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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界2章∶あくる日の戦士達
19/35

1.新しい命

人物


 テセウス∶ハスキという異星人の姫を助けた青年のクローンであり、彼女の婚約者。元々は変異者だったが、クローンであるため今は変異者ではない。


 ハスキ∶地球に墜落した異星人の姫。テセウスに助けられた際に一目惚れし、彼の婚約者となる。


 フィオルト∶ハスキに仕える異星人の騎士。


用語


 雪∶異星人が降らす白い粒子型の物質。動植物が取り込むと肉体構造を変異させる。また、異星人やその遺伝子を元に作られているクローンには無害。


 変異体∶雪を取り込み、肉体が変異したものの総称。元が人間の場合は変異者、野生動物は変異獣、植物は変異植物と呼ばれる。


 変異∶雪を取り込んだ事により起こる肉体の変化現象。元が人間であっても、その内容は獣化、虫化、異形化等様々。変異の過程で命を落とす者も多い。


 永久の都∶一章の舞台となったコロニー。変異していない人間を保護するため、クローンを労働力として活用していた。


 コロニー∶人々が雪から身を護る為に建築した居住施設。廃墟を利用したもの、防空壕を利用したもの、異星人の技術を利用したもの等多種多様。

 リュウゲンによるコロニー侵攻戦から、既に二日経過していた。

 永久の都が破壊され、復興作業が日夜行われている。

 本来ならば、手早くコロニーから退散する予定だったのだが、マスターとの戦闘による消耗を加味し、変異者のコロニーに泊まる事となった。

 変異者のコロニーは、元々研究所だった建物を改築したもののようで、正直コロニーとしては心許こころもとない。外気を完全に遮断している訳では無いので、所々から雪が侵入している始末。

 だが、異星人とクローンのメンバーである都合、変異の心配が無くなり、このコロニーでも何ら問題はなかった。

 俺は、仮宿となっている部屋をノックする。

 疲労困憊だったハスキは俺に告白した直後、そのまま倒れるくらいには限界だった。なので、昨日まで彼女は回復に努めていた。


「どうぞ」


 彼女の澄んだ声を合図に、俺は扉をくぐる。中に入ると、彼女は一人で軽快にストレッチを始めていた。


「もう動いて良いの?」

「どうやら、私は普通の人よりも身体能力が高いみたいでね。これくらい訳ないさ」


 俺は、生前の出来事を思い出していた。

 そう言えば、彼女は変異獣の群れから逃げる際に俺――成人男性一人背負いながら走る事が出来た。身体能力や持久力はアスリート並か、それより高いのだろう。

 それが異星人由来の身体能力なのか、あるいはハスキのポテンシャルなのかはどうだっていい。

 それより、問題なのは彼女が一人だったことだ。


「フィオルトは?一緒じゃないのかい?」


 俺が聞くよりもハスキが早くその質問を口にしてい、た。その問いに、俺は首を横に振る。


「知らない、ここに居るのかと思ってた。なんかさ、避けられてる様な気がするんだよね。フィオルトと出会った時の記憶が無い、って言ったからかな?」


 というよりも、フィオルトが一人を好んでいる様な気がする。

 フィオルトは、異星人であるハスキを守る騎士であり、その仕事は当然警護。となると、その対象は姫様であるハスキ、あるいはその婚約者である俺であり、そのどちらとも別行動しているのには違和感を覚えざるおえない。

 最初の印象だと、フィオルトは忠誠心の高い性格をしているように思えた。そんな彼がどちらの護衛もしていないのは、俺かハスキのどちらかが彼の気分を害してしまった可能性が高い。

 どうであれ、完全に職務放棄をしている訳ではないので、こちらとしては彼に一人の時間を与えるしか対処法はないのだから、取れる手段はない。


「まぁ、あの時は珍しくショックを受けてたからね。それで、記憶の欠落はどの程度か把握出来たかな?」


 今の俺は、生命維持装置がバックアップを取った記憶や意識を元に形作られている。当然、生前の記憶をそのまま引き継ぐ訳ではなく、欠落が発生してしまう。

 実際、フィオルトに対しての記憶は残らなかった。会った時に、そういえば見たことあるといった朧気な認識しか残らず、会話の内容までは覚えていない。

 もし、俺がフィオルトの地雷を踏んだのだとすると、生前に会ったフィオルトの記憶が無いと伝えた事だろう。

 俺は、記憶を探りながら応える。


「生前の時点で、一週間も記憶持たなかったから正直判らない。一応、ハスキとの記憶は覚えてるけどって感じ」

「マスターによる記憶処理とも思えないし、生命維持装置の問題かな?」


 マスターとは、俺をクローンとして蘇生させた男だ。

 善人という訳では無い。人間が存続するためにクローンを奴隷のように活用したり、変異体を元人間か関係なく改造して兵隊化させていたのだ。

 だが、動機というか、考えの根本としては人類を守る為の言う動機は判らなくはない。

 この先の未来、コロニー外の環境で純粋な人間が生存できるとは思えない。何故なら、変異した瞬間に純粋な人間では無くなってしまうから。だから、変異を一切していない人間を守りたいというのは理解出来る。

 ただ、やり方が差別的であり気に入らない。

 そんなマスターが、俺の記憶を処理する理由が有るのかと聞かれれば、特に思い当たるフシはない。


「本来はハスキ達用のだから、合わなかった可能性はあるね」


 二人して悩んでいると、ハスキは何かを思い出した様に声を上げる。


「あ、言い忘れてた。マスターに何かされてないか確認するために、検診を予約してあったんだ」



 ・・・



 俺は、医務室の扉を軽く叩き中に入る。


「失礼します」


 俺が頭を下げると、奥から黒い蛇のような頭をした変異者がこちらをチラリと確認し、待合いのソファを尻尾で指す。


「そこで待っててくれ」


 俺は邪魔に成らない様に静かに頷き、ソファに座り込んだ。

 医務室は、待合いと診察場をカーテンと棚で仕切った簡易的なものだ。そんな簡素な作りなので、軽く覗き込めば待合いから中の様子が見えるし、何もせずとも声は聞こえる。


「正直に言って欲しい。自分が異常な事は良く判ってる」


 診察場から聞こえる声に耳を傾け、俺は診察場の方を見る。

 カーテンと棚の隙間から見えるのは、全身を触手で覆った黒い変異者だった。骨格は四足歩行獣。背丈はライオンか、それより一回り大きいか。右前足には義足を付けている。

 その変異者に向け医師は告げる。


「……保って半年、短い場合は三日以内が妥当かな?」


 余命宣告に立ち会ってしまった間の悪さに、俺は視線を外す。


「三日?」

「連続戦闘時間、という認識で構わないよ。戦闘に参加すれば、その分だけ寿命が減るという事だね。安静にするんだったら、半年は耐えれる筈だ」


 長くとも半年。その事を考えながら、俺はハスキのことを思い出す。

 残り半年の命だとして、俺は彼女に何をするのだろう。まず、ハスキに余命のことを知られたくは無い。何故なら、彼女を悲しませたくはないからだ。

 その後はどうするかだが、そこから先が思い付かない。いて言うなら、半年以内にハスキを宇宙うえに返して、自分はここに留まる事を選択することで死を悟られないようにするくらいだろう。

 少しの間が開いた後に会話が始まる。


「そうか……」

「彼女に伝えようか……」

「いや、ヴィヴィには黙ってて欲しい」


 聞き覚えのある名前に対し、俺は記憶を辿る。

 確か、ハスキがマスターと戦う際に共闘していた変異者がそんな名前だった筈だ。


「それは、何故?」

「悲しませたくないから」

「……なるほど。相談に乗りたいのは山々だけど、ご予約の人が居てね」


 診察場の方から視線を感じ、何となくそちらを向く。

 彼は、短く頷くと医師の方に向き直る。


「そうか。これ以上押すのも悪いし、帰るよ」

「いや、迎えが来るまで見守って欲しいって頼まれていてね。待合いで頼むよ」


 そんな会話の後、彼がのそりとカーテンをくぐる。一瞬ではあるが視線が交差していたのもあり、俺は軽く挨拶する。


「こんにちは」

「どうも」


 それ以上の会話もなく、入れ違いに俺は診察場に入った。

 俺の診察は、至ってシンプルなものだった。少しの問答の後、医師が触診を行い具合を伺う。医師は爪が鋭利な変異者だったので、触診に使うのは尾だ。

 俺の頭を軽く尾で小突いた後に、医師は言う。


「クローンとはいえ、テストタイプだからチップは入ってないし……大丈夫かな?人体改造の可能性も低そうだし」

「そうですか。安心しました」


 身体の具合からして、そんな予感はしていた。

 マスターの作るクローンは二つの種類が存在する。

 一つは正式型、コロニーの労働力を担っていたクローンは全てこれであり、頭にチップを入れる事により行動や思考を制限していた。

 もう一つが試作型やテストタイプと呼ばれるもの。クローンと一概に呼んでも、身体能力や耐久力、持久力は千差万別。それをテストする為に一番最初に生み出されるクローンがテストタイプ。俺は、テストタイプに分類される。

 何故、俺がクローンとして蘇生されたのかは判らない。

 予想としては記憶を探るついでに蘇生させたのか、あるいはハスキが異星人の姫様であることを知り、取り引きの為に蘇生させたか。どちらにしても変異者に襲われた緊急時を除き、特に俺の身体を弄る理由もないだろう。


「ちなみに、身体の調子は?前の身体に比べて違和感があったりは?」

「触手が出なくなったり、身体能力?が少し低くなったりはします」


 俺は、軽く手足を動かして見せる。

 筋力は確かに下がったが、身体は思い通りに動くし体調も安定している。

 クローンの肉体は、異星人の細胞を用いているので雪の影響を受けない。という情報を初めて聞き、試しにマスク無しで外を歩いてみたが、その話は本当だった。

 雪の舞う空気を肺いっぱいに取り込んでも、熱や頭痛にさいなまれる事はなく、正常に身体を動かすことが出来る。

 だが、今までロープ代わりに触手を使っていた為、失うとやはり不便に感じるし、身体能力の低下も痛い。

 医師は深く頷くと、説明を始める。


「それは、変異が無くなったからだね。変異っていうのは、翼が生えたり尻尾が生えたりする以外にも、目に見えない部分も変わる。筋繊維や骨の強度が良い例かな?それで身体能力の低下が起きてるんだと思うよ」

「そうなんだろうとは……思います」


 良くある話だ。ファンタジー小説や何かで登場する狼男や吸血鬼、それと生身の人間が殴り合ったらどちらが勝つか。シュミレーションをせずとも簡単に想像出来る。

 変異している人間と変異していない人間、その力関係も同様の事が言える。


「それじゃ、身体以外の問題は?頭がぼーっとするとか、目眩めまいとかは?」


 医師の問いに俺は、以前の記憶と照らし合わせながら答える。


「生前と大差ないと思います。少なくとも、この二日間で物忘れとかは無いかな?前は一日経つだけでも結構忘れてたので」


 俺の話を聞きていた医師は、パチパチと何度か瞬いた後に話し始める。


「あぁ、脳の変異が無くなったからかな?脳が変異すると頭の中が書き換わる訳だから、それで記憶障害とかが起きるからね。変異しなくなる事で記憶が安定するのは良くある事だよ」


 そんな会話が数度続き、診察終了時間を迎える。

 初めての診察なのと、マスターに改造をされた可能性を懸念して時間が掛かったが、異常は無かった。


「問題は無さそうかな。一応睡眠薬と精神安定剤は出しとくよ」


 そう言うと医師は尻尾を器用に使い、棚から二つの小瓶を取り出して俺の前に置く。

 不眠だとか、精神が不安定な話をしなかったし、それらに該当するとも思えない。


「別に大丈夫だと思いますけど」


 俺が薬瓶を指していると、医師はフンスと鼻息をした後に説明する。


「君、前の身体について話す時、生前って言葉使っただろ?自分の死を自覚してるタイプのクローンだと、死んだ瞬間を不意に思い出したりして、ってケースが往々にしてあるからね」


 医師の説明に思い当たるものはなかったが、そういう事もあり得るだろうと判断して異議は立てない。

 医療品は貴重なのだから、受け取って損はないだろう。


「ありがとうございます」

「お大事に」


 俺が感謝を告げると、医師は手を振って応える。

 それに頭を下げて対応すると、俺は身体を反転させて出入り口に向かう。予定だったのだが、さっきの変異者が武器を撫でているのを見て、俺の足は止まった。


「その弓、大事なんですか?」


 彼の持つ弓は、神秘的な雰囲気をかもし出していた。

 パッと見は大理石や石膏を思わせる白い姿。バッテリーや照準機と言ったゴテゴテした物いが無いシンプルな作りなので、異星人由来のエネルギー関連の武器では無いのだろう。

 男は、弦を一度琴の様に弾ませた後に答える。 


「持ってると安心するんだ。病院に持ち込む物じゃ無かったかな?」


 その一言が出る感性からして、彼が世界退廃前の住民――俗に言う当事者の一人な気がした。

 このご時世、自衛の武器は携帯が必須であり、文句を言う者のほうが少ないだろう。となれば、自身が武器を所持していることに何も思わないのが自然だ。だが、彼は武器の携帯に後ろめたさを覚えていた。

 医療施設だから衛生的にとも考えられるが、あくまで彼が居るのは待合いであり、武器を携帯した護衛や警備が立ち入るスペースでもある。

 そのため、特に理由をでっち上げる訳ではない彼の心境が、どことなく当事者に近いものを感じた。

 話を聞いていた医師が顔をカーテンから覗かせて言う。


「私としては、使わなければ問題無いよ。もし弓使いなら、助言でも貰うといい。彼はリュウゲンと互角に渡り合える数少ない人だから」


 医師の言葉に面食らう。

 リュウゲンと言えば、永久の都を破壊した張本人だ。実際、その瞬間を見たハスキは何の比喩もなしに流星が直撃したようだったと口にした。

 そんな者と互角に戦えるのだから、彼にもコロニーを破壊する様な力が有るのだろう。

 俺は、思わず本人に聞き返す。


「そうなんですか?」

「別に互角じゃ――」


 変異者は言葉を途中で止め、弓を片手に窓の前に移動した。そして、勢い良く窓を開け放つと、身体に隠し持っていた矢を取り出して弓につがえ、遥か彼方に照準を合わせる。

 その先にあるのは、先日までハスキ達が居た永久の都だ。


「ノア?」


 医師が黒い変異者――ノアを呼び止めようとする。それを、彼は触手で制しながら弓を振り絞る。


「静かに」


 ノアの高い集中力により、医務室全体に緊張感が走った。

 耳鳴りが聞こえる静寂の中、彼の息を吸う音が聞こえ、それは放たれた。

 バツン、と何かを断ち切る様な音で射出された矢は、辺りの書類を撒き散らしながら彼方へ消える。

 その後、カーンという何か硬い物に直撃した音を鳴り、ノアは満足そうに弓を降ろして窓を閉じる。

 何をしたかったのか判らずに医師の方を見てみれば、四散した書類を大慌てでかき集めている。それを手伝おうとしたときだった。

 突然、警報がコロニー内に響き渡る。

 それを聞きながら、俺は先程の光景を思い出していた。あの矢が何か問題を引き起こした、と思ったからだ。


[緊急事態発生、緊急事態発生!永久の都内にて、異形兵の生き残りを発見。戦闘員は直ちに……何?]


 緊急の連絡が変な声を上げて打ち切られる。

 俺は、アラームが先程の矢の事ではないと安堵し、書類集めに加わる。ノアも飛び散った書類に気が付いた様で、彼の無数の手によって数秒で書類集めは終わった。

 それと同時に、再度連絡が入る。


[え〜……、異形兵の駆除を確認。緊急体制解除……とのこと]


 俺と医師は互いの顔を見た。

 その顔は、驚きと困惑が混ざった表情をしている。恐らく、俺も同様の面持ちをしているのだろう。

 書類の四隅を合わせているノアに、医師は恐る恐る聞く。


「もしかして……当てた?」


 その問いに、ノアは何食わぬ声色で答える。


「的が大きかったし、あれくらいなら外さないかな」


 的が大きい、と言うには相手を感知した自信があるのだろう。変異者には、稀に生体反応を感知したり熱源を探知できる者が居る。彼もそうなのだろう。

 判断し難いのは、報告にあった異形兵の大きさが判らない点。これに関しては、正式な情報を集めるしかないだろう。


「異形兵の種類は?」

「気配が混ざってて、そこまでは判らない」


 種類、種族が判らないということは、ただ純粋に大きいということだろうか。

 医師が苦笑いを浮かべながら言う。


「的の大きさというより、距離の問題だと思うけども」


 それはそうだ。ここから永久の都との距離はだいたい六から七キロ程と聞く。そんな長距離を狙撃するなんて、人間には不可能のレベルだ。


「同じく。そもそも、的が見えないし」


 俺と医師がそういうと、ノアはムスッとしながら言い返す。


「なら、確認すれば?彼らの遺体を。医師なら検死も出来るんじゃない?」

生憎あいにく、医者は外出禁止なのでね。そもそも、医務室は窓を開けるだけでアウトなんだ。下手したら衛生管理者が飛んでくる」


 医師の言葉の直後、ドアが力強くノックされたかと思えば、こちらが返答する暇もなく開放される。

 姿を現したのは、潔癖感すら覚える程に綺麗な白い防護服を着た二人組だった。

 全身を覆う防護服の為、人間が変異者かすら判別出来ない。一人はがっしりとした大柄であり、一人はほっそりとした小柄な人物。何となくだが、大柄の男性と小柄な女性な気がする。

 内一人の、大柄な方が咳払いの後に名乗る。


「――衛生管理部の者だ」


 その一言で俺とノアは同時に固まり、唯一平常運転で動けた医師が対応する。


「何用で?」

「今しがた、『医務室の窓が全開になっていた』と報告が入ったのだが、心当たりは?」


 心当たりしかない。が、本来は絶対に雪を入れてはいけない医務室の窓が開いた、なんて言えるはずも無い。


「無いです。完全に閉め切っていました」

「密室空間だったと認識しています」


 俺とノアがほぼ同時に証言した。

 すると二人組の内、大柄の方が疑った様に言う。


「なるほど?では、確認をよろしいかな?」


 そう言い終えると同時に、もう一人の小柄な方が検温器に似た機械を片手に医師の前に駆け寄ると、そのまま医師に向ける。

 ピロリンという軽快な音が鳴るのを確認すると、衛生管理部の二人は互いに頷いた。


「彼に問題は無い様ですね」

「では、次」


 医師の時同様、小柄な方の衛生管理管理者が今度は俺の前に経つと、機械を向ける。

 近くで見て確信したが、やはり小柄な方が女性で大柄な方が男性で間違いない様だ。

 ピロリンという音が鳴り、女性は機械を下ろして確認する。


「問題は……無し。次ですね」


 最後、黒い変異者の元に機械は向けられる。どことなく、俺と医師の時よりも少し間が開いた後、ヴゥゥーという警告音が鳴り響く。

 当然の結果に、俺と医師は同時に顔を背けた。

 おおよそ、あの機械は雪の接触を感知する機械なのだろう。なら、窓が開いていた時に現場に居合わせていた俺達に警告音が鳴らなかった理由も判る。窓から離れていたから、雪が接触しなかったのだ。逆に、あの変異は窓際に居た為、雪が付着してしまったのだろう。


「鳴ったな」

「アウトですね」


 まじまじとノアを見つめる二人に俺は問い掛ける。


「ちなみに、アウトの時の罰則は?」

「軽度、状況次第では厳重注意。だが、基本的には強制労働、もしくは隔離区画への一定期間軟禁、支給物資の一定期間停止の内どれかになる」


 期間を伝えていないのは、外気を取り入れた場所によって変化するからだろう。自分の部屋で外気を取り入れるのと、人が集まる場所で外気を取り入れるのとでは危険性がまるで違う。

 今回の場合は診察室。つまり、医療施設なのだからリスクで言うとかなりのもの。

 心配になりノアに視線を向けると、彼は全身の触手を逆立て、目まぐるしくうねらせている。そして、


「失礼します!!」


 と言い残し、脱兎の如く診察室から飛び出す。

 その場に居た全員が呆気にとられる中、少し間を開けて衛生管理部の女性が慌てて後を追う。


「あ、ちょ……!待ってください!!」


 残った男性の方が、呆れた様に首を横に振りながら言う。


「話には続きが有ったのだが……」


 俺は、その一言でついさっき聞いた状況次第では厳重注意との言葉を思い出した。止む終えない事態だった事が公認されれば、罰則は事実上免除されるのだ。


「続き?」


 俺が聞くと、男は開放されたままになった医務室の扉を叩く。すると、外から武装した獣の変異者が現れる。


「失礼。私は、警備隊の者だ」

「警備隊が何でまた……」


 次から次に現れる来客に、医師は途方に暮れていた。

 状況を何となく察しているのか、警備隊員はバツの悪そうに咳払いし、医師の質問に答える。


「『医務室の窓が音を立てて開放されたと思ってみれば、先日リュウゲンと大立ち回りを演じた黒い触手まみれの変異者が、弓を構えて立っていたのを撮影した』と報告が入った」


 警備隊員は、ポケットからデバイスを取り出すとその画面を見せる。そこには、全開にした窓の目の前で弓を構えるノアの姿が綺麗に映し出されている。


「証拠ある……」


 これでは、言い逃れが出来そうにない。

 俺と医師がまじまじとデバイスを見つめていると、警備隊員は話を続ける。


「報告はもう一つ有ってな。『上空から変な音が鳴り、それと同時に何かが落ちてきたと思えば、異形兵が弾け飛んだ』というものがある。推定される異形兵の被害を考慮すれば、お咎め無しになるのだが……」


 つまり、警備隊員も衛生管理部も今回の件にノアが絡んでいるのは見越しているらしい。

 もし、異形兵を討伐したのがノアなのであれば、罰則は受けることは無さそうだ。となれば、現場確認なり現場検証をするのが定石。なのだが、


「当たるか?ここから」


 ここから永久の都は辛うじて見えるか否か。

 住民の話によれば、先日行われた永久の都攻略戦を見物するには、ここから丘に移動する必要があったと聞く。

 仮に永久の都を狙ったとしても、当たるとは思えない。標的がその中なのだとしたら、尚の事だ。


「標的はコロニーの中……。聴取を取らなければ、真偽は不明だ」

「トウカク。そこの所どうなんだ?」


 医師――トウカクは、考えながら答える。


「異形兵の様子が判らないので、判断出来ないが……。彼による狙撃だと思う」


 歯切れの悪い言葉に、警備隊員も衛生管理部も頭を悩ませる。

 二人の反応からして、恐らく候補者となるのが彼くらいなもので、無為に罰することが出来ないのだろう。それに、リュウゲンと互角に戦った者ならば可能かもしれない、という考えも有るのだろう。

 彼は、狙った相手に対して大きいとは言っていたが、種類までは判らないと口にしていた。情報としては弱いが、異形兵がどういった個体だったのか聞くのが無難だろう。


「ちなみに、推定される被害っていうのは?」


 警備隊員がデバイスを操作して新たに写真を見える。そこに映し出されたのは、所々に機械が埋め込まれた巨大な蛇の様な異形兵と、二対の腕を持つ巨大な蜥蜴の様な異形兵だった。二体は重なる様に倒れており、その交差した場所には風穴が開いている。


「大型の異形兵だ。単体であの個体……まぁ、二体居たのだが、その二体とも高い戦闘力を持っていると推察される」

「「二体?」」


 思わず口にした言葉が、トウカクのものと重なった。流れで互いを見つめた時、医師は何かに気が付いた様に言う。


「だから種類が判らなかったのか」


 なるほど、と俺は頷いた。

 あの時のノアが口にした証言は、気配が混じっていたというもの。最初聞いたときは、コロニー内の住民の気配と混じっていたと言いたかったのかと思ったが、異形兵が二体だった事を示していたとも取れる。

 それに思い返してみれば、ノアは異形兵が一体だとは口にせず、彼らと複数形で呼んでいた。異形兵が二体居ることを知らないと出ない発言だ。

 動揺する俺達に向け、警備隊員は説明を続ける。


「生命反応からして、リュウゲンの次……だいたい三分の一程度の体力は有るんじゃないかと言われている。仮にその通りならば、推定される被害は最低で永久の都の四分の一。街中では、リュウゲンは力を発揮出来ない。故に、今回の討伐は勲章ものなのだが……」


 警備隊員は、そういいながら医務室の外を見る。全開になった扉から見える光景には、人っ子一人いない。


「脅しすぎたか?」


 少し後悔の混じった言葉を放つ衛生管理部の男に向け、トウカクは言う。


「医者としては、彼をそっとしておいて欲しいかな。ちょっと、メンタルに問題があってね」


 彼がそんな状態だとは気付きもしなかっただけに、俺は少し驚いた。


「賑やかな場所や人前なら大丈夫なんだ。ただ、不意に一人だと自覚した時に……ちょっとね」


 孤独恐怖症というやつなのだろうか。もしそうなら、確かに今までの状況からしてそれが表に出る暇は無かっただろう。

 それに、思い出してみれば彼は一人の時に弓を取り出して触れていた際に、持っていると安心すると言っていた。逆に考えるのであれば、一人の時は不安だと言っているようなものだ。


「理解した」


 背筋を伸ばし、そう答える衛生管理部と警備隊員に向けてトウカクは続ける。


「もし、ヴィヴィを見つけたら彼の所に案内してくれ。その方が、こっちの手間もはぶけるから」

「そう手配しよう。では、失礼する」


 一礼の後、二人は俺と医者を残して退出する。

 緊張がほぐれたのか、医師は一息つきながらいう。


「騒がしくてすまないね。何時もこんな感じなんだ」


 このコロニーは、お世辞にも広いとは言えない。そのれに加え、一つの建築物だ。適当に話をするだけで、ショッピングモールのように音が響き渡る。

 そういった都合、何処かで騒動が起きればコロニー内全体に広がる。騒がしいのは仕方ないだろう。

 そうこうしていると、騒ぎが落ち着くのを待っていたのか、一人の女性がドアから頭を覗かせながら言う。


「すいません……えっと、診察の予定なんですけど……」


 あの騒動のせい気が付かなかったが、予定時刻を大幅に押しているらしい。

 迷惑にならない様に退散するのが良いと、俺はトウカクに頭を下げる。


「なら俺も失礼します」

「あ、その前に君に会いたがってた患者が居るんだ。少しだけ、面会してあげてよ」


 患者に心当たりは無かったが、内容からして俺個人に対しての指名らしい。

 クローンに成った時と生前の変異していた頃、二種類の記憶障害のことも有る。記憶障害以前に関わりがある人物なら、会っておくに損はないだろう。



 ・・・

 


 俺はトウカクに渡られた見取り図に従い、コロニー内を歩く。

 このコロニーは、元々変異者の実験を行う施設だったらしく、その名残りで居住用の部屋は当時変異者を拘束していた隔離部屋を使用している。

 最初は物騒な作りに感じたが、病人や怪我人が雪に触れる事が無く、伝染病も患者を自室に待機させる事で隔離が完了するのは、確かに便利なのだろう。

 部屋番号を確認し、俺は扉をノックした。


「お邪魔します」

「どうぞ」


 何処となく聞き覚えのある声に吸い込まれる様に、俺は扉を開ける。

 そこに居たのは、見覚えのある人物だった。

 顔立ちこそ美人ながら、幸薄そうな顔色を浮かべた黒髪の女性。

 一目見た瞬間に、初見ではないと理解する。続いて、一つの名前が思い浮かぶ。


「キラー?」


 キラーこと桐谷きりや百合音ゆりね。俺がハスキと出会う以前、仲間だった女性だ。

 俺が名前を呼ぶと彼女は小さく頷き、普段通り優しい声色で言う。


「……テセウス。私のこと、覚えてる?」


 少し不安なのか、僅かに声が震えている。それもそうだろう。こんな寂れた世界で共に生活をしていたのだから、忘れられた時のショックは大きい。


「今、思い出してるところ。それより、その傷は大丈夫なの?」


 俺は、彼女の欠損した右腕を見つめながら言う。マスターとの戦闘で、ハスキを庇い無くした腕だ。

 彼女は、自身の右肩を撫でながら言う。


「実は、大丈夫じゃなくって。私もここに来て初めて知ったんだけど、私みたいな変異しない体質――レベル0の適合者って、万能細胞に適正無いみたいで。アハハ……」


 万能細胞は、異星人の持つ変異する細胞を利用し、相手の細胞に変異させるものと効く。対して、レベル0の適合者の細胞は変異しない。恐らくだが、適合者に万能細胞を用いた場合、適合者の性質により万能細胞が変異せず、機能しないのだろう。

 同じ人間でも多種多様に変異している時代だ、移植手術なんて期待できない。つまり、彼女を治療する手立ては無い。


「笑い事じゃないよ。無茶して……」


 俺がそう言うと、キラーは悲しむでも怒るでも無く、鼻で笑った。


「一回死んだテセウスが言うの?」


 余りにもエッジの聞いた返しが、俺の胸に突き刺さる。

 傷がどうであれ、生きているか死んでいるかは雲泥の差だ。一度死んだ俺が、キラーに無茶だの何だのを言う資格は無いのだが、気になる点はある。

 俺の記憶通りなら、キラーはリスク管理に富んだ性格で、身をていして誰かを守ろうとする性分ではない。

 慣れない事をするからと言うつもりはないが、彼女の得意分野ではない事は確かだ。


「それはそうだけど、……らしくないんじゃない?」


 俺がそう言うと、キラーは少し照れながら答える。


「まぁ、半分はアナタの受け売りと言うか」

「え、そうなの?」

「もしかして、最後に別れた時の記憶……ない?」

「最後……」


 そういえば、キラー達と別れた際の記憶はない。

 気が付くと一人に成っていて、コロニーの物資運搬を手伝う事で命を繋いでいた。そこに至るまでの経緯はまったく覚えていない。

 そんな俺の様子を察してか、キラーは話し始める。


「ほら、変異獣の群れに襲われて皆バラバラに成った時、助けに来てくれたでしょ?」


 記憶というのは不思議なもので、言われてみると芋づる式に思い出す。

 その日は、拠点にある物資の底が見えてきたので、新たな拠点に成りそうな場所を探していた。

 拠点周辺の物資は既に消費し終えた後だったので、長期間の移動を視野に、登山用のリュックに食料や燃料を詰めるだけ詰め移動する。

 ある日の事だった。長距離移動で疲労が溜まっていた事も有り、変異獣の群れに不意を突かれる襲われ、皆バラバラに逃げた。前の拠点に戻るとか、安全な場所を見つけたら狼煙を上げるとかの会話をする隙なんて無い。

 逃走中に悲鳴が聞こえ、仲間を見捨てる訳には行かないと向かった先に居たのがキラーだった。


「で、私パニックになって、アナタの事を突き飛ばしちゃって」


 確か、変異していないキラーは身体能力が他の人に劣るので、逃走の時にキラーの荷物を受け取っていた。が、それでも地上を移動するしか無いキラーと、触手でちょっとしたターザンのように移動できる俺とでは、移動ルートに差が生まれ、一息ついた際に問答に成ったのだった。

 互いに命懸けの逃走劇の直後だったこともあり、興奮状態だった。そして、彼女が思わず手を出して、その後のことは覚えていない。

 キラーの話が正しいのなら、突き飛ばされた時に頭でも打ち付けたのだろう。


「その、また殺しちゃったのかもって思って、私逃げたんだ」


 彼女が『また』というのには訳がある。

 世界が退廃する前。キラーの家庭環境は劣悪で、父は暴行の常習犯、母はそんな父から一人で逃げたと聞く。

 その後、虐待の標的となったキラーは、友達の家やネカフェで一晩を明かすようになった。

 そんな生活を繰り返していく中、とある事件が起きる。

 いつもどおりにキラーが夜道を歩いていると、女性の悲鳴が聞こえた。気になりその声の方に向かうと、父が女性に襲いかかっていたらしい。咄嗟に父親を突き飛ばしたキラーだったが当たり所が悪かったらしく、父は死亡。また、悲鳴を聞き通報を受けた警官が偶然現場に到着。パニックになったキラーは、警官を負傷させて逃亡。

 今回というか、俺と別れた際の件はその事件に似ている。パニックになったのは、そのせいだろう。

 キラーの素性は、たまたま地元が同じだったジェミニにより判明したが、同時に父親の事も噂として聞いていた為、キラーの話に嘘は無さそうだと判断して共に過ごすこととなった。

 彼女からしたら、その結果自分の父と同じような最期を仲間に与えたのだと勘違いしていたのだから、気が気でなかっただろう。


「本当にごめんなさい」


 そう言いながら頭を下げようとするのを、俺は手で遮る。


「良いよ。だから、俺の代わりにハスキを守ってくれたんでしょ?許すよ。むしろ、こっちが感謝したいくらい」


 キラーは、ハスキの事を守ったのは俺の受け売りだと言った。文字通り、命懸けでハスキを守った俺の使命をそのまま引き継ごうとしたのだろう。

 謝罪としては、その使命をまっとうしただけで十分過ぎる。

 俺が感謝を伝えると、キラーは照れくさそうにする。

 その後も、キラーが怪我人であることすら忘れ、共に語り合った。お互い一緒に行動していた頃の昔話や、分かれてからの話、ハスキと俺の仲や何故一緒になったのか。話題には事欠かない。


「……にしても、キラーが名前付ける時は面白かったよ。親殺しの文字見つけた瞬間ピタッて指が止まってさ」


 俺達の名前は、たまたま見つけたパラドックスの本から取った。ペラペラとページを巡り、該当するパラドックスを名前にするというシンプルなルール。

 普通なら、そのパラドックスに関する概要説明や、今までどのように論争されているのか、筆者の考えといったページで止まる。

 しかし、キラーは親殺しのパラドックスと記載されているタイトルを見た瞬間に硬直した。


「まさか、その一瞬で名前が決まるとは思わなかったよ」


 最も、この話には裏がある。

 本当ならば、キラーの素性を加味して再チャレンジしても良いとするのか、キラーを除いた三人で話し合った。が、三人とも何となくもう一度親殺しのパラドックスを引くような予感を覚え、話が流れたのだ。

 もし、再チャレンジでも親殺しのパラドックスを引いてしまったら笑い話ではなく成る。それは、再チャレンジ時に親殺しのパラドックスを引いてもノーカンにしたって変わらない。なので、笑い話として済ませる為に早々に決めた。

 しかし、話を早く切り上げる為に名前を決めたので、後からちょっとした事件が発生した。

 俺達が読んだ本は、当然日本語の本だった。俺、ラッセルと引き、ジェミニが双子のパラドックスを引いた時に、名前が双子なのは違和感があるからジェミニにして外国語で揃えよう、となった。

 そして、キラーの番。何かを殺しているならキラーで良いだろうと名前が決定した。問題は、そこにあった。


「名前が馴染んだ後に成って、親殺しのパラドックスにキラーなんて単語使われてないって判明した時の反応も面白かった」


 親殺しのパラドックスは英語でグランドファーザー・パラドックスという。キラーという単語は使われていない。

 それを知った際、既に名前が定着していて今更名前を変えるのかという話になった。最終的に、彼女がグランドファーザーなんて名前は嫌だという理由で幕を下ろした。

 その時、普段感情を表に出さないキラーが珍しく動揺していて、以降数日は笑い話に事欠かなかった。

 当時の記憶を思い出しているのか、キラーは少し照れながら言う。


「結果、実は私だけパラドックスじゃなくなったからね。でも、今思うと納得もしたっていうか」

「そうなの?」


 キラーは口や行動では示さないものの、仲間意識が高い。そのため、仲間外れを嫌う傾向にある。

 そんな彼女が、仲間外れであることに納得しているというのは、俺個人としては意外な反応だった。


「変異してない私以外、大雑把だけど名前の通りに成ってるみたいだから」


 なるほど、と俺は頷いた。

 俺の場合は、テセウスの船というよりもスワンプマンに近く、身体が生前の頃とは全部入れ替わってしまった。

 他二人も、多少元のパラドックスとは変化しているが、似た形に変異しているのだろう。

 そこまで思い至り、俺は有ることに気がつく。キラーの発言からして、他二人が今どうなっているのか知らないと、変異の内容までは判らないからだ。


「ってことは、皆の事を知ってるの?」


 キラーは俺の問いに微笑みながら返す。


「ジェミニちゃんはたまに噂聞くよ。ラッセル君は最近になって知ったかな?」


 ラッセルに関しては、ハスキからそのような情報を共有した。が、ジェミニに関しては完全に初耳だった。

 キラーから聞くところによると、ジェミニは割と有名人らしく、適当に生活してても耳に入るらしい。対して、ラッセルは変異の内容が特殊であるため、比較的ひっそり暮らしている様だ。

 四人で暮らしていた時にリーダーシップを発揮していたのは、確かジェミニだった。彼女の事だ。きっと頭の良さから何処かの組織で上手くやっているのだろう。


「こんな感じで昔の事思い出せるなら、皆に会うのも良いかもな」


 話をすれば、それだけ忘れていた記憶も蘇る。しかし、それはキラーと一緒に居た時の記憶に過ぎない。

 同性のラッセルなら、異性の他二人に出来なかった話をしている可能性は大いにあるし、一番昔から付き合いのあるジェミニに合えば、より多くの事を思い出せるだろう。

 今の目的はハスキを送り届ける事なのだが、時間や他二人の情報次第では尋ねるのも悪くはない。

 今後のことに胸を踊らせる俺に向け、キラーは言う。


「変わらないね」


 彼女の言葉の意味が、俺には判らなかった。

 会話の流れからして、精神的な意味合いで用いているのは判る。だが、そこまでだ。

 ポジティブにもネガティブにも受け取れる言葉に、俺は首を傾げる。すると、キラーはクスッと笑った後に言葉を続ける。


「てっきり、クローンになったら機械っぽい会話に成るのかと思ってた。でも、前と変わらなくて安心したよ。本当にテセウスなんだね。偽物とか、複製とかじゃなくて。昔のまま、変わらない君でいてくれてありがとう」


 俺は、静かに納得していた。

 変異者は、変異の過程で人格や精神が変化する場合がある。変異により脳の造りが変わるのだから、脳移植をする様なものなのだろう。

 だから、人々は変異を恐れる。明日には、今居る自分が居なくなってしまうかも知れないから。

 複製である俺に、今の意識が本物か偽者かを語る資格はない。自分の頭の中では、偽者だという考えがある。

 だが、少なくとも生前の俺は、変異して生まれた人格ではなく、元々の俺自身だと認められた気がした。

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