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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃裏世界2章:いずれ来る戦士達
33/35

3.ノアの天敵

 瓦商会達の元を飛び出し、私達はアルジャロメを探す。幸い、あの女は目立つ。目撃情報は多く、見付け出すのにさほど苦労はしなかった。

 永久の都には、自然公園と呼ばれる場所が存在する。自然と名前がついてはいるが、俗に言うソーラーパンクに近く、機械と自然が調和した形のものだ。

 変異していない原種の植物は少ない。それを保存するのには、ある程度機械の力に頼るのが不可欠なのだろう。

 自分で移動できる人間ですら、変異していない人間が絶滅危惧種並みの世界だ。脚のはえていない植物に変異から身を守る術はない。

 形はどうであれ、退廃以前の植物達が今も生きているこの公園は少し神秘的であり、昔の次第を生きていた私たちからすると何処か懐かしくもある。

 そんな場所に彼女は居た。


「おや、君達の方から訪ねに来るとはね」


 彼女は少しやつれた様子でそう口にした。

 私とノアは一瞬互いの顔を見る。どちらが話を切り出すか確認するためだ。と言っても、アルジャロメ目線では、私が今回の事故にどんな風に関与したか判らないだろう。

 私はノアに任せる事にした。


「その、試験の時について……謝りに来た」

「あぁ、アレかい?いやぁ、完全に油断した私の落ち度だね」


 彼女はタメ息を吐きながら彼方を見つめた。先程までの煌びやかさは無い。いや、もともと無かったようなものだが。

 彼女の発言は判る。実際、瓦商会のメンツも彼女が監視役として雇われて油断したからこうなったと言っていた。瓦商会や彼女達からしたらこう言う考えが普通なのだろう。

 私はノアの触手を引っ張り、小声で状況確認をする。

 

「……これ、結構効いてるっぽいぞ」

「そんな気がする」

「いつもの軽口が無いからな」


 彼女に対して詳しくはない私だが、彼女が普段通りなら、タメ息ではなくキザな台詞を口にするというのは判る。

 思ったよりガッツリダメージが入っている。

 私とノアのひそひそ話が気になったのか、彼女は私達の方を見て訊ねる。


「どうかしたのかな?ハッキリ言ってくれると助かるんだけど」


 どうせここまで来たんだ、謝るしかないだろうと思い、私はノアの肩をポンと叩く。すると、お前も謝るんだぞとでも言いたげにノアの触手が私の肩を叩いた。

 ノアは咳払いをすると、話を切り出す。


「すまない。君が脱落してしまったのは、俺の手違い……というか失敗なんだ」

「手違い?」


 ノアの言葉にアルジャロメは首を傾げる。

 私は手を上げて経緯を話す。


「少し驚かせようと思って。私が提案した」


 彼女は私の顔を見つめ、何かを思い出したかのように口を開ける。多分、私の事をちんちくりんと言ったのを思い出したのだろう。

 私の発言で、アルジャロメはなんとかく何が起きたのか理解した様子だったが、首を横に振った。


「だとしても、油断した私のミスだよ。はぁ……」


 意外だった。アルジャロメは元々護衛だとか用心棒をするタイプの人間ではない。言ってしまえば、プロ意識が有るようには第三者視点見えなかったのだ。

 だからこそ、今の彼女のショックの受け具合や、自責し続けるのが意外だった。


「……やけにへこんでるな」


 私がそう言うと、彼女は木の葉を撫でながら答える。


「折角の晴れ舞台になる予定だったからね」


 晴れ舞台というには、何かしらを披露したかったのだろう。

 試験に乗り気だとは思いもよらなかったが、何かしら狙いがあったのだとすると判らなくもない。問題は、彼女が何をしたかったのかだ。


「実力を示したかったのか?そんな手合いとは思わなんだ」

「カッコいいところを見せればさ、モテると思ったんだ」


 彼女はフフッと不敵に笑う。

 そんな不健全な思考で護衛の試験官役受けるなよ、と言う言葉を呑み込み、私は彼女から視線を反らす。

 すると、彼女はスクスクと笑い呟いた。


「試験で活躍すれば、キャッキャウフフな生活が……」


 この女、さては護衛隊で逆ハーレムを満喫するつもりだったのではなかろうか。いや、実際は女性の合格者も複数居たのだから、逆ハーレムにはならないのだろうが、近しい状況になるのはあり得る。

 私とノアの視線が交差する。

 良かったな。お前のクローンはこの毒牙から守られたぞと思いながら、私は何となく彼の触手を撫でる。


「……これ落として正解だった……よね?」


 ノアの囁きに私は頷く。

 こんな変異者ならぬ変質者と一緒に三日間の試験。誰かの貞操が危ぶまれる。それはもう護衛試験ではない、サークルクラッシャー体験ツアーだ。


「好みの人も居たのに……」


 居たら困るんだよと思いつつも、私は気になった。

 そう言えば、私はコイツの好みを知らない。少なくとも彼女は、ノアに対しては割りと好印象だった。もしかしたら、私と好みが似ているのではという予感がする。

 もしそうなのであれば、彼女が誰の事を考えているのか気になってくる。


「好みの奴?」


 私が訝しげに訊ねると、アルジャロメは遠くに視線を送りながら言う。


「大柄な姿……」

「ルバガンテかな?」

「マニアックだな」


 ノアの言葉に私も続いた。

 何だか拍子抜けしてしまう。

 私が散歩している時に、ノアやルバガンテが好きと言う会話をしている女どもを見たことがある。そう言う女達は、強いヤツが好きなのだ。

 だから、ノアやルバガンテ達の人間性を見ていないし、見ていたとしても自分の都合の良い様に解釈する。彼女もその手合いなのだろう。

 そう思っていると、彼女は小さく呟いた。


「鋼鉄の戦士」


 そんなヤツ居ただろうか、と思う私をよそにノアがハッとする。


「フィオルトのことだ!」

「あ、そっち?!」


 ならば話しは変わってくる。

 フィオルトの実力は、ノアやハスキ以外の連中からしたら未知数であり、異星人のスーツを着てるから必ずしも強いとは限らない。

 例えるなら、ウォーマ。彼は異星人のスーツを着ていて、確かに並みの変異者よりは強い。が、ルバガンテだとかその辺の戦闘を生業としている連中には劣る。だから、実力があるから好きというのなら、フィオルトよりもルバガンテの方が真っ先に名前が上がる。

 つまり、実力ではない何かに惹かれているのだ。


「あの鎧で隠した美貌。想像しただけでそそるではないか」


 彼女の言葉を聞いた私の耳が、反射的にピくつく。

 ノアやリュウゲンは、生体反応を検知できる。となれば、イケメンのみを検知するヤツも居るかもしれない。

 私はノアに聞く。


「……実際問題、フィオルトってイケメンなのか?」

「多分そうだと思うよ」

「その根拠は?」


 私がそう聴くと、ノアはアルジャロメを気にしてか私の身体を抱き寄せ、耳元で囁く。


「だってほら、ハスキの男バージョンって考えれば」

「なるほど」


 ノアから、ハスキ達の様な異星人は意中の相手に好まれる様に肉体を変異させることが出来ると聞いた。

 そして、フィオルトの主人は人間に変異したハスキ。フィオルトがハスキの様に人間の姿をしていても不思議はない。ハスキは、はっきり言って美人だ。その男版となれば外れはないだろう。

 私は彼が着込んだ巨人の様なスーツから、彼が大柄な男かと思っていたが、スーツが大きいから中身も大きいとも限らない。声も機械っぽいのでスーツからショタっ子が出てくる事もあり得るだろう。

 私が何となくアルジャロメに視線を向くと、彼女も私を見ていた。私の事をちんちくりんと言った忌々しい女だが、互いに同じことを考えてそうだと理解し、ほぼ同時に頷く。


「そうだ……君達は私に謝罪する為に来たんだったか?」


 アルジャロメが優雅に座り直しながらそう言うので、ノアは訝しげに構える。


「え?何急に……」


 彼女はにんまりと口角を弓なりに曲げて笑う。


「なら、頼みがある」

「やだ」


 まず、アルジャロメに提案させないと話が進まない。ここはアシストあるのみ。アルジャロメがノアを捉えれないのであれば、私が押し込むまで。

 私は抵抗するノアの肩をポンポンと叩く。


「まぁまぁ。内容くらいはちゃんと聞きな?」

「え?あ、うん。……え?」


 今回、正当性はアルジャロメにある。それはノア自身も理解しているのだろうが、直感からこの話題から逃げようとしている。

 そうはさせるか、と私はアルジャロメに視線を送ると、彼女は語り始める。


「鎧の彼の素顔を撮影してくるないかい?無理なら試験中に頭部装甲を剥がすだけでもいい」

「ほほ~、素顔が見えさえすれば良いと?それだけで今回の件を許してくれると。寛大だねぇ、アルジャロメさん」

「そうだよ、そうだよ。ヴィヴィちゃん気が合うね~。ちんちくりんなんて言ってすまなかった」


 わざとらしいのは判っている。しかし、正攻法でノアを追い詰めれるなんて思ってはいない。そんな私たちに取れる戦術は外堀を埋めることだけだ。

 私とアルジャロメの軽快なパス回しを眺めていたノアが口を開く。


「……ヴィヴィ、何で乗り気なの?」

「べつにぃ?それよりも、アルジャロメの提案を断るのか?」


 ノアはやれやれと呆れた様子で答える。


「でもこれ……、飛び火してるだけなんじゃないのか?それに、異星人のアレって人間で言うマスクみたいなもので、取れば生命維持難しいと思うけど」

「え、そうなの?」


 言われてみれば、同じ異星人のウォーマはスーツを着ていて、脱いだ姿は目撃されていない。

 初耳の情報に私が目を丸くすると、ノアは当然とでも言いたげな口調で言う。


「そりゃそうでしょ。元々、この星の人じゃないんだから」

「でも、アイツは普通にしてるだろ?」


 アイツというのはハスキの事だ。彼女はスーツ無しで活動している異星人。言ってしまえば彼女という前例があるのだから、フィオルトがスーツを脱いだって問題ない筈だ。

 私の言葉に、ノアは言いにくそうに視線をそらしながら呟く。


「それはその……特別というか、例外というか」

「あ~、理解した」


 ハスキは、異星人の中でも姫様という特別な存在。だから、他の異星人の常識がそのまま彼女に当てはまるという話でも無いらしい。

 フィオルトはウォーマと同じくスーツを脱ぐことが出来ないという説の方が有力そうだ。

 私は観念する。


「悪いな。あれ、取れないらしい」


 私がアルジャロメに向き直ると、彼女はキョトンとした顔で答える。


「え?そんなわけ無いも思うけど……」

「「へぇ?」」


 私とノアは同時に声をあげていた。

 私は思わずノアを見る。ノアの知識はハスキ由来。つまり、異星人の姫様から聞いたもの。間違ってるとは思えない。

 私の視線に気が付いたノアは小さく首を横に振る。聞いていた話と違う、とでも言いたげだ。

 そんなやりとりの中、アルジャロメは頭をポリポリと掻く。


「いや、昔知り合った異星人の中に居たんだ。スーツ無しで活動してる人がね」

「そんなやつが?」


 私がそう言うと、彼女は頷いて話を続ける。


「異星人のなかにたまに居るんだよ。慈善家みたいな人達が。あれは……貴族だったかな?」


 貴族。つまり、ハスキやフィオルトに近しい存在。

 正確にはハスキはお姫様なので、他の貴族とは違うだろうが、少なくともウォーマよりも比較対照にしやすい。


「異星人の貴族が地球に?」


 ノアが首を傾げた。

 自分が異星人と関わりのある事を隠しながら、同時に情報を得たいのだろう。器用なものだと私は彼を眺める。


「知らないのかい?ヨーロッパって国では異星人と交渉して大都市を築いてるらしいよ」

「ヨーロッパは国じゃないんだけど……。いや、今の時代だとヨーロッパ連合国とかになってるのか?」


 ノアは悩ましそうに首を捻る。その裏で私は、ヨーロッパって国の名前じゃないの、という言葉を喉奥で噛み殺した。


「すまないね、私は当事者じゃないから海外の事はサッパリで噂しか」


 そのサッパリ状態の女と私は同レベルなのか。いや、退廃以前から生きている私が彼女と同じなのは、些か問題があるきもする。

 ノアは頷きながら言う。


「なるほどね。……それはそうとヴィヴィ、今ヨーロッパって国じゃないんだ……って思わなかった?」

「そんなわけ……」

「ローマとかロンドンを国だと勘違いしてるタイプでしょ」


 国じゃなかったっけ、と言うのを頑張って堪える。そんなん知ってたし、と言い見栄を張りたい気持ちもあったが、残念ローマは国名ですといった罠が仕掛けられている可能性もあり、下手に口を出せないのが歯痒い。


「話を戻すと、私の知っている限りだと二人居るんだよ、異星人の貴族が。一人はヴィヴィも知ってると思うけど、ここからずっと西に行ったところに有る都市に、この人は有名だね」


 言われてみれば、そんな話を聞いた気がする。

 ここよりずっと西、昔大阪がだった場所に異星人の作った大型のコロニーがあるらしい。確か、瓦商会の拠点があるのもそのコロニーだった筈だ。

 なお、納めている異星人の名前は、昔っから市長や県知事を全く覚えれなかった私の頭にある筈もない。


「で、もう一人は多分数人しか知らないと思うんだけど、ここから北……だったかな?を散策してる人。私があったのは後者の方」


 そっちに関しては完全に情報がない。

 ウォーマの様な野良の異星人ならともかく、ハスキの様な貴族で外を出歩いているのには、何か理由があるのだろう。

 狙いこそ掴めないが、出会ったアルジャロメがこうして生きている辺り、危険人物の類いでは無さそうだ。


「何をしてる人?」

「この星の技術だけでコロニーを作ってたんじゃ無かったかな?異星人の技術でコロニーを作っても、ここの人達が次に自分でコロニーを作ろうとしたときに作れないからって。結構良い子だったよ。見た目も可愛かったし」


 昔、こんな話を聞いたことがある。水に飢えた村では、水を用意して渡すでも井戸を作ってあげるでもなく、井戸の作り方を教えるべきだと言うものだ。

 水を渡してもすぐに使い終える。井戸を作ってあげたとしても、月日が過ぎれば壊れてしまう。だが、井戸の作り方を教えれば、井戸が壊れても新しくまた作り直せる。

 きっと、アルジャロメの言う異星人も同じ考えで行動しているのだろう。

 私は感心して頷く。


「どんな見た目だった?」

「白い髪の女の子。既に旦那さんがいてね、仲良さそうだった。騎士って呼ばれてる女の人の護衛も一人居て、彼女も異星人だった」


 騎士。つまり、丁度フィオルトと同じ立場の異星人。

 アルジャロメは、フィオルトが騎士と言う事を知らないので偶然の一致なのだろうが、情報としては有力。

 前例があるとなれば、確かにフィオルトのスーツを脱がしたとて生死に関わる問題には至らなさそうだ。


「それでスーツ着てない異星人を知ってるのか」

「そう言うこと。だから……」


 私とアルジャロメは同時にノアの方を向き直る。


「フィオルトのスーツ、脱がせれるね!」

「一思いにやっちゃおうぜ!」

「だから駄目だって。なんでフィオルトだけ脱衣試験なのさ」


 見たいものは見たい。それに、フィオルトは喋る時に機械音声を使っていた。肉声を聞いてないので、中身のイメージが一切付かない。これでは、気になって夜も眠れない。

 アルジャロメは観念した様子で言う。


「はぁ。仕方ないなぁ……判ったよ。じゃあ間を取って全員脱がそう」

「どこの間?それに、人前で裸にするだなんて……可哀想だよ」


 まぁ、虫化のルバガンテや人体改造をしているピアッソはさておき、ハスキを初めとした女子達やテセウスの裸姿はコンプライアンス的に一発アウトだ。

 そんな事を考えていると、アルジャロメが真顔で言う。


「ノア君……。そういう君は全裸なのでは?」


 思いの外鋭い一撃に私は笑いを堪える。

 異形化タイプの変異者が服を着ていないのは珍しい話ではない。だが、話の流れ的に常に全裸のノアが裸は恥ずかしいなんて言うのか、と言ったツッコミは余りにも皮肉が効いている。

 予想だにしていなかった反撃を受け、ノアはしどろもどろに成りながら答える。


「それは……その、変異によるから…………。逆に、そういうアルジャロメは服着てるでしょ?」


 そりゃあ、女の子なんだから裸で過ごすわけにもいかないだろう。私がそう言おうとしたつかの間、アルジャロメは何食わぬ顔で言う。


「私は構わないよ?」

「え、何が……」

「ここで服を脱げというのなら、私は全身をさらけ出したって構わない。見せて恥ずかしい身体はしてないからね」


 アカン、この女強すぎる。

 彼女の言葉は嘘ではなさそうだ。しかも問題なのは発言する姿勢。彼女は胸を張るでもなく、自然体のままで発言していた。身体に自信があるから別に見せても良い言うのは、演技でも勢いでもなく素で言っているのだ。

 私はその瞬間、彼女のコロニークラッシャーとしての片鱗を見た気がした。

 

 

 ・・・



 アルジャロメとの会話を終えると、私達は試験の舞台となる一帯を確認するため、丘を目指して進む。

 その最中も、強烈だった彼女の話題が尽きない。


「結構元気で安心したな」

「元気だったと言うか、元気になったと言うか……」


 私の言葉に対し、ノアはやつれた様子で答える。

 取り敢えず、当初の予定だったアルジャロメへの謝罪は済んだ。

 フィオルトを脱がそう作戦に関しては、別に率先して狙うわけではない。が、実はスーツを脱がさないとフィオルトに有効打を与えた判定にならず、場合によっては脱がす他ないのでは。というわりと真面目な仮説が生まれたため、半分ネタだったフィオルトを脱がそう作戦は少し現実味を帯びている。

 ノアの背でのんびりしていると、懐で端末が光っているのに気が付いた。見てみると、ノア用の端末だ。ノアは服を着ないので、端末を入れれるポケットがない。なので、私が預かっているのだ。

 ついでに、良く判らん女どもから来る良からぬ誘いのメールは、ノアに内緒で片っ端からブロックしている。


「あ、ノア。お前の端末に連絡入ってるぞ」

「商会からかな?」

「ほい」


 私が近場の触手に端末を押し付けると、ノアは慣れた手つきで端末を操作してメールを確認した。


「これは……一人で行った方がいいかな?」

「何で?」


 私が聞くと、ノアは再び端末を私に預ける。


「報酬について。表に出せない物も見せるからって。オリエナを使いこなせる君なら適任だとも」

「あ~、理解した」


 オリエナとは、ノアが使う武葬の弓だ。

 武葬の素材は変異体、つまり変異者か変異獣であり、言ってしまえば人体実験の産物のようなもの。ゲームで良くある倒した魔物を解体して、それを素材に武器を作るのを人間を使ってやってる感じだ。

 普通に売買出来るものもあれば、表に出せず秘密裏に取り引きされるものもある。

 例えば、ノアやリュウゲンと言った実力者を使った武葬を表で売れるかと聞かれれば、答えはNo。武葬は素材にした変異体の能力を反映するため、ノアやリュウゲンがどういった武器になるのか定かではないが、エグい力を持つのは明白。極端な話、核ミサイルを売ってますと公言するようなものだ。

 あるいは、製造過程が後ろ暗いもの。そもそも武葬自体問題があるが、変異者と変異獣を改造していたマスターの事もある。その産物なら、永久の都と変異者コロニーで手と手を取り合おうとしている今出てくるのは少し面倒そうだ。


「変に関わって守秘義務?みたいなのがあっても面倒だし、留守番でもしとく」

「悪いね。それじゃ、また後で」


 ノアが申し訳なさそうに立ち去ると、私はその背に手を振った。


「ばいちゃ~」


 ノアの姿が視界から消えると、私はため息を吐く。

 昨日に引き続き、また単独行動の時間が訪れた訳だ。

 どうしたものかと考えていると、聞き馴染みのある声が耳に届く。


「あ、ヴィヴィ」

「ん?」


 私が声のした方を見ると、ハスキともう一人見知らぬ中年のオジサンがいた。

 身知らぬ、といっても初めて見たわけではない。一度だけ、仮試験会場で見た顔だ。

 パッと見た印象だと変異していない様に見えたが、良く良く見てみれば両腕が鉄みたいな甲殻系に変異していて、肘からは触手らしき器官が生えている。

 変わった変異をしているな、と私は思った。

 獣化の変異者である私は、匂いを嗅げば相手が大体どの系統に変異しているのか判る。しかし、この中年は体の部位ごとに系統が異なる為、分類が出来ないのだ。

 オジサンは、私を見ると猫じゃらしを振って見せる。


「ほれほれ」


 男は得意気な表情を浮かべている。

 この中年、私を猫か何かだと勘違いしているのでは無かろうか。そんな手に引っ掛かるようなヤツがいたら顔を見てみたい。


「そんなのに引っ掛かる訳ないだろ」


 私がそう言うと、男は私の背丈に合わせるように屈み、猫じゃらしを振る。

 右にゆさゆさ、左にゆさゆさ。時折、私の鼻先で猫じゃらしを踊らせる。


「ほ~れ、ほれほれ」


 私は思わずムッとする。

 こんな見た目だが、私も一応成人している。そんな小動物みたいな扱いをされる筋合いはない。だと言うのに、目の前の男は私に対して猫じゃらしを振り続けている。

 新手の挑発だろうか。ならば乗ってやると意気込み、私は猫じゃらしに飛び掛かる。


「しつこいぞ!」


 私の足が地面を蹴ると同時に目の前から男が消え、私の背後に現れる。恐らく、私の両足が地面を離れる瞬間に合わせ、回り込んだのだろう。まるでスペインの闘牛だ。

 男は、私を羽交い締めみたいにして抱えると声を張り上げる。


「ヴィヴィ確保!」


 見事な立ち回りに私は感心し、少し遅れて我に返る。

 捕まってしまった。それも、私が内心馬鹿にしていた猫じゃらしに気を取られ、みっともなく捕まってしまった。


「え、あ……え?!しまった!!」

 

 私はテンパりながら辺りを見回した。幸い、一連の流れを目撃したのはハスキとこの中年の二人だけだ。

 この醜態が広まる事は無いだろうが、それはそれとして自分の浅はかさを思い知った。

 私は、ガックリと肩を落とす。

 項垂れる私の視線の先では、地面に落ちた猫じゃらしが風で揺れていた。

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