表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃裏世界2章:いずれ来る戦士達
36/36

6.試験前夜

 思い立ったら即行動と、私達は取り敢えずコロニーから離れた場所から探し始める事にした。

 探すポイントは、上空から見晴らしが悪い場所だ。

 普段コロニー周辺はリュウゲンが上空から索敵している。そのため、上から目視出来ないような洞窟だとか森林地帯に変異獣が居る可能性が高い。

 実際、今はリュウゲンが直接巡回をしていないこともあり、変異獣達は今の内にと縄張りを拡大するため、活発化していた。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 私達は悲鳴を上げながら森を駆け抜ける。

 私達の考察は正しかった。しかし、活発化した変異獣が想定より多かった。

 私達四人を十数匹に及ぶ変異獣達が追走する。

 足を止めて応戦しようにも、森の中は射線の通りが悪く、変異獣の方が有利。少なくとも開けた場所まで逃げないと話になら無い。


「まさか、こんな大変なことになるなんて……!」


 煙幕を張り続けるミロクだったが効果はない。

 彼女の能力なら、嗅覚や視覚はを誤魔化すのは簡単だが、聴覚までは誤魔化す事は出来ない。

 それに、私達は各個撃破されるのを避けるために密集して逃げていた。都合、アルジャロメの毒は使えない。彼女が毒を振り撒こうものなら、私達まで毒の被害を受けてしまう。


「ヴィヴィ、匂いで気が付かなかったの?!」


 ミロクの言葉に対し、私は息を切らせながら言い返す。


「相手の方が鼻が良いとは思わなんだ!!」


 自分が獣系統の変異者だからか慢心していた。実際、私は並みの変異獣よりも鼻が良い。

 しかし、私の嗅覚は変異によって強化されたもの。元々嗅覚に優れた動物が変異で更に嗅覚が良くなる可能性だってある。ずっとコロニーと言う安全圏で過ごしていたせいか、完全に失念していた。この世界の危険性を。

 一心不乱に森を駆け抜ける最中、木々の切れ間に人影が垣間見えた。

 いや、正確に言うのであれば、人の形をしているのは上半身のみであり、下半身はぷっくりと丸みを帯びた四足動物の形。全身は黒く、頭部や身体の要所要所には触手が生えている。


「そこの人、巻き込まれるぞ!さっさと逃げろ!!」


 私が叫ぶと、その変異者は私の忠告に反してあろうことか歩み寄り、余裕な態度で並走し始める。


「何の騒ぎ?」


 野次馬気質ともとれる変異者の行動にイラつきながら、私は背後に迫る獣の群れを指差した。


「変異獣の群れに見付かった!」


 変異者は私の指した方向を見ると、足を止めて軽く準備運動をして見せる。

 いっちょやってやりますか、と背中が語っていた。

 変異者が迎え撃つ姿勢を見せた事もあり、私達は一斉に足を止めた。彼の支援目的ではなく、彼の行動を見て反射的に足が止まったのだ。

 私達が臨戦態勢に入る間もなく、変異者は単身で獣の群れに向かい走り出す。


「ちょ、一人であの数は……」


 制止しようとした私の口をミロクが覆う。

 その行動の意図が読めず、私はもがきながら彼女の顔を見る。その顔は好奇心を感じさせるうすら笑みを浮かべていた。

 見たい、と言うことなのだろう。アルジャロメもミロクの判断と同じようで、銃を構えて入るが引き金に指は掛けていない。

 こんな危険地帯を一人で歩いている彼の実力が気になるのは判る。しかし、その彼が瞬殺でもされてしまったら、次に襲われるのは私達だ。

 とはいっても、支援出来る二人が目の前の変異者に手を貸さないと判断した以上、私に出来ることは無いのも事実。私は、ミロクの腕の中で変異者の戦闘を見ることしか出来なかった。

 変異者は接敵する瞬間、まるでマジシャンがカードを並べるように、触手を複数地面目掛けて射出した。

 放たれた触手は蛇の様に地面を這いずり、木々をよじ登る。触手一本一本が、まるで独立した生き物の様だ。

 獣達が接近した瞬間、木に配置された触手は獲物が下を通過した瞬間脳天目掛けて刺突し、地面の触手は一斉に敵の腹部を貫いて見せる。

 そして、その触手を放った張本人は群れの中でも大柄な獣を相手取っていた。左右の腕で硬化した触手を槍のように構え、獣の腹を、首を、頭を、一呼吸の内に穿つ。

 さながらガトリングだ。獣は倒れることすら許されず、全身の肉が抉られ、削られ、宙を舞う。

 そして、変異者は目の前の敵がスポンジみたく穴だらけになったのを確認し、硬化を解除する。


「終わったよ」


 変異者は私の方を見てそう言った。

 私がその威圧感に気圧され、視線を反らすと代わりにミロクが応対する。


「ありがとう。お陰で助かったよ」

「どうも」


 ミロクがそれとなく私を下ろすと、私は意図を察してミロクの後ろから変異者の気配を探る。

 不気味だった。上手く気配を分析できない。ただ、ひたすらに濃く、歪な気配。まるで、二つの何かを混ぜ合わせて濃縮したみたいなだ。

 気配に嘘偽りは無い。例えば、熱い炎の様な気配の人が二人居たとする。その熱量がそのまま実力に比例する。燃え滾る炎の様な熱さ対太陽の様な熱さ、勝つのはどちらか。

 実力は、リュウゲンやノアよりは低い。それは断言できる。しかし、天井組を除外して、コイツに匹敵するヤツが私には浮かばない。


「同じ触手でもノアとはまるで別物だね」

「そうなんですか?」


 フィルネリアの疑問に対し、フィルネリアは獣の死体を指しなから言う。


「ほら。変異獣の身体が少し萎びてる。触手に吸血器官があるんだよ」

「本当だ」


 辺りで横たわる獣は、生きていた数秒前と比べると身が痩せ、剥製の様に血の気がない。それに、飛び散っている血の量が極端に少ない。

 ミロクの説明にアルジャロメも続く。


「動きだってそうです。ノアさんは凪払ったり、叩きつける様な動きが主軸ですけど、この人は刺突を主軸にしている様です」


 それに関してはノアは火力が高いからなのではと思った。ノアの攻撃は全てが一撃必殺の威力。なら、攻撃範囲が広い点よりも線の方が良い。

 その一方で、この変異者が技術に優れていると言うことも内心認めていた。ノアは、触手を複雑に動かす時に足が止まり易い。だが、この変異者は自切した触手を操り、自分は騎兵の様に立ち回っていた。ノアの足が止まると言う弱点は、完全に対策出来ている。


「ジロジロ見て、そんなに珍しい?」


 目の前の怪物が不服そうに言う。

 少なくとも敵対の意思は見えないし、会話が成立する。ならば、ここは穏便に済ませるのが無難。あからさまに警戒し、機嫌を損なったりすると何が起きるのか判らない。


「癪に触ったのなら申し訳ありません。初めて見る方でしたからね。旅人ですか?」


 アルジャロメが落ち着いた口調で訊ねると、怪物は頭を掻く。


「僕は、いろんな所をぶらぶらしてるからね」

「ばっちいなぁ」

「「え?」」


 私が反射的に放った言葉を聞き、怪物含む全員が私を見た。

 確かに緊張感がある時に言う言葉では無いのは理解している。が、怪物の発言を聞いた時、小学生時代に男子が口にしていた歌を何となく思い出したのだ。

 私は慌てて発言の意図を説明する。


「たんたん狸ってやつ。流行ってなかったか?」

「何でぶらぶらだけでそんな事いうのさ」


 それに関しては、そう言う性分なのですみませんとしか言えない。ポロっと口から溢れてしまったのだ。


「なんか閃いたんだよ。ほら、口が勝手にってやつ」


 言った直後、こう言うのを口が滑ったと表現するのでは、と思った。

 昔から良くある癖で、会話をしていると口から適当な言葉が良く出る。それも、冷静に考えれば間違ってそうな話が飛び出すものだから、言ってる私自身驚く事も多い。

 だが、一番驚いていたのは私ではなく怪物の方だった。


「まさか、こんな偶然があるんだね」

「偶然?」


 怪物咳払いをすると私に歩み寄り手を差し出す。


「僕はグリフォ。よろしく」


 私は、その手をまじまじと見つめる。

 私は、冷静に考えてみる。

 コイツは吸血能力持ちであり、握手と称して吸血してくる可能性がある。それに、コイツは今さっき変異獣の血を取り込んでいたのだ。生肉を触ったら、手を洗う必要がある事なんて子供でも判る。何が付いているか判らない変異獣の血なんて、生肉より衛生的に問題がある。

 そんなものを吸収したヤツと素手で握手、ばっちぃことこの上無い。


「……え、何かヤダ」

「ヤダ?」


 またも脊髄反射的で私の口から放たれた言葉に、怪物は困惑した。すかさず、今度はアルジャロメが私を抱き上げて怪物から距離を取る。

 ふと思ったのだが、私を庇うためにミロクもアルジャロメも抱き上げてくれるのは嬉しいが、足の速さは私の方が上なのだから、持ち上げられるとデメリットしか無いのではなかろうか。

 私はスッとアルジャロメの手から抜け出す。


「あの、すみません」


 アルジャロメの謝罪を受け、怪物はフムと一息付いて自分の手を見つめ、軽く叩いて見せる。


「嫌われたものだね」

「私には恋人がいるからな」

「フラれてしまったか」


 怪物は首を横に振る。

 今更ながら、この怪物は気配こそ邪悪であるが会話は成り立っている。無論、これが演技の可能性は十二分に存在するが、急に怒り出して暴走とは成らなそうだ。

 その一点では、ある意味普通の変異者よりも話がしやすい。

 私がそう考えていると、不意にフィルネリアは辺りを見回して身震いを始める。


「フィルネリア?」

「囲まれてる」


 私達は目の前の怪物に身体を向けたまま、顔と目の最小限だけ動かして辺りを見る。パッと見では判らないが、地面の一部は蚯蚓が地中を這った様に膨らんでおり、木の幹は虫食いの様に穴が開いている。

 私達と会話しながら、触手を動かしているのだろう。

 先ほどの戦闘では派手な動きばかりしていたので、触手がこうも隠密出来るとは思わなかった。それに、気が付かなかったのは血の臭いも有る。

 恐らく、触手達は体臭を隠すために吸収した獣の血を体表に分泌させ、獣の死体と同じ臭いにする事で擬似的に臭いを消している。


「へえ、気付いたんだ」


 怪物がそう言うと同時に、地面や樹皮から触手が顔を覗かせる。

 まるで監視カメラの様に配置された触手に見守られながら、怪物は口を開く。


「成熟した変異体は、特殊な体質になったり新たな器官が生成される。発電器官、発火器官、爪や牙を飛ばすとかね。僕のは自切と寄生。自分の身体を切り離し、再度自分に寄生させることが出来る。他の生き物に寄生する事も出来るが、思い通りに操れる訳じゃない。頭に寄生させてもだめだった。精々、寄生した四肢の制御を鈍らせる程度さ」


 怪物は自分の能力と、その弱点を長々と語る。暖かいさも冷たさと言った温度感が存在しない空虚な声色。それにより、怪物の不気味さ、不吉さはいや増した。

 能力の説明に嘘偽りは無さそうだ。


「何でそんな話を?」


 警戒するフィルネリアの姿勢など他所に、怪物は緊張感もなく答える。


「もう色々気付いてるでしょ?だから手の内を明かしてるんだ」


 実際、怪物と私達の実力差的に彼は手の内を明かしても問題ない。エースのフォーカードを相手に見せたとして、それが原因で負ける事はないのと同じだ。


「寄生って……ろくでもないな」

「寄生はあくまで言葉の綾だよ。チョウチンアンコウって、交尾する時に雄が雌の身体に張り付いて、そのまま一つの生き物として融合するんだ。イメージとしてはそれに近いんだけど、どうせ知らないと思って寄生と言った」


 チョウチンアンコウってそんな気持ち悪い生態してたのか、と言う言葉を飲み込む。やってる事が食べ物に自分の血を混ぜるタイプのヤンデレを強化したみたいだ。


「博識だね」

「どちらかと言うと雑学王かな」


 そう言うと、怪物は森の外に視線を向けた。

 日は傾き、日没までの警鐘を鳴らしている。流石に夜中出歩くわけにはいかない。

 そんなことを考えていると、怪物が丁度背を向け、周囲に配置していた触手を身体に戻し始める。

 地中や木の中に居た触手を洗わずに身体に寄生させて汚くないのだろうか。


「さて、僕はそろそろ帰らせて貰おうか。ここ冷えるし」


 さっさと帰ってくれ。と脳内で喜びながら、私は怪物が立ち去るのを見送る。

 怪物の姿が完全に消え失せると、私達は一斉に肩の荷が降りたようにくたびれる。


「滅茶苦茶怖かったぁ……」

「索敵が居ないとあんなのと鉢合わせるかもしれないのか」


 変異者だと思ってあの怪物に声を掛けたが、敵だと思って開口一番攻撃を仕掛けたらどうなっていたか。あんなの生きたデストラップでしかない。

 グッジョブ私。


「でも、アレが多分リュウゲン様やノアが言ってた知性化した変異獣……で間違い無いですよね?」

「そうだね。当たりは引けたね」


 全員同じ結論に至っていた。

 まぁ、夜間一人で行動したがる時点で変異者ではなさそうだ。ただ、変異獣かと聞かれると個人的には少し気掛かりでもある。

 あの怪物は人語をごく普通に扱えていた。それも、人間と同じレベルで。そんなの人間と日常的に会話していないと不可能だ。なので、純粋な変異獣ではないと思うが、私にはそれ以上判らない。


「引いたと言うか、轢かれたと言うか」


 知性化した変異獣とはいえ、皆が皆今の怪物と同じ実力と言うわけでは無いだろう。

 以前ノアからは、三人で旅をしている最中に知性化変異獣の群れと戦ったと聞いた。当時のノアは変異途中。今の怪物が群れで行動してたら、流石に全滅していただろう。だから、今回はシンプル強個体とぶつかったわけだ。


「思うに、ヴィヴィの発言で見逃されたんじゃないかなぁと思ってるよ」


 ミロクが頭を撫でようとしてきたので、私はそれを払い除ける。


「どれ?」

「狸だよ。私が知性化した変異獣なら、テレパシーが聞き取れる人か確かめる為に適当に垂れ流すかもって思ってさ」

「それで?」

「その垂れ流してたテレパシーと君の言葉が偶然一致して、面白がって逃がしたっていうのもあるかなって」


 確かに、あの後怪物は私に歩み寄ろうとして来たのは気が付いていた。だから、フィルネリアが怪物の触手に包囲されてると発言し、全員が警戒している最中、私は不気味さこそ感じていたが危機感は覚えなかった。

 襲ってきたとしても、寸止めや気絶辺りで手打ちに成りそうな予感がした。


「私、救世主ってこと?!」

「実際、あの発言で雰囲気が変わりましたからね。ありがとうございました」


 皆に感謝されると悪い気はしない。このままずっと褒めれていたかったが、ミロクは手を叩いて会話を切り上げる。


「流石に帰らないと、夜までに戻れないよ。ヴィヴィは特に早いとこ戻った方がいいんじゃない?試験始まったらノアと会えなくなるし」


 そう言えば、明日から三日間ノアと逢えなくなるんだった。怪物やはフィルネリアの事でその事をすっかり忘れていた。それに、今日は朝のちょっとした時間しかノアと一緒に居れなかった。ノアの電池切れも近い。


「それもそうだなぁ……。そろそろノアも補給必要だろうし」


 私がそう言うと、一同は首を傾げた。

 ノアはメンタル的に弱っており、落ち着く為に私と一緒に居る必要がある事を知らないらしい。

 全員不思議そうな面持ちを浮かべるが、日没が近いこともあり特に追及する事もなく帰路に就いた。



 ・・・



 私達がコロニーに帰還すると日は既に沈んでいた。

 本来ならその場で現地解散する予定だったのだが、知性化変異獣について情報共有するためにインカムを付け、通信を繋いだまま行動することになる。

 そして、私は通話したままノアから例の吸引を受ける事となった。


「アレが補給ですか?」

「通報した方が良いのかな?」


 インカム越しにアルジャロメとミロクの声がした。お前ら物陰で私の事観察してるだろ、と言うのを堪える。

 すると、ノアは私の臭いを嗅ぐ止め、スッと床に下ろした。


「どうかしたのか?」


 私の問いに対し、ノアは悩む様にして言う。


「ヴィヴィ、誰かに逢ってた?」

「……ヤンデレ?」


 退廃前に流行ってたヤンデレ作品でこんなシチュエーションがあった気がする。確か、好きな人の臭いを嗅いで女性ものの香水がして浮気を疑う流れだ。

 もし、ノアが男性の臭いに反応したのだとすると、触れもしなかったグリフォとかいう怪物に気が付いたことになる。


「違う。何か、変な感じがしたんだけど……。隠し事でもある?インカム付けたままだし、危険な事に首突っ込んでなければ良いけどさ」


 確信は無いさそうだが、ノアの予想は的中している。

 不味い、ノアは知性化変異獣に一度ボコボコにされて瀕死になってた過去がある。変に話をすると、ヤンデレ作品よろしく監禁されかねないし、ノアを巻き込みたくはない。


「危険な事なんて全然」

「ホント?」


 ノアに疑われると、全て見透かされている様な気さえしてくる。何か理由を思い付かないと、私は頭をフル回転させる。


 候補一、おばあちゃんの葬式。

 いや、流石に無理がある。私は旅をしてここに辿り着いたんだ。おばあちゃんが居る筈がないし、そもそもおばあちゃんが生きている訳がない。そもそも、インカムを付けてる事に対する解答にも成っていない。


 候補二、テレワーク。

 インカムの説明にはなりそうだが、私は旅人だ。旅人のテレワークってどんなテレワークだ。そもそも、コロニーに永住したことの無い私にはテレワークが残ってるかすら判らない。


 候補三、ラジオ。

 一見完璧そうだが、通信局がない。唯一ラジオ設備があった永久の都は復興活動の最中であり、通信設備は直っていない。それなのに何を聞いているんだ。


 候補が悉く論破されていく。これ以上時間を掛けると嘘だとバレてしまう。

 私はパッと思い付いた言葉を口にした。


「これはアレだ。浮気」


 浮気、完璧では無かろうか。直前まで逢い引きしていて、連絡をするためにインカムを付けていた。慌ててノアの所に来たからインカムは付けっぱなし。辻褄は完璧に合う。

 そう思いにんまりとしてノアを見ると、彼は小刻みに震えていた。


「え……?」


 ノアの身体が瞬時に硬直し、身体が僅かに縮む。

 瞬間、私は墓穴を掘ったと理解する。

 浮気なんてしてたら純粋にアウト。しかも、ノアは昔恋人だったハスキとの一件で病んでしまった。傷口に塩を塗るどころかドリルで掘削する勢いだ。しかも、辻褄が合っているので言い訳が出来ないおまけ付き。


「あら?」

「は?」

「終わったのでは?」


 インカム越しに三者三様の言葉が聞こえる。皆逃げてくれ、ワンチャン消されるかもしれん。

 私は、慌てて弁明する。


「違う違う!ミスった!」


 しかし、ノアは私の言葉なんて聞こえていない様子で彼方を見据えている。怒っているのか、絶望しているのかすら判らない。

 これは不味い。非常に不味い。夫婦中に亀裂が走るどころの騒ぎではない。夫婦中に地割れが走っている。


「の、ノアさぁん……?」


 私はノアの顔を見上げる。すると、漸くノアは項垂れながら返事をする。


「何か……。いや、良いや」


 こう言うときの良いやは絶対に良くない。このままノアを一人にするわけにはいかない。

 私はノアの触手を掴みなが覚悟を決める。


「いやぁ……。皆スマン、言うわ!」


 私がそう宣言すると、インカムから三人の声が聞こえる。


「それが良いかと」

「何かあったら全員で怒られよ」

「頑張って下さい」


 私は、勢いそのままノアに今日あった出来事を伝えると決めた。洗いざらい隈無く全て。

 それで怒られたら、その時はその時だ。

 私はノアと向き合う為にインカムを切り、話し始める。


「実は――」


 話を終えると、ノアは気を持ち直したみたいで普通に会話できるようになっていた。調子が悪そうなので、ノアの頭を必死に撫でる。


「ガッツリ危険な事してるね」

「心配かけたくなかったし、出現条件的にさ」

「何だろう。浮気のせいで全然セーフに聞こえる」


 余りにも前振りが強すぎて、本来なら説教される筈の事が飴と鞭みたいになっている。


「火力高過ぎたよな。ホントスマン」


 ノアは溜め息を吐くと、私の体験に対して考え事を始める。


「そいつにあった時ってさ、デバイスは持ってたの?」

「そりゃあな。こちとらスマホ持ってないと不安になるスマホ世代だぞ?」


 そもそも、コロニーから出る時は緊急時の為にデバイス所持が義務付けられている。車の免許みたいなもので、基本的に全員が持っている。今回持っていなかったのはフィルネリアだけだろう。


「なら、俺かリュウゲンに通話すれば良いのでは?索敵持ちが居るかどうかはそれで問題ないと思うけど」

「それは……確かにでは?」


 言われてみれば確かにだ。ノアやリュウゲンが居ると知性化変異獣と出会えないと言う先入観から、その手段を完全に見落としていた。

 知性化変異獣と遭遇するのが狙いなら、極端な話遭遇した後に何をしても構わない。


「俺やリュウゲンに伝えておいて、ヴィヴィから通話が入ったら直行するように言えば、別に常時通話してる訳じゃないから電波でバレること無いし、問題ないのでは?」

「それが賢いのでは?」


 そのやり方なら、仮に変異獣が電波を感知出来るとしても有効だ。それに、ノアとリュウゲンさ索敵能力ですぐに私達を見つけることが出来る。ノアは狙撃で、リュウゲンは飛行して救援可能。作戦として悪くない。

 私は納得すると、試験期間中はノアと逢えなくなるのを思い出した。


「そうだ。試験会場に屋台あるだろうし、罪滅ぼしに何か奢るよ」


 夫婦だから同じ残高だが、その事は口にしない。金銭に疎いノアは気付かないだろう。

 ノアは明るい声色で答える。


「試験前に人前に出たくはないけど、まぁ良いか」



 ・・・



 試験会場、運営用テントの周辺はまるで文化祭の様な景色に様変わりしていた。出店にテント、馬車を用いた簡易的なキッチンカー。

 売っている物も多種多様で食事の他にも寝袋や武器、バリケード何かまで売っている。

 寝袋とバリケードは、ここで試験を見ながら一晩過ごす為の商品なのだろう。武器は恐らく、試験をデモンストレーションとしている。


「普通にお祭りだね」


 ノアは辺りを見回していると、彼に気が付いた客の一人が声を張り上げる。


「おい、ノアが来たぞ!」

「見せもんじゃ無いってのに……」


 私はムッとした。せめて、試験が開始されるまでは一般人として扱ってほしいものだ。今回の試験は情報戦も課題の一つ。そんなに騒がれては、噂になって試験に影響が出かねない。


「あ、ミスったかも」


 ノアは小声でそう口にした。彼が何かを失敗するのは珍しいと思いながら、私は訊ねる。


「何のミス?」

「受験者が居る」

「知らん顔しとけ」


 お祭り気分を取り戻したかったので、私は会話を手短に切り上げる。が、その直後違和感を覚えた。

 ノアは、索敵能力持ち。よりにもよって受験者達を見失う何て、本来しないミスだ。人が多いから索敵ミスしたのかもしれないと思うが、だとしてもハスキやフィオルトといった一緒に旅をしていた連中まで取り零すものだろうか。

 私のその疑問は、ノアによって説明されることとなる。


「試験用に薬飲んで索敵能力抑制したんだけど、普通に事故ったね」

「索敵能力を抑制?」

「変異体特有の感覚を鈍らせる薬があるんだよ」


 そんな便利な物があるのか、と私は感心した。

 変異関連の物で私が知っているのは、変異の進行を遅らせる薬、変異の進行を進める薬、無理矢理肉体を変異させる細胞の三つ。

 どれも変異の進行に関係する物なので、変異した後に作用する薬があるとは予想していなかった。

 一日中、知性化変異獣について考えていたからか、私の思考はそっちに向かう。


「……なぁ、それ知性化した変異獣との戦いで使えば頭痛気にせず戦えるのでは?」


 ミロクの仮説では、ノアが知性化変異獣達のテレパシーを受信したのは、変異によって獲得した高い索敵能力が影響している。そして、テレパシーを受信すると頭痛に(さいな)まれ、いつもの動きが出来なくなってしまう。

 となれば、その変異体の感覚を鈍される薬を使えば、テレパシーを受信することは無くなり、頭痛も無くなる。痛みで身動きが取れなくなる事を防げる。

 ノアは私の顔を見て言う。


「それ……賢いのでは?」

「今、一瞬だけIQが跳ね上がった気がする」


 瞬間的なIQは古今東西の名探偵達を抜いたのでは無かろうか。そう思ったのも束の間、ノアは何か思い付いた様に一度夜空を見上げ、再度視線を私に戻した。


「でも、抑制したら遭遇後にテレパシー受信出来なくてそれはそれで面倒なのでは?」

「確かにでは?」


 私達が怪物と遭遇して無事だったのは、偶然彼が発したテレパシーと私の発言が一致していたからと言う説が有力。だとすると、テレパシーを遮断する事で意志疎通が出来なくなり、無駄に戦闘が始まるかもしれない。

 私は、ふと疑問に思った。そもそも、この薬は何処から来たのだろうか。


「これって、マスター製?瓦商会の商品?」


 ノアは悩みながら答える。


「受け取ったのは瓦商会からだけど、マスター製と言うか……いやマスター製で良いか。元々は変異を抑制するための薬を改良したものみたい。で、言われて思ったんだけど……マスターって知性化した変異獣に気が付いてたんじゃないかな?」

「それ、ちょっと思った」


 薬に関しては納得した。変異の進行を抑える薬から、新たに変異能力を抑える薬にしたわけだ。原理は知らないが、確かに判る。

 問題はマスターが知性化変異獣を知っていたのか。これは、私の直感も含まれているが知っていると思う。

 理由としては、彼が変異獣を使用した実験を行っていた事、特に異形兵辺りだろう。異形兵は、マスターに改造された変異獣のキメラで、マスターの指示に従う知性を持つ。

 もしかしたら、マスターは何らかの手段で知性化変異獣について知っていて、それを再現するために出来たのが異形兵ではなかろうか。そう思えたのだ。

 当然、偶然一致した可能性はある。変異獣を使用した実験をするのなら、当然知能を上げる研究に遅かれ早かれ舵を切るだろう。しかし、それにしてはタイミングが一致している。私達が知性化した変異獣っていうのが居るらしいよ、と話をしている最中に指示を理解できるくらいには知性化した異形兵を作っていた。

 偶然なんてあり得るのだろうか。そう思い、頭を悩ませていると、ノアが口を開く。


「ちょっと心当たりも有るし」

「え、いつ?」


 ノアは、異形兵と直接遭遇していない。私が異形兵と戦っていたときは別の場所でリュウゲンと戦っていたし、異形兵を狙撃した時は余りにも距離が離れている。


「今日、装備集めも兼ねて永久の都のに行ったんだけどその時にね。ほら、あそこ異形兵とか作ってたでしょ?」


 やはり、ノアも異形兵に引っ掛かっているらしい。


「その時に出くわしたのか」

「多分そうなんじゃないかなぁ……」


 出会ったのに多分とは、何とも歯切れか悪い。


「強かったか?」

「戦ってないよ」

「え、そうなの?」


 異形兵と言えば、てっきり戦闘狂ばかりだと思っていたが、そう言うわけではないのだろうか。少なくとも、おとなしい異形兵なんて初めて聞いた。


「変な気配だったから様子見だけね。クローンと変異獣混ぜたみたいな見た目してて、スフィンクスのケンタウロス版みたいなイメージ」


 スフィンクスと言えば、エジプトの神様なのか怪物なのか良く判らない人面の獣だ。スフィンクスに疎いせいでノアの説明が良く理解できないが、完全に理解した表情を浮かべて頷き、話を促す。


「で、その子は人語喋れないけどテレパシーは使えたからさ。マスターなら知性化した変異獣について研究してたんじゃないかなぁ?って」 


 なら、マスターが知性化変異獣について知っていたのはほぼ確定で良いのでは無かろうか。そう思ったものの、すぐに別の疑問が浮かぶ。


「でも、永久の都出身の連中が知性化変異獣の話してないからなぁ」


 マスターが知性化変異獣の事を知っていて、他の人物が知らない理由が私には判らない。マスターは気難しそうでプライドも高そうなので、相談とかはしなさそうではあるが、研究が公になっていないのは気掛かりだ。


「優先順位の話じゃない?マスターの第一目標はリュウゲンだったし」


 それなら理解できる。

 永久の都は、実質マスターが一人で運営していた。同時に複数の計画を進めるのが困難だったので、先にリュウゲンを処理して次に知性化変異獣の対処をするは自然な考えと言える。


「あーそうか。マスターは変異者コロニーを処理した後で変異獣をやりたかったのか。実際、私とかリュウゲン達に攻め込まれて負けたから、マスターの判断は正しかったしな。リュウゲンが強すぎただけで」


 主義、思想はさておき、作戦についてマスターは正解を導いていたのだろう。それが純粋なフィジカルを突破出来ずに足踏みしていたのは、流石にドンマイとしか言えない。

 仮に、マスター率いる永久の都側が勝利して居たのなら、その後の展開はここ変異者コロニーを占領して基地として運用。知性化変異獣の調査開始。手順として合っていそうなだけに、不憫でならない。


「まぁ、ヴィヴィが爆破したからちゃんとした記録残ってないんだけどね」

「ぐふぅ……!」


 そう、私はマスターのいた塔を爆破した張本人だ。その為、マスターの研究資料等が消えてしまった。

 作戦的に仕方なかったのだが、出来ればマスターのデータ何か残されていれば良かったのにと思いつつ、私は胃を痛めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ