2.二人の誓い
早朝。俺は、眠り目を擦りながら帰路についていた。
キラーとの会話が弾み、気が付いたら消灯時間を過ぎてしまったのだ。
このコロニーは、消灯時間になると通路のランプが切れ、何も見えなくなってしまう。感覚が鋭敏な変異者ならば、暗闇の中でも行動できたのかもしれないが、俺にそんな芸当は出来ない。
それに、元々は軽い健康診断程度の感覚でライト等の道具も持ち合わせておらず、結果キラーの部屋で一晩を明かした。
部屋の前に到着すると、そこにはフィオルトが立っていた。彼は、俺の方にモノアイを向けると同時に言う。
「朝帰りか?」
「診断のついでにキラーに会ってたんだけど……。その、話し込んでたら消灯時間を過ぎて……」
「なるほど。……なるほど」
部屋の方を見て、何か納得した様子のフィオルトだったが、それとは裏腹に言葉は何処となく弱々しく聞こえた。
「どうかした?」
俺が聞くと、フィオルトは言うか言わないか数秒悩んだ後に言う。
「実は昨日、君の帰りが遅いと心配していた姫様が様子を見に行ったのだが、何故かショックを受けて帰って来たのだ」
恐らく、フィオルトが部屋の外に居るのはハスキのことを気遣ってだろう。
俺は、思わず頭を抱えた。
医務室に行けば、俺がキラーの部屋に向かったということは判る。そして、そのまま一晩彼女と共に過ごしたのだ。不倫する気は一切無かったし、実際やってもいないのだが、状況証拠的に言い逃れは出来そうにない。
「何となく察しが付いた」
幸いなのは、ハスキとキラーの面識が有ることだろうか。キラーの性格を知っていれば、彼女が人の恋人に手を出す事は無いと判って貰えるはずだ。
俺は、恐る恐る扉を通る。自動で閉まる扉にビクつきながら、部屋の中に足を踏み入れた。
「ハス……キ?」
まるで肝試しでもしているみたいに、俺は背を丸めてて歩く。次の瞬間に飛んでくるのが、罵倒なのか武器なのか判らない。
だが、俺の警戒とは対象的に飛んできたのは、力のない言葉だった。
「どうかしたかい?」
俺は、声が聞こえた方向を見る。ベッドの上、布団に包まった状態で彼女は居た。
目は赤く、髪はボサボサ。やつれた様相からして、まともに睡っていない様に見える。
「大丈夫?何か、昨日より疲れてない?」
「心配御無用さ」
こういう時に弱音を吐かないのは彼女らしい。
変に詮索を入れるより、単刀直入に切り込んだほうが良さそうだと判断し、本題に入る。
「なら、俺とキラーが面会をしてたの知って、どう思った?」
「……直球だね」
さっきの質問の時は即答だったが、今回はワンクッション挟んでいる。それに、俺がキラーと会っていた事に対して驚いている様子はない。やはり、それが原因で間違いない様だ。
返答を待っていると、彼女は一息ついて話し始めた。
「実は、部屋の前まで行ったんだ。その時に声が聞こえてね、私と居た時よりも君が明るい声だった……。だから……もしかして、私と一緒に居るよりも良いのかも知れないと」
ハスキは、身体を震わせて泣くのを堪えていた。
俺はハスキに身体を寄せる。
彼女の感情の根底には、恐らく俺が死んでしまった事に対しての後ろめたさがあるのだろう。ハスキ自身が、その事を理解しているかは判らない。ただ、彼女の悲しみはもう一度俺が死ぬかも知れない、という恐怖から来ている様に思えた。なら、今は寄り添う他無いだろう。
「私は君と数日共に過ごし、君が優しく大人びた性格なんだと思っていた。でも……彼女と話していた君は、感情豊かで……暖かで……私の知らない君がそこに居た。もしかしたら、私と共に居ることで君に負荷か掛かるのかもしれない……」
俺は、今までのハスキとの行動を恥じた。
ハスキと共に過ごしている際、心の何処かで彼女に気に入られる様にしていたのだろう。彼女に嘘を付いていた訳ではないし、彼女への思いも本物だ。だが、彼女に嫌われたくないと言う一心で、本音を出し切れていなかった。
無意識の内、彼女に気に入られる自分を少なからず演じていたのだろう。
ハスキは話を続ける。
「それに、君がこれ以上着いてくる事にメリットはない。クローンの身体は変異しないわけだから、治療の必要もない。君が、危険を犯す必要なんて何一つ無いんだ……」
本当にそうだろうか。
今の俺がハスキと共に行動するメリットならある。それに、変異しないなら外で活動するリスクも少ない筈だ。
なら、俺の選択肢は一つしか無い。
俺は、意を決して言葉を紡ぐ。
「好きな人と共に過ごすのって、人生において最大のメリットだと思わない?俺はさ、危険が無い代わりに君が居ない世界、危険が溢れている代わりに君と過ごせる世界。どちらか選べって言われたら、間違いなく君が居る世界を選ぶ」
「でも、私は君を助けられなかった……」
俺は理解する。
元々、ハスキはそんなに精神力が強い訳では無い。普通の人と大差ない。だから、怖いことがあれば怯えるし、悲しい事があれば辛くもなる。彼女は、それを胸の内に留めていたのだろう。
俺が彼女に気に入られる様にたち振る舞っていた様に、彼女も弱い自分を隠していた。
これは、初めて二人で本音を吐露した殴り合いだ。
「君に助けられたいんじゃない。俺が君を助けたいんだ。一緒に歩いて、寄り添って、笑い合う。そんな日常を君と過ごしたい」
「私はね、見た目だけの女なんだよ。好きな相手に気に入られたいが為に、人間に成っただけ。君が思う程、魅力的な人じゃない。君に似合う人なら必ず居る」
「似合う似合わないじゃない。ハスキじゃないと嫌なんだ。君の願いだから共に冒険に出た。君の為だから無茶も出来た。見ず知らずの誰かより、君の方が何倍も魅力的だ」
「君は……死ぬのが怖くないのか」
「怖いよ。正直、もう二度と死にたくはない。でも、それ以上にハスキに死んでほしくない。今のハスキだってだろ?俺に死んでほしくないから、わざと突き放してるのは判ってる。だったら、お互いを守り合えば良い。死ぬ時も一緒、なんて事は言わない。でも、気が付いたら君が死んでた何てことは絶対に嫌だ」
「次は無いかもしれないんだよ。それでもいいのかい?」
「ハスキ、一度この世を去った俺が今ここに居るのには
、きっと意味がある。次なんて要らない、もう君を一人にはしないと誓う」
「誓う、か……」
ハスキは、その言葉を噛み締めていた。
今思えば、ハスキ自身も誓いという言葉を使うことがあったり、フィオルトの事を騎士と呼んできたり、そういった忠誠心と印象深い単語がよく出る気がする。
異星人としての好みか、文化や宗教的な理由かは判らない。ただ、そういった言葉を無下に出来ない種族なのは確かだ。
「そうだ、そもそもハスキも一緒に居るって誓わなかった?」
俺がそう言うと、ハスキは気が抜けたのか柔和な笑みを浮かべながら言う。
「そうだったね。君が私の誓いを受け入れてくれたのに、私から一方的に放棄するわけにもいかないね」
口喧嘩というわけではないが、互いに言いたいことは言えた。まだ一日が始まったばかりだと言うのに、ドッと疲れた気さえする。
ハスキは、後ろに倒れ込むと自身の乱れた髪を摘んだ。
「おかしいな。君の前では、こんな弱い姿を見せたくはなかったんだけどね」
誰だって、好きな人に弱い所は見せたくはないだろう。好きな人には、自信のある姿を見せたいものだ。
見た所、ハスキは身支度が済んでいない。目のやり場に困る事態に陥る前に、退散したほうが良いだろう。
「それじゃ、部屋を出るから準備できたら来てよ」
それだけ言い残し、俺は部屋を後にする。
俺が部屋から出るなり、フィオルトは俺の顔を覗き込んできた。
「姫様の様子は?」
「もう大丈夫。最初、シナシナしててちょっとビックリしたけど」
「シナシナ?」
異星人には無い表現だからか、フィオルトは首を傾げる。そういえば、二人から擬音のような表現を聞いた事が無いような気がする。
「疲れてる感じって言えば良いのかな?」
フィオルトは、俺の説明を聞きながら静かに部屋を眺めていた。
意外だった。てっきり、ハスキの様子が普段とは違うと判れば、何かしら身を案じる様な気がしたのだが、詳しく追求はしてこない。
「フィオルト、何か様子が変だけど……何かあった?」
「私に違和感があると?」
「そう。上手く言語化出来ないけど」
俺は、生前フィオルトと会った時の記憶が無い。
初めましてに近いのだから、違和感なんて感じるはずがないのだが、何故か彼が普段通りではない気がする。
何か他の事を考えているというか、注意が別の方向に向いているというか、心ここに在らずな印象を受ける。
「医務室での騒動は聞いている。彼と会ったらしいな」
「ノアのこと?」
騒動を引き合いに出して居る辺り、ノアの事だと思ったのだが、フィオルトは一瞬硬直した。
彼が、ここまで目に見える反応を示すのも珍しい。
もしかしたら、人違いなのだろうか。
「黒い触手まみれの人じゃないのか?」
俺が改めて聞くと、フィオルトは頷きながら答える。
「彼で間違いない。それで……彼から何か聞かされたか?」
彼から何か情報を仕入れた覚えはない。
そもそも、彼とは初対面だった。話題も何も有ったものではない。軽い立ち話をした程度だ。
「別に?初めて会った相手だったし……」
「彼が何も言わないのなら、私から言えることはない」
俺は、フィオルトの言いたいことがまるで判らなかった。会話の流れだってそうだ。
フィオルトの様子がおかしいと指摘し、その返答がノアについて。共通点が思い当たらない。
俺が頭を悩ませていると、部屋のドアがゆっくりと開く。ハスキの身支度が済んだらしい。
「遅くなってすまない」
ハスキの体力も戻った様で、体調も万全。ようやく本格的な活動ができる。
後は目的地へ行く為の情報を仕入れ、それに応じた物資を集める。状況次第では、長距離移動用の足の確保。
それらの方向性を話し合う。筈だった。しかし、唐突に現れた客人により、話は即時中断する事となる。
「はい。えっと……どちらさまで?」
俺達に話し掛けてきたのはクローンの男だった。
てっきり、ハスキかフィオルトの知り合いかと思ったのだが、二人共初めて見る顔の様だ。
「サヤの使いの者だ。君たち、マスターのデバイスに心当たりは?」
男の言葉に、ハスキは苦い表情を浮かべた。
「あ、持っている。すまない、提出するのを忘れていた」
戦闘後の後処理や療養期間が重なり、回収していたことをすっかり忘れていたらしい。
「それがないと、一部の区画が解放されないみたいでね。出来れば、永久の都に届けてくれないか?」
永久の都で普及しているデバイスは、通信端末と身分証を兼用している。そのため、一部の設備はデバイスを接続することで使用可能。
マスターは、事実上永久の都の管理者。彼のデバイスが有れば何処でも立ち入ることが出来る。
ハスキは、俺の顔色を伺った。俺としては、特に強い要望はない。自分が産まれた場所に興味がないと言えば嘘になるのだが、その場所は破壊されている。
俺がどうぞと手仕草を送ると、ハスキは少し考えた後に答える。
「そうだね。手を出した手前、永久の都にも興味があるし渡してくるよ」
「助かる。これ、連絡艇用の証明書」
クローンが渡してきたのは、昔で言う会員証の様なカードだった。カードと言っても鉄製の薄いプレートなのだが、永久の都が扱うデバイスとは異なる。
文明自体は、永久の都の方が進んでいるのだろう。
・・・
変異獣が引く馬車に揺られ、俺達は永久の都に向かう。
異星人の科学力を持って作られた堅牢なコロニーは、今となっては見る影もない。装甲は半壊、その破損箇所を急拵えの鉄板が打ち付けてある。天井のシェルは、一部を強化ガラスに変更される様でレベルダウンも良いところ。コロニーが破壊され数日が経過しても装甲の修繕が完了していないのは、住民にとって痛手だろう。
装甲の破損箇所からは雪が侵入し、変異者やクローンではない素の人間は家から一歩も出られない。誰だって、自分から変異のリスクを背負いたくはない。
永久の都に向かう最中、一際大きな変異体が二体まるで浜辺に打ち捨てられた鯨の様に横たわっていた。よく見てみると、身体の一部には銃身やら装甲が埋め込まれている。肉体改造をされた変異体、マスターの作った異形兵なのだろう。
二体とも巨大な蛇の見た目をしており、隊長は目算で電車並。人間なんて一口のサイズ感だ。見た目からして、先日ノアが仕留めた異形兵と見て間違いない。
「気になるか?」
俺が少し身を乗り出してきたのが気になったのか、御者が話掛けてきた
「異形兵か」
「あぁ、昨日アラートがあったろ?その時の異形兵だ。このサイズだと、燃やすにしても燃料が掛かるから準備出来るまで置いてあるんだ」
マスターは、異形兵を作る際に変異獣だろうと変異者だろうと見境なくゴチャ混ぜにするらしい。なので、倫理的な問題から食料にはならないらしい。元人間かも知れない肉なんて食いたくもない。
もっとも、変異者の中にはそういった考えを持たない者も居るらしいが、今回の死体が発生したのが人間達の住む永久の都内。つまり、人間の管理下にあるので、そちらの規定に従い火葬するそうだ。
俺は、異形兵を倒した際の情報を聞くべく、御者に訊ねる。
「誰が仕留めたんですかね?」
「それが分かんねぇんだ。突然、矢が飛んできたみたいでよ。まぁ、一発で二体は流石にまぐれだろうがな」
俺は直感した。あの一射、まぐれで一石二鳥を成し遂げた訳では無い。あの時、ノアは一矢を放った瞬間に構えを解いていた。それも、警報がなる前に。
事前に異形兵の存在を知覚するほど、索敵力を持つ変異者だ。そんな彼が、確信や手応えなしに狙撃を中断するとは思えない。
変異者のコロニーと永久の都との距離は、直線距離で六、七キロメートル。その先で、二体の生き物が交差した瞬間を射抜く才覚。そんな射撃センスがあれば、俺は死ぬことは無かっただろう。
俺は、ノアの実力を羨んだ。
「まぐれだと思う理由は?」
フィオルトの問いに、男は頭を掻きながら答える。
「ほら、永久の都って天井……シェルがあるだろ?そこに当たって、反射した矢に当たったんだよ。狙ってなんて無理だ」
俺は、永久の都の天井を見た。
永久の都は、空から降る雪や外敵から守るために透明な防壁、シェルが存在する。だが、今シェルはリュウゲンに破壊された為、所々歯抜けになっている。
その歯抜けの位置を咄嗟に見抜き、壁の裏にいる相手を狙撃。それも、防壁のせいで見えない相手を、跳弾させて射抜く。
正直言って、そんな芸当が出来るとは思えない。だが、俺は見てしまった。彼が矢を放つ瞬間を。
俺の見た光景と、目撃証言からして異形兵を射抜いたのが彼だということは疑いようのない事実だ。
俺達は、コロニーの手前で馬車を降りる。
永久の都は、元々厳重なタイプのコロニーであり、人の往来に厳しい。今では変異者も立ち入れる様になってはいるが、馬車や車はそれなりの手続きが必要となる。
俺達は許可証を持っているので身体を洗浄すれば入れるのだが、馬車にまで適用される物では無いらしく、ここからは徒歩となる。
ハスキがコロニー前で足を止めた。彼女が見ている方を確認してみれば、そこにあったのは遺体の列だった。
外傷はない。変異に関しては人によりけりだが、一概に致命的な変異、皮膚から骨が突き出るとか、身体が溶ける様なものは無い。
そんな遺体を、蜥蜴のような老人の変異者が一人一人焼きていた。一人ずつ薬液を掛け、口から火種を溢し着火する。人を焼くと硫黄の匂いがすると言う話を聞いたことが有るが、薬品のせいか強烈な臭気はしない。
恐らく、薬液には遺体を綺麗に燃やすための他に、そういった匂いを防ぐ効果でもあるのだろう。
それを見ていたハスキは、恐る恐る老人に話しかける。
「この人達は……?」
老人は、気力も無い声色で答える。
「空気吸って死んだのだよ」
「え……?」
ハスキの視線が俺の方を向く。俺自身、空気を吸って人が死ぬというのは初耳だ。
雪を吸い込む事により、肉体が変異してその過程で死ぬのはよくある事だ。だが、口振りからしてそう言う訳ではないらしい。
「この星の大気は、元々のものと変わっておる。耐性のない者には毒に等しい」
異星人の住みやすい環境に整えた結果、空気中に人体に悪影響を及ぼす物質が入ったということだろう。確かに、俺が外でマスクを外していると即座に体調不良が襲ってきた。
地球外生命体が、自分の住みやすい環境にするため放射能汚染やウイルスを使うのは、SF小説でもよくある話だ。
だが、おかしな点もある。
「でも、あなたは」
異星人であるハスキや、その細胞を用いるクローンが外界で活動出来るのは判る。ただ、変異者は別だ。変異者は元人間で、別に異星人ではない。
「適合者、それと変異した者は耐性を持っておる。変異者は、その環境に適応する様に肉体を変異させるのでね」
老人の説明には、確かに納得する所があった。
変異が完全にランダムならば、陸上で変異した時にエラ呼吸の様陸上で活動出来ない系統に変異する者が今より多い筈だ。だが、これまで生きてきた中で、そういった変異によって遺体となった変異体を見たのは比較的少ない。
変異者コロニーにいる住民を見ても同様のことが言える。少なくとも、環境的に生存が全く不可能な変異は少ないのだろう。
「この星は、元々人間のものだったのに、適合者や変異者、マスクでも付けないと生きていけないのだ。まるで、人間を締め出そうとするようじゃないか」
その言葉に、ハスキは悲しげな表情を浮かべていた。
彼女と地球を汚染している異星人は派閥が違う。
ハスキ達は、方舟と呼ばれる宇宙船に住んでいた。何不自由無い生活では有ったが、一部の勢力が新たな新天地を求めて蜂起。
ハスキ達は、方舟での平穏な生活を望む『方舟平和主義』。一方、今地球を汚染しているのは方舟から離反した『方舟分離主義』。
老人は俺とハスキの顔を交互に見ると、自身の顎を撫でながら言う。
「お嬢さん達は、適合者かクローンかね?だとしても、マスクは付けたほうが良い。飾りであったとしてとな」
「それは、何故?」
「見た目が人間のままというのは、それなりに価値がある。変異しない人なら尚更。マスク無しで出歩くのは、格好の的ということだ」
老人の説明に、嫌な予想が出来てしまった。
今や、人類の殆どが変異してしまった。だが、その全員がケモナーの様な特殊性癖に目覚めたとは思えない。変異していない人間しか愛せない人なんて、公言できないだけでザラに居るだろう。
つまり、変異しないだけで十分魅力的な訳だ。
今となっては、警察組織は存在しない。人を攫って、拉致監禁した所で騒ぎにも成らない。
「つまり、奴隷狩りのような者が?」
「最近増えておる。友人の娘も二週間程前に襲われ、帰ってこんかった……」
その一言に、ハスキは反応を示す。
「その子供が襲われた場所は――」
「――ハスキ」
俺は、彼女の肩を掴む。
ハスキの性格からして、襲われた場所からその子供を探そうとするのは判り切っている。だが、そんな余裕は俺たちにはない。
「俺の身体は、変異で得た身体能力が無くなってる。前みたいな働きは出来ない」
それに、変異していない人間を襲っている集団が居るのなら、俺やハスキも標的になる。そんな輩にちょっかいを出して、無事で済むはずがない。
その事を理解してか、ハスキは悔しそうな表情を浮かべるが、反論はしてこなかった。
「賢明な判断だと思うよ」
老人が煙草を吹かした。煙は宙を力なく撫でると、そのまま霧散して消えた。
・・・
俺達は、人伝にサヤという女性を探した。
どうやら、サヤは現場監督をしているみたいで、見つけるのに時間は掛からなかった。
作業の支障に成らないように、休憩の時間を見計らい声をかける。
「すまない。回収してるのをすっかり忘れていた」
そう謝りながら、ハスキは携帯端末をサヤに渡す。
「いえ、ありがとうございます。これで調査が進みます」
「調査?」
「マスターに捕まった変異者の捜索や、隔離されている異形兵の確保ですね。それらしい場所は見つけたのですが、管理者権限で立ち入りが出来なかったので」
「なるほど」
異形兵の施術を行っていたのは、マスター一人との事。なので、他の人には隔離施設への立ち入り権限がない。
マスターの管理がなくなった手前、捕まっている変異者の生存が危ぶまれる。それに、空腹やストレスにより気が立った異形兵も居るだろう。
先日現れた二体の異形は、空腹により暴走したのではないかと推察されている。
助力はしたいが、余裕があるわけではない。隔離施設の探索を志願して、怪我を負ってしまえば出発が延期してしまう。
それを理解してか、ハスキは悩みながら口を尖らせるが、調査を申し出ることはなかった。
そうこうしていると、フィオルトがある場所を指で指し示す。
「あれは?」
そこは広場の一角だった。一つのテントに並ぶように、変異者やクローンが列を成している。それも、只の変異者達ではない。皆が一様に武装をした集団なのだ。
弓や銃、刀に槍。それらを携え、自信溢れる姿で集結する武装集団。だが、統率がとれた組織のようには見えない。まるで、冒険者やハンター、用心棒をかき集めた烏合の衆に見える。
それを見てサヤは口を開く
「あぁ、キャラバンの事ですか?」
「アレが……」
キャラバンは、商隊や輸送隊を軸にした長距離移動が目的の部隊だ。このご時世の場合、コロニー間を移動するのに用いられる。よくあるのは、物資の運搬とか貴重な人材の護送。
実物は初めて見た。
ちょっとした感動と同時に違和感も覚えた。キャラバンにしては、余りにも戦闘員が多すぎる。
「何であんなに人集りが?」
キャラバンは、あくまで輸送部隊。変異獣の掃討を目的とした部隊でもなければ、近隣の治安維持部隊でもない。
方針は隠密行動であり、戦闘は極力避けるのが鉄板である。だが、あの人数で隠密行動は出来そうにない。
「今から護衛人用のテストを行うんです。彼らは、その受験者でして、今回の試験官が特殊な事も有りあの人数に」
なるほど、と俺は頷いた。
キャラバンと聞いて早とちりしてしまったが、確かに護衛人のテストはしておきたい。商隊目線で言うなら、自分達の命を預ける事が出来るか判断の機会は欲しい。
気になるものといえば、特殊という単語。
「特殊というのは?」
俺が聞くと、サヤは記憶を探るようにして答える。
「例年どおりなら、盗賊に扮した警備隊との模擬戦なんですが。今回のは……えっと、リュウゲンと戦った彼……」
その話に該当する人物を、俺は一人しか知らない。
「ノア?」
「ノア……?あぁ、今はそうでしたね。その人が相手だと発表され、腕試ししてみたいって人も集まってるんですよ。元々、この試験は護衛人の実力を知らしめる為のデモンストレーションとしての意味合いが強かったのですが、今回だけは本格的な戦闘を重視していて毛色が違うんです」
彼を相手に腕試しをしてみたいというのは、気持ちとして理解できる。
ノアは、変異者として最上位の戦闘力を有するだろう。それは、少しだけ一緒に居た俺にも判る。そんな彼と戦う事ができれば、自分の力を誇示するのに使える。仮に勝てずとも、自分の名前に箔が付くのだ。
それも、無鉄砲に喧嘩を売るわけではなく、試験という大義名分があるのだから、気楽に参加できる。
「今回は何か特別なのかい?」
ハスキの言葉に、サヤは答えにくそうに言う。
「特別というか、永久の都を復興するのに人員が必要なので、結果的に少数精鋭にするしか無いんですよ。本来なら、護送艇を出したいところなんですが……」
護衛に使えそうな船は、コロニー修繕までの警備強化として巡回に使用されている。なので、キャラバンに乗れる限られた人数しか船に乗れない。
続けざまにフィオルトが訪ねる。
「何故、こちらで募集を?異業者コロニーではなく、永久の都でやるのに意味があるのか?」
フィオルトの問いに、サヤは顔を背けて答えた。
「その、面倒だからだそうです」
「えぇ……」
サヤの一言に、俺は思わず声を溢していた。
キャラバンの護衛ともなれば、それなりの危険が付き纏う。それに対し、試験会場か試験受付かは判らないが、場所選びの理由が余りにも雑過ぎる。
俺達が困惑していると、サヤはたどたどしく説明する。
「あのキャラバン、瓦商会が行っているんです。で、今居る商隊を取り仕切っているのがローシ様なんですが、永久の都の中を見てみたいと仰って。その後、移動するのも面倒だし、ここで募集しよっか……と」
瓦商会というのは、世界が荒廃した後に生まれた組織だ。情報や物資の販売を生業としており、コロニー毎の情報伝達や物資の支援を行ったりもするらしい。
現代の人類生存において、割と重要な組織の筈だが、行動指針が余りにも雑な気がする。
ハスキは、苦笑いを浮かべながらフォローする。
「逆に言えば、変異者コロニーと永久の都を自由に行き来出来る者達が集まったとも考えられるのかな?」
ハスキの言う通り、結果を見れば場所が永久の都なのは正解だ。というのも、変異者コロニーは大人数が集まる場合、収まる部屋がないので屋外に成ってしまうからだ。
屋外に出れば、それだけ変異のリスクになるし、雪をコロニー内に持ち込む危険性も大きくなる。それに、今年からはクローンの護衛人だって現れるだろう。
そういった理由を数多く捏造出来る中、ただ場所を移動するのが面倒だったというのは、本当の事なのだろうと思う。
そんな事を考えていると、ハスキは不意に目を細めて一点を凝視する。視線の先で目立つものと言えば、一人の変異者だ。
銀色の綿毛の様な変異者の少女で、背丈は小学生程しか無い。変異系統は獣化であり、三角の大きな耳とふわふわの尻尾が特徴的だ。
「あ、やっぱりそうだ」
と言いながら、ハスキは少し驚いた様な表情をしていたので、俺はハスキに訪ねる。
「ハスキどうかした?」
「知り合いがね」
ハスキは人集りの方に向かう。
まるで休日にクラスの友達に会った様に、足早で移動するハスキ。彼女を一人にしない為、俺はサヤに軽い会釈を済ませると駆け足後を追う。
「知り合いって誰?」
「ほら、私と共闘したヴィヴィという変異者だよ」
そういえば、俺がこの体になって間もない頃、情報共有としてマスターとの戦闘を聞かされた。その際に共同した変異者が彼女だそうだ。
ハスキは、銀色の変異者――ヴィヴィに歩み寄る。
「見物かい?」
足音で既に気がついていたのか、驚くこともなくヴィヴィは得意気に答える。
「そそ。ウチの旦那が参加するんだ」
旦那という単語に俺は片眉を吊り上げるが、すぐにおかしな事ではないと気が付く。ヴィヴィは背格好からして幼く見えるが、実際は成人しているのだろう。
それに、この時代は一概に成人と言っても、二十歳以上だとか十八歳以上だとか明確な数字は無いらしい。というのも、変異の系統によっては数年も持たない者、寿命が確認されていない者様々だそうだ。
なので、子孫を残すかどうかは医師と要雑談ではあるが、婚約に関しては別に年齢制限が無いらしい。
「旦那って誰?」
「ほれ、あの黒いの」
ヴィヴィの指した方向を見て、俺は目を丸くした。
彼女が示した先に居たのは、四足獣の様な骨格に全身隙間なく黒い触手を生やした変異者。
先日会ったばかりの彼だったからだ。
「ノア?!」
俺が驚く傍らで、ハスキとヴィヴィは頷いた。どうやら、ハスキは事前にヴィヴィから聞いていたらしい。
そういえば、昨日医務室でノアが診察を受けていた際、ヴィヴィの名前が出た気がする。
余りの体格差から、俺は童話のライオンとネズミを思い出す。
水牛だとかライオンの並の巨大を持つノア、方や小学生くらいの背丈しかないヴィヴィ。変異の系統も異形化と獣化で全く異なる。色々と心配になる組み合わせだ。
俺が驚いていると、今度はフィオルトがノアに興味を向けた。
「すまない。ちょっと彼と話を」
ヴィヴィを見つけた時のハスキの反応といい、俺が居ない間に二人共新たな人間関係が生まれた様だ。
特に異論もなく、ヴィヴィも一緒に来るみたいだったので、俺達はフィオルトの後を追う。
フィオルトはノアの傍らに立つと、少し間を開けて話を切り出す。
「名前を変えたんだな」
フィオルトは、どことなく儚げにそう言った。
会話の内容からして、知り合いというか旧知の仲の様な雰囲気すら感じ取れる。フィオルトに、そんな関係を持つ人が居るのは意外だった。
ハスキが地球に墜落し、それを追ってフィオルトも降下してきた。その後、ハスキと合流しに行動。知り合うタイミングとしては、この単独行動している時だろう。
ノアは、真っ直ぐにフィオルトを見据えながら答える。
「そうだね」
その返答に、フィオルトは何故か戸惑っている様子だった。
「それが意味する事を、理解しているのか?」
名前の変更。
今の人間の文化で言うなら、変異したことを表す為に新たな名前を付ける。だが、ノアの変異状態は、それなりの時間がないと成りえない。
フィオルトはハスキを追って降下し、地球に来た。時間的に二週間もない。対してノアの変異は全身に及び、変異には何年も必要となるだろう。
なので、もし変異による名前変更の場合、フィオルトに一度出会った後に名前を変更するのは、時間的に少しおかしいのだ。
あるとしたら、フィオルトと出会ったのは流れ者として旅をしている時で、その後に変異者コロニーに到着して名前を登録しようとした所、名前がダブっていた為に変更したとかくらいだ。
他のパターンなら、異星人の文化である恋仲の相手から名前を受け取るというもの。
「あぁ。ヴィヴィが付けてくれたんだ」
ここで彼の恋人であるヴィヴィの名前が出る辺り、異星人の文化が正解らしい。
俺は、納得して言葉を零す。
「そういう……」
一人、会話を理解していないのはヴィヴィだった。頭に疑問符を浮かべ、不安そうに訪ねる。
「なあ、どういう意味だ?」
ハスキが、ヴィヴィに目線を合わせる様に身を屈めながら説明する。
「好きな人に名前を付けられる事で婚姻。既に婚姻している場合、その名前を破棄することで離婚の意味が異星人の文化にはあるんだ」
今回の場合、ヴィヴィから名前を受け取っているので、彼女と婚約したことになるのだろう。
そんな事を知らずに居たのか、ヴィヴィは慌てふためく。
「え……?えぇ?!ちょ、ノア!!そういうのは言えよ!!」
彼女の反応は無理もない。このご時世、正式な結婚の儀式なんて有りはしない、変異した後の名前に名字がないのだから、籍を入れる必要すらない。
だが、異星人の文化上なら名前を授与することで成立する。つまり、彼女達の関係は正式なものなのだ。
ヴィヴィの反応に、ハスキは笑うのを耐えながら言う。
「言ってなかったのかい?」
その一言に、ヴィヴィはフルフルと首を横に振る。
「皆がニヤニヤしてた訳だ……」
ヴィヴィは照れているのか、動揺しているのか顔を両手で覆って丸くなる。まるで小動物の様な反応は、正直言って可愛い。
朗らかな雰囲気の中、フィオルトだけが一切笑わずに話を続ける。
「ノア、頼みがある。私達の旅に同行して貰えないだろうか」
突然、俺達に相談もなくフィオルトがそんな事を言うので、俺とハスキは目を丸くした。いつものフィオルトならば、事前にハスキに相談をするのだが、今のフィオルトはそんな事を一切せずに話を進めようとしている。
「ちょっとフィオルト」
ハスキは、フィオルトの腕を掴み制しようとする。が、フィオルトは発言を止めない。
「私なりに、変異獣について調べ回った。最近になって変異獣が活発化し、今まで例にないテレパシーで意思疎通を取るものもいる。異常事態が起きようとしている、そんな気がするのだ。力を貸して欲しい」
フィオルトの話は理解出来る。
俺達は、長距離移動しなければならない。コロニーの外は地獄そのもので、変異獣が活発化している。俺が死ぬ原因と成った、あの特殊な変異獣の群れと出くわすリスクもある。
今の三人で挑み、ボロボロになって逃げる事となったのだ。仲間は確かに必要。しかし、俺はともかくハスキにも相談しないのはらしくない気がする。
俺が不満な面持ちをしていたのか、ノアが訊ねる。
「一応確認だけど、ハスキ達は?」
俺とハスキは見交わす。ノアが仲間になること自体に文句はない。
「問題は無いよ」
問題は無いが不服ではある。という俺の心情を理解してか、ノアは自分の頭を掻きながら結論を出す。
「なら、その頼み受けよう。でも条件がある」
「条件?」
ノアは人集りを触手で指す。
「俺がキャラバンの試験を行う事になってるのは知ってるだろ?それで護衛側が勝ったら、俺はキャラバンに参加することになっている」
なるほど、と俺は頷く。ノアが居るキャラバンに参加出来れば、長距離移動の足にもなるし、戦力的にも申し分ない。
「つまり、護衛側として参加しろと?」
ノアは頷いて答える。
確かに、キャラバンに参加さえ出来ればある程度の安全性は確保される。最悪、ノアが居なくても三人で行動するよりもリスクは少ない。
それに、キャラバンに参加出来ずとも護衛を今後雇う可能性が有るのだから、ここの用心棒がどういった人達なのか調査する一環として参加するのも悪くはない。
「試験受付まで時間がない。列に並んで」
ノアの言葉に急かされながら、俺達は人集りに加わる。
ベルの音が受付終了時間を知らせた。それを確認すると、役員が受験者の人数を一人一人数えて回る。
人数はパッと見で学校のクラス二つ分くらいだろう。この時代には大所帯だ。
「試験参加者は、以上だろうか」
「総勢……七十八名ですか。当初の予定より多いですね」
役員達が困惑したように話し始める。それを聞いてか、受験者の一人が意気揚々と声を張り、それに乗る形で騒々しくなる。
「これじゃ、どっちが盗賊側として試験を行うのか判んないなぁ!」
「全員で合格出来るんじゃね?」
「それじゃ船が沈んじまうな」
腕に自信が有るのが半分、相手の気力を削ぐのが半分といった狙いの会話だろう。素行こそ悪い立ち振る舞いをするが、頭が悪い訳ではないらしい。
そんな中、役員の一人。亀のような姿をした老齢な変異者が呟いた。
「大丈夫なのかな?この人数相手で。後二倍は人数が欲しかったが……」
どう考えても、ノアを心配している台詞ではない。受験者の心配をしての台詞だ。
「は?」
老人の言葉に受験者の一人が苛立つ。その空気を切り替える様に、役員の一人。クワガタの様な変異者は錫杖の先で地面を強く叩いた。
「私達は、勇気ある者を集めている。人数に頼らず、真に勇気ある者をだ。では、臆病者を払う為、仮試験を始めよう」
「嘗めるのも大概に……」
男が食って掛かろうとする最中、黒い影が飛来した。
その刹那、重圧感が辺りを駆け抜ける。
既に面識のある俺たちは、影の正体がノアだと理解する。だが、それでも緊張は消えなかった。この緊張は、最早恐怖に近い。
恐怖とは、相手が未知の存在で有ればそれだけ力を増すという話を聞いたことが有る。実際、俺もそうだと思う。だが、今回は違った。
俺とノアには少なからず面識がある。顔馴染み程度であるが、どういう性格なのかは察しが付く。しかし、それらの情報を掻き消す程、鋭利な重圧感。まるで、無数の銃口を背後から突きつけられているような、冷たい殺意の警告。
彼からしたら、威嚇をして臆病者を落とすくらいの気持ちなのだろう。それらの狙いを理解したからと言って、恐怖は消えない。
「武器を捨てろ」
ノアがそう告げると、受験者の内半数近くが自身の武器に手を掛け、地面に置いた。その全員が、身体を小刻みに震わせている。
何の説明もなく始まった彼の威圧。趣旨から考えて、武器を置かない事が正解の筈だ。
今回の試験官はノアだ。つまり、実戦で言えば盗賊側の人物。そんな彼が、武装解除を命令し、それに従うというのは降伏と同義。
頭で理解し、ハスキの方を目だけ動かして見た。彼女も同じ判断のようで小さく頷く。
最後に武器を捨てた音がしてから十数秒の後、ノアはため息を吐きながら威嚇を止める。
「こんな感じか……。もう楽にして良いよ」
その言葉と同時に、肩から荷が降りた気がした。受験者達からは、安堵の声が聴こえる。
瞬間、俺はハスキを抱きかかえていた。何故かは判らないただ、次に起きるが脳裏に浮かんだからだろう。
音もなく、ノアは背中から弓を取り出す。そして、一度に複数本の矢を番えると、俺たちに向けて斉射した。
安心し、気が抜けた周りの人は反応に遅れ、ある者は倒れ込み、ある者は頭を抱え、矢を直撃して蹲った。
放った矢が着弾するより速く放たれる矢の雨は、次第に勢いを増しまるで吹雪のようだった。
フィオルトが俺たちをかばう様に前に立つ。彼が盾と成ってくれたお陰で余裕が出来、俺は周りを見る。
俺達以外にも、矢の吹雪を耐え凌ぐ人達が居た。
矢を刀で切り落とす者、矢を受けても微動だにしない者、軽快に回避する者、他の者の後ろに退避する者等多種。
それを見て俺は、これ以上倒れる受験者は居ないだろうと思った。丁度そのタイミングで、矢の雨も止んだ。
「武装解除した人と立ってられなかった人は失格で」
そう短く伝え、ノアはその場を後にする。
彼の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、俺はハスキを離した。幸い、俺もハスキも無傷で耐える事が出来た。
「テセウス、フィオルト。二人共ありがとう……」
笑顔で礼儀正しくお辞儀をする彼女に、フィオルトと俺は返事を返す。
「問題無い」
「ハスキも無事で良かった」
どっと疲れが押し寄せるが、ハスキが一緒に居る手前俺はへたり込むのを我慢した。
俺達三人を除き、立っているのは九人。変異者、クローン、機械化手術を施した者等様々。
それらを眺めていた商会の女性が呟く。
「仮試験合格者は……十二人、割と残りましたね」
真っ向から否定したい気持ちを、俺は堪える。
開始八十人近く居た受験者が、ものの数秒で十人と少ししか居ないのだ。篩い落とすにしても限度が有る。矢が飛んでこない分、圧迫面接の方が幾分マシな気がする。
地面に血が無い事からして、矢尻を柔らかい素材にでもしたのだろうが、直撃した人達は青アザを浮かべて倒れたまま。脅しの範疇を流石に越えている。
怪我人が担架で運ばれる中、残った受験者と試験官は商会用テント内に場所を変える。
商会用テントと言っても、商売をする為の拠点というわけではない。判りやすく例えるなら、運動会のテントに近い。
試験用の資料や物資、何らかの測定器を置いておく為のスペースが大半で、受験者が入り切る程広くはない。
「では、本試験について説明をする。本試験は、明後日の日の出を開始の合図とし、三日間の防衛戦を行って貰う。目標は、これの防衛」
試験官は、バスケットボール程の大きさの箱を提示した。ガラスの様な透明な壁面、それに覆われた黒い球体。球体には、異星人の技術によって作られた円筒状のバッテリーが取り付けられており、黒い球体と壁面にエネルギーを送っている様に見える。
壁面が僅かに光っているので、恐らく永久の都のシェル同様に電磁機能が働き、耐久力を上げているのだろう。
「それは?」
そう質問したのは、黒い虫化の変異者だった。目算で変異レベルはⅤ。人間を思わせる細身の上半身に対し、下半身は四足。
虫化は外見から筋力や年齢が判別出来ない。
テセウスの矢を携えた刀で斬り伏せていたので、剣士と見て間違いないだろう。
「判りやすく言うなら、ブラックボックス。中に発信機や録音機が入っている。これを護衛の対象とした戦闘試験である」
試験官の話を聞き、鱗の生やした男が鼻で笑いながら言う。
「要は缶蹴りか」
彼は、変異レベルⅣの前半くらいだろう。顔は人の状態を保っているが、全身が鱗に覆われていて創作物で言う所の竜人に近い姿をしている。
血の様に赤い鱗に、鋭利な爪と牙。側頭部から突き出した二本の角。背にはクロスボウ、腰には鉈とフレイル。
自分一人で何でも出来る、と言いたげな装備や態度の大きさからして、腕に自信があるのだろう。
彼は、テセウスの攻撃を回避していた変異者だ。それも、八十人近くの受験者に囲まれる中で回避してみせた。卓越した見切りの速さ、空間認識力が無ければ出来ない芸当だ。
「君達には、コレを付けて貰う。装備出来ない者は、後で追って連絡する」
そう言いながら、試験官はリストバンドの様な機器を取り出した。俺の付けている生命維持装置にも少し似ているが、それにしては小さい。薬剤を入れるスペースも見当たらない。
「バイタルチェック用のバンドだね」
腰に刀を携えた女性の変異者が発言した。
彼女の眼球、白目の部分に左右対称のほくろが二対ある。おそらく変異者なのだろうが、殆どが人間のまま。見た目通りなら変異レベルⅠ、変異箇所が体内に集中しているのなら変異レベルⅡからⅢの初期辺りだろうか。
彼女は虫の剣士と同様、仮試験では刀で矢を斬り落として居た。二、三発程被弾しては居たが、全て迎撃出来る虫の剣士が異常なだけで、実力は相当なものだろう。
「バイタルにて一定の損傷が確認された者、拘束されて戦闘継続が不可能になった者は、試験を降りてもらう。質問は?」
事実上、死んだと同然の状態に陥った者は脱落ということだ。無為に死者を出さない為の処置と見える。
「試験終了と同時に全滅した場合について確認したい」
黒髪を束ねた男がそう訪ねる。
男は、一見変異箇所が良く判らないが、眼光が鷲や鷹を思わせる程に鋭く感じる。足元を見てみれば、変異の影響で右足が僅かに短いらしい、右手には杖を握っている。四肢と眼球の変化だとすれば、変異レベルはⅡかⅢくらいだろう。
彼は仮試験時に最低限の動き、体を左右に振ったり仰反る程度の動きで矢を見切っていた。
変異のせいで身体のバランスが崩れているが、だからといって人より劣っている訳ではないらしい。
「仮に全滅したとしても、ブラックボックスさえ無事ならば問題無い。極端な例えだが、初日に全滅したとしてもトラップ等で試験終了までブラックボックスが守られていれば良い」
全滅しても目標さえ守れていれば良いというのは、実際に聞く話だ。古くからある伝説や史実でも、目的を守る為に命を落とすが、その死に様で死後も相手の侵攻を止めた者は数多くいる。
なので、全滅と失敗は直結しないということだろう。
「明確にしたいんだけど、ブラックボックスの護衛って、破壊されなければセーフってこと?」
質問したのは、中年の変異者だった。
彼は変わった事に、身体の箇所によって変異の傾向が異なる為に分類が出来ない。顔は無精髭を生やしたやつれ気味なのだが、腕は鉄の様な甲殻に覆われている。また、肘の辺りの甲殻にある亀裂からは細い触手が垂れ下がっている。変異レベルはⅣ相当なのだろうが、特殊な為に自信はない。
ちなみに彼は、仮試験時に虫の剣士の背後に隠れる形でやり過ごしていた。背中に有る武器は背丈程の長さを持つ昆で、初めて見る武器だ。実力は未知数と言った所。
「防衛拠点を設けてある。その範囲外からブラックボックスが出た瞬間、強奪されたと判断して即時失格。あるいは、ブラックボックスが破壊された時も同様。失敗条件は、この二点だ」
逆を言えば、この二点を達成されないまま三日間守り通せれば勝ち。
俺は、昨日医務室で聞いたノアの隊長を思い出していた。肉体の負荷が大きいのか、変異に恵まれなかったのかは定かでは無いが、彼は三日間連続で戦闘する事が出来ない身体だ。となると、本試験が三日行われるとはいえ、実際に戦闘が起きる時間は極端に短い。
高難易度の試験ではあるが、決して不可能ではない。
「ブラックボックスの録音機能を使って、カンニングとかはしないよな?」
鱗を生やした男が悪戯っぽく質問する。
彼自身、試験内容を疑って質問している訳では無い様に見える。大方、漫画とかである『質問されていないから答えていないルールがある』とかの云々を回避する為のものだろう。
「それはしないと約束しよう。あくまで、試験中の意思疎通がどのように行われたかの確認として使わせてもらう」
それもそうだ。そもそも、数キロ離れた相手を察知出来るノアにカンニングが必要とは思えない。
「例えばブラックボックスを地面に埋めるとか、接触出来ない様に細工するのは?」
次に質問したのは、一風変わった男だった。恐らく虫化の変異者なのだろうが、手足が機械化されていてサイボーグみたいに成っている。それが、銀色の甲殻と相まって何処からが機械で、何処からが肉体なのかが判らない。
それも一人ではなく二人組で非常に酷似した見た目をしている。
彼らに関しては、ハッキリ言って印象が善くない。というのも、仮試験時に他の受験者を盾にして使い捨てていたのだ。そのため、手段を選ばない冷徹な印象を受けた。
「その例えでいうなら地中は無しだ。地中は防衛範囲外と設定させて貰う。だが、範囲内ならば細工は可能とさせている」
防衛範囲内ならば何をしても良い。というからには、その範囲内をトラップで敷き詰めるという手段が取れる。
ふ、と疑問に思った。ブラックボックスの場所に縛りがあるのなら、受験者の行動範囲に縛りはあるのか。確かめるべく、俺は声を発する。
「受験者に行動制限は?」
「無い。別に、ブラックボックスから離れてコロニーに居ても咎めはしない」
コロニーというのは、彼なりのヒントなのだろう。
行動範囲に制限が無いと聞いて、俺はノアの得意とする遠距離戦を避けるため、長距離移動を考えて質問した。長距離移動中に行動範囲から出たので失格、という場合があるか聞きたかったからだ。
返答はコロニーに言っても問題はないというもの。つまり、コロニーに向かう事も視野に入れろという事だ。
何故、コロニーも行動範囲として念頭に入れるのか。それは、試験期間が三日間だからだろう。
三日間の戦闘で、物資が持たない場合というのは十分考慮出来る。俺がノアの立場なら、物資を狙って攻撃して兵糧攻めの状態にでもする。仮に初日に食料が無くなれば、三日目には水分不足で戦闘どころでは無くなる。
そういった場合、コロニーに向かう必要がある。言い換えるなら、補給路の確保も試験に含むという事だ。
「他に質問は?」
試験官は、辺りを見渡した。納得したのか、聞けことが思い当たらないのか、全員が黙り込む。
受験者は十二名。
クリア条件はブラックボックスの死守。
失敗条件はブラックボックスの破壊、紛失。
期間は三日。
受験内容は非常にシンプル。誰かが口にした通り、缶蹴りと変わらない。つまり、純粋な防衛機能を試すテスト。
ノアは精密な射撃を得意とする。裏を返せば、運要素が少ない計算型。骨格は獣を彷彿とさせ、身体能力は神話上の生物に足を踏み入れている。つまり、怪物の身体能力と人の知性を持った相手。テストの相手として、これ程最適な人は居ないだろう。
質問が途切れたのを確認すると、試験官は口火を切る。
「無い様なので、質問を締め切る。明後日の本試験……存分に励むがいい。私達は君達の健闘を期待している」
こうして、キャラバンの護衛試験準備期間が始まった。




