2.計算違い
翌朝。
私達は自室に戻り、いつものように眠っていた。ノアは獣のように丸くなり、私はその中で触手にくるまる。
暖房が無い私たちにとって、互いの体温が身体を暖める数少ない手段だ。
部屋のドアが軽く数度ノックされ、私は身体を起こす。
ノアを軽く揺すって起こすと、私はフラフラとした足取りでドアに向かった。
「どちらさまぁ~?」
寝起きなので、意図せず気の抜けた声を発してしまう。
ドアのむこうに居たのは、瓦商会の一人。
白い百足の女性の変異者だった。名前は確かギョクロだったか。長袖の服で左右非対称の三本の腕を隠し、長い首をマフラーの様に巻いて異形感を上手く隠している。
虫系統の見た目の変異者は、ゲテモノの様に扱われる傾向が強いのだが、彼女にはファンが居るらしい。
実際、虫系統といってもその姿は千差万別。巨大な虫の怪物も昔テレビでやってた仮面なんちゃらも、元が人間ならこの世界に来れば虫化の変異者になる。悩むところだが、この二つの内だと彼女は後者に分類される。基本的なシルエットや仕草等、人間らしい要素が残っているので、虫系統の中で数少ないまとも枠。そう言った事情なので、ファンが居るのは判らなくはない。
だが、私は知っている。前に貰った私の識別名『走る毛玉』の命名者がコイツだと言うことを。
ギョクロは律儀に頭を深々とお辞儀をすると、話し始める。
「すみません、瓦商会の者です。少しよろしいですか?」
彼女の話は、要約するとノアの腕を見込んで、今期行う護衛部隊の試験官をして欲しいとのことだ。
ノアは、リュウゲンと同等の力を持っていると噂されている。
比較対象のリュウゲンは、この辺りでは最強、下手をしたら世界でも屈指の実力者。ただ、それ故にリュウゲンは自由には動けない。そこでノアに白羽の矢が立ったのだ。
リュウゲンと違い、ノアはコロニーを守るだとか地域を統率している訳ではない。完全にフリーな存在。だからこそ、そう言った仕事を受けたとて何ら問題はない。
それに、護衛部隊にはノアに認められたと言う箔が付くのだから、耳の早い盗賊なんかは手出ししにくい筈だ。
試験内容はゲリラ戦、防衛側は受験者達服数名に対し、攻撃側はノア一人の構図を予定している。
ゲリラ戦ではなく、レイド戦の方が正しいのではなかろうか。
私は、そう思いながら腕を組む。
「で、ノアに試験官を任せたいと」
「はい。従来の多対多の試験でも正直よろしいのですが、この辺りはリュウゲン様のワンマンで守られていると言うのが周囲からの評価。そのリュウゲン様と引き分けたノア様にもし勝てれば、と言う触れ込みです」
リュウゲンは、実質的にここの統率者。そんな相手に腕試しなんて、前の時代で例えるなら大統領や総理大臣に喧嘩を吹っ掛ける様なもの。まず出来ない。
そこで、立場関係なしに腕試し出来るノア。人選的には理解できる。
私は少し考える。
今回の試験はコンセプト的にノア前提。それも、本来なら複数の人を雇う分の報酬を全額ノアが受け取ったって構わない筈だ。
「なるほど。ちなみに報酬は?」
私は、うへへと笑いながら手をスリスリする。
瓦商会は今の時代、コロニー間を繋ぐ唯一と呼んで良い商隊。となれば、報酬も中々。
「ヴィヴィ、変な顔してる」
「そりゃあもう、ウチの旦那の実力を知らしめて物資潤沢のウハウハだしよ」
私は胸を張った。
ノアの力を示し、報酬も受け取れる。一石二鳥とはまさにこの事。ノーリスク、ハイリターン。
受験者を蹴散らした後の事を考えると、胸が弾む。
「それで、引き受けて頂けますか?」
私はハッとなりノアを見る。
何となくで話を進めようとしていたが、そもそも決定権を持つのはノアだ。私がやりたいと主張すれば引き受けるだろうが、それはそれで無理強いしている様で気が引ける。
「私は別に良いけど……」
「俺も良いよ。試験内容に口出すけど」
私達の返事を聞くと、ギョクロは深々とお辞儀する。
「ありがとうございます。報酬に関してですが……お二方は欲しいものはありますか?」
「「うーん……」」
私とノアは同時に首を傾げた。
報酬と言えば金だが、どうせコロニーでしか使えない。食料に関しては、私もノアも変異獣の肉を食べれるし、緊急時用の携帯食は常備している。それに、私達は生肉も食べれるので極論調理器具も要らないし、最低限の装備はキャンプグッズとして確保済み。装備にしても、硬化が出来る私達にとっては必須というわけではない。後は、ノアの義手を調整する工具類だが、質にこだわらなければジャンク屋で揃えれるから、何もここで貰う必要はない。
私達が悩んでいると、ギョクロが呟く。
「無いんですか?」
私は慌てて弁明する。
「ある!ある、絶対に!!ただあれだ。選り取り見取りだと選べないあれだ」
「まぁ、言わんとする事は判ります。では、報酬の話は後に回しましょう」
ギョクロは、ノアをじっと見ると何かを思い出した様子で話を切り替える。
「ところで、小耳に挟んだのですが……昨日の異形兵討伐はノア様が成し遂げたと」
「え、そうなの?!」
異形兵と言えば、私とハスキがバーにいた時にサイレンが鳴ったあれだ。記憶が確かなら、ノアはあの時間帯に医務室に居て、そこから私達の居るバーに来た。だから、ずっとコロニー内、言ってしまえば屋内に居たはずだ。
私が驚くと、ノアは不思議そうに私を見た。
「あれ?ヴィヴィに言ってなかった?」
「全然聞いてませんけど?!」
私は忘れっぽいが、今回に関しては私の記憶が正しいと断言できる。
私が答えるとノアが説明する。
「ほら、昨日医務室の窓を開けた話したでしょ」
確かに、ノアがバー飛び込んで来た時に慌ててそう言っていたのを私は思い出す。
「へぇ、あの時に開けたのって医務室の窓なんだ」
病人が入ってくる医務室の窓なんて開けたら、大問題だ。衛生管理部が出動して当然だし、普通に重罪。だが、不思議な事に衛生管理部が慌ただしくノアの事を探しているとは聞かない。
何らかの理由で黙認されたと言う事なのだろう。
「そうそう。アレ、異形兵の気配がしたからやったんだ。で、異形兵を射貫いた」
「すご!!」
驚くと同時に納得もした。
医務室に居たノアが永久の都で異形兵が居るのを検知、即時対応すべきだと判断して医務室から狙撃するために窓を開ける。
衛生管理部はノアが窓を開けたことを確認するも、異形兵討伐の為に窓を開けたと判り、状況的にやむ無しと判断。情状酌量ありと結論付け、ノア捜索を中止する。
大体こんな流れだろう。
なるほど、と拍手を送る私の隣で商人の女冷たく呟く。
「へぇ……。医務室の窓を開けたのですね」
やったわ。
折角、表沙汰に成らない様に関係各所の皆で黙ってたのに、バレてしまった。
瓦商会は情報の売買も行っている。完全に詰んだ。
私はチラリとノアの顔を覗く。
すると、ノアは視線をそむけながら首を横に振った。
「開けてない……」
まるで子供の言い訳だ。
ノアに代わり、私が前に出る。
「で、何でそんな話をしたんだ」
ギョクロは咳払いをすると、ノアから私に視線を移す。
「えっとですね。試験時には、そう言う長距離狙撃は原則禁止して頂きたいのです」
私は思わず方眉を吊り上げる。
狙撃はノアの専売特許。それを禁止しようなんて、意図的に不利な状況にしようとしているとしか思えない。
もしかすると、ノアをわざと負けさせたいという思惑すら感じ取れる。
「待てって。ウチのノアから狙撃技術取ってみろ。……取っても化物だったわ」
ノアは狙撃が得意でありながら、その他も高水準。むしろ、近接戦闘や中距離戦に関しても上澄みレベル。
一撃必殺と呼べる強力な一発と無数の手数を両立させ、骨格は四足獣であるため対人を想定とした従来の武術の類いは効かない。
自己再生が出来るので耐久面も問題なし。巨体でありながら機敏に動け、柔軟な身体構造。索敵能力持ち。
狙撃を封じたとて、このコロニーでの実力はリュウゲンの次だと確信出来る。
弱点は特に思い当たらない。別にアキレス腱を切られれば自己再生出来なくなる事ないし、銀の弾丸で死ぬ訳でも、日の光で灰にもならない。
ギョクロは頷きながら言う。
「そもそも、リュウゲン様との戦いに狙撃は使用していないと認識いているので問題ないかと」
ほなえぇかと納得するも、気になる事はある。
「でも、何でだ?折角なら、ノアのポテンシャル全部出したいだろ」
判りやすい手加減をして、そもそも試験の意味があるのか。そう考えていると、ギョクロは落ち着いた口調で私に告げる。
「では、目を瞑ってみて下さい」
「ほうほう」
「アナタはボディーガードです。要人を守るのが仕事です」
「なるほどなるほど」
私は頭の中でシュミレーションする。
要人として、私の中で大切な人を設定。いや、ノアに護衛は要らないだろう。取りあえず、適当にカカシでもイメージする。
そして、護衛の私はその前に立つ。完璧な布陣ではなかろうか。
そう考えていると、ギョクロが続け様に言う。
「任務開始、ミサイルずどん!!任務失敗!どう思います?」
「負けイベかな?」
私もカカシも吹き飛んでしまった。ちなみに、ノアを要人に設定したシュミレーションだと、ノアがミサイルを触手で鷲掴みにしている。あらやだイケメン。
ギョクロは改まって言う。
「そうなるので、受験者の持ち味を見るためにもお願いします」
私としては不服だが、そもそも瓦商会が使いたいのはノアと言う名前。ノアが全力でなくても問題はない。むしろ、全力を出した結果、受験者の内数名でも精査不能に成るのが嫌なのだろう。
まぁ、判る。アニメや何かでも、最強キャラにボコボコにされた登場人物の実力は、大抵情報不足で精査不能になる。だから、それを避ける為に見せ場を作りたいのだろう。
私は、ノアの顔を覗く。
「行けるか?」
「問題ないよ」
ノアは自信満々で答えた。
私達二人の確認を取り、ギョクロは話を切り上げる。
「では、早速永久の都に向かいましょう。そこが集合場所ですので」
・・・
永久の都に陣取ってある商会テントで、私達は試験の詳しい内容を聞く。
今回の試験は、防衛拠点に配置されたブラックボックスを守れと言うもの。
受験者側の勝利条件はブラックボックスが破壊、もしくは奪われずに一定時間が経過すること。この一定時間は、ノアからの申し出により三日と言うことになった。
何故試験期間を三日に指定したのか気になり、ノアに質問したが答えてはくれなかった。
何かしらの意図があるなら、問題はないので追及はしない。
「三日間の缶けりか」
「その認識でよろしいかと」
私の言葉にギョクロは頷く。
大抵の試験は二日程、長い時は五日と聞く。となると試験の長さとしては、割りと普通だ。
「それと、受験者の中には監視役を潜り込ませます」
「監視役?」
ノアが口を挟む。
ノアの居た場所にはこう言った試験の文化は無かったのだろう。だから、試験でよくあるのも知らないみたいだ。ちなみに、私も全く知らない。
「監視役には二種類居て、片方は受験者達のサポート。もう一方はイベントを起こす為の仕掛け役ですね」
「それ、ろくでもないイベントだな?」
順調に進んでいた作戦を潰し、想定外の事を起こさせる定番のイベントだろう。
私がそう言うとギョクロは話を続ける。
「今回のイベントの内容は伏せるんですが、過去の例だと食料を捨てたりしましたね。戦闘中の食料確保をどうするかとか、ストレスを加えたときにどうなるのか、とか。後は、今回はブラックボックスが一つですが、開始時点のブラックボックスを三つに設定した場合、こっそり一つを壊して疑心暗鬼にさせたりもします」
「なるほどな」
めっちゃギスギスしそう、と言う率直な感想を押し隠した。
外に敵が居ると言うプレッシャーの中、味方も信用できない状況でどう動くかの観察。確かに受験者達の反応を確認するには持って来いだ。
「この五名が監視役に成ってます。確認を」
私はギョクロからリストを受け取る。そこに載っているのは、現代を生きる侍に元軍人の傭兵、他のコロニーでも名前が通じそうなエリートばかりだった。
ノアがひょっこりとリストを覗き込む。
「ヴィヴィ、知ってる人居る?」
「まぁ、有名だしな」
私は、途中まで捲ったリストを最初まで戻して順番どおり説明する。
「ルバガンテは一度戦ったんだっけ?めちゃつよ剣士で、こと近接戦闘は無類の……は勝ったんだし良いか」
本来ルバガンテは力強く、硬く、機敏という前衛に必要なステータスが全てカンストしている化物なのだが、既に勝っているなら飛ばしても問題はない。
「ピアッソは、簡単に言うとサイボーグ。確か、元は発電器官がある変異者で制圧力はピカイチ。あと、リュウゲンで麻痺しがちだけど普通に飛べるのはヤバい」
この時代、航空戦力なんて物は文明と一緒に絶滅している。だからこそ、飛行能力持ちの変異者の価値は高い。有名な話では、盗賊連中を一人の変異者が上から石を落としてボコボコにしたと言うものもある。
今、私達の暮らしているコロニーでは弓矢だとか銃器は確保できているが、コロニーの様な安定した環境で過ごしていない人は飛び道具を確保するのですら重労働。対空手段が無い相手に、飛行能力持ちの変異者は無双出来る。
「ミロクは、強いってか面倒見が良いとか、ムードメーカーの部類だな。話術、交渉術に長けてて、戦闘もそつなくこなせる。ただ、先に言った二人に比べると見劣りはする」
良く、ゲームやなんかの実力について話す時、強いと表現される人と上手いと表現される人がいる。
ルバガンテやピアッソは、変異者としての身体能力やサイボーグ化した能力をフルに扱う強いタイプの人。
対して、ミロクは身体能力が並みではあるが、立ち回りや咄嗟の判断で窮地を打開したり、相手にとって不利な状況を押し付けて戦うのが上手いタイプの人。
中でも、ミロクは戦闘外の指揮や鼓舞でも力を発揮するので、全教科百点満点中の七十点というオールラウンダー型だ。
「カルゼスは、元々特殊部隊の隊員で隠密行動が得意。戦闘面は……何て言えば良いんだろうな、火力で戦うアタッカーじゃなくてクリティカル重視のビルド?見たいな感じで派手な火力に頼らないコンパクトな戦いをする。知略戦が得意らしい」
カルゼスは上手いと強いが混在したタイプであり、対人特化。今回の試験としては、一番ノアに一泡吹かせれそうなのがコイツだろう。
腕の良い傭兵は誰かと聞かれれば真っ先に名前が上がるほど、その名も実力も通っている。が、こんな怪物を倒しましたよと言う判りやすいエピソードが無いことから、正々堂々や真向勝負向きではなさそうだ。
「この名前が長い奴は、そんな強くない。ただ、戦うとイライラするで有名。コイツさ、鱗粉に毒があるんだが、それ撒いて回避に専念するんだ。『毒牙の踊り子』って呼ばれてる」
名前はアルジャロメと言うらしい。覚えにくいことこの上ない。
戦闘スタイルは毒をばら撒き、自分は回避にしまくる。すると相手は毒で身動きかが取れなくなり、後でじっくり止めを刺す。
ゲームなら絶対糞ボス認定される部類だ。
「ヴィヴィ的に、五人の実力ってどうなの?」
ノアは、私の感覚に頼っているのだろう。
確かに、私は生き物の生体反応で実力を測れる。しかし、測る時は意識を集中させる必要があるので、道行く人の実力を全員調べれる訳ではない。
だから、今回に関しては判らない。
ただ、頼られたからには答えるのが礼儀だろう。私は少し考えてから言う。
「えっとな。個人での戦闘力ではルバガンテとピアッソが同率でカルゼス……カルゼスも入れて三人同率でも良いが、ちょっと下かぁ?三位にしとくか。で、その下にミロクで最後に踊り子なのは確定。ただ、連携とかを加味するならカルゼス一位のルバガンテとミロク同率二位で、ピアッソと長い名前の奴が同率でビリかな」
ノアの顔を見てみると、あまり納得していないように見えた。
今回に関しては噂や資料を元にしたので自信は無かったが、異議が有るならノアの話を聞いてみたい。
「ノア的にはどう?」
「実力は判んないけど、警戒するなら……ピアッソ一位、カルゼスとアルジャロメ同率二位、ルバガンテとミロクが同率四位かな?」
ノアが資料をとにらめっこしながら答えた。
意外だった。ピアッソが一位は判る。二位カルゼスが居るのも納得だ。しかし、そのカルゼスとアルマジロが並ぶとは思えない。アルマジロは直接戦闘向きではない。部類分けするならサポート型で、しかも下手したら味方も巻き込み兼ねない。
警戒する必要があるのだろうか。
「アルマジロの評価高いんだな」
「アルマジロじゃなくてアルジャロメね。アルジャロメは聞いた能力的にね、ちょっと相性悪いかもって思ってる。鱗粉で毒を散布するスタイルが、見てのとおり身体の面積が広くて被弾しやすい俺に刺さりそう」
まぁ、そうか。ノアは触手を戦闘に用いる。触手を鞭の様に振るえば、中距離戦にも対応できる。が、触手は言うまでもなく肉体の一部。触手を振った場所に鱗粉が撒かれていれば、ノアは毒に侵される。
確かに、能力だけ見ればノアと相性がよさそうだ。そう、能力だけを見れば。
「被弾しやすいかはさておき、まぁ納得。ただ、実物見るとガッカリするぞ?」
「え?」
その時、嫌な予感を覚えた。野生の感と言うヤツだろう。それとなく、私は気配のした方を確認する。
「あ、噂をすれば」
そこに現れたのは、変異者の女性だった。
首や手首には体毛か綿かも判別出来ない器官が生えており、植物化か獣化、あるいは虫化かの私には良く判らない。
綿以外に変異の影響が無いので、恐らくレベル一か二の軽度な変異者だろう。
高身長でスラッとした体つき。
外見だけみれば、人間部分が多いこともあってまともそうに見える。そう、外見だけみれば。
彼女は、気さくに周囲の人に手を振る。
「やぁやぁ、ご機嫌よう!」
「見るなよ。絶対目を合わせるな」
私はノアにそう告げる。
しかし、私の忠告が遅かったようで、ノアは彼女を見つめてしまった。
「何?あれ」
「ん~~~?おっと!熱烈な視線を向けないでくれたまえ、君と私の視線がキッスしてしまったじゃないか~」
ノアが視線を逢わせてしまったため、彼女はノリノリでこちらに歩み寄ってくる。
何なんだ、このノリは。滑っている。
道行く人に視線を移せば、気まずそうな表情を浮かべたり、顔をそむけたりしている。
俗に言う、見てるこっちが恥ずかしいと言うのを平然とするのが彼女なのだ。
「キッツ……」
ノアが顔をしかめる。
私は呟いた。
「キッスだけにキッツって?」
「ヴィヴィ?」
「な、なんでもない」
そうこうしていると、彼女は私達の元まで歩いてきて言う。
「君、名前は?」
「ノア」
「君があのノアか!どうだい?私と一晩」
私はじっとノアと彼女のやり取りを見つめる。
「悪いけど、添い遂げる相手は決まってるので」
ノアは触手で私を指す。すると、彼女は私を覗き込んだ。身長差のせいか、見下されているようで気分が悪い。
彼女は私を見て言う。
「そのちんちくりんがかい?」
ムっとなり、私は彼女に飛び掛かる。
地面を蹴り、勢いをそのまま拳に込めて彼女の鳩尾を穿つ。
「セイ!!」
「んぐ!」
彼女の身体がくの字に曲がり、私の手応えは確信に変わる。
倒れながら、きょとんと私を見つめるアルなんちゃら、周囲から刺さるような視線。ここに居ると流石に不味いかと思い、私はノアの背に乗る。
「逃げるぞ」
ノアはやれやれとため息を吐き、異議を唱えるでもなくその場を立ち去った。
一息つける場所まで移動し、私はノアから降りる。
「と、まぁこんな感じだ」
彼女は色々と目立つし、こっちの羞恥心をやたらと反応させる。あれを素でやっているのが、彼女の恐ろしいところだ。
私の言葉にノアは反応する。
「でも、見た目は美人じゃなかった?見た目があれなら、別にあんな空気扱いされなさそうだけど」
確かに、彼女の顔立ちは整っている。しかし、彼女の振る舞いがそれを帳消しにする程のデメリットなのだ。
「アイツさ、一晩過ごすとあの声量で昨晩は君の反応が可愛かったよ、とか言うんだ……人前で。後は、まぁ……お察しということで」
彼女は貞操観念が緩い。ついでに口も緩い。その為、彼女の見た目に惹かれ、身体を許したが最後。酒場のネタにされるのがオチだ。しかも、世間の狭いコロニーでそれをしでかす。
顔が良いんだから、一晩くらい共に過ごしたいと言っていたヤツを知っている。ソイツは後日しめじサイズと呼ばれ、泣いてコロニーを去っていった。
「サークルブレイカーってこと?」
「ワンチャンコロニーブレイクするまである」
彼女は見境がない。なので、コロニーを統率している人だろうと普通に誘う。で、それを後日高らかに言う。
このコロニーでそれが起きてないのは、リュウゲンの性格と体格的に肉体関係を持つのが不可能だからだろう。
「流石に……いや、規模によってはあり得るか」
小規模のコロニーでやれば、普通に人狼ゲームが始まりそうだ。中にカップルなんて居ようものなら、一転デスゲームになりかねない。
ちなみに、その火種である彼女は悠々と立ち去り旅に出る。台風か何かではなかろうか。
私は頭を振り、試験の事を思い出す。
「それはそうと、お前の特効として試験に呼ばれてる説はある」
彼女の鱗粉はあの綿から出る。綿は首や手首。つまり、人体の弱点と相手の攻撃を防御する際に自然と触れる位置。下手に触手で攻撃しようなら、鱗粉を大量に浴びかねない。
まぁ、ノアの攻撃を腕で受けたら骨折ものだが、受験者達は多人数。彼女一人脱落しても問題はない。
商会が用意したノアに対する回答札に思える。
「そんな気はするね」
ノアは小さく頷いた。
私は、少し前にノアが口にした言葉を思い出す。
「そういや、お前はアレが美人に見えるのか?」
思えば、私はノアに美人だと呼ばれた事がない。
私とて、自分自身の事を美人と思ったことはないが、それはさておき目の前に私が居るのに、他の女が美人と言われるのは気に食わない。
ノアは首をかしげる。
「普通に綺麗じゃない?女優とかやってても違和感ない。まぁ、人間っぽいからって補正もあるだろうけど」
彼女は軽度の変異者であり、優れた容姿はそのまま。人体っぽさも無いので、退廃以前の時代にも通用する見た目。この時代では一級品だ。
私は顔をそらす。
「ふーん。それは、私より綺麗ってことか?」
「ヴィヴィとはジャンルが違うと思うけど。何で?」
「少なくとも……、お前は私が人間だった頃に美人だとか綺麗って言ってくれなかった……」
私とノアは十年程前に一緒に暮らしていた。しかし、その時に容姿を褒められた記憶はない。
出来ることなら、私も綺麗と言われたいものだ。
そう考えていると、ノアは何やら考え込む。
「……俺とヴィヴィが一緒に居たのって俺が小学生くらいじゃなかった?」
「そうだぞ」
今のノアは大体二十歳ちょい過ぎ、私達が一緒に居たのは十年なので、当時のノアの年齢は十歳ちょい。まだ中学校に入学していないくらいだ。
それを確認すると、ノアは私の顔をじっと見つめる。
「小学生に美人とか綺麗なんて言葉を求めてたの?」
「そんなねぇ……、違うでしょうよ。褒めて欲しかったって話よ。や~ねぇ、乙女心が判らない男って」
私はそれとなく訂正する。
冷静に考えてみれば、小学生にそんな言葉を求めていたなんて字面的に犯罪臭がする。なので、話を時間の話からそれとなく路線変更する。
ノアは何か言いたげだったが、渋々納得した。
「ちょっと不服だけど、甘んじて受け入れよう」
何やら丸め込む事に成功してしまった。
ならばと私は提案する。
「じゃあさ、ちょっとあの女驚かせてよ」
「……何で?」
理由なんて決まってる。私の男にちょっかいを出したからだ。人の男に手を出したらどうなるか、ノアを使って思い知らせてやる。
「良いだろ?ビビらせるだけなんだから」
それを聞くと、ノアは暫く悩み頷いた。
「まぁ……。ヴィヴィのことをちんちくりんって言われたのはムカって来たし」
そんな会話をしていると、ギョクロがノアを手招きする。彼に話があるのだろう。
ノアが彼女の元に向かう。それを追おうとしていると足音がこちらに近づいて来た。誰かと思ってみてみれば、先日あったハスキが気さくに話し掛けてくる。
「見物かい?」
見物と言う言葉を選んだあたり、試験をやることは知ってそうな物言いだ。私は自信満々で胸を張る。
「そそ。ウチの旦那が参加するんだ」
ハスキに続き、彼女の仲間が集まってくる。
一人はノアのクローンであるテセウス。もう一人は彼女の護衛を勤めている異星人で名前はフィオルトだっただろうか。機械仕掛けの熊みたいなスーツを着込んでいる。
話を聞いていたテセウスが方眉吊り上げながら訊いてくる。
「旦那って誰?」
「ほれ、あの黒いの」
私はギョクロの方に向かったノアを指差す。
テセウスはぱちぱちと瞬きを、すると、目を丸くして驚いた。
「ノア?!」
私とハスキはうんうんと頷く。
思いの外、面白い反応をするものだと思ったが、一番反応をしてしたのは関わりが少なそうなフィオルトだった。
彼は私達にとの会話を他所に、彼の元に向かう。
「すまない。ちょっと彼と話を」
何となく、私達はフィオルトの後を追った。
ノアも気が付いた様で足を止め、フィオルトは言葉を選ぶように少し間を開けて話を切り出す。
「名前を変えたんだな」
名前を変えた事を知ってるなら、二日以上前から面識があるのだろう。いや、それとも異星人だから、ノアとテセウスが同一人物だとDNA的な何かで把握したのだろうか。
フィオルトの言葉に、ノアは素直に答える。
「そうだね」
「それが意味する事を、理解しているのか?」
そう言えばと私はノアの名前を変えた時の事を思い出した。あの時、瓦商会の人にその申請をした時に妙にニタニタされた。
私の知らないところで、名前の変更に意味が生まれたのだろうか。
ノアは私よりも異星人の文化に詳しい。そして、瓦商会の中には異星人も居るらしい。なら、異星人の文化と考えるべきだろう。
「あぁ。ヴィヴィが付けてくれたんだ」
「そういう……」
フィオルトは納得した様に言葉を零す。
いの一番に反応したのが異星人の彼と言うことは、異星人の文化で間違いない。
不味い。この中で私だけ異星人の話を知らない。
このままでは、私だけ話題に乗れないではないか。
「なぁ、どういう意味だ?」
私が訊ねると、ハスキは私に目線を合わせる様に屈んで説明する。
「好きな人に名前を付けられる事で婚姻。既に婚姻している場合、その名前を破棄することで離婚の意味が異星人の文化にはあるんだ」
一瞬、脳がフリーズする。
好きな人に名前を付けられると婚姻。それはつまり、私との結婚が既に成立していると言うことだ。
私は慌てる。
「え……?えぇ?!ちょ、ノア!!そういうのは言えよ!!」
いや、この状況は何かと不味くないだろうか。
恐らく、テセウスとハスキはこの会話の意味が判っていない。何故なら、二人はノアとテセウスが同一人物だと知らないからだ。
ノアは、私が名前を付ける前までハスキの付けたテセウスと言う名で生活していた。つまり、今回の名前の変更は私との婚姻でありながら、ハスキとの離婚を表す。
そうとも知らずに、ハスキは笑いを堪えながら言う。
「言ってなかったのかい?」
この流れでノアとテセウスが同一人物だったと言うとは流石にキツイものがある。
「皆がニヤニヤしてた訳だ……」
私は首を振ってそう答えると、表情から悟られない様に顔を手で覆って身を丸めた。
「ノア、頼みがある。私達の旅に同行して貰えないだろうか」
「ちょっとフィオルト」
ハスキがフィオルトの話に割り込むが、彼は話続ける。
「私なりに変異獣について調べ回った。最近になって変異獣が活発化し、今まで例にないテレパシーで意志疎通を取るものもいる。異常事態が起きようとしている、そんな気がするのだ。力を貸して欲しい」
ノアがこうなったのは変異獣に瀕死にされて、その傷口から雪を取り込んだことによる過剰な変異から。
因縁もあるし、トラウマもある。
少し間を開けた後、ノアが訊ねる。
「一応確認だけど、ハスキ達は?」
「問題はないよ」
ノアは私をチラリと見ると、頭を掻いて答えた。
「なら、その頼み受けよう。でも条件がある」
「条件?」
ノアは試験受付のテントを触手で指す。
「俺がキャラバンの試験を行う事は知ってるだろ?それで護衛側が勝ったら、俺はキャラバンに参加することになっている」
なってないが、と言う言葉を喉奥で止める。
別に私達は試験官を受けるだけの筈だ。別にそんな罰ゲームのようなルールは存在しない。
ノアの事だから意図はある筈だ。なので、特に口出しはしない。
「つまり、護衛側として参加しろと?」
「試験受付まで時間がない。列に並んで」
ノアが三人を急かして移動させる。
私は、三人が遠くに行ったのを確認して起き上がった。
「なぁ、さっきの話」
「名前の事?」
「それもそうなんだが、じゃなくて負けたらの話。アレは何だ?」
正直、名前の話題も気にはなる。しかし、取り急ぎ確認すべきは試験に敗北したらの話だ。
「あれね。いや、瓦商会のデモンストレーションに利用されるだけって言うのもアレだと思って、保険をね」
「保険?」
私が聞くと、ノアは頷く。
「もし、俺がこの試験で負けたとする。その時、護衛の人達の評価は確かに上がる。ただ、逆に俺の評価は下がる。となると、今度はこっちが盗賊達に狙われるかもしれない」
「なるほど。負けたらキャラバンに参加ってすれば、そのリスクを減らせるのか」
まぁ、ノアがキャラバンの護衛に参加すると言えば、断ったりはしないだろう。断られそうになったら、キャラバンに参加する事を今回の試験の報酬にすれば良い。
「でも、何か弱気じゃないか?」
「弱気?保険こそ掛けたが、俺は負けるつもりはないよ。正面から切って捨てる気概だ」
その言葉を聞き、わたしはふふんと笑って見せる。
「正面から切って捨てる?真っ向から撃ち砕くの間違いだろ?」
「何で」
ノアが不思議そうな面持ちで私の顔を見た。私は自信満々で答える。
いつもは私の言い間違いで何かとちょっかいを出されるのだ。今ばかりは強気に出たって良いだろう。
「だって、お前の武器弓じゃん!」
「……何だろう。負けた気がする」
私はガッツポーズを取る。
「やりぃ!!」
私達は会話を済ませると、ギョクロに呼ばれていたのを思い出して商会の元に向かう。
そこには、ギョクロに代わって別の変異者、鳥の頭をしたスピンドラが居た。
私達は試験についての説明を改めて確認し、ノアが考えながら口を開く。
「ねぇ、俺って試験官なんだよね」
「ん?そうだけど……」
「受験者落とす資格ある?」
こいつとんでもないことを言ってないかと思うも、スピンドラは特に目立った反応を示さない。
「ん?まぁ……あるよ」
「じゃあさ、この場で選んで良い?合格者」
「え?」
それは流石に不味いんじゃないのか、と思わず私も口を挟む。
「マジで言ってる?」
「俺の目に狂いは無いと思う」
それはそうだろう。この提案をすると言うことは、その自信があるのだ。
「でも発想は狂ってると思う」
「んん?」
「冗談です、冗談ですはい!」
ノアが独特な威圧感を放ち、私の顔を覗き込んだので私は慌てて訂正する。
その端で、スピンドラが今回の瓦商会を指揮している亀のような老人の変異者、ローシに話を振る。
「どうします?ローシ様」
ローシはノアの前まで歩くと手仕草で屈むように指示を送る。ノアは首を下ろしてローシに合わせる。
「目を見せてくれんか?」
ローシはノア頭に手を添えてじっとノアの目を見つめと、ゆっくりと頷いた。
「ウム……許可しよう」
「良いんだ」
私がそう呟く裏で、瓦商会の面々がアレって瞳孔の動きで正常か見る為のものではなかったか。どちらかといえばローシ様は狂ってる側なので、そのローシ様から正常判定を受けた彼は狂ってることにならないのか。そもそも独断で決めちゃいけないのでは。等と言うヒソヒソ声が聞こえる。ちなみに、私も全面的に同意である。
受験者達が集まり、瓦商会の面々が表に出る。
その最中、ノアが弓を取り出すのを見てスピンドラが話し掛ける。
「何をするつもりなんだ?」
「威嚇射撃」
町中で何て言う事をしようとしてるんだ。と言うツッコミをこらえる。
スピンドラは、悩むような仕草をするが、納得した様だった。
「ん~。まぁいいか」
良いんだ。こうなったら多分ノアは止まらない。
商会からの言質も取り、ノアは悠々と歩みだす。
「それじゃ、行ってくる」
「ちゃんと監視役残して下さいよ」
ノアは触手を振って返事をする。
私は、ノアが向かってる先が受験者達とは別の方向だと気付き後を追う。
「さてと……。ここからならバレないかな」
そう言いながら、ノアはおもむろに弓を構える。それも、番えている矢は一本ではなく束だ。
テロリストかな。
「……何をやっていますのん?」
「集中してるから話しかけないで。威嚇射撃の最中なんだ」
「んん~~~~~?」
私は首を傾げる。傾げ過ぎてフクロウの様になってる自覚が私にはある。
ノアは矢の束を数度放つと弓を下ろす。
「よし」
「良くないが?」
テロ未遂がテロ実行に変わっただけだが、ノアには手応えがあるらしい。
「ちゃんとタイミング合わせないといけないから、行くね」
ノアが足早に去っていったので、私は瓦商会のテントに戻り、行く末を見守る。
クワガタのような変異者の商会員、ガルズベイが挨拶を終えると、ノアが会場に舞い降りる。触手を器用に薄く伸ばし、羽の様に羽ばたく。
ノア、そんなことが出来るなんて私は知らんかったよ。
いつの間にか、私と瓦商会の面々は横一列に並び、授業参観の保護者みたいに試験を眺める。
「武器を捨てろ」
ノアが冷たい声色でそう言い放った。
受験者達に向け、並々ならぬプレッシャーを向けているのが安全なここからでも判る。
私があんなところに居たら泡を吹いて倒れそうだ。
「めちゃめちゃ怖いんだが?」
「ですね」
「ワシ、あそこに居たらチビるかもしれん……」
ローシだったか。その意見、めっちゃ判ると思いながら、私は圧迫面接が終わるのを見届けた。
「こんな感じか……。もう楽にして良いよ」
ノアの言葉を聞き、受験者達の気が緩む。完全にお開きの雰囲気だ。
「あれ?そう言えば、威嚇射撃は?」
商会の誰かがそう口にして、私は上空を見上げる。
私は、弾ちゃ~く今。と心のなかで呟く。
瞬間、豪雨のように矢の雨が降り注ぐ。一同が気を抜いた隙の出来事に、受験者達はパニックだ。
普通、一人で矢の雨なんて降らせれる訳がない。仮に連射用の武器、連弩をつかっても、一人でやれるのは空中に一本の線を描けるくらいだ。しかし、ノアは手にした弓以外にも全身の触手で矢を打ち出す事が出来る。
それに、さっき上空に放っていた矢もある。
その光景は弾幕そのもの。こうなったら、反撃の機会なんて無い。
私は呟く。
「ひ、酷い……」
さっき、商会の爺さんがワシがあそこに居たらチビるかもしれないと口にしていた。私はビビって死ぬかもしれん。そう、有名なマンボウみたいに。あ、矢。死ぬ。そう思って絶命する確信がある。
「でも、何人か良い動きしてますね」
ギョクロが呟いた。
確かに、と私は身を乗り出す。
まず、商会に声をかけられていた監視役の連中は、当然のように回避しているか、誰かを盾にしたりとその場の最適解を導き出している。
また、それ以外の受験者達も数人ではあるが、矢を完全に見切ったり、耐え切る姿勢を見せたり、斬り落としたりと攻撃を難なく捌いている。
矢の雨に撃たれる受験者達を見てスピンドラが言う。
「実弾だったら蜂の巣だね」
受験者が次々と脱落する最中、監視役達が動き始める。
まず、最初に行動したのはミロクだった。怯えた様子で周囲を見渡すと、武器を捨てて地面に座り込む。
受験者が少なくなったので、自分は不要と判断したのだろう。演技が上手いこともあり、普通に脱落したように見える。
「ミロク様、武器を捨てて自主的に脱落選びましたね」
「良いんじゃないか?」
次に行動したのはカルゼスだった。
彼は、ミロクが脱落したのを確認すると、それまで容易く避けていた矢に飛弾して倒れる。他の監視役の動きを見て脱落する辺り、相当余裕がありそうに見える。
「カルゼスさんはわざと被弾して脱落っと」
これで、残ったのはピアッソ、ルバガンテ、アルなんちゃらの三人。
「ピアッソ様が残りたそうなので、助力組で残るはルバガンテ様とアルジャロメ様ですね」
「アルジャロメよりカルゼスに残って欲しかったが、まぁ良い……」
アルジャロメと言う名前を聞いた瞬間、嫌な予感がした。そう言えば、彼女をビビらせる様にノアに指示を出したんだった。
まぁ、流石に被弾はさせないだろうし、変な事故は起こらないだろう。
私がそう思った束の間、ノアの放った矢の一つが地面に落ちていた武器で弾み、アルジャロメの眼前を通過する。
予想していなかった出来事だったのか、彼女は咄嗟に顔を庇おうとし、足がもつれて地面に倒れた。しかも、その背後でドミノ倒しの様な事故が起きている。
「「あ……」」
瓦商会の面々が唖然とするなか、私は頭を抱えた。
「あー!しまった!!」
これは、ちょっかい出す様に指示を出した私のせいではなかろうか。監視役が予定よりも少なくなってしまった。何なら、彼女の背後で起きた玉突き事故も想定外っぽい。
私がそう思っていると、瓦商会の人達が言う。
「アルジャロメの後ろで事故起きたが良いのかの?」
「やったか?これ。やったな?」
はい。やってしまいました。監視役とその後ろに居た受験者が事故で失格してしまいました。本当にすみません。
私は心の中で懺悔する。
ノアは毅然とした佇まいで受験者達に告げる。
「武装解除した人と立ってられなかった人は失格で」
私は、取り乱してあんな風に振る舞う事は出来ないんだろうなと考えながら、ノアがこちらに戻ってくるのを眺める。
寧ろあの優雅な姿からして、もしかしてこれは計算の内だったのではとすら思えてくる。しかし、そんな理想はテントに戻ってきたノアの慌てる姿によって打ち砕かれる。
「どうしよう。アルジャロメとその後ろに居た人落としちゃった……」
「事故ったなぁ」
私とノアは同時に肩を落とす。四足獣のノアに対して、肩を落とすと言う表現が正しいかは知らないが、まぁ良いだろう。
ノアは予想以上に堪えた様だ。多分、自信のあった射撃をミスした事が思いの外きたらしい。実際に当たる様なことがなかったのがせめてもの救いだ。
「威嚇のつもりが……」
ため息混じりにノアがそう言うと、スピンドラが首を横に振る。
「いや、個人的にはアレで正解だと思うよ。監視役だからって油断するほうが悪い」
スピンドラの言葉に、ギョクロは頷き同意する。
「確かに、それは一理有りますね。実際、他の方々なら対処できたでしょうし」
違うんだ、と私とノアは心の中で慟哭した。
確かに、身体能力に優れたルバガンテやピアッソ、カルゼスなら対処できたかもしれない。他の皆の言いたいことは判る。監視役という立場に甘えた時点でアウトと言いたいのだろう。
だが、その実態は故意にちょっかいを出したから発生した事故だ。罪悪感が押し寄せてくる。
「あ、謝ってくる」
「私もついてって謝る」
冷や汗を流しながらノアは立ち去り、私はその背に飛び乗った。
アルなんちゃらの一件が事故と判った今、気になるのは試験の方だ。アイツが失格に成る際、後ろに居た受験者を巻き込んで転倒した。
「人数調整の方は?」
私が訊ねると、ノアはしどろもどろに成る。心なしか萎びた様に元気の無い触手を、私は何となく掴んでみる。
「の、残った人達はアレで問題ない……かな?変な人は入れなかったから。残したかった人が二人落ちたのはさておき……」
「駄目じゃねぇか!!
私は、触手を掴むとぺちんと叩きつけた。




