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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界2章∶あくる日の戦士達
25/35

7.試験開始

 明け方、俺とハスキは廃墟の一室に居た。

 肌寒さに身を縮め、俺は銃を抱きながら崩れた壁越しに外を覗く。

 仮眠は取ったので眠気に心配はない。武器や道具の確認も済んでいて、後は試験開始を待つだけだ。

 普段なら、それなりに出歩いている筈の住民達の姿が見えない。それだけに緊張感が走る。

 砕けた壁に切り裂かれた風が、鋭く肌に刺さる。


「時間か……」


 外が明るくなるのを眺めながら、俺は呟いていた。

 耳鳴りすら聞こえそうな程の静寂。その中、何処か遠くから何かを射出する音が辺りに響いた。


「テセウス。あれ!」


 いち早く姿を捕捉したハスキが指差す。その先には、ミサイルが飛んでいた。

 ミサイルの軌道は天高く、防衛拠点の上空を通過しても落下する事は無かった。

 狙いは防衛拠点である砂上艇の筈だが、軌道が余りにも高すぎる。上空で分散するタイプなのか、別の狙いがあるのか。

 俺がそう考えている時だった。

 弾頭が上空で弾け飛ぶ。それと同時に、キラキラと銀色に光る粒子が煙と共に辺りに広がった。

 ミサイルの意図を理解し、ハスキは通信機を操作する。


「やられた、通信出来ない!」


 俺も確認すべく通信機に耳を当てる。聞こえるのはノイズの音で、仲間の声は一切耳に入らない。


「チャフか!!」


 襲撃前に敵の連絡手段を断つ作戦。

 これでは、戦力を分散させたのが裏目、一人ずつ順番に処理されてしまう。

 こうなった以上、連絡は直接足で伝えるか、光などで信号を送るしかない。

 確実なのは、直接伝えに走る方法。というのも、光で信号を送った場合はノアに覗き見される可能性があるのと、変異者ごとに見える光に差があるので上手く意思疎通出来ない可能性があるからだ。

 どちらにせよ、ノアの位置を見つけなければ始まらない。


「ノアは一体何処に」


 俺が辺りを観察しているとハスキが指差す。


「あのモヤ。もしかして、煙幕なんじゃない?」


 雪原の中、僅かに灰色が混じった煙が停滞している場所があった。風により巻き上げられた雪と溶け合っている為、確証は無いが確かに煙幕のようにも見える。

 俺はスコープを覗き込み、煙幕を見張る。

 突如、煙幕の中から音もなく何かが放たれる。

 それは、地面に積もる雪を巻き上げながら、砂上艇上部に着弾した。

 鈍い金属音と共に砂上艇が傾く。見ると、砂上艇の装甲が一部破損していた。

 砂上艇の防御力は戦車を越える。その装甲がたった一撃で破壊されるともなれば、恐怖もする。

 生身で被弾したら一溜まりもない。


「まさか、このまま破壊する狙いか!」


 傾いた砂上艇に向け、二射目の矢が放たれる。だが、今回の矢は一射目ほどの威力はない。

 まるで、砂上艇を叩き何かを確認でもしているようだった。

 その意図を理解し、ハスキは声を張る。


「違う、重さで人数を測られてる!外の人数を割り出された!」


 野生動物の中には、きのみを叩くことで中の状態を探るものが居る。それと似た原理なのだろう。

 放った矢の力で被弾した砂上艇の重さや音を確認し、中に居る人数を確認する。正確な人数が判らなくても、フィオルトやルバガンテの様な見るからに重量級の人の有無は判る。

 俺は、状況を把握しながら呟く。


「というか、当然の様に煙幕の中から狙撃するのって……」


 インチキにも程がある。こっちはノアが煙幕の何処に居るのかも判らないのに、一方的に攻撃を仕掛けられている。

 しかも、通信機が使えないので連携も取れない。

 俺はため息を吐きながら再度スコープを除く。

 その瞬間、煙の中から放たれた何かが俺の頬を掠めた。


「え?」


 頭で事態を理解するより早く、俺は身体を壁に隠す。

 自然とハスキと目があった。


「バレた?」

「こっちまだ何も仕掛けてないのに」


 会話の最中、天井がピキリと悲鳴をあげる。そこには、植物の蕾の様な物が生えていた。


「これ、植物?」


 試験開始以前にこんな植物は無かった。つまり、今さっき飛んできたのがこの植物。

 飛ぶ植物という単語には覚えがある。

 エーデルワイス。ミサイルポッドに似た形をする植物の武葬だ。

 俺はある仮説に行き着き、口にする。


「もしかして、エーデルワイスの弾頭を矢尻にして……」


 ミサイルは発射の瞬間に音が鳴る。しかし、矢ならばその音は最小限で済む。

 先程のミサイルをブラフにすれば、ミサイルの弾頭を矢尻にして矢を放っても気が付かないという算段だろう。

 俺の言葉にハスキは頷き同意する。


「何か、正攻法の使い方してないよね」


 冷静に考えてみれば、この手札の切り方は少し早い様な気がする。

 ミサイルを矢にして放つのは良い。が、互いに手札を探り合う序盤に使うものには思えない。

 使うなら二日目以降、俺達がミサイルに対して対策を練った後に切るべきだろう。そうすれば、俺達がミサイル対策に講じた時間を捨てさせる事が出来、行動を制限させれる。

 逆に、今は通常のミサイルとミサイル矢の両方の情報が露呈している。この場合、両方の情報を吟味し、その両方を対策、それが無理なら一方は敢えて割り切る作戦に移行しよう、という判断が出来てしまう。要するに、被弾の覚悟を決める時間を与えてしまう為、行動に制限が掛からない。

 俺が熟考していると、視界の片隅で例の植物が膨張する。それはまるで、破裂する直前の風船の様だ。


「不味いかも!」


 俺は咄嗟にハスキの手を引き部屋から脱出する。

 俺達が部屋から転がり出て間もなく植物が破裂、中から紙飛行機の様に羽を生やした種子が放たれる。

 雰囲気からして、種子に触れるのは避けるべきだろう。

 一、中に麻痺の胞子を内包している。二、粘着力のある蔓が飛び出す。三、獣を寄せ付ける匂いの粘液が出る。

 パッと思いつくだけで、この三つが能力の候補。

 中でも、屋内に打ち込んできている辺りからして一つ目と二つ目、あるいはそれに近い能力が有力視される。

 俺は思考を巡らせながら振り返る。

 種子は、音もなく俺達二人に迫っていた。


「この種、何で追尾してくるんだ?」


 俺達を追うのに都合がいい風なんて吹いていない。だが、種子は俺達の事を目視でもしているようにピッタリ追尾してくる。


「もしかして……!」


 ハスキは床に落ちていた鉄屑に電気矢を放つ。

 途端、種子は赤熱した鉄屑に吸い込まれる様に落下した。案の定、種子は落下と同時に破裂して胞子を撒き散らす。

 一連の動きからして、種子の追尾条件は一つ。


「温度」


 俺が確認するように口にすると、ハスキは黙って頷いた。

 恐らく、熱を探知してそちらに重心を傾けるなり、羽を傾けるなりして追尾しているのだろう。

 であれば、出力調整した光線で適当に床を焼けば対処できる。問題は、この廃墟が胞子で満ちる事だ。

 マスクをしていれば問題ないのか、触れるだけでアウトなのか判らない以上、思いっ切り距離を取る他ない。時間が経てば経つほど胞子は自然と広がっていくので、自然とここから追い出される形になる。


「ここを捨てるにしても、遮蔽が無い平地を移動は流石に厳しいか」


 廃墟から脱出するとして、屋外の移動経路の確保は必須。あるいは、何か盾となる物を探すか。

 俺とハスキは適当な部屋に転がり込み、ドアを締めて種子の侵入を拒む。


「通路を封鎖さえすれば種の方は突破は出来ないみたいだ。時間はまだある。確認することがあるから見張ってて」


 俺は指示に従い、窓の縁に身を潜めて外を見た。

 どうやら、種子からノアに向けて情報を送る様な機能は無いらしい。

 俺達を部屋の中に閉じ込めたというのに、ノアがコチラを見る素振りはない。

 種子はあくまで単独で動くだけの性能しかなさそうだ。

 ハスキが端末を弄りながら言う。


「これ、そんなに長居出来る植物でも無いみたい」

「判るの?」

「植物の反応からして、活動停止まで十五分くらいだね」

「それはそれで長いね」


 確かに、十五分で枯れる植物と言えば短命にも思えるが、射出後に十五分敵を追尾する兵器と考えると長い気がする。

 再使用までの時間が十五分を切っているのなら、事実上永続的に敵を追尾するようなものだが、二発目を撃ってこない事からしてそれ程回転率が良いわけでもなさそうだ。

 そうこうしていると、外に三人の人影が現れる。フィオルトとザスティー、それにガンダスだ。


「フィオルトとザスティーは索敵出来るからだろうけど、何でガンダスも?」


 俺の口にした疑問は直ぐに解消される事となる。

 ノアの潜む煙幕に向け、フィオルトとザスティーが弾幕を張り牽制する。

 そして、それに紛れる形で接近したガンダスは煙幕の上空に飛び立つと大きく羽撃いた。

 突風により煙幕が消し飛び、ノアの姿が露わになる。遠目に見ても、何やら驚いているのが判る。


「なるほど。煙幕を翼で払う為か」


 俺が納得している傍らで、ハスキは苦い笑みを浮かべていた。


「何か、あの人だけ居る世界が違う気がする」


 異星人が世界観の話をするのか、という言葉が浮かんだが口にするのは止めた。

 実際、俺達は電気やら弾薬やらで戦ってる中、ガンダスだけ気とかオーラみたいな別概念で戦ってそうな雰囲気があるし、そう口にしそうですらある。


「言いたいことは判る」


 俺はため息を零すと照準をノアに向けた。


「大凡の位置もバレてるだろうし、独断で撃って良い?」


 本来ならルファンから連絡が来るまで待機なのだが、それが届かないのが現状だ。多少リスクではあるが、今は三人がノアの前に立っている。狙撃し返される、なんてことは無いだろう。


「良いと思う。二、三発撃って位置を変えるべき……。いや、移動してもどうせバレるから意味ないか。撃った後に隣の部屋に移動するくらいにしよう」

「隣の部屋で良いの?」


 ハスキは頷きながら答える。


「良いよ。で、その次は階層ごと移動する長距離移動。短距離移動と長距離移動を不規則に行って、私達が射撃位置に着くまでの時間を読ませないようにする。正直、私達にはこれくらいしか手段が無いかな?」

「了解」


 俺は返事と共に壁を撃ち抜いて隣の部屋に開通させた。廊下がどれだけ種子の胞子で満ちているのか判らないので、これしか手段が思い付かない。

 ハスキの指示に従い。俺はノアに向けて数発ちょっかいを入れると隣の部屋に移動したり、床を破壊して下の階に移動して身を隠し、再度ちょっかいを入れる。

 最初は三人が前に出たので本格的な戦闘が始まるのかと思ったが、まずは挨拶と言った感じで軽く流すものが殆どで、本格的な戦いには至らず、互いに様子を伺う形となった。


「退いたかな」


 開口一番の戦闘は様子見のまま終わった。双方共に距離を開け、それに伴い互いの攻撃の手が緩やかになり、最終的にノアが撤退する形となった。


「みたいだね。私達も移動しよう」


 そう短く会話を切り上げると、俺達は次の狙撃地点への移動を開始した。



・・・



 次の狙撃地点は、廃墟の南東に位置するデブリ地帯だ。

 宇宙から飛来してきた鉄屑達の墓場であり、人間では扱いの知れない機械の残骸が文字通り山のように積まれている。

 中には鉄の板を溶接した小屋やら生活感が垣間見えるが、試験中ともあり住民は居ない。

 そんな中、俺達は瓦礫をかき分けてある作業に勤しんでいた。


「タレット設置完了。北西に向けてるけど、良いんだよね」


 作業というのは、狙撃地点防衛ようのタレットの設置だ。タレットのセンサーは廃墟の方向に向けてある。

 ノアが狙撃地点から別の狙撃地点に移動するという形式を取った場合にいち早く察知出来る様にだ。


「南側は変異獣の洞窟があるから、それでバレても勿体ない」

「まぁ、タレットは俺達と違って模擬弾しか撃てないから、変異獣倒せないしね」


 俺達の使っている銃は、模擬弾と実弾、あるい電撃を切り替えられる仕様になっているがタレットはそうではない。センサーに触れた相手に決められた弾を撃つだけだ。なので、ノアには模擬弾、変異獣には実弾のような切り替えは出来ない。

 変異獣が活発な方向に向けては、獣がセンサーに触れてタレットが起動、獣がタレットに気がついて破壊、といった流れにもなりえる。それを裂けるために南側はスルーさせたいのだろう。

 俺がタレットの設定を済ませると、ハスキは矢を作っていた。この辺りは変異獣が多いので、実弾を補充しているのだが。


「何?そのナイフ」


 俺はハスキの使っているナイフをまじまじと見つめる。

 この辺りに落ちている廃品達は、上から降ってきた宇宙船の残骸だ。一見鉄くずにしか見えなくとも、人間より発達した技術を有する異星人が作ったもので、生半可な力では太刀打ちが出来ない。

 例え細い鉄の棒きれであっても、斧や糸鋸で切ろうとすると道具のほうが駄目になる。

 鉄の棒をハスキはナイフで削り出していた。まるで鉛筆を削る様に、鉄の棒を尖らていく。

 アニメや漫画で鉄を切る刀の描写を何度か見たことがある。それが現実で行われているのだ。


「永久の都に居た時に買った物だよ。変異獣が素材みたい。流石にこの切れ味には引いたかな……」


 爪や牙が斬鉄剣になってる変異獣になんて、お目にかかりたくない。

 俺は作られた矢を手に取る。

 特殊な器具を使わず、女性の力で削り出されたその鋒は鋭く、バリすらない滑らかな断面をしている。

 俺は思わず口にする。


「レーザーでももう少し切れ味悪いよね」

「エネルギーも使わない、色々設定もいらないしね」


 レーザーで物を加工するのには出力と時間が重要だっただろうか。弱いと切り出せないし、強いと焦げたりして使えなくなる。照射時間も同様だ。

 俺はある程度知識が浮かんだ所で考えるのを止めた。

 俺が生涯でレーザーを使った記憶はない。学んだ記憶もない。なのに知識が浮かんでくる。どう考えてもクローン担った際に与えられた知識で、俺個人の記憶でない。

 こういう事を考え出すと、何処までが自分の記憶で何処からが与えられた記憶なのか判らなくなる。追求すれば神経質になりそうな気配もあったので、途中で思考を止めたのだ。

 ハスキは矢の制作を終えると、具合を確かめる様に弓に矢を番えて呼吸を整えて息を鋭く吸う。


「スゥ……」


 ふと疑問が浮かんだ。ハスキが銃を撃つとき、息を吸っていただろうか


「あれ、ハスキって撃つ時息吸ってたっけ?」


 俺が訪ねると、ハスキは電気弓を抱きながら答える。


「これを扱うように成ってから、君を真似たんだ」

「へぇ」


 ハスキが俺のことを真似ていると考えると、何だか微笑ましい気持ちになってくる。

 俺の視線を弓に対するものだと思ったのか、彼女は俺に弓を差し出す。


「使うかい?テセウスの方が上手いだろ?」

「やめておくよ」


 俺は、別に弓に対して強い思い入れがあるわけではない。それに、クローンによる影響なのか、今の俺は弓より銃の方が扱いやすい。なので、俺よりハスキ方が適している。

 何の気無しに視線を外すと、気になる物を見つけた。

 デブリ地帯の廃品の中には小屋の様な建物もある。宇宙船が墜落した際、部屋が原型を留めて残ったものが、丁度建物みたいに見えるのだ。

 その建物の壁が焦げていた。それも真新しい煤汚れで、昨日今日の痕跡だ。

 俺は汚れを観察しながら言う。


「電気銃の痕……。ピアッソとアルソードがここに居たみたい」

「本当だ。ちょっと見せて」


 ハスキに促され、俺は道を開けて彼女の後に続く。

 最初に見つけたのはただの焦げ跡だったが、後から血痕や爪痕、変異獣の遺体が見つかった。

 それらは、まるで羅針盤の針により示されているみたいに並んでいる。


「痕跡が続いてる方向。まさかと思ったけど、洞窟の方向だよ」


 痕跡は蛇の洞窟に向け続いている。

 蛇の洞窟といえば、狙撃地点の中でも最も危険な場所だ。相当腕に自信がなければ、まず立ち入らない。


「何で洞窟なん……」


 そう言いかけて俺は絶句した。

 変異獣が住み着くとされている蛇の洞窟。その入口に、うっすらコードが伸びている。それも、一本や二本ではない。よくよく目を凝らしてみれば、血管のようにコードが伸びているのだ。


「アレって、そういう事だよね」


 コードの先が何かは判らない。が、それが爆薬だろうとスピーカーだろうガスだろうと狙いは一つ。洞窟内にいる変異獣を怒らせ、外に炙り出す為のものだ。

 俺と同じく、コードの意図を察知したのかハスキは言う。


「拠点に戻るかい?通信が出来ない以上、直接伝令を走らせるしかないし」


 避けるべきは、怒り狂った変異獣達に俺達が巻き込まれる事。

 何も知らされずに変異獣の群れが一斉に現れては、実践用の完全装備があったとしても生存できるか怪しい。仲間が巻き込まれない為には知らせるしか無いのだが、ノアのチャフの影響はまだ残っている。

 俺は考えながら言う。


「二人して移動しなくていいと思う。俺が残るよ」


 現状、七箇所の狙撃地点の内一つの主導権がノアに奪われている。一箇所ならまだ良いが、二箇所目までフリーにして奪われる訳には行かない。

 それに、仲間が移動するのを見守るのに狙撃地点は丁度いい。誰かが狙撃地点で見張っていれば、その間ノアが現れた瞬間に対応なり、仲間に危険を知らせるなり出来る。

 俺の考えを理解してか、ハスキは特に反論を示さなかった。


「大丈夫?」


 少し不安そうなハスキに向け、俺は答える。


「問題ないよ」


 俺は、元々ハスキ達と出会う前は単独で外の世界で生活していた。単独行動なんてわけない。むしろ、ハスキよりも隠密面では優れているだろう。

 ハスキは不安そうではあったが、それを押し隠す様に言う。


「それじゃ、任せたから」


 別れを告げるハスキに手を振り、俺は彼女の帰路を見守る。何事もなさそうなのを確認すると、俺は周囲環境の確認に切り替える。


「さてっ……と」


 俺が辺りを監視していると、デブリ地帯の何処かから独り言の様な言葉が耳に届いた。


「…………これで良し。後は……」


 ノアの声ではない。また、ピアッソの荒々しい口調とも異なる。残った候補を頭に思い浮かべながら、俺は声のした場に足を運んだ。

 そこに居たのは、サイボーグ化した変異者の片割れ、弟のアルソードだった。

 背中を丸め、瓦礫を漁りながら何かを仕掛けている。恐らく罠の類いだろう。

 彼は、俺の気配に気が付くと俺に背を向けたまま声をかけて来た。


「ん?何だ、ここに居たのか」


 俺は彼に訪ねる。


「変異獣の巣に何か仕掛けた?」

「知ってるのか、なら話は早い。変異獣の巣に爆弾を仕掛けたから、避難してくれ。何かあったら安全な場所に送り届けるから」

「え?」


 俺は思わずそう溢していた。

 忠告するつもりだった、と言わんばかりの口振りで嘘には見えなかった。

 意外だった。二人は自分の好き勝手する様な立ち回りをしているので、てっきり俺達まで巻き込む腹積もりかと思っていたからだ。


「どうかしたか?」

「いや、思ったより素直だったから。変に煙に巻かれるのかと思ってた」


 俺の言葉を聞き、アルソードは小首を傾げる。

 アルソードはサイボーグ化の影響と甲殻類っぽい見た目で、ルバガンテと同様に表情を読み取ることは出来ない。

 ただ、アルソードは他の人に比べてリアクションが判りやすいので、俺の発言に対して訝しげな面持ちを浮かべている様に見える。


「だって、巻き込まれたら嫌だろ?ノアならともかく、お前みたいなのが巻き込まれたら死にかねないし」


 俺達の心配をしているのはいいが、問題はそこではない。問題は何故、他の人を巻き込むような作戦を立てたかだ。


「質問なんだけど、何で爆弾なんて仕掛けた?」


 俺の質問に、アルソードは悪びれる様子もなく答える。


「俺達サイボーグは三日間戦闘なんて無理だからな。一日目に戦闘、二日目に休憩、三日目に最終決戦って考えると試験に干渉出来ない日が必ず来る。その穴を埋めるためだ」


 俺は、アルソードの話を聞き疑問に思った。

 俺の仲間には、アルソードやピアッソ同様にエネルギーを常に消費している者が居る。彼に比べると、なんだかエネルギーが切れるのが早く思えたからだ。


「でも、フィオルト……えっと、スーツ来た異星人は長時間活動してもエネルギーが切れる事は無かったけど」


 アルソードは少し考えるような仕草を挟んだのちにハッとなり答える。


「あぁ、それはスーツだからだろ?サイボーグはエネルギー消費が激しいんだ。サイボーグは人造の臓器とか、あるいはアタッチメントに応じて消費エネルギー量が上下する。で、消費エネルギー量が増えたとしても簡単にエネルギー貯蔵量は増やせない」

「何で?」

「エネルギー貯蔵量を増やすってことは、バッテリーを身体に植え付けるってことなんだが、判りやすく言うとそれだけ体積と重量が増えるんだよ。何て言うかな、リュックサック……は言い過ぎだが、ポーチを身体に移植するのか、みたいなぐらい変わる。で、重量が増えれば活動に必要な消費エネルギー量もまた増える。つまり、燃費が余計悪くなる」

「なるほど?何となく判ってきた」


 体積と重量が変わるということは、身体のバランスが変わってしまうということだ。それに加え、燃費の悪化。確かに、彼らがバッテリーの拡張を望まない理由は判る。


「スーツに関しては、俺達サイボーグと違ってそもそも基本となる消費エネルギー量が少ない。人造臓器がなくて、あくまでスーツ内の環境さえ整ってれば良いからな。ついでに言えば省エネモードも使えるしな」


 燃費問題に関してはフィオルトやアルソード達じゃないと判らない話なので、俺はよく判らない。しかし、感覚的には理解できる。


「サイボーグって省エネ無いんだ」

「あるにはあるが、サイボーグの省エネモードって人造臓器に必要なエネルギーを抑えたりするから、生身で言うと呼吸に制限付けるみたいなもんだ。隠密時には使えなくもないが、基本的にデメリットでしかない」


 確かに、何かから隠れる際には良く息を止めたりはするが、日常的に息を止めて活動するかと聞かれれば否だ。

 効率とか以前に、そもそも生活しにくい。そういった話なのだろう。


「で、スーツの話に戻ると、スーツは自分の欲しい所だけイジれる。でもって、装備をその場で捨てれる訳。だから、人によっては戦闘機みたいに高速移動出来るけどエネルギー補給が随時必要なスタイルもあれば、武器にエネルギーを消費しない代わりに長期間活動出来るみたいなスタイルもある。お着替え感覚で、応じて装備変えれるしな」

「なるほど。となると、フィオルトは後者と」


 心当たりは確かにある。フィオルトのスーツは自分の身体がこの環境に馴染むまで補助する事を重視していて、装備自体も実は少ない。出力だって、片手で人二人は持ち上がらないくらいだ。

 その分だけ燃費が良いというのは、確かに理解できる。

 俺の言葉にアルソードは同意する。


「だな。武装もあんま無いし、俺らよりは数段燃費事態は良いだろ」


 ということは、ピアッソとアルソードの瞬間火力はフィオルトを越えるのだろう。それは正直見てみたい気もする。が、今重要なのはそこではない。


「爆弾を設置した理由は判った。で、今ここに来た理由は?爆弾に雪が積もってたし、設置したのは今さっきって訳じゃ無いだろ?」

「アイツがチャフなんて使ってたから、ここに罠仕掛けとこうかなって。後、ついでにバッテリー回収」


 考えてみたら、彼の発言の意図は簡単に判った。

 現在、地上で人が争う相手といったら変異獣が大半だ。レーダーや通信機を使う相手ならまだしも、変異獣はそんなもの一切使わない。そのため、チャフの需要は少なく、生産される理由もない。

 だが、そのチャフを今も使っている場所は存在する。

 宇宙だ。宇宙では、未だに異星人同士の戦闘が行われており、チャフも現役。

 なので、地上でチャフミサイルを回収出来る場所といえば、宇宙からの飛来物を集めたデブリ地帯しかない。


「そうか。デブリの中から掘り出すしかないのか」

「そうそう。だからこうやって……」


 アルソードは口を動かしながら床に落ちた鉄板にワイヤーを仕込む。ワイヤーの先には、警備用の電気グレネードが取り付けられており、不用意に触ればグレネードが起動、感電させる仕組みだ。


「罠を設置してる。古典的なワイヤートラップだが、原始的だから逆に探知されにくいかもってことでな」


 センサーよりも気付かれにくいかは審議だが、狙いとしては理解できる。


「そんな訳で手伝ってくれ」


 アルソードは電気グレネードは俺に向けて差し出した。作戦は理解したし、特に俺達の行動に支障をきたすものでもないので断る理由もない。

 なので、俺は気があまり乗りはしなかったがグレネードを受け取った。


「まぁ、それくらいなら」


 作業は単純なものだ。ノアの様な巨体が通れそうな場所、あるいは、彼の使いそうな道具の近く。チャフ見つけた場合は上に瓦礫を被せ、その瓦礫が動いたら起動するように罠を仕掛ける。

 そんな作業を俺とアルソードの二人がかりで行った。


「ふぅ……。終わったか」


 罠を仕掛ける作業というのは、思ったより重労働だった。一歩間違えれば、即座にグレネードが起爆するのだ。集中力のすり減る嫌な疲れ方をする。

 仕事を終え、俺が一息つくとアルソードが話しかけてくる。


「じゃ、適当に安全そうな場所に送るからコレに掴まれ」


 そう言いながら、アルソードは一本のケーブルを取り出す。ケーブルの先端には三角形のつり革の様な器具が取り付けられており、そこに靴の痕が見て取れる。

 要約するのなら、つり革に足を突っ込んでケーブルに掴まれと言いたいのだろう。

 俺は本音を零す。


「え、こわ……」


 ・・・


 手渡されたケーブルにしがみつき、俺は空中を散歩してた。もっと風に煽られたりバランスを取るのが難しいかと思っていたが、想定とは裏腹に安定している。

 アルソードも俺の方を目視で確認する気配はなく、呑気に鼻歌を歌っている。


「もしかして、慣れてる?」

「良く兄貴をこれで運んでる」


 どういう兄弟なんだ。というツッコミを喉奥に押し留める。

 俺はチラリと地面を眺め、身震いした。

 飛行高度は数十メートル程。アルソードからすればお散歩気分の高さなのか気楽なものだ。

 しかし、俺からしたら間違いなく極高所。パラシュートでも欲しい高さで、握りしめたケーブルからは安全性なんてものを微塵も感じられない。

 そんな中、アルソードは話しかけてくる。


「思ったより恐くないだろ」

「全然恐いけど……」


 電気コード程しかない細身のケーブルに俺の命が掛かっている。ツルっと手が滑ったら俺は真っ逆さまに地面に落下。恐いに決まってる。

 仮にアルソードが子供のノリでウェーイとでも言いながら一瞬でもケーブルを手放そうものなら、俺は間違いなく失神する。その確信が俺にはある。

 だが、アルソードは俺の気も知らずに首を傾げていた。


「そうか?落ちても余裕だろ」

「それ、自分が飛べるからでは?!」


 飛行能力のある人と無い人では高所における恐怖の度合いがまるで違うのだろう。

 元は人間という同じ種族なのに、何とも不公平は話だ。とはいえ、彼の場合は完全に変異による賜物というわけではない。飛行に使っている部位はサイボーグ化によって得たものだ。

 俺は疑問に思った。

 空中なんて、普通人間が慣れる様な環境ではない。となると、アルソード達はもしかしたら人間で居た時よりサイボーグで居た時の方が長いのではないか。漠然とそう思ったのだ。


「二人ってさ、何時いつからサイボーグに成ったんだ?」

「七、八年前かな。変異の時に生命維持に必要な臓器が溢れて、サイボーグ化手術が必要になった。兄貴と会ったのもそこだ」


 二人の年齢は雰囲気的に二重後半、外見的に年齢が判別つかないのでプラマイ五歳差ほどだろうか。どちらにせよ人間で居たときの方が長いが、確かに八年ともなればサイボーグの身体に慣れるだろう。


「血の繋がった兄弟じゃないんだ」


 てっきり普通の兄弟だと思っていたが、話の流れからして義兄弟と呼ばれる関係だ。

 言われてみれば、アルソードとピアッソの見た目は似ているが、それはサイボーグ化によるもの。つまり、サイボーグになる前の姿を知らないので、見た目で判別は着かない。


「同じ医者からサイボーグ化手術を受けたんだ。半分は同じ親みたいなもんだろ」

「確かに。でも、兄があんなに荒々しいのに、アルソードにそんな感じしないのには納得」


 俺がそういうと、アルソードは怒るでもなく少し困った様に頭を掻いた。


「兄貴はなぁ……。しゃあねぇよ」

「え?」


 アルソードは言うか言わないか迷ったのか、少し黙り込んだ後に語り始めた。


「兄貴は、家族揃って体内に発電器官を複数持つ変異者だった。で、ある日人攫いに遭って、後はお察し。救助こそ来たが、助かったのは兄貴だけ。その兄貴も発電器官を一、二個持ってかれてて、身体を安定させるのにサイボーグ化手術が必要だった」


 嫌な事件だ。

 現代において、電気を使う道具や技術は多岐にわたる。発電器官を獲得すれば、一々エネルギー不足に嘆く心配もない。狙われるには、十分すぎる理由だ。


「変異者の種類は複数あれど、兄貴みたいに体内でエネルギーを生成出来る奴は稀だ。この島でも、そんな芸当が出来るのなんて、二桁行かない。ここで問題、体内でエネルギーを生成出来る奴を狙うのは変異獣か?それとも人間か?」


 そんなの、答えは一つに決まっている。


「……人間」

「正解だ。人によってはさ。今の時代が退廃以前より良い、なんて言う奴が居るらしい。人間同士の戦いなんて滅多に起こらないし、人殺しなんて話聞かないってな。笑えるよ。俺達兄弟の相手は、何時だって人間だった」

「そうか……」


 残酷な話であり、理解出来る話だ。

 ピアッソとアルソードはノアの使用する武器を確認した瞬間に、ノアが訪れるであろうポイントを推理して行動した。対人間の動きを熟知しているからこその動きなのだろう。

 つまり、それだけ人から襲われたという事だ。

 もっとも、だからといって無関係な俺達にまで壁を作られては困る。

 俺はため息を吐く。丁度それと同時に、アルソードは何か思い出したみたいに頭を上げて空を仰いだ。


「あ、でも最近は変異獣も怖いな」

「何か遭ったの?」


 最近と限定するからには、今まで起きたことのない事例が発生したのだろう。


「変異獣ってさ、基本的に俺らのことを避けるんだ。多分、サイボーグ由来の電気とかの反応を避けてるんだろうけど。でも、最近は俺らを襲う様になってきた」


 変異獣がサイボーグを避けるのは感覚的に理解できる。変異獣は、元を辿ればノーマルな野生動物。故に、動物が人間の使う機械を見て驚き飛び上がる様に、変異獣も機械が苦手なのだろう。

 だが、それを恐れなく成った。

 俺は、自分が死んだ原因と成った変異獣の事を思い出す。

 道具を使う奴らの様な変異獣であれば、人間の扱う機械が扱えても不思議はない。場合によっては、利便性に気が付き、強奪に走りかねない。


「その変異獣って、何か喋らなかった?」

「喋る変異獣か。そういや、リュウゲンが何か聞いてきたな。もしかして、会った事があるのか?」 


 俺以外の人も認識しているというのなら、本格的に変異獣の動きがきな臭くなってくる。まるで、何らかの指導者でも居るみたいだ。

 そんな事を考えながら、俺は質問に答える。


「ある」


 アルソードは器用に空中で静止し、俺の方を向いた。


「もしかして、その変異獣ってさ――」


 アルソードが語る最中、丁度俺の眼前を何かが射抜く。

 音が鼻先を掠め、俺は驚き思わずケーブルから手が離れそうに成るのを必死で堪える。


「あっぶな……!!」


 偶然、アルソードが空中でよそ見をしなければ当たっていた。そう確信出来る程の紙一重。

 被弾しなかったのが奇跡だ。


「く……!」


 アルソードは、苛立たしげに射撃されたであろう方向を向く。少なくとも、俺にはその視線の先に何が見えるのか判らない。


「コレを使え!!」


 俺が彼方を眺めていると、ケーブルを伝って何かが手に触れた。

 缶ジュースのような大きさと形状をしている道具だ。パッと見ただけでは手榴弾にしか見えない。


「何コレ?」


 俺は、手榴弾モドキとケーブルを繋いでいたフックを取り外す。手榴弾モドキにはピンの代わりにスイッチが取り付けられていて、如何にも押せと言わんばかりの見た目だ。


「良いか?着地地点に投げろよ!!」

「それってどういう……」


 俺の質問には答えず、アルソードは空中で回転し始める。それに従い、俺はハンマー投げみたいにケーブルごと振り回された。

 身体に降りかかる遠心力と何時来るか判らない狙撃の恐怖により、俺は手榴弾モドキを握りしめて身体を震わせる。


「せーの!!」


 アルソードの言葉の直後、ケーブルが音を立てて切断される。自然、俺の身体は投石器で放たれる様に宙を駆け抜ける。


「嘘だろ?!」


 確かに、この速度で落下する敵を射抜くなんて、放たれた銃弾を狙撃する様なものだ。例えノアでも百発百中とは行かないだろう。

 だが、いくら何でも力技過ぎるし、俺の負担も尋常では無い。スカイダイビングの経験だって無いのだから、空中での姿勢制御だって知らない。

 俺は必死になって腕で顔を覆い、地面との距離を測る。この速度で地面に直撃したら、俺の身体は木っ端微塵。助かるためにアルソードを信じる以外の選択肢は無い。

 全身で空気を切り裂きながら落下しているのを肌で感じる。感じるまま、地面と衝突する時間と場所の見当を付け、俺は手榴弾モドキのスイッチを押し込むと地面に投げつけた。

 それは、軽い音を立てて雪原に突き刺さる。そして、直後に大量の泡を噴出させ、俺の身体を受けた止める。

 泡とスライムを足して二で割った様な感触。それにより、落下した俺の衝撃は優しく包み分散した。

 お陰で身体に負担はない。しかし、無事という訳では無い。


「じゅ、寿命が縮んだ……」


 俺はそう呟き、胸を抑える。

 心臓が張り裂けそうな程に痛い。

 この着地方法、どう考えても心臓に悪い。絶対に年単位で寿命が減った。

 そう確信するほど、俺の心臓は激しく脈動している。

 試験中だということを思い出し、俺は呼吸を整える間もなく泡の山を滑り降りる。それと同時に、上空で何かが爆ぜる様な音が鳴り響き、アナウンスが後を追って木霊する。


[アルソードに損傷を確認。本来なら致命傷に至るものと判断し、失格を宣言します]


 俺は泡の影に身を隠しながら上空を見上げる。そこには、片翼がひしゃげて折り曲げられたアルソードが居た。


「そんな……」


 アレでは高速飛行どころか、安定飛行出来るかすら怪しい。

 アルソードは、失格の通知を受けて緩やかに降下している。が、その姿勢は余りにも不安定で強風の度に身体が流されているのが素人目でも判る。


[失格者は試験運営本部に移動をお願いします。単独での移動が不可能な場合は、その場で合図となる行動を行って下さい。即時回収しに向かいます]


 プライドからか、少し間を開けた後にアルソードは上空に向けて電撃を放つ。それから程なく、変異者達が駆けつけるとアルソードの肩を背負い撤退していく。

 回収部隊は護衛も兼ねているのか、実践兵装を装備した変異者も追従していた。

 迅速な行動から、少し安心感を覚える。

 これなら不慮の事故で身動きが出来なく成っても問題はなさそうだ。

 ふ、と俺は辺りを見渡す。


「そういえば……ここ何処?」


 そこは、地図で確認した覚えのない場所だった。

 ルファンが俺達に見せた地図は、防衛拠点を中心に辺りの景色を記した物。その中に無いとなると、狙撃地点の外ということになる。

 問題は方角。

 最初、俺はアルソードから安全な場所に送ると言われた。その話を聞いた時、てっきり防衛拠点まで運んでくれるのかと思ったが、改めて考えるとそうではない。

 ノアが狙っているのが防衛拠点、そこに遮蔽のない空路で向かうとは到底思えない。しかし、防衛拠点を目視出来ない程遠くに移動したのでは、拠点が攻められた際に援護出来なくなってしまう。

 となると、ルファンが見つけた狙撃地点の何処か、または狙撃地点に類似する場所が候補として上がる。

 実際、俺達と情報共有していなかったにも関わらず、アルソードはルファンが提示したデブリ地帯に現れたのだ。二組とも同じ地点を有力視していた可能性は高い。

 デブリ地帯に隣接している狙撃地点は蛇の洞窟と廃墟。

 俺はくるりと周囲を見渡す。崩れた建物はあるが、俺とハスキが陣取っていた廃墟には似ても似つかない。

 となると防衛拠点の南側、蛇の洞窟や土砂の瓦礫の外側あたりが候補となる。

 俺は思考をまとめながら辺りを練り歩く。仮にここが蛇の洞窟の近くなら、何かが這ったような痕跡が有る。が、周辺にそんな痕はない。

 取り敢えず変異獣の巣の近くで遭難した訳では無い。そう安堵したときだった。一歩踏み出した足が雪の中に埋没し、自然と俺の身体は雪の中に引きずり込まれた。


「うわ?!」


 雪山で地面の亀裂が雪で覆い隠された天然の落とし穴のことをヒドゥンクレバスと言うのを思い出した。だが、今となっては後の祭りだ。

 俺は地面の亀裂に引きずり込まれ、落下を余儀なくされる。

 程なく不時着。その衝撃からか、鼻の奥に血の匂いが広がる。

 どれだけ深くまで落ちたのかは判らないが、身体の痛みからして精々建物の二階か三階程度の距離だろう。

 ライトで辺りを照らした直後、ここが何処なのか理解する。


「もしかして、地下道?」


 足元に広がるのはタイル。苔こそ生えているが、外界とは隔離された地下空間というって原型を留めている。

 壁には蔦が絡まっているが、掲示板らしきものや消火栓なんかが見て取れる。

 退廃以前の景色を思い出していると、奥から荒々しい鼻息が聞こえ、俺は臨戦態勢に移行する。

 姿を現したのは変異獣。それも一体ではなく、五体の群れ。

 即座に電気銃の設定を模擬弾から電気弾に切り替える。


「マジか」


 どうやら、俺は変異獣の縄張りに落ちたらしい。

 試験なんて言ってられる場合ではない。

 俺は呼吸を整え、変異獣が威嚇するより速く攻撃を仕掛ける。先頭の個体に狙いを定め、引き金を引く。

 銃口から放たれた雷が宙を駆け抜け、変異獣の身体を穿つ。途端、変異獣の肉体は弾け飛び、周囲に血肉が四散した。

 威力は十分。敵は残り四体。

 一直線の縦長の通路であるため、側面に回り込まれる心配はない。接近させなければ行ける。

 俺が続け様に放った雷撃は、容易く変異獣の頭部を打ち砕く。

 残る敵が三体に成った所、通信機が鳴る。


[テセウスさん。試験規定以上の出力を確認しています。状況の報告を]


 オペレーターの質問に、俺は短く答える。


「変異獣の巣に落ちた!」

[……周囲に六体の生体反応を検知、状況把握しました。脱落を宣言すれば、即時救出部隊を向かわせますがどうしますか?]


 俺は六体という言葉に違和感を覚えた。

 今、俺が戦っている変異獣は三体。最初に出会った数にしたって五体。どう考えてもむこうで数えてる個体数のほうが多い。

 地下道は見通しが悪く、俺が全ての敵を認識出来ているとは言い難い。正確な個体数をカウントしているのはむこう。

 何処かに残る三体が隠れている。

 俺はなにかの支柱らしい細い鉄くずを掴み取ると、服の袖を引きちぎり、鉄くずに巻き付けて電気銃で着火させる。そして、それを後方の通路に投げる。

 すると、それを避ける様に何かの影が横切った。

 通路の前後を塞がれているらしい。

 状況は最悪だが、むしろ好都合とも言える。

 キャラバンに参加するしないに関わらず、このような状況は起こり得る。間に合うかは正直微妙だが、失敗しても確実に救助自体は訪れるのだ。

 野生の変異獣との戦闘として、これほど恵まれた状況はない。


「脱落の宣言はしたくない」


 俺が決意を告げると、オペレーターは答える。


[了解しました。一応、救出部隊の配備はしておくので、気が変わったら何時でもお伝え下さい。命が無くなっては元も子もないので]

「了解」


 会話が止まると、通信機は静まりこんだ。

 むこうが通信を切ったのか、あるいは音を立てないようにしているのかは判らない。だが、これで戦闘に集中出来る。

 状況を整理する。

 今、判明している敵の配置は、前に最低三体、後ろに最低一体、残る二体は不明。群れで動く様な行動から後ろにもう一体居そうな気配はするが、確定情報ではないし、最後の一体の場所も不明だ。

 俺はふと疑問に思う。

 変異獣の統率は誰が担っているのか。

 先陣を切った個体が統率個体なら俺が始末している。変異獣達は今頃パニックになっている筈だ。

 今、目の前に居る三体に見た目の差異は無いし、指示を出している素振りはない。なら、姿を隠している三体の中に統率個体が居るのではないか。

 その統率個体の位置なら何となく判る気がする。

 統率個体は仲間が死んでも姿を現さない性格。恐らく、自分の命の重さを理解しており、死ぬ事を恐れている。俺の後ろには、統率個体を除くと最大で二体しか通常の個体が居ない。自分の命の重さを知っている司令塔が、護衛をそんな少ない数で済ませるはずがない。

 俺は身を翻し、後ろの通路に向かって駆け出す。

 今、俺が窮地に立たされているのは挟み撃ちされているから。であるなら、人数が少ない方を一気に叩けば挟み撃ちではなくなり、正面に集中できる。

 俺は電気銃を放ち通路を照らす。光が瞬いた刹那、映った影に向けて俺は再度電撃を放つ。

 獣の断末魔に混じり狼狽える様な息遣いが聞こえ、俺は咄嗟に刀を抜くと声の方向を突き刺した。

 刀越しに伝わる確かな手応え。俺は刀を引き抜くと身体を反転させた。

 想定通りというべきか、正面の三体は警戒しながら後退る。そして、三体とも耳をピクピクと動かすと一目散に撤退していった。統率個体から退却指示が出たのだろう。

 足音が聞こえないほど遠ざかったのを確認し、俺は身体を壁に預けて座り込む。 


「意外と何とか成った……」


 変異獣の頭が良いのが幸いした。あの後、変異獣達が一斉に突っ込んできていたら、勝てはしたが負傷しただろうし、武器のエネルギーも余計に消費した。

 血の匂いで変異獣が寄ってくるかもしれないので、俺は少し場所を移した。

 遭難地点から移動しないほうが良さそうな気はするが、仲間より先に変異獣が現れたのではこっちの身が持たない。

 俺は、一息ついているとあることを思い出した。


「……って。運営からの連絡届いたってことは、通信生き返ってるのか」


 ノアの使用したチャフの効果が切れたのだ。

 上の状況が判らないので確実に連絡が取れるとは言い難いが、チャフが再使用されて無ければ誰かしらと通信が通る筈だ。

 俺は直ぐに通信を入れる。

 通信相手にモリアを選んだ。理由は消去法だ。

 先ず、隠密している巡回部隊のメンバーには連絡が出来ない。

 また、壁役のメンバーは大半がノアと交戦していたのは確認している。疲弊しているであろう彼らに通信を入れたくはない。

 最後に防衛部隊の中だと、司令塔のルファンに連絡して気を反らしたくはない。ザスティーはノアの索敵に忙しいだろう。

 そういった思考の流れ、モリアは手が空いていそうな気がした。


「こちらテセウス、えっと……遭難しました」

[はいはーい。こちらオジサンだよ]


 モリアが軽快な口調で返してくる。地上は比較的平和なようだ。


[大丈夫?何処に居るか教えて]

「今、地下道……デパ地下かな?で、地上への戻り方が……」


 言い終えるより速く、モリアは納得したように言う。


[あ~。何か目印は?]

「地上が見えないから判んない。掲示板とかも文字が潰れてるし」


 目印を見つけたとして読めるかどうか、伝わるかどうかは別問題だ。

 地名、店名なんかは読みが難しい特有のモノが多いし、店の名前を読み取って伝えたとして、地上目線で何処に居るのか判るとも思えない。


[そうか……]

「地上の状況は?」

[ノアとピアッソが銃撃戦してる。結構いい勝負しててビックリだよ]

「銃撃戦……」


 そう言えば、遠くから何か雷のような音と地鳴りが聞こえる。俺が地下に落ちてから天気が急変したにしては不自然だ。

 雨が降れば俺が落ちてきた様な穴から雨漏りがするだろうし、モリアの方からは雷の音は聞こえない。


[あ、相打ちに成った]


 一つの破裂音が響き、地鳴りは強くなる。

 何となく、俺は嫌な予感を覚えて荷物をまとめる。


「今の音、もしかして……」


 ノアとピアッソが丁度俺の頭上で戦闘している。

 理由までは判らないが、恐らく俺の読みは正しい。というのも、地下に入ってから感じていた変異獣達の気配が完全に消え失せたのだ。

 俺は出来るだけ音から離れようとするも、案内板のない地下施設はもはや迷路であり、逃げ場なんて無い。

 俺が辺りを見渡していると、突如上から轟音が響いた。


[あ、ノアが足を滑らせた]


 モリアがそう告げた直後、数枚の床と天井を破壊してそれは飛来した。


「痛ッた……。…………ん?」


 全身を黒い触手で覆った変異者、ノアだ。

 まさか、彼が本当に降ってくるとは。そう思い、俺は言葉を漏らす。


「嘘でしょ?」


 俺の状況も知らずに、モリアはあっけらかんと訪ねる。


[何かあった?]

「上からノアが降ってきた」

[……ガンバ!!]


 そう言い残し、オジサンは通話を切ったのだった。

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