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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃裏世界1章∶彼方に捧ぐ純潔の葬送歌
12/35

1.おはよう新しい身体

 火の粉舞う暁、燃える街の中、彼女が俺に愛を囁いた。

 



 頭が痛い。視界は黒一色。

 薄ぼんやりとした意識の中、記憶を辿る。

 俺は、ハスキ達と行動している最中に襲われ、ダムから落ちた。そして、このまま意識を手放した。筈だ。死んだ筈だ。なのに、

 全身の感覚が目覚める。


「あれ……?」


 目を開けた瞬間、違和感を覚えた。視野がどことなく広く思え、余りにもクリアに辺りが見渡せたからだ。

 ぼんやりと天井を眺めているだけだが、視界の端にははっきりとベッドか見える。明らかに人間の視野角ではない、獣のような視野の広さだ。

 加えて、映る光景も鮮明。天井の打ちっぱなしのコンクリート、その僅かな凹凸は当然のこと、視野角ギリギリのベッドの編み目、宙を舞う埃の形状。以前なら、目を凝らしてようやく見えるか見えないかといったものが、ただぼんやりと眺めているだけで見える。

 失明したと思われる右目も、完治していた。


「俺、生きてるのか?」


 俺が辺りを見渡すと、変異者の少女と目が合う。

 銀色の体毛が全身を覆い、腰からはふさふさの尻尾が生えている。耳はチワワや狐の様な三角形をしており、ピクピクと動く。背丈は子供程度に見えるが、変異者のため正確な年齢は判らない。

 変異の影響で成人男性でも赤子と同じ大きさの者も居れば、子供で木一本程の体長を持つ者も居るのだから、背丈で年齢は計れない。

 とはいえ、見た目から感じるあどけなさが大人のものだとは到底思えない。


「あ、起きた」


 彼女は、そういうと隣の黒い影をちょいちょいと触れる。その影が動くことで、それが変異者であることを理解した。


「お目覚めかな?」


 振り返るその姿に、俺は思わず硬直した。

 目に写ったのが、余りにも人間離れしていたからだ。

 変異の影響で全身が黒い針状の体毛に覆われ、山嵐に近い風貌をしている。骨格も人間のものとは逸脱し、湾曲した背中の下に四本の足が見えた。尾は細長く、そこだけ黒い体毛では無く白い鱗が生えている。

 色や細かい部分こそ違うが、フランスで言うところのペルーダがこんな風貌でもして居そうだと思う。が、流石に怪物の様だと面と向かって言うつもりもないので、俺は外見には触れなかった。


「ここは……」


 俺は身体を起こす。

 周囲の匂いを嗅げば、薄っすらではあるものの薬品の残り香が鼻を突く。匂いは壁やベッドに染み付いていた。

 どうやら、俺のいる場所は部屋の中央らしく、そこにベッドが一つ。他にある家具と言えば、四方の壁に配置されたロッカーや棚と思しき残骸。

 何となく、手術室といった言葉が頭に浮かんだ。


「変異体コロニー。まぁ、元は変異体実験所さ。私はトウカク」


 針の変異者――トウカクは白い尾を差し出す。変わった挨拶だと一瞬思ったが、剣山のような彼の手を見て握手ができないのだと悟る。


「テセウス」


 彼の尾を掴む為、左手を差し出す。その時、俺は心臓が止まる感覚を覚えた。視界に映った身体が既に人間の原型を逸脱していたからだ。

 左腕鳥類の足の様な形状に変異し、爪はナイフを通り越して刀剣の様な鋭利さだった。手首から全身に、所狭しと細長く黒い触手が生えている。手足の本数こそ変わらないが、全身の神経が剥き出しのようなほど鋭敏な感覚に、こそばゆさを覚えた。

 まるで、指先を水で濡らした様に、ただそこに居るだけで微細な風の流れが肌で判る。それも全身で。

 爪が余りにも鋭利だったので、こちらも手の代わりに触手でトウカクの尾を握り、軽く上下させる。

 感じるのは、蛇皮より硬い外皮とその下の柔らかそうな肉の弾力、軟骨のように柔らかな骨。トウカクの尾に触れるだけで彼の構造を理解し、その不気味さに思わず触手を引っ込める。

 それを見たトウカクはクスクスと笑いながら言う。


「硬直はしても、パニックには成らないんだね。それに、冷静だ」

「冷静?」


 全くもって自分が冷静とは思えないが、確かにパニックにならないのは自分でも不思議だった。そういう意味では、冷静だという彼の発言は的を射ているのだろう。


「普通なら会話が通じない。もしかすると、君は以前から脳が変異していたのかもね」


 その言葉は、青天の霹靂だった。

 考えてみれば、思い当たる節はあった。重度の記憶障害、触手の鋭敏な感覚や操作の容易さ、頭痛。

 俺の中で結論が出た。

 最近の記憶くらいしか思い出せないのは、最近脳が変異した結果、昔の記憶が消えたからだ。

 触手の触覚に対し、手の感覚が手袋越しのように感じたのは、文字通り人間の肉体という手袋越しにものを触れていたからだ。

 最近の頭痛は、脳が変異していることの現れだった。

 きっと、ゆっくり脳が変異したため自分でも気が付かなかったのだろう。自分が変異者として産まれた人格だということに。


「そういうことか……」


 思わず、自分の口から心情が溢れだしていた。だが、判っていても止めることは出来なかった。


「思い出せなかったのは、そもそも俺が変異で産まれた自我だったから。俺の記憶じゃなかったからか……」


 リンオウは言っていた。生前の自分の事を知りたいと。つまり、変異前の記憶を変異後の人格は継承出来ない。恐らく、自分の根底に関わる、大切な記憶でようやく引き継げるか喪失するかの瀬戸際になるのだろう。

 俺は、その喪失との綱引きに負けたのだ。

 全身が脱力し、俺はベッドに倒れ込む。

 傾いた視界の中、小さな影かトテトテと歩み寄って来て言う。


「すまん。私のせいで」


 さっき見た小さな変異者が触手を掴み、その先端を親指でこねた。

 声色からして、彼女の一言は懺悔に近い。後悔の籠もった言葉に、俺は上体を起こす。


「ヴィヴィは悪くないよ」


 トウカクが小さな変異者――ヴィヴィを慰める。

 俺がそれを眺めていると、トウカクは俺の方を向く。


「ヴィヴィは川に打ち上げられた君を、ここまで必死に引きずって来たのさ」


 彼女の身長は、子供程度しかない。その体躯で今の俺を運ぶ事が出来ただけでも驚きだ。体格差で言えば、十歳にも満たない子供が力士を背負う様なものだ。変異の影響で筋力が上がっているとはいえ限度がある。


「私が見つけた時は……まだ人間だったのに」


 人間だった、ということは運んでいる最中に変異してしまったということだ。俺が彼女の立場だったらと想像する。

 背中には重傷の男が一人。命を救うために必死に運ぶ、その最中に変異が始まる。傷口から筋肉とも血管とも判別出来ない血肉が溢れ、時間が立つにつれそれは成長し、一つ一つが独立した触手となる。

 雪が傷口や呼吸器官から入り込み、それに従い加速する変異と増える重量。肉質の変化から、地面を擦る音が変わる。鼻を擽るのは血の匂い。背中越しに感じる鼓動は、次第に弱まっていく。

 ようやく仲間に見つかり、運搬を手伝ってもらう。その時初めて、変異し終えた男の姿を目にする。背負う前は人間の姿をしていた男に、人間の面影は最早ない。

 胸に感じるのは、無力感と後悔、不安感。それは、今の彼女にある感情そのものだろう。

 俺は、触手でヴィヴィの頭を撫でる。


「でも、君が居なかったら助かってなかったんじゃないか?」


 彼女が救わなければ、川で体温を奪われ変異する前に死んでいた。彼女がここまで運ばなければ、変異時の体力消費で死んでいた。彼女が居たから俺の命が助かったのは疑いようもない。

 感謝のつもりで頭を撫でていると、彼女はぷるぷると震え触手を跳ね除ける。


「撫でるな!」


 俺は思わず全身の触手を引っ込める。

 考えてみれば、触手なんぞに頭を撫でられて気分が良くなるとは思えない。俺は後悔しながら、背中を向けて距離を取る彼女の姿を眺めた。


「それで、右腕はどうだい?」


 トウカクに言われ、右腕の欠損を思い出す。

 そこには銀色の義手が取り付けられていた。感覚こそないが、思い通りに動き不自由はない。ただ、一つ言うなら左腕と形状が違うのには慣れる必要がありそうだ。

 指が三本しかない左手に対し、右手の指は人間の時と同じく五本。形状は、指の伸びた犬の前足といった具合で、人間と獣の半々といったところだろう。左腕が人間とは全く違うので、人間に近い右腕は正直有り難い。


「問題はないよ」


 軽く右手を触手で撫でる。感じるのは、重厚な鉄の感触と、その中にある血液が流れる感覚。どうやら、単純に機械仕掛けということでは無さそうだ。


「変異中だったからね。剥き出しの神経に直接繋いだのさ。ここが元に実験所で良かったね」

「誰かの腕?」


 俺が尋ねるとトウカクはカルテを尾で掴み、それをこちらに向けながら言う。


「ルカオンって名乗ってた変異者を使って出来た義手だよ。右腕の中身がそれで、補強するように機械を纏わせてる」


 カルテの図からして、変異者を使用しているのは、中身のほんの一部。骨格と神経を繋ぐための最低限として使っているのだろう。見た感じ、ある程度馴染んだ後ならば、外回りの装甲に手を加える事も出来そうだ。

 治療したのが彼ということで、俺は右目のことを思い出す。確か、マスクのガラスが割れて潰れた筈だ。


「右目は?」

「ガラス片を取ったくらいさ。右腕の施術中に治っていてね」

「目は治ったのに、腕は治らなかったのか……」

「腕と違って、原型があったからだろうね。腕は丸ごとなかったから、目もくり抜かれてたら治ってないと思うよ」


 なるほどな、と俺は右目を触手で撫でる。

 あの時、変異獣との戦いで重傷を負った瞬間、俺の身体は限界だと思っていた。だが、その時の事が嘘のように、今は身体が軽い。


「助けてくれて、ありがとう」


 右腕は構造上、装甲が駄目になったとしてもパージすることが出来そうだ。その場合、貧弱な右腕が露出するわけだが、その時は装甲の代わりに触手で覆えば問題はない。

 感心しながら右手を握り、開く。その最中、食器のなる音が聞こえた。


「ほっ」


 見るとヴィヴィだった。チョコの様な甘い匂いからしてココアだろう。完全にリラックス仕切っている。さっき、頭を撫でた時に気分を悪くしたんじゃなかったのかと思い、恐る恐る声を掛ける。


「……何でここにいるの?」

「悪いか?」


 ムスッとした表情を向けてきたので、俺は慌てて首を左右に振る。

 彼女の行動が、俺にはよく判らなかった。気分を害したのなら、すぐにでも立ち去れば良い。だが、彼女はここに居座っている。それも、どうやら俺のことを気にしているのか、こちらに視線をチラチラと送ってくる。具体的には、視線だけでモールス信号が成り立ちそうな程。ここまで来ると、自意識過剰ということも無さそうだ。

 トウカクも同様の疑問を思ったらしく、俺達は視線を合わせるとほぼ同時に頷いた。


「もしかして、以前の彼に会ったことがあるのかい?」


 トウカクがそういう聞くと、彼女は顔をそっぽに向ける。


「しらん」


 本当の事を答えているというより、答える気はないといった口調の返答だ。

 その気がない人に何度質問しても、答えは変わらないだろう。それに、本格的に機嫌が悪くなって立ち去られる方が困る。今の身体がどれくらい自由に動かせるかは、実際に身体を動かしてみるまで判らないのだから。


「さて……」


 そう呟きながら、俺はベットの上で身体を軽く動かす。変異したてとはいえ、身体は問題なく動く。変異前に比べれば寧ろ軽いくらいだ。

 動ける内に今の身体に慣れる必要があると判断し、俺はベットから飛び降りた。


「行くのかい?」

「身体を動かしたいしね」

「そうだね。慣れておくに越したことはない」


 これから一生付き合っていく身体だ。自分の限界を知っておかないと、今後の行動に支障を来しかねない。近くに助けてくれる人が居るうちなら、体力の限界が来ても命を落とすことはないだろう。


「よし」


 ココアを飲み干したヴィヴィが食器を置き、荷物をまとめていた。偶然、同じタイミングで出立の支度を始めたのだろうか。


「ヴィヴィ?」


 トウカクが訪ねると、ヴィヴィは荷物を背負いながら応える。


「怪我人を一人には出来ないだろ。ついてく」


 ヴィヴィの言い分は確かに正しい。が、俺と知り合いか否かの質問で適当な返答をしていたので、共に行動したい理由は彼女の個人的なものだろう。

 こちらからしても断る理由なんてない。俺は彼女の同行を受け入れることにした。



 ・・・



「高い、高いぞ!人を見下すのは久しぶりだ!!」


 ヴィヴィは、俺の背中で肩車をされた子供のようにはしゃいでいた。触手を手綱に見立て、進めと命令しながらそれを強く振るう。どう考えても怪我人にする行為ではないが、そんな事を突っ込む余力は俺にはなかった。

 自分の身体の事で、精一杯だったからだ。


「俺は、自分が四足歩行だとは思わなかった」


 ベットから降りた時に、自然と手を床に付いた瞬間、嫌な予感はしていた。足だけで立ち上がろうとすると、姿勢を整える間もなくバランスが崩れ、地面に手が触れるのだ。何度挑戦しても、その都度つど地面に引っ張られる様に這いつくばってしまう。

 鏡を借りて足を確認してみれば、それはライオンや馬の後ろ足のように人とは異なる骨格、つまり四足獣の後ろ足に変化していた。これで二足歩行しろという方が無理なら話だろう。

 俺は尻尾で地面を払う。

 この歳になって、赤ちゃんの様に匍匐前進で歩くのがなんだか情けなく思えたからだ。

 とはいえ、この心情を度返しすれば恩恵のほうが大きかった。俺には触手が生えているので、そもそも手は余り必要ない。加えて、高い敏捷性。雪に覆われた大地を軽々と移動出来るのは、ハッキリ言って気持ちが良い。一歩一歩が軽く早いので、体力消費も一日の移動距離もどちらも変異前よりも優れている。

 恩恵は運動性能だけに留まらない。どうやら、俺は変異出来るところまでしてしまったようで、詰まるところ変異した植物や獣を食べたとて何ら影響が無くなった。

 これに関しては、両手を上げて喜びたいくらいで、食料難は去ったと言っても過言ではなく、変異した植物を食べた時は感動ものだった。普段、携帯食や保存料増々の食事しか取れなかったせいか、口にした物は全て新鮮に感じ、当たり外れはあるが基本的にどの食べ物も美味しい。

 俺は、何となく一週間以内にこの身体にも慣れてしまうのだろうと予感し、複雑な気持ちになった。


「右だ!」


 ヴィヴィが喜々として俺の触手を振るう。何が悲しくて自分の触手で自分を叩いているか判らないが、彼女の案内にはとりあえず従う。


「りょうか――」


 了解と言う言葉は、地面を震わす程の雄叫びに消し飛ばされる。その迫力に俺は姿勢を低く身構え、背中のヴィヴィは倒れ込んだ。落ちてきそうだったので、咄嗟に触手で包む。

 その後、ヴィヴィはフンと鼻をならしながら言う。


「リュウゲンのやつ、またか」

「リュウゲン?」


 聞き覚えのない名前だったので、俺は思わず聞き返していた。

 元人間でも、変異後に名前を名乗る程理性を保てるのは稀と言われている。実際、それが変異者と変異獣の線引にもなるほど、この理性の差は大きい。

 変異した生き物の総称を変異体といい、その内、元人間は変異者、元人間以外の動物を変異獣と言う。だが、変異したものを皆が皆、元人間か元獣が判る筈もない。なので、自然と新たなルールが産まれた。それが『名前』の有無と『対話』が成立するかだ。

 これを満たせない者は、元人間だとしても理性が飛び、暴走状態にあるので野生の変異獣と変わらない。

 その点でいえば、今の雄叫びは間違いなく変異者のものだ。一度聞いただけだが、その声は怒りと悲しみがい交ぜとなっていた。それは、獣の放つ威嚇とは全く異なる、ある種の音楽に近い。

 歌を聞く。歌詞は理解出来ずとも、悲しげなメロディだけで人を悲しい感情に変える。

 演奏を聞く。言葉はなくとも、陽気で軽快なリズムだけで人を心を明るく照らす。

 今の雄叫びには、聞く者の心を哀しげにする力があった。

 ヴィヴィは両手で触手を握りしめながら言う。


「ここの実質的リーダーだ。すまんが助けてくれ」

「え?」


 俺は持ち前の柔軟性と視野の広さを持って、背中を見上げた。そこには、必死に触手を抱き締めながら、恥ずかしそうに頬を赤らめるヴィヴィが居た。


「……腰が抜けた」



 ・・・



 ヴィヴィの全身を触手で抱き締め、彼女の案内に従い目的地に到着する。

 そこは、崩れた倉庫の残骸だった。崩落した屋根の代わりに、最低限雨宿りが可能なシートを縫い合わせている。季節を考えれば肌寒いのが普通のところ、ここはどことなく生暖かった。

 ヴィヴィが倉庫の扉に石を投げる。ノックの様な軽い音が鳴ると、奥から一人の女性が現れた。女性は変異しておらず、人間にしては珍しくマスクをしていない。黒髪の美しい女性だが、それ故の怪しさというものがあった。

 俺が訝しんでいると、女性は俺とヴィヴィを見た後に奥の扉の中に戻る。


「リュウゲン様、お客様です」


 と言う声が聞こえた後、短い会話が数度続いた後に女性は帰ってきた。

 彼女は、どうぞと短く告げながら倉庫の奥を示す。俺達は、それに従い歩み始めた。

 倉庫の奥、やや錆び付いた鉄製の扉を開ける。鉄が擦れる、何かを引っ掻くような鋭い高音が鳴り、それが全身に突き刺さる。

 開いた扉の先にあったのは、緑溢れる庭園だった。

 ガラス張りの天井。雪の混ざっていない浄化された噴水。変異する以前の姿を残した植物。

 その中央に居座るのは、見上げるほど巨大な影だった。


「おじゃまー」


 軽いノリのヴィヴィが影に言い、影が目を瞑らざる負えないほどの突風を吹き巻きながら振り返る。

 俺は、その迫力に圧された。

 全身を赤い鱗に覆われ、翼の生えたその姿は、どう見ても竜そのものだ。鱗の隙間から舞う鱗粉は火の粉のように熱気を帯び、近くにいるだけで火傷しかねない程の危険性を孕んでいる。鋭い視線は、銃口を向けられているようなもので、目が合うだけで緊張が走る。

 外見からして、ここまで力強い変異者は初めて見た。とはいえ、身体が動かないという訳ではない。威圧感や緊張から来る圧迫感は、リンオウの方が二段ほど上だった。無論、圧力のあるものの方が強いというつもりはないが、身体が動くだけで気が楽なのは事実だ。

 竜の変異体――リュウゲンは自身の火の粉が周囲を燃やさぬ様に、噴水の水を浴びながら俺達の顔を覗き込む。


「ヴィヴィ、それと新入りか。何用かな?」


 優しげな声色だが、音圧だけで地面を震わす程の力強い声に俺は応える。


「今の雄叫び。妙に悲しげに聴こえて」


 リュウゲンは一息零し、背筋を伸ばすように彼方を見据えた。


「判るか、この悲しみが」


 竜は噴水の水を口に含むと、タバコを蒸す様に蒸気として放出した。肌寒い室温がほのかに温まる。

 その蒸気を見てか、先程の女性が倉庫から歩いてきた。リュウゲンは彼女を見て言う。


「サヤ、戻ってきたところすまないが……ここは任せた。少し出る」

「はい」


 そう言い残し、俺達はリュウゲンに連れられて変異者コロニーの外に出た。

 コロニーは雪が降り積もり凝固して出来た、白い雪山の傍らに有り、俺達は案内のもと山を登る。

 大きく息を吸えば、冷たい空気が肺を満たす。久しぶりの感覚に、僅かながら感動を覚える。無論、酸素とともに取り込まれる雪に目を瞑ること前提ではあるが。

 その間、ヴィヴィはというと俺の触手の生え際を爪でほじくり、スンスンと鼻をならして一息付いている。

 そうこうして、俺達は切り立った雪山の崖に立った。

 開けた視界に映るのは、純白に染まったこの世界。かつての世界なら、北極や南極に匹敵するほど。その景色の中、俺は通ってきたであろう道筋を眺めた。

 遠くに見える雪に埋もれたあの街は、かつて俺が根城にしていた街だろうか。なら、その手前に見える、純白の世界に唯一と言っていい彩りを与える森は、リンオウが統べるコロニーだろう。そして、その近くの雪原を通り越し、岩肌を通った先のあの崩れたダム、あれは俺が落ちた場所だろう。

 俺は、崩壊したダムから流れる川が、コロニーの近くまで通っているのをそれとなく眺める。

 その横で、リュウゲンは顎である一点を指した。


「見よ。あの街を」


 俺は、リュウゲンに促されるまま崖から下を見下ろした。

 一見するとスノードームに近いが、よくよく見てみればエンジンやそれに類する機器が取り付けられていている。その中には、人影が見て取れた。

 雪に包まれた世界に、ぽつんとある人間のコロニー。かつて宇宙から地球を見た飛行士達は、地球の事がどう見えただろう。俺には少し、さみしげに見えた。


「墜落した宇宙船みたいだ」


 俺が言うと、リュウゲンは火の粉を含んだ息を零しながら言う。


「あそこに、私の子供が居る」

「子供が?」


 今の見た目が竜なだけに、子供があのコロニーに居るというのに少し違和感を覚えたが、考えてみれば彼も元は人間だ。子供が人間とて不思議ではない。少し、想像しにくいだけだ。


「あの箱庭で、我が子は生と死を繰り返している。まるで消耗品のように、命が使い捨てられているのが判る」

「生と死を繰り返す……」


 彼の言っている事がよく判らず、呟いていた。

 死者蘇生のようなものかと思ったが、ならば消耗品や使い捨てという言葉が適切とは思えない。蘇生ならば、再利用等と言われそうな気がした。


「あの街はクローンの街だ。だから、命が軽い。労働力は全てクローンで賄われてる。詰まるところ、命を持った歯車ってわけ」


 ヴィヴィが辟易とした表情を浮かべながら言う。

 要するに、彼の子供がクローンとして絶えず利用されているのだろう。それは、確かに嫌な気持ちがした。

 消耗品として扱われるのが知り合いでも、止めに行きたいと思うだろう。それが我が子ともなれば尚更だ。


「私には判る。子供が死んだ瞬間が、子供が産まれた瞬間が、私には判る」

「変異して、感覚が鋭敏になってるんだと」


 リュウゲンの言葉をヴィヴィが補足した。

 彼の感覚は、何となくではあるが理解出来る。実際、俺もそうだ。

 ただ歩くだけで温度、風向きや強さ、湿気、大気を舞う雪の量、音とその鳴った方向くらいなら、肌で感じ取る事が出来る。仮に背後から誰かが忍び寄ってきたとしても、空気の僅かな動きだけで、それが何人なのか、人の形をしているのか、大きさや体重は判断出来る程に。

 こういった感覚を研ぎ澄ませた先ならば、確かにリュウゲンの感覚だけで人の生き死にが判るのは、確かに理解出来る。

 リュウゲンはヴィヴィの補足のもと頷き、続ける。


「私は、彼らを開放したい。奴隷として虐げられるクローン達を、我が子達を解き放したい」


 同情の余地もあるし、考えも理解出来る。俺が同じ立場なら同じ行動を取ると言う確信もある。しかし、二つ返事で返すこともできない。

 ハスキ達のその後が気になるからだ。命を助けられた義理はあるが、彼女達の方が個人的に優先度は高い。加勢するにしても、先に一度ハスキ達と別れた場所を見てから判断したいと言うのが本音だ。

 それに、もしハスキ達が生きているならば、二人は人間のコロニーに居ることも考えられる。何をするにしても、彼女達が巻き込まれるのは御免だ。

 俺は素直に応える。


「良い志しだと思う。ただ、手助けは出来ない」

「同じく」


 見上げるとヴィヴィも頷いていた。

 どうやら、彼女はここのコロニーに永住しているというわけではないらしい。


「君からは力を感じる。敵に回したくはないのだが……、仕方がない」


 リュウゲンは少し項垂れる様にして、数度頷く。

 雄叫びの時から感じていたが、リュウゲンは変異者の中でも高位な存在に思えた。そんな彼に力を感じると言われ、嫌な気はしない。彼が仲間としては勧誘した理由も、敵に回したくないから抱き込みたい、と言う事だろう。

 リュウゲン程の者なら、もしかしたらハスキ達と居た時に出会ったあの変異獣の集団について何かしら情報を持っているかも知れないと思った。


「聴きたいことがあるんだが……」

「何か?」

「変異獣って、テレパシーみたいなのを普通に使えるのか?」

「そんなわけ無い」


 ヴィヴィが即答した。ヴィヴィは雰囲気からして、俺より遥か前に変異しているので、その答えに間違いはないだろう。それに付け加えるように、リュウゲンは言う。


「そういう個体も居るだろう」


 普通は使えない。ただし、変異した内容によってはそういった能力を獲得する者が居るかも、という話だろう。だが、俺が言いたいのは、そういった話ではない。

 あの変異獣の集団の内、俺とテレパシーが出来たのは一体ではなかった。戦闘時の連携といい全員がテレパシーで繋がっていたとしても不思議ではない。


「個体じゃなくて、組織とか」

「組織。それは、群れではなく?」


 認識の確認だろう。あれに群れという認識が正しいとは思えないという旨を共有する。


「そう、組織。あと、人並みの知性がある」


 リュウゲンは少し考え込む様な仕草をし、天井を眺めながら言う。


「変異獣と一括にされていても、元の動物や変異次第で千差万別の個となる。故に、我々の様に元人間という、元々会話等のコミュニケーション能力が有って、やっと対話可能か否かの瀬戸際。人間が変異したとしても、変異後に人並の知性を持つ者は半数もいない。それを踏まえて、変異獣が組織を持つと?」


 彼の発言は最もだ。この世界において、変異した人間と変異していない人間、どちらが多いかと聞かれれば前者なのは明白。しかし、変異者のコロニーを形成しているのを実際に見たのは初めてだ。

 変異者とて、単独行動が自殺行為なのは変わらない。何なら、雪に埋もれながらも変異を恐れずにコロニーを制作することが出来る変異者の方が、コロニーを多く建築していたとしても不思議ではない。

 だが、実際はその逆だ。変異者よりも変異していない人間の方が多くコロニーを所有している。

 これは、変異によって知性を失う者の多さが起因している。脳の変異する際に、知性を喪失するリスクがあり、そもそもコミュニケーションが取れず孤立したり、野生化してしまったり、コロニーを作ろうとすら思い付けない程知能が低下しかねないからだ。

 つまり、変異において知性は維持はするもので獲得するものではない。だからこそ、あの変異獣達は不気味で恐ろしい。奴らにとって変異とは、進化の糧に近いのだろう。

 リュウゲンの問に、俺は断言する。


「それに会った」


 返答を聞き、リュウゲンは少し喉を鳴らしながら、今度はうずくまる様に考え、こちらに向き直る。


「聖天使について知っているか?」

「全く」


 俺が首を降ると、彼は鉤爪で雪を玩びながら説明を始めた。


「聖天使は世界でも稀な変異者の事で、彼女の鱗粉は雪と似た性質を持つ」

「雪を吸うと私らみたいに変異するだろ。聖天使の場合、天使になるんだ」


 天使というのは比喩なのだろうが、何となく言いたい事は理解出来た。昔見たゾンビ映画のゾンビに近いものだろう。映画のゾンビといえば、噛んだ相手をゾンビにする。天使の場合、鱗粉を吸った者を天使にするということらしい。

 空気感染レベルで、種族すら変えてしまう程のある種のウィルス。生態系をまるごと変えうる変異者。世界がこうなる前ならば、耳を疑ったことだろう。


「つまり、自分と同系統に変異させるってこと?」


 リュウゲンは頷きながら続ける。


「故に、可能性として君の言った変異獣の存在も否定出来ない。同系統に変異させれるのなら、テレパシーでの会話を行う種がいる可能性はある」


 あくまで予防線を貼るような言い回しに、少し俺はいぶかしむ。


「可能性って言うのは、信じれないってこと?」


 リュウゲンは唸る様に喉を鳴らし、身を屈める。そして、複雑そうな面持ちで心情と火の粉を吐露した。


「元獣でありながら、その存在を隠し、知性を持つ者達が種族として確立されている。信じれない、以上に信じたくないのが本音だ」


 彼の考えも理解できる。というより、普通の反応だろう。そもそも、あれ程の知性を持ち、今まで姿を隠し続けていたのに、俺の目の前に現れた事自体がおかしい。

 問題は、何故俺の前に現れたのかだろう。


「お前って、意外と臆病なのな」


 ヴィヴィがフンと鼻で笑いながら、リュウゲンに言い捨てた。彼は、その行動を意に返さず続ける。


「考えても見たまえ。電子機器すら希少なこの世界において、テレパシーは最高の通信手段だ。加えて、組織と形容するに適した集団。そして、その事をひた隠しにする知性。何かを狙った、計画的な行動と私は受け取った」


 その計画に関して、俺は思いたある節があった。

 奴らは、ハスキが姫であることを知り、襲撃したと会話の内容から判断して良いだろう。なら、奴らの狙いは異星人の王族ということになる。

 だが、だとしたら違和感がある。奴らが、何故一目でハスキを姫だと判断したのか、という点だ。会話を盗み聞きしたとは思えない、何故ならフィオルトが変異獣の反応を検知することが出来るからだ。フィオルトは、奴らの反応を検知した際に囲まれたと言った。会話を盗み聞きするのに、複数の個体は要らないし、発見されるリスクにしかならない。つまり、何かしら前情報を得ていた可能性が高い。

 情報を横流しした人物について、真っ先にある考えが脳裏を過ぎり、思考を中断した。


「まさか……な」


 俺が呟くと、リュウゲンは自身の頭を指で突きながら言う。


「一応、頭の片隅には入れておこう」


 リュウゲンが俺の発言を信じてくれるかは判らない。ただ、竜ほどの巨大な頭を持つ脳の片隅ならば、サイズ的に問題は無いだろう。

 満足とまでは言わないが、十分な会話に俺は感謝を告げる。


「ありがとう。いい会話が出来た」

「こちらこそ」


 そう言い頷くリュウゲンに、俺は触手を振って応えた。



 ・・・



 リュウゲンと別れて、俺は変異者コロニーから出た。雪の上を歩くのがどことなく気持ちよく思える。変異する以前は、雪を素手――今となっては前足で触れるなんて機会は無かった。

 触れてみれば、雪は細かくサラサラとしていて、なんだか触り心地は良い。もっとも、この感覚は初心から来るもので、そのうちこの感覚に飽き飽きとするであろうことは既に察していた。


「で、何処に向かってるんだ?」


 頭上からヴィヴィの声が聞こえる。彼女が俺の背中から降りる気配はない。まるで、俺の背中の上で永住する勢いだ。

 俺は、ため息を吐きながら応える。


「川の上流」


 俺の考えが正しいのなら、あのダム以降、変異獣の追跡は止んでいる筈だ。

 確認するのは、ハスキが生存しているであろう痕跡と奴らの痕跡。この二つで、今後の行動指針が決まる。


「何か探しものか?」


 ヴィヴィが俺の頭をノックする。

 そう言えば、彼女には別件で気になることがあったのを思い出した。


「……何でまだ乗ってるの?」


 俺が聞くと、ヴィヴィは少し考えてから返答した。


「一人じゃ危ないから」

「二人でも危ないよ」

「じゃ、尚更一人には出来ないね」


 ヴィヴィの違和感はこれだ。

 もし、俺がヴィヴィの立場なら、恐らく俺は静止を選択する。俺が向かっている先は、俺が大怪我をした場所だ。そんなリスクがある場所に、せっかく助けた人を行かせたくない。

 あるいは、静止を聞かないのなら自分だけ帰るか。帰った後にトウカク達に相談するも、知らぬ存ぜぬを通すも良い。

 しかし、ヴィヴィは同行を選んでいる。彼女が危険を知り、同行する性格には思えない。彼女は、リュウゲンとの会話の時、リュウゲンの申し出を断る様な性格だ。赤の他人とは、最低限の付き合いで済ませるタイプなのだろう。つまり、俺と彼女は赤の他人ではないと考えられる。

 聞くなら二人だけの今だと、俺は判断した。


「……ねぇ、本当の事言ってほしいんだけど。もしかして、俺に会ったことある?」

「その質問が出るんだな」


 震える声の返答だった。

 事実上、答えは出ていたが、こういった事は正確に答えを聞くに越したことはない。

 俺は、憚られる気持ちを押し殺して再度問う。


「答えて」


 暫く、沈黙が訪れた。


「……あるよ」


 寂しげな声色に胸が痛む。

 今、俺の記憶の中に残っている、仲間と言える人はハスキとフィオルトしかいない。長い間、この世界を生きてきたのだから、ずっと一人という事は無いはずだ。

 そう言えば、ハスキ達と出会う前にコロニー間の交易を担う仕事をしていた筈だ。当然、コロニーの誰かしらとは面識が有る筈だ。だが、顔も名前も思い出せない。

 もし、俺がハスキ達から忘れ去られたら、俺はどう思うだろうか。想像に難くない。


「その、ごめん」


 ヴィヴィが俺の触手同士の隙間をなぞる。


「何で謝るんだ?」

「今から言うの、黙って受け入れててくれ」


 ヴィヴィが触手を強く握る。それに対し、俺は何となくヴィヴィの身体を触手で包んで返す。

 彼女の身体は僅かに震えていた。

 大丈夫か、という言葉を俺は飲み込む。折角、覚悟を決めた彼女の言葉に、水を差す事が憚られたからだ。


「置いて言って、本当にごめんな。あのときは、まだ変異について知らなかったんだ……。だから、酷いことを言った。本心じゃ無かった……。もう会えないと思ってた」


 彼女の悲しみと後悔が言葉に乗って伝わる。

 過去に何があったのか、詳細は聞かない方が互いのためだろう。興味はある、変異前の自分がどんな性格だったのか、どういう人柄だったのか。だが、好奇心は猫もを殺すと言うことわざがある通り、興味本位で聞いてはいけない気がした。彼女の発言の内容からして、この場合、好奇心で殺されるのは彼女の方な気がした。

 ヴィヴィは鼻を啜ると、言葉を繋げた。


「今までありがとう――。ヤマト」


 瞬間、心臓に高鳴りを覚えた。

 大和という名は、父が好きだった戦艦から取ったという。父はレスキュー隊員で、母は医者だった。人の命を助ける二人のように成りたいと、子供ながらに夢見たのを思い出す。

 この世界に成ってから、人命救助はリスクの方が明らかに大きい。助けた者が変異し襲ってくる。怪我人のフリをした盗賊に狙われる。救助者の為に自分の物資を消費し、得られるものなんて雀の涙だ。

 昔、この世界で人助けなんて馬鹿のすることだ、と言われた。正直、間違いではないと思うし、自分でも人助けをする理由なんて判らなかった。助けを求められると身体が勝手に動いてしまう。反射に近い行動のせいで、何度も痛い目にあった。それでも、何故か懲りたりはしなかったし、後悔も一切しなかった。きっと、これは人命救助を良しとする両親から受け継いだ意志なのだと、今初めて理解した。


「どういたし……まして?」


 本当なら、記憶が戻る切っ掛けを与えてくれた彼女には、ありがとうと返すべきなのだろうか。だが、彼女に関しての記憶は戻らなかった。だから、記憶が戻ったと伝え、期待させたくはない。

 いや、むしろ謝るべきだったのだろうか。彼女は、今までありがとう、といった。感謝の言葉というより、別れの言葉に近い。つまり彼女は理解しているのだ。変異前の俺の人格が死んでしまい、もう会えないことを。その人格を殺したのは、今の俺と言っても過言ではない。俺が産まれなければ、船橋ふなばし大和という人格は死なずに済んだ。

 ヴィヴィがポンポンと頭を撫でながら言う。


「こっちからも質問がある」


 そう言えば、こっちが先に質問したのだと思い出した。断る気は毛頭ない。それが、彼女に対するせめてもの罪滅ぼしだ。


「何でも答えるよ」


 俺がそう告げると、ヴィヴィはそうかそうかと微笑みながら何度も頷き、笑みを崩さずに質問する。


「何で他のメスの匂いがするんだ?」


 ヴィヴィの言葉に、全身の触手が一斉に逆立つ。脳裏に過ぎるのは死と言う単語。全身から、脂汗なのか粘液なのか判らない未知の体液が分泌され、地面に溢れた。

 考えてみれば、獣化した変異者なら残り香で、以前会っていた人が誰なのか判りそうなものだ。

 ヴィヴィの事は信用している。だが、それとこれとは話が違う。ハスキに対し、負の感情を抱いて欲しくはないし、彼女の居ない所で彼女の敵を創るわけにはいかない。なので、俺は思わず首を横に向け。


「……黙秘します」


 とだけ伝えた。

 テセウスが後先考えずに人助けをしてしまう理由

 人の悲鳴が聞こえたり、誰かが危険な状況であるとき、テセウスの身体が勝手に動くのは両親が人命を重んじる性格だったことに由来する。

 父はレスキュー隊員であり、母は医者。

 自分も人を助ける様になりたいと子供心に常日頃から思い描いていたため、両親の事を忘れていてもその意志だけは残っている。

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