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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃裏世界1章∶彼方に捧ぐ純潔の葬送歌
13/35

2.異星人の行商人

 俺の僅かながらの抵抗である黙秘は虚しく、自分の触手で首を締めることとなった俺は、ヴィヴィに事の経緯を語った。


「へぇ〜、ふぅ〜ん、ほ〜ん。婚約した女が居ると」

「はい」


 さっきまで滴っていた謎の粘液と秋の暮れということもあり、全身が寒い。無論、心も。

 こんな状態でも何の問題もなく身体が動くのは、変異の恩恵だろう。でなければ、寒さから身体の動きが鈍っていた。

 ヴィヴィは、俺の頭に生えた触手を握るとその匂いをスンスンと嗅いでいる。まともな女性の行動とは思えない。いや、こんな世界にまともな人間が居ない事を考えれば、逆に正常なのだろうか。


「……良し。寝取るか」


 俺は革新した。ヴィヴィは絶対に正常ではないと。

 正直、ヴィヴィは情状酌量の余地があるタイプではある。

 一時ではあるが、彼女の話からすると互い仲が良く、文字通りの運命共同体だった。が、俺が変異してしまったことで、その関係を断たれ、離れ離れになった。

 別れる際、暴言を吐いてしまったことを後悔し、ずっとその相手の事を考えていたと言われれば、確かにヴィヴィの気持ちも判らなくはない。が、期間が異常なほど長い。

 俺の記憶が確かなら、俺がコールドポッドに入れられたのは小学生高学年程。そして、正確な年齢は判らないが、今は成人前後一かニ歳くらいだろう。

 ヴィヴィから説明されたが、俺とヴィヴィは一緒にポッドから脱出し、共に行動したらしい。つまり、ヴィヴィと俺が別れてから、十年近く時が経っている。余りにも愛が重すぎる。どうやら、彼女の愛に時効なんて言葉はないらしい。


「……もしかして、俺って女運無い?」


 俺は溜息混じりにそう呟く。それに対し、ヴィヴィは俺の触手を強く握り締める。


「無かったら、こんな事態に成ってなくないか?この世界、普通は恋愛意識を持てる相手に会えるのすら稀なんだぞ。しかも、強引な関係じゃなくて相思相愛とか……」


 そう言いながら、一人で勝手にキュンキュンと胸を高鳴らせるヴィヴィを俺は見上げた。


「へぇ、相思相愛ねぇ」

「解らん。正直、私の頭が花畑で片想いだった説はある。でも相思相愛で居てほしい。同じ愛の重さではないと確信出来るが」


 ちょっと面映ゆそうにヴィヴィは、俺の触手の先を眼前に持ってきて、指先でもて遊ぶ。まるで、花占いをする子供のようだ。


「俺の愛情を一とすると、どんなもん?」


 俺は、脳内で天秤をセットした。とりあえず、俺の側に分銅を一つ置く。


「私の愛が重すぎて、天秤がI字バランスをする確信がある」


 ヴィヴィ側の天秤に、落雷のさながらの速度で巨岩が飛び込む。天秤が急速に傾き、勢いそのまま俺の愛情が投石機の如く射出される。

 そんな光景が頭の中に思い浮かび、俺は思わず吹き出した。


「笑うなよ」


 ヴィヴィが恥ずかしそうにしながら、両手で顔を覆う。

 俺は、申し訳程度に触手で彼女の頭を撫でた。彼女の髪はフサフサフワフワで、触り心地が良い。


「ごめん。でも思うんだ。多分、相思相愛だったって」

「本当か?!」


 両手を顔から離し、喜々とした表情を浮かべる彼女に対し、俺は呼吸を整えて素直に思ったことを口にした。


「ハスキの前だと、何か彼女の好きな人に成ろうって感じがするんだけど、ヴィヴィの前だと本当の自分になれる気がする」


 どちらが良いという話ではない。

 実際、ハスキは一緒に居るだけで嬉しかったし、互いに支え合っているという絆のようなものが確かにあった。

 だが、ヴィヴィは一緒に何かをするのが楽しく、何より懐に飛び込んでくる性格上、ありのまま同士で居られた。

 俺は、少し照れながらヴィヴィの顔色を伺う。


「へぇ……。私の前で他のメスの話をするのか」


 顔を両脇から小さい手でガシりとと掴まれ、鋭い眼光と目が合う。俺は、心の中で前言を撤回した。

 絶対にハスキの方が良いと。

 俺は、ヴィヴィをなだめようと触手を向かわせる。が、触れたら爆発しそうなのもあり、触手はヴィヴィの周りを渦巻くのみだ。

 そもそも、今回に関してはヴィヴィが最初に自身とハスキを比較していた。そう考えると、別に俺だけが悪いとは思えない。が、そんなことを言えるほど余裕のある状況でもない。


「ヴィヴィさん。突っ込んで良いか分からないけど、前というより下です」


 せめてもの抵抗に、俺は彼女にそう告げた。対し、彼女は依然として冷ややかな視線を向けてくる。


「口答えとは……ふ〜ん」


 ヴィヴィがイタズラな笑みを浮かべて何度か頷く。俺は、ちらりとその遥か後方を見据えた。後ろには、俺以外の足跡がクッキリと雪に残されている。


「それより、忍び寄ってるつもりかな?」

「ん?」

「後ろに、さ」


 俺は背後を触手で示す。そこには、四足の変異獣達が姿勢を低く、獲物に気付かれぬように迫っていた。

 見た目は狼に似ていて、頭部の三対の瞳が漏れなく死角を潰している。左右の肩から雄牛の角を思わせる棘が生え、生物の急所たる首を守りつつ、突進の際の武器として構えている。

 個体数は七匹。背丈はバイク程だろうか。


「変異獣の群れか。気づかなかった……」


 獣系統の変異であるのに、彼女が気が付かなかったのは、恐らく風向きが関係しているのだろう。狼の群れは風下に立っていて、匂いによる索敵が届かない。

 そう考えてみると、俺とリュウゲンの察知能力は他の人とはやや異なる気がする。確かに俺は変異した影響で五感が研ぎ澄まされる様になった。しかし、今回変異獣を察知したのは、そこから存在を気配として感じ取ったからだ。それも、居ると確信出来る程の。

 ヴィヴィは自身の尻尾の毛を一本ピンと立たせると、それを抜剣し、その先端を指でなぞる。俺の硬化能力に近いものをヴィヴィも持っているらしい。


「やるしかないか」


 ヴィヴィが戦う判断をしたということは、倒せない相手ではなさそうだ。それを確認し、俺は身体を左右に振ってヴィヴィに降りろと伝える。すると、ヴィヴィは言われなくとも、と俺の背から飛び跳ねた。


「じゃ、おっ先ぃ!」


 そう一言残し、ヴィヴィは風と化した。

 矢と見間違う程の速度を持って、狼の群れに急接近。内、一体の棘を掴むと、狼が迎撃は愚か威嚇する寸前、鼻先に剣を突き刺し、くるりと捩じり狼の脳を掻き回しながら引き抜く。

 狼は鼻から鮮血と脳漿を吹き出し、痙攣しながら絶命した。

 ヴィヴィは、それを確認すると他の狼がカバーに入る前に、悠々と危険地帯から後ろ跳びで脱出する。そして、今度はこちらを見てお次はどうぞと目で語った。

 怪我人だということを忘れているらしいが、無論そのつもりだ。

 仲間の死に怒りを露わにする狼の群れに、俺は駆け出す。それに応じる様に、狼達も一斉に走り始めた。

 俺の左側を回り込み、側面を突こうとする群れを本隊に、一匹の狼が正面から接近する。一匹を相手にする間に側面から一斉に襲うつもりか、それとも一匹ずつシャトル式に切り離して包囲戦に持ち込むつもりかは定かではない。だが、どちらにしても受けて立つ他にない。

 俺は左腕から触手を伸ばし、左腕と触手を同時に振り下ろす。空気が削れる様な音が、巨大な風船が爆ぜる様な音に変わる。

 触手先端の速度は音速を越え、狼の身体を羽虫のように叩き潰した。骨も肉も等しく砕け、狼の身体を中心に地面の雪が散る。そして、その下に潜んでいた植物を狼の体液が濡らした。

 変異するまでは出来なかった芸当だ。それまでの俺の触手は、あくまでロープやムチの代用でしかなかった。それが、今では立派な武器の一つと成っている。

 俺は興奮を抑える為に、息を鋭く吸い、ゆっくりと吐いた。敵はまだ残っている。

 変異獣の数は残り五匹、内の四匹が一斉に距離を詰める。それを見て、俺は背中から生えた触手達の先端を群れに向ける。

 想像するのは、ハスキと出会った際に放った一撃。触手の先端を硬化させ、力を込めた際の筋力と圧力を持って放つ一撃。

 側面を突かれても尚、俺は冷静だった。変異の恩恵で、この全身には触手が生えている。故に、正面も側面も関係ない。今の俺に死角はない。

 突き立てた触手を体内にゆっくり戻し、先端を硬化させながら力を込める。その時、咄嗟の思い付きで硬化させた触手を自切した。

 この戦いは、検証も兼ねている。今の俺にどれ程手札があるのか、確認出来る内にする。硬化の持続時間は、硬化後の強度は、自切後の触手の形状保持時間は、それ全てを確かめる手っ取り早な方法がこれだった。

 硬化させた触手の先端を、俺は渾身の力で放つ。その光景は、さながら銃撃のようだった。銃弾のように回転していない為、照準こそ定まって居ないものの、威力も数も十分。

 俺の放った弾丸は、マシンガンのようにばら撒かれ、狼達の血肉を削る。そして、穴だらけとなったら狼は一匹ずつ倒れていった。

 練度は低いながら、手札として十分機能する威力。しかも、特筆すべきはその隠密性だ。火薬等を一切使用していない為、マズルフラッシュも銃声も鳴らない。加えて、速度も肉眼では捉えられない程。威力は確かに本物に劣るかもしれないが、それを差し引いても戦闘での有用性は計り知れない。

 さて、と俺は背後を向いた。残る最後の一匹は、今だ闘志が萎えておらず、逃げる気配はない。ならばと俺は、触手を楔に見立て地面に突き刺し、強引に上体を起こした。

 俺の最も得意とする攻撃は、やはりこれだろう。

 左腕から触手を伸ばし、弾性を残した状態で硬化させ自切、それに触手を巻き付けて弓とする。矢は先程の反省を生かし、先端を捻りながら硬化させ自切したものを使う。

 俺は息を鋭く吸いながら構え、渾身の力で振り絞り放つ。それと同時に着弾した。

 狼は愚か、狙った先の地面が轟音と共に砕け散る。その威力は計り知れず、地面の削れ具合を見るに戦艦並と言った具合だろうか。最早、そこには狼の死体と呼べるものは残っていなかった。

 確か、変異前の俺の名前はヤマトだったとヴィヴィから聞かされた。それも頷けるは破壊力に、俺は名は体を表すのだと思った。

 そう言えば、と俺はヴィヴィの方を向く。

 彼女はぷるぷると震えながら、


「お、お強い……んですねぇ」


 と感想を零すのみだった。



・・・ 

 


「……一分」


 俺の背中で、ヴィヴィがそう告げる。背中では時計の規則正しい音が鳴り、切断した触手が蕩けて背中に滴る。


「……やっぱり一分」


 今しているのは、自切した触手の形成保持時間の確認だ。俺に生えている触手は、切断されて一定時間経つとゲル状に溶けて、それ以上経つと液化して消える。それは、完全に変異した今も変わらない。だが、保持出来る時間は確かに長くなっていた。

 以前、ここまで変異する前に確認した際は数秒が限界だった。しかし今は一分きっかり持ちこたえる事が出来る。この差は大きい。

 俺の最大火力は矢による攻撃だ。今までの数秒という時間では、撃つたびに生成から入る必要があった。それが今となっては、矢を蓄えた状態で放つ事が出来る。


「ありゃ?」


 背中から妙な声が聞こえ、俺は見上げた。硬化させた触手に、何か針のような物が突き刺さっている。


「硬さは私の方が上か。まぁ、そうか。変異の先輩として、一つくらい勝ってないと威厳も保てないからな」


 威厳なんて既にないと思いつつも、その言葉を飲み込む。

 とはいえ、ヴィヴィの硬化能力の方が上というのは以外だった。それも、貫通するような結果になるとは想像も予想もしていない程に。

 現在、俺の硬化能力は金属並の強度となっている。そんなものにプスリと針で穴を開けるなんて、例えダイヤモンドであっても不可能だろう。

 これに関しては、俺の硬化能力が弱いというより、ヴィヴィの硬化能力が強過ぎるだけの様な気がする。が、敢えて口にはしなかった。そんなことを言ってしまえば、ヴィヴィは確実に調子に乗る。それも、人の背中で。

 俺はヴィヴィを見上げながら言う。


「実際、俺ってどれぐらい強い?」

「上の下。あ、非戦闘員を下の下にしたときな。ちなみに私は、中の下」


 即答だった。

 変異してから長年経ち、色々な変異者コロニーを転々としていた彼女の事だから、物差しに狂いは無さそうだ。

 実際、俺もヴィヴィと同様の答えを予測していた。

 仮に、俺の実力が中以下ならば、この世界の変異体は戦艦並の攻撃を撃ち合って戦っていることになってしまう。故に上位なのは確定として、その上位のうちどれぐらいか。

 真っ先にリュウゲンの事を想像し、何となく勝て無さそうだと悟る。故に上の上はない。なので、候補は上の中か上の下の二択。結果は上の下。妥当だろう。


「そんくらい強いなら、すぐに識別名が付くだろうな」


 識別名とは、判りやすく言うなら通り名や二つ名の様なもので、風を扱えば『突風』、色が虹のようだったら『虹』や『極彩色』といった感じの識別名となる。

 識別名を与えられる者には条件があり、第一に戦闘員や旅人、もしくは犯罪者といった戦闘に何かしら関わる者。第二にその中でも、注目される出来事、もしくは警戒するに十分な能力があるか否か。これらが条件となっている。

 識別名は、勲章やシンボルに似た性質があり、有れば箔が付くし、身分の証明にもなる。


「ヴィヴィって変異して長いんだろ?識別名は?」


 ヴィヴィはそっぽを向き、少し照れくさそうに答える。


「『疾走はしる毛玉』」


 あの戦闘を思い出せば、確かに的確な識別名な気はする。が、迫力は一切無い。それに、人の背で出不精を発動しているのに疾走るとは、些か皮肉が効いている。

 俺は、取り繕うこともなく率直な感想を口にした。


「何とも微妙な」

「言うな!気にしてるんだから!!」


 ヴィヴィは、俺の触手を掴むとムチのように撓らせ、俺の側頭部を何度も殴打した。

 


・・・



 川を目印に上流に向かい、ダムを目指す。

 三時間程駆けた先に見えたのは、間違いなく俺の落ちた場所だった。

 ダムには、爆破と慌ただしい足跡が残されている。人の靴の足跡と、異星人のスーツを表す巨大で鉄の擦れた様な足跡。幸い、変異獣の足跡は少ない。あの変異の全員が通過してきた訳ではないらしく、大多数がダムの対岸で踵を返した痕跡が見て取れる。


「ここか?」

「そのはず」


 追跡はされたようだが、ダムを越えれたのは数体らしい。フィオルトが居れば問題は無さそうだ。

 足跡を辿り、風穴の開いた変異獣の死体の脇を通り、程なくそれは見付かった。俺の名前の刻まれた小さな石の乗った土饅頭。そこには、変異しているものの綺麗な花が捧げられていた。


「俺の墓か……」


 何が埋まっているのかは想像に難くない。サイズ感からして、俺の右腕だろう。

 流石に墓を掘り起こすわけにもいかない。

 ヴィヴィは俺の背から飛び降りると、献花に顔を近付け、険しい表情で匂いを嗅いでいた。


「ヴィヴィ?」

「頭の中でハスキとか言うメスと決闘してる」


 何だそれは、というツッコミが喉仏を鳴らす。しかし、そこに踏み込んだらヴィヴィの機嫌を害しかねないと危惧し、俺は踏みとどまる。

 ヴィヴィが花を元の位置に戻したので、俺は彼女をそっと抱き上げると背中に戻した。最早、定位置である。

 彼女は腕を組み、僅かに唸る。脳内での戦闘は、中々に拮抗しているようだ。


「勝敗は?」

「千日手になるかもしれん」

「その説はある」


 というより、勝敗は着かないでほしいとすら思う。

 俺はヴィヴィを見上げた。

 ヴィヴィのハスキに対する評価が、妙に高い気がした。二人が直接出会ったことはないだろう。なら、この評価の高さは何処から来るものなのだろうか。

 考えるより聞くほうが早い、と俺は口を開く。


「ヴィヴィってさ、何でハスキの事を悪く言わないんだ?」


 その一言に、ヴィヴィは首を傾げながら応える。


「何言ってるんだ、お前が認めたメスなんだろ?なら、あんな女で収まる器じゃ絶対にないだろ。それに、んなこと言ったら、お前の事を罵倒するようなもんじゃんか」

「全くもって、その通りで」


 一切反論の余地がない一言に、お前は呆気にとられる。


「そもそもさ、お前、自分の好きを否定されるの嫌いだろ?」


 言われてみて、初めて気が付く。確かに俺は、好きなものを嫌いと言われるのが嫌いだ。それが、俺の好きなものを否定する為の言葉ではないと理解出来ても、嫌いと言われるだけで相手の事も嫌いになったしまう。俗に言う、生理的に無理というものだ。

 俺は、ハスキとヴィヴィが逆の立ちならどう言うかと、想像した。

 ハスキは、ヴィヴィの事を悪く言うだろうか。いや、しない。ハスキは清廉潔白という言葉が似合う程澄んだ性格をしていて、その上正々堂々とした一面がある。だから、ヴィヴィの事を悪くは言わずに、自分の魅力で勝負するだろう。

 俺は、自分の好みを理解した。ハスキもヴィヴィも、性格や性質は全く異なる。ただ心根は、芯となる部分は似ている。互いに一直線で、自分の好きに対して愚直。外堀から攻めたり、変化球を投げたりは一切しない。自分の今出せる全力で真っ向勝負するタイプだ。

 俺が考え込んでると、肌にピリ付く感覚を覚えた。


「銃声が鳴る」


 思わず見上げ、俺が呟いた直後に銃声が三度響いた。

 この音には聞き覚えがある。ハスキに仕えていたフィオルトが閃光を放つ時のものと同系統の音だ。


「お前の感覚どうなってるの?」


 身を乗り出そうとしたヴィヴィを触手で背に戻し、俺は駆ける。フィオルトならば、ハスキの居場所を知っている筈だと言う期待の元。だが、そこに居たのは、フィオルトとは別の異星人だった。

 全身を汚れた装甲で身を包み、所々には苔のようなものが生えている。どことなく土っぽく、フィオルトと比較するなら旧式を思わせる風貌だ。

 旧式装備の異星人は、背に多くの荷を背負い、大蛇のような変異獣と交戦している。その蛇の巨大さに、驚きを覚える。さながら、新幹線を思わせる全長をした大蛇で、全身が岩肌の様な鱗で覆われている。

 異星人は荷を守る様に牽制主体の立ち回りをし、対する大蛇は地面を泳ぐように隙を伺い、時折接近して体当たりを試みる。本気での攻撃というわけではなく、異星人を疲弊させるのが目的の行動だ。

 恐らく、大蛇は変異獣の中でも取り分け頭が良い個体なのだろう。異星人の武器を熟知しているようで、基本的に異星人の射程から僅かに離れた位置を泳いでいる。体当たりの際も、自身の身体が射線上に重ならないように距離を詰めて行う。


「あれが中の上。異星人は中の中な」


 恐らく、実力の話をしているのだろう。

 ヴィヴィの目算では、俺はあれと真っ向勝負して勝てるらしい。正直、俺は勝てるとは思えない。

 とはいえ、見付けた手前見殺しにも出来ない。

 俺は、地面に触手を突き刺して上体を起こすと、弓を生成して構える。あの巨体では、銃弾すら弾き返されそうに思えたから、最初から最大火力をぶつける。

 鋭く息を吸い、照準を定める。そして、異星人の閃光銃を大蛇が回避した瞬間、その退路を塞ぐ形で矢を放つ。

 完璧なタイミングの一矢だったが、大蛇は俺が矢を放つのを目視し、身体を捻るように回避する。が、完全に避けきる事が出来ず、その身体を矢が掠めた。大蛇の鱗に赤い一文字が刻まれ、大蛇は咆哮を上げながら地中に逃げ込む。

 反撃が来ると危惧し、俺は地面に刺した触手を切断して、手を地面に当てる。大蛇の動きを示す地鳴りが遠ざかっていくのを確認し、俺は安堵する。

 長距離からの奇襲とはいえ、確かにヴィヴィの評価は正しい様に思えた。見ただけで実力を判断出来る彼女に、俺は感心する。


「お前の一発えぐぅ。リュウゲンが敵に回したくない訳だ」


 ヴィヴィは地面に突き立った触手の矢を眺めた。矢は溶け、地面には大蛇の血と小規模のクレーターが残される。

 それを眺めていたのはヴィヴィだけではない。異星人も同様だった。

 異星人はクレーターに触れ、溶けた触手を指先で摘み軽く捏ねる。指先が糸を低いのを確認し、それを雪に擦り付けると、俺たちの方を向いた。


「助太刀感謝する。今のは危なかった」


 異星人が頭を下げる。古めかしい装備という見た目からして、ハスキやフィオルトとは所属が異なる様に見えるが、反応からして人間に有効的に思える。

 挨拶の仕方からして、人間の文化をある程度理解している様で、意思疎通に関しては問題なさそうだ。

 異星人に習い、俺も御辞儀を返す。


「間に合ってよかった」

「僕はウォーマ、行商人をしている」


 そう言い、異星人――ウォーマは自身の背の荷物を揺らす。

 荷物は異星人の使うポッドを小型化したような、円柱状の機器だ。複数ベルトで固定してあり、中身までは伺えない。しかし、その小型ポッドに付着している汚れがそれぞれ異なる為、それぞれ用途が異なるようだ。

 荷物はそれ以外にも、ギターケース程のサイズの鉄性のなにかが布に包まれている。武器の一種なのだろう。

 俺がウォーマの荷物を観察していると、俺の背からヴィヴィがひょっこり顔を出した。


「あ、ウォーマかぁ。あぶねぇあぶねぇ、見殺しにするところだった」

「なんだ、ヴィヴィか」


 慣れ親しんだ様に二人は軽い反応を示す。


「知り合いか?」

「知り合いって程でもない。名前聞いたことあって、見たことあるなぁ程度」


 ウォーマが行商人だと言っていたことを頭に浮かべ、俺はなんの気無しに頷いた。

 俺は、身を乗り出したヴィヴィを触手で絡め取り、元の位置に戻す。


「彼女は君のことをずっと探してたんだから、手荒くに扱うんじゃないよ」

「おま、変なこと言うな!」


 ヴィヴィの謝罪が思い起こされる。

 彼女は、俺と別れてからずっと探していたのだろうか。だとしたら、どれ程途方も無い間探していたのだろう。恐らく一、ニ年ではすまない年月のはずだ。

 俺は、誰かを探し続けるヴィヴィの姿を想像し、少し申し訳なく思う。が、ウォーマの一言に動揺し、唾を飛ばす姿にその気持ちは消し飛んだ。

 頭上に降り注ぐ唾を払いながら言う。


「そう言えば、俺も人探しをしてる」

「へぇ、誰かな?恩人として、少しくらいなら助けてあげよう」


 ウォーマは腕に組み込まれた端末を操作し始める。録音か、メモの機能があるのだろう。

 それはそうと、ウォーマの所属に関しては今だ謎だ。フィオルトのような騎士ではないとしても、正規の兵隊とも思えない。となると、ハスキと敵対する『方舟分離主義』の一人として見るのが自然ではあるが。

 俺が言い淀んでいると、ヴィヴィがペシペシと頭を叩いてきた。


「大丈夫だ。コイツは裏切ったりしない性格だ」


 義理堅い、と言いたいのだろう。ハスキもフィオルトその節はあった。となると、異星人そのものの考え方というか、そういった文化なのだろうと思い、ここは割り切ることにした。


「ハスキという。異星人の姫」


 反応はどうか。

 俺が反応を伺っていると、異星人は軽く頷いた。


「あぁ、なるほど。存在は確認している」

「本当か?!」


 ウォーマは、あのリュウゲンが指し示したコロニーを見つめた後、こちらに振り向く。


「ただ、人間のコロニーに入ってね。あそこは変異していると入れない」


 ひょこっとヴィヴィが顔を覗かせる。


「それって、永久の都のことか?」

「そうだ。あそこの技術提供は僕が携わってしてね、コロニーを何が出入りしたのか判るようにしてある。それが何か?」

「あそこ、明後日には攻撃されるぞ」


 明後日にはということは、明日の夜か深夜辺りを作戦が開始されるだろう。

 思わず全身がヒリつく。

 余りの間の悪さに、苦笑いすら浮かばない。俺もハスキも、行く先々でトラブルに巻き込まれてばかり。恐らく、そういった星の下に産まれたのだろう。

 ヴィヴィの言葉に、ウォーマは頭を悩ませる。


「ついに、リュウゲンがしびれを切らしたか」


 問題はハスキ達だ。今朝起きたばかりの俺が言うのも可笑しな話だが、ハスキ達も疲労が溜まっていてもおかしくはない。

 ハスキの持っていた光線銃の話から察するに、フィオルトの装備も無制限に使えるものではないだろう。フィオルトのエネルギー事情は知らないが、そう連続した戦闘を繰り返せるかは疑問だ。

 人間の物差しで言うのであれば、一回の戦闘での弾切れが珍しい話だとは思えない。フィオルトはハスキを庇いながらの戦闘なのだから、単純計算でエネルギー消費を倍と考えると、ガス欠が起きても不思議ではない。


「巻き込まれる可能性は?」


 それに答えたのはヴィヴィだった。


「微妙だなぁ。部外者なのが判れば、手加減はさせると思うけど、リュウゲンの攻撃は余波が大きいしな」


 優先的に狙われる可能性は低いが、という事だろう。

 実際問題、呼吸するだけで火の粉が舞う怪物が、本気で戦闘に参加してどれ程被害が出るのか、想像に難くない。

 まして、二人は少し前に変異獣に仲間を襲われて失っている。元人間である変異者が相手とはいえ、過剰反応から戦闘に参加してしまう可能性は考慮すべきだし、その光景もどことなく想像できる。それに、コロニー内で友情関係が生まれる事だって有るだろう。

 となると、二人が巻き込まれる前提で動かなければ、手遅れになりかねない。


「逆に、リュウゲンが前にでなければ?」

「それなら大丈夫かな?ウチのコロニーで範囲攻撃が出来るの、アイツだけだし」


 それに、あの変異獣の群れを捌いていたフィオルトに勝てる者もそうは居ない筈だ。

 希望的観測も含まれているだろうが、フィオルトはリュウゲンの様な規格外な存在以外なら、何とかなりそうに思える。そして、今その規格外な存在となり得る者はリュウゲンしかいない。つまり、リュウゲンを止めさえすれば、望みはある。


「僕なら中に入れるし、注意喚起はさせてもらおう。それと、身を護る道具くらいなら与えよう」

「助かる」


 強引にでもコロニーから出して欲しいというのが本音ではあるが、ウォーマの忠告を素直に効くとは畫らない。それに、二人は俺のことを死んだと思っているのだから、俺からの言伝てだと話しても逆効果になり得る。

 さっき、ウォーマはコロニーの建築に携わっていたと口にした。あれだけ巨大かつ、異星人の技術を使ってあるコロニーを建築する技術があるのに、宇宙に居るであろう仲間にアプローチ出来ない筈がない。行商人として手に職を付け、この地に馴染んでいる辺りからして、やはりウォーマは方舟分離主義者と見て間違いないだろう。

 個人的に、方舟分離主義者の話をハスキ達が素直に信じるとは思えない。両者の接触は、最低限にとってするべきだろう。

 ウォーマは自分の荷物を確認すると、コロニーの方を向き直る。


「これで貸し借りはなし。それじゃ」

「んじゃなぁ~」


 こちらを向くこともなく手を振るウォーマに、ヴィヴィは俺の触手ごと手を振る。

 病み上がりで考え事も多いせいか、どっと疲れが押し寄せる。


「疲れたか?」

「多分……」


 大蛇との戦いの時には忘れていたが、俺も病み上がりだ。結果として、ウォーマを助ける事が出来たから良いが、それとは別で無闇に行動しすぎた事に反省する。

 考えてみれば、前から俺は触手の再生に体力を使っていた。戦闘時の自切は不可抗力とはいえ、二つの戦闘の間に行っていた検証は今やることではなかった。安全なコロニーに戻ってからすればよかったと後悔する。


「一日に二回も戦闘したら、そりゃなぁ。心配する気持ちはよく判るが、ちょっとは休みな」


 と言いつつも、彼女は俺の背から降りる気配はない。最も、彼女は軽く、乗っていてもいなくてもそれ程変化はない。が、一日中、常に人に乗っているというのは如何なものだろうか。

 触手をヴィヴィの背後に忍ばせ、頭をグリグリとねるが、むしろ嬉しそうに彼女は笑う。


「休みなって、人の背に乗って言うことなのか?」


 俺はヴィヴィを見上げる。

 彼女は嬉々として俺の背に跨り、ルンルンと触手を手綱に見立てて、


「ハイヤァ!」


 と俺の背を叩いた。少なくとも、疲労困憊ひろうこんぱいの人を相手にする所業ではないが、何故か憎めない。

 段々と、俺の触手の扱いが上手くなっている気がする。それに、下手したら俺の背に永住する気なのでは無かろうかと思い、形だけの拒絶として背を上下させ俺は歩いた。

 テセウスの本名

 テセウスの本名は大和ではなく矢的と書いてヤマト。フルネームだと、狩谷かりや矢的やまと

 父が戦艦等が好きで最初は大和の予定だったが、母が息子に戦争に関わる名前を付ける事を嫌い、漢字のみ変更することとなった。

 余談だが、両親の名は父が夢蔵むさしで母が燈矢とうや

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