10.異形なる使者
朧気な意識の中、俺は全身を包む柔らかな感触に違和感を覚えた。
俺は実践試験を受けていた筈だ。
その事を思い出した瞬間、俺は身体を起こした。
「あ……!」
目を覚ますと、そこはテントの中だった。
漂う薬品の香りからして、医療用テントなのだろう。
辺りを見渡すが、他に受験者は居ない。居るのは、医療スタッフと思われる変異者の男だけだ。
体毛か変異したのか、顎から百足の足の様な器官が生えているが、それ以外は人間のままのようだ。
男は俺の方を見る。
「ん?起きたか」
「試験は?!」
俺が聞くと、男は首を横に降りながら答える。
「残念だったな」
「そうか……」
俺とユーが脱落すれば、防衛側は北方に対する情報収集手段が失くなる。勝敗に関わる要素のは言うまでもない。
最終日手前まで来ていたのだ。生存さえしていれば、後ろから回り込んで挟撃したり、打つ手はあった。失格することだけは許されない場面だ。
俺は拳を強く握る。
「結果発表は、事後処理をしてからになるそうだ」
男の言葉に俺は首を傾げる。
結果発表も何も試験は失敗に終わっている。話すことは何もない、とまでは言わないが、この結果自体は覆らない。
「護衛は失敗したんじゃないんですか?」
「毎回やる成績発表みたいなもんだ。後は動きとか作戦に対して意見が聞ける。アレが良かったとか、あの動きは駄目だったとか」
要するに、試験中の動きの添削だ。
そう言った第三者の意見を聞ける機会は少ない。
主催の瓦商会は、こういう試験を定期的に行っている事もあり、目は確かだろう。それに、俺の本来の目的であるハスキを無事に送り届ける事のアドバイスにも繋がる。
俺は男の話を聴きながら頷いていると、あることに気が付いた。
「なるほど……。ってあれ?!」
本来、手首にしていた筈の生命維持装置が無いのだ。
アレはハスキから受け取ったもので、一時は俺の命を繋いでくれた道具だ。
俺は、被っていた布団を捲り、次に傍らの荷物置きを漁る。が、生命維持装置は見当たらない。
「どうした?」
「腕輪が。あ……後、通信機も」
試験期間中に失くしたのか、一部の道具が紛失している。失くしたとしたら、何時のタイミングで失くしたのか。
一番物を失くしそうな時といえば、地下に落下した時だ。しかし、あの時は通信機があった。となると、別のタイミングだろうか。
ハスキから貰った生命維持装置は機能が停止している、なので、手首に接続はしておらず、シンプルな腕輪に過ぎない。何処で失くしてもおかしくない。
男が考え込んだ後に言う。
「回収部隊が落としたのかもな。こっちで届け出は出しとく」
男の考えは、俺が意識を失っている際に落としたと言うものだろう。戦闘中、もしくは戦闘後であればその可能性は高い。受験者を長時間、外で放置する訳にもいかないので、焦って回収する時に紛失というのはありそうな話だ。
「お願いします」
俺が頭を下げると、男は書類を書き始める。そして、ハッとした様子で俺の方を向く。
「あ、そうだ。目が覚めたとこ悪いが手伝ってくれないか?」
「え?」
「変異獣の処理。粗方済んでるんだが、取り零しがあったら不味いからな。見張り役だから、戦闘に率先して参加する必要はない。変異獣を見つけたら、適当に銃声鳴らすなりすればいい」
男は指で銃の形を作る。
変異獣の処理となれば、あの試験の参加者として他人事ではない。それに、直接戦闘に関与しないのであれば、病み上がりの俺にも十分務まるだろう。
なにより、こう言った狭いテントよりも開放的な外の方が気分もリフレッシュ出来そうだ。
少しは外の空気に触れるのも良さそうだと考え、俺は頷く。
「判りました」
詳しく話を聞くと、蛇の洞窟を中心に円を描く形で見張り役を配置、その円の中で掃討部隊が変異獣の処理をする。上空にはリュウゲンが待機していて、万が一強力な個体が現れても対処できる。
俺の仕事は、本来仕事をする人が到着に遅れていて、到着するまでの小一時間で良いらしい。
詳しい話を聞き終えた俺は、男の指示に従い医療用テントを後にする。
送迎用の車両が用意されている場所に向かう道中、見知った顔に俺は出会った。
「あ、ユーも参加するんだ」
彼女も暇を持て余していたらしい。
それに、俺達二人は試験中無理にエリアを広げようとして失格した自覚がある。他の受験者に合わせる顔もなく、気持ちを整理する時間を必要としていた。
そう言う意味では、この仕事は一旦他の受験者から離れる大義名分になる。
「まぁ、私達が撒いた種だしね」
ユーが苦笑いを浮かべる。
試験中は普通に会話出来ていたのだが、ばつの悪さから会話は殆んどしなかった。お互いに自責しているのが判る。
「確か、集合場所は……」
ユーがメモ書きを見ながらそう呟く。
その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「おっと」
アルソードだ。
彼は翼を破壊されて失格に成ったからか、今は翼が取り外されている。
不謹慎かもしれないが、サイボーグの身体は怪我をした部位を切り離して動けるので、こう言ったときに便利だなと思う。
破損箇所を修理に出して行動できるのは勿論、足の調子が悪いと思ったら足を上げる切り離して自分で容態を確認し、整備出来るのだ。生身の身体ではこうはいかない。
「げ……」
アルソードと出会い、一番大きく反応を表したのはユーだった。
俺はアルソードと話す機会があったが、ユーにはなかった。彼女があったのはピアッソの方、その彼の兄弟と言うこともあり、印象が悪いと見える。
それに、アルソードも変異獣騒動に一枚噛んでいる。
ピアッソとアルソードが蛇の洞窟に爆弾を仕掛け、変異獣をけしかけたのだ。むしろ、ユーの反応の方が正しいとすら思える。
だが、ユーは反応こそしたが追及まではしなかった。
アルソードは俺とユーを見て言う。
「初期試験失格組が揃ってるのか」
「その言い方やめて」
アルソード、ユー、俺。最初に脱落した三人が綺麗に揃っている。というよりも、最初に脱落したからこそ、既に動けるくらいには体力が回復したというのが正しそうだ。
ユーが鋭い視線を向けると、アルソードは頭を下げた。
「確かに言い方が悪かった。すまない」
「あれ?意外と素直だね」
第一印象と違ったためか、ユーはキョトンとした。
それに対し、アルソードの方もユーが突然覇気を失ったので、少し困惑気味だ。
「そうか?」
アルソードは軽く話しただけで彼の事を細かく知っている訳ではないが、他の受験者が変異獣騒動の被害に遭う事を懸念していたりと、律儀な性格なのは判る。
ユーは一緒にいた感じからして、冷静沈着といった性格の女性だ。
そんな二人が、頭の上に疑問符を浮かべているのが新鮮だ。俺はそんな二人を眺め、何だか申し訳ない気分になる。
「何だ?その顔」
「いや。アルソードは、俺を護送中に被弾して脱落。ユーは、ノアとの戦闘中に俺を庇って脱落。俺のせいで二人とも落ちたんだなって」
二人が失格した場面には俺が関わっている。
アルソードは単独で行動さえしていれば見つからなかったかも知れないし、俺がもっと強ければ俺を庇ってユーが脱落する事もなかった。いや、ユーに関しては彼女を逃がし、ノアの位置情報や電撃が有効である事を仲間に共有出来たかもしれない。
そんな考えが頭のなかに渦巻く。
ユーもアルソードも俺の事を責める事はしない。それが寧ろ、俺の胸を突き刺すのだ。
そんな俺の肩をユーが軽く叩く。
「私が落ちたのは、その後だよ?」
「え?」
俺は確認のためにアルソードを見る。すると、彼はユーの発言に同意するように頷いていた。
意外だった。ユーは、あの時気を失っていた。だから、戦闘続行不可として脱落したのだと思っていた。だが、そう言うわけではないらしい。
「コイツは、お前と入れ違いで目を覚ましたんだ。ちょっと待ってな」
アルソードは、そう言いながら携帯端末を取り出し俺達に見せる。その画面には、ノアとの戦いが遠巻きに写し出されていた。
「おっと、ここで子ルバガンテ選手が目を覚ます!テセウスと入れ違いだ!命のリレーが始まったか!?」
携帯端末から音声が聞こえる。まるで昔のテレビ番組の中継のようで、言ってしまえば緊張感は無い。
「ナニコレ……」
「毎回、見物人が実況してるんだよ」
画面の中では俺が既に倒れていて、ノアが一息ついている背後でユーが目を覚ましていた。しかし、意識を取り戻した直後であり、状況が掴めずに呆けている。
「子ルバガンテ選手、状況が掴めていない様子!さながら、寝起きドッキリの様です!お、ここでノアが声を掛けるぞ。あ、これは!覚悟を説いている!敵という立場上、まだ試験中だから頑張ってと公言出来ないので、覚悟を説いて遠回しに試験中だと教えている!!」
子ルバガンテとは、ユーの事を指しているらしい。理由知らないが、良いあだ名ではなさそうだ。
ちなみに、ユーが一度気絶しても失格に成らなかったのは、近くに俺が居たかららしい。というのも、仮に俺があの状況でノアを倒せていた場合、ユーに対する手当てが可能であり、命に別状は無いと判断されたそうだ。
その後、俺が気を失ったタイミングと入れ違いにユーが目覚め、戦闘継続可能として処理された。
そのため、失格に成った人の順番は一番最初にアルソード。二番目はユーが気絶から覚めたので、一つ繰り上がって俺。三番目にユーという成績に成っている。
ユーはデバイスの画面を隠すように手で抑えながら言う。
「車も来たし……やめようか」
ユーの口にした通り、輸送車が遠くから近付いてくる。
輸送車は、昔で言う軽トラくらいの大きさをしたスノーモービルの様な乗り物で、俺達は荷台に案内される。なので、輸送車と呼ばれているが、車両っぽくはない。
どうやら、この輸送車は他部隊の物資補給も担っているらしく、荷台には物資が敷き詰められており、持っている武器なんかの事を考えると四人がギリギリ座れるくらいのスペースしかない。
俺達が乗り込むと、既に同業者が座っていた。
四本腕の犬の様な見た目をした変異者の男で、目が合うなり挨拶をしてくる。
「おっと、受験者達か。お疲れ様」
「ありがとございます」
軽い会釈を済ませると、丁度輸送車が発進する。
寒空の下、輸送車の走行で発生する風が加わり、思いの外身体が冷える。
自然、俺は隣に座ったユーと身を寄せ合う。
「疲れてないのか?」
そう訪ねたのは、目の前にいる変異者の男だ。
俺やアルソードに代わり、ユーが答える。
「まぁ……変異獣騒動はこっちが起こした訳だし」
「律儀だねぇ。あ、タバコ良い?」
そう言いながら、男はタバコケースを手に持ち提示する。俺達三人は互いに視線を交わし、特に嫌がる人が居ないのを確認した。
実際、タバコには興味があった。
吸いたいわけではない。ただ、世界が退廃する以前にもあった物を見てみたかっただけだ。
「どうぞ」
「悪いね」
そう言うと、男はタバコに火を着けた。
俺は何となく男がタバコを吹かしているのを眺める。
退廃以前は街の片隅やドラマなんかで良く見た光景だが、世界が荒廃してから、喫煙の瞬間は初めて見た。
そのせいだろうか、本来は毛嫌いすべきタバコの煙が、何だか懐かしい様に思えたのだ。
「この時代にもタバコってあるんですね」
タバコは、百害あって一利なしと言われている。この時代では既に失くなっていると思っていた。だから、まだ残っているのが不思議だった。
男が口にしているのは、見るからにお手製の手巻きタバコ。誰かしら物好きが作っているのだろう。
男はタバコを口から離すと、それを眺めながら言う。
「ま、それなりに有用だしね」
「有用?」
俺が首を傾げると、男はイタズラっぽい笑みを浮かべ、またタバコを咥える。
「知らないのか?タバコを初めとした一部薬物は、変異を遅らせれるって都市伝説があるんだ」
本当なのか確認するため、俺はユーとアルソードの顔を覗く。二人とも頷いてはいるが、眉を変に曲げていたり視線を合わせてくれなかったりと、自信がある感じはしない。
あくまで都市伝説、信憑性はあまりないのだろう。
「何でそんな話が?」
「理由は二つ。一つは、雪の侵入経路である気管をタバコの煙で燻せば、雪の効果も弱まるかもって話」
昔やっていた、喉の菌をお茶を飲んで洗い流す様な話に似ている。が、これに関しては効果は薄そうだ。
もし、その説が正しいのであれば、喫煙者は病気にかからないはず。喫煙者でも普通に病気になるのだから、タバコで雪を殺すなんて無理そうな話だ。
男はタバコを吹かせ、一息ついて話を続ける。
「で、もう一つはタバコのニコチンによる血管の収縮を利用したもの。雪は、肺から取り込まれ、酸素と同じく血流に乗るって噂されてる。それがあってるなら、ニコチンで血管を収縮させたり、血液の粘度が上がれば変異を抑制出来るかもって話」
なるほど、と俺は納得した。
ニコチンを摂取すると血管が収縮する。本来、これらは健康被害になりえるのだが、確かに変異の抑制にも使えそうな気がする。
例えば、手に怪我をして傷口に雪が付着したとする。普通なら、そこから血管に侵入して雪が全身に回る。
だが、喫煙して血管が収縮していれば、雪が通る道が狭く成っているので、変異箇所が全身ではなく怪我をした手のみで抑えられる可能性が生まれる。
さっきの説とは異なり、説得力がある話だ。
「意外と根拠はしっかりしてるんですね」
俺がそう言うと、男は鼻で笑いながら言う。
「意外とな。それに、こう言うのは合ってようと外れてようと俺は好きだ。ま、大半のヤツは発ガンリスクある時点で毛嫌いするがね」
それもそうだと思った。
そもそも、マスクさえ着けていれば健康被害を受けずに変異のリスクを抑えられるのだ。何もタバコに執着する必要もない。
それに、タバコを吸うと口内が乾燥するため、虫歯を始めとした病気のリスクが上がる。
その虫歯から雪が歯茎を通して頭部に侵入すれば、脳に近い分マトモな変異はしなさそうだ。脳が変異すれば記憶障害や人格の変貌が起こる。嫌う理由は幾らでも思い付く。
アルソードが鼻で笑う様に言う。
「ガン細胞が変異したら悪さしかしないだろうしな」
それは確かに嫌な話だ。
ガンが変異した事例を俺は知らない。が、普通の健康的な細胞ですら、人体に有害な物質を精製する器官に生まれたり、腕が別の生き物の頭みたいに変わるのだ。下手をすれば、体内から変異した細胞に食い破られる様な事に成りかねない。
アルソードの話を聞き、男は納得した様子で頷く。
「そりゃそうだ。えっと、アルソードだったか?吸うか?サイボーグならガンにはならんだろ」
吸うメリットも無さそうだが、とでも言うように男はニヤニヤと笑う。すると、アルソードは愛想笑いを浮かべながら手でそれを制した。
「遠慮する。この身体は、匂いを取るのも面倒なんだ。煙が何処に染み付くかも判らん」
「そうか、それはしつ――」
「――着いたぞ」
輸送車が停まり、話に割り込む形で運転手が声をはりあげる。自然と会話は止まり、一同は装備をまとめた。
それまで朗らかだった雰囲気が、スイッチが切り替わったみたいに緊張感のあるものに移り変わる。
「それじゃ、全員指定した地点に移動してくれ。俺は、お前らの前任者四人を回収したら帰るから、何か伝えたいことがあったら前任者に伝言頼めよ」
「了解」
俺は指定された地点に向かう。とは言え、一面純白の世界では、目印に成るような物はない。
俺は、長年の勘から方向に見当を付ける。
幸い、見張りが目立つ姿をしていたこともあり、迷うことなく見張りの場所に到着した。
「引き継ぎに来ました」
「もうそんな時間か」
俺の前任者は、ケンタウロスに近しい姿をしていた。と言っても、下半身はウマと言うより歯の生えたカエルに近い。
全身は真っ黒で、頭部にある器官は口のみ。目や鼻は無い。頭から生えるドレッドヘアーのような頭髪は触手に変異していた。
骨格がケンタウロスに似ていると言うこともあり、大柄な体躯をしている。
そこまで認識し、俺は全身に悪寒を覚えた。
俺が乗ってきた車両は、四人が座ってやっとのスペースだった。加えて、運転手は前任者は四人と公言していた。目の前のケンタウロスモドキは人三人分の体躯をしている。そんな化物が乗車した上で、他に三人が乗り込む。あり得ない話だ。
ということは、俺が相対しているのは前任の見張り役ではないナニカということに成る。
俺が後退ろうとした瞬間、ケンタウロスモドキは何処か諦めた様な口調で言う。
「あー、もしかして君、気付いた?」
俺は銃に手を掛ける。
「前任者は何処にやった?」
「そこでお昼寝してるよ。殺しはしてない」
ケンタウロスモドキが指差した所を見てみれば、確かに雪に埋もれている変異者の姿が見える。
怪我をしている様には見えない。
警戒体制の人を無傷で気絶させたとなると、今のような飄々とした態度で近付き、不意を突いたのだろうか。あるいは、引き継ぎのフリをしたのか。
俺は考える必要があるのは別のことだと思い、頭を切り替える。
ケンタウロスモドキが現れた手段よりも、重要なのは目的だ。
「用件は?」
「個人的に逢いたい人が居る。ただ、メインは引き抜きだね。ここに強い変異体が数体居ると聞いた」
「特徴は?」
「この辺りに居るのは、でかい蛇、赤い竜、異形の獅子の三体だと記憶している。内の二体は勧誘可能と判断した」
変異体と発言したことから予測できたが、変異者と変異獣が混在している。
でかい蛇とは、恐らくノアが討伐した大蛇の事だろう。そして、赤い竜とはリュウゲンの事。異形の獅子は、予想にはなるがノアの気がする。
ノアの骨格は四足獣形に似ており、身体からは触手が生えている。その触手を獅子の鬣と比喩しているのなら、判らない例えではない。
俺はケンタウロスモドキに言い放つ。
「蛇に関しては死んだぞ」
「のようだね」
やはり、でかい蛇はあの大蛇の事で確定。
ケンタウロスモドキの口にした三人は、この周辺地域での実力上位三体なのだろう。
「何故、戦力を集めてるんだ?」
「その回答の前に、こっちから質問。君、ダムと言われて心当たりは?」
いきなり切り返され、俺は言い淀む。
それも、内容は俺に遭ったことだ。
俺からすれば、ダムは変異獣達に襲われた時に行き着いた場所で、俺が一度死んだとされている場所だ。
あれを知っていると言うことは、あの時の変異獣の仲間だろうか。
俺は、ケンタウロスモドキを刺激しないように真実を答える。仮に嘘を伝え、ケンタウロスモドキが本当の事を知っているぞ、何故嘘をつくんだ。なんて言い出したら何をされるか判らないからだ。
「……ある」
「変異獣の言葉が頭に浮かんだ経験は?」
恐らく、俺が以前味わったテレパシーの事を言っているのだろう。変異獣の思考が伝わってくる、あの特殊な現象。
この質問からして、あの変異獣の仲間だというのは確定させて良さそうだ。
「ある」
「なら、俺の言葉を無視している自覚はあるかい?」
「え……?」
俺は困惑したが、会話の流れ、ケンタウロスモドキが何を言っているのか理解する。
ケンタウロスモドキは、俺に向けてテレパシーを送っている。しかし、俺はクローンであり、テレパシーを受け取っていた時とそもそも身体が違う。だから、俺はケンタウロスモドキのテレパシーを受信できていない。
何かを察したのか、ケンタウロスモドキは質問を変える。
「ところで、そこで先日暴れてた人と君の生体反応が同じなのは何故かな?」
そこまで判っているのか、と俺は恐怖する。
生体反応を感知出来き、かつその反応で個人を特定出来る領域に居る個体。思い付くのは、ノアやリュウゲンと言った実力者。
嘘が通用する相手ではないのは重々承知だ。しかし、俺とノアの関係性を知られるのは不味い気がする。
このケンタウロスモドキの目的はノアだ。俺がノアの弱点になるわけにはいかない。
「……言う必要があるとは――」
「――答えろ」
飄々とした口振りから一転、冷徹な声色が垣間見える。喉元に刃を突き付けられる様な威圧感。
俺が手にしている銃で攻撃するより、このケンタウロスモドキが俺を仕留める方が早い。そう理解させられる。
「俺がアイツのクローンだから、で通じるか?」
「なるほど理解した。素直な回答助かるよ」
ケンタウロスモドキは再び飄々とした態度に戻る。が、空気が和む事は無い。むしろ、不気味さは増した。
丁度その時だったり
「――私の領土で何をしているのかな?」
上空から暖かな風と共に、空気がパチパチと焚き火のように爆ぜる音が聞こえる。
途端、全身に絡まった緊張の糸がほどける感覚がした。
現れたのは、全身を炎の如き鱗で覆った紅き竜。
「リュウゲン……」
俺は思わず安堵し、親の背に隠れる子供の様に、リュウゲンの影に飛び込んだ。
それを見てリュウゲンはクスっと微笑むが、それは一瞬であり、すぐに彼は警戒状態に入っていた。
彼の力を持ってしても、油断なら無い相手というのがひしひしと伝わってくる。
「君、かなり強いよね」
会話の途中、リュウゲンはさりげなく俺を長い尾で囲む。戦闘に移行した時、ケンタウロスモドキがリュウゲンを無視し、俺を襲う事を警戒しているのだろう。
事前に俺の守りを固めた辺り、何の備えもなく突然戦闘が始まった場合、俺を守りきれないと判断していそうだ。
が、ケンタウロスモドキは首を横に振りながら答える。
「いいや、大したことないさ。僕の実力なんて、中ボスが呼び出す雑魚も良いところ。君が噂通りのリュウゲンなら、きっとそこの彼がシャボン玉でも割らずに僕一人を火葬出来る筈だよ」
さっき、雑魚が出してはいけない威圧感を出していただろ、という言葉を俺は飲み込む。
実際の所、ケンタウロスモドキの戦闘力は判らない。リュウゲンとは言わないまでも、ノアと同格の可能性はあるし、逆にそういった上位の変異体ではなく一般的な変異体と差して変わらない実力かもしれない。
しかし、飄々とした態度が実力を図らせないのだ。
リュウゲンは怪訝な面持ちで聞く。
「……君は変異者?それとも変異獣?」
それは、確かに気になる質問だった。
ケンタウロスモドキの口振りや身振り手振りは、何処からどう見ても人間そのもの。しかし、その発言内容や思想は変異獣。具体的に言うなら、俺達を襲った変異獣と同系統のものに思える。
少なくとも、あの全く意志疎通出来なさそうな大蛇を勧誘しようとした辺り、仮に人間だったとしても真っ当ではなさそうだ。
「どっちか当ててみる?」
そう言われ、俺は少し考える。
元人間の変異体が変異者。元野生動物の変異体が変異獣と呼ばれている。
身元が不明の変異体がどちらか判断する基準は、人語を介するか否か。しっかり会話で意志疎通が出来れば、変異者として扱われる。
その基準で言えば、ケンタウロスモドキは変異者として分類されるだろう。
ケンタウロスモドキの発言には、人間にしか判らないであろう単語があった。例えば、中ボスなんかが良い例だ。
中ボスは本来のボスの直属の配下だとか、あるいは門番の様な立ち位置のような登場キャラクターを表す為の単語だ。そして、その中ボスという単語が登場するのは、野生動物が暮らす大自然ではなくゲームや漫画なんかの創作物。
そう言った単語を使いこなしている辺り、ケンタウロスモドキは変異者なのが濃厚。
俺は考えをまとめて口を開く。
「変い――」
「変異獣だろうね」
リュウゲンが俺の発言を遮る様に言う。すると、ケンタウロスモドキはパチパチと拍手する。
「やっぱ、君程になると判るんだ。大半の人は、僕を元人間として扱うんだけど」
「正直、君の仕草は人間そのものだよ。変異者よりも人間らしいとすら思える」
俺は同意する。
変異者によっては、一部性格が野生化していたり行動が人間離れしている。そんな人達と比較すれば、人間らしい仕草や口調で話す彼は、変異者よりも人間に近い。
リュウゲンの言葉に、ケンタウロスモドキは礼儀正しく一礼する。
「ありがとう」
そして、ケンタウロスモドキは頭を上げた後、少し考え込む様にこめかみを指でつつく。
「素朴な疑問なんだけどさ。君達って、変異者と変異獣を完璧に見分けられるのかな?」
「え?」
俺は思わず声を出していた。
ケンタウロスモドキは、俺の反応も気に止めずに話続ける。
「いや、人を獣と勘違いして殺したり、食べたりしたことは無いのかなってね」
それは、考えたくもない事だった。
普段口にしている食事の肉は、変異獣の肉だ。その肉が実は人肉でした、なんて話は余りにも悪趣味過ぎて、気分が悪くなる。
胃がひっくり返りそうな感覚に襲われ、俺は咄嗟に口を手で覆う。対してリュウゲンは特段気にしている様子もなかった。
「あぁ、それなら大丈夫だよ。ここの猟師は私が許可した者にしか成れないから。私が認めていると言うことは、そう言うこと」
俺とケンタウロスモドキは同時に頷く。
要するに、リュウゲンと同じく変異者と変異獣を見抜ける者しか猟師には成れないのだ。
「なるほどね。納得した」
ケンタウロスモドキは小さく何度も頷く。
やはり、リュウゲンに変異獣と断定されても俺には変異者にしか見えない仕草だ。
それ故、俺は困惑する。
もしかしたら、俺が変異獣だと考えてきた変異体の中に、変異者が混じっていたのではないか、と。
幸い、俺は変異体の肉を口にした事はない。変異体の変異の系統によっては、フグの様に体内に毒を持つ場合があるのと、そもそも肉体構造がバラバラで内臓の位置も違う、だから安易に解体出来ず、食用には向かないからだ。
だが、食べてないだけで殺しはしてきた。もしかしたら、その殺した中に人間がいたのかも知れない。
そう考え、俺はゾッとした。
だが、俺を他所に他二人は会話を続ける。
「ところで、君に名前はあるのかな」
「あるよ。グリフォって名前が。それより、リュウゲンに質問なんだけど、僕と話通じてる?」
ケンタウロスモドキ――グリフォがそう言うと、リュウゲンは悩ましそうに首を傾げた。
「多分、通じてないよね?頭痛がするから、何か飛ばしてるんだろうけど」
テレパシーを受け取った際、痛みで上手く身体が動かなかったのを思い出す。まるで、脳天を鋭く尖った槍にでも突き刺される様な感覚。にしては、リュウゲンはあまり痛がってはいない。
リュウゲンなら耐えられるのか、とも思ったが、テレパシーによる頭痛の痛みを肉体強度で無効化出来るとは思えない。
あれは、脳に直接情報が与えられ、その負荷により頭痛が発生していそうだ。それなら、テレパシーに対する親和性が高い程、直接脳に情報が入り、痛みが増すと言うのが順当だろう。
グリフォは力なく項垂れると、頭を軽く掻いた。
「やっぱ、彼だけなのかな?」
「ノアの事かな?」
リュウゲンの言葉にグリフォは頷く事なく答える。
「彼と話がしたい。これが僕の個人的な用事。終わったら帰るよ」
何故だか判らないが、そう言うグリフォの姿はリンオウと重なって見えた。森で暮らす変異者であり、彼は変異して生まれた新たな人格と、元々の人格との二つの人格を持っている様な発言をしていた。
その事を思い出し、グリフォはそれと逆の事が起きたのでは、と言う考えが浮かんだ。元々、グリフォは別々の生き物、例えば人と獣が変異の過程で融合し、今の姿と人格に統合された説だ。
が、口にするのはやめた。
そう言った内容の話なのであれば、俺よりもノアの方が適任だからだ。
リュウゲンはグリフォの言葉を聞くと、
「ちょっと待ってて。とりあえず、コロニーに入れて良いかの確認を」
と言い、口から火の玉を数発上空に放つ。その炎は、黄色や赤、青といった鮮やかな色合いであり、空中に停滞するとパンッと軽い破裂音を鳴らした弾けた。
器用な炎の使い方に感心していると、変異者コロニーの方から信号弾が上がる。
すると、それを確認した後にリュウゲンは頷く。
「構わないそうだ」
リュウゲンの言葉に、グリフォは気を持ち直した様子で言う。
「それは良かった。会うのが楽しみだ」
受験者組の当事者について
モリア(森山 秋壱)
退廃世界生活八年目。元サラリーマン。
会社の都合で半ば強引に解雇される。
やることもなく自暴自棄になっていたある日、両親が事故に遭い死亡する。
遺品整理をしていたある日、自身の幼少期から独り立ちするまでの日記や写真、親に渡したプレゼントなんかが入っている棚を見つける。
何の気無しに眺めて居ると、保育園時代の自分から未来の自分へ向けたメッセージカードを発見。
内容を要約すると、「自分は元気に暮らしている。僕は動物、中でも鳥が好きなのでペットの鳥屋さんになりたい」とのこと。
過去の自分にこんな姿は見せられない。どうせ簡単なゆめなのだから叶えてしまおう。
そう思った矢先、空から巨人が現れた。
あらゆる動物が化物となったこの時代、鳥屋さんになんてもう成れない。
だが、世界がこうなってから出会った人の話を聞いてみれば、そのうち何人かは今でも叶えれる夢だと気付く。中には、自力で夢を叶えられない人も居る。
そんな人達のために、モリアは夢を叶えられる内に叶えてあげようと決心した。
ルファン(流川 風斗)
退廃世界生活十六年目。元高校生。
中学時代、窓辺に座っていた友人を脅かした。その友人は驚いた拍子に窓から落下。その光景は、変異して超常的な視力を持つ今の光景より、鮮明に覚えている。
友人は意識は取り戻したが、後遺症として目が見えなくなった。にも関わらず、友人はルファンが犯人だとは言わなかった。
罪滅ぼしにも成らないが、ルファンはその友人の為に尽くすと誓い、自分から彼の介護をするようになった。
そんなある日、空から巨人が現れた。
目を覚ました後の世界のどこにも友人は居なかった。
近くのコロニーで異星人に誘拐された人を探す探査部隊があると聞き立候補するも、友人は見つからなかった。
世話に成ったコロニーも滅び、途方に暮れていた時、ある噂が耳に入る。日本の西側に異星人が統治するコロニーがあるらしい。そこは、異星人に誘拐されたであろう人達が開放されて生活している。
あれから何十年も経っている。だから期待はしていない。だが、もしかしたら、もう一度彼に会えるかもしれない。




