表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃裏世界1章∶彼方に捧ぐ純潔の葬送歌
14/35

3.黒い翼が羽撃いた日

 目が覚めると、既に太陽が既にすっかり登っていた。寝過ごした訳ではないが、疲れのせいで泥のように寝ていたらしい。

 あの後、俺とヴィヴィは何事もなく変異者コロニーに帰る事が出来、空き家を借りてそこで休むこととなった。

 昨日のヴィヴィが言っていた通りなら、明日襲撃が始まる。今日は、余り活発に行動は出来ないだろう。

 俺は、背中にヴィヴィが居ないことに違和感を覚えながら、仮宿を後にした。何となくではあるが、ヴィヴィが行きそうな場所の見当は付くので、合流に時間は掛からなかった。

 彼女の好きな場所。人を見下ろせる、高い場所。

 このコロニーには、変異体を研究する施設だったという過去がある。都合、コロニーの内部を見渡せる監視用の高台があった。ヴィヴィは、その高台の屋根の上に居た。

 監視塔の下から跳躍し、その上に飛び乗りヴィヴィの隣に立つ。

 彼女の視線の先には、訓練をする者や、武器を確認する人達がいる。最終調整といったところだろう。


「やってるやってる」

「襲撃まで二十時間切ってるからな」


 目算で今が九時辺りと考えて、襲撃のタイミングは夕方ごろだろうか。襲撃の定番といえば深夜なのだが、何故そんな時間帯なのだろうと考え、直ぐに答えが判った。

 変異者達の最大の戦闘力を有する者と言えば、リュウゲン以外居ない。リュウゲンは、見るからに炎を吹くなりして攻撃する変異者。である以上、他に光のない真夜中での襲撃は攻撃を予見されてしまう為、避けたいという事だろう。


「止めないのか?」


 ヴィヴィの言葉に、当たり前の返答をする。


「止めれないだろ、あれ」

「まぁな」


 襲撃前、ハスキがコロニーから出るまで攻撃の時期をずらせないか交渉しないのか、言う意味の言葉だったのだろうが、その交渉は無理そうだ。

 これ以上時期を後ろに下げてしまえば、変異の影響で冬眠とは言わないまでも、機能不全を起こす者が複数名居る事は想像できる。

 冬を越せ無い者も何人か居るだろう。変異内容が昆虫ともなれば、越冬は絶望的。変異によって衰弱する事も加味すれば、冬を越せる者の方が少ない可能性もある。

 冬を越せる確証がない以上、今が限度。幾ら交渉しようとも、これだけは揺るがない。

 下手に交渉するよりも、襲撃に加担して目標のみを狙った方が、被害は少ない様に思える。


「攻撃目標は?」

「クローンを制御する施設。あそこのクローンの頭には、思考制御用のチップが入ってんだ。だから、それに信号送ってる建物を破壊する」


 クローンとはいえ、家族の頭にチップを入れられて制御されているというのは、考えただけでゾッとする。

 変異者達の行動理由については、感情移入出来るし否定できない。だから、作戦そのものを全否定は出来ない。


「建物狙いか。作戦とか狙い自体に反論はないな」


 俺がそう言うと、ヴィヴィが俺の背中によじ登りながら言う。


「それとこれとは別ってことだろ?判るよ、巻きみたくないもんな」


 ハスキ達さえ巻き込まなければ、なんの問題もない。ただ、ここまで殺気立っていて、あの二人を巻き込まない保証があるとは思えない。


「二人の脱出が確認出来れば、こっちも横槍入れる必要ないんだけどな。如何せん、リュウゲンがな」


 リュウゲンは、強大故に強力。噂によると、一撃一撃がちょっとした弾道ミサイル並みとの話。そんな者が暴れれば、ハスキ達は一溜まりもないだろう。


「変異体でもギリ耐えれるかの熱波。お姫様が耐えれるとは思えねぇよなぁ。ま、お前がリュウゲン止めてる間に、私がクローン制御施設の破壊するのが、姫様の巻き込まれるリスクは低いだろうな」


 ヴィヴィにハスキを脱出させるという作戦もある。ただ、あそこまで広いコロニーの中、人を直ぐに見付けて脱出経路まで確保することが容易だとは思えない。

 ましてや、それが戦闘中ともなれば、血の匂いや何かが燃える匂いや薬品の匂いで、変異者の嗅覚は使い物にならなくなるだろう。

 それに、ハスキ達はコロニーに属する戦闘員ではない。普通に考えれば、襲撃されたタイミングで避難所かどこかに誘導されそうなものだ。

 もしそうなら、下手にヴィヴィと合流させて脱出を狙うよりも、避難所に隠れて貰っていた方が安全だ。

 幾ら変異者側が殺気立っていても、避難所で怯えている者に対して一方的に攻撃を開始はしないだろう。


「殲滅が狙いじゃないから、正直何事もない可能性はあるけど、ハスキが手を出さないとは限らないしなぁ」

「中で人間関係が出来てるかもしれないしなぁ」


 今の俺とヴィヴィのように、数日で仲間ができている可能性は確かにある。そうなれば、前線とは言わないまでも戦闘に参加する場合も有るだろう。

 どちらにしても、戦闘が早く済むに越したことはない。だが、そのためにヴィヴィに危険な橋を渡らせるのが良いとは思えない。そもそも、この行動はハスキを思ってのことなのだから、彼女と接点がないヴィヴィに危険なことはしてほしくはない。

 俺達が頭を悩ませていると、監視塔の下から鈴に似た金属のなる音が聞こえた。何かとも思い見てみれば、白い羽衣を羽織った、クワガタを思わせる変異者が錫杖を鳴らし、こちらを見据えていた。

 複数名の行商人や情報屋からなる『瓦商会』。その組織の衣服は、白い羽衣とされている。彼がそうなのだろう。

 商人は、こちらを見上げながら言う。


「ヴィヴィ、君の新たな識別名が決まったよ」

「本当か?!」


 喜々として身を乗り出すヴィヴィを、俺は触手で抑える。

 今の『疾走る毛玉』という識別名に異を唱えていた彼女にとって、嬉しいことなのだろう。

 商人は、くるりと身を飜えして錫杖を鳴らす。


「商会前に来なさい」


 そう言い、商会に向かう男の後を着くように、俺達は、商会前広場に足を運んだ。



 ・・・



 商会は、コロニーの入口横に陣取ってあった。錆びたコンテナを露店代わりに開け放ち、この辺りで見ることのない商品なんかを売っている。

 パット見で目に入るのは、変異獣の骨を研ぎ澄まして作った軽量太刀や変異した蛇の酒、変異したイチゴのジャムなんかだ。

 その商会の露店のすぐ隣りにある掲示板に、人だかりが出来ている。その中央には、商会に属する四人の変異者が居た。

 一人目は、目算で変異レベルⅤの、人に近い形状ではあるもののそれ以外の人間らしさを欠如させた、年老いた亀のような変異者。見るからに重役らしく、四人の中で一番奥の先には腰掛け、杖を抱いているのだが、何処からどう見ても寝ている。

 二人目は、先程出会ったクワガタの様な変異者。レベルはⅣが妥当だろう。一番手前で、錫杖を手にして立っている。恐らくは護衛兼補佐官なのだろう。昆虫由来の変異は外見から年齢が判らないが、少なくとも年配とは思えない。

 三人目は、ゴーグルを付けた鳥の様な変異者。変異しているのが頭部のみのため、一見ペストマスクを被っているようにすら見える。他の商人とは異なり、黒いコートを羽織っていて、何となく商人担当ではなく情報屋担当故に衣服が違うのだと察する。

 四人目は、玉の様にきれいな肌をした白いムカデの変異者で、上半身に左右非対称の三本の腕が生えていて、その先端には鉤爪、鎌、鋏が煌めいている。立ち振る舞いからして女性らしく、鉤爪や鋏を器用に扱い、商品を整理している。おおよそ、商業担当だろうか。

 その四人の商会メンバーが資料を見比べながら、変異者を一人づつ呼びながら名前を授けている。てっきり、授与式のような雰囲気を想像していたが、どちらかといえば健康診断に近い軽い雰囲気だ。

 テンポも早く、到着して数分待たずにヴィヴィの番が訪れる。鳥頭から変異者に呼ばれ、ヴィヴィは自慢気に俺の触手を手綱に見立てて振るう。

 俺は、恥ずかしくも思いながらヴィヴィを背に商会メンバーたちの前に進んだ。


「ヴィヴィちゃん。昨日の戦い見てたよ相変わらず素早いねぇ」

「あれを見てたのか」


 戦闘をしたのは、このコロニーからかなり離れた場所で、コロニーが米粒のように辛うじて見えるか否かの距離。変異して視力が向上した状態でこれなのだから、生身の人間ではまず見えない超長距離だ。

 鳥頭の変異者は、得意げに目元を指先でなぞり言う。


「僕は目が良いからね。遮蔽物さえなければ、何でも見えるよ。まぁ、流石に天体望遠鏡ほどではないけどね。月面くらいなら問題無く」


 考えてみれば、鳥類の視力は地球でも屈指。人間にも見えない光を捉える事が出来るとされている。変異箇所が頭部のみとはいえ、こと情報収集においてこれ程の武器はそう無いだろう。

 ヴィヴィの戦いを見ていたなら、俺の戦いも見ていた筈だ。自分の戦いを盗み見られているとと思うと、いい気はしない。


「で、新しい名前は?」


 ウキウキとしたヴィヴィに対し、クワガタの変異者は告げる。


「『荒ぶる梵天ぼんてん』だ」


 俺は、吹き出しそうになるのを堪えた。

 確かに、声に出してみると格好良くはなったが、内容は疾走る毛玉と何一つ変わっていない。むしろ、荒ぶっている分、知性が足りないように感じ取れる。


「おぉ!何かかっちょ良くなった!で、ボンテンって何?」


 首を傾げる梵天に俺は意味を伝える。


「耳かきに付いてるフワフワ」

「毛玉じゃんか!!」


 ヴィヴィは俺の触手を鞭のように撓らせ、地面を叩いた。

 何となく、俺の触手の扱いが上手く成っている気がするが、そこはツッコまない。

 何の気無しにヴィヴィから視線を反らすと、商人達と目があった。

 昨日の戦いを見ていて、何も言わないということは俺に識別名は早いらしい。昨日目覚めたばかりなのだから、当然といえば当然だ。


「流石に俺にはないか」


 そう零すと、鳥頭の変異者がすぐに反応を示す。


「いや、先日の戦闘からしてすぐにでも。ただ、候補がねぇ……」

「『百腕』はもう居るし、君自体、形が定まってい無いというか、戦闘時に臨機応変に変化するのが逆にね」

「『千変万化』も『変幻自在』も居るしな」


 どうやら、識別名が与えられるのは確定しているが、名前が未定らしい。名前を決めるときに、他の変異者と被らない様に確認するのは、確かに一苦労だ。


「特徴的な色を入れるのが無難とされていますが、変異して間もないですしね。季節や環境次第で色が変わったり、それこそ擬態出来たりする可能性もあるので、付けにくい所です。まぁ、既存の名に何かしら付け加えるものになりそうですね」


 識別名を付けるには、情報が少な過ぎると言うのは理解出来る。俺自身、自分の識別名を考えても思い付かない。そもそも、識別名を聞いたことがあるのはヴィヴィのものだけだ。

 俺は、変異者の中で一番強そうなリュウゲンの事を思い出した。ヴィヴィの識別名は、ヴィヴィの特徴を捉えている。ならば、リュウゲンの識別名を聞けば、彼の得意とする戦術や特徴が判ると思ったからだ。


「そう言えば、リュウゲンの識別名って?」


 俺が訪ねると、一同は頭を悩ませる様に記憶を探る。

 そんな中、商人達で唯一涼しい表情を浮かべていた亀の変異者が口を開く。


「あの者の逸話は数多い。故に識別名も数多い」


 どうやら、皆が一様に悩んでいたのは識別名が多すぎで全部出てこないかららしい。


「『竜災』『竜星』『竜神』『聖火を吹く者』『烈火の王』。後は『紅蓮の皇帝』『噴煙の怪異』『灼熱の化身』『炎天』『焦土の牙』とか?」


 言い方からして、これらは複数ある識別名の一部でしかないのだろう。下手したら、神話に登場する神よりも名前が多い。


「多いなぁ……」


 想像の倍以上の量に、少し呆れる。

 名前が多いということは、それ程に強力と言うシンプルな話ではある。それに加え、リュウゲンの場合は名前に王や皇帝、神や星という明らかに強そうな言葉が付けられている。

 識別名をつける際のルールは判らないが、王や神といった存在を安々付けていいとは思えない。名前の意味をそのまま受け止めるなら、竜に変異した変異者の中で最強であり、炎を扱う変異者の中でも最強といった感じだろう。


「牙くらい分けてくれよ」


 ヴィヴィの変異内容は獣化だから、タイプだけ見れば牙と言う識別名は通りそうに思える。が、ヴィヴィが牙を武器として使った姿は想像できない。


「別にヴィヴィ、牙に特徴無いと思うけど」


 俺が言うと、ヴィヴィはムスッとした顔でこちらを見る。


「有るだろ!ほれ、あ〜」


 そう言いながら、ヴィヴィは俺の頭の上まで歩き、眼前で口を大きく開ける。流石に首一つでヴィヴィを支えるのは辛いので、触手で持ち上げながら、一応にと確認して見る。

 白く鋭い歯の中に、若干辛うじて他の歯より長い犬歯が、キラリと輝いた。


「かわいい牙ですこと」

「可愛いなんて、そんな……よせヤイ!」


 ヴィヴィは頬を赤らめながら、触手を掴んで頭に叩きつけた。照れ隠しなのだろうが、当の本人以外から見れば、完全にただの暴力でしかない。

 俺は、ヴィヴィを再び背に戻す。最早、ヴィヴィの定位置に成っているような気がしたが、どうせ登ってくるだろうと諦める。

 運び際に、触手でヴィヴィの頭を撫でる。


「褒めては無いんだけど」


 ヴィヴィは、ジトっとした眼差しを触手に向け、払い落とした。触るなという事らしい。

 問題は、ヴィヴィよりもリュウゲンの識別名の方だ。


「識別名からして、リュウゲンって炎熱系なのか?」

「酸や毒は使えないな。炎しか出せないが、純粋に威力が高い。お前以上にな」


 確かに、識別名には炎や竜しか無かった。それ以外を扱うことは、出来ないということなのだろう。炎を扱う事が出来る時点で割とチート地味ているが、攻撃手段が限られていると言うのはいい情報と言える。

 それから、俺達は軽い小話をした後に、その場を後にした。


 ・・・



 行商人らと別れると俺達は、商会とは別にある変異者コロニーに元からある商店街に足を運んだ。

 商会は、あくまで行商人の集団であり、ずっとこのコロニーに居るわけではない。このコロニーで商品や情報を売り、儲けを出し、出発のための道具を揃えたら別のコロニーに向かってしまう。

 この商店街は、ずっとここにあるもので、確かに商会程の目新しいものは無い。だが、薬草や食料、道具なんかは基本的に売ってあるし、商会の商品よりも安い。

 何処かの特産品や他の地域の情報、貴重品なんかを除けば、大抵ここの商店街で賄える。

 商店街は活気に溢れ、主婦と思しい変異者や運搬用機械なんかが、忙しなく往来し、各々の居住区に去っていく。

 一度世界が滅びた後もこういった商いをする辺り、見た目こそ確かに変わってしまったが、それ程退廃前とは変わらない気さえしてくる。

 そんな中、ヴィヴィは商店街のある一角に目をやると、俺の背から飛び降りて手を振りながら走り始める。

 その先にいたのは、小さな栗鼠のような変異者の少女だった。

 彼女たちは互いに手を振ると、高らかにジャンプしながらハイタッチを決める。


「ロロナロ、よっすぅ!」

「ヴィヴィちゃん、よっすぅ!依頼の品、見つけたよ」


 互いに仲睦まじい二人を眺めながら、俺は二人の元に歩む。


「依頼って何か頼んでたの?」


 俺が聞くと、ヴィヴィは自慢気に無い胸を張りながら応える。


「昨日のうちに頼んだんだ」


 ヴィヴィがそう言うと、栗鼠の変異者――ロロナロは、店の奥から黒い布に包まれた何かを抱えて来た。

 長さ二メートル程の細長いシルエット。

 ロロナロがどうぞと言わんばかりに先端を向けてきたので、俺はそれを受け取り布を捲りあげる。

 それは、蒼白い長弓だった。


強弓ごうきゅう武葬ぶそうオリエナ。多分、ここら辺でこれ以上の弓は無いよ」


 見た目は大理石に通じるものがあるが、触れた感じとしては骨や化石に近い。が、妙な弾力がある。

 弦に目をやれば、それが筋繊維で編まれた物だと理解できる。


「これが武葬……?」

「そう、変異者を素材とした武器」


 噂には聞いたことがあったが、実物は初めて見た。

 曰く、変異者を素材とすることで、その特性や技を行使することの出来る、魔法のような道具がある。

 そんな噂が、記憶の隅から思い起こされる。


「オリエナは、神経接続前提だけど大丈夫?これ、それ用の機器が無いから余ってたんだけど」


 ロロナロがそう言いながら、オリエナの握り付近を指差した。そこには、何かを接続させるための挿入口が有った。何となく、USBコードや電話線の挿入口を思い出す。

 大方、特殊な機械で使用者と武葬を強制的に接続させる用の穴なのだろう。


「直で打ち込めば良いんだろ?」


 ヴィヴィに小突かれ、意図を理解する。神経を直に接続する方法なんて、これが一番手っ取り早いに決まっている。

 俺は、触手を一本伸ばすとオリエナに接続した。


「よっ」


 接続直後、触手からオリエナ全体に感覚が広がるのを理解する。オリエナ越しに、風の流れや触れた物の感触を感じ取る。

 俺は、オリエナに意識を集中させる。

 まるで、手がもう一本増えたかのような感覚を覚える。頭がクリアに成り、オリエナに集中していたにも関わらず、他にも意識を向けることが出来る。力を込めれば、オリエナ内部の筋繊維がそれに従い反応し、弓の形状を維持ながら膨張し、弩砲さながらの巨体に様変わりした。


「カッコよ!!」


 感覚的に使える武器であるため、直感的に操作が出来て扱う練習は要らなそうに思える。が、物に神経を接続する事は初めてなので、それに関しては馴れる必要がありそうだ。


「ヴィヴィちゃんの頼みなんだし、今回はタダでいいよ」

「助かる。武葬って高いし、元々人を素材としてるから、そもそも買っていいものなのか」


 倫理的に考えて、普通にアウトではある。羅生門から何も学んでいないと言い捨てたい気持ちはあるが、恩恵を考えるとそうも言ってられない。

 恐らく、オリエナに意識を集中させた際、頭がクリアになったのは、オリエナに使われている脳細胞にでも接続したからだろう。オリエナのことはあまり知らないが、これがもし別の武器や人物だったならば。


「試してくる」


 俺は足早に外に出ると、地平線上の僅かばかり木が生えるのみの平原に向けてオリエナを構え、矢をつがえる。いつもの様に息を鋭く吸った瞬間、オリエナの身が引き締まる感覚を覚える。

 神経接続により膨張したオリエナは、三メートル程の超長弓。その膨れ上がった組織が、サイズ感をそのまま残しつつ、減量したアスリートの肉体のように引き絞られる。

 オリエナの力に負けないよう、限界まで矢を構え、放つ。

 矢から手を離した瞬間、弦が矢を導くように跳ね、オリエナは全身を使う様に手中で跳躍した。伝わる感覚から、オリエナが全身を使った一撃だと理解する。

 そして、狙ったわけでもない大樹の中心を、寸分違わず撃ち抜き、その一帯を粉砕した。


「えぐぅ……」


 威力に関しては言わずもがな。問題は、この命中精度。俺が手を離した瞬間、オリエナが元の形状に戻ろうとする際、オリエナ自身が矢を導いた感覚がした。その結果、ほぼ地平線に位置する木の真ん中に命中。

 これがゲームならば、オートエイムとでも言えばいいのだろうか。

 武葬は、使用中に元となった人物の特性や技術が使える。それが、オリエナの場合はオートエイム機能として現れている訳だが、弓以外の場合はどうなるだろうか。

 蛇腹のように撓り、振るうだけで敵を切り裂く刃。

 全身を装甲のように守り、自己再生能力をも持つ鎧。

 尽きることのない炎を放つ拳銃。

 嫌な想像は留まるところを知らない。仮に武葬が元となった人物の力をそのまま発揮できずとも、ただ形態に優れているというだけで、元の人物よりも価値が高くなる場合が存在する。そんな事は想像したくないが、実際問題としてあり得る話だ。


「リュウゲンさんが敵に回したくない、って言う訳だ」


 そういえば、と俺は思った。これ程の力を持つ武葬をリュウゲンが使う事を、考えていなかったからだ。


「リュウゲンは武葬は使うのか?」


 俺の問にヴィヴィが答える。


「いや。異星人のスーツを改造したやつを使う。ビームとか出して一帯を焼き払うんだ。口からは炎出してな」


 俺は、全身に降り注ぐ攻撃を鱗で防ぎ、周囲をビームで薙ぎ払うリュウゲンの姿を想像し、身震いした。リュウゲンの恐ろしいところは、その想像よりも強い可能性が十二分に有ることだ。


「えぐぅ……」


 俺は、ヴィヴィのようにそう呟いていた。

 純粋な戦闘力で言えば、下手したら今の地球で最強なのではなかろうか。頂点かは判らないが、少なくとも世界屈指だということは判る。

 とはいえ、リュウゲンが武葬を使わない理由は理解できる。第一に倫理的に使いたくないというのと、そもそも彼の場合は神経接続に耐えれる武葬の方が少ないからだろう。

 武葬は強力ではあるものの、限界はある。リュウゲンが神経接続を接続する際は、彼の熱に耐えれる事が大前提となる。そんな武葬があるとは思えない。リュウゲンの攻撃を耐えれる物がないから、彼の今の評価があるわけで、リュウゲンの攻撃を耐えれる物が有れば、皆まっ先にその名前を上げるだろう。


「鬼に金棒というか、文字通りドラゴンにビーム兵器だからなぁ」


 口から熱線を放ち、スーツからビームを放つ巨大なドラゴンを想像し、俺はある点に気が付いた。物理的な攻撃が無いのだ。


「実弾兵器は?」


 考えてみれば、リュウゲンの武器は光学兵器に集中している。となれば、仮に水中や雨天ならば、リュウゲンの武器は機能停止し、ブレスも弱体化する事となる。

 俺の質問に、ヴィヴィは即座に答える。


「無い。というか、要らないだろ。ウォーマ曰く、異星人の宇宙戦艦一人で沈めれる、って話だし」


 その姿は理解出来るし、何なら信憑性も高い。文字通り、スケールが違うと言うやつだろう。


「変異者って、強くて精々戦車レベルだよな。何で、一人だけ宇宙戦争の世界観に居るんだ?」


 俺の一言に、ヴィヴィが俺の頭を撫でながら応える。


「お前も大概だぞ」


 それは確かにそうだ。

 一発でミサイル顔負けの破壊力を放つ変異者が、一般的な訳が無い。俺自身も、他人から見れば化け物以外の何物でもない。

 そう思い、俺はヴィヴィの顎をくすぐる。それに対し、ヴィヴィは猫の様に顎差し出し、気持ちよさそうにしている。どうやら、顎はセーフらしい。


「ヴィヴィちゃんも大概だよ」


 と、ロロナロが言う。

 そう言えば、ヴィヴィも相当異常な部類だった。鋼鉄並の硬度を誇る物質を、いともたやすく貫通する鋭利さ。それに、持ち前の飛び道具並の速度。

 身体の大きさ故に目立ってはいないものの、変異者としてのスペックは高い。が、改めてリュウゲンや自分と比べて見ると流石に見劣りはする。

 もしかしたら、俺が知らないだけでヴィヴィには他にも何かあるのでは、と思い口を開く。


「ヴィヴィって回復能力とかあるの?」

「特に?掠り傷が唾つけときゃ治って、抜けた毛がすぐに生える程度。お前の自己再生とか、リュウゲンの超速再生ほどじゃない」


 まるでゲームのスキル名のような単語に、思わず困惑する。


「ちょうそく……さいせい?」


 言葉の意味が判らなかった訳ではない。単純に、リュウゲンの持つ特性が膨大かつ強大だったため、一瞬頭がフリーズし、理解することを拒んだからだ。

 俺が硬直していると、ロロナロが応える。


「リュウゲンさんは脳と心臓が二つずつあって、それを同時に破壊されでもない限り死なないかな。一度頭を飛ばされたときも、問題無かったし」

「それは、それで問題では?」


 首を無くして動けるなんて、最早ファンタジーのデュラハンか何かだ。いや、今も首が繋がっていることを考えれば、くっ付くなり生えるなりするわけなのだから、ファンタジーの怪物よりもタチが悪い。


「私は、リュウゲンの首を落とした奴がいることに驚きだ」


 ヴィヴィも知らないということは、リュウゲンの断首は昔の話らしい。どうやって首を落としたか調べるならまだしも、首を切断した本人を探すのは無駄だろう。

 それはそうと、リュウゲンの情報を確認してみると、納得する部分があった。


「そうか、あの巨体制御するのに脳は複数必要なのか」


 確かに、巨大生物はその身体を動かすのに脳が複数必要という話は聞いたことがある。

 もし、身体を制御するのに脳が複数必要なら、頭以外のもう一つの脳を破壊するだけでも、運動障害を引き起こすことは可能だろう。


「それ兼バックアップですね、記憶とか人格の。実際、超速再生で首が治っても、記憶や人格が残らない人は多いけど、リュウゲンさんだけは唯一人格や記憶を維持出来るから」


 つまり、いくらファンタジーの領域に足を踏み入れていても、倒す方法は有るということだ。

 ロロナロの話からして、リュウゲンの回復能力は強力ではあるが、バックアップ前提の話に聞こえる。例えば、首を落とした後でもう一方の脳を破壊すれば、リュウゲンを殺すことは可能だろう。

 あるいは、回復能力を上回るダメージを与えるか。


「超速再生とかの議論になるとき、毎回真っ二つにしても再生するのか論争あるけど、リュウゲンはどうなんだ?」

「流石に死ぬと思いますよ。まぁ、斬り方にもよると思うけど、治すの間に合わなそうだし、それなら脳も心臓も全部破壊されてそうなので」


 高い回復能力もプラナリアの分裂能力程でない。それに、脳を同時に攻撃するのは有効そうだ。


「なら、異星人のビーム兵器つかえば――」

「アイツ光学兵器弾くぞ」


 宇宙戦艦云々の時に、そんな気はしていた。というか、そもそも異星人の武器など持ち合わせていない。となると、火力で回復能力を上回るのは無理そうだ。


「リュウゲン抑えるの辞めるか?」

「やるよ」

「やるなら止めないが……大丈夫か?」


 心配そうな面持ちのヴィヴィに対し、俺は彼女の頭を撫でながら本心で答える。


「多分、初見に限り俺は勝てる」


 リュウゲンは変異の結果、人知を越えた特性を獲得している。が、冷静に見てみれば、その特性で俺の手札が封じられている訳ではない。

 光学兵器はそもそも使わず、こちらの攻撃は物理のみ。炎を吐くということは、基本的にこちらの攻撃は遠距離主体のものとなる訳だが、元々遠距離戦のほうが得意だから願ったり叶ったりだ。

 超速再生も、あくまで今回の狙いは討伐ではなく遅滞なので考慮する必要無し。むしろ、手加減の必要無しと喜んで良い。

 そもそも、今回の作戦内容からしてリュウゲンは、仲間を巻き込む可能性のある高火力広範囲攻撃を使えない。そのため、一撃で負けるということは無さそうだ。


「かっちょいい!」


 ヴィヴィは尻尾をパタパタと振る。

 俺達は、軽く談笑しながらオリエナを扱う練習を行った。



 ・・・



 オリエナを受け取ってから数時間後、日が沈みかけた夕方ごろ。ヴィヴィが独りでに行動し始め、俺はまるで保護者のように不安感に駆り立てられ、彼女の後をついて歩いた。

 彼女が向かったのはコロニーの外、翼を持つ変異者達が好んで集う飛行場だった。

 何人かの変異者が上空に飛び立ち、人間の住むコロニーへ向かっている。威力偵察兼、コロニーに住む家族のクローン捜索。襲撃前に、自分の家族が何処に居るのか把握するための行動だ。


「よっと」


 ヴィヴィは、翼を生やした犬のような変異体の背に乗り込んだ。手綱を引き羽犬に騎乗する光景は、子供が大型犬に乗る様に見える。


「何してるんだ?」


 俺が聞くと、ヴィヴィは手綱で羽犬を操りながら応える。


「どうどう……。クローン制御施設の位置を確認するために、乗せてもらうんだ……っと」


 見るからに人語を理解する知能が無さそうな雰囲気の羽犬、変異者ではなく変異獣っぽいが、失礼のないように言葉を濁してヴィヴィに訪ねる。


「変異体の上に?」

「私は小柄だからな。普通の鳥に乗れるんだ」


 何処からどう見ても普通の鳥ではないが、そこにはツッコまない。この場合の普通の鳥とは、鳥の変異獣の事を指す。こんな、犬なのか鳥なのか判らない様な生き物が、普通と呼ばれるのに違和感を覚えなくなったのは、何時からだろう。

 俺が物思いにふけていると、俺の横腹をちょいちょいと突くものがいた。見てみると、ヘリさながらの巨体を持つ昆虫化の変異者だった。昆虫化と言っても、甲殻や手足の生え方がそれっぽいというだけで、見た目のものは機械に近い。


「上に行きたいなら載せていくが?」


 上空を見上げると、何人もの変異者が羽撃いていた。

 皆、高い飛行技術を獲得しているようで、器用に対空射撃を回避している。

 時折、被弾する姿が垣間見えるが、墜落には至らない。が、第三者からしてみれば、いつ誰が直撃を受けても不思議ではない。ここで、そのリスクを負ってまで観光する必要もないだろう。

 コロニーは半円形であるため、視力さえ良ければ遠目でも内部構造は把握出来る。確かに、上空から見れば隈なく観察出来るだろうが、俺の仕事は襲撃ではない。奇襲や撤退に使えそうな通路や建物を覚える必要もないだろう。


「遠慮させて貰うよ」


 そう告げ、俺はオリエナの手入れを始める。最も手入れと言っても、やることは動作確認だ。

 オリエナに神経を接続し、一息つく。弦に触れ、軽く弾き、落ちていた石で撫でる。武器の感覚が伝わってくると言うのは、奇妙としか形容出来ない感覚だった。

 鉛筆で紙に文字を書いたとする。その紙が硬いのか、柔らかいのか、ザラザラと粗い表面をしてるのか、ツルツルと光沢感のある肌触りなのか、実際に手で触れなくても鉛筆越しに感触として理解できる。

 だが、オリエナは違う。同じ石を触れていても、感じる温度、肌触りがオリエナと俺では異なる。

 その場に落ちていた石ということもあり、素手で触ると冷たいが、オリエナの感覚はそれ程冷たい訳ではない。恐らく、オリエナ自体の温度が俺の体温よりも低い故の差なのだろう。

 感触に関しては流石に俺の方が鋭敏で、逆にオリエナは鈍い部類に思える。

 パット見、光沢感のある石。手で触れると、細かい亀裂や付着した砂の感触がする。だが、オリエナで触れると磨かれた勾玉に近い感触。

 こういった感覚の差には、慣れる必要が有りそうだ。


「今日は一段と激しいなぁ」


 不安そうな変異者の言葉が聞こえ、俺はオリエナとの神経接続を切断して背にしまい込む。

 確かに、昨日は迎撃の対空射撃の音は余り聞かなかった。しかし、今日はその音が微かに聞こえる。


「あ、一人捉まった」


 対空射撃に晒されて、上空で停滞している影が見えた。一瞬、首が二つある犬の様に見えたが、直ぐに誰なのか理解した。


「あんな変異者居たか?」


 首が二つの変異者なんて見ていない。もし、身体がすっぽり入る程小柄な変異者が、犬の様な変異獣に乗っているのだとしたら、候補となるのはヴィヴィ以外に居なかった。


「不味いんじゃないか?」


 傍観していた変異者が双眼鏡を落とす。

 対空射撃の一発がヴィヴィの乗る変異獣を貫き、空中でバランスを崩していた。このままでは、ヴィヴィは確実に墜落する。

 それを見ていた変異者の内の一人が、先程俺に飛ぶか確認していた昆虫型の変異者に駆け寄る。


「クスロ、行けるか?!」


 返事もせず、昆虫型の変異者――スクロは半透明な羽を広げる。

 それを見て俺は思わず声を上げた。


「俺も行く」

「さっさと乗れ!」

「助かる!」

「そういうのは助けてから言え!」


 俺が飛び乗ると同時に、スクロは飛翔した。バッタさながらの跳躍速度で地面から放たれ、トンボの如き機動性で宙を駆け抜ける。

 まるで、飛行機に素手でしがみついているかのような錯覚に陥りながらも、ヴィヴィだけは常に視界に捉えていた。

 超高機動のスクロの力を持ってすれば、ヴィヴィの元に駆け付けるのに時間は掛からなかった。

 だが、問題はここからだった。


「ちょ、ちょっと!落ち着けって!!」


 忙しなく羽撃く変異獣は、パニックに陥り制御不能となっている。いや、パニックに成っているのは変異獣だけでなくヴィヴィも同じだ。

 ヴィヴィの指示と変異獣の行動が噛み合わず、回避も撤退もままならない。このままではただの的だ。

 飛行出来る変異者達が、ヴィヴィの前で羽撃き身を挺したり、代わりに注意を引こうと高度を下げて攻撃を煽る。しかし、効果は見られない。

 スクロがギリギリまで接近するが、一定の距離を確保しなければ、衝突の危険性がある為、触手を伸ばしても思い通りにヴィヴィを掴むことが出来ない。


「こっちに飛べるか?!」


 声を掛けると、やっとこちらに気が付いた様で、ヴィヴィは涙を含んだ視線を向けてくる。


「ヤマ――」


 そう言いかけ、ヴィヴィはハッとした表情を浮かべて一時停止する。変異前の名前を呼んでしまった事による、一瞬の戸惑いからかだろう。

 その瞬間、放たれた対空射撃の一発がヴィヴィの乗る変異獣の腹部を貫く。

 くるくると旋回しながら墜落する変異獣に弾かれ、ヴィヴィは落下した。


「ヴィヴィ!」

「構わず飛べ!!」


 俺はスクロの背を蹴り、跳躍する。義手となった右手を伸ばしながら、背の触手を一斉に広げ、編み、連結させる。触手ごとの形状を羽に似せる為、厚みを減らし平たく、空気を受けやすい様に変化させ、跳躍の飛距離を伸ばす。

 そして、右手を限界まで伸ばし、彼女の身体を抱く。


「ヴィヴィ、大丈夫か?!」

「なんとか……」

「良かった」


 極度の緊張状態からか、何時にも増して全身が硬直しているのを見て、俺はヴィヴィを背に運ぶ。

 いつもの定位置に戻ると、ヴィヴィは自分で動けるくらいには体力を取り戻していった。


「ほれ、あれが制御施設だ」


 ヴィヴィが指差したのは、このコロニーでも一際大きい、まるで塔のように巨大な建造物だった。

 コロニーの中心部分に建築された、電波塔と要塞を併せた様な風防の巨大な施設。コロニーを一望し、見張る様な佇まいのそれは、人類の建築技術では有り得ない様な形状を一部に妊んでいる。一目で異星人の技術が転用されていると理解出来る。

 重要な建物の筈だ。皆が躍起になるほどに、皆が執着するほどに重要な建物。だが、俺には、そんな事気にも止まらなかった。

 その建物の足元に、異星人の姫――ハスキが居るのが、目に入ったからだ。


「あ……」


 ハスキが力なく空を見上げている。

 何があったかは判らない。ただ、顔色が悪いのは一目で判る。俺と一緒に居たときには弱味を見せたくなかったのか、憔悴した様な表情は見ていない。

 彼女は、いつも何処かに余裕を感じ、優雅な印象だった。今は、その時の彼女とはまるで逆の印象だった。

 吹けば倒れそうな程にか弱く、気力を感じない。ある種欝的な印象。

 そんな彼女とほんの僅か、目が合った気がした。


「どうかしたか?」


 ヴィヴィの一言により、現実に揺り戻される。

 今は、空中の姿勢を整える事が先決。一時的に、ハスキのことを頭から退かし、意識を全身に集中させる。


「何でもない」


 余計な事は考えない。取り敢えず、今の第一目標は安全に着陸すること。

 俺は、触手の翼をピンと張り、風を一心に受け止める。着陸に最適そうな平地に目星を付けると、ゆっくり身体をそちらに傾けて進路を定める。

 緊張感はあるが、それ程難しい仕事ではない。

 俺は、呼吸を整える。


「って、お前飛べるのか?」

「紙飛行機みたいなもんだ」


 飛ぶというよりも、浮いているに近い。触手を編み込む様に用いた翼膜は、空気抵抗により落下を緩やかにするだけで、高度を上げる性能は無い。簡易的なパラシュートと言った方が適切だろう。

 とはいえ、飛行というか滞空性能はライト兄弟の飛行機よりは高いらしく、翼を調整すれば方向転換くらいは出来るし、安定もしている。

 こんなにも、ゆったりとした速度で迎撃がされないのかと気になり、辺りを見渡す。すると、さっきヴィヴィが撃たれた場所の、高度を下げた位置で二三人の変異者が注意を引いていた。

 俺達の後方、少し高度を下げた位置でスクロが、コロニーと俺達の様子を確認し、安全と判断したのか軌道を反らしていく。

 血が繋がって居ない者の為に、命を危険に犯す行為を躊躇なく実行する変異者達。思えば、これで二度助けられた。

 こんなにも仲間想いの人達が、クローンとなった家族を助ける為に一丸と成っている。作戦の成功を祈る気持ちも有るし、生還して欲しいとも思う。だが、それと同時に、ハスキ達だけは巻込まないでくれとも思う。

 空中を漂った暫くの後、俺は雪原に降りた。初めての着陸ということもあり、緊張こそしたが四足で地面に触れると、自然と足が数歩進み衝撃を緩和した。


「うぁッぷ」


 俺が着地した直後、背後でヴィヴィが倒れ込んだ。次からは、飛行中はヴィヴィに触手シートベルトを巻いてもらおう。実際、誤って落下してからでは遅い。

 ヴィヴィが怪我でもしてないかと不安になったが、そんな心配は要らなかったようで、俺の背ではしゃいでいる。


「こう言っちゃなんだが、楽しかったな!」


 楽しいと言われると、飛んでいた身からすると正直嬉しい。が、飛んでいる最中に楽しいとは感じなかった。

 一歩間違えば、落下して二人とも御臨終する事だって考えられるし、その意識も有った為に不安だった。

 ヴィヴィの言葉に対して、俺は素直に答える。


「足場もなく、風に流されるだけの俺の立場に成ってくれ。めちゃくちゃ怖かった」


 だが、恐怖心しかなかったかと聞かれればそういうわけではない。

 空を飛びたい、翼が欲しい、子供心に誰しもが願う夢。こんな世界になり、思い出すことすらなかった記憶と感情が吹き出し、俺の身体は歓喜に震えた。

 産まれて初めての自分の身一つで飛ぶその感覚は、


「でも、凄い気持ちよかった」


 その一言に尽きた。

 リュウゲンの特性が多い理由

 リュウゲンは、実は元々一人の人間が変異したわけではない。リュウゲンには恋人がいて、それと溶け合う様に変異した結果、現在の姿となった。

 そのため、脳と心臓が二つ存在し、他の変異者の倍以上の巨大さを獲得した。

 リュウゲンの持つ超速再生も、二人のもつ自己再生能力が重複して生まれた産物である。

 ロロナロの話では、『リュウゲンを真っ二つにすれば流石に殺せる』とあったが、『脳と心臓が全て破戒出来れば殺せる』の部分は正しいが、『再生が間に合わない』は彼女の感違い。リュウゲンの再生能力は、即死しなければどんな傷でも完治させる事が出来、例外はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ