ここで異形兵、匿っていやせんか?」
「え、何その喋り方」
フィルネリアが困惑する。勿論、私自身何でこんな事をしているのか判らない。ノリで会話を進めようと思ったが、これでは埒が開かないと思い普通に話し出す。
「真面目な話質問があってさ。知性化した変異獣が最近現れて」
「それと何の関係が?」
てっきり変異獣が知性化する訳無いだろと言われ、シャットアウトされると思っていたが、そんなことはなかった。寧ろ、探りを入れようとして来る辺り、思うところがあるのだろう。
「マスターがその変異獣と接触してたから、異形兵を作ったんじゃないのかって説があってよ。調査?したくて」
「異形兵ねぇ……、そんなヤツしらないけど」
ニノマエがそう応えると、フィルネリアはこめかみに指を当てながら言う。
「え?でも、さっきからテレパシーに反応がありますよ?知性化変異獣の特徴としてあるんですが……」
私は、フィルネリアの初情報に目を丸くすると、男はハッとして部屋の奥に目をやる。
「ニコット……?」
ニノマエがそう声を掛けると、部屋の奥から少女の声が響く。
「うがうがんな!」
知性は感じない。言葉の意味は判らないが、勢いや音圧的に怒っている事は理解できる。
それを聞き、フィルネリアは微笑んだ。
「ほら居た」
「鎌かけか……」
ニノマエは、してやられたと言いたげに額を手で覆った。一連の流れを見て、私は呟く。
「実は使えるのかと思った」
「いや、使える訳無いでしょ」
冷静に考えてみれば、異星人である彼女にテレパシーが使える道理はなさそうだ。しかし、流れが自然だったので仲間である私すら引っ掛かってしまった。いや、もしかしたら私が引っ掛かったので、彼もフィルネリアの言葉に動揺したのかもしれない。
ニノマエは溜め息を吐くと手招きする。
「……判った。入って」
私達は案内されるまま席に着いた。
部屋は薄暗く、狭い。玄関から覗き込めばベッドが見えるほどだ。人が住むアパートというより、格安ホテルに近い。
私達は辺りを見回していると、ニノマエが話を切り出す。
「で、用件は?」
「用件ってほどでは無いけどよ、もしマスターが知性化した変異獣と接触してたなら、異形兵がその変異獣を再現してたか、対策要員として作られてるんじゃないかって思ってさ。他の異形兵ってほら……アレじゃん。対話出来ねぇじゃん?」
マスターが製作した異形兵は、人体改造の影響なのかは不明だが意志疎通は出来ない。マスターの指示に従う個体は確かに居たが、あくまでも従うだけであり相互のコミュニケーションは出来ていなかった。それだけに、ここに居る異形兵は特殊なのだ。
ニノマエは悩ましげに首を捻る。
「まぁ、理解した。それで言うとなんだが、うちで保護しているニコットは再現であって対策では無い……と思う」
どうやら、件の異形兵はニコットと言うらしい。
「判るんですか?」
フィルネリアがそう訊ねた。
彼は、私達の話を聞いて間もなく結論を出した。決め手となる特徴だとか物、何なのかは判らないが情報が有る筈だ。
ニノマエは、私とフィルネリアの顔を眺めると、観念した様子で溜め息と共に頭を掻く。
「はぁ、本当は見せたくなかったが……。ニコット」
呼び声に応じ、獣臭と足音が近づいてくる。
足音は人間のものではない。床の軋み方からして間違いなく獣、それも大型。しかし、獣臭の中には人間の臭いも混じっている。
私は思わず眉を潜める。
変異者は、変異の仕方にもよるが人と獣が混ざった一つの臭いがする。そのため、今のように人と獣の二種類の匂いはしない。つまり、本来あり得ない匂いなのだ。
「うるが?」
彼女は、まだ幼い少女だった。未成熟な少女の下半身は、獅子の様な肉体が移植されており、少女の身体と獅子の身体のそれぞれには翼が生えている。
スフィンクスとは良く言ったものだと思った。
身体の至るところには手術痕があり、ノアから事前に話を聞いていなければ思わず目を背けていただろう。
「彼女が君達の言う異形兵だ。素人目でも、意図は判るだろ?人間と同等の知識を持ち、変異体と同等の戦闘力を持つ個体を作るなら、この二つをくっ付けるのが手っ取り早い」
「確かにな」
人間と同等の知性を与える為、人の頭部含めた上半身を移植する。シンプルで判りやすい。戦時中の資料なんかで良く見る人体実験。それが、生きた状態で目の前に居た。
事前に話を聞いていたものの、私は反応に困った。
少女は警戒した様子でノソノソと歩くとニノマエにすり寄る。その姿は、人見知りを起こした子供のように見える。
「うるがぷるす?」
ニノマエは、不安そうな彼女の頭をそっと撫でる。
「この二人が逢いたかったんだってさ」
「ふるる……」
ニコットは喉を鳴らしながら私達に向き直る。
依然として距離を感じるが、私達に向けられた警戒は和らぐような気がした。
私とフィルネリアは顔を見合わせる。
ニコットに人語を介する知性はない。人体改造の過程で知性が薄れたのか、改造後にショックでこうなったのかは判らない。しかし、少なくともニノマエとは意志疎通が出来ている。
私はフィルネリアとニノマエの会話を静観する。
「会話出来るんですね」
「まぁ、チップを通してな」
「なるほど」
クローンには、マスターからの指示を強制させる為にチップが移植されている。電気信号なのか電波なのかは知らないが、確かにチップを使えば会話出来そうだ。
ニコットが二人の会話を様子見していたので、私は何となく彼女に話し掛ける。
「がう!がうがうが!」
相手と仲良くなりたいのであれば、真似をするのが手っ取り早いと何処かのお偉いさんが言っていた。私は間違ってない。
そう思っていたが、何故かニコットはニノマエの背中に隠れ、ニノマエとフィルネリアは呆れていた。
何でだろう。私が行動する度に株が落ちていく気がする。
「何やってるんですか?」
「え、仲良くなろうかと」
寧ろ、この状況で彼女の心を開かせる為に何をしたら良いか教えてくれ。
このままでは私がピエロを演じ、フィルネリアをどっこいしょするしかない。だが、それはそれで踏み台にみたいで嫌だ。
ニコットは私に軽蔑の視線を向ける。
「がう?うるるがうる」
「コイツ、頭おかしいんじゃない?だって」
「そんな……!」
流石にそれは翻訳が間違ってないだろうか。少なくとも私はニコットよりも知性的な筈だ。なのに、そんな蔑まされるような事を言われるだなんてショックでしかない。
「ニノマエさんから彼女に何か伝える事は出来るんですか?」
「まぁ、簡単な事なら」
「なら、昨日ここに来た知り合いが楽しかったと言っていたので、それを伝えてあげて下さい」
ニノマエは納得したように頷く。
「なるほど。……二人はアレの知り合いか」
そう言えば、ノアから話を聞いて来た事は伝えていなかった。今思えば、下手に鎌をかけるよりストレートにノアの話をすれば、今更一から話すのも億劫である。
私は自分の胸を叩いて言う。
「夫婦だ」
「はい。夫婦です」
フィルネリアの発言は私の言葉を肯定するものなのか、はたまた第二婦人宣言なのか微妙なラインだが、今は無駄な問答をしている状況ではないので、敢えてスルーする。
ニノマエはと言うと、私の顔をまじまじと見つめた後、記憶を探るように天井を眺め、再度私の顔をじっと見た。
「……えっと、その体格差で?」
私は笑顔で応える。
「何か文句あるがるるが?こっちはチクっても構わないがぉぉよ?」
「一切微塵も文句無いがるるしーぷよ」
失礼なヤツだが、存外ノリは悪くなさそうだ。それに、ノアを敵に回すような事を避けるのも、実力を把握していそうで好感が持てる。
下手に腕に自信があるのなら、以前ノアに挑んでいたチンピラみたいに意気揚々と挑んでいただろう。危機察知能力は二重丸だ。
ニコットはニノマエにのしかかる。
「うが、うがるうがんな!」
「こっちも楽しかったって」
ニノマエは、鬱陶しそうにニコットを片手で押し返す。
ニコットは外見通り精神年齢は幼い。それが大型肉食獣の体格、体重、勢いでじゃれる。彼女からすれば遊んでいるつもりでも、一般人はKOされかねない。それを容易く制することが出切るのは、確かに彼くらいしか居ないだろう。
一連の流れを見ていたフィルネリアが小さく呟く。
「彼女、ちゃんとしたテレパシーも使えてますね」
「そうか、ノアと会話出来てたなら、チップ経由じゃないテレパシーも使えるのか」
ノアから事前に聞いてはいたが、ニノマエがチップで会話出来ると主張していたので半信半疑だった。しかし、実際に当人から言質が取れるのであれば、テレパシーが使えると判断して間違いない。
何故テレパシーが使えるのか、それに関しては既に答えが出ている。
「となると、彼女の素体……変異体の方は知性化した変異獣で良いかと」
要するに、頭のチップを介することで同じくチップを移植している者と意志疎通が可能で、変異獣の身体を介することでテレパシーを使った意志疎通が可能と言うわけだ。
クローンなのに、何故こんな幼児退行のような状態なのかと思っていた。全身がアンテナの様に膨大な情報を受信し続けていると考えれば、何となく頭がパンクするのも判る。それで頭がリセットされて、と言う流れはかなり現実的だ。
それはそれとして、ここからが本題である。
彼女が知性化した変異獣を元としているのであれば、グリフォのような危険な怪しいヤツと接触せずに変異獣について調べることが出来る。
そんなことを考えていると、私の懐で端末が震えた。
デバイスには、試験運営から通知が入っている。空気が読めないタイミングにため息を吐きながら、私は通話ボタンを押す。
「どうした?」
私がそう問いかけると、通話越しに深呼吸の音が耳を擽り、一拍置いて返事が返ってきた。
[試験でトラブルが起きた]




