5.異形なる者達
変異者がコロニー内に既に侵入しているらしく、何処からか銃声が聞え、住民はそれに怯えながら避難する。
私達は、そんな人の流れに対して逆行するように、人の波を掻き分けて管理塔に赴いた。
「失礼する」
そう告げ、受付を無視してエレベーターに乗り込むと、マスターの居た階に移動する。壁や天井越しに、何か小動物のようなものが駆ける音が響く。既に変異者が侵入しているらしく、ここも安全とは言えない様だ。
エレベーターが電子音と共に開く。私は、完全にドアが開き切る前に身体を滑り込ませる様に通ると、駆け足でマスターの部屋に入る。
私は、部屋の入り口で一瞬足を止めた。薬品の匂いに混じり、血の鉄臭さや植物の青臭さが鼻を抜けた。
以前、訪れた時にはマスターに目が行って気が付かなかったが、奥にもまだ部屋があるようで、扉が半開きになっている。
壁の隅に配置されたスピーカーが、チリチリと音を鳴らした後に声を発する。
「こんな緊急事態に……どうしたんだい?」
スピーカーから聞こえたのは、マスターの声だった。
ここに本人が居ないということは、何処かに避難しているのだと理解していた。
私は、要件を手短に伝える。
「テセウスを保護しに」
「あぁ、彼か。彼ならちょっとね」
「何?」
確かに、この部屋にあった筈の培養槽が幾つか減っている。テセウスの入っていた培養槽も、今となっては痕跡すら見当たらない。
「緊急事態で、手元にクローンが彼しかいなくてね。一応、キープしてる」
その言葉にいち早く反応したのはキラーだった。
「改造でもするつもり……ですか?」
私は思わず彼女の方を向く。そう言えば、以前訪れた時に人体改造について公言していた。あの時は感情的になっていた為、冷静に話を理解できなかったが、改めて考えればマスターならやりかねない。
「そう邪見にしないでくれ。何もしていないよ、まだね」
含みを持たせたような口調に悪寒が走る。
自然、私の足は奥の扉に誘われた。血放つ鉄臭さが、奥の部屋から漂っているような気がしたからだ。
私は扉に手を掛けるとゆっくり開け放った。その時、視界に写ったのは、台の上で横たわった人物。上半身は人間のまま、下半身が鳥類に変異した女性。の解剖された姿だった。
「……何?これ」
切り開かれた頭部には、そこにあるべきはずの器官に代わり、機械が埋め込まれている。元々あった筈のそれを探せば、床下のバケツの中に本来絶対にそこには無いはずの器官、脳みそが干乾びかけた状態で放置されていた。
「前に言った……え?」
ひょっこり顔を出したキラーだったが、遺体の姿を見て絶句した。無理もない。確かに下半身は人外ではあるが、上半身だけ見れば人間と変わらない。
種族の違う私ですら強烈な嫌悪感を覚えているのだ、同族の彼女はそれ以上に打ちひしがれているのだろう。
私達の反応を他所に、何食わぬ口調でスピーカーから声が聞こえた。
「あぁ、変異者を使った生物兵器だね。名前は異形兵。作業中に連絡が入ってね、今の今まですっかり忘れていたよ」
遺体の状態も正にそんな感じだった。解体の途中で放置されているのを表す様に、水分が抜けて全体的に萎んでいる。命を扱っているという自覚がまるでない様な、無責任な状態だった。
もし、テセウスと共にここに来ていたのなら、彼がこうなっていただろう。
遺体の女性とテセウスの姿が重なり、私は拳を強く握り締める。
「こんなことが許されるとでも?」
「何か問題でも?」
「彼らは人間だ!」
「もう人間じゃない、化け物だ。人間の足がそんな醜いはずがないだろ?ほら、判りやすいように子供用の動物図鑑を送ったよ。それで勉強するといい」
私の所持しているデバイスが鳴る。そこには、幼児向けの動物図鑑がプレゼントされたという通知が画面に現れ、私は思わず端末を投げ捨てる。
私が怒りを圧し殺そうとしている横で、キラーが震えるような声を出す。
「でも、前の話では変異者は使いたくない……って」
「前の話?覚えてないね」
こちらの追求を意に返さないかの様な言動に、私は大きく溜息を吐き捨てる。まるで、自分以外を馬鹿にする様な彼の調子は、私の感情を逆撫でした。
生理的に受け付けないというのを見たことがある。今の気持ちがそれなのだろう。
「すまない。私は、これを容認できない」
私の言葉に対し、マスターは高揚たような口調で語る。
「君はどっちの味方だ。良いかい?この異形兵が居れば奴らと対等に……いや!それ以上に戦える!それとも君は、これの代わりに、皆に死ねと言うのか?」
「私には双方、同じく等しい命にしか見えない。代わりとかの問題ではない」
この考えは、変異者であるテセウスと共に過ごしたからだろうか。
私は、彼がどんなに変異したとしても傍らに居ると誓う。だから、元人間だとか今も人間だとかは些細な差に過ぎない。人によって、人間と変異者に対する印象や解釈は違うかもしれないが、元々同じ種族である以上、平等とは言わないまでも明確な差はない筈だ。
「等しい命?ならば、より少ない命で済む方を選んだほうが、良いとは思わないか?か弱い人間が五人鍛えて、彼ら一匹と同程度と言われている。戦死者が五分の一で済むんだ。素晴らしいことだろ?」
「それは……」
その言葉には言い返せなかった。
私を助けた時のテセウスの身体能力は、変異者だからこそのものだった。仮に変異していない生身の人間が、ナイフ片手に変異獣三体を退ける事が出来るとは思えない。
変異者と人間の身体能力には、決定的な差がある。テセウスは変異レベル余り進行してなかったが、変異レベルがある程度進行した者ならば、戦闘能力が人間五人と同等と言われても不思議ではない。
それを踏まえると、確かに彼の発言には正しい部分もある。だが、確実に間違っている部分もある。変異者の扱いだ。
本当に人間の命を守るために変異者を使いたいのなら、わざわざ彼らを改造する必要はない。同じ言語で対話出来るのだから、交渉の方法なんて無数に存在する。それをしないというのは、つまりマスターが変異者達を信用できないからだろう。
私がスピーカーを見据えていると、彼は吐き捨てるように言う。
「やはり、異星人とは相容れないか」
その言葉を聞き、ある記憶が蘇った。フィオルトが怒りを露わにした際に発した際の言葉。
「待て、もしかして昨日の言葉……」
「あ〜、異星人とは文化が違う、だったかな?」
テセウスの身体改造をマスターが持ち掛け、フィオルトは実力行使に出た。その際、異星人の文化的問題にでも抵触したのかと言う旨の言葉を口にした。あの時は、フィオルトに向けて放った言葉だと思っていたが、今の発言からして私が人間ではなく、この星で言う異星人だと知っていたということになる。
「もしかして」
「あぁ、君とその騎士に行ったんだよ。異星人のお姫様」
それはおかしな話だ。
今の私は、人間と殆ど変わらない。むしろ、雪によって少なからず変異している人間に比べれば、変異しない私はより純粋な人間に近い。
そうなると、私が異星人だと見抜く手段が思い付かない。
「何故、それを……」
私が問うと、スクスクと笑いを堪える音が聞こえた。
「一緒にツリーハウスで寝たんだ。せめてヤっとけば忘れ形見でも出来たんじゃないかな?」
私がツリーハウスで一晩を過ごしたのは一度だけ。そして、そのことを知っているのは私を除けば、あの森のコロニーの守護者であるリンオウと、私と寝た当事者――テセウスしかいない。
「まさか!彼の記憶を覗き見たのか?!」
リンオウは、森のコロニーから出ることはない。住民を外に出すことすら禁じるほどの過保護で、コロニーの姿勢は鎖国に近い。彼から情報が伝わるとは思えない。
私も、あの一件については話したことがない。となると情報が漏れるとしたらテセウス以外有り得ない。
私とマスターの話を聞いていたキラーは、驚いたように私を見る。
「え、クローンにそんな技術……あるんですか?」
「恐らく、そっちじゃない」
私達のクローン技術は、万能細胞によって造られた素体に遺伝子情報を与えることにより、その遺伝子の元となった人物を新たに産み出すという流れがある。
遺伝子情報が無ければクローンは産まれない。が、マスターはある物からテセウスの遺伝子情報を抜き出すことにより、彼のクローンを産み出した。
「そう、君が提供した生命維持装置。そこから抽出した」
「生命維持装置……?」
私は、あの時は生命維持装置を提出したことを悔やんだ。
「あれは、装着者の身体的情報を保存して、その状態をキープするように働くものでね。それが仮に脳にの一部が破損したとて、即死に至らなければある程度は治療出来る代物なんだよ。彼の場合、同時に複数箇所の致命傷だったから、助からなかったようだがね」
そう、あの生命維持装置は装着した瞬間に体内にナノマシンを注入し、情報を確認して診断する。つまり、生命維持装置には、遺伝子情報を保持する機能がある。
「その保存機能に……記憶も?」
不安そうな声色のキラーに私は告げる。
「適応されている……」
遺伝子情報は全て保存されているため、その情報を元にクローンを産み出せば、生前の当人と何ら変わらない。それが魂や意思、人格といった形のない存在だったとしても。
私達二人の反応も気にせず、マスターは続ける。
「調べてみたところ、私達で言うネームタグと同じ様なものだね。いや、これはもっと闇が深いかな?」
「闇……?」
「指定したクローン生成機とリンクさせ、死亡と同時に蘇生もといクローンとして産み直す事を想定している。まぁ、君達が渡したヤツにこの機能は無いようだけどね。ゾンビアタックっていうのかな?良くやるよ」
方舟分離主義者たちに船を襲撃され、咄嗟に持ち出した為、私用ではあるが正式モデルではなく、予備として保管されている未登録の物だった。リンクしていないのは、そんな理由がある。
それに、仮にリンクさせていたとしてもクローン生成機を破壊されていただろう。
私は、マスターの最後の一言を訂正する。
「蘇生術は軍事に携わる者の中でも一部、ここの言葉で言うならばエース級や上層部くらい。それを除けば、王族を始めとする種を管理する者にしか許されない。ゾンビアタックは出来ないよ」
蘇生に関しては、富裕層にも許されない程の徹底ぶりであり、クローン生成機にリンクしていなければいない都合、仮に裏で蘇生用の生命維持装置が売買されたとて、リンク出来る媒体が存在しない限り蘇生はできない。リンクさせたらさせたで、その媒体から検索を掛けてしまえば誰が登録しているか判ってしまう。
「へぇ、それは初耳だ。だが、確かに。ゾンビアタックで反乱なんてされたら詰みだしね。とはいえ、良いアイデアだ。デバイス弄ればウチのクローンに採用出来ないかな?」
無責任に話す彼に対し、キラーは言う。
「あなたは……異常者……です」
その言葉をマスターは鼻で笑った後に返す。
「ふふ……。キラー、人は皆異常者なんだよ。例外なくね。問題は、自分の異常性にどれだけ気がついているかなんだ。私は、私の異常性を知っている。だからこそ、今ここに居る訳だ」
当人の思っているより異常というのは、よくある話だが、マスターの最後の一言は嫌な説得力があった。
恐らく、私達が思っているより異常と言う意味も含んでいるのだろう。たった数日でここまでの危険性が露呈したのだ、彼の異常性を軽んじているのが私達というのは、ありえない話でもない。
唐突に、爆発音と共に足場が揺れる。それまで、マスターに意識を向けていた私達は、必死に堪えるのが精一杯だった。
「今の揺れは?!」
一瞬、間を挟んだ後にマスターが応える。
「もう侵入されたか。すまないが、話はここまで」
一方的に話が切り上げられる。
侵入といえば、ここに来るまでのエレベーターで、何かが天井やら壁を駆け抜けている音がしたのを思い出す。その侵入者が本格的に行動を始めたのだろう。
マスターさえ見つければ、テセウスの場所も聞き出せるのだが、と私は考え込む。
「どうしたものか……」
私が呟くとキラーが口を開く。
「こうなってしまっては……、私にもマスターがどこに居るのか判りません……。でも……」
「でも?」
私が促すと、キラーは台に横たわる変異者の頬を撫でた。
「ここにこの子が居るってことは……、近くに変異者を閉じ込める様な場所がある……と思うんです」
確かにその可能性は高い。この建物は、区画や階層毎に必要となる施設をまとめている。少なくとも、離れた場所に変異者を置いていたりはしないだろう。
となると、開放を条件に手助けをしてもらう様に取り引きするのも悪くはない。
「捜索も兼ねて開放して回るのか。乗った」
そうとなれば、この場を直ぐに立ち去るべきだと私達は互いに頷く。変異者がここに来て、台の上を見たら私が実行犯だと勘違いするだろう。
「長居は危なそうなので……手分けしましょう。私は奥の方から」
そう言い残すと、キラーは足早に去っていった。
私は、部屋から出た近くの通路を探索する。と言っても、初めて訪れる場所なので変異者を収容出来そうな場所の見当もつかない。通路脇に放置されたケージが有るので、近くに収容区画があるのは間違いないのだろう。
私がそれとなく床を眺めると、一部の塗装が剥がれていた。ケージ搬送の為に、何度か車輪が往復した跡なのだろう。その痕跡を、私は駆け足気味に追う。
それから程なく、女性の小さな声が聞こえた。
「――よっと……」
その声の後、キィという金属の擦れる音が通路の奥から響く。私は、音を立てないように通路を進み、その曲がり角から様子をうかがう。
そこには、銀色の髪をした小さな変異者が居た。獣のように変異した少女で、慣れた手付きで次々に金属扉をピッキングし、変異者達を開放して回る。
「恩に着る」
開放された変異者達が感謝の言葉を述べると、少女は自慢げに胸を張りながら応える。
「良し。皆バラバラに逃げるんだぞ。あ~後、逃げるついでにこれ仕掛けといて。適当に投げ込むだけでもいいぞ」
そう言いながら彼女が取り出したのは、ジャンクパーツを組み合わせたような機械だった。片手で持てる程度の大きさの代物で、アンテナのようなパーツを見受けることができる。
「承知した」
変異者達は、それを受け取ると散り散りに逃げて行く。ある者は徒歩で、ある者は窓から飛び立ち、ある者は柔軟な体を活かして換気口へ。そして、少女は変異者達を手を振って見送る。
私が様子を見ていると、少女は鼻を動かした後に私の方を向いた。
「で、そこに隠れてるのは?」
変異の影響で嗅覚が発達しているのだろう。
見付かっている以上、隠れても意味はない。私は観念し、少女の前まで歩みを進める。
「気付いていたのか」
「まぁな」
少女は、私を見るなり怪訝な表情で顔を覗き込んでくる。
警戒されては協力を申し込む事もままならないので、私は話題を提示する。
「あの機械は?」
「あぁ、爆弾のことか」
「爆弾?」
つまり、狙いは破壊工作。
だとすると、気になるのはその目的と規模。軍事施設を狙うなら問題無いが、民間人を標的にするのなら話は別だ。
「私達の目的は、クローン施設の開放だ。そのために、この周りの施設を爆破するのさ」
「変異者が何故クローン施設を?」
私の問いに、少女は少し呆れたように返す。
「だってさ、判らね?ここで産まれてるのは死んだやつで、私達は元は人間なんだ。居るだろ?知り合いの一人や二人」
私は、ウォーマと名乗る人物の話を思い出した。
変異者達は、ここで昔の仲間が生と死を繰り返している事を知っている。といった内容の一言。確かに、動機としては十分だ。
「そういう……」
それとなく少女は視線を動かす。そして、それを後から追う様に顔を動かした。彼女の表情が明るくなったこともあり、私も気になって視線の先を追う。
黒い昆虫のような変異者がそこに居た。人を一人か二人背に乗せれそうな程の巨体で、まるで通路を塞ぐように立ち尽くす。
にこやかに歩み寄る少女。対して、虫の変異者からは生気を感じ取れない。私は、実験室の台の遺体を思い出した。
「スクロじゃんか。良かった、手を貸し――」
少女が言い終える間もなく、虫の変異者――スクロの前腕が振り下ろされる。何の脈絡もなく、突然放たれた一撃を受け、少女の身体は床を転がる。
「ぐぅ……」
「大丈夫?!」
私が駆け寄ると、少女は私を押し退けて救援を拒む。
「触るな!」
少女は、何がなんだか判らないといった表情を向け、スクロに歩み寄る。とはいえ、先程の行動や返事がない不気味さからか、少女も少し怯えているように見えた。
「お前、スクロだよな?私だ、ヴィヴィだ。昨日、助けてもらったお礼言いそびれたの気にしてる……のか?」
私から、二人の関係を知ることはできない。最も、二人がどんな関係であったとしても、私がやることは変らない。
私は、少女の肩に手を置き静止する。
「それ以上は……近付かない方が良い」
無機質なスクロの反応、彼が何をされたのか私には想像が付く。
少女は、身体を小刻みに震わせていた。
「なぁ、スクロに何したんだ?」
「これは……変異体の脳を取り出して、代わりに機械を取り付けた兵士だ。異形兵とか言う」
マスターの話からして、異形兵は既に何体か作っている様だった。彼もその内の一体なのだろう。
「じゃあ、スクロじゃねぇんだな」
その問いに、私は少し躊躇した後に応える。
「あぁ」
私がそう告げると、ヴィヴィは意を決したように表情を切り替え、尾に生えた毛の一本を立たせてそれを引き抜く。
肉眼で見えるか見えないか程度の細さを持つ、青みを帯びた銀色の刃。それを片手に、ヴィヴィは壁を跳ね、天井を蹴り、その一刀で異形兵の脳天を貫く。
驚くべきは、その敏捷性。覚悟を決め、行動を起こしてから頭を突き刺すまで、一秒と掛かっていない。
異形兵は、頭を貫かれても止まることはなかった。彼女の攻撃に一拍遅れ、迎撃のために手を伸ばそうした。直後、
「フッ!」
ヴィヴィは異形兵の頭から落ちながら、その勢いで毛の剣をクルリと回転させ、その頭を両断した。地面に、異形兵の頭と機械脳が落ちる。
これで、私の体内時計が正確なら一秒半ほど。
「は、速い……」
テセウスの戦闘を見たとき、彼の速さに驚いたものだが、彼女は次元が違って見える。
彼女の場合、知り合い故に弱点を知っているというのもあるだろうが、今のを相手に彼がこの時間で勝てたのか、そもそも時間を掛けたとて勝てたのか。
私は、彼女の戦闘に息を呑む。
「じゃあな」
そう言い残し、立ち去ろうとする少女を私は呼び止める。
「ちょっと待って!」
彼女は、ムスっとした表情を浮かべて振り返る。
知り合いを手に掛けた直後、気が立っているのは重々承知だ。だが、今の戦闘能力に物陰に居た私を察知した力、今の私達には欲しいものだった
「何だ?」
「君に頼みがある」
「頼み?」
「探している男が居る。どこに居るのか判らない。だから手を貸してほしい!頼む!」
少女は、訝しげな面持ちで私の顔を覗き見た。疑ったような細い目は、警戒というよりも嫌悪しているようにすら見える。
「探している男ねぇ」
必要なのは交渉。とはいえ、私が提示できる報酬なんてない。となると、報酬ではなく利害の一致を示す他ない。
「ここの管理者で、君の敵でもあるはずだ」
苦しい提案の筈だったが、彼女はぴくんと耳を跳ね上げた。初めて見る仕草のため、どういう心境なのか窺い知ることはできない。が、少なくとも悪い反応には見えない。
「あ……」
何か閃いた様な表情を浮かべる彼女を、私は問いただす。
「何か」
「そいつの行き先、判ったかも……。良いぞ、一時的にだが手を組んでやる」
意外な反応だった。
マスターの行き先に見当が付いているのだろうが、私に手を貸す理由は無いはずだ。
「本当かい?」
「女に二言はないよ。ヴィヴィだ、よろしくな」
「ハスキという。協力感謝する」
少女――ヴィヴィが手を差し出したので、私はその手を取って握手する。その際、少女の手がすっぽり私の手の内に収まってしまい、少女は少し嫌そうな顔をした。
ヴィヴィの頼みもあり、マスター捜索の前に変異者の開放を行う事となる。時間も限られているので、私達は開放作業をしながら会話を続けた。
「君の作戦ついて少し聞いても?」
私が聞くと、眉を吊り上げた。
ここで破壊工作を行う内容なのは判るが、その狙いまで完全に理解しきれていない。
「え?」
「私はここに来たばかりで、君がここを破壊する理由が完全には判ってないんだ。だって、クローンが産まれないようにしたからと言って、今のクローンが自由になるわけじゃないだろ?」
ヴィヴィは呆れたように溜息を吐きながら応える。
「ここで生まれるクローンは、頭にチップが組み込まれてる。そのせいで、ここのクローンには思考と行動に制限が掛かってる。つまり、ここのクローンを開放するには、そのチップを無効化しないもいけない。で、ここにはそのクローンを管理するシステムコアが在るってわけ」
「それを壊せば、制限が解除されると」
ヴィヴィは黙って頷く。
私としても、ヴィヴィ達の作戦に対して反対意見はない。賛成と言っていいだろう。
「んでもって、管理者の行き先何だが……。まぁ、私の話を聞いてりゃ見当もつくだろ」
マスターのことだ。恐らく、このコロニーの心臓部分を守るために動くはず。となれば、候補は一つしかない。
「コアか……」
・・・
私達はキラーとエレベーターで合流し、上層に向かった。コアの場所は、ヴィヴィが事前調査で知っていた。
曰く、保護したクローンから情報を聞き出していたらしい。こればかりは、クローンが誘拐されても無関心だったコロニーの価値観に感謝しかない。
制御室とでも呼ぶのだろうだろうか。
そこは、円形をした階層だった。中央には円柱型をした巨大な機械があり、床や近くの端末に接続している。大方、あれがコアなのだろう。
そして、そのコアの前に男が立っていた。近くを見渡すが、テセウスのクローンは見当たらない。
「遅い到着だね」
「これでも急いだんだけどね」
ヴィヴィが戦闘の姿勢を見せたので、私も弓を握る。彼女を連れてきた以上、戦闘は避けられないし、彼女にはマスターを殴る権利がある。
「来なさい、ジャバウォック、バンダースナッチ、ジャブジャブ」
マスターの声に従い、二体の異形の兵士が姿を現す。
一体は、全身を青黒い体毛で覆った大柄な獣。筋肉質な肉体。巨岩のような拳。両腕の肘からは刀剣のように鋭利な爪を生やしている。
もう一体は、極彩色の鳥。屋内という本来飛行に不向きな狭い空間を、ホバリングにより適応している。高い飛行技術に加えて、急停止と急加速を繰り返す機動力。
そして、目に見えないが、もう一体分の足音が何処かから聞こえた。
マスターは私達を眼前に捉え、不敵に笑う。
「対リュウゲンを想定した子達でね。発展途上ではあるが実力は折り紙付きだ」
目視出来る二体はさて置き、問題は見えないジャバウォックという個体。結局、あの後も私はジャバウォックの対処方法が思いつかなかった。
「やはり、見えない個体が――」
私がそう言いかけた時だった。私の脇を潜るようにヴィヴィが前に進み、その鼻を軽快に動かしていた。
「スンスン……。あ、スンスン……」
「ヴィヴィ?」
私が呼び止めようとした瞬間、ヴィヴィは尾から一本の毛を引き抜き、虚空目掛けて狙いを定める。
「そこかな」
ライトに照らされ、投擲された毛針が白い線を中に描く。さながら、光線のように放たれたそれは、空中で停止した。直後、階層中に響き渡る断末魔と共に、激しい地鳴りがした。
「ヴォォォォ!」
部屋中を揺らす原因が、痛みに悶えるジャバウォックによるものだと理解する。
「硬った!全然刺さんないじゃん!!」
ジャバウォックの強度に驚愕したヴィヴィだったが、私としては寧ろヴィヴィの毛が刺さった事に動揺した。
以前、キラーがジャバウォックを攻撃した際、その弾丸は確かに弾け飛んだ。つまり、ジャバウォックは鋼鉄並に堅牢な鱗、もしくは皮膚を持つ。その防御力をヴィヴィの硬化させた毛は上回る事が出来る。
状況を察知し、マスターは短く舌打ちをする。
「ジャブジャブ!来い!!」
指示に従い滑空する怪鳥――ジャブジャブに、マスターは飛び乗った。そして、天井スレスレまで上昇し、銃を構える。
一目で判る、私達の文明を用いた光線銃。直に当たれば一溜まりもない。
「来ます!」
キラーが発した注意の直後、ジャブジャブの尾がこちらを向く。ヴィヴィが尻尾の毛を針のように出来ることが頭を過り、私達は遮蔽目掛けて駆け抜けた。
照準定めたジャブジャブの尾に内包された棘が、数度に分けて射出される。放射線状に放たれる弾幕を辛うじて回避し、各自で遮蔽に飛び込んだ。
直後、私の視界の隅で閃光が煌めく。ヴィヴィの隠れた僅かな段差を、光線銃で焼き切ろうとしている。
マスターの狙いは、ジャバウォックを単独で対処可能な者から順次始末し、残りにジャバウォックを当てるという魂胆。ヴィヴィの他にキラーもジャバウォックの位置は判るが、彼女は有効打を持たない為、自然と優先順位はヴィヴィの方が高い。
彼女を倒される訳にはいかない。
私は、弓を構えると息を鋭く吸い、物陰から飛び出しながら電気矢を放つ。
焦りを孕んだ一矢は、狙い通りとはいかなかったものの、ジャブジャブの翼に直撃する。が、ジャブジャブは一瞬姿勢を崩しはしたものの、直ぐに何事もなかったかのように立て直す。翼は、依然として健在だった。
「効かない?!いや……」
床に付着した血痕、羽根を伝う血の跡。傷を負わせることが出来たのは確か。だが、今はその傷が無いということは、傷を負うとほぼ同時に完治したということだ。それも、人間の動体視力では視認出来ないほどの速度で。
「超速再生能力と飛行能力って、そんなん有りかよ!」
「有りだんだよ、これがね!!」
ジャブジャブが姿勢を崩した束の間、位置を変えようと飛び出したヴィヴィ目掛けて棘の雨が降り注ぐ。
ヴィヴィは、持ち前の身体の小ささを活かし、雨の隙間を縫うように掻い潜る。
「危な!」
棘の雨が止むと同時に、狙いを定めたマスターの光線が放たれる。それを予想していたのか、ヴィヴィは跳躍して回避した。
「バンダースナッチ!」
マスターの指示と共に、バンダースナッチが巨拳を振るう。着地の瞬間という、回避不可の状態を狙った一撃。咄嗟に身を丸め、尾で全身を包む様に防御を固めるが、それで防げる攻撃ではない。
人形が大人によって投げ捨てられるように、ヴィヴィは全身を床に叩きつけた。
「ヒグッ……!」
短い悲鳴を上げ、ヴィヴィは立ち上がろうとする。だが、すぐに動ける程軽い一撃ではない。手足がおぼつかず、呼吸を整える彼女の側に私は駆け付ける。
あれだけ執拗にヴィヴィのことを狙っていたのだ。今を逃す事はしないだろう。
想像通り、マスターは銃口をヴィヴィに向ける。今の彼女に回避する手段はない。私が対処しなければ彼女は助からない。
「トドメだ」
放たれた光線に合わせ、私は弓の電磁障壁機能を発動させる。弓が折りたたむように変形し、リム部分を繋ぐ様に内蔵された水晶壁が展開され、光を帯びる。コロニーを守護する電磁強化水防護壁と同じ原理の防御武装。それに接触した瞬間、光は砕けて火花となって辺りに散った。
光線を防ぐことは出来たが、その衝撃で私は倒れそうになる。
「くッ……!」
よろめく私を、ヴィヴィが抑える。お陰で、何とか持ち堪えた私は弓を射撃モードに切り替えて構える。番えるのは電撃。一撃で仕留める心構え。
「防いだ?何だ、その武器は」
初見の武器に戸惑うマスター。
私は、彼に狙いを定めて息を鋭く吸う。テセウスが射撃の際に見せたあの仕草。それを真似ると、自然と照準が正確になる気がした。
「スゥ……」
集中力が高まった瞬間、呼吸を止めて雷撃を放つ。
バチンという、空気を絶ち切る音と共に雷光が瞬く。初の実践でありながら、手応えを覚える一矢。だがそれは、巨大な影に衝突すると解けて消えた。
雷に合わせ、マスターの前にバンダースナッチが飛び込んだのだ。
「え……」
私はその姿に一瞬思考が止まる。
私の持てる全力を込めた一撃を受けて、バンダースナッチは無傷だった。ジャブジャブの時とは訳が違う。ジャブジャブは今となっては完治してしまったが、ダメージ自体は通っていた。つまり、狙い所さえ掴めれば倒せる。だが、バンダースナッチは完全に無傷。仮に急所を見つけたとて、その上で傷付ける事が出来るか判らない。
一部始終を見ていたヴィヴィは言う。
「クソ!この熊、物理しか効かないやつかよ!」
ヴィヴィは雰囲気からして、外での暮らしが長い変異者だ。バンダースナッチの特性について、思い当たるものがあるのだろう。
「リュウゲン対策の個体と、さっき言ったはずだ。炎、それと異星人由来の武器に耐性があるんだよ」
つまり、熱兵器に対する完全耐性。私との相性は最悪と言える。
ヴィヴィが私の服を後ろに引く。それを下がれという指示だと理解し、私はヴィヴィと共に一旦距離を取り、キラーと合流する。
そして、そのまま物陰に飛び込み一時退避した。
「どうする?!」
ヴィヴィの言葉に、私は思考を巡らせる。
先ずは、勝利条件の確認。
勝利条件は、マスターの撃破。そのためには、増援の到着を待つのが好ましい。フィオルトなら、時間が多少掛かったとしても合流してくれるだろう。それに、フィオルトでなくてもヴィヴィの仲間が来るだけで良い。となれば、今やるべきは持久戦。
現状、ジャバウォックにはヴィヴィを当てるのが無難ではある。残る二体、ジャブジャブとバンダースナッチに関しては、恐らく私がバンダースナッチ、キラーがジャブジャブを相手取るのが理想と言える。が、現実的ではない。
バンダースナッチは、物理的な攻撃以外を軽減する。となれば、ウォーマから貰ったナイフの出番。逆に言えば、超至近距離での戦闘。身体能力に絶望的な差があるが、他にバンダースナッチに傷を負わせる手段が思い付かない。
ジャブジャブに関しては、銃の扱いに長けているキラーで良い。ただ、こちらは事実上マスターとジャブジャブの二人を相手にしなければならないため、二対一の人数不利。
考え方を変えて見る。
ヴィヴィはジャブジャブ以外なら任せれるような気がする。もし相手を変える場合、ジャバウォックの相手はキラー、バンダースナッチはヴィヴィ、私がジャブジャブとマスターの相手。
この場合、ジャバウォックを仕留めれるかは疑問ではあるが、ヴィヴィ以外は距離を取りながら戦えるため、全体的な生存率は上がる筈だ。
一呼吸の内に思考をまとめ、簡潔に結論を口にする。
「ヴィヴィが熊、キラーがジャバウォック、私がジャブジャブを相手にするのが、全体的に生存率が上がるかな」
浮かない表情を浮かべたのはヴィヴィだった。
「任せていいのか?あの透明なの」
確かに、ジャバウォック対面の適任者となり得るのはヴィヴィだろう。それは、マスターがヴィヴィ一人を狙い撃ちした事から、共通認識だ。が、能力が判明した現状、個人的には接近戦を強制してくるバンダースナッチの方が厄介だった。
ヴィヴィは変異の影響で、人間規格の武器、それも銃火器の類は使えそうに見えない。戦闘は接近戦が主体となる。彼女の敏捷性さえあれば、バンダースナッチに瞬殺されることもないだろう。
また、私とキラーが射撃武器を扱える都合、咄嗟に支援射撃をすることもできる。
キラーは何もない空間を一瞥し、深く頷く。恐らく、そこにジャバウォックが居るのだろうが、私には判らない。
「や、やります……!」
力強くキラーは応える。半分は、自分に言い聞かせる為の言葉だろう。
不安ではあるが、キラーの性格上無理はしないだろう。そういう意味でも、私が関与できないジャバウォックの適任はキラーと言える。
「何時まで喋ってるつもりかね?引きずり出してあげよう」
マスターがそう言うと、パシュっという何が射出される音が聞こえた。床に写った影を見て理解する。
ジャブジャブが放った棘が、放物線を描いている。その標的は言うまでもない。
三人一斉に顔を見合わせ、同時に物陰から飛び出す。
私は、走り抜けながら床に刺さった棘を引き抜き、矢の代わりに番えて構える。呼吸を整える隙はない。
この電気弓は、攻守兼用の装備であるが万能ではない。防衛時には防御モードに切り替えて、攻撃時には射撃モードに切り替える必要がある。要するに、二つを同時に扱うことはできない。
ジャブジャブに雷撃を当てたときは、マスターが初めて相対する武装に動揺していたから、集中する時間が生まれた。防御と射撃の二つを見せてしまった以上、マスターにモード切り替えを悟られている可能性を考慮する必要がある。
もし、マスターがモード切り替えを理解していた場合、マスター目線の正解は絶えず攻撃をすること。そうすれば、私は射撃モードに移行する間もなく、一方的な戦闘になる。
となれば、マスター達に攻撃する隙を与えないのが、私の最大の防御手段。
私は、狙いをジャブジャブに定めると棘を射出。そのまま、続く攻撃を雷に切り替え連射する。
初弾を棘にした狙いは、ジャブジャブのバランスを崩す為。雷撃を当てたとしても、効果がまったくないのは確認済み。だが、実体のある物ならば。例えばそう、相手に棘のように突き刺さる物ならば、仮に傷が言えたとしても物質としてその場所に残る。身体に楔が突き刺さったままでは、普段通りには動けない。
研ぎすまれた様に鋭利な棘が、ジャブジャブの右脇腹に突き刺さる。致命傷とは言わないまでも、普通なら痛みで硬直しそうなものなのだが、依然として高度が下がらないのは肉体改造の恩恵だろう。
続く雷撃の豪雨を、ジャブジャブは上下左右への急加速と急停止をもって回避を試みる。だが、それは想定の範囲内。ジャブジャブ一体の身体能力ならば、回避も可能だっただろう。しかし、背にマスターがいる以上、彼に負担が掛かる回避行動は取れない。
雷を撒き散らす様に乱射し、壁際まで誘導する。そして、回避する空間が無いのを確認すると、私は例のごとく息を鋭く吸い込んだ。
狙うは、ジャブジャブの背に乗るマスター。意識を集中させ、照準を定めた瞬間、視界からマスターが消えた。
ジャブジャブの背に隠れたのかと思い、弓を僅かに下ろした。その時、視界の下方で何かが煌めく。それは、私を狙う光線銃のスコープが発した反射光だった。
マスターは、怪鳥の背に隠れたのではない。自分が狙われていると知って、敢えて飛び降りたのだ。
人間が空中で機動を変える手段なんて無いに等しい。射撃武器の回避なんて、相手が外すことを祈るくらいたものだ。ならば、何故彼が飛び降りたのか。それは、二択を迫る為だ。
マスターは、光線銃を私に向けながら言う。
「ジャブジャブ、突っ込め!!」
マスターの言葉を合図に、ジャブジャブが私目掛けて急加速する。
マスターを狙いジャブジャブに潰されるか、ジャブジャブを迎撃してマスターに撃ち抜かれるかの二択。
私は、二択を提示されると瞬時に決断した。
照準を落下中のマスターに切り替え、雷撃を放つ。
もし、ジャブジャブを倒せたとしても、それで戦闘が終わるとは到底思えない。だが、マスターを討ち取れば話は別だ。異形兵に指示を出す者が居なくなるのだから、自然と戦闘は終了する。
私の放った雷が、マスターの右腕に着弾する。二の腕が弾け、光線銃がくるくると宙を舞いながら落ちる。吹雪く様に飛び散る血飛沫。その光景が、巨大な怪鳥の影によって塗り潰される。
空気を切る音が耳に届くと同時に、私は何かに突き飛ばされた。
「ハスキさん!」
女性の声が聞こえて間もなく、鈍い衝突音が響き渡った。
私は、衝撃に反応出来ず、全身をを床に強打する。しかし、痛みを感じている余裕は無かった。
全身に痺れを覚えながら、必死になって上体を起こす。そこに居たのは、全身をひしゃげさせたキラーだった。
「キラー?!」
私は、周りの状況を確認することも忘れて彼女に駆け寄る。
幸い息はある。だが、右腕は原形を留めていなかった。右腕は肩から欠損し、夥しい量の血液を流している。また、右半身の裂傷が酷い。恐らく、ジャブジャブが持つ尾の棘を刃として突き立てたのだろう。
「あぁ、そんな……」
医療品の類はフィオルトに預けている。私が出来る事は、せめて患部を抑えつけて、出血のリスクを下げることくらいだ。
最も出血量の多い右肩に全体重を掛ける。
不意に左右から同時に足音が鳴り、私は我に返る。
私とキラーが本来相手取る予定の二体、ジャブジャブとジャバウォックを止める者が居ない。
私が思わず頭上を見上げると、視界に映ったのは私を見下ろす異形兵。ではなく、それを蹴り飛ばすヴィヴィよ姿だった。
体格差があるため、ヴィヴィの飛び蹴りでも顔を仰け反らせるくらいしか効果はない。だが、私がキラーを抱えるのには十分だった。
飛び降り様に、ヴィヴィはキラーの上に小さな袋を乗せ、一人臨戦態勢に入る。
「そいつ連れて下がれ!」
「でも……」
異形兵三体を相手に、一人で時間稼ぎなんて幾ら何でも無謀過ぎる。
とはいえ、ここに居てはキラーが死んでしまう。体格的に、ヴィヴィがキラーを運ぶのは厳しい。消去法で、私が彼女を運ぶしかない。
頭では判っている。それと同時に頭に浮かぶのは、変異獣の集団に襲われた時の記憶。あの時は、テセウスを犠牲に生き長らえる事が出来た。今回も、同じ様に誰かを犠牲にしなければならないのか。
「さっさとしろ!!」
ヴィヴィの言葉に促され、私は自分の無力さに苛立ちを覚えながら走り出す。
キラーがいつまで持つか判らない為、距離を開ける暇なく、最低限の遮蔽の影に彼女を横たわらせ、ヴィヴィから預かった袋を開く。
袋が開いた途端、薬品の匂いが鼻を突く。あるのは、塗り薬に包帯、薬草の湿布、丸薬が数種、何に使うか判らない甲虫が三匹、糸と針。彼女にとっても貴重なはずの医療品。
丸薬に関しては、効果が判らない為使用出来ない。
私は、すぐ側から響く戦闘音に急かされながら、処置を始める。とはいえ、医者でもないのだから、自身はない。
裂傷を縫合し、塗り薬を塗布。その上に薬草を貼り付け、包帯を巻く。問題は、腕がそのまま持っていかれている右肩。縫合しようにも、欠損部分が余りにも多い。
とりあえず、最優先は止血。傷口を覆うように薬草を複数貼り付け、包帯をきつく巻く。落ちている鉄片を電気で加熱させ、傷口を焼いて塞ぐ事を思いついたが、キラーの体力が持つか判らない以上、こうするくらいしか思いつかなかった。
静かに治療を受けていたキラーは言う。
「借り……返せましたかね……?」
私は、普段よりもか細く弱々しい口調のキラーの手を強く掴み、首を横に振りながら言う。
「借りなんて無い!」
私は彼女に対して警戒していたため、キラーを退室させて会話を行ったことだってある。それなのに、彼女は私達が初めてマスターと相対したあの時、自ら危険に足を踏み入れて私達を救った。
借りがあるのは、間違いなく私達の方だ。
私の言葉を聞いたキラーは、ふるふると首を左右に揺らす。
「あるんです……。彼に……ね」
キラーの口振りで、彼のことが脳裏に過ぎる。
私とキラーの共通した男性の知り合いで、当然のように話題に上がるのなんて彼一人しか思い浮かばない。
「テセウス?」
その名前を口に出すと、キラーはゆっくりと頷いた。
「昔、変異獣に襲われたとき……。私、彼に怪我を負わせて逃げたんですよ……。その事を、ずっと後悔してて……」
私は、初めてキラーの前でテセウスの名前を出したときのことを思い出した。彼女は、テセウスが生きていると聞いたときに困惑していた。その理由が、判った気がした。
恐らく、キラーは自分がテセウスを殺したのだと勘違いし、今まで生きていたのだろう。
彼に怪我を負わせたのが故意なのか、事故なのかは知る由もないが、少なくともテセウスから恨みつらみは聞いたことがない。
「大丈夫だ、彼はそんなことで人を恨む人間じゃない」
私は、半分自分にも言い聞かせた。
テセウスが死んだのは、少なくとも私と関わったからだ。私が彼と出会わなければ、今も平穏に暮らしていたに違いない。
危険なことに巻き込んでおいて、結局彼には何もしてあげることが出来なかった。それどころか、まるで後ろ足で砂をかける様に彼を落としたのだ。
不意に、視界の端から何が転がった。
振り向いてみれば、純白な体毛を斑に赤く染め、息も絶え絶えに横たわるヴィヴィの姿を捉える。
「ウゥ……」
獣化の変異による賜物なのか、彼女の闘争心からくるものなのか、彼女は立ち上がった。とはいえ、このまま戦闘を続けられる容体ではない。
「ヴィヴィ!」
私は彼女の肩を引き、庇うように様に背に隠す。
その最中、コツコツと軽快な足音を高く鳴らし、マスターが歩み寄る。その背後には、ほぼ無傷の異形兵達。
マスターは顔の横に手を運ぶと、パチンと指を鳴らす。
「始末しろ」
合図と同時に、異形兵達が動き出す。
その瞬間、部屋の壁が音を立てて破壊され。巨大な拳が異形兵を薙ぎ払った。想定外の乱入に、異形兵達は警戒態勢と共に距離を取る。
「そこまでだ」
言葉と共に、土煙を纏った影が現れる。
私の倍近くある体躯の巨大な影。その大きな背を見てフィオルトを予想するが、すぐに違うと理解した。装備が旧式で、武装と呼べるものも最低限しか搭載されていないスーツ。それは、先刻出会った者の姿だった。
「ウォーマ……?」
「来たよ。五月蠅いのが」
マスターはウォーマを見るなり、眉を歪ませ嫌悪を示す。
二人の話からして、マスターとウォーマには面識がある。それも、顔馴染み程度ではすまない間柄なのだろう。人類が存続するための技術を提供したウォーマ、その技術を用いて今のコロニーを産み出したマスター。
今となっては、互いに目指すものが違う。
ウォーマは、私達とマスターの間に立ちながら言う。
「クローン達を開放しろと、忠告はしたはずだ。見ろ、この街の姿を。君がクローン達を虐げてきた結果だ」
ウォーマは、ガラスの向こうに見える街を指す。街からは火の手が上がり、それが少しずつ滲む様に広がっていく。
変異者達の姿が見えないが、ヴィヴィのように潜入してる部隊が居るのだろう。民間人は逃げ惑い、装甲車が駆け抜ける。それは、見ているだけで人々の悲鳴が聞こえそうな光景だった。
ウォーマの仕草に、視線を外に向けたマスターだったが、それを見ても彼は慌てる反応は無かった。むしろ、冷徹な視線を私達に向ける。
「ふざけたことを言う」
「何?」
ウォーマの反応を見たマスターは、呆れたように溜息を吐いた後に語る。
「人間は弱い。このままでは、何れ絶滅してしまう。それだけは避けないといけない」
「ならば、君が改造しているその変異者は?彼らとて人間だ」
ウォーマの発言をマスターは鼻で笑う。
「変異者同士が交尾して人間が産まれるか?産まれない。産まれるのは人外のみ。そんな者を人間と認識しろだなんて、目が腐っているんじゃないか?」
過激な発言を含んでいるものの、私は彼の考えが理解できてしまった。
変異者は人間を産むことが出来ない。マスターの思想の根本には、人間を守るというものがある。つまり、人間を産むことが出来ない以上、変異者を守る必要はない。
人間が絶滅することを避けるのには、変異していない人間が繁栄する以外ない。そのために利用出来るものは使う。行動こそ過激で問題視されるが、根本が破綻している様には思えない。
だが、彼の考えには判らないところがあった。
私は、一歩踏み出しながら問う。
「判らない……。なら、何故クローンを虐げる?クローンなら、純粋とは言わないまでも人間を産むことが出来るんじゃないのかい?」
クローンは、変異者と違い変異していない人間を産むことができる。種の存続として、選択肢の一つになり得る筈だ。しかし、マスターはまるで気味が悪いとでも言うように顔を顰める。
「こんな、培養槽で増える肉人形を人間と認めろと?いや、異星人だからそんな発言が出来るのかな」
「何を……」
何を言っている、と言う言葉をマスターの舌打ちが遮った。
彼は私達の反応に苛立ちを見せ、つま先で床を叩くようにしながら応える。
「クローン生成には万能細胞が用いられる。なら、その万能細胞は何処の細胞かな?君達、異星人の王族が持つ特性を利用して産まれてた細胞だ。判るか?この星をこんなに汚した奴らのものだ。汚らわしいとは思わないか?」
「それは……」
その事に対し、私もウォーマも言い返す事が出来なかった。
人間達からすれば、私達は侵略者以外の何者でもない。私達が手を出さなければ、人間達が今も繁栄していたことだろう。そんな未来を奪っておいて、私達と同じ遺伝子を持つクローンは安全だなんて、都合がいい話だと私自身思う。
テセウスは、私のことを拒んだりは決してしなかった。だから、長い月日を経て私達の犯した罪が風化したのかと錯覚していた。
そうではなかった。彼らの心の何処かに、今も私達に対する嫌悪は存在する。
「私は、純粋な人間を守りたい。その一心でこのコロニーを作った。未来永劫、繁栄し続ける人類。そのためには、この街は永遠でなければならない!」
マスターが腕を振り上げる。それを見た異形兵は、戦闘態勢に移行する。彼が合図を送れば、瞬時に戦闘が開始される。そんな張り詰めた緊張感の中、誰かが口を開いた。
「言いたい事は、何となく判ります……」
キラーだった。あいも変わらず弱々しい口調ながら、全身を奮い立たせるように彼女は立ち上がる。
動いていい容体ではない。だが、彼女を止める事が何処か憚られる様な気がした。
「異星人が憎いっていうのも……変異者が恐いっていうのも……私には判ります。でも、だからといって……手を取り合うことを拒む理由には……ならないんじゃないですか?異星人にも……変異者にも、信用できる人は居ます……。家族と呼べる仲間だって……」
その言葉に、何処か救われる私が居た。キラーが話したのは、多分私ではない誰かの事だろう。それが、テセウス達と生活した日々ことなのかは判らない。
ただ、一切変異していない純粋な人間であるキラーが、私達のことを仲間として認識してくれているのが嬉しかった。
キラーの言葉を聞いたマスターは、頭を抑えて首を振る。彼からしたら、キラーの言葉は理解の外に有るのだろう。
「キラー。君が知らない訳じゃ無いだろ?あの事件を」
あの事件。恐らく、このコロニーでその言葉が使われる事象は一つしかないだろう。
私が、このコロニーに到着して間もない頃、今のクローン達の扱いは事件の後でこうなったと聞いた。その事件が切っ掛けとなり、今の価値観が定着したのだろう。
事件の内容を知らない私は、軽く探りを入れる。
「それは、クローンが起こした」
「そう。遠征中に隊の指揮を任されたクローンが暴走し、作戦は中止。しかも、暴走した理由が頂けない」
「暴走?」
通常、クローンの頭に機械なんて入れない。が、ヴィヴィの話によると、思考や行動制御用のチップが組み込まれている。
思考制御機能が搭載されているということは、事件を起こしたクローンが危険思想の持ち主だったか、ストレスやパニックにより自制心が効かなくなったのだろう。
私の言葉に促されるように、マスターは語る。
「クローンは、異星人由来の細胞で作られている。故に変異しない。だから、コロニーの外で凶行に及んだ。『今なら止める者も居ない』と我欲の為に任務を放棄し、剰え撤退中の隊員に暴行。情状酌量の余地はない」
「だが、それはそのクローンが悪いという話では……」
私の言葉を遮るようにマスターは声を張る。
「私はそう思わない。コロニーから出た瞬間、外の環境に適応しているクローンと、そうではない人間。明確な力関係が生まれる。あれは、クローン達が心の何処かに抱えている、そういった要因が引き起こしたものだ。起こるべくして起きた、と判断する他ない」
つまり、遅かれ早かれ何れ起きた事件。
その事件は、クローンが胸の内に秘めた欲求に対し、それが出来る瞬間が訪れ、実行に移したというもの。退廃した世界での犯行は、確かに変異することのないクローンならではのものだ。
だが、その犯行の根本となる欲求は、普通の人間も同じく持っている筈だ。クローンだけが胸の内に闇を抱えている訳ではない。仮に逆の立場、クローンが変異して人間が変異しない世界ならば、人間が反抗に及ぶのだろう。
私は、その言葉を敢えて口にはしなかった。人間とクローンに差がないというのは、あくまで種族が違う第三者目線の感想だ。
キラーは、傷付いた身体を抑えながら言う。
「でも、皆が……そのクローンを信じていたから遠征を任せたんじゃないですか……?」
そう、元々遠征に携わる者達がクローンを信用していなければ、事件は起きることがなかった。そして、今の地位からしてマスターにも権利があったのは言うまでもない。
「そう――」
彼が言葉を紡ごうとした瞬間、ガラス越しに閃光が瞬く。赤く煌めくその炎弾は、テセウスを燃やしたあの火とは比較にならないほど紅く、重く、猛々しい。
炎弾は空中で翻ると膨張し、さながら小規模の恒星の如き光を発し、それは飛来した。
宇宙に居たときでさえ、一度として使用しなかった水晶壁の最大出力。立ち眩みを越え、倒れそうな程眩い光を帯びた状態を、流星は容易く打ち砕く。それも、衝突した瞬間にコロニー内までは破壊しないよう、手前で僅かに減速した上で。
水晶壁破壊の衝撃波が、コロニー全体に広がる。衝撃と熱波が駆け抜け、建物を吹き飛ばす。その威力は、この建物にも及ぶ。
ガラスが膨らんだかと錯覚するほど撓み、その後に破裂する。
突風と共に襲うガラス片からキラーを庇う様に、私は彼女に覆い被さり、衝撃に耐えられずに降り注ぐ瓦礫をヴィヴィが切り開く。
「水晶壁が……意図も容易く」
単体でこれほどまでの火力を誇る生命体は類を見ない。恐らく、雪による変異と元となった者との相性が良かったのだろう。それは、変異というよりも進化や覚醒に近い。
私は、伝説の瞬間に立ち会ったような感覚を覚えた。




