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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界2章∶あくる日の戦士達
29/35

11.ある騎士の独白

 俺は、リュウゲンに保護される様に変異者コロニーに帰還した。

 とはいえ、グリフォの一件に関しては他言無用であり、関係者以外は踏み入るべきではないとのことで、俺が関わることは禁じられた。

 気にはなったが、変に巻き込まれる方が嫌だったので余り不服ではない。

 その後、一連の流れで仕事が無くなったので、結果発表まで適当に時間を潰す事になる。病み上がりなので、空いた時間を体調の確認と軽い運動に使う。

 特段、試験中の負傷で動きが鈍っていたり、筋肉痛が発生するなんて事はなかった。筋肉痛に関しては、クローンだから起こらないのでは、とも思ったが深くは考えない。

 そして、結果発表の時間になると俺は試験運営用のテントに足を運ぶ。

 テントに入るなり、見知った声が耳に届いた。


「あ、テセウス!」


 ハスキだ。すぐに近くにはフィオルトも居る。彼女と別れてから大体丸一日程、フィオルトとは試験中別部隊だったので丸三日程だろうか。

 体感的に久しぶりに出会ったような感覚に襲われ、俺とハスキは互いに駆け寄る。


「ごめん、直ぐに脱落して」

「いや、無理に範囲を広げようとした私の判断ミスだ」


 ハスキは申し訳なさそうに表情を歪ませる。きっと、俺も同じ表情を浮かべているのだろう。

 近くに他の受験者達が居たので、グリフォの話はこの場では共有せずに他愛のない会話で時間を潰す。

 それから間もなく続々と人が集まり、モリアを除いて試験に参加した全員が揃うと、試験説明の時に現れたクワガタの様な変異者ともう一人、白い百足の様な変異者が姿を現した。


「まずは一言、試験お疲れ様」


 クワガタの変異者が毅然とした姿勢でそう言うと、舌の根も乾かぬうちに頭を下げる。


「そして、本題に入る前に、君達に謝らねばならぬ事がある。此度は巻き込んですまなかった」

「え?」


 事態が理解できず、俺は辺りの様子を伺った。見てみると、俺と同様に状況が判っていない人が大半の様で、動揺していないのはピアッソやルバガンテと言った運営側の人を除くとルファンとフィオルトの二人だけだ。

 二人は見当が付いているのだろう。

 クワガタの変異者は話を続ける。


「また、試験内容に偽りがあった事もここで謝罪しよう」

「どういうこと?」


 カトウが疑問を口にする。すると、それに答える形でルファンが口を開いた。


「俺達が仮試験だと思っていたのが本試験だった……とか?」


 彼の言っている事は意味が判らなかった。

 仮試験……つまり、最初に受験者を集め、ノアが矢を放った時の事だ。記憶が確かなら、八十人近く居た受験者が一気にふるい落とされ、十二人になった。

 合格の仕方は、ノアの矢を避ける者、仲間を守りながら耐え抜く者、信頼できる仲間に任せる者、他人を利用する者、と言った具合で千差万別。

 だからこそ判らない。

 これはキャラバンの護衛が出来るかの試験。攻撃を一人で躱したり、仲間を守りながら耐える者が合格になるのは判る。が、仲間や他人を利用する人まで合格させて良いか、と聞かれれば微妙な所だ。


「流石は慧眼だ」


 クワガタの変異者が拍手を送る。それを見て、カトウは手を小さく上げた。


「あの、気が付いて無い人に説明を……」

「今回の試験は、最初の段階にノアが合格と判断した時点でほぼ完了している。後に続く三日間の防衛戦に関しては、我々が命を預ける事が出来そうかの最終確認であり、そもそも成功をさせる想定はしていない」


 俗に言う敗けイベントだったのかと思い、ドッと気が抜ける。他の受験者達の殆どが同じ様な反応だ。

 俺とユーは疲労していた筈のノアと二人係で戦い、その展開は一方的なものだった。万全なら、誰一人彼を止められないのだから、当然と言えば当然だ。

 一同がくたびれる中、ハスキが質問する。


「何で三日も?」

「それに関してはノアの要望だ」


 ノアと三日、この言葉の組み合わせには既視感があった。


「あ、そういえばノアが三日戦えるかどうかみたいな話が……」

「あった気がする」


 ノアは武葬を用いた戦闘スタイルを取っていた。それは彼本来の戦い方というより、身体に負担が掛からない為の新しい形らしい。

 瓦商会側は長期間の戦闘、ストレスで受験者がどうなるか確認する為に。ノアは自分の新しい戦い方を模索するために利害が一致したのだろう。

 となると、気になるのはピアッソの動きだ。

 彼は、瓦商会の指示によりイベントを起こしている。ルバガンテはピアッソに対してやり過ぎたと言っていたが、事後処理が思いの外スムーズなのを考慮すると、彼の独断専行とは思えない。


「変異獣の騒動に関しては?」


 俺が質問すると、途端に瓦商会の二人の動きが辿々《たどたど》しくなる。


「それは……」

「リュウゲン様とローシ様に行き違いがあったと言いますか……」

「はい?」


 ローシと言うのは、確か瓦商会で今回の商隊を仕切っている人だった筈だ。対して、リュウゲンは事実上変異者コロニーの長。

 この二人の名前が並んだとき、何だが嫌な予感がした。

 確か、今回の護衛試験の受付が永久の都で行われたのは、ローシと言う人物の気紛れだった筈だ。

 クワガタの変異者に代わり、百足の変異者が答える。


「まず、あの大蛇の存在は私達やリュウゲン様も知っておりまして、対応に困っていたそうです。リュウゲン様が本格的に戦うと、周囲にも被害が出ますので。それで、その時に現れたのが……」

「ノアだったと」


 この話は、ルバガンテも知らない事らしく会話に混ざってくる。

 ピアッソは、落ちを知っているからか気楽な態度だ。


「はい。私達はノア様に試験の依頼をしたのです。で、後日コロニー側が大蛇の討伐を依頼したところ、旅に出る予定を組んでいるので先約を優先したいと」


 つまり、ノアは旅に出る都合、依頼を一つしか受けれなかったのだ。そして、最初に試験の依頼を受けたので、大蛇討伐の依頼を蹴った。

 そう言う判断なら、ノアの言い分には筋が通っている。

 それに、ノアは直接リュウゲンと戦った人物なので、大蛇に関してはリュウゲンさえ居れば大丈夫そうと思ったのだろう。


「それで?」

「そうしたら、リュウゲン様が二つ同時に出来たらなぁと呟いておりまして……」

「ほう?」


 何だろう。一気に雲行きが怪しくなってきた。

 彼女の話からして、リュウゲンは自分が戦う事を避けたいのだろう。理由はさっき聞いたとおりで、周囲を巻き込まない為に。

 問題は、それを聞いた瓦商会の人がどう言う意味で認識するのか。


「まぁ、冗談というか、軽いぼやきだろうと思ったのですが、ローシ様が一言『やれ』と。それも、私達が見ていないところでピアッソ様に……」


 ピアッソが鼻で笑う。恐らく確信犯なのだろう。


「で、あぁなったと」

「ただただ巻き込まれたノアが不憫なんだが……」


 シンプルに巻き込まれただけのこっちも普通に不憫である。何なら俺達が大蛇に襲われた場合、普通に死んでいただろう。


「ですので、ノア様には後日しっかり謝罪致しました」

「そう言えば、ローシ様は?」


 ユーが聞くと、百足の変異者は首を横に振った。


「それが、リュウゲン様に呼ばれたらしく……」


 事の発端の張本人が居ないのはどうなっているんだ、と思ったが直ぐに思い当たる出来事があり、俺は匂わせる程度に質問する。


「もしかして、あの来客の話?」

「あぁ、テセウス様は確か知ってる方でしたね。そうです。ローシ様は人の良し悪しが見抜ける方なので、どうしても立ち会わせたいと」


 瓦商会は様々な地域に足を運ぶと聞く、グリフォとの話し合いに参加すれば、判ることは確かに多そうだ。

 グリフォがいつまで居るのか判らない以上、優先度が高くなるのは理解できる。


「前置きはこれぐらいにして、動きの添削に入ろう」


 クワガタの変異者がそう切り出すと、蛇の変異者が頷く。


「そうですね。では、名前を呼んだ方から別テントにどうぞ」


 彼女はそう言いながら、近くにある別のテントを指し示した。てっきり、この場で全員まとめて添削を行うと思っていただけに意外だった。

 

「密談形式?」

「はい。添削としてアドバイスを伝える際に例えば『いや、そのアドバイスは正しいけど、実は私日の光が苦手で』と、自分の弱点について話さないといけない場合がありますので」


 その理由はもっともだ。

 例えば、俺がサイボーグだったり、あるいは一定以上持続して力を発揮できない様な変異者だったとする。その時、君ならこのシーンに力を出せたんじゃ無いのかと言われ、弱点の都合無理だったと説明する。密談形式でない場合、これが不特定多数に広まってしまう訳だ。

 今回は全員が合格しているのでまだ良いが、場合によっては不合格者が合格者に対して悪さをする事だって考えられる。


「なるほど」


 俺が納得したのを確信し、他に質問がないか見回すと動きの添削密談が始まる。

 

「では、アルソード様から」

「まぁ、そうなるよな」 


 真っ先に百足の変異者に案内されるのを予感していたのか、アルソードは頭を搔きながら進む。

 あいうえお順かアルファベット順かと思っていたが、ルバガンテが俺を見るなり添削密談用のテントを顎で差し、次はお前だから準備しろと促して来たので、脱落順だと気が付いた。

 この添削が終われば、ハスキやフィオルトと三人で久し振りに話が出来と思い、前もって話し掛ける事にした。

 

「フィオルトちょっと良い?」

「何だ?」

「ノアから話は聞いた。だから、フィオルトと話がしたい」


 俺がそう言うと、フィオルトは内容を察したのかそれ以上何も言わなかった。内容的に言えないの方が正しいのだろう。特に人前では。

 次に、俺はハスキの方を向く。

 

「ハスキもお願い」

「二人の話なら邪魔はしないけど……」

「いや、多分……三人共に関わる話だから」


 俺がそう口にしたタイミングで隣のテントからアルソードが退出し、蛇の変異者が顔を覗かせた。

 自然と俺の口は止まり、思わず身構えてしまう。

 

「テセウス様、どうぞ」


 案内された俺は続きは後で、と二人に言い添えて添削密談用のテントに足を運んだ。

 

「失礼します」


 テントには小型の映写機があり、テントの壁面に映像を写し出している。まるで、ちょっとした映画館だが、状況的に胸が高鳴ったりはしない。

 入室のタイミングで互いに軽く会釈すると、クワガタの変異者は映像に視線を移して言う。

 

「早速本題に入ろう」


 俺は蛇の変異者に導かれるままテント中央のパイプ椅子に座り、百足の変異者はそれを確認するとリモコンを取り出して映像を操作する。

 

「最初の廃墟の件は良し、次に……ここですね」


 試験開始から映像は早送りされ、映し出されたのは廃墟から撤退した後、デブリ地帯でタレットを設置した辺りだ。

 映像では、俺とハスキは蛇の洞窟の方向を見た後に別行動を開始している。

 このシーンは、ピアッソ達が蛇の洞窟に仕掛けをしたことに気が付き、ハスキを伝令に送り出した時のものだ。

 

「デブリ地帯で単独行動をした場面だ。ここ、単独行動にした理由はあるか?」

「チャフで通信が効かないので、直接足で伝えに行って貰いました。廃墟に干渉できなくなった手前、二つ目の狙撃地点を手放す訳にいかなくて。それにこの位置なら伝令に送り出したハスキと蛇の洞窟の両方を見張る事が出来るから」


 俺は当時の考えを思い出せる限り口にした。

 あの時、ピアッソ達が蛇の洞窟に仕掛けを発見し、一旦状況を全体に共有する必要があると考えた。

 なので、俺とハスキの内どちらかを送り出すのは確定として、伝令を高所から見守るのに絶好だったのが、丁度その時に居たデブリ地帯。だから、俺だけデブリ地帯に居残った筈だ。

 クワガタの変異者は頭を搔きながら言う。


「この場合、見張りは要らないな。ハスキと共に戻って良い」

「え?」

「結論から言うと、選択自体は間違っていない。だが、蛇の洞窟から変異獣達が現れた事を想定した場合、この選択が許されるのは、変異獣の群れから生還できる者に限られる。ルバガンテ並みの実力者か、あるいはアルソードとピアッソのような飛行能力持ちか。ノアが襲ってきた想定をしても同様の事が言えるだろう。君はどちらでもない」


 つまり、実力と選択が噛み合っていない。そう言われると、悔しさが滲み出てくる。

 彼の話は理解できる。実際、あの時に大蛇が現れれば俺は死んでいたし、ノアが現れても秒殺で失格していただろう。

 次に映し出されたのは、二日目ユーやカトウと一旦合流し、その後にエリア確保のために手分けをした場面。言うなれば、俺が脱落するに至った選択ミスの時だ。

 

「後はここですね。エリアを広げた場面です」


 さっきみたいに意見をハッキリと言われると思っていたが、そうではなかった。二人とも、少し悩むような仕草をして改めて映像を眺めている。


「ここは……正直難しいところではある」


 そう言いながら熟考した後、クワガタの変異者は俺に視線を移した。


「一応確認だが、この状況で狙撃地点のうち二ヶ所を抑えるなら何処が良い?」

「二ヶ所ですか?対角線とかそう言う……?」


 俺は思わずそう返していた。

 二ヶ所、それは奇しくも手分けをした部隊の数と同じだ。

 質問の仕方からして、正解となる場所があるのだろう。そして、二人の態度からして一ヶ所は俺たちが向かった林のような気がするが、理由が判らなければ当てずっぽうと変わらない。

 俺が答えを出せずに居ると、クワガタの変異者が頷きながら言う。


「気が付いてないならこれだけは指摘しよう。今回の試験、抑えるべきは遺体山と土砂の瓦礫、あるいは林とデブリ地帯。この組み合わせだ」


 名前を言われても、いまいちピンと来ない。

 遺体山とデブリ地帯の様な組み合わせでは駄目で、今さっき名指しで言われた組み合わせが正解。

 いったい何故。そう思い、俺は頭の中に地図を思い浮かべる。

 狙撃地点は狙撃地点を囲むように配置されていて、北から時計回りに林、高原、遺体山、土砂の瓦礫、蛇の洞窟、デブリ地帯、廃墟の並び。

 

「それは……あ」


 この試験で使える狙撃地点は七ヶ所。しかし、立ち入れない場所と立ち入るのが困難な場所が二ヶ所存在する。

 一つは試験運営用の拠点がある高原。もう一つはピアッソ達に爆弾を仕掛けられ、殺気立った変異獣達が居る蛇の洞窟。

 今さっき名指しで言われた組み合わせは、この二ヶ所と隣接している。鍵となるのは、この立ち入り困難な場所に隣接しているという位置関係だろう。

 俺は、頭のなかでシュミレーションしてみる。

 攻撃側は、防衛側の防衛拠点を襲う為には、狙撃地点に居座っている敵を倒さなければならない。もし狙撃地点にいる敵を放置すれば、複数射線から狙い撃ちされてしまうからだ。

 そのため、攻撃側は狙撃地点を襲う。この時の防衛側の配置を、仮に遺体山と土砂の瓦礫の二ヶ所のだったとする。すると何が起きるのか。

 攻撃側が狙撃地点に詰め寄ろうとした時、立ち入り困難の場所は迂回する必要がある。

 狙撃地点の内側に迂回した場合、狙撃地点のみならず防衛拠点からも攻撃されるリスクが発生する。なので、迂回経路は狙撃地点の外側を回る一択。

 そして、狙撃地点の外側を移動すると言うことは、防衛側の情報がその間一切取れなくなると言うことだ。

 

「気付いたか」

「はい」

 

 狙撃地点は、周囲を見渡せる高所と身を護れる遮蔽があるのが特徴。都合、その外を回ると狙撃地点自体が目隠しになり、防衛拠点やその周辺の情報が消える。その事に気が付きもしなかった。

 今思えば、初日にハスキを単独行動させた時はノアが何処に居るのか判らなかった時だ。丁度狙撃地点の外を移動して居たのなら、ハスキが無防備で移動してもノアは気付きもしないだろう。

 

「まぁ、こんなところですかね。何か、質問はありますか?」


 百足の変異者が資料をまとめる。

 この際だから気になったことは聞いてしまえと考え、俺は質問する。

 

「あの、エリアを広げに行ったのって、何で不問になってるんですか?」


 偶然とはいえ、俺とユーが狙撃地点でも重要な場所を取りに行ったのは判った。が、だからと言って無謀な行動が許されるとは思えない。

 俺が聞くと、百足の変異者は頬を搔きながら答える。

 

「えっとですね。開幕早々、フィオルト様達が仕掛けたのは覚えてますか?」

「はい」

「あぁ言った攻勢に出る選択肢を取るのを、私達は評価しているんですよ。勝負において、守ってるうちは流れはやってきません。流れを掴むのは、常に攻め手側です。今回の場合、あのまま防御を固めていたらノア様が流れを掴んでいたことでしょう。だから、相手が乗る前に反撃や一転攻勢に出るのを評価しています」


 その考えは、判るような気がした。

 ケンカだって身を守っているだけでは相手を倒せない、いつかは手を出す必要がある。ギャンブルだって勝負から降り続けるだけでは勝てない、いつかはテーブルに参加しなければならない。

 カウンター、手札、切っ掛けや理由は何でも良い。自分の勝機を見出だし、攻勢に出る必要がある。

 瓦商会の人々が重視しているのは、その勝機を逃がさない人なのだろう。

 

「テセウス様とユー様がエリアを広げた際、ノア様は大蛇との戦いで疲労しておりました。実を言うと、この後攻勢に出る機会はありません。なので、最後のチャンスがここでした。そのチャンスに気が付く嗅覚は流石だと思います。ただ、戦力が足りてないのに……と言われると、何とも言えないのですよ」


 実際、結果が判った今でもエリアを広げに行った時のメンバーをどうするかと聞かれれば、試験中と同じ別れ方をするだろう。

 ノアと戦うには、ルバガンテかフィオルトが必須、居たのはルバガンテの方だけ。エリア取りにルバガンテを向かわせるなら、蛇の洞窟と隣接していて変異獣に襲われるリスクのある土砂の瓦礫になる。

 となると、林方面に行くとは結局俺とユーの二人、あるいはハスキを入れて三人。

 仮に三人で向かったとしても、ノアを倒せるかと聞かれれば子首をかしげる。精々誰か一人を逃がす程度で、その逃がす候補はハスキ。やはり結果は変わらない。

 

「まぁ、ノアが予想より強かったって話で落ち着くからな、気にする必要はない」


 瓦商会の人からしても、大蛇討伐後の疲労した状態でノアのパフォーマンスが低下しないのは予想外だったのだろう。ノアが疲労で本来の力が出せなければ、俺とユーの行動は偶然にも奇襲という形になり成功していた。そんな思いが伝わってくる。

 何の気なしに映像を眺め、俺は困惑した。


「ん……?!」

「あぁ、問題のシーンか……」


 その映像では、ノアが防衛拠点である砂上艇を数多の触手で掴み、まるでテーマパークのアトラクションの様に振り回している。流石に試験なので全力で揺さぶっている訳ではないが、もし実戦だったときに中がどうなってるかなんて想像したくもない。

 

「ザスティー様、モリア様、ハスキ様、カトウ様の四人が同時に脱落したシーンです。実戦で、振り回されては中に居る人は全員ミンチになってるので、全員漏れ無く失格ですね。ただ、咄嗟にハスキ様とザスティー様がブラックボックスに抱き付き、内壁に当たらない様にしていたのでブラックボックスにダメージは無く、試験続行。直後にルバガンテ様とフィオルト様が引き離すのに成功しています」

「ひどい……」


 こんなの理不尽極まりない。取り付かれた時点で詰み。むしろ、咄嗟にブラックボックスを守った二人の判断は称賛されるべきだ。


「モリア様、一度も拠点から出なくてそのまま失格は可哀想ですよ。試験前、あんなに整地頑張ってたのに」


 俺は結果発表にモリアが参加していないのを思い出した。

 彼は裏で試験運営と関わってる様な人ではない、一般の参加者だ。それにおおやけになっていないだけで運営と関わりがあったとしても、ルバガンテやピアッソが顔を出しているのだ、彼だけが顔を出さない理由にはならない。


「そう言えば、モリアは?」

「腰を痛めて療養中です」

「あ……」


 試験前に拠点周りの整備をしたり頑張っていたのに、試験中の行動が防衛拠点の砂上艇にて待機、そして一歩も外に出ること無く拠点を振り回され腰を痛める。

 不憫過ぎて言葉もでない。受験者の中で上から数えれる程良識的だっただけに、幾らなんでも可哀想だ。

 一連の話が終わり、百足の変異者が訊ねる。


「最後に質問は?」

「特に無いです」


 俺がそう答えると、百足の変異者は改めてお辞儀する。


「では、これにて結果発表を終わります。後は流れ解散になるので、ご自由に」


 その後、俺は密談用のテントを後にした。フィオルトの密談順が最後だと言うこともあり、俺は何となく運営用のテントの外で待機する。

 外では変異獣の処理が粗方すんだのか、撤収作業が行われている。俺は、ジッとそれを眺めていた。



・・・



 全員の結果発表が終わり、俺達は変異者コロニーで借りている部屋に集まった。誰が聞いているのか判らない屋外で話す気にはなれなかったからだ。


「それで、話っていうのは?」


 ハスキに聞かれ、俺は彼女が何処まで気が付いているのか確認する。


「ハスキ。俺ってさ本当に死んでたの?」


 もしかしたら、俺とノアの関係性に気が付いていたが、内容的に自分から切り出す事が出来なかった、というのがあったのかを遠回しに調べる。

 ハスキは俺の発言の意図が判らず、困惑している。


「と言うと?」


 全く何も知らないと言うことで良さそうだ。それだけ確認すると、本題に入る。


「単刀直入に言うよ。俺、生きてたみたい」


 ハスキは困った様子で首をかしげる。俺の言葉選びが悪かったのか、意味が判っていない様だ。


「どういう……意味だい?」

「俺がダムから落ちて、このまま生きてた変異者に成ったのがノアなんだ」

「え?」


 ハスキは驚愕し、眼を丸くして身を引いていた。

 対して、フィオルトの反応は薄く、驚いているハスキをじっと眺めている。他人の反応を見る余裕があるのは、やはりフィオルトは事前にその事を知っていたからだろう。初見なら、他人の反応を見る余裕なんてない。


「やっぱり、フィオルトは驚かないんだね」


 フィオルトはモノアイだけ動かして俺の顔を見る。そして、視線が交差するとすぐに顔を背けた。


「君が目覚めるより早く。彼の事には気が付いていた」


 俺が目覚める前。時系列で言えば、ハスキ達が永久の都に泊まっていた時には気が付いていたのだろう。

 それを理解してか、ハスキはフィオルトの方を向く。


「何で言ってくれたんだい……?」

「それは……」


 フィオルトは押し黙る。

 彼は聞かれればハッキリと物事を言う性格だ。そんな彼の様な性格の人が言葉を濁すのは、大抵誰かしらを傷付ける可能性がある時だ。今回の場合は俺だろう。


「俺が処分されないため……かな」


 仮に俺が目覚める前、ノアの正体に気が付いていた場合に俺を休眠や、意識が芽生え無いような処置をすると言うのは可能性としてあり得るだろう。

 あるいは、自我が発生する以前なら中絶の様に、俺が産まれない様する方法だってあるかもしれない。

 つまり、今の俺はハスキ達がテセウスは死んだと言う誤認識から産まれた訳で、ハスキ達が最後までテセウスの事を生きていると信じていれば、俺はそもそも産まれなかった。

 そして、フィオルトはテセウスが生きていると知っていた。彼からしてみれば、取り返しの付かない状態になってしまったのだろう。


「半分は……そうですね」

「もう半分は?」


 フィオルトは俺の質問にすぐには答えず、言うか言わないかを静かに葛藤する。ほんの一瞬だけハスキを見たた後に、消え入りそうな声を発する。


「私は、いや私達は、一度永久の都から上空を飛行するノアの姿を確認しています。その時に、私は彼がテセウスだと理解しました。確かに、生体反応という裏付けはありましたが、それよりも早く……直感的に。だから……最初は言わなくても判っていると。私にも判るのだから、姫様にも判ると……」


 そう思っていた、と言う言葉をフィオルトは噛み潰す。

 フィオルトは、ハスキの事を信頼していたのだろう。だが、ハスキはノアの正体に気が付かなかった。それに対し、フィオルトは思う事がありそうな雰囲気だ。

 ハスキが判らなかったのも無理もない。実際、当の本人である俺もノアの正体に気が付かなかった。

 俺が気付けなかった以上、気付くことが出来たフィオルトが凄い、と言うだけの話だ。


「姫様が気が付いていないと判り、私はノアから話を聞くべきだと判断しました。変異については、私達も判らない事が多い。双子のように、生体反応が同じくになる場合もあると……思ったからです」


 それは最もだ。

 もし、事故で家族を失くしていた知り合いが居たとして、死んだアナタの家族もしかしたら生きてるかも、他人の空似でした。で済む筈がない。

 本人から確実な情報を得た上で行動しなければ、期待を持たせる分だけ残酷な結果が残る。

 今回の場合、ハスキに伝える前にノアから言質を取る事を選んだフィオルトを責めることは出来ない。


「そして、彼がテセウスだと判り、姫様に伝えようとしました。ですが、その時に……」

「俺が目覚めた」


 フィオルトが言葉に詰まると同時に、俺は代弁する。

 彼は、俺の言葉に力無く頷くと天井を仰いだ。


「あの時の事は、良く覚えています。目覚めたばかりの純真無垢なアナタ、アナタに愛を誓う姫様。そして、それをただ……ただただ眺めているだけの彼の空虚な姿。あの瞬間、夢ならば覚めてくれと……そう思いました」


 俺とハスキは、相づちも打てずにただただ黙って話を聞いていた。

 俺達二人からしたら至福の瞬間だった筈の光景は、フィオルトからしたら地獄絵図だった。いや、彼だけでない。きっとノアもフィオルトと同等か、それ以上の衝撃をつけた筈だ。

 そんな事実に、悲しい気持ちが溢れてくる。まるで心臓が無くなったように、胸に穴が開き冷たくなる感覚。


「初めて懐く不快感のある感情を紛らわせる為に、一人になる時間を欲しました。そこで私は、変異者コロニーの資料室が図書館代わりに解放されていると聞き、足を運んだのです」


 そこから先は、ノアからも全く情報がない話だと理解する。時間的には、マスターとの一件が終わり、変異者コロニーで休んでいた時だろう。

 フィオルトが、妙によそよそしかったのを覚えている。


「私は資料室で見知った名前の本があり、手に取りました。テセウスの船についての書物です。その本には、こう記載されていました『例え、何度パーツが入れ換えられようと。あるいは、姿形すら変わろうとも、思い出だけは嘘はつかない』と思い出とは経験や体験。確かに、私と同じ思い出を共有出来るのであれば、こと胸の不快感も杞憂で終わるかもしれない。そう思い、アナタに話し掛けたところ。アナタには……アナタには…………そんな記憶は無いと……」


 フィオルトが肩を揺らす。

 俺は自分の発言を後悔した。

 クローンになった俺の記憶に残っているのは、ハスキとの思い出でフィオルトとの記憶は一切残っていなかった。だから、話を合わせたりする事さえ出来ず、本当の事だけを伝えた。

 それがフィオルトを追い詰めたとも知らずに。

 フィオルトは肩を落とすと頭を横に振る。


「私のせいなのです。全部、全部……。私が、あの時二人を助けてさえいれば」


 あの時とは、堰堤での事だろう。

 俺はフィオルトに頼み、彼の手で切り捨てて貰う事を選んだ。彼は、恐らくその時の事を今でも後悔している。

 フィオルトだけがノアの正体に気が付いた。それは、自分の手で仲間を殺したと言う事から眼を背けるため、もしかしたら仲間を殺してはおらず、生きてるかもと言う希望的観測から来たものなのかもしれない。

 そう思うと、何だか彼の事が哀れなように思えてくる。

 

「ノアを仲間に勧誘したのは、どうしてだい?」


 ハスキが質問すると、フィオルトは彼女に視線を向ける。

 

「姫様は覚えてますか?テセウスが最初、私と出会ったときに名前を褒めて下さったのを」

「覚えてるよ。綺麗な名前と言ってたね」

「私はそれが嬉しかった。私は、テセウスに対して何も知らない。だから、この先の旅で互いに理解を深める事を予見し、胸を高鳴らせていた。私は……彼と旅がしたかった」


 さっきの話からして、フィオルトは自分と旅をしたテセウスと別人と考えているのだろう。つまり、彼はノアと旅がしたいのであって、俺と旅がしたいのではない。

 フィオルトが俺の事をどう思っているのかは何となく判った。次は、ハスキに対してだ。

 

「ハスキを避けていたのは?」

「何故だかは判りません。ただ、姫様があなたのに告白するのを見て以降、夢から覚めた様な気がするのです。理由らしい点は、何となく思い付くのですが」

「例えば?」


 フィオルトはデバイスを取り出すと、ハスキに差し出した。

 

「姫様にこれを」


 彼女が受け取ると同時に、周辺地域の地図を宙に映し出した。その中で、試験区域内にあった林の周辺が赤く点滅している。

 

「これは……試験中のノアの出現場所かい?」


 ハスキに言われ、俺は思い出した。

 ノアは試験中に防衛拠点の北側、つまり林周辺に現れていた。地図の点滅している場所とノアの出現場所と一致している。

 

「を、予測したものです」

「え?当たってる……」


 俺は思わず驚いた。

 改めてフィオルトの提示した地図を見てみると、大蛇と戦っていた廃墟周辺や俺が落下した地下施設は点滅していない。

 少なくとも、実際に現れた場所をそのままマーキングしていると言うわけではなさそうだ。


「私は理由が説明出来ます。姫様、彼を愛していた姫様には判りますか?」


 フィオルトが珍しくトゲのある言い回しをする。

 ハスキは黙って考え込むが、結論を出せずに頭を横に振る。


「……判らない」


 ハスキは、何処と無く自信を失くした様な様子だ。

 フィオルトが何も言わずにモノアイを向けてきたので、ハスキに代わり俺が考える。

 実際問題、ノアの出現場所を事前に予測できるものなのだろうか。ノアに行動制限でもない限り、当てれそうにない。

 そう考え、俺はハッとした。

 ノアには行動制限がある。それは、ノアの弱点を皆で推理した時に共有した情報にあった。

 ノアは精神に問題があり、一人を嫌う。そして、ノアにはヴィヴィという妻がいる。

 もしかして、と思いながら俺は考えを口にする。


「高原にヴィヴィが居るから、すぐ近くの林を拠点にしてるんだと思う」


 試験範囲内で、部外者が巻き込まれずに居ることの出来る場所。それが運営用の設備や見物人がいる高原だ。

 そこならば、互いに万が一の事があった場合に十分駆け付けることが出来る。


「同感です。実際、試験期間中にノアがこの範囲から離れたのは二度。一度はテセウスと同じ地下に落下した時。恐らく、万が一に備えて報告を受けて向かった矢先、弟が失格して一泡吹かせるべく出撃したピアッソに襲われたのでしょう。二度目は大蛇討伐の時。これに関しては、説明しなくても良いでしょう」 


 つまり、運営から指示された時以外は常にヴィヴィの下に馳せ参じることが出来る位置に居た。まるで、見えない首輪が繋がっているみたいだ。

 ノアの行動には依存的なまでにヴィヴィが絡んでいる。

 

「理解度が恋愛において重要だ、なんて事は言いません。ただ、私とテセウスが直接相対した時間は、姫様に比べれば微々たるもの。その微々たる時間で私が理解出来た事を、姫様には理解出来ない。それが私が夢から覚めた理由かと」


 夢から覚めた。要するにハスキに失望してしまい、忠誠心が揺らいでしまった。そして、俺の事を共に過ごしたテセウスとは別人として認識してしまった。

 フィオルトの様子がおかしかった理由が、ようやく理解できた。

 フィオルトがハスキに視線を向けたので、俺もそれに習った。


「姫様、怒らないのですか?」


 ハスキの表情は穏やかだった。怒るでもなく、悲しむでもなく、穏やかな面持ちのままジッとフィオルトを見つめている。


「怒れないよ。寧ろ、何て言うか……感慨深いかな?」

「と、言いますと?」


 ハスキは微笑みながら自分の胸には手を当てた。


「私はね、何だかこの身体になって、弱くなった気がするんだ。肉体的にと言うか、精神的に。私は、それが人間らしさだと思っている。フィオルトが自分の事を責めた時に、同じ思いをしていたんだなってね」


 それは、俺も感じていた事だ。

 何と言うか、俺と初めて出会った時のハスキは物怖じしない性格で、女の子っぽくなかった。それが最近、人間の女の子に近い精神性を感じるようになって来たのだ。

 その事に驚いていたのは何よりハスキ自身だった。

 ハスキが精神的に弱ったときは、俺が寄り添っていた。しかし、フィオルトにそんな相手は居なかった。彼は一人で全部背負い込んで居た。


「姫様……」


 ハスキは一度眼を閉じ、深呼吸をした後に言う。


「フィオルト、君はノアと旅がしたかったと言ったね。その気持ちが今も変わらないのなら、私は止めはしないよ」

「ですが、私には姫様を守ると言う使命が」


 フィオルトの言葉を押し止める様に、ハスキは首を横に振り言う。


「フィオルト、私は君に自由に生きて欲しい。それが、私から騎士である君に出せる最後の使命だ」


 フィオルトは、ハスキの言葉を聞き暫く硬直した。

 彼の頭の中で何が起きているのか俺には判らない。

 そして、フィオルトは決心したのかハスキの前に跪く。


「騎士フィオルト。ハスキ様からの最後の使命、承りました」


 そう告げると、フィオルトは深々と頭を下げて退出する。その足取りは、ここ最近の彼のもので最も軽やかに見えた。

 俺は感心して言う。


「ハスキって、やっぱお姫様っていうか……王族なんだね。今の、何かそれっぽかった」

「そうかな?」


 震える様な声色の彼女に、俺は一言返す。


「泣かなければ百点だった」

「王族でも泣きたい時はあるさ」

 フィオルトが0章四話にてハスキとテセウスを助けていた場合

 このIfルートでは、結論から言うとこの時点で生存しているのはフィオルトのみであり、ハスキとテセウスは死亡してしまう。

 何が起こったのか説明すると、クローンの扱いに疑問を持ったハスキ達がマスターと敵対する流れは変わらず、戦闘に移行する。

 この時、ターニングポイントになるのはヴィヴィが参戦するか否かである。(リュウゲンを足止め出来る人が居るか居ないかも重要ではあるが、リュウゲンの停止条件がクローン制御施設の破壊であるため、これが出来るヴィヴィの参戦の方が重要度は上)

 そして、このルートではヴィヴィが参加しない。

 ヴィヴィが参戦すると爆弾をもってクローン制御施設を破壊してくれるのだが、ヴィヴィが参戦しなくなるとリュウゲンがクローン制御施設を破壊することになり、マスターとの戦闘中にいきなりリュウゲンのブレスが飛んでくる。それに耐えることが出来ないテセウスとハスキはリュウゲンの炎によって死んでしまう。といった流れである。

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