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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界2章∶あくる日の戦士達
27/35

9.届け

 あんな怪物と正面から戦っては、流石に死んでしまう。

 ノアが戦っている大蛇の耐久力は、恐らく生命体の領域を逸脱し、最早建築物に匹敵している。

 そんな化物を相手に、義手とはいえ殴打で大ダメージ。拳でスカイツリーを震わせる様なものだ。


「――後ろから銃口突き付けた状態で戦ったって、お前じゃ勝てねぇよ。タコ」


 荒々しい口調が背後から聞こえ、俺たちは一斉に振り返る。そこに居たのはピアッソだった。

 男は、この事態を引き起こしたにも関わらず優雅に座り、コチラを見下している。

 ユーが苛立たしげに言う。


「ピアッソ、何でここに」

「あ?雑魚共には関係ねぇよ」


 ユーの当然の質問に、ピアッソは予想通りの返しをする。

 疑問が浮かんだ。

 ピアッソの様子からして、彼が自ら俺たちの下に現れたとは思えない。となると、彼に指示を出した者が居る。思い当たる候補は一人。


「……アルソード?」


 アルソードは、ピアッソと会話が成り立つ数少ない人物だ。だから、彼の頼みでここに来たというのなら納得出来る。

 頼みの内容までは判らないが、例えば俺と作業している間に俺とノアの関係に気が付き、巻き込まれない様に様子見を頼んでいた、といった流れならこういう状況になりそうなものだ。

 他にも、俺が不時着して遭難したと思い、その捜索を頼んだとも考えられる。が、それではアルソードが失格後に通信をした事になるので時系列的に合わない。

 やはり、この騒動に巻き込まれない様に見張りを頼んでいたというのが無難だろう。

 ピアッソは目を細めて呟いた。


「へぇ……」


 否定をしないということは、当たっているか惜しい所まで行っていると見て良さそうだ。

 ルバガンテが苛立たしげに言う。


「ピアッソ。この状況、どうするつもりだ?」

「特にどうするつもりも無ぇよ」

「これだけの規模、試験後の生活にも影響が出る。判っているのか?」


 俺もルバガンテと同意見だ。

 試験期間中に騒動が収まればまだいい。しかし、これほど変異獣が暴れれば、駆除活動は必須。試験とは全く関係の無い人々にも影響が出る。場合によっては、死人だって出るだろう。

 だが、当の本人は聞く耳を持たない。


「知らないね」


 ピアッソの様子を黙って見ていたハスキは、何かに気がついたかのように顔を上げる。


「もしかして、君は試験に興味がないのかい?」


 俺はハスキの言葉の意味が判らなかった。試験に興味がないのなら、そもそも試験を受けなければ良い。だから、試験を受けている以上、興味がないと言うのは不自然だ。

 ハスキの言葉を聞いたピアッソは、顎に手を当てて数度小刻みに頷く。


「ま、そうだな」

「やっぱり……」


 ハスキとピアッソだけで話が進んでいるのもあり、俺は彼女に視線を向ける。ユーとカトウも俺と同じく、ハスキを見ていた。唯一、ルバガンテだけは理由を知っているらしく、尚もピアッソを睨み付けている。

 ユーは、ハスキに問いかける。


「どういう事?」

「運営側って事だと思ってね」


 受験者を装った運営側の人間。そう言うことなら、ピアッソの行動も判らなくはない。要するにイベントの様なものだったのだろう。

 今回の試験は、事前知識としてノア一人が敵として設定されている。つまり、俺たちは多対一の想定で作戦を組んでいて、多対多や第三勢力の介入にはノーマークだった。

 その動きを見るのに変異獣を利用した。確かに辻褄は合う。


「そういう訳だ。だから、俺が何しても問題ない訳。ついでに言っておくと、そこのルバガンテも運営側だぞ」

「え?!」


 ユーは驚いてルバガンテを見る。彼女はルバガンテの事をルバ兄と呼ぶ程仲が良い、そんな相手がまさか試験の運営側だとは想像していなかった様だ。

 とはいえ、今さっきの会話で気になる所もあったので、個人的には納得だ。というのも、ルバガンテはピアッソに対して変異獣をけしかけた事には触れず、規模の大きさに言及していた。つまり、変異獣を利用して騒動を起こすこと自体には怒っていないのだ。

 ピアッソを睨み付けながら、ルバガンテは言う。


「この試験には、運営から故意にトラブルを起こしたり、受験者内の関係性を探る為に五人の試験監視員が用意されている」


 彼の説明には違和感があった。

 仮試験を合格し、本試験を受けるのが十二名。この中の五人が監視員では、受験者の半数近くが運営側の人間になってしまう。

 そんな事有り得るのだろうか。


「じゃあ、後三人は?」

「仮で落ちたんだよ」


 ピアッソが即答し、俺は思わずルバガンテを見た。すると、渋々といった声色で彼は説明する。

 本当なら、こう言った裏事情を説明するべきではないのだろう。


「ピアッソの発言は正しい。他三名は脱落した。まぁ、仮試験脱落者の人数に応じてひっそり脱落し、人数を調整する指示だったので、三名全員が悪い訳ではないのだが……。利敵役が一人残る意思を見せているなら、残っている受験者の人数に関わらず助力役として二名は残るのが良いとも言われていた。今回の運営側は、利敵役が二人に対して助力役が三人。利敵役の一人は全体の人数を見て自主的に脱落、これは理解出来る。だが、残る助力役二人は……」

「空気読みミスったんだね」


 ルバガンテが言い難そうにしていたところを、ユーが代弁する。

 俺は運営側の人間ではないが、何が遭ったのかは想像できる。

 予選にて大量の脱落者発生、それを見て自分に仕事がないと判断した利敵役が自主的退場。利敵役の退場を確認し、助力役は他の二人が残れば良いし、自分は脱落して良いなと判断。結果、助力役が二名同時に脱落して現在に至る。 


「マジでアホ過ぎる」


 ピアッソは呆れてそう口にした。不服だが、これに関してはピアッソの言いたいことも判る。前もって落ちる助力役を決めておけば、ミスは起こらなかっただろう。それか、落ちる人は決まっていたが、残る筈の人が脱落したか。

 どちらにせよ、今となっては残念としか言えない。


「で、利敵役と助力役一人ずつが残ったって事か」


 助力役がもう一人居たとして、今の状況が変わるかは判らない。しかし、二人居ればルファン達が居る本隊と今俺達が居る別部隊、その二つに運営側の人を配置出来るのだから、安全管理はしやすくなる。


「しかし、助力役のミスを差し引いても今回の一件は度が過ぎる」


 ルバガンテは刀を抜くと、その切っ先をピアッソに向ける。

 ピアッソはそれを、冷ややかな視線で牽制していた。


「やるってのか?この俺と」

「それでも構わないが?」


 互いの視線が火花を散らす。

 冷戦の様な一触即発の雰囲気は、彼方から響き渡る悲鳴とともに消し飛んだ。大地が震え、遺体山が僅かに崩れる。

 幸い、これによる被害は無かった。が、俺達は悲鳴がした方向を見て絶句した。それは、さっきまで余裕綽々の姿勢を見せていたピアッソも例外ではない。

 あの、山と見間違える程の巨体を持った蛇の変異獣が、全身から血を吹き出していた。

 鱗の合間や目元、口元から流れ出る赤い血の滝は、さながら結婚式で花嫁が付けるベールの様だ。勝敗は既に決していた、

 出血多量にて身体を揺らす大蛇に対し、ノアは威風堂々たる佇まい。

 大蛇は再び雄叫びを上げると眠るように意識を手放し、それを確認したノアは何事もなかったかかのように周囲の変異獣の処理に移る。


「マジか。予定変更だな」


 傍観していたピアッソが立ち上がる。


「逃げるのか?」

「あぁ、尻尾巻いて逃げさせて貰う。無能と違って、引き時は心得てるんでな」


 それだけ言い残すと、彼は機械仕掛けの翼を展開させ、飛び去っていった。

 立つ鳥跡を濁さずという言葉が思い浮かぶ程、鮮やかな飛び立ちだ。しかし、この状況は浮かんだ言葉とは真逆だ。


「事故処理はこっちの仕事か」


 俺は、辺りに居る変異獣達を眺めて吐き捨てた。

 あの大蛇が息絶えた影響か、俺を襲ってきた蛇の変異獣達も統率力が消え失せたが、数が多い。

 しばらくは変異獣の処理が優先だ。

 俺達は、取り敢えず安全な移動経路確保の為に遺体山から変異獣達を撃ち続ける。


「迷惑だね」

「これ、試験終了しても掃討戦挟むよね」


 ユーは呆れ果てていた。気持ちは判る。

 まるで、子供が散らかしたおもちゃを片付ける保護者の気分だ。


「まぁ、流石にノアも消耗してるみたいだけど」


 ピアッソの弟であるアルソードと共に行動したからか、俺は何となくその場を収めようとした。


「こっちだって、エネルギーが切れたら終わりなんだから」


 カトウの発言が突き刺さる。

 カトウの電気銃は、どう見ても市販のものより燃費が悪そうだ。だから、彼女の機嫌が悪くなるのは間違っていない。それに、俺だって同じ状況にある。

 電気銃のバッテリーが切れてしまえば、俺の武器は刀しかない。日本刀を使って熊の群れと戦えるだろうか。ハッキリいって無理な話だ。一匹倒せれば上々、その後は他の個体にたかられて終わり。今がその状況だ。

 もっとも、この中のルバガンテは木刀でもそれを成し遂げてしまいそうだが。

 変異獣を処理しながら、ハスキが聞く。


「何となく話は判ったが、彼の動きは想定外なのは変わり無いという認識で良いかい?」

「制止が入っていない以上、黙認されているのだろうがな」


 そう言いながら、ルバガンテはバッテリーを投げ渡す。ルバガンテとユーは近接戦特化らしく、遠距離戦闘には参加できないので配給係や観測役を担っている。


「ルバ兄って、運営側ならその辺詳しくないの?」

「無い。本部はあくまで瓦商会の面子、それ以外は雇われに過ぎない」


 利敵役が起こすイベントを助力役が知っているのもおかしな話だ。もし知っていた場合、助力役は次に起こるイベントの対策法が判っているので、鍵となる知識や道具の準備が出来てしまう。それでは、試験ではなくゲームのチュートリアルだ。

 だから、利敵役が何を起こすか事前に試験運営に報告していたとして、ルバガンテが知っていることにはならない。


「なるほどね」


 ユーが納得して呟く。すると、彼女は遠くを見ると言葉を続けた。


「あ、ノアどっか行っちゃった……」


 見ると、さっきまでノアが居た場所は真っ赤に染まっていて、そこに彼の姿はない。というか、生き物の姿は無い。

 あるのは地面一面に広がる血の海。そこに、臓物やら血肉が浮いている。

 こっちは俺、ハスキ、カトウの三人。頭数は彼の三倍で変異獣の処理をしていると言うのに、周囲の掃討が完了したのは、それから暫く後の事だった。


「で、どうする?消耗したし一回拠点に戻る?」


 俺が聞くと、ユーは首を横に振った。


「いや、このまま展開したい。今の騒動で、ノアもこっちがどれだけエリアを確保出来てるか判らない筈だし」


 ノアは、大蛇との戦いに集中していたのだから、俺達の位置に関する情報はその時点でリセットされている。

 変異獣の掃討を行っていたのを知っていたとしても、直接干渉出来なかったユーとルバガンテの情報は知りようがない。

 流石のノアも大蛇との戦いで疲労していると考えると、二人がどこまでエリア取りしているのか判らないので、行動範囲は自然と狭まる。エリアを広げるなら、今がチャンスだ。

 各々がユーの提案に頷く中、カトウだけ嫌な顔をした。


「でも、私はエネルギーが少ないし一旦戻りたい。次に戦う程のエネルギーに余裕は無いよ」


 一度拠点に戻っている俺とハスキとは違い、カトウはずっと拠点の外で活動していたのだから仕方がないだろう。


「なら、カトウだけ戻って他の四人でエリアを確保する?」


 ユーはハスキに訪ねる。本当ならルバガンテに聞きたいだろうが、運営側の助力役と判明した以上、指示を仰ぐのは気が引けたのだろう。

 ハスキは少し考えて言う。


「それならば、索敵の時と同じく二人ずつ別れよう。立地的にカトウの援護も出来るし、拠点周辺も掃討は済んでいるだろう。拠点にはルファン、フィオルト、ザスティーと言った索敵が出来る人達が多い。回収は出来る筈だ」


 カトウを単独行動させるのは心配だったが、確かに拠点に居る人達の事を考えれば問題なさそうだ。

 定期的にちょっかい出してきたノアが、今は手出ししてこない辺り、彼の疲労は相当なもの。下手に狙撃して位置がバレる様な事態は避けたい筈。今なら表立って行動したとて、狙われる可能性は低い。


「となると……」


 ユーは俺とハスキを見る。

 二人一組と別れた場合、当然前衛と中衛一人ずつで組む事になる。

 前衛はユーとルバガンテ。後衛は俺とハスキ。つまり、ハスキの提案では確実に俺とハスキはサヨナラだ。


「あれ?」


 視線の意図を察し、ハスキは苦笑いする。

 試験前に、俺と組みたいと言って組分けに異議を唱えていた彼女が、自分の首を絞めてしまったのだ。

 ユーは言い難そうに視線を反らしながら言う。


「まぁ、私とテセウス。ルバ兄とハスキが戦力的にバランス良さそうだね」


 この四人で別れるなら、俺も全く同じ組分けをする。

 俺とユーは、事前に一度組んで戦っている。ので、ある程度呼吸は合わせられる。それに、ユーはさっきまでカトウと組んで行動していた。クローン同士の動きの連動性は、それこそハスキが組分けで異議を唱えた時に検証済み。クローンであるカトウと組んでいたノウハウを俺にも活かせそうな気がする。

 もう一方のルバガンテとハスキの組に関しては、正直ルバガンテが強い以外言うことがない。ルバガンテは変異獣相手に無双出来る実力者。この砦は難攻不落、ノアが相手でも瞬殺されることはないだろう。従って、ハスキも延命可能。

 戦力的にはハスキとルバガンテ組、息の合わせに関しては俺とユー組。バランス的にこれが無難だろう。


「異論なし」

「しまった……」


 思わず項垂れるハスキに向けルバガンテは言う。


「言っておくが、今は組分けの問答をする暇はないぞ」

「わ、判ってる」


 歯痒そうな反応のハスキを見て、ユーはいたずらっぽい表情を浮かべる。


「大丈夫だよ、私に変な趣味は無いからね」


 そう言いながら、彼女は俺の腕に抱きついた。

 変な趣味、とは浮気だとか寝取るという意味なのだろう。ユーはハスキが異星人であることを知っているので、そんな事はしないと判る。ハスキは異星人の姫なので、仮にでも手を出せば普通に大問題だ。


「な?!」


 ユーの突然の行動に、ハスキは驚いている。それを見て、ユーはさらに笑っていた。

 個人的に一番面白かったのは、ルバガンテの震え上がる様な反応だ。彼はユーと情報を共有している。従って、ハスキが異星人だと知っている。

 彼からしてみれば、身内が異星人とその恋人にちょっかい出しているのだ。俺が彼の立場なら、ビビること間違いなし。

 ユーは笑い終えると、俺の手を引く。


「それじゃ、先に行くよ」


 行動方針が決まった今、やるべき事は迅速な行動。ノアが回復し終える前に行動を済ませたい。なので、俺はハスキに向けて手を振ると、ユーに導かれるままその場を後にした。



・・・



 俺とユーは、雪原の中を軽く会話しながら進軍した。

 俺達が向かったのは北方方面。近くには運営やら見物人達用のテントが張られた高原が見える。

 とはいえ、高原に立ち入るのは流石にバッドマナーなので、そこを目指したりはしない。


「いやぁ、可愛いね」


 ユーはさっきのハスキの反応が気に入ったらしい。

 俺も、日に日に表情が豊かになるハスキの反応を見るのは好きだ。しかし、だからといって過度にちょっかい出されるのを黙認するつもりはない。


「あんまりイジメるなよ」


 俺は、釘を刺すついでに彼女の脇腹を肘でつく。


「ごめんごめん」


 談笑は軽く切り上げ、本題に入る。


「で、何処までエリア確保する?」


 俺達の仕事はエリア取り。どこを確保し、情報を得るかが重要だ。

 俺が聞くと、事前に考えていたらしくユーが答える。


「安全に森だか林だか。近くにある高原って運営の拠点が設営されてる。だから、その近辺の変異獣も狩られてるだろうし」


 言われて俺は納得する。

 変異獣の群れが試験運営や見物人達の居る高原に近寄れば、当然処理される。と言うことは、高原の脇を通れば変異獣と戦う必要はない。

 俺は呟く。


「ズルでは……?」

「ズルじゃなくて、頭が良いって言いなさい」


 ユーがムッと頬を膨らませ、刀の鞘で俺の頭を軽く叩く。

 そんな会話をしながら、俺達は林に到着した。彼女の推察通り、道中の変異獣は既に倒されていたので、今までの移動するだけで身の危険があった状況から一転し、何だか気が抜けてしまう。


「わりと簡単に来れたね」


 ユーはそう言いながら変異した木々を見上げていた。

 鬱蒼とした林の植物達は、各々が独自に変異していた。

 樹皮がスポンジの様になったもの、葉が枝に止まった虫の羽の様にパタパタと開閉を繰り返すもの。中には、根っこに葉が生え、樹木本体は全く水分が感じられない萎びた根の様なものもある。

 そんな千差万別の植物を眺めながら、俺はユーに声をかける。


「そう言えば、遠距離武器は持たないのか?銃とか」


 ユーは感覚が鋭い変異者で、敵が油断したタイミングを察知出来る。サブウェポンとして拳銃の様な武器を携帯しておけば、相手が油断した瞬間に攻撃できる。

 しかし、ユーは刀剣しか使っていない。正直な話し、俺にはそれが宝の持ち腐れに思えた。

 俺の問いに対し、ユーは答える。


「良いこと教えてあげる。私が握った銃はね、みんな不殺の誓いを立てるんだ」


 小粋なジョークっぽく彼女がそう言った。俺は彼女がハスキをからかっていたのを思い出し、伝わらないフリをする。


「よし、なら実弾と模擬弾を切り替えないでも問題無いな」


 彼女を引っ掛けるのには勢いが重要なので、俺は有無を言わさず彼女の手に銃を握らせる。途端、彼女は慌て始めた。


「伝わらなくて御免!私、銃駄目!仲間にしか当てたことない!」


 そう言いながら、ユーは銃をバタバタと振る。

 誤射しないように安全装置を付けてはいるが、銃口が至る方向に向けられるのは普通に恐怖映像だ。

 彼女が銃の扱いが下手だというのは、その数秒の行動だけで十分な説得力を持った。


「こわ……」


 俺はそう感想を溢すと、ユーを宥めて銃を取り上げる。

 彼女に銃火器類は持たせない方が良さそうだ。とはいえ、やはり彼女にも遠距離、せめて中距離で応戦出来る手札が彼女にも欲しい。

 俺は、その考えを伝えて互いに悩む。

 銃火器は無理。弓系も練習無しで使うのは危ない。となると投擲系の武器が候補。

 彼女は木の棒を拾い上げる。


「棍棒で我慢するか」


 少しがっかりとした様子で、ユーそう言い木の棒を集める。彼女の視線は、チラチラと俺の銃に向けられていた。言葉にはしないが、思うところがあるのだろう。

 投げ棒は電気銃やら光線銃で戦うには、些か時代錯誤な武器ではある。しかし、全く使い物になら無いという訳ではない。


「相手がノアだから感覚バグってるけど、本当なら棍棒も人殺せるからね」


 俺がそう言うと、ユーは訝しげに言った。


「何を言ってるの?人を殺せない武器でノアに太刀打ち出来ると思う?」


 そんな非殺傷の試験と矛盾する様な発言を言わないでくれ。と思ったが、彼女の言葉には説得力があった。

 大蛇との大怪獣バトルを勝利したノアだ。棍棒で殴り付けたとして、ダメージを与えれるかどうかと聞かれれば、与えられなさそうに思える。


「確かに?」


 俺は思わず納得してしまった。

 何だか、マトモに戦ってもノアに太刀打ちできない気がしてくる。そんな考えが浮かび、俺は首を横に振りながら払拭する。

 考えは士気に関わる。負けると思って戦って、勝てる道理なんて無い。考えるべきは勝つ方法。それでなくとも、互角に戦える姿。ノアと互角に戦うとなると、簡易的でも守りを固めた陣地が欲しい。

 幸い、林には木々のお陰で射線が通りにくく、ノアによる狙撃の危険性は低い。警戒するのは近距離から中距離戦。

 このエリアを防衛するのに欲しいのは、防壁。だが、そんなものはない。即興で作るとするなら柵辺りか。

 俺は辺りを見渡す。

 俺達の今の仕事は、このエリアの死守。だが、何処でも良いと言う訳ではない。確保するべきは、防衛拠点を狙える位置。

 俺は考えをまとめる。


「今のうちに、陣取れる場所を確認しよう」

「賛成」


 俺は、辺りで一番幹と枝がしっかりした造り、かつ高い木を探す。具体的には、ノアが乗っても問題なさそうな木だ。

 大型のネコ科で有名なチーターだって、木の上でのんびり横たわるのだ。ノア一人乗った所で、びくともしない木だってかならずある。

 そう思い、俺は目ぼしい木に登る。その最中、たまたま握った枝に目が行き、俺は止まる。


「あ……」

「何かあった?」


 俺の反応に気が付いたのだろう。ユーがすぐに駆け寄ってくる。俺は、握った枝を折って木から飛び下り、枝に挟まった白い獣の毛を見せる。いや、正確には獣ではなく、獣に変異した人間の毛。


「ヴィヴィの毛だ」


 大前提として、俺達は試験期間中にヴィヴィを見ていない。ノアが地下に落下した時でさえ、駆けつけたりはしなかった。試験に巻き込まれない為だ。

 ヴィヴィはノアの恋人であり、弱点になりうる。実際、それで試験前に一悶着あった。その結果、運営側はヴィヴィが巻き込まれない様に対策を練った。

 内容は知らないが、恐らく何をしでかすか判らないピアッソとヴィヴィの接触を制限するものだ。方法は簡単、試験中、ピアッソが立ち入れる場所を制限し、ヴィヴィをピアッソの移動範囲内に立ち入る事を禁止させれば良い。

 そう考えた場合、ここにヴィヴィが来ることはあり得ない。

 ここは防衛拠点を狙撃するのに絶好なスポットの一つ。もし、ピアッソが真面目に戦ったとして、その狙撃地点一つをルールで潰してしまっては、詰む場面なんていくらでも思い付く。

 つまり、ここに立ち入る事を制限されたのはピアッソではなくヴィヴィ。なら、何故ここにヴィヴィの体毛があるのか。答えは一つしかない。彼女の恋人であるノアが、既にここに訪れたからだ。


「まさか……」 


 ユーも気が付いたらしい。

 丁度その時だった。近くの茂みが音を立てる。

 映画やアニメなんかである、茂みから小動物が現れるのを期待する。しかし、姿を現したのは紛れもなくノアだった。


「こんな所で鉢合わせるとはね……」

「同感」


 俺は右足を引き、通信機を身体で隠すように取り出すが、そんな小手先の技術は彼の前では無意味だった。

 手に取った瞬間、ノアは俺の背後に触手を回り込ませ、手にした通信機を貫く。

 まるでガンマンの早打ちだ。しかも、それを武器ではなく肉体で放つのだ。驚愕して、最早声すら出ない。


「通信ならさせないよ」


 そう言い放つノアだが、予測した通り彼は万全とは言い難い様子だ。身体の要所要所には、乾きかけの血痕が付着し、時折滴り落ちる。

 他の血痕は乾ききっており、この周辺に変異獣が居ないのは確認済み。つまり、乾いていない血痕は、ノアの出血だ。

 それに、全身の武装も少ない。以前、見た時のノアの武装は、大剣と太刀、光線銃とガトリングが二門、ミサイルが二機、レールガンが一門だった。

 それが今や光線銃とレールガンは所持しておらず、ガトリングが一門に減っている。何故かと思っていたが、どうやら変異獣戦でエネルギーを消費しているのだと気付く。

 今残っているノアの装備、大剣と太刀はエネルギーを必要としない。ガトリングが一門にミサイルが一機、この二つは武葬と呼ばれる変異者を元とした武器で、これもエネルギーを消費しない。最後に残ったミサイル一機はチャフだと判明しており、変異獣相手に用いることの無い装備なので、今も残ってる訳だ。

 俺とユーは互いに見交わす。


「テセウス、腹を決めよう」


 そもそも、俺達に退路はない。どちらかが殿しんがりを努め、もう一人を逃がそうとしても、一人ずつ各個撃破されて終わりだ。

 残された選択肢は、二人でノアを退かせるか、仲間が気が付いて応援に駆け付けるか。どちらにしても、俺達二人が戦うしかない。


「仕方ないか」


 俺は嫌々銃を構えた。ユーがからかうように言う。


「勝負したかったんでしょ?」

「正面以外からね」


 俺がそう言うとユーはクスっと笑い、歩き出した。

 別れ際、ユーが囁く。


「誤射したら御免。受け取ったら返してね」


 意味は判らなかったが、意図は理解する。察しろ、と言う事なのだろう。

 俺とノアはクローンとクローンの元となった人間。俺が相手目線ならどう考えるか、そう言った対人戦の初歩的な考え方で思考を読み取られやすい相手だ。

 この読み合いは俺が一方的に不利だ。というのも、ノアには人間だったときの経験はあるが、俺は全身が変異した経験が無いからだ。そのため、読み合いが発生した場合、過去の経験を用いて憶測を立てる事のできない俺が一方的に不利となる。

 ユーが俺に具体的な作戦を伝えなかったのも、そのためだろう。

 例えば、ユーが『私が合図したら、一斉に攻撃』と言った作戦を俺に伝えたとする。すると、俺は自然ユーに意識を向かせる。その俺の反応をみて、ノアが作戦に気が付くと言う流れ。あり得ない話ではない。

 俺は呼吸を整える。

 ユーが回り込んでも、ノアは微動だにしない。俺を眼前に据えたままだ。

 俺よりも変異者であるユーの方が身体能力に秀でている。それを知った上で俺を警戒しているのは、恐らく作戦面において俺を危険視している。

 俺は読み合いでノアが有利だと考えているが、ノアは俺が思考が読めると睨んでいるのだろう。だから、先に俺を叩きたい訳だ。

 俺は耳をすませる。

 俺とノアは互いを警戒している以上、下手に身動きは取れない膠着状態にある。戦闘開始の合図となるのは、ユーの挙動だ。

 ユーが地面を蹴る音が耳に届く。それと同時に、俺は引き金を引いた。

 俺の放った雷撃をノアはサイドステップで躱す。そして、俺が二発目を放つよりも速く、触手を伸ばして凪払う。ローキックの様に足を狙った低空の一撃。誘導されていると知りつつも、俺はジャンプする。

 次に来るのは着地狩り。躱す手段はない。加えて、踏ん張りの効かない空中での被弾。

 俺は銃を捨てて刀を抜く。

 電気銃を盾にした場合、バッテリーの破損で放電する場合がある。バッテリーの爆発は、試験用の規格だろうと重傷を負いかねない。それだけは避けなければいけない。

 追撃の横凪が放たれる。俺は刀を盾にする。が、ノア攻撃が俺に届くことは無かったんだ。俺が攻撃を受けるよりも速く、ユーが攻撃を防いだからだ。

 ノアの触手は痙攣していた。何をしたのか彼女を見てみれば、その手にはスタンバトンが握られていた。

 彼女の咄嗟の判断力に頭が上がらない。

 仮に、彼女が刀か棍棒で受けようとした場合、ノアの柔軟な触手は彼女で止まること無く、鎖鎌や鞭の様に彼女を軸に弧を描く。そして、ノアの攻撃は俺を後ろから襲う構図となる。

 しかし、スタンバトンの様に電流を流せば、触手の筋肉が硬直し、柔軟性は失われる。したがって、鎖鎌や鞭の様にしなること無く、攻撃が止まると言うわけだ。


「へぇ、意外と連携取れてるね。急ごしらえって感じだと思ってた」


 ノアが感心しつつも冷ややかな声色で言う。

 俺は銃を拾った。ユーの行動で気が付いたが、ノアと戦うのに電撃は相性が良い。電気が直撃すれば、その間ノアは触手が使えない。それは、ノアに対する数少ない弱点だ。

 しかし、俺はすぐに認識の甘さを重い知る事となる。

 俺が必至に銃撃戦を挑んでも、ノアの触手の射程圏内。狙いを定める隙が無い。武器を抱え、回避に専念するのがやっとだ。

 ノアが攻撃を空振り、地面を叩き付ける。その衝撃で地面が抉れた。流れ弾のような一撃が必殺の破壊力。本当に命の保証があるのか心配な程だ。

 彼なりに手加減はしているのだろうが、直撃すれば骨折は免れない。継戦不可と判断され、一発アウトだ。

 俺は歯を食い縛る。

 ノア相手に遠距離戦、余りにも馬鹿げている。中距離戦、隙の無い触手の殴打で反撃機会は皆無。一番現実的なのが、化物染みた彼の怪力が活きる近距離戦だなんて信じたくはなかった。

 しかも、受験者の中でも上位の近接戦技能を持つユーでも懐に入ることが出来ていないのが現実。

 必死に見出だした射撃の瞬間も、ノアに軽く躱されて終わり。

 エネルギーを使いきり、俺はリロードに切り替える。途端、俺の身体に影が伸びる。

 俺目掛け、ノアの触手が叩き下ろす為に触手を伸ばしていた。回避の為に飛び退こうとした瞬間、足が滑り落ちる感覚に襲われる。ノアが地面を殴り付けていた影響で、足場が緩んでいた

 一瞬、恐怖で身体が硬直する。

 視界が、音が、意識が遠ざかる感覚。その静寂は、俺を呼ぶ声によって切り裂かれる。


「テセウス!」


 合図と共に、ユーの手中から何かが投擲される。

 背後、完全なる死角から放たれた物体をノアは黙視せずに回避する。

 そう言うことか、と俺はユーの顔を捉えた。

 リロードの隙を隠す為の援護投擲ではない。俺へ向けたパスだ。そう理解し、俺は飛来物を身体に被弾する寸前の所で受け止め、僅かに恐怖した。

 俺の手中に収まったのは、投げナイフ程に小型化されたスタンバトンだった。棒状の黒い本体、その両端には突起が取り付けられており、突起に触れると電流が流れる仕組みなのだろう。

 仮に被弾していたら、失神して試験失格扱いに成っていたのは必至。仲間の誤射で失格に成りました、なんて何の笑い話にもならない。

 何がしたかったんだ、とユーに視線を向けて問いただすと、彼女は自分自身を指差した。

 俺は戦闘直前に彼女が口にした言葉を思い出す。彼女は『すぐに返してね』と口にした。つまり、これを投げ返せと言ったのだ。

 どうなっても知らないぞ、と俺は心の中で訴えると、ノアに狙いを悟られない様にサイドステップを刻んでノアを挟み込む。そして、ノアとユーが射線に重なったのを確認すると、受け取ったばかりのスタンバトンを投擲する。

 何かを予感したのか、一瞬それを受け止めようと触手を伸ばしたノアだったが、すぐに回避に切り替える。何を仕込まれているか判らないのだから、当然の判断だ。

 俺は人間のクローンであり、ユーは変異者ではあるが軽度。人間が触れても起爆しないスタングレネードの様な物を危惧すれば、迂闊には触れない。

 それにしても器用に避けるものだ。と、俺は敵ながらノアに感心した。

 ノアは大型に分類される変異者。しかも、ただ身体が大きいだけではない。その全身には、無数の触手が生えている。だが、ノアは敵の攻撃を避ける際、身体は勿論触手にも被弾しない。女性の長髪より更に長い触手は、こと回避に関してはデメリットでしかない。ドッヂボールの玉を避けるのとは訳が違う。卓越した肉体操作と極めて高い敏捷性の成せる技だ。

 俺の投擲も、避けるか掴むか迷っていたにもかかわらず、回避には余力を残している。やはり、真向勝負ではそもそも勝負にならない。

 (むな)しくスタンバトンが空を切る。それを、ユーは刀で打ち返した。

 ラリーの応酬。そんな言葉が頭に浮かぶ。バトンを警戒していなかったノアですら、思わず視線を向けていた。

 瞬間、理解する。今ならリロードが通ると。

 俺は、電気銃からバッテリーを抜き取り装填する。カチリと言う音が鳴ると同時に、ノアの視線が俺を向く。流れる様な視線誘導だ。

 後は判るな、とユーは微笑んでいる。

 彼女の意図を理解した俺は、空中で旋回するスタンバトンを射貫いた。

 渇いた破裂音と共に、スタンバトンは弾け飛び周囲に電撃が走る。幾ら回避に優れたノアとはいえ、至近距離からの爆発を避けれる筈がない。


「あがッ……!」


 ノアが悲鳴をあげ、全身を痙攣させる。

 彼の足が止まったのを確認すると、俺とユーは同時に距離を詰めた。

 ルバガンテは言っていた。接近戦ならノアを倒せる可能性はあると。今なら、それが身に染みて判る。

 ノアは無数の触手を持っていて、それを鞭の様に振るう。鞭の攻撃速度は音速を越える。だが、鞭全体が音速を越える訳ではない。あくまで音速を越えるのは先端のみ。根元や中腹は音速に届かない。

 故に、懐に飛び込む以外選択肢はない。

 接近する最中、俺の身体に何かが向けられる。

 回転する銃身と目が合い、俺は戦慄した。


「うそだろ?!」


 俺は咄嗟に木の後ろに飛び込む。そして、その直後に絶えず射出音が響いた。

 響く音からして火薬は使用したものではない。もっと静かな、電気かガスによるものだ。

 俺は、地面に転がった弾丸状の何かを拾う。見ると、銃弾ではなく生き物の骨だった。

 補食した生き物の骨、あるいは生成した骨をガスか何かで射出する。それが、あのガトリングの性能らしい。

 俺の隠れている木が抉れ始める。


「こ、こんなの戦車を相手してる様なもんだろ!」


 二人で戦闘しているからまだ良い。もし、一騎討ちなら弾幕で身動きが取れなくなったところを、あの巨体の変異獣を弾き飛ばした矢が飛んでくるのだ。

 余りにも一方的過ぎる。

 俺は頭を抱えて身を丸める。背中越しに伝わる木の震えから、唯一の遮蔽が削り取られているのが判る。


「避けて!」


 弾幕の中ユーの声が届く。俺は反射的に倒れ込んだ。

 直後、俺のさっきまで居た場所が大剣により両断される。木が削れたのを確認し、木ごと俺に攻撃するつもりだったのだろう。

 大剣が引き抜かれ、木が俺のすぐ隣に倒れる。あと一歩で死ぬところだ。


「危な……」


 ノアは、大剣を触手で巻き取る様に回収する。恐らく、鎖の先端に鎌を付けた鎖鎌の様に、触手で大剣を掴んで振り回したのだろう。

 俺は雷撃を放つが、容易く躱されるだけだ。


「く……!」


 ノアの触手が大剣と太刀を握る。瞬間、その刀剣が俺の視界から消える。抜刀術並みの速度で二つの刃が放たれたのだ。

 その事を理解した瞬間、俺の身体が浮く。何が起きたか理解出来ず一瞬頭がフリーズするが、すぐに答えが判った。俺が斬撃に反応出来ないと判断し、俺を抱えて飛んでいた

 彼女は俺を強く抱き締めると、近くの木を蹴り跳躍して高さを稼ぐ。そして、高速で接近する大剣を足場に飛び、続く太刀を躱した。

 まるで、こうやって躱せというお手本を見せられている様な感覚を覚える。

 俺が彼女と同じ様に今の攻撃を回避出来たとは思えない。俺だけ、必要最低限のレベルに到達出来ていない。その事を痛感する。

 着地の瞬間、不意に視界が暗くなり、それと同時に身体が弾き飛ばされる。


「痛ッ……」

「んぐ……」


 俺とユーの悲鳴に交じる。

 着地狩りの瞬間、彼女に庇われた。俺が彼女の足を引っ張たのだ。俺は悔しさから、拳を握り締める。

 ユーは意識を失っていた。この状態でアラームが鳴らないのは、俺とノアの戦闘を妨げない様にしているのだろう。


「ごめん」


 ユーに届かないと知りつつ、俺は彼女に謝った。

 後は、俺に出来ることをするだけだ。

 俺は刀を手放し、さっき彼女が拾っていた棍棒を受け取る。今の二連撃を見切れなかった俺には、近接戦に持ち込む術がない。もはや無用の長物だ。

 銃を構えて特攻する俺に対し、ノアは触手を構える。そして、触手が動き出すより速く、俺は棍棒を投擲した。

 ノアはそれを意に介さず、触手による殴打を敢行する。

 判っていた。ユーが口にした通り、棍棒ではノアに対して効果が見込めない。だから、ノアは棍棒の攻撃を無視する。

 実際にノアと戦闘して判ったことがある。彼は、触手による攻撃を行っている時、足が止まるのだ。本来人間には無い器官を操作しているのだ、回避と攻撃を同時には出来ない。

 であれば、投擲された棍棒に対する対処法は一つ。粉砕だ。

 棍棒が空中で回転しながら弾け飛ぶ。

 俺は、弾けた棍棒目掛けて雷撃を放つ。

 ノアの攻撃は、俺の動体視力で捉えることが出来ない。だから、触手の位置や高さを確認する方法が必要だった。

 位置さえ判れば、電気銃の出番だ。ノアの触手は、電気が流れれば硬直し、速力と威力が激減する。俺が唯一付け入るチャンスだ。

 俺の放った雷撃は、ノアの触手を正確に捉える。が、それを認識すると同時に、俺の身体が宙を舞った。

 何が起きたか判らず、俺は這いつくばりながらノアを凝視する。

 ノアに雷撃は確かに当たっていた。と言うのも、ノアの攻撃を被弾した俺自身、さっきユーと二人で攻撃を受けた時とは違う痺れを感じていたので、疑いようもない。

 なら、どうして。

 俺の瞳に写るのはノアの後ろ姿。身体の向きが変わっている。それが意味するものは何か。

 俺が放った雷撃が避けれないと判断したノアは、触手が硬直する瞬間に身体を捻り反転させ、その勢いで速力が低下するのを対策したのだ。


「お疲れ様」


 ノアが軽い足取りで迫り寄る。

 結果として、一度も有効打を与えることが出来なかった。即興だが、出せるものは出した。他に何か打つ手があったかと聞かれても思い付く事がないくらいには。

 それでも、ひたすらに悔しさが残る。

 俺はノアに伝えたい言葉があるのを思い出す。


「一言だけ、伝えたい事がある」

「何?」


 せめて、ノアの顔を見ながら言葉を送りたい。

 俺は、呼吸を整えて身体を起こすと、ノアの顔を見る。

 送りたい言葉はただ一つ。

 俺はクローンだ。その事を度々自覚する事がある。その時、大抵の人は自分が一度死んだ事を理解して、打ちひしがれると聞く。しかし、俺にそんなことは無かった。理由は簡単だ。


「ノア。生きててくれてありがとう」


 前置きか、続く言葉のどっちかがあった筈だが、疲れた頭にはモヤが掛かって機能していない。だから、単刀直入に要点だけ伝える。

 昨日、ノアと話したときに彼は『自分は一度死んだ身だ』と口にした。その言葉を、俺は最終的に否定できなかった。

 だが、頭を冷やして考えてみれば、別に否定する必要もなかった。ノアが過去の事をどう捉えてるかは知らないが、彼は今生きている。それだけは変わらないし、それだけで十分だ。

 俺の言葉を聞いたノアは、目を丸くすると小さく微笑んだ。


 何故、ピアッソがリュウゲンに次ぐ実力者と呼ばれていないのか


 ピアッソがリュウゲンに次ぐ実力者と呼ばれていないのには理由がある。

 第一に、ピアッソが実力を隠している事。

 コロニーの住民は、ピアッソの実力が判っていない者が殆ど。なので、ピアッソの評価が出来ないというのが要因として存在する。

 第二に、サイボーグである事。

 この世界では、サイボーグの扱いは一部の界隈からゲームのチーターの様に扱われる(こういった考えの人たちは、サイボーグになった経緯は基本的に無視する傾向がある)。そのため、チーターはチートを使ってるから強いだけ。というように、サイボーグも人体改造していなければ強くない、人体改造していれば強いに決まっている。と扱われる。(その実ピアッソは誘拐に遭い、臓器を売られたためサイボーグ化で命を繋いでおり、サイボーグ化前の方が強かった)

 第三に、リュウゲンの評価。

 リュウゲンとピアッソは手合わせしたことがあり、その時のリュウゲンの評価として「機動力、火力共に変異者でも最高峰。恐らく私に近い。しかし、火力を出そうとすれば持久力が著しく低下し、機動力はピアッソの反応速度を超えてしまっている為扱えてない」と評価されている。事実、その評価は当たっており、機動力自体はピアッソは非常に高いが、反射神経・反応速度に関してはルバガンテやリュウゲンの様な元々の肉体でのし上がってきた実力者の方が秀でている。

 そのため、持久力、筋力、敏捷性、耐久力の水準が高いルバガンテの方が巷からの評価が高く、ピアッソはそれより下と扱われている。

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