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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界2章∶あくる日の戦士達
23/35

5.以心伝心

 翌朝、俺達は緊張感に胸を締め付けられながら、防衛拠点に赴いた。

 試験開始は明日の日の出ということは、今夜には防衛拠点に居る必要がある。つまり、今日が最後の準備期間である。

 胸の何処かに修学旅行の様なワクワク感は僅かにあるが、それ以上に緊張が強く身体の節々が痛い。

 防衛拠点に到着し、俺達三人は目を丸くした。

 昨日まで、防衛拠点である砂上艇は野ざらしだった。だが、今は違う。

 砂上艇の周囲は土嚢や泥で防壁が建築されており、地面には堀がある。

 まるで、塹壕の様な風貌に様変わりしていた。


「何か、本格的に成ってない?」


 俺達が呆気にとられていると、物資を運んでいたカトウが言う。


「モリアのおじさんが夜通し作業してたんだって」


 そう言われ辺りを見渡してみると、モリアが防壁の建築に勤しんでいた。徹夜での作業というのは、恐らく本当なのだろう。

 モリアはくたびれた様子で語る。


「オジサンは、武闘派じゃないからね。こういう所で頑張らないと」


 申し訳なさそうなモリアだが、他の誰も気が回らなかった作業をしてくれるのは助かる。


「他の人は?」

「外から見た場合、このお城をどう攻略するか見てみたいから散歩だって。ピアッソとアルソードの二人は今日も来ないみたい」


 俺とモリアの会話の中、カトウがひょっこり顔を覗かせる。


「背筋さんとユーさんは裏で組み手してますね」


 背筋さんとは、恐らく変異で生えた翼を背筋と言い張っていたガンダスの事だろう。

 試験を翌日に控えた状況のだ、今のうちに身体を慣らしておきたいという気持ちは理解出来るし、二人の実力も知りたい。

 カトウに知らされた場所に向けて歩みを進めて程なく、近くから雄叫びにも似た声が響いた。


「唸れ、私の剛腕よ!」


 この声は、間違いなくガンダスのものだ。

 正確な位置も見当がつき、俺達は駆け足気味にその場所に向かう。

 そこは、モリアの建築した防壁の外だった。開けた土地で、二人が模擬戦をしている。

 軽快な足取りで立ち回るユーに対し、ガンダスは自身の肉体を活かして正面から打ち合おうとする。

 彼の耐久力には眼を見張るものがあり、木刀で殴打されても青あざ一つ付かず、即座に反撃に転じている。

 機動力で勝るのはユーなのだが、ガンダスに対する友好手段が無く、体力が削られているのが現状だ。


「結構タフだね。模擬刀とはいえ、打ったこっちが痺れるってどういう鍛え方?」


 呆れたたような口調のユーに対し、ガンダス意気揚々と応える。


「特に特別な事はしていないさ。そういう君も、よく動くじゃないか」


 余裕そうなガンダスだが、背中には土がついている。一方的な戦績というわけでもなさそうだ。

 ユーが俺達に気付き、次いでガンダスも手を止めた。


「調子は?」


 俺が訪ねると、ユーは首を横に振りながら言う。


「私の一勝二負け。彼、硬いんだ。模擬刀だと流石にね」


 むしろ、良く重量級のガンダスを一度倒したというべきだろう。

 俺自身、一騎打ちでガンダス倒す姿が思い浮かばない。ガンダスの耐久力は、フィオルト並なのは何となく判る。

 それを相手に、模擬刀で一本取ったのだ。ユーの実力も相当と言える。


「君達も興味あるのかな?」


 会話の流れ、戦闘が中止されたこともあってかユーが俺達に訪ねる。が、今の俺では試合に付いていけるか判らない。


「それは……」


 悩んでいる俺に対し、ハスキは肩を数度突いて言う。


「君、今の身体に成ってから実戦はまだだろ?いきなり試験みたいな緊張感ある戦いをするなら、先に模擬戦をして具合を見たほうが良いんじゃないのかい?」


 それはそうだ。どうせ足を引っ張るのなら、試験中や実戦よりも模擬戦の方が良いに決まってる。


「判った。やろう」


 俺が覚悟を決めると、ユーが話を進める。


「なら、折角だし二対二にしよう。お互いの呼吸を合わせる練習にもなる」


 その後、互いの実力がある程度同じに成るように話し合った。

 先ず、分けるのは前衛と後衛。前衛はユーとガンダスで、後衛が俺とハスキ。これを元に、バランスが良くなる様にチームを決める。


「丁度こんな感じか」


 話し合いの結果俺とユーのチーム、ハスキとガンダスのチームで決まり、作戦会議が始まった。

 模擬戦に用いるのは、今回の試験用に配布された模擬刀と電気銃だ。

 厳密には、試験に用いるのは殺傷力の低い模擬弾であり、所持している銃と規格が合わなかった時の為に電気銃が配られた。


「この銃は実戦でも使えるけど、弾は模擬弾。もっとも、当たると痛いよ」


 模擬刀には刃がない。対して電気銃は電撃を放つ事を制限された本物の銃だ。弾さえ模擬弾ならば、問題ないと判断したのだろう。


「で、どんな手で行く?」


 俺は考え込む。

 恐らく、相手チームの作戦立案はハスキが行っている。そのハスキが邪道な戦術を取るイメージが湧かない。セオリー通りの作戦に成るだろう。

 この模擬戦のセオリー、それは後衛の即時排除。となれば、手段は一つ。


「二人で思いっきり前に詰めよう。多分、ハスキも同じ事を提案してる」


 俺の話を聞いた時、ユーはまだ理解しきれていない様子だった。

 しかし、模擬戦が開始されて間もなく理解したのか、小さく呟いた。


「なるほどね」


 俺とハスキは、前線で戦うユーとガルダスを挟む形で対峙した。

 模擬弾は、実弾と異なり弾が貫通することはない。そのため、遮蔽物を突破することは不可能だ。しかし、この模擬戦には壁や塀は無い。となれば、前衛を壁とする以外に遮蔽を作る事は出来ない。

 幸い、ユーはガンダスよりも速く回避が上手い。

 俺は、彼女の一撃離脱に合わせてガンダスを射撃する。


「遅い!」


 俺は驚いた。

 ユーの身体で死角になるように放った弾丸が、ガンダスの翼によって遮断されたのだ。

 こちらの予想を上回る反射速度。鈍重そうな見た目に反し、機敏かつ器用な動き。

 てっきりゲームでいう重騎士のような動きを好むのかと思っていたが、どちらかと言えば武闘家に近い立ち回り。人は見かけに寄らないとは、この事だろう。


「翼で弾を防ぐって、中々な化け物では……」

「背筋だが?」


 その話、何時まで続けるんだ。というツッコミを胸の内に留める。

 そのやり取りを聞き、ユーは呆れた様子で言う。


「この人、背筋で白刃取りしてくるんだよ。控えめに言って、頭がおかしい」

「誰が脳筋だ!無礼な!!」

「そこまでは言ってない」


 流石の背筋さんも頭に詰まっているのは筋肉より脳ミソが良いらしい。

 意外だったこともあり、俺は皮肉も交えて言う。


「寧ろ、脳筋で喜ばないんだ。頭突きの威力が上がるとか言って喜ぶかと思った」


 もっとも、頭突きの威力は頭蓋骨の硬さ由来なので、筋肉がクッションになりそうな気もするが、深くは考えない。

 俺の発言を聞き、ガンダスは青天の霹靂とでも言うように目を丸くした。


「どうやら、君は天才の様だ……。その発想は無かった」


 冗談ですよ。と訂正するよりも速く、ガンダスは身を屈める。

 そして、突如その額は脈動し始めた。

 それが変異の予兆であることは言うまでもない。


「ふん!!」


 ガンダスが気合を入れると同時に頭部には鋭利な角が姿を表す。


「角が……生えた」


 俺は彼の変異内容を理解した。

 通常、変異の内容や系統は選べない。完全なランダムである。

 だが、ガンダスの場合は違う。

 アスリートの中には、自分の成長したイメージをしながら筋トレする事により、それを実現出来る人が居ると聞いた事がある。

 ガンダスもそうなのだろう。今欲しい器官、あるいは成りたい姿を想像することにより、その姿に変異することが出来る。

 変異を終え、ガンダスは穏やかに言う。


「これが脳筋だ……」

「それの何処に筋肉が付いてるんだよ!!」


 俺の思わず放ったツッコミも意に介さず、ガンダスは意気揚々と構える。


「準備は整った。いざ、尋常に――」


 瞬間、俺達の間を青い閃光が貫いた。

 俺達は組んだ仲間同士身を寄せ合い、閃光が放たれた方角を見る。

 視線の先、一人の男が砂上挺の上に座り込んでいた。

 全身を甲殻に覆われ、身体の要所要所をサイボーグ化させた変異者。彼がピアッソなのかアルソードなのかは知らないが、そのどちらかだ。

 彼の右腕には銃口の様な機器があり、そこから煙が立っている。恐らく、腕に光線銃でも仕込んでいるのだろう。

 男は不機嫌そうな態度で言う。


「誰が見てるかも判らねぇのに、こんな所で組み手なんてしてんじゃねぇ。馬鹿がよ」


 彼の荒々しい口調からか、ユーは苛立たしげに応える。


「自己紹介もサボって、とんだ挨拶だね。要件は何かな?ピアッソ」


 対し、半機械の変異者――ピアッソは呆れた様子だ。


「朝っぱらからドンパチしてるから忠告しに来たんだ、間抜け」


 一触即発の気配から、俺はユーを押し留めて代わりに会話する。


「忠告って?」

「昨日、足跡を見つけた。四足歩行、内一つは義足。アイツの特徴と合致する。足の向きからして、こっちを観察してる。手の内をバラすようなことはするなよ、アホ共」


 そういうことなら、彼の言い分も理解できる。

 もっとも、余計な一言さえ無ければの話だ。


「ノアの居た痕跡を見つけたのか?」

「自分で探せ。そんくらい雑魚でも出来るだろ」


 良くもここまで流れる様に人を罵倒出来る言葉が出るものだ。

 俺達が会話していると、砂上艇の扉が開け放たれる。

 ピアッソに似た半分機械の変異者、消去法でアルソードだろう。


「兄貴、設置終わった」

「そうか。じゃ、帰るぞ」

「ちょ、聞きたい事はまだ――」


 要件は済んだ、と言わんばかりに立ち去ろうとする二人を留めようとするが、聞く耳を持つ気配はなく、


「ゴミムシと関わるだけ時間の無駄なんだよ。じゃあな」


 とだけ言い残して二人は去っていった。

 余程堪えたのか、ハスキは眉をひそめる。


「何かな?今の態度は」

「言うだけの腕はあるし、関わらないに越した事は無いよ」


 ユーの発言の通りだろう。今回の試験はあくまで防衛力を試す物、無理に連携を取る必要はない。


「――実際、彼らの行動は間違ってはいない」


 不意に聞こえた声の方向を見ると、そこにはルファンが居た。


「あの彼らは別動隊と言うより第三勢力に近く、俺達の意思とは関わらずに独立して動く。あそこまで徹底したら、俺達の動きを見て彼らの行動を予測することも、彼らの動きを見て俺達の行動を予測する事も出来ない」


 ルファンの言う事も判る。

 俺達目線でもピアッソもアルソードの二人がどう動くか判らないのだ。ノア目線だと情報が俺たちよりも少ない分、複雑化している筈だ。

 それだけ、俺達が動きやすく成る。

 そこまで言い切ると、ルファンは砂上艇に腰掛ける。


「彼らの事より、今は自分達の事が先決だ」


 そう言うと、例の二人組を除く全員が集まるのを待ち、作戦会議が始まる。


「今回の試験は、何処から相手が攻めて来るか判らない。だから、部隊を複数に分けたい。一つ、この砂上艇内の防衛部隊。一つ、砂上艇の周囲を守る壁役の部隊。一つ、広範囲を巡回して敵を割り出す巡回部隊。ここまでで異論は?」


 ルファンの説明を聞き、俺は何の気無しに皆を眺めた。特段、嫌な顔をする人は居ない。


「特に無いよ」

「同じく」


 モリアとユーがそう言うと、ルファンは説明を続ける。


「では、編成について。まずは壁役だが、体躯的に砂上艇内での連携が取れにくいルバガンテとフィオルト、それとガンダスを配置したい。このメンバーなら、ノアを見つけ次第フィオルトが応戦する事が出来るし、支援を受ければルバガンテとガンダスは近接戦を挑みやすい筈だ」


 確かに、この三人は他の人よりも頑丈そうで、不意でも突かれない限り大抵の攻撃は耐え切る事が出来そうだ。

 戦闘力も比較的高いメンバーで、何時でも戦闘に参加出来る位置に置きたい。


「異論なし」

「承知した」


 フィオルトとルバガンテが同意する。


「次に防衛部隊。これは、指示を出す俺と貴重な索敵役のザスティー。モリアは俺の補佐を頼みたい」


 防衛部隊のメンバーはバランス型が多い。

 他のチームに欠員が出たとしても、直ぐにそのチームの穴を埋める事が出来るからだろう。


「ラジャ」

「良かったぁ。実はオジサン、歳で何日も巡回は出来ないんだ」


 ザスティーの短い敬礼に続き、モリアは自身の腰を叩いた。


「巡回部隊は言わなくても判るだろう。残りの四名だ」

「そんな雑な」


 カトウがそういうと、ルファンは軽く苦笑いを浮かべた後に改めて話す。


「実の所、一番最初に決めたのは巡回部隊からだ」

「何んで?」

「変異して居ない。もしくは、変異レベルが比較的低い者達から選んだ。ノア相手に隠密して一方的に監視をするのは、恐らく不可能だ。他の者は変異レベルが高く、体型も大柄。遮蔽に隠れるにしても限度がある。その点、この四名は小柄で小回りが効く」


 それに関しては、なるほどと思った。

 ルバガンテ、フィオルト、ガンダスの三人に隠密行動は厳しい。ルファンは変異により歩行するのに杖が必要で、モリアは本人が言ってきた通り体力的に長距離移動が難しいので除外。

 残る五名の中、背格好で小さい者を集めると、俺とハスキ、ユーとカトウが残る。

 このメンバーだと、ユー以外の三人はクローンと異星人であるので変異する心配はなく、長時間活動も可能。

 ルファンはハスキが異星人だと知らないが、人選としては間違いないだろう。


「遮蔽が無い場所を陣取られたら、小柄だとか体躯は意味がないんじゃないのか?案外、何もない平地から攻めてくるかもしれないぞ。そうなったら、体格状打たれ弱い小柄な連中はリスキーだと思うが?」


 ザスティーの言葉に、ルファンは落ち着いて答える。


「もし俺が彼の立ち場なら、間違いなく狙撃地点の近くには何かしら遮蔽のある地点を選ぶ。今の時代、近接戦に相当自信が無い限り、中距離か遠距離の武器は皆持っている」


 一同が頷く。唯一、ガンダスだけ首を傾げていた。彼は銃器の類を使ったことがないのだろう。


「今回の試験は模擬弾を使用するルール。弾丸が貫通する訳じゃない。狙撃が上手くても一度に倒せるのは一人。二人以上で行動すれば、必ず反撃の機会がある。眼の前の仲間が撃たれたから咄嗟に撃ち返して……なんて話も無くはない。俺達は複数名居るが彼は単独、一度の被弾が命取り。となれば、リスク管理の一環で遮蔽物が近場にある地点を選びたくなるものだろ」


 ルファンの発言に、俺は自然と頷いていた。

 彼の考えは、非常に合理的で説得力もある。

 俺達の大半は火器か光線銃を携帯しているし、電気銃も配布された。適当に撒き散らした弾でも、当たりさえすれば万々歳だ。


「そこまで考えてるなら、狙撃地点も目星が付いているのかな?」


 ユーが訪ねると、ルファンは頷きながら話し出す。


「ここを直接目視出来るのは七箇所。流石に地平線より遠くからは撃ってこないだろう、と言う読みだが」

「その読みの理由は?」

「特に無い。俺達の防衛力を判断する試験で、コチラの射程外から一方的的に殴る様な戦法は取らないだろうとは思うが、確証はない」


 そんな戦法を使われた時点で、俺達に勝ち目はない。であるならば、割り切るしかない。そういった考えなのだろう。

 これに関しては、ノアか運営の良心を信じるしか無い。

 ザスティーは苦笑いを浮かべながら言う。


「まぁ、試験開始直後に超長距離からズドンされて、一発KOになったら試験として流石にどうかと思うしな」


 試験開始と同時に拠点が粉砕。それを確認して試験終了。そんな試験になったら、最早防衛試験ではなく噛ませ犬一級試験だ。

 流石にそんな事は有りません様に、と俺は心の中で祈った。

 ルファンは軽く手を叩き言う。


「で、話を戻すと巡回部隊には狙撃地点の見回りをして欲しい訳だ」

「確かに、そうなると大柄な者達は目立つな」

「そう。巡回部隊は四人。二手に分かれるとしてユーとハスキのペア、テセウスとカトウのペアで間違いないだろう」


 その言葉を聞き、ハスキが慌て始める。


「ちょ、ちょっと良いかい?」


 班分けに意見しようとしているのが見て取れる。

 意外だった。俺自身、組むならハスキとの方が良い。が、この先も考えるなら他の人と組んでおいたほうが後々楽だ。

 俺とハスキだって、一緒に行動してはいるものの常にピッタリ行動をしている訳では無い。この先他の人と行動する際には、男女や外で生活した経験の長さ等で班分けをして別行動する事も考えられる。

 そういった考えが、彼女の頭に浮かんでいないとは思えなかった。


「どうかしたか」

「何でその組み合わせ?」


 ハスキの言葉に、ルファンは怪訝な表情を一瞬浮かべる。

 多分、俺やハスキの知らない常識か基礎知識が有るのだろう。


「ポテンシャルを発揮しやすいのが、この組み合わせと判断した」

「どういう……」

「すまない。俺達三人は、基礎知識か何かが足りてない。だから、何ていうか……作戦が噛み合ってない」


 咄嗟に俺が割って入った。

 ユーの様に感のいい変異者の事を考えると、これ以上取り乱しているハスキの姿を見られたくなかったからだ。


「なるほど。なら、実際に見てみた方が判りやすいか」


 ルファンに連れられて、俺達は射撃場に足を運んだ。

 変異者コロニーの近くにあるそれは、倉庫が何かを改装したバッティングセンターみたいな造りだ。

 手前には射手が狙いを定める為の射撃エリアがあり、それより奥には的が飛び交うエリアが広がっている。

 的のエリアには、四隅と左右の壁の中心辺りの合計六ヶ所には的を射出する為の装置が取り付けられており、制限時間内にどれだけ的を撃ち落とせるかと、決められた的の内幾つを撃ち落とせるかの二つのモードがあるらしい。

 今回使うのは、二つのモードの内的の数が決まっている方だ。 


「簡単な的当てだ。空中に投げた的を撃ち落とせ。全部で二十枚の的が出るから、ペース配分も考える事をお勧めする。最初はカトウから。他の二人は向こうに行っててくれ。タイミングがバレたら意味がない」


 俺とハスキは、ルファンに指示され控室に移動する。

 都合、二人きりになった事もあり、俺はハスキに話しかける。


「ハスキにしては珍しいね」

「すまない。別に悪気があった訳じゃないんだ。ただ、その……」


 ハスキは、言葉を探しているようだった。

 行き場のない指先が頭の横で円を描く。


「君の隣に他の女性が居ると考えると……何か」


 ハスキは、何かを断念したみたいに首を横に振り、ため息を吐く。


「良く判らないんだ。前までは、こんなこと無かったのに……。私以上に、君と相性の良い相手は居ないで欲しいと思ってしまっている」


 ハスキのその感情は嫉妬だろう。

 微笑ましい気持ちになったのも束の間、ある考えが頭に浮かんだ。

 ハスキが嫉妬しているのは初めて見た。最初は、嫉妬する相手が居なかったから表に出なかったのかと思った。だが、元々異星人が感情は希薄な場合、別の考え方が出来るのだ。

 それはハスキが人間に変化した結果、人間と同じ感情が芽生えたという考え。

 その考えが正しいのであれば、ハスキが人間と殆変わらない存在になったのではないだろうか。


「それって――」


 俺がその事を言おうとした瞬間、扉がガラリと音を立てて開いた。

 ザスティーが、無神経に扉を開け放ったのだ。


「テセウス、支度に入れってさ」


 彼がここに居る以上、ハスキに俺の考えを伝える事は出来ない。


「ごめん、また後で」

「そう、頑張って」


 俺のテストは、難なく終わりを告げた。百発百中とまでは言わないが、外したのは二回。

 この身体に成ってから狙いを定める射撃を初めて行ったが、昔の身体よりも不気味に馴染む感覚が有った。まるで留め具でも新調したみたいに、身体止まりたい所でピタッと止まり、その状態から一気に動いても一切の不可を感じない。

 激しく動いても頭痛の気配すらなく、至って快適。

 身体が健康になって初めて、以前の身体が蝕まれていた事に気が付いた。


「二十枚中十八枚か」


 ガンダスは、そう言うと満足そうに拍手した。

 正直、彼は背筋発言もあり要領を得ない事が多かったが、こういった成果に対して賞賛を与えてくれるのは嬉しい。

 それに習い、ユー次いでモリア、ザスティーと拍手する。


「結構良いんじゃないか?」


 身体の調子は至って好調。手応えも良好。


「これってスコアとかあるの?」

「現状一位だよ。カトウちゃんは十七枚だったから」


 戦闘員のカトウより成績が良いのは悪い気がしない。

 クローンの肉体に成った補正もあるのだろうが、今までつちかってきた技術が一点差になった様に思える。

 最後はハスキの番だ。

 俺は、彼女に声を掛ける。


「ハスキ、応援してるよ!」


 俺が手を振ると、ハスキは少し照れくさそうに頷いて準備に掛かる。

 そんな最中、俺の隣に座っていたカトウが呟く。


「ちょっと酷いと思うよ。これは」

「え?」


 カトウが意味深な発言に、俺は不安感を覚える。

 その感情とは裏腹に、ハスキのテストは順調に進む。


「順調な滑り出しだな」


 軽快に的の割れる音が辺りに響く。その音色に耳を傾けていると、俺は有ることに気が付いた。


「……あれ?」

「気付いたか?床の破片」


 射撃演習場に訪れた際、床は綺麗な状態だった。その後、カトウ、俺、ハスキと順番に射撃を行っている。

 最初は全く気にしていなかったのだが、ハスキが射撃を開始してすぐ、床に的の破片が散らばり始めた。

 つまり、俺とカトウは的を撃ち落とす場所が一致しており、ハスキだけ異なるのだ。

 そのせいで、ホウキでチリを集めた様に的の破片が集まっていたのが、今は辺りにバラ撒かれる形となっている。

 射撃が終わると、スコアを見たモリアが言う。


「十五枚か。最初でこれは結構良いんじゃないかな」


 その言葉にハスキは満足そうだ。


「どうだった?」

「良かったと思うよ」


 実際、ハスキは昔から戦闘員だった訳では無い。支給された武器だって人間規格の代物であり、ハスキは初めて握るものだ。

 そんな不利な状況で着実にスコアが取れる辺り、異星人故に学習力が高いのか、あるいは彼女自身に才覚が有るのだろう。

 俺の表情をまじまじと見つめていたハスキは、不安そうに表情を曇らせる。


「えっと、嬉しそうに見えないけど……どうしたんだい?」


 俺が応える間もなく、ルファンが手を叩いて視線を集める。


「今の録画してあるから、それを見れば今回の的当ての意図が判るだろう」


 ルファンは、俺達三人が射撃する動画を同時に流した。

 最初の一枚目と二枚目は、速めの速度で的が射出された。その後、三枚目の的は緩急を付けて遅めに射出され、俺とカトウはそれを外す。


「あれ?二人ともここは外したんだね」


 三枚目の的を撃ち抜いていたハスキは得意気にそういう。

 問題はこの先だ。

 俺は三枚目の結果を受け、狙い方を一枚一枚追跡する追いエイムから、前もって照準を固定させる置きエイム方式に切り替えた。こうする事で、的の速度に惑わされる事無く、視野に入った瞬間に照準を微調整するだけで的を撃ち落とせる様にしたのだ。

 その結果、的の破片は中央付近に集中したのだ。

 この狙い方には、欠点が一つ有る。


「何でここ、……二人共撃たなかったんだい?」


 違和感に気が付いたハスキが訪ねる。

 それは、視界の上を行く緩やかな曲線を描いた遅い的だった。理由は単純。


「「狙った範囲に入って来なかったから」」


 俺とカトウは気不味く思いながらそう答えた。

 正直、狙う時間はあった。しかし、その的を狙うことで照準を置いていた位置に戻すのが億劫になり、狙うのを断念したのだ。

 映像が終わると、ルファンは口を開く。


「テセウス。君は見た所クローンだろ?それもマスターに作られた。言ってしまえば、カトウと同じ」

「何で判ったんだ?」


 俺が問いただすと、ルファンは自身の目を指さした。


「見れば判るんだ。目が良いからね。その人を見た時に人間が変異した姿なのか、人間に擬態した別の何かなのか。付着した土や雪、草木の破片や獣の体毛からどのルートを通ってきた旅人で、日に何キロ移動するのか。今日一日でどれだけ汗を流したのか、体温は、体重の掛け方は、体調は、何を見ているのか、筋肉の動きは、血管の走り方は、どの部位にどの臓器があるのか。そういった事が文字通り目に見えて判る」


 確かに、ルファンの識別名は『慧眼』だった。

 生き物の中には、温度を探知出来る感覚を持つ者が居る。鳥類は、人よりも認識出来る光の範囲が広く紫外線を認識出来る者が居る。

 恐らく、ルファンの持つ『慧眼』はそれら生物が持つ感覚器官を全て合わせた様な作りなのだろう。部類で言えば、ノアの感知能力に近い気さえする。

 ルファンは俺の方をジッと見つめた後、皆の方に視線を戻して話を進める。


「話を戻そう。マスターは、クローンを防衛の戦力とする都合、クローンに戦闘技術もインプットしている。その内容に、連携も含まれている。仮に初めて会う仲間でも、同じクローンなら双子のように息が合う。だから、これ以上の組み合わせは無い」


 クローンは量産化された機械の様なものなのだろう。同型機故に思考回路も行動パターンも同じというのは、感覚的に理解できる。

 違うのは記憶と体の作りくらいなものだ。


「息が合うなら、逆に巡回する時に同じ方向を向いたりする可能性は?」


 ハスキの言葉に、ルファンは首を横に振る。


「無い。クローンの見張りは、何の合図もなく行われる。相方が何処を見ているのか、何となくで判るらしい。死角は生まれない」


 双子はもう一方が何を考えているか判るという話を聞いたことが有る。それが事実なのかは知らないが、クローンもそうなのだろう。

 いや、むしろ意図して連携用に産み出されて居るのであれば、双子よりそういった意思疎通が出来ても不思議ではない。


「そうなのか……」


 ハスキは、何かを諦めたみたいな弱々しい口調に成る。まるで消え入りそうな姿だ。


「すまない、ちょっと外の空気を――」

「――ルファン」


 ハスキにそれ以上言わせたく無く、俺は咄嗟に彼女の手を握ると声を張った。

 ルファン程の洞察力なら、俺とハスキの関係性も気が付いているだろう。それを踏まえた上で、彼は俺のパートナーにカトウを選んだ。

 その判断は恐らく正しい。だが、だからといって俺とハスキが組む事が間違いにはならない。

 事実、ルファンは俺とカトウが組む事を強制してはいない。『テセウスとカトウのペアで間違いない』と発言し、その理由を目に見える形で提示しただけだ。

 俺は、呼吸を整えて応える。


「その事を踏まえた上で、俺のパートナーとして相性が良いのはハスキだと、俺は確信している。俺はハスキと組みたい」


 ハスキが弱気なのは、初めて自分の感情を認識した動揺も相まってのものだろう。その迷いを断つように、俺は敢えて強い口調でそう言い切る。

 ルファンは、顔色を変えずにハスキの方を見た。


「ハスキは?」


 ハスキは俺の手を強く握ると、意を決して応える。


「私も同じ意見だ」


 彼女の返答を聞くと、ルファンは俺とハスキの顔を交互に見比べ、微笑んだ。


「そうか。そこまで言うなら、俺としても言うことはない。応援しているよ」


 ルファンがそう言うと、ユーとカトウを始めに一同が拍手をし始める。その場の雰囲気から、どうも恥ずかしく俺は視線を皆から背ける。

 その視線の先で、笑顔の店主と目が会った。彼は満面の笑みを浮かべて何度も頷き、腕を組みながら言う。


「いい雰囲気の所悪いが、ここは的を射抜く場所で胸を射抜く場所じゃないんだ。そういうのは、他所でやれ」


 この店主の苛立ちを押し殺した様な声色は、その場の空気が凍りつく程、恐ろしいものだった。

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