6.心の崩壊
紅蓮に燃える咆哮の中、俺は飛び込んだ。
全身が熱気に炙られ、全身に痺れと痛みが走る。ただ、相対しているだけで命を削る程の強大な存在。
そこには、あの庭園での様な優しい雰囲気はない。
それは、目の前に太陽が舞い降りたようだった。正面に立つだけで、皮膚が炙られる。直視すれば眼球の水分が枯渇し始め、届く香りは肺を焦がす。
再生能力が無い者は回れ右する他無いと言い切れる程に、存在そのものの殺傷能力が高い。かく言う俺も、安心して立ち回れるというわけではない。高い耐火性、殺傷能力、耐久力のうちどれかを持ち合わせて居ることが最低条件なだけだ。
変異し、発達した野生の勘が全力で逃げろと警鐘を鳴らす。俺は、それを圧し殺した。
「来たか……」
リュウゲンが一言零し、口からは焼けた鉄のような火花が散る。それは、建物の壁を、掲示板を、街灯を焼き、花火のように開花させると地面に燃えカスを残した。
文字通りの大災害、名を『竜災』。俺は決意を言葉に込める。
「さぁ、やろう」
俺は武葬オリエナを握り、触手を介して神経を接続する。
リュウゲンは強力な変異者だ。だが、同じ変異者である以上、倒す手段が有る。実際、リュウゲンは流星を放つ際に自身も傷を負っていた。無敵ではない。オリエナの破壊力ならば、活路は見出だせる筈だ。
「そうだな」
リュウゲンは臨戦態勢に入る。頭を高く、胸を張りながら息を深く吸い込む。竜は自身の咲かせた火の花弁を取り込む様に、体内で炎を凝縮させた。
ブレス。
その言葉が脳裏に過ぎり、俺は物陰に飛び込む。
大気の燃やす音が聴こえる。熱波が遮蔽を通り越し、身を焦がし始めるのを察知し、俺は弓で隣の建物の給水塔を射抜く。
降り注ぐ水を浴び、俺は上空に跳ね上がった。
編み込む様に触手で膜を張り、炎による上昇気流を利用して高度を上げて距離を取る。
竜はそれを目視し、ブレスを切り上げて再度深く息を吸う。そして、瓦礫を口に含むと、ブレスの破壊力を持ってそれを射出した。
超高速で、轟音を響かせながら放たれた炎弾を、俺は翼膜の解除による落下と、持ち前の柔軟性を活かして身を捩りながら辛うじて回避し、地面に降りる。
リュウゲンの射撃精度が想定よりも格段に高い。想定では、広範囲殲滅を主体とする攻撃で対応してくると予想していた。だが、今の攻撃は俺の居た場所をピンポイントで射抜く狙撃並の精度があった。
「ゴフッ……!」
俺は吐血しながら、背中に刺さった瓦礫を引き抜く。
着地の瞬間、リュウゲンの放った炎弾が後方の建物を貫き、その一部が俺を襲った。偶然ではない。完全に、着地する場所を計算しての攻撃。
俺は、身体が柔軟故に回避行動も多彩だ。だが、義手である右腕は別。幾ら身を練り、曲がろうともその一部は動かしようがない。そして、鉄製のそこは落下の際に重心となる。重心が判れば、着地場所も大方想像が付くだろう。少なくとも、空中で推進力を生み出せない俺は、重心に逆らって行動することはできない。そこを狙われた。
俺は、自分の傷に触れた。変異の恩恵で発達した自己再生能力で、傷は既に塞がっている。
とはいえ、コロニー内は地獄だ。このままここで戦闘しては、被害が増すだけだ。
俺は鋭く息を吸うと、周囲の建物で身体を支えながら、オリエナをリュウゲンに向けた。
「場所を変えるぞ」
強弓が鳴り、一矢が放たれる。リュウゲンが回避のために僅かに飛び上がった瞬間、続く二射目がその左翼の根元を貫いた。
空中で翼が爆ぜ、竜が着地の為に足を伸ばすタイミングで、俺はその懐に潜り込む。そして、迎撃のブレスが放たれる前に、リュウゲンの胸部を超至近距離からの同時に五本の矢を束ねた射撃を持って弾き飛ばす。
「オォッ!」
竜は瞬時に前足を盾にし、後方に飛ぶ。翼のときのように破壊するには至らない。
足の甲殻は、恐らく他の部位より硬いのだろう。精々傷が入る程度。だが、これによりリュウゲンを押し込む事には成功する。後はこのまま押し出す。
息を付かせる間もなく、俺は再度急接近し、渾身の力を右腕に込め殴打する。直後、微動だにしない手応えから、脳裏に建築物でも押している様なイメージが流れ込む。が、俺はそのイメージが焼き付く前に、右腕に力を込め、バネのように右腕の義手周りを縮める。右腕が自分の体内にめり込むのを感じた瞬間、体重移動と腕に圧力を掛け、その力を解き放つ。擬似的な寸勁。
それを受け、リュウゲンは大きく仰け反るとコロニーから倒れ出る。が、リュウゲンは何食わぬ顔で立ち上がる。翼の傷も、既に完治していた。人間で言えば、四肢の欠損が十秒足らずで治る様なものだ。
「やはり強いな」
「アンタ程じゃない」
リュウゲンの言葉は、最早皮肉にしか聴こえない。
触れた感触から、リュウゲンの体内は堅牢な骨で覆われているのが判った。まるで、鎧を着込んだ人間のように、甲殻と骨が硬い状態で両立されている。
衝撃により、リュウゲンを外に押し出すことは成功したが、見た目ほどダメージは入っていない。
とはいえ、これで周りを巻き込む心配も要らない。
俺は、矢を束ねて上空目掛けて一斉に射出した。
ここから先が本番。常に先の状況を計算しながら、戦闘する必要がある。俺は、心の底で数字を数え始めた。
俺の背後にコロニーが有っては、巻き添えを食らう可能性が有るため、俺はリュウゲンの側面に回り込む形で射線からコロニーを外す。
意図を理解してか、その行動に対してリュウゲンは手を出さず、降る矢を目視した後に飛び退き回避する。
「実力が判っていて、何故挑む?」
リュウゲンがブレスを放つ。周囲が焦土と化す中、俺はオリエナの矢を放つ風圧を持って炎を消し飛ばす。
「勝てると確信している」
無論、虚勢だ。だが、全く歯が立たない訳ではない。こちらの攻撃はしっかり通っているし、直撃も受けずに立ち回れている。
ふ、と悪寒を感じ、チラリとコロニーの方を見る。何か計算外なことが起きてる予感がした。それはリュウゲンも同じようで、スッと背筋を伸ばす。
「何かが産まれた?いや……、変異したのか」
確か、リュウゲンは周囲に産まれた生き物を知覚することが出来るとは聞いていた。その感覚が、何となく判る気がした。それほどまでに、突如現れた存在の気配は異質だった。
「気概を確認した直後の中断、すまないと思っている。集中力が切れて無ければよいのだが」
「問題ない」
ヴィヴィ達が気がかりではあるが、気にしている余裕もない。
意識を切り替え俺は、再度上空に束ねた矢を放つ。リュウゲンも気が付いただろう。この行動が、俺の生命線だと。
リュウゲンの硬い甲殻にも、俺の矢が有効打で有るため以上、リュウゲンは矢の雨が降る場所を意識しなければならない。つまり、矢を放つ事でリュウゲンの場所を動かすことが可能。加えて、リュウゲンの空中への回避も事前に防ぐことも出来る。
俺は、オリエナに矢を束ねてリュウゲンに向け放つ。
上と正面からの弾幕。普通の変異者ならば、一溜まりもないが、目の前の巨竜ならば意図も容易く凌ぐだろう。
「つい先日起きたとは思えない程、君は強い。だが、あくまで強いの範疇に納まる程度だ」
リュウゲンが翼に炎の息吹を纏わせ羽撃く。風圧で矢の勢いが無くなり、熱で炭化する。
リュウゲンが姿勢を一瞬低くしたかと思えば、背中の砲塔を瞬かせた。ブレスよりも速いそれを、俺は身体を捻る様に避けながら上空に矢を束ねて放つ。今度は一度ではなく、立て続けに二度。
幸い、ビームに関してはブレス程の脅威は感じない。確かに、速射性能や弾速はブレスよりも優れているが、威力や攻撃範囲はブレスの方が数段上だ。
しかし、これに関しては、リュウゲンが異常なだけだと気付く。生身の生き物がビームを浴びて無事で済む筈がない。
リュウゲンの砲塔が再び輝く。そして、ガトリングのようにビームをばら撒き始めた。
少しでも命中率を下げる為に、雪を巻き上げながら走り回る。雪煙越しに光るビームの弾幕、その発射元を確認しながら、岩の裏に隠れて上空に矢を放つ。
砲塔が背にある以上、ビームの死角は懐だろう。実際、コロニーから弾き出す時の接近戦でビームは使ってこなかった。反撃するなら、接近戦が良いだろう。
俺は上空に矢を束ねて放つ。
そして、渾身の力を込めてオリエナを構える。岩越しに狙いを定め、神経を研ぎ澄ます。
岩で視界が取れていなくとも、矢の雨を避けるリュウゲンの足音で大方の位置は掴める。後は、そこを正確に射抜くのみ。
狙い澄ました一矢が岩を貫通し、リュウゲンの頭部の隣、左翼側の砲塔の一つを貫き破壊する。火花が散り、鉄が解ける様にバラけて飛んだ。
「あぁ……」
リュウゲンは静かにそう零した。
これで、残るリュウゲンの武器はブレスと砲塔が一つ。状況はこちらが有利ではあるが、一撃でも浴びれば全てがひっくり返る。安心はできない。
俺は上空にオリエナを構える。が、
「やはり気がかりかな?あの気配が」
突然現れたあの気配。あのことが頭から離れず、俺は手を止める。
妙な胸騒ぎもした。嫌な予感も。それに、助けを求められているような気がする。
「一矢だけ……猶予を」
俺がオリエナを下すと、リュウゲンは頷いた。
「あの存在は、私も気にかけていたことだ。おかげで調子も出なくてね」
リュウゲンは自身の爪を食いちぎると地面に落とし、それを差し出す。俺の硬化限界の鋼鉄並みといった比喩表現ではなく、確実にそれを上回る硬度を持つ部位。ゲームでもお約束の素材。
「この距離だ。使いなさい」
「感謝する」
俺は矢を捨てると、破壊した砲塔のパーツから手頃な物を選び、組み合わせて新たな矢を生成。上体を起こして気配の元である管理塔にオリエナを構える。鋭く息を吸う時、矢尻に使われた爪が未だに熱気を放っているのを感じた。吸い込んだ空気越しに肺が、肺から全身の温度が少しだけ上がる感覚を覚えながら、意識を集中させ放つ。
放たれた矢は紅い光を帯び、空気のよる摩擦の影響なのか火の粉を纏い、雪を巻き上げて視界に映らないほど小さな点と化して消えた。その軌跡は、さながら赤いオーロラの様だった。
矢が紅く瞬いた後に残るのは、熱気を帯びた風圧と確かな手ごたえ。
「「命中」」
俺とリュウゲンが同時に言う。自然と、悪寒も消え去った。一先ず、向こうの心配はいらないだろう。
俺は、リュウゲンとの戦闘のために手早く矢を複数生成する。本番はここからだ。
折角、管理塔に手を出したのに、こっちで失敗しては赤っ恥もいいとこだ。ヴィヴィにも笑われるだろう。こっちが心配で負けたなんて、私のこと好き過ぎんか。なんていう彼女の姿が想像できる。それだけは避けたい。
「これで気兼ねなく戦えるかな?」
リュウゲンの問いに、俺は小さく笑い答える。
「負けた時の言い訳が出来ないのが、少し悔やまれる」
それに、互いに気にかけていた気配が消えたため敵の敵は味方とも言えなくなった。純粋な敵対関係。
リュウゲンは、戦闘中断する前の場所に戻っていた。俺も同様にオリエナを上空に構える。
想定よりも自切による限界が近いようで、照準が僅かに反れる感覚を覚える。仕掛けるならば、今が頃合いだろう。
俺は、天高く矢を束ねて放つ。
リュウゲンが息を大きく吸い込み、ブレスを翼に纏わせ羽撃いた。周囲に熱波が押し寄せ、体表から水分が失われる。咄嗟に地面の雪を巻き上げ、熱を遮断しようとするも効果はない。
このままだとジリ貧だ。
俺はリュウゲン目掛けてオリエナを構える。余りの熱気のせいで瞼を開く事がままならない。だが、的は大きく、狙うべき場所は判る。
限界まで力を込めた俺の胸を、閃光が貫いた。反動で、矢が手から零れ落ちる。
「普通なら、死んでもいてもおかしくはない。本当に惜しいと思っている。降参する気は?」
「毛頭ない」
断ち切られた筋肉の代わりを触手で補い、俺は再度オリエナを構える。その眼前で、リュウゲンは背筋を伸ばす。
「残念だ」
リュウゲンの口が大きく開き、そこに熱が凝縮されていく。さっきの熱波や光線によって発生した炎や熱を、口内の一点に集中させ放つブレス。
心の中で六十という数字が瞬く。
その炎は、放つこと無く鎮火した。
雨だ。
雨がリュウゲンの口内で蓄積されていく炎を、その火種の状態で消火した。想定外の事が起きたようで、硬直したリュウゲンの胸部を俺の矢が貫通する。
「なッ……雨?雲など一つも無いのに何故……」
リュウゲンは上空を見上げる。
そこには雲一つ無い、星の海が広がっていた。
雨の匂いはしない。空気が澄んだ、秋の夜空。それを二人して眺め、俺は言う。
「光は雨で屈折し、拡散する。炎は雨で鎮火される。どうやら、俺は相性が良いらしい」
リュウゲンは目を見開き、周囲を見渡した。
俺の矢をリュウゲンは回避し続けた。幾ら炎を、光線を、熱波を放ったとしても、燃えずに一本くらい矢が残っていても不思議ではない。だが、そこに矢など一切残っていなかった。
「……なるほど」
リュウゲンは、自身の懐を撫でる。そこに既に傷はない。普通の生き物ならば即死に至る筈の傷が、そもそも致命傷に成っていない。
だが、リュウゲンが確認したかったのはそこではない。傷が癒えたとしても必ず残っている筈の矢が、すでに溶けて影も形もない今はない。
「気が付いたか?俺の身体は、切断後に三十秒経つとゲル状に溶ける。時間経過に従いさらに溶け、最終的に液体となる」
それが上空から降れば、任意のタイミングで雨を降らせることが出来る。
最初、自切した部位が融解するのは欠点かと思っていた。だが、オリエナを握ったとき、ふと思い浮かんだのだ。上空目掛け、落下まで時間がかかるように矢を放てば、この性質を利用できるのではないか、と。
使い方は多種多様。任意の場所に溶けた身体の一部を降らせることが出来るのなら、その場の炎を消すことが出来る。その場にいる生き物にマーキングする事も出来る。液化をちらつかせて、矢の雨による攻撃に切り替えることが出来る。
手札が割れたとて、後出しで切り替える事が出来る、ある種のジョーカー。
「だが、これも無尽蔵というわけではあるまい。これは、文字通り血の雨。君一人の血肉が元となっている。いくら治癒能力が高いとはいえ、負担は相当だろう」
リュウゲンの言葉は正しい。
治癒能力にも限界はある。今、降る雨は俺の血そのもの。変異前ならば、致死量を軽く超えている。変異し、身体が頑丈になったとしても、不死となる訳ではない。
ならば、この戦闘スタイルを捨てるのか。
それこそ無理な話だ。真っ向勝負の打ち合いでリュウゲンに勝てるとは思えない。相手に最大値を出させない様に戦略を練り、そこに自分の最大値をぶつける。
仮に相手がレベル百で自分がレベル八十そこそこだったとしても、デバフを積み重ねれば可能性はある。その代償として後にレベルダウンしようとも、そこに至る道筋に妥協はない。
「覚悟の上だ」
俺はオリエナを上空に構え、呼吸を整え放つ。今度は、直ぐに飛来する速攻用。
リュウゲンにネタバラシをする際、俺は自切した部位が溶けるのに三十秒と嘘の情報を混ぜた。それを利用するのであれば、三十秒から六十秒の間に着弾するように放つべきなのだろう。リュウゲンからすれば、雨が降ると思ったタイミングで矢の雨が降るとなれば、奇襲性は高い。しかし、リュウゲンにそれが通用するとは思えない。
最もリュウゲンにダメージを与えることができるのは、間違いなく直打ち。矢の雨に注意が行くのが今。飛行による回避を矢の雨で防ぎ、至近距離からオリエナの一撃を放つ。
今までは、遅延じみた立ち回りをしてきた。戦術に緩急を付けるという意味でも、奇襲の成功と失敗関係無く効果がある。
俺は、矢の雨が降るタイミングに合わせてオリエナを構え、全力で振り絞る。
しかし、俺が矢を放つよりも速く、リュウゲンの尾が俺の腹部を貫いた。痛みに耐えながら放った一矢は、リュウゲンの右目に突き刺さる。が、リュウゲンは意に介さず言う。
「火が吹けぬ、武器が使えぬだけで、私が弱くなるはずも無い。太古の恐竜とて、最大の武器は牙や爪だったのだ。それに」
リュウゲンは、俺を地面に叩き付ける。全身に衝撃が走り、手からオリエナが溢れる。手を伸ばす間もなく、羽撃きによりオリエナは彼方へ飛んだ。
力を振り絞り、立ち上がる間もなくリュウゲンが俺を組み伏せる。至近距離かつ下方に向けたブレスの予感。
「この距離、この角度なら雨も問題ではない」
リュウゲンの口内で無数の火の粉が乱舞する。それらは、互いに結合すると膨張し、勢いを増す。
触れれば即死。火葬の必要すら必要なく、ものの数秒で灰と化し、旋風によって霧散するだろう。もしくは、原爆に照らされた先人達が如く、影とも染みとも取れない存在になるか。
ブレス発射まで数秒という瞬間、俺は残った力を振り絞り、身体に忍ばせた武器でリュウゲンの喉を斬り裂いた。
「悪いな、近接戦は俺も好きだ」
リュウゲンと戦う前、ルバガンテ戦で得た感覚。一手の過ちが命取りのスリル、どんな相手でも手が届く距離に居るという現実。
近接戦は楽しい。
俺の握った手の中で、半透明な刃が煌めく。異星人が用いる高硬度の防壁、コロニーの防壁を刃にした刀。
コロニー内でリュウゲンと戦闘した際、俺の背中を瓦礫が貫いた。それを引き抜く時に、思い出したのだ。あの透明な防壁がリュウゲンに突き刺さっていたのを。
リュウゲンは、コロニーの防壁を破壊するのに流星を使用した。それは何故か。簡単な話、使わなければ突破出来ないからだ。ということは、コロニーの防壁と素のリュウゲンならば、防壁の方に軍配が上がる。そんな気がした。
リュウゲンの喉から血が吹き出し、それは口へと迫り上がる。再びのブレス不発。それに合わせ、俺は触手でリュウゲンを掴むと転がるように上下を入れ替える。
刀をリュウゲンの眼前に突き立て、少しでも動けば斬ると言葉もなく威嚇する。
「見事……」
その言葉を聞き届け、俺は刀を手放した。スルリと手から滑り落ちたそれは、竜の頬を撫でるとそのまま地面に突き刺さる。そして、力無く横たわる様に倒れた。
その一連の動きを見ていたリュウゲンは、刀を見ていた瞳を俺の方に戻す。
「トドメは刺さないのか?」
「俺は元々足止め狙いだ。それに、正直硬化も使えない程疲れた」
このまま足止めを続行するのなら、触手の先端を硬化させて地面に突き刺してアンカー代わりにするのが基本。だが、そんな余力すら残っていない。リュウゲンが身動ぎ一つするだけで形勢は逆転してしまう。
それを知った上で、リュウゲンは目を瞑る。
「そうか」
リュウゲンは、ゆっくりと状態を起こしながら俺を体の上で滑らせ、地面に優しく送り届ける。
オリエナの直ぐ側に俺を降ろしたのは、彼なりの優しさだろう。俺は、オリエナを静かに疲労と背中にしまい込む。
「そういうアンタは?トドメは刺さないのか?」
俺の問いに、リュウゲンは永久の都を眺めながら応える。
「どうやら、目的は果たされたらしい」
彼の視線に促されて見てみれば、コロニーの中央に鎮座していた管理塔から火の手が上がっていた。
リュウゲン達の目標は、クローンを量産する設備、及びクローンの制御施設の破壊。その標的となる管理塔の破壊に成功したのだ。
「やったのか……」
ややフラグっぽい台詞が口から出てしまったが、それ以上のことは何も起きなかった。
戦いも終わり、俺は身体の調子を確認する。
全身の疲労感と頭痛、軽度の火傷が所々。指先や触手に力が上手く入らないが、動けないというわけではない。戦闘による疲労と自切による貧血辺りの影響だろう。
後遺症が残りそうなものは無い。適度に食事と睡眠を取れば、問題無く完治しそうだ。変異して食事の幅も広がり、栄養不足に陥るなんてことは無さそうだ。
俺が具合を確認していると、丘の方から老いた亀の様な変異者が、平たいカナブンのような昆虫の背に乗って来た。
何処かで見た顔かと思ったら、瓦商会の重役だった。
老いた変異者は、自身の髭を撫でながら言う。
「良き戦いであった」
リュウゲンが老いた変異者に向かって、姿勢を正したので俺も習って背筋を伸ばす。そして、そのまま話を聞く。
「貴殿を見て、ある名が思い浮かんだ」
耳打ちする様にリュウゲンは囁く。
「ローシ様直々に識別名授与だそうだ」
口振りからして、この変異者――ローシから直接識別名を授かるのは珍しい事らしい。
表彰の授与にでも近いのだろうかと思いながら、俺は頭を下げる。
「有り難く」
俺の言葉にローシは頷き、話を続ける。
「貴殿のその名は、船に因んだものの様だ。そして、空から雨や矢を降らす、天を操るような戦術。武葬を見事に使う姿。『葬穹の方舟』と名乗るが良い」
ローシは背から分厚い本を取り出すと、その中から縦長の厚紙を取り出し、筆を走らせ識別名を記して提示した。
武葬の葬と蒼穹の穹。音的には綺麗な気がしたが、何だが不安な気がした。そもそも、葬式等に使う文字が使われているのが、疫病神や死神みたいでいい気はしない。まるで、この先の未来を暗示しているようだ。
ただ、気に入った部分もあるのは確か。
「舟……」
今の名前はテセウスで、変異前の名前はヤマト。両方とも船に関わった名前だ。だからこそ気に入ったし、気になった。
ローシは『その名前』と口にした。何となくではあるが、両方の共通点として舟を名前にしたのではと思えたのだ。
ヴィヴィが変異前の名前を知っていたのだから、彼女経緯で俺の名前を知っていても不思議はない。今の俺の名前を調べる事も容易だろう。が、何故か引っ掛かった。リュウゲンが異常発達した感知能力が有るように、彼にも何かしらの力があるのではないのだろうか。
そんなことを考えていると、リュウゲンが耳打ちをする。
「当たりだな」
「まぁ、毛玉よりは遥かに」
そう言えば、ヴィヴィ達は無事だろうか。最初の予定よりも管理塔の破壊が早かった為、潜入部隊の誰かが括約でもしたのだろう。それが、ヴィヴィだったら良いなと思いながら、永久の都を眺めた。
ローシが再び口を開く。
「良い名前だろう。それと、もう少し話があるんだが……」
俺は、校長の長々とした話を思い出し、少しげんなりして話を聞く。予定だったのだが、リュウゲンが一歩前に出ると話を遮った。
「ローシ様、これ以上彼を引き止めるのも野暮だとは思いますが」
「良いのか?」
俺がそう聞くと、リュウゲンは振り向きながら応える。
「ずっと会いたい人が居るんだろ?長話を付き合いたいのなら、これ以上口出しはしないが」
「助かる!」
手短にリュウゲンに感謝を伝えると、俺は永久の都に駆け出した。ローシが声を掛けて来たが、静止を振り切るように足を動かす。
・・・
戦いの影響で全身が痛む。体力は限界で、足取りも不安定だ。跳躍する力も残っておらず、瓦礫で足を傷つけながらも、足は止めなかった。
不思議なことで、ハスキを探すのに迷うことはなかった。導かれるように足が進む。まるで、レールの上を歩いている様な感覚。
感覚に身を委ね、間もなく見つける。
白い髪と透き通る様な肌、特徴的な虹色の宝石のような瞳。装備が別れた時とは異なるが、間違えようがない。
「ハス……」
俺が声を掛けようとした直後、視界に写るある人物を見て、俺の言葉は停止した。その人物は、決して忘れることのない男。
変異する以前の俺だった。
パキリと足元から音が鳴る。視線を落とすと、砕けたガラスに俺の姿が反射する。全身が、夥しい触手に覆われ、元人間とは思えない程の異形。
俺は、こんなにも醜かっただろうか。
俺の胸の中で何かが崩壊した。それが、彼女に対する思いなのか、自分に対する自信なのかは判らない。ただ、確かに俺の心のなかで何かが崩れ去った。
自然、足が後ろに下がる。全身に悪寒が走り、脂汗が頬を伝う。
よくある話だ。新しいゲーム機が生まれたので買い替える。機械が故障したので捨てる。
ハスキは、まだ俺が死んでいると勘違いをしているのかもしれない。それで、クローンとして新しい俺を生み出して、なら今の俺はもう彼女に必要無くて、じゃあ俺は何のために。
見返りが欲しかったから彼女を助けた訳ではない。
ただ、判らない。思い出せない。今まで、何で彼女の事を助けようとしていたのか。
愛していたから、その筈だ。俺は彼女の事を掛け替えのない存在だと思っていた。だが、もしかしたら彼女はそう思っていなかったのだろうか。壊れた機械のように、死ねばクローンとして再生させればいいだけの存在。そう考えていたのだろうか。
その考えを否定しきれない。
どうするのが正しいのだろう。目の前に居るのが、見ず知らずの男ならまだ良かった。俺が死んだと勘違いしていて、その穴を他人で埋めようとした。よくある話だ。でも、彼女の目の前に居るのは俺で、彼女が愛しているのも多分俺だ。
頬に涙が伝う。
彼女が愛を誓ったのは、人間である俺だ。変異した俺ではない。この姿の俺と彼女に思い出なんてものは一切無い。こんな姿で話し掛けられたとしても、きっと彼女を困らせるだけだろう。
それに、今の俺と彼女が釣り合うとは思わない。こんなに醜い姿を見られたくもない。せめて、彼女の記憶の中では綺麗なままでいたい。
「――あ、居た居た。リュウゲンとやりあった奴が居るって噂に……」
気が付くと、隣にはヴィヴィが居た。傍らに居るというのに、声を掛けられるまで気付きもしなかった。
「ヴィヴィ」
自分のものとは思えない程、情けない声が喉から溢れた。それを聞き、さっきまで見ていた方向を見たヴィヴィは、全身の体毛を逆立てる。
「なッ!待ってろ、文句言ってくる!!」
彼女が駆け出そうとした直後、俺はその手を掴んでいた。
一瞬たりとも、一人には成りたくなかった。例えば少し経てば帰ってくるとしても、それまでの数秒を耐えられる気がしない。
「待って……」
俺の言葉で停止するも、ヴィヴィは納得がいかないと振り返る。
「はぁ?!んなこと――」
「――今は、一人に……しないで」
俺が彼女を抱きしめると、彼女はそれまで逆立っていた毛を垂らし、体重を俺に預ける。ヴィヴィは、触手の一つを撫でるように、指先で掻きながら言う。
「そう……だな。悪い」
そういう彼女を、俺は自分の背に乗せた。不思議と安心感が湧く。
「ごめん、情けないこと言って」
気が付くと、ヴィヴィの全身を触手で抱きしめていた。その事を理解しても、決して離したくはなかった。
それに対し、ヴィヴィは触手のうち一本を抱く。
「良いって。言っとくが、私はお前を一人にはしないぞ」
顔を見てはいないが、薄っすらと作り笑いを浮かべているのが想像できる。
そんな彼女に俺は言葉を送る。
「ヴィヴィ……。大好き」
その後、俺達二人は互いに愛の言葉を送りながら、変異者コロニーに戻り、夜を明かした。
火の粉舞う燃える街の中、彼女が俺に愛を囁いた。だがそれは、俺自身に向けられた言葉ではなく、別の俺に向けられた言葉だった。
第1章――彼方に捧ぐ純潔の葬送歌――終幕




