12.ブラックボックス
話し合いを終え、俺とハスキはテントに戻る。
三日間も共に過ごしていたので、てっきり皆結果発表後も談笑でもしていると思っていたが、予想とは裏腹にテントの中に受験者達の姿は既になかった。
居るのは、白い百足の様な姿をした女性の変異者一人だけだ。
彼女は何やら書類をまとめている様子で、テントに入るなり俺達の方を向いた。
「あ、丁度良かったです。本契約の名簿を作っているところで……あれ?フィオルト様は?」
「やめるって」
俺がそう伝えると、彼女は表情を曇らせる。
フィオルトの実力は折り紙付きだ、彼女の反応も無理はない。
「そうですか……。あ、お二人は受けるということで?」
「はい」
百足の変異者は改めて背筋を伸ばして俺達の方を向き直る。
「では改めまして。私はギョクロと申します。後、試験について説明をしていた方は、ガルズベイと申します。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
百足の変異者――ギョクロが頭を下げたので、俺とハスキもお辞儀を返す。
ギョクロは、顔を上げると頬に手を添えてため息を吐いた。仕草から、何処と無くおしとやかな雰囲気がする。この時代では珍しいタイプの女性だ。
「……にしても、フィオルト様で三人目ですね」
「え?」
俺が言葉を溢すと、ギョクロは浮かない表情で語り始める。
「えっとですね。ルバガンテ様は越冬出来る保証がなく、自主的に辞退しています。試験を受けた理由も、最期にノア様と戦いたかったとのことで、これに関しては予め承知しておりました。二人目にガンダス様、試験を受けた理由は、ルバガンテ様と同様にノア様と戦いたかったからだそうです。負けた結果、鍛え直しをしたいとのことで辞退を。それで、フィオルト様で三人目です」
ルバガンテは、以前にノアと戦って敗けた。他の人が護衛の依頼をするために試験を受けたのに対して、ルバガンテはノアと戦うため、つまり試験を受ける為に参加した。
他の人とはそもそも目的が違うので、なんとなく察しは付いていたが、ガンダスまでノアと戦うために参加しているとは思わなかった。
「ちょっと不味そう?」
「奇しくも試験中に壁役を務めた三人が抜ける形ですので……」
「バランスが悪いと」
ルバガンテ、ガンダス、フィオルトの三人は、耐久力に優れた面子であり、変異獣と真向勝負が出来る貴重な人材だ。それが、綺麗に全員護衛を降りてしまった訳だ。
ギョクロが付け加えるように言う。
「それに、ユー様とザスティー様は参加表明しておりません。ザスティー様は参加する予定だったらしいのですが、急用が入り間に合うかどうか怪しいと。ユー様はルバガンテ様と同様の理由で参加したらしく、その後はサッパリで」
「そうか、ガンダス、ルバガンテに続いてユーが辞めると近距離戦が出来る人が居ないのか」
正確にはモリアも近接戦が出来る筈だが、彼は自己紹介の時の口振りからして万能型。近接専門のユーやルバガンテ程の戦闘力は望めない。
それに、彼は身体を痛めている。今から治ったとて病み上がり、そんな人物一人に前衛を任せる訳にも行かないだろう。
「それに、索敵力も低下しています。フィオルト様とザスティー様は索敵と戦闘を両立出来る人でしたので」
ギョクロの言葉に、俺は頷いた。
残る索敵が出来そうな人はルファン。それと、ピアッソとアルソードのサイボーグ二人がどれだけ出来るかによる。
俺は改めて残っているメンバーを確認する。
「参加が確定してるのは、俺、ハスキ、ルファン、ピアッソ、アルソード、モリア、カトウの七人?」
ギョクロは頷く。
七人。人数的には悪くなさそうだが、あの大蛇を見た後だと戦力として万全かは怪しい。
昔見た、大怪獣の様な変異獣が今は実際に居る時代だ。変異獣に見つかりにくい単独行動ならいざ知らず、見つかりやすい護衛としては戦力面が怪しい。
「最近の事を考えるともう少し欲しいんですよね。北東のコロニーも駄目になったって聞きましたし」
「北東のコロニー?」
俺は思わず聞き返していた。
正確な方角こそ覚えていないが、俺がここに来た方角は東側の筈だ。
「ほら、北東に森があるじゃないですか?その向こうに一つ大きめのコロニーがあったんですよ。元は採掘場でしたか?岩壁に鉄のシェルターがある頑丈なのが」
「それって……」
森というのは、リンオウと言う変異者が居た場所の事だろう。それに、岩壁に埋め込まれた様なコロニーは、確かに記憶にある。
恐らく、ハスキと出会う前に交流のあった場所なのだろうが、記憶が曖昧な時期のものであるため、詳しく何があったのかまでは思い出せない。
「あそこ、変異獣の群れに襲われて壊滅したらしいんです。そう言えば……ノア様が来た方角でしたね」
ギョクロが記憶を探るようにしながらそう言った。
なら、俺がお世話になっていたコロニーで間違い無さそうだ。そのコロニーが今は壊滅してしまった。
変異者コロニーの住民達は永久の都と戦闘をする為、外部に人員を使う余裕は無かっただろうし、永久の都側も外部のコロニーと連絡を取っていた話を聞かない。
となると、情報のタイミングからして、情報源はグリフォだろう。
俺は、お世話になったであろうコロニーの事を他人事の様に考える自分自身に嫌気が差した。
ハスキが俺の顔を覗き込む。
「心当たりでもあるのかい?」
「お世話になった所だと思う」
そのコロニーまで引き返すつもりはないが、何があったのかは気になるところだ。
そんな事を考えていると、ギョクロが話し始める。
「この際言ってしまうと、ザスティー様に入った用事と言うのは、そのコロニーに生存者がいるかどうかの捜索なので、言ってしまえばそちらの方が……」
「優先度は高いし、早く終わる仕事でもないか」
生存者捜索には索敵能力持ちが確かに欲しい。そのため、彼は捜索部隊に引き抜かれた。
考えながらハスキがギョクロに聞く。
「試験官は?」
「はい?」
「ルバガンテやピアッソと共に紛れる予定だった試験官は雇えないのかい?」
そう言えば、予選落ちした試験官が居た筈だ。ルバガンテが参加を辞退した理由が越冬困難というのなら、他の試験官達はどうなのだろうか。
ルバガンテと同等の戦闘員になり得るのなら、仲間に欲しい。
しかし、ギョクロは首を横に振った。
「ザスティー様と同じ理由で……」
「あぁ……」
ハスキは思わず苦笑した。
潜入予定の試験官は、商会が一度声を掛けた人物だ。本来なら仕事がそれなりに出来るのだろう。
実際に試験に参加した受験者に扮した試験官は、ピアッソとルバガンテ。その二人とも、受験者の中でも上位の戦闘力を持つ。本来参加予定だった試験官も、それに近い戦闘力なら引き抜かれて当然だ。
俺は、ここまでの情報を整理してあることに気が付き、あっと呟く。
「どうかしたのかい?」
「何か会話に違和感あると思ったら、変異者の名前しか出てないからだ」
これまでの会話は、殆どが変異者に関して。つまり、クローンである永久の都の戦闘員に関しては話が全く出ていない。
クローンで試験に参加したのもカトウだけだ。
元々、変異者達と永久の都は敵対関係にあった。カトウが変異者相手でも普通に接していたので頭から抜けていたが、クローンの皆が皆、変異者に関わりに来るとは思えない。
「永久の都にいた人達って言ってしまえば鎖国状態だったので、情報が無いんですよ。だから、腕が立つ人の情報が本当に無くて、呼び掛けが出来なかったんです」
ギョクロがそう応えると、ハスキはデバイスを取り出す。
「……試してみるかな」
「心当たりがあるんですか?」
ギョクロの言葉に頷きながら、ハスキは通信を入れる。ハスキは、永久の都で一時的に過ごしていた。
その時の情報は共有して貰った。ハスキと共に過ごしていたのは、キリシマ・フォーと言う名前の男だった筈だ。
「突然すまないキリシマ。君、腕の立つクローンを知らないかい?」
ハスキが通話すると、ギョクロが彼女の元に歩み寄る。
「あの、スピーカーモードに替えてくれますか?」
「あ、ちょっと待って。えっと……」
ギョクロの指示に従いハスキがデバイスを操作すると、そこから男の声が響き渡った。
「これで良いかい?」
「オーケーです」
ギョクロが返事をすると、声の主キリシマが話を切り出す。
「で、まぁもう一度言うと、仕事の内容によるからそっちを教えて欲しい」
「キャラバンの護衛人数が足りないんです。出来ればですが……前衛が出来れば良いのですが……」
「前衛?クローンに前衛ね」
キリシマは訝しげな声色で口にした。
変異者とクローン、前衛には耐久力が求められる。適しているのは、誰がどう考えても変異者の方だ。だからこそ、変異者からそんな要望が出るとは思わなかったのだろう。
確かに、ユーの様に人間と何ら変わらない姿をした変異者は居る。が、筋肉や骨の密度、肉体構造が変異していない人間と同じかまでは判らない。
産まれた時に戦闘技術を習得しているクローンですら、俺やカトウの様に中距離より後ろで戦っていることを考えると、やはり身体能力が変異者より低いクローンでは前衛が出来る人は限られるのだろう。
「居ないですか……?」
「結論から言うと居る。ただ、面識がない」
「名前は?それさえ確認出来れば、こちらで探しますよ」
数度デバイスがタッチされる音の後、キリシマは応える。
「ニノマエ・ワンだな」
「え……もしかして、戦闘員なのに一番のまま何ですか?」
一瞬、なんの話をしているのか判らなかったが、すぐにクローンの名前について思い出した。
永久の都のクローンは、名前の最後に番号が付いていて、その番号がそのまま何体目のクローンかを表している。
例えば、共に試験を受けたカトウ・エイトは八体目の個体であり、七回死亡している。今、ハスキが連絡しているのはキリシマ・フォー、四体目の個体で三回死亡。
一度も死んだことの無い戦闘員のクローンとは、会ったことがない。
「そう言うことだ。クローンの戦闘員で唯一一度も死んだ事がない」
キリシマの言葉を聞き、ギョクロは小さく呟く。
「カトウさんやテセウスさんの事を考えると欲しいですね」
クローン同士の連携、及び息の合い方は既に確認済みだ。なので、飛び入りでもクローン同士ならコミュニケーションエラーの類いは起きにくい。
「判った。位置情報を送る」
俺達は顔を見合わせた。
面識がないといっていたのだから、てっきり何処に居るかも判らないのかと思ったからだ。
それは、他の二人も同じ考えだったようだ。
「判るんですか?」
「ほら、終戦後にクローンのチップ抜いてただろ?あれに参加してないからチップ残ってるんだ」
クローンにはマスターが管理するためにチップが埋め込まれていた。そのチップを通し、マスターはクローン達に指示を出し、言ってしまえば奴隷の様に扱っていた。
今現在は、そのチップを使いクローンを操る設備は破壊されたが、それを再現しようとする人が生まれ無いとも限らない。俺達が使っているデバイスで簡単に操作される日が来るかもしれないのだ。
そのため、万が一に備えクローン達は自分からチップの摘出を申し出てきて、結果殆どのクローンがチップを抜いた。
チップに関しては、寧ろ摘出しない選択を取る意味が判らない。変異者が信用出来なくても、今は医療に精通しているクローンに頼めば、仲間内で処理出来るからだ。
「どうして?」
「知らん」
それから、俺達はキリシマからニノマエの住所を教わり、期待と不安を胸に彼に出会う事に決めた。
・・・
指定された住所は、永久の都内にある居住区の中でも寂れた場所だった。プレハブ小屋の様な建物がジェンガの様に並んでいる。
キリシマから聞いたのは、他の小屋より一回り大きく、真新しい物だった。
周りに似たような建物があると言うこともあり、俺達は三人でしっかり確認すると、ギョクロが扉をノックした。
「失礼します。ニノマエ様は居ますか?」
それから程なくして、扉が開け放たれる。
現れたのは長身の男だった。ブカブカの衣服を纏っているため肉付きは見えないが、袖から覗く腕からして細身だと判る。
チップの摘出をしていないと聞いていたが、クローンである事を示す頬のナンバリングは消してあった。
「そうだが、仕事の依頼か?」
「キャラバンの護衛を頼みに来ました」
長身の男――ニノマエは口元に手を当てて考え込み、自分の中で結論を出した様で小さく頷いた。
「どうぞ」
ニノマエが招き入れる。扉を潜り俺は眉を潜めた。
部屋中に薬品の匂いが充満している。一個人の部屋で、病院に並ぶほど薬の香りに満ちるなんて事があるのだろうか。
ニノマエは俺達が中に入ると扉を閉めた。
「キャラバン……行き先は?何処だ?」
ニノマエは、妙に威圧感のある男だった。
彼が武器を携帯している気配はない。対して、俺とハスキはギョクロの護衛も兼ねてここに居る都合、武器を所持している。だと言うのに、勝てる確信が持てない。
理由は判る。彼が俺達の事を危険視していないからだ。
自分の家に武器を所持した人が来れば、ちょっと待ったと成るのが普通だ。それは、来客が初見の人だろうと知り合いだろうと変わらない。しかし、ニコットは俺もハスキも、武器すら一切見ない。
それは、彼自身が勝てると言う確信が有ることの現れに見えた。
「西にある大型のコロニーです。名前は『パライソ』や『エデン』等複数あります」
コロニーの名前は初めて聞いた。
名前が複数有るのは、大方語り継いでいる内に変わったか、話が独り歩きして皆好き好きな名前で呼んだからだろう。
ニノマエは、納得した様に頷く。
「なら、丁度良いかな」
「と言いますと?」
「おいで、ニコット」
ニノマエがそう呼び掛け手招きすると、部屋の奥からノシノシと足跡が聞こえた。
何の気なしに眺めていた俺は、思わず絶句する。
伝説やなんかにはケンタウロスやミノタウロス、ラミアの様な半人半獣の生き物が登場する。
彼女は正にそうだった。
可愛らしい少女の上半身。そして、それを支えるのは獅子を思わせる四足獣の下半身。上半身と下半身には巨大な翼が生えている。
これだけなら、変異者にも思える。しかし、全身に残る施術跡が嫌なものを想起させる。
マスターは、異形兵と呼ばれる兵士を作っていた。その材料は変異体だ。変異体同士を掛け合わせ、一体の強力な兵士を彼は秘密裏に作っていた。そこに、元人間か否かは関係ない。
であるならば、彼が人間扱いしていなかったクローンの変異体を施術により結合させる事を考えても不思議はない訳だ。
「うぁが?」
ニコットと呼ばれた少女は拙く口を動かして声を発した。人間の言葉ではない。かといって、変異獣の鳴き声とも違う。
彼女は無垢な視線を俺達に向けた後、ニノマエに頭を擦り付ける。それに対してニノマエは、俺達を気にしながらも少女の頭を撫でた。
「彼女は?」
ギョクロが落ち着いた口調で質問した。
俺達は平静を保てなさそうだったので、取りあえずの会話は彼女に任せる。
「マスターに改造された子だ」
「もしかして、異形兵ですか?」
「先日の騒動で脱走したところを保護した。何となく、マスターのやろうとしてたことは判る。異形兵はクローンに比べて連携力がないから、そこを補う為に物理的にクローンを植え付けたんだろうよ。人の身体を植え付けとけば人の武装も使えるし」
大方、彼女が生まれた切っ掛けはニノマエの予測通りな気がする。
本来、意志疎通の取れない獣を兵士として活用するより、元から意志疎通が取れるクローンを主体に兵士を作る方が事故は少ないだろう。
だが、彼女の様なクローン主体の異形兵を見なかった事から察するに、上手くは行かなかったらしい。
実際、彼女は言葉を失っている。
予測だが、異形兵の身体を人間の脳で制御するのが困難だったので、補助の脳として変異体の脳を活用した。その結果、変異体の方の意識が主導権を握ったか、精神が汚染されてこうなったとかだろう。
「うがらしーぷ!うがら!」
「そうだな。お話が済んだらな」
ニノマエがはしゃぐニコットを軽くあしらうと、彼女は不服そうにじっとニノマエを見つめる。
「がうわぁ……」
「ごめんて」
微笑ましい光景だと思っていたのもつかの間、ギョクロが疑問を投げ掛ける。
「話が通じてるんですか?」
言われてみれば、確かにそうだ。
ニコットは顔が人間と同じなので表情は確かに判りやすいのだが、発言の内容や意図までは判らない。しかし、二人はなに不自由なく意志疎通出来ている。
「不思議か?」
ニノマエの問いに、俺達は同時に頷いた。
「はい」
ニノマエは、やれやれと言った具合に頭を掻くと、自信が無いのか悩ましい表情を浮かべた。
「俺にも確証はないけど、多分チップだと思う。ニコットも半分はクローン、彼女はチップ取ってない。だから、チップを通じて感情が伝わってくる……様な気がする」
二人に共通点がチップなら、ニノマエの考えも判る。
マスターがクローンに取り付けたチップで指示を出せるなら、チップを通しての意志疎通も判らなくはない。
しかし、実際問題チップに複雑な感情を伝える機能まで備わっているのだろうか。
摘出されたチップは、もしかしたらクローンの日常生活まで記録されているかもしれないと噂され、殆どが廃棄されたと聞く。
今現存するのは、ニノマエとニコットのチップくらいだ。なので、その機能を調べるには、二人の物を摘出する必要がある。
ニノマエがチップを摘出しないのは、それによってニコットと意志疎通が取れなくなるのを危惧してなのだろう。
「依頼の話、この子も護衛対象に組み込めないか?」
「可能です」
即答だった。迷う仕草や様子は一切無い。
そんなギョクロの反応を見て、ニノマエは微笑んだ。
「なら、その依頼喜んで受けよう」
・・・
あの後、ニノマエが身支度を済ませるのに時間が少し掛かるらしく、一旦別れて今の内に俺達はキャラバンに使用する砂上艇に向かうこととなった。
「これがキャラバンに使う船?」
雪原の中、視界に映るそれは一軒家を丸々中に収めれそうな程巨大な純白の船だった。永久の都同様、異星人の物を転用しているのだろう。
ギョクロは誇らしげに言う。
「えぇ。立派なものでしょう?」
「大きくて驚きました」
「大きい……?」
ハスキは一人首を傾げていた。
俺は思わず口を手で覆う。
異星人の姫である彼女からすれば、この船は大したことない大きさなのだろう。彼女の珍しいミスだ。
「ハスキさん?」
「あ、いや……立派な船だね」
ハスキの言葉に、ギョクロは納得していないのだろう。浮かない顔で案内する。
「さぁ、どうぞ中に」
俺とハスキはギョクロに促されるまま、砂上艇に乗船した。
雪が中に侵入するのを防ぐ為にか、ドアは二重に成っている。商会という都合、家具や機材を搬入出来る為か通路は広い。
幾つか解放された状態の部屋があり、そう言った部屋は物資がところ狭しと敷き詰められていた。
通路を進むと広間らしきスペースに、商会員達やピアッソを初めとした護衛が入り乱れている。
なんだか、忙しない雰囲気だ。
「あら、皆さんどうしたのですか?」
ギョクロが聞くとクワガタの様な変異者――ガルズベイが答える。
「丁度良かった。荷物をまとめてくれ」
「それはどういう……」
「今夜出発する」
余りにも急な話に、ギョクロは驚く。
「何があったんですか?」
「例の情報筋から入った話だが、近い内に変異獣達が攻めてくる。早い段階で行動しないと、パニックになった住民に砂上艇目当てで襲われかねない」
例の情報筋というのは、グリフォの事だろう。
それは確かに避けたい状況だった。
砂上艇は貴重な移動手段だ。狙われる危険性は十分に有るし、襲ってくるのがここのコロニーの住民となると、下手をすると躊躇して撃てないかもしれない。
そして、砂上艇を強奪され、変異獣に襲われる中徒歩で逃げる。余りにも絶望的な光景だ。
「変異獣の群れならリュウゲン様が……」
ギョクロの言葉をガルズベイが否定する。
「群れではない。恐らく、軍隊に近い組織力だ。それも、今回の試験で現れた大蛇の様な……いや、それ以上の個体を複数含む」
彼の言葉に頷きながら、カラス頭の商会員が補足する。
「それに言ってしまえば、ここ一帯はリュウゲン様のワンマンでどうにかしてる。守れる範囲には限度がある。二つのコロニーを同時には守れない」
確かに、この辺りでリュウゲンに並ぶ存在は知らない。強いて名前を出すならノアくらいだが、ここの住民ではない。
リュウゲン一人では、永久の都と変異者コロニーのどちらか一方しか守れない。となると、もう一方は割り切るしかない。まるでトロッコ問題だ。
「じゃあ、ここの住民は?」
「これは我々が考える事ではない」
俺の口にした質問は、ガルズベイにキッパリと切り捨てられる。
あくまで瓦商会は商会、レスキュー隊でも慈善団体でもない。そんなことは判っている。
とは言え、この船は定員オーバーではない。少なくとも、四人か五人乗員が増えたとて問題は無さそうに見える。
実際にキャラバンを経験した事の無い俺だから、そんな甘い考えが浮かぶのかもしれない。だが、例えばキラーのように関わりあいのある人なら。
そんな事を考えていると、ガルズベイが俺の肩を叩いた。
「もう一度言う。出発は今夜、荷物をまとめてくれ」
割り切れ、そう言った意味を彼の言葉を含んでいる。
ニノマエとニコットの二人は、あくまで商会員であるギョクロの判断であり、戦力が足りないと言う都合での増員だ。
どちらにせよ、俺には乗員を増やす権限はない。
俺は、やむを得ず自分の荷物を運ぶことにした。
一度部屋に戻り、荷物をまとめて船に戻る。元々荷物なんてあってない様な物で、バッグに十分入った。
船に荷物を下ろしながら、俺は変異者コロニーで借りていた部屋の光景を思い出した。俺達が荷物をまとめると、部屋はスッキリしていた。フィオルトの荷物が無かったからだ。
「フィオルト大丈夫かな?」
「判らない……。ノアと一緒なら問題はないと思うけど」
確かに、ノアとフィオルトの二人だけで並大抵の相手なら難なく対処できるだろう。ただ、それはあくまで戦力面での話だ。
ノアの体躯上、乗れる車両には限りがある。そんな大型の車両を、数日前に来た彼が所持しているとは思えない。車両を持っていないのなら、一日の移動距離や持ち運べる荷物にも限度がある。
物資を漁りながらの移動して、変異獣達から逃げるなんて出きる筈もない。
そんな事を考えていると、不意に誰かに頭を小突かれた。
振り向くと、そこにはピアッソが呆れて立っていた。
「こんな時に他のヤツの心配か?余裕あるな」
彼はそう言いながら荷物を置いた。
不服ながら、彼の言う通りだ。
フィオルトの心配が出来る程余裕な状況とはとても言い難い。試験時、俺は大蛇を目の前にした時に受験者達だけでは勝てないと考えた。
今の戦力は試験中より低いのだ。つまり、大型の変異獣一体より俺達の戦力は低い。
対して、ノアはその変異獣を単独で倒した人物であり、フィオルトも受験者では一二を争う実力者。俺はヴィヴィの実力を知らないが、二人だけでも戦力過多と言っても差し支えは無く、寧ろ半分欲しいくらいだ。
そうこうしていると、ガツンと砂上艇が金属音を鳴らす。
何か重いもので叩かれたのかと思ったが、規則的なリズムと音源の移動から誰かの足音だと気が付いた。
その足音は、フィオルトのものに似ている。
「誰だ?」
そう口にし、疲れた様に頭を掻きながらカラス頭の商会員がドアを開け、物珍しそうに外の光景を見つめていた。それにつられ、俺も外に目をやった。
一瞬、外にいるのがフィオルトと錯覚したが、すぐに別人だと理解する。
装備は明らか異星人のスーツその物だが、フィオルトに比べると劣化が激しく、表面には汚れか錆びか、はたまた苔かも判らない模様が浮かんでいる。
「ウォーマか?」
商会員の言葉で、俺はハスキが出会った異星人の事を思い出した。名前からして彼がその異星人なのだろう。
異星人――ウォーマは砂上艇に入るでもなく、ドアから身を乗り出しながら言う。
「スピンドラか、届け物があって来た。テセウスは?」
不意の事で、俺は自分の名前が呼ばれたと思わなかった。が、商会員――スピンドラが俺を見て、自分の事だと理解する。
「俺ならここに」
軽く手を上げながら歩み寄ると、ウォーマは紙袋を取り出す。
「これを」
何故俺なのかと思いながら、俺は差し出された紙袋を受け取る。その時、紙袋越しに伝わる感触に覚えがあり、思わずその場で中身を見る。
それは白い本体に青く光るラインが入った金属のブレスレット。俺の失くした生命維持装置だった。
「何処でこれを?」
俺の質問にウォーマは答えず、踵を返す。そして、こちらを一瞥することもなく立ち去りながら言う。
「確かに渡した」
俺は、彼が視線から消えるのを黙って見送った。困惑と動揺から、何と声をかければ良いのか判らなかったからだ。
ウォーマが完全に消えると、いつの間にか隣に居たハスキが生命維持装置を俺の手から抜き取る。
「また私が付けるかい?」
「折角なら、お願いしようかな」
俺は、右腕を彼女に差し出す。すると、彼女は生命維持装置を腕に通す。
ふと疑問に思った。そう言えば、俺が一度死ぬ直前、生命維持装置が赤く点滅していた気がする。
対して、今の生命維持装置は青い線が点灯している。もし、生命維持装置の点滅が期限切れの合図なのであれば、何故今の生命維持装置は青く光っているのだろうか。いや、そもそも前まで青く光っていたのだろうか。
そんなことを考えていると、荷物運びを続けていたピアッソが通り抜ける。
「後ろ失礼」
ピアッソに背中を押され、俺は前に一歩出そうになるのを必死に堪える。
勢いでハスキごと倒れそうになるのを、俺は壁に左腕を突き出して回避する。その時だった。
「イッ……!」
右手首を貫通する、ある種なつかしい痛みが走る。
ピアッソが倒れそうになる俺の肩を引きよせ、姿勢を正すが、俺とハスキはそんなことなど気にせず生命維持装置を見詰めた。
「何だそれ?メンヘラアクセサリーか?」
ピアッソは奇妙な物でも見た様な声色でそう言い残して立ち去る。
俺は、右腕の感覚を確認する。右腕は正常に動く、何ら問題はない。
奇妙な点は、装着時の痛みが消えないところ。以前、装着した時は、自然と痛みが引いていった筈だ。
ハスキが生命維持装置の輪郭をなぞりながら言う。
「何で機能してるの?」
「判んない。でも、体調が安定したりする感じはしない」
右腕の痛みがすぐに引かないが、生命維持装置は機能している。つまり、用途が変わっている。
気になるのは、ウォーマと言う異星人。
生命維持装置は異星人の生み出した装備。直近で手にしていたのは、その異星人だ。
疑うには十分な要素。しかし、装備しているのがデメリットかどうか判らないので、怒って良いのか喜んで良いのかすら判らない。
ハスキが不安そうな視線を俺に向ける。
「これ、そもそも何が機能してるんだい……?」
俺とハスキはじっと生命維持装置を見詰めた。いや、生命維持機能がないのだから、その名前で呼ぶのは正しく無さそうだ。
ただ、気になった事がある。ハスキがこの腕輪を指でなぞった時、何だかくすぐったい気がしたのだ。
それは、まるでこの腕輪と神経で繋がっている様な感覚だった。
第2章――あくる日の戦士達――終幕




