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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界1章∶君に捧ぐ生命の讚美歌
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6.魂の萌芽

「リュウゲンか!クソ」


 マスターは、苛立ちながらこの場から去る姿勢を見せる。

 異形兵の様な隠し玉が存在する可能性もある。ここで彼を逃がせば、状況が悪化するのは言うまでもない。


「待て!」


 相手は手負い、万全ではない。致命傷に至らずとも、攻撃を当てさえすれば止めることができる。だが、そう簡単な話ではない。

 マスターを守護する異形兵は、依然として健在なのだ。ウォーマが増援として駆けつけた今でも、戦力的に私達が不利。


「ジャバウォック!バンダースナッチ!ジャブジャブ!薙ぎ払え!!」


 そう言いながら、マスターは部屋の奥にある通路に消えた。

 彼の言葉に呼応し、異形兵が壁と成る。前衛には耐久力に秀でたバンダースナッチ、後衛には高所からの射撃を得意とするジャブジャブを配置した、典型的な陣形。不可視のジャバウォックの居場所が判らない為、不用意に追う事ができない。


「クッ……!」


 憎々しげに弓を握りしめると、私の肩を押し退けるようにしてウォーマが前に立つ。右手には斧、左手に電気銃を携えている。


「僕が前に出る」 


 ウォーマは拡散式の雷撃を乱射し、ジャブジャブを牽制。そのまま、スーツ背面のスラスターを吹かせ、斧を振りかぶりバンダースナッチとの距離を詰める。

 バンダースナッチとジャブジャブは、一旦ウォーマ一人で問題なさそうだ。問題は、機械を通しても索敵できない不可視のジャバウォック。

 ヴィヴィは、鼻を引くつかせながら言う。


「アイツ、何か予備戦力でも有るのか?」


 ヴィヴィの一言で、私とキラーは見交わした。

 マスターは手元に居るクローンは現状、テセウスしか居ないと公言していた。となると、その予備戦力の候補は彼しかいない。


「ハスキさん、追って下さい……」


 キラーは、左手に銃を構える。

 欠損と出血により、キラーは意識を保っているのが奇跡なほど重症。戦える状態ではない。実質的には、ヴィヴィとウォーマが異形兵三体を相手取る構図になるだろう。人数的にも戦力的にも不安が残る。が、それと同時にマスターを討つまたとない機会でもあった。

 隠し玉の詳細は判らないが、それを準備するまではマスターは丸腰。早急にマスターを叩けば終わる。

 私は、意を決して呼吸を整える。


「無理はしないで」


 そう言い残し、私は全力でマスターの後を追う。

 部屋から飛び出す手前、隣から不可視の何かが喉を鳴らす音が響く。直後、二発の弾丸が私を守護した。

 ふり返る事も足を止める事もせず、私は道なりに駆け抜ける。途中、迎撃システムが作動し、壁から銃口を覗かせ閃光を放つ。しかし、おおよそ迎撃システムについて見当の付いている私には脅威にならない。

 射撃前の予備動作、ロックオンまでの時間、タレットの可動域。それらを念頭に、私は光の雨を掻い潜る。

 タレットを破壊する時間を惜しみ、手は出さない。ただ、ひたすら回避に専念しながら直進する。

 私の視線の先でマスターが部屋に飛び込む。それを確認し、私はその部屋に滑り込みながら弓を構えた。


「動くな」


 マスターは私を見るなり、短く舌打ちをした。


「足止めも出来ないのか……」


 マスターを追い詰めた。そう思っていた私の意識は、マスターの背後に向けられた。


「何だ……。その水槽は」


 それは、異様な光景だった。

 壁一つを覆うほどの水槽に、白濁としたゲル状の物質が居た。それは、脳や神経といった器官を持たない生き物のようで、まるで意識が有るかのように水槽をノックしている。

 閉じ込められた子供が壁を叩くように。水槽が震える。

 液体は時に渦を巻き、時に混ざり合い、何かを求めていた。


「これを見るのは初めてなのか。『変異外殻』という。あぁ、私が名付けた訳じゃないよ。随分前に考案されたものさ」

「前?」


 変異という単語からして、考案されたのは退廃後。つまり、約五十年前から現在までの間ということになる。


「世界が荒廃していく中、各国は各々独自の技術を生み出して生存を図ったり、異星人と戦ったりしたんだ。中国は武葬、アメリカは変異促進薬、そして日本がこの変異外殻」


 マスターは水槽を無でる。変異外殻は、ガラスに触れた手を中心に渦を巻く。その光景が、何故か私には気持ち悪く思えた。


「どういった経緯でそんなものを……」


 武葬というのは、初め聞く名詞なので想像の域を出ないが、何らかの武器だと推察できる。変異促進薬は、変異者の身体能力を考えれば、発明しようとする理由も何となく判る。が、変異外殻に関しては実物を見ても何も判らない。名前的に、変異により肉体を鎧にでもするのかと思ったが、それがゲル状のものに出来るとは到底思えない。


「人々を変異させる雪は異星人には効かない。故に、人間と異星人との戦いは、人間は不利なわけだ。つまり、逆に異星人すらも変異させる事が出来る雪を人工的に作れれば、対等に戦えるという訳さ。まぁ、結果として本来の設計とはかけ離れたものが出来たんだが……」


 なるほど、と私は頷いた。

 雪による変異の恐ろしさは、彼ら人間が既に証明している。それが、私達に襲いかかるのだ。しかも、地球の様な環境ではなく、私達は宇宙船という密室。逃げ場はない。


「それが外殻の名を冠する理由は?」


 外殻の名を与えられるにしては、ゲル状というのはいささか軟弱過ぎる。確かに、衝撃を和らげる為のクッション材として、使う事もあるだろう。が、それならば、自立して動いている今の状態の説明が付かない。


「この液体は、クローンを量産する万能細胞と生き物を変異させる雪の二つの性質を持つ。要するに、これに接触した生き物と同化し、変異が始まる」


 つまり、対象と混ざり合い変異する細胞の鎧。

 自身を意図的に変異させ、外付けの細胞をもちいる事により、本来は人間一人で成りえない肉体を獲得する兵器。

 私は、マスターが冷静さを保っている理由を理解する。

 私の狙いすました矢の先に有るのは、マスターと変異外殻。マスターを撃てば、自然とその背後の水槽に矢が届く。


「まさか……」

「この距離からそんな代物を撃てば、間違いなく私は致命傷を受けるだろ。だが、その時はこの水槽も砕け散る。飛び散った私の身体と変異外殻が混ざり合い、第二ラウンド開始だ。それだけは嫌だろ?」


 マスターは、一瞬現れた不気味な笑みをスッと引っ込め、話を続ける。


「取り引きをしよう」

「取り引き?」


 背後の変異外殻をノックしながら、マスターは語る。


「君の恋人を引き渡す。君が変異外殻を使用して、リュウゲンを倒してくれないか?」


 突飛な話に、私は思わず言葉を詰まらせる。

 幾ら何でも、コロニーの水晶壁を破壊出来るほどの変異者を倒せる程の力を得られるとは思えない。だが、マスターの性格上、少なくとも勝算がある様に思える。

 それ程に変異外殻の力は強い、ということなのだろう。なら、わざわざ私に使わせる理由が判らない。

 マスターは変異者を嫌っているが、状況的に背に腹は代えられない。よそ者の私よりも、彼が使った方が確実と言える。


「自分では使わないのかい?」


 私の発言をマスターは鼻で笑う。


いわく付きでね。嫌なら良いよ、彼で使うから」


 マスターがポケットから端末を取り出し、操作する。天井が開き、中から注射器を巨大にした様な風貌の機械が現れる。注射器にはケーブルが繋がれており、その先にはあの変異外殻があった。

 この巨大な機械で体内に注入するらしい。

 機械の真下では、テセウスが眠っている。

 私は、彼がフィオルトに変異している部分を見られる事を嫌ったのを思い出した。きっと彼は、変異することを嫌うだろう。

 それに彼の意思に関わらず、私自身彼が変異する光景は見たくない。

 私は、呼吸を整えて前に進む。


「私が使えば、彼を開放してくれるのか?」


 私の言葉に、マスターはパチンと指を鳴らす。


「勿論。君が変異外殻を取り込めば、彼が取り込む物は無いからね。物理的に不可能と言うやつさ」


 壁一面の変異外殻が一回の使い切り。リュウゲン対策には、その量を使わなければ機能しないということなのだろう。

 マスターは変異外殻が曰く付きと言っていたが、あの量を注がれれば曰く付きでなくとも問題が有る。自我が残るかすら怪しいものだ。

 それを彼に使用させる。そんな事出来るわけが無い。


「……判った」


 私は拳を強く握りしめると、テセウスに近寄る。

 それを見たマスターは、デバイスを片手に距離を保つ。


「テセウス」


 彼は、穏やかな表情を浮かべていた。まるで微笑んでいるかのような、安らかな寝顔。

 思い出すのは、彼との最後の記憶。自分の死を悟りながらも、悲鳴一つ上げることなく笑顔を見せた彼の姿。

 彼――。テセウスは、あの時に死んでしまった。その彼が、今も目の前にいるのは不思議な感覚だ。

 あの後、遺体の一部であるが、この星の文化に習い火葬した。もう彼に頼らないという決意を決めた筈なのに、相対した瞬間に心が揺らぐのは、私が未熟だからだろう。

 彼が、死ぬ覚悟を決めた瞬間、何を思ったのか。今の私に知る由もない。

 何処からとも無く、風の切れる音が聞こえた。彼が最期を迎えた時にも、こんな音がしていた気がする。

 彼はあの時、私に何かを伝えようとしていた。

 その言葉は、確か――


 ハスキ。どうか、君が幸せでありますように――。


 という、私を祝福する言葉であり、彼が私に向けて口にした願望だった。

 私は、再び思考を巡らせる。私にとっての幸せとは何なのだろう。そんな事、一つしか思い付かない。

 彼、テセウスと共に過ごすことこそが、私にとっての幸せだ。それに、彼を失った身である私と同じ思いを、彼にしてほしいと思わない。

 であるならば、私の取る選択は自己犠牲でもテセウスを犠牲にする事でもない。


「お別れは済んだかな?」


 薄ら笑いを浮かべるマスターに、私は弓を構える。背面の水槽を傷つけないように、出力を絞った電撃。一時的に機能を麻痺させれば十分。


「すまない……」

「何を――」


 何をしようとしている。というマスターの言葉半ばで、私は電気を放つ。

 威力を下げたものの、衝撃でマスターは水槽に背を打ち付ける。衝撃により、変異外殻に波紋が広がった。幸い、水槽には傷一つない。

 痙攣し、起き上がる事もままならないマスターに、私は言い放つ。


「死ねない理由を思い出したのでね」


 憎々しげにマスターは私のことを睨み付ける。それを見ながら、私はテセウスの入ったカプセルを撫でる。

 マスターの動機は理解出来なくもない。だが、純粋にテセウスの命や意思をもてあそぶのが許せなかった。

 微かに物音が聞こえ、私は僅かに視線を上げる。

 それは、不気味な光景だった。

 変異外殻の至る所から、大小様々な気泡が生成される。それらは、一斉に爆ぜたかと思えば、無数の眼球に変貌した。そして、その全てが水槽に触れているマスターを注視し、水槽に圧力を掛けるようにへばり付く。

 水槽に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、瞬く隙もなく変異外殻が飛び出す。


「な……!」


 突然の変異外殻の動きに、反応しきれなかったマスターは倒れる。そんな彼を捕食するように、変異外殻は包み込む。

 傷口に、口内に、あるいは皮膚に浸透するように、白濁とした細胞がマスターの体内に流れ込む。肉が膨張し、骨格を歪ませながら、新たな一つの生命体として変異しようとする。


「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 断末魔が響き渡る。

 麻酔無しで、人体が破裂するほどの液体を流し込まれるようなものだ。彼の受けている痛みは想像を絶するものなのだろう。

 背の肉が爆ぜたかと思えば、そこに血管が走り翼膜に変貌する。失った筈の右腕からは複数の筋繊維が露出し、それら一つ一つが細長い腕に成り変わり、四本の右腕が産まれる。


「ま、マスター……?」


 私は思わず後退あとずさる。

 それは、変異体の中でも特異な存在に思えた。

 黒い頭髪を思わせる鬣。右目が一つなのに対し、左目は三つ。巨大な左腕は、私が今まで見た変異獣達が比較にならないほどの筋骨隆々。対し、右腕は細長い腕が四本。獣のような逆関節の足は、見ただけで俊敏さを想起させる。尾には鋸刃のようなヒレとも鱗とも判らない部位がある。

 シルエットだけ見れば、伝説に登場する竜に見えなくもない。だが、余りにも異形過ぎる。

 左腕は獣のように変異しているが、対し右の掌は人間のものと大差ない。それに、鱗に覆われていない腹部や関節の柔肌は、人間の皮膚そのもの。中途半端に、人間の状態を保っている。

 恐らく、マスター当人が本来変異した場合の変異内容と、変異外殻の変異内容が同居しているのだろう。それ故、肥大化した人間の部位のようなものと竜のような姿が混ざっている。

 私は、マスターが変異した際に飛び散った彼の荷物から、デバイスを手に取る。

 今、最優先するべきなのはテセウスの脱出。テセウスは、カプセルごと階層を移動していた。つまり、このまま移動させる事が出来る。

 私達がここに来て、まず最初に受け取ったのがデバイス。許可証や身分証の類は受け取っていない。ということは、説明こそされなかったがデバイスには身分を示す機能があると推察出来る。

 私は、マスターのデバイスをカプセルに接触させる。途端、デバイスの画面が切り替わり、カプセルの操作画面に切り替わる。

 熟読する隙もなく、私は反射運動のように提示されたコマンドから、『緊急』『屋外』『脱出』と選択する。他のコマンドなんて、視界に入っていないに等しく、何が有ったのか既に覚えていない。

 彼の入ったカプセル周辺の床が円形に開き、小型のエレベーターに変形。アームでカプセルを掴むと、そのまま下降して床が閉じた。

 一先ず、これで彼を気にせず立ち回る事が出来る。

 マスターの変異も完了しかかっている。下手に攻撃を仕掛けるよりも、距離を取るのが先決だと判断し、私は数度後ろに跳ぶ。

 その動作を見て、マスターは吐き捨てる様に言う。


「キ様……、ヨクモ…………」


 呂律が狂った調子なのは、変異による影響だろう。

 テセウスは、急激に変異した際に身動きを取ることは出来なかった。だが、今のマスターにそんな期待は持てない。

 感じるのは刺すような敵意と悪寒、不気味さ。今まで出会った変異体のどれとも異なる異質な存在だと、否が応でも理解する。

 体躯からして、身体能力は異形兵を超えていても不思議ではない。加えて、会話が出来る時点で知性も残している。


「ブッ潰ス……!」


 変異が完了すると同時に、マスターは全ての右腕で床に散らばった硝子片を掴み取り、その鞭のように長い腕を活かして投擲の予備動作に入る。

 避け切る姿が想像できず、私は咄嗟に天井から飛び出している機械を射抜き、遮蔽として利用する。マスターが突っ込んできた際に落し、攻撃として転用する予定だったが、背に腹は代えられない。

 機械の落下により、マスターと私の間に瓦礫の山が形成。フィールドが変化した為、私とマスターは互いに様子見に入る。

 私の目標は、この場からの撤退。テセウスの居ないここに長居するつもりはない。

 退路は私の後方。だが、一本道であり直線で遮蔽もない。マスターの能力を調べた上で撤退しなければ、逃走中に攻撃された際の対応ができない。

 私が取れる選択肢は二つ。

 一つ目は、マスターの手の内をある程度把握した上での撤退。彼の手札を晒せば撤退時の回避行動も容易になり、ヴィヴィやウォーマに情報の伝達も可能。

 二つ目は、盾となる物を入手して即時撤退。本物の盾でなくとも、隔壁の封鎖等で遮蔽を生み出せば、一本道の通路でも撤退出来るし、能力不明のマスターと付き合わなくて良い。

 マスターが遮蔽を回り込む様に、ゆったりとした足取で歩み寄ろうとする。変異しても、狡猾さは健在だ。

 反射的に、私が遮蔽を意識して移動しようものなら、マスターと私の位置が入れ替わり、撤退が不可能となる。要するに、今ここで決着するか、引くかの二択。

 即断即決。私は、マスターの行動を見るなり踵を返して走り出す。そして、マスターのデバイスを操作し、通路の隔壁を複数起動させ封鎖する。

 背後から鉄が爆ぜる音が響き渡り、私はヴィヴィ達の元に転がり込んだ。

 自体を察知してか異形兵達は戦闘の手を止め、私の背後の通路目掛けて威嚇する。


「何があった?」


 ウォーマの問いに、私は額から滴る汗を拭いながら応える。


「マスターが変異外殻とやらを使った」


 最後の隔壁が破壊され、鉄塊となった残骸が私達の目の前に打ち捨てられる。

 隔壁が物理的に破壊されたことを知らせる赤いランプに照らされる中、悠々とした足取でこちらに近づく影があった。

 それを見た瞬間、ヴィヴィは全身の毛を逆立てる。


「何だコイツ……。スゲェ不気味だ」


 ヴィヴィの言葉に私は共感する。

 とはいえ、彼女は変異者なのだから、私よりも気配から読み取れる情報は多いのだろう。

 だとすれば、ある可能性が浮上する。


「これ程の気配なら、リュウゲンとやらに対応してもらえないのか?」


 コロニーの水晶壁を破壊した変異者が、マスターの存在に気が付く可能性。

 あの変異者ならば、幾ら外付けによって強化された者であっても対応出来る筈だ。

 あの個体は、本来一体の生命体が持てる戦闘力を逸脱していた。変異したマスターの実力は未知数でではあるが、水晶壁を破戒出来るほどの実力があるとは到底思えない。まして、あの威力を耐えれる生き物なんて居ないはずだ。

 そう考えを巡らせていたが、ヴィヴィは首をふる。


「リュウゲンは、ここには来ない……」

「え?」


 ヴィヴィは、憎々しげに街に視線を落としながら言う。


「リュウゲンがこの戦いに参戦すると、このコロニー内は火の海に成っちまう。だから、私の仲間が足止めをしてる」


 変異者達も一枚岩ではないらしい。

 確かに、リュウゲンがその気になればコロニーを瞬時に殲滅出来る。が、住民や囚われている仲間は助からない。人によっては、それを良しとしない者も居るだろう。

 考え込んでいる私を背に庇う様にしながら、ウォーマが続ける。


「それに、異形兵の反応もおかしい」


 先程まで、ヴィヴィやウォーマと戦闘していた筈の三体は、身体を反転させマスターを威嚇していた。


「何で、臨戦態勢に……」


 私の疑問に対し、ヴィヴィが直に答えを出す。


「生体反応って言えばいいのか?気配が全然違うんだ」

「マスターの生体反応が、何かに塗りつぶされている」


 混戦を懸念し、私達は少しずつ距離を開ける。

 状況は三つ巴に近い。下手に仕掛けて、マスターと異形兵の双方から仕掛けられるのだけは避けなければ成らない。

 私達が下がるのと入れ違いに、バンダースナッチが雄叫びを上げて突撃の姿勢を見せる。


「ヴォォォ!!」

「仕掛ける気だ!」


 ヴィヴィが興奮気味にそう叫んだ。

 変異体の身体能力は、パワードスーツに匹敵する者も居る。肉弾戦に優れたバンダースナッチは、間違いなくその部類。マスターを倒せても不思議はない。だが、何故かバンダースナッチが勝つ姿を想像できない。

 突進の勢いそのまま、研ぎ澄まされた鋭利な爪が地面を削り取る様な軌道で斬り上げる。

 マスターの首筋に深々とバンダースナッチの爪が刺さる。マスターの肉体を切り裂く事が叶わず、抜くことも出来ないのか、バンダースナッチの動きが止まる。


「邪魔ヲ……スルナ!!」


 叫び声と同時に、マスターが左腕を叩きつける。瞬間、部屋全体が激しく揺れ、床が弾むような錯覚すら覚える。

 一撃により、バンダースナッチの身体がひしゃげる。今の衝撃を一身に受けても尚、異形の兵士は生きていた。だが、勝敗は決した。

 口と鼻から、滝のように流血しながらも立ち上がろうとするバンダースナッチ。それが、姿勢を整える間もなく追撃の殴打が連なる。

 四度目の衝撃にて、バンダースナッチは血肉を撒き散らした動かぬ皮袋と化して絶命した。


「あの化け物を、簡単に……」


 キラーが怯えながら首を左右に揺らす。現実を受け止める事を無意識に否定するための反応だろう。

 私も、キラーも、ヴィヴィも、異形兵には防戦一方だった。それを数度の殴打にて葬る戦闘力。現実離れにも程がある。

 異常なのは、異形兵を叩き潰した筋力だけではない。ついさっき、バンダースナッチによって傷付いた筈の首筋は、既に完治していた。損傷してから、まだ数十秒と経っていない。

 ジャブジャブ程の超速再生とまでは言わないが、人知を超えた速度の自己再生。それも、ジャブジャブのように撃てば傷付くような相手ならまだ良い。だが、肉弾戦に秀でた変異体の攻撃を容易く受け切る耐久力の持ち主が獲得しているのだから、話は別だ。

 私達の攻撃でマスターにダメージを負わせることは出来たとしても、即死させることは出来ない。つまり、マスターの再生速度を上回る速度で攻撃し続ける必要がある。

 問題はエネルギー。マスターの体力を削り切るか、私達のエネルギーが尽きるのが先か。このコロニーに技術提供したウォーマなら、部屋からエネルギーを徴収することも出来るだろう。しかし、それが戦闘中に出来るとは到底思えない。

 私達が様子を伺っていると、突然マスターの呼吸が荒ぶる。その具合は、興奮という錯乱に近い。


「ボ、ボボ、僕ハ……!違ウ、私ハ!!」


 頭を抑え、全身を所構わず打ち付けるマスターの奇行に、嫌な推理が頭に浮かぶ。

 ヴィヴィとウォーマの話では、マスターの生体反応が変化している様な発言をしていた。時間経過により、マスターの精神状態が不安定に成っているのだとしたら、住民だろうと変異者だろうと関係なく襲いかねない。

 同様のことを思ったのか、ヴィヴィが呼吸を整える。


「これ、流石に外には出せないな」


 彼女の言葉に、ウォーマは問う。


「やる気か?」

「やるしか無いだろ」


 今のマスターは、仲間であった筈の異形兵を殺すほど荒々しい。外に出てしまえば、コロニー内が地獄になる。それを避けるには、今ここで抑える他ない。


「なら、前衛は僕が」


 ウォーマが一歩前に進む。その足音に反応し、マスターがこちらを向いた。視線が交差するだけで息が詰まる。

 だが、怖気づく訳にはいかない。恐怖は伝播するもので、私達は四人。内一名は、本来戦闘参加が出来ないほどの重傷患者。動ける私がくじけていい状況ではない。

 マスターが身体をかがめ、跳躍の姿勢を見せる。それを予備動作中に潰す狙いでウォーマが光線を放つ。

 狙いは左腕。複数ある右腕よりも、一本しかない左腕を潰したほうが良いと判断したのだろう。閃光がマスターの左腕肘に突き刺さり、紅く光を帯びる。

 私は驚愕した。

 鋼鉄を焼き切る貫通力を持つ光線がマスターに対し、ミミズ腫れ程度の傷しか与えることが出来ない。これでは、再生速度を上回る以前の問題だ。

 攻撃を耐えたマスターが床を蹴る。数多の右腕を不気味に掲げ、まるで虫でも潰す様に指先を広げる。が、それが振り下ろされることはなかった。

 マスターの身体が突如吹き飛ばされ、身体を壁に打ち付ける。直後、聞き覚えのある喉を鳴らす音が聞こえた。


「ジャバウォック、ナイス!」

 

 ヴィヴィの一言で理解する。

 マスターの意識が私達に向いた時を見計らい、突進かなにかで奇襲を仕掛けたのだ。

 マスターが身体を蹌踉よろめかせる。何が起きたか整理する間も与えず、ヴィヴィが跳ねる。


「んじゃ、私もっと!!」


 ヴィヴィは地を蹴り、壁を弾み、一人でマスターの意識を撹乱する。そして、マスターの反射速度を越え、動きに追いつけなくなった瞬間、その右腕の一つを切り落とした。

 距離を取るべくマスターが翼を広げる。いち早く反応したジャブジャブが棘を射出、その一つ一つがマスターに突き刺さり、翼膜を引き裂く。

 物理的な攻撃ならば問題なく通る様だ。だが、状況は依然として厳しい。翼膜の傷は塞がり、右腕は新たに生え始めている。

 マスターが痛みに悶えながら息を鋭く吸う。初めて見る動作に私達が身構えるなか、ウォーマが声を発する。


「高熱源反応?!ブレス警戒!!」


 ウォーマの警告により、各々が遮蔽に隠れる。しかし、負傷していたキラーは退避に一歩遅れる。その瞬間を、マスターは見逃さなかった。

 息を吸い、溜めに溜めたブレス。その照準を定める様に、仄かに光を帯びた口内をキラーに向ける。

 自分が標的であると理解したキラーだったが、バンダースナッチの死体から溢れる血に足を取られ、走る勢いそのまま側頭部を打ち付けながら横転する。


「あ……」


 死を悟る彼女の言葉に吸い寄せられる様に、私の身体は動いていた。


「キラー伏せて!!」


 私の言葉に反応し、キラーは頭を抱えて身を丸める。

 私は、キラーが倒れた血を利用して床を滑り、彼女の所に辿り着く。バンダースナッチの死体の下に弓を突き刺し、背負い投げの要領で持ち上げると、死体の下にキラーごと私の身体を押し込む。

 直後、炎の音が辺りから響き渡る。空気を燃やす様な音を立てる炎。それに反し、私達は無事だった。

 バンダースナッチは熱に耐性を持っている。その事を思い出せなければ、流石に不味かった。


「あ、ありがとうございます……。頭いいんですね」

「これで貸し借りは無し。良いね」


 キラーは頷いた後、思案するような表情を浮かべて言う。


「あの、もしかしてこの異形兵達って……、この戦いに役立つんじゃ……」


 同感だった。

 元々、異形兵三体はリュウゲン対策に作られたとマスター自身が口にしていた。何の因果か、それがそのままマスターに適用されている。

 恐らくマスターが変異して得た特性が、リュウゲンと同系統のものとなったのだろう。そして、その特性に対して異形兵が抑止力となっている。


「そう思う。これ以上異形兵を倒されるのは危険だ」

「この子みたいに、遺体の一部を利用は出来ないんですか……?」


 キラーがバンダースナッチの毛皮をなぞりながら口にしたので、私は自分の考えを伝える。


「多分、各々の役割が違う。この個体は、炎を耐える前衛。あるいは、マスター用の生きた遮蔽。ジャブジャブは、相手が空中に飛ぶのを絶えず上から牽制する役割。つまり、制空権確保が仕事。で、ジャバウォックは隠密からの奇襲。高い攻撃性能で仕留める暗殺者。バンダースナッチは毛皮でも遮蔽に成れるけど、他の二体は生きていないと意味がない」


 生命線となるのはジャブジャブ。

 今、マスターが飛び立てば撃ち落とせる手段があるのか判らない。それに、窓も砕けている以上、屋外に離脱される可能性も考慮しなければならない。それを一体でカバー出来ているのがジャブジャブだ。

 ジャバウォックに関しては、初手の奇襲のこともありで尾による牽制が止まらない。警戒されているが、上手く取り付かせる事に成功すれば活躍はするだろう。フィオルトの腕をスーツごと捩じ切る一歩手前の怪力なのだから、通用しないとは思えない。

 私は、バンダースナッチの屍から這い出ると、呼吸を整え弓を構える。放つのは電撃。狙いは尾。

 ジャバウォックが接近戦に持ち込む溜めに、尾を感電させる事で機能を麻痺させる。

 私はテセウスを真似るように息を鋭く吸う。


「スゥ……」


 自然と姿勢が安定し、僅かな震えも止まる。

 私は透明なためどこに居るか判らないジャバウォックに誤射しない事を祈りながら雷撃を放つ。

 稲妻は一直線に進むと、不可視の何かをチリリと撫で上げ、マスターの尾に直撃する。雷によりマスターの尾は黒く変色し、小刻みに痙攣する。


「アァァァァッッ!!」


 紛れもない人の悲鳴に、私は唇を噛みしめる。元とはいえ初めて人間を撃った感覚。それが、悲鳴を通じて全身を駆ける。だが、目的は果たした。

 尾の牽制が機能停止した瞬間、マスターの腹部に紅い爪傷が刻まれる。間髪入れず、下顎を粉砕。瞬く間も与えず、右目を潰す。

 刹那の内に連なる爪、牙、尾による怒涛の攻撃。中には、致命傷と呼べるものも存在する。が、マスターは倒れない。それどころか、敢えて受けているようにすら見える。

 一瞬遅れて、私はマスターの意図を理解する。

 何も無かった空間が紅く染まり、そこに見えるのは巨大な爬虫類に似た影。ジャバウォックの姿が、返り血により目視できる様に成っていた。

 私は、床からジャブジャブの棘を抜き取り、矢の代わりに用いて弓を構える。

 狙うのは左目。返り血を利用し、肉眼で捉える事が出来る様にしたということは、彼の五感の内で最も秀でているのは視覚な筈。

 とはいえ、三つある左目を同時に貫く事は出来ない。電撃にして一網打尽にするという手もあったが、それで近距離戦に挑んでいるジャバウォックも感電しかねない。それに、実弾ならば自己再生したとしても、物がそのまま残るのだから、引き抜くまで視界の一つは完治しない。

 呼吸を整え棘を放つ。が、私の攻撃を予測していたのか、マスターは左腕でそれを掴み取り、ジャバウォックの胸に深々と突き刺した。

 思わず後退るジャバウォックの首を掴むと、マスターは息を吸い込む。そして、ジャバウォックの首にかじり付き、密着状態からブレスを放つ。

 マスターの牙が、ジャバウォックの気道に到達していたのか、ジャバウォックの口や鼻から出血とともに炎が噴き出る。

 仲間を救出するためか、ジャブジャブが急降下する。キラーを負傷させた時と同じ攻撃。超高速の体当たりを、マスターはジャバウォックから口を離し、棍棒のようにジャバウォックを振り下ろしてはたき落とす。

 衝撃によりジャバウォックの首は千切れ、ジャブジャブは全身の血肉を露出させて沈黙した。私が一体たりとも倒せなかった怪物の力を持ってしても刃が立たない。実力差は、決定的なものだった。


「異形兵が………」


 全滅。という言葉を、ヴィヴィは固唾と共に飲み込む。

 恐怖のせいか、私の身体は震えていた。

 マスターは、その隙を見逃さなかった。握りしめたジャバウォックの頭部を、空気を裂く勢いで私目掛けて投擲する。

 私は、咄嗟に横に飛び退き回避する。が、投げられたジャバウォックの軌道が急変し、突如落下して地面に叩きつけられる。飛び散った血と脳片が視界を覆い、私に降り掛かる。それらが視界から消えた瞬間、目の前にマスターが居た。

 ジャバウォックとバンダースナッチを仕留めた、必殺の間合い。彼らは、一撃なら辛うじて耐えることが出来た。だが、私は別だ。一発でもあたれば即死。


「助け……」


 口にした直後、そんなもの来ないということを悟り、私は口を止めて倒れ込む。

 マスターの鉤爪が私の目の前を掠めた。狙って回避したわけではない。偶然、ジャバウォックの血で足が滑っただけだ。

 マスターが上体を起こす。ブレスの予備動作。

 キラーが時のようにバンダースナッチの遺体は近くにない。倒れた状態では回避も出来ない。私は、せめてもの抵抗として身構える事しか出来なかった。

 瞬間、紅い閃光が一閃した。

 肌に感じる熱波から、水晶壁を破戒した一撃を思い出す。規模こそ抑えられているものの同一個体が放った一撃だと理解出来る。

 私は、構えたまま停止したマスターを見る。その脇腹には、左右を繋ぐ様に焦げた風穴が開き、煙を立てていた。


「オ、オォォォ……!!」


 マスターが後退る。それに合わせ、私は起き上がり距離を取る。

 脇腹からおびただしい量の血を垂れ流し、尚もマスターは倒れる事を拒む。とはいえ、傷の治りが他のものより格段に遅い。


「援護射撃か?アイツ、えぐぅ……」


 ヴィヴィが壁の方を見てそ呟いた。見てみれば何かの爪を矢尻にした矢が突き刺さっている。それは、マスターの身動みじろぎと共に床に落下した。

 私はヴィヴィに目配せをすると、ヴィヴィは矢を回収するために駆ける。回収を悟られない様に、私は弓をマスターに向けて構えた。

 マスターは脇腹を右手で抑えながら口を開く。


「ナルホド……」


 マスターの脇腹の傷は、完全にではないが塞がっていた。他の傷と異なり、傷跡が残っている辺りあの矢が有効と見て間違いはなさそうだ。

 マスターが右腕を振り払う。それに合わせ、私は後ろに跳びながら床に突き刺さった棘を手に取り、矢として放つ。矢によりダメージを与えることは出来るが、通常の攻撃では直ぐに完治してしまう。

 光線銃は通用せず、電撃も一時凌ぎがやっと。


「取った!」


 そう言いながら、ヴィヴィは矢を手に持ちふる。その矢尻は、僅かに赤みを帯びて光っていた。

 ヴィヴィが狙いを定め、矢を投擲する。矢は赤い軌跡をくるくると描きながら、私の手中に収まった。

 鋭利な赤い爪を矢じりに添えた、俗に言う魔弾。

 私の握りしめた矢を見たリュウゲンは言う。


「マサカ、リュウゲン……」


 言い終えるより早く、私は矢をつがえ息を鋭く吸う。そして、リュウゲンが迎撃の姿勢に移るよりも早く、引き絞った矢を射出した。

 元々、身体能力が高いわけでもない私の放った矢は、熱を帯びた紅い鱗粉を放ちながらマスターの胸を穿く。

 胸の風穴を抑え、吐血しながらもマスターは倒れることを拒む。

 急所を外した事を悟る私に向け、マスターは残った力を振り絞るように、左腕を振り上げる。


「コノ程度デ、私ヲ止メラレルト――」

「――マス……ター?」


 不意に、意識の外から女性の声が聞こえた。ヴィヴィのものでも、キラーのものでもない。何処かで聞いた気がするが、緊張のせいか思考が凝り固まり、思い出せない。

 気が付くと、マスターの動きが停止していた。それどころか顔を声の方向に向け、私のことなんて頭の片隅にすら入っていない様に見える。

 マスターの様子を確認した後、私も遅れて声の方向を向く。真っ先に目に映ったのは、私に使える騎士フィオルトだった。私は、ぐっと緊張感がほぐれたのを自覚し、彼に駆け寄る。彼も私に気が付いた様で、マスターを警戒しながら歩み寄ってくる。


「ご無事でしたか?」

「フィオルト、今まで何処に」

「申し訳ございません。外の騒ぎで彼女を連れてくるのに時間が掛かりました」


 フィオルトが自身の背後を指し示す。

 そこに居たのは、このコロニーに来る前に出会った黒髪の女性だった。改めて見て確信する。彼女がマスターの部屋に飾られていた女性だと。

 その事を理解し、私は再度マスターを見る。呆気にとられているのか、動揺ているのか、彼は静かに立ち尽くしていた。

 客観的に辺りを見ていたからだろう。私は、すぐ側からカリカリという、鋭利な何かが地面を削るような音を確かに聞いた。

 チラリと視線を音に向ける。それは、残る力を振り絞り、狙いを定めようとするジャブジャブの姿だった。

 私は絶句する。ジャブジャブの容態は、殆ど死体と形容する他ない程の欠損具合。例えるなら、何かに轢かれた上で獣に食い荒らされた様な姿。そのため、私はてっきりジャブジャブが死んだものとばかり思っていた。だが、少しずつではあるものの傷が治りつつある。

 ジャブジャブの視線の先にいるのは、マスターとその近くに居る女性。ジャブジャブの棘の殺傷能力は言うまでもない。


「避けて!」


 私は、思わず声を張り上げていた。

 私の警告に、マスターは振り返り事態を察知する。

 瞬間、マスターは女性の方に向き替えると、掴みかかる様に手を伸ばし、彼女の事を突き飛ばした。

 放たれた棘は、天井を掠める様な放物線を描きながらマスターの身体に突き刺さり、はりつけの様に床と彼の身体を縫い付ける。

 狙いが逸れたのか、あるいは計算してか、棘の数本が天井を射抜く。そして、その天井が音を立てて崩落した。

 瓦礫の雨が降る刹那、マスターが口にしたのは、


「サヤ……」


 という、彼女の名前だった。

 何故、最期に彼女の名を呼んだのかは判らない。ただ、一つ思い出される記憶がある。それは、テセウスの最期。私の名前を口にしたあの光景だった。

 圧倒的な質量によって押し潰されたマスターに、彼女――サヤは歩み寄る。


「どうして……私を庇ったの?」


 返事はない。

 彼は、物言わぬ屍と化していた。

 私達との戦闘により回復力を使い切っていたのか、あるいは紅い矢による狙撃が効いていたのか、はたまた瓦礫の当たりどころが悪かったのかは判らない。ただ、彼は私達が思うよりも呆気なく、その生涯を終えた。

 その光景を眺めた後、フィオルトは念の為にとジャブジャブの頭部を焼き払う。ジャブジャブの生存能力は凄まじく、脳が焼かれても高い治癒能力により再生の手を止めない。それを見てフィオルトは、心臓と思しき部位を貫いた。途端、ジャブジャブの動きは完全に停止する。

 脳と心臓を同時に破壊する必要があったのか、心臓だけでも自己再生を行使出来るのかまでは判らない。ただ、急に動き出す事はもう無いだろう。

 それを後目に、ヴィヴィがサヤに問い掛ける。


「サヤさん。何で、コイツがマスターだって解ったんだ?見た目結構変わってるんだけど」


 その疑問は当然のものだった。マスターは変異前と後で姿どころか生体反応まで変わっていた。要するに、同一人物だと見抜けるすべが無い。だが、彼女は一目で彼がマスターだと理解していた。

 サヤは、悩む様な仕草をしながら答える。


「彼を見たとき、最初に浮かんだ名前がマスターだったから」


 どうやら答え難そうな反応を示したのは、理屈で見抜いた訳ではないかららしい。キラーの時もそうだったが、人間には私達が持ち合わせない感性がある様だ。

 サヤは、マスターの亡骸に寄り添いながら、ヴィヴィの方を向く。


「ヴィヴィ、仕事は?」


 その一言にヴィヴィは耳と尻尾、それと背筋を一瞬ピンと直立させる。


「そうだった、そうだった」


 そう言いながら、ヴィヴィはコア周辺や機械に爆弾を仕掛けて回る。ヴィヴィの仕事を知っているということは、サヤという女性はヴィヴィの身内なのだろう。


「知り合いなのかい?」


 私は、それとなく辺りを見渡しながら訪ねた。

 戦闘も終わり、気が抜けたのかキラーは床にへたり込んで居る。そんな彼女の容態をウォーマは確認し、処置を始める。元々、そちらの分野に知識があるらしく、ウォーマは私より数段手際が良い。

 フィオルトはジャブジャブの事も有り、周囲の警戒や逃走経路の確認のため、辺りを練り歩きながら見渡している。

 私動揺、サヤもそんな景色を眺めながら問いに答える。


「同じコロニーに住んでいますからね」

「ここ以外にもあるのか……」


 私達が見つけたのはこのコロニーだけだった。そのため、他のコロニーの存在は知らない。が、改めて考えてみれば、コロニーの侵略という作戦を立て、実行に移せる野良の集団が居るというより、変異者達が暮らす他のコロニーが有るという方が現実味がある。


「こういった、コロニーに入れなかった人が集まる場所です。言ってしまえば、今回の襲撃を企てた変異者達の」


 私は、このコロニーが変異において厳重であることを思い出した。確かに、このコロニーに訪れたは良いが、立ち入りが禁止されるケースは多いだろう。実際、私達も取り引きをしなければ、立ち入ることは出来なかったのだから。

 サヤは、私の身体をじっと見つめながら言う。


「巻き込んでしまったみたいですね」


 私は理解した。サヤと初めて出会った際の会話の後、フィオルトが彼女が嘘を付いていると言っていた。彼女は、ここが攻め込まれる事を知っていたのだから、ここに案内出来る筈も無い。


「だから、この辺りにコロニーが無いと……」


 となると、別の問題も浮上する。何故、変異者達のコロニーに案内出来なかったのか。

 ヴィヴィやサヤの姿からして、物資不足だとかそういった環境ではない様に思える。確かに、住民が増える事で食料等の消費は増すが、フィオルトのような一目で労働力になりそうな者も居るのだから、特に拒否する理由も思い浮かばない。

 私は、少し考えた後に直接聞くことにした。


「ちなみに、何で君達のコロニーの事を隠したんだい?」


 すると、サヤは天井を見上げながら記憶を探る。何日も前ということも有り、すんなり答えが出てこない様子だ。


「えっと、確か……。変異体は嫌いって言ってたので、呼んでショック状態に成られても……と判断した様な記憶です。すみません、曖昧で」


 その時の私自身の状態を思い出し、私は頬を掻く。

 そう言えば、あの時の会話は変異体に襲われた後にしたもので、私は意気消沈としていた。そんな相手に、変異者のコロニーを紹介したくない理由は何となく判る。

 記憶が朧気だが、変異体に会いたくないようなことを公言した様な気がする。これに関しては、私の落ち度だろう。

 そんな会話をしていると、誰かが一息付くような呼吸音がした。その直後、呼吸の主は一仕事終えた後様に軽快な足取でこちらに近寄ろうとした。が、キュッと言う何かが滑る音と床に倒れ込む音が立て続けになる。


「……あ」


 短い悲鳴が聴こえ、私は音の主――ヴィヴィを見る。その後、続くように何処からともなく機械のピッピッという警戒音がなり始めた。

 その音にヴィヴィは耳を動かすと、あたふたしながら自身の身体をまさぐる。

 そんな彼女に、私は問い掛ける。


「ヴィヴィ、この音に心当たりは?」


 警戒音は次第に間隔が短く成っていく。

 音の意図を察したフィオルトは、私の傍らで周囲を警戒し、ウォーマはキラーとサヤを担ぎ上げる。大方、ウォーマはなんの音か察しが付いているのだろう。

 ヴィヴィは、スッとポケットから黒い端末を取り出した。ジャンク品を繋ぎ合せた様な代物だが、品質はさて置き性能には問題がなさそうに見える。問題は、その機能。


「その……滑ってコケたらさ、ポケットに入ってたリモコンのスイッチ……押しちまったみたい……爆弾の。すまん」


 警戒音が一つの長い音に聞こえるほど加速する。その最中、私は思わず叫んだ。


「すまんじゃないって!!」


 爆発音と共に足場が左右に揺れる。その場に留まる事を許さず、踏ん張りが効かない。

 いち早く反応したウォーマは、二人を背負ったまま砕けた窓から飛び出し、それを手本にフィオルトは私を抱くと続いた。ジャンプの瞬間に合せ、スラスターを数度起動させて近くの建物に飛び乗る。

 ウォーマにもフィオルトにも保護されなかったヴィヴィの事を思い出し、崩れゆく管理塔の方を振り向く。私の心配を他所に、彼女は軽く跳躍して近くの建物に飛び込んでいた。

 瓦礫も降り止み、施設も残骸と化した。

 土煙にむせながら、私はフィオルトの腕から出る。


「ご無事ですか?」

「何とか……」


 幸い、怪我も無ければ装備も無事だ。

 管理塔が破壊された影響が、既に一部の戦闘は停止している。少なくとも、ヴィヴィの言う変異者の目的は果たされた。このまま争いが終わるのも時間の問題だろう。

 異形兵から変異したマスターと連戦の影響か、どっと疲れが押し寄せる。とはいえ、今から休むつもりはない。私には、まだにやることがある


「この音は」


 冷静に耳を澄ませて見れば、それが救難信号を発する音だと判った。音が何処から鳴っているのか、予想は既に出来ている。


「姫様、少しお耳に入れたいことが」


 私は、フィオルトを手で制して辺りを確認する。


「すまないが後にしてくれ」


 視界は瓦礫一色ではあるが、私は音とマスターのデバイスに表示されているマップを頼りに、私はそれを見つける。


「居た……」


 彼、テセウスの入ったカプセル。

 マスターとの戦いに巻き込まれない為、施設外に脱出させたのだが、幸いあの爆発に巻き込まれる事無く助かった様だ。

 瓦礫の山を登攀し、彼に駆け寄る。

 変異の予兆すらない、純粋な彼がそこには居た。

 私は、デバイスを操作してカプセルを開く。そして、彼に上着を被せると、その身体を揺さぶった。

 寝ぼけ眼だが、彼は意識を取り戻す。ゆっくりを上体を持ち上げた後、首を傾げながら私の顔を見つめながら口を開く。


「ハスキ?あれ、俺死んだんじゃ……」


 彼が寝ぼけて見えるのは、意識がハッキリしないというよりも、自分が死んだ記憶がある影響で、現実が上手く把握出来ていないからの様だ。


「その事については、後で話すよ」


 私が微笑んで返すと、彼は少し驚いた様な表情を浮かべて、私の頬を撫でる。


「泣いてるの?」


 彼の指先の軌跡を辿れば、確かに私の頬は濡れていた。涙を流したことすら、自覚がなかったらしい。こんな事は初めてだった。

 私は内心驚いていたが、それを表に出す事無く一息つき、本題に入った。


「改めて、君に伝えたい事がある」


 彼が妙にかしこまった表情を浮かべたので、私は笑いを堪える為に軽く咳払いをし、言葉を紡ぐ。


「君のことが好きだ。何があっても手放さないと誓う。だから、私と一緒になってくれないかい?」


 一度、彼には告げたはずの言葉だったが、改めて口にすると少し恥ずかしい気持ちになる。以前なら、声に出したとしても気持ちまで高揚はしなかった。

 この感情の変化は、恐らく私が人間に近付いているからだろう。

 私が手を差しだすと、彼はその手をまじまじと見つめる。土埃や擦り傷だらけで、汚れてしまったその手を見て、彼はクスリと笑う。


「喜んで」


 差し出した私の手を、彼は笑顔で掴む。

 周囲は紅く染まっていた。

 辺りは戦火に包まれ、火の粉が祝福の花吹雪のように舞う。

 炎に照らされる中、私は彼に好意を告げると同時に、何があろうとも彼を手放さない事を誓った。


 第1章――君に捧ぐ生命の讚美歌――終幕



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