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退廃世界のパラドックス  作者: アマテル
退廃世界0章∶そして、始まる物語
1/33

1.流星

 全身に浮遊感を覚える。耳にしたのは、風切り音と名前を呼ぶ声。その声が次第に遠ざかっていく。視界に映る星空と白い流星を見て、俺は満足げに瞼を閉じた。


 この世界は、ある日突然滅んだ。

 未知の生物がこの星に飛来してきた。

 突然変異で化け物が生まれた。

 そんな噂ばかりが伝染し、確かな情報は一切無い。ただ、判っている事と言えば、そんな奴らによって各国は手を組む前に亡んでしまった。

 世界各地、同時期に未知の生物が突如現れ、奴らは破壊の限りを尽くした。安全圏なんて存在しない。残存する人類の数は不明だが、この状況で一億人も残っているとは思えない。故に、人類は百分の一にでもなったのだろう。


 俺はゴーグルに付いた雪を振り払う。残り少ないマスクの耐久力を危惧し、足早にコロニーに向かった。

 日は既に傾き、広大な雪原を照らす。歩く度に雪が舞う。これ程綺麗な殺人兵器は、他に存在しないだろう。


 白い、美しくすら見える純白の雲から振る未知の白い物質。その粒子状の姿から『雪』と呼ばれている。その性質は、決して前時代のようなの氷の結晶ではない。

 雪を一定量吸引すると身体が変異するのだ。骨が皮膚を突き破るほど異常発達する、全身の肉がゲル状になる等、変異は多種多様であり、その過程で死ぬものが殆ど。故に現代において雪の吸引を抑えるマスクは必須とされている。


 目標地点につき、鉄製の大扉――『ゲート』の前に立ち、応対ボタンを押す。

 コロニーと外界を隔てるゲートは、文字通り最後の砦だ。ゲートが破られれば最後、そこから未知の生物や雪が流れ込む。

 コロニー内の人間、全ての命を繋ぐ鉄の塊だ。そのため、ゲートを見ればそのコロニーや周辺環境が大まかに判るとされている。

 グローブ越し触れても判る重厚な鋼鉄の一枚壁には、所々に引っ掻き傷とも切り傷とも取れる痕跡が刻まれている。決して深くはないが、鋼鉄に傷を付ける程の武器を持つものがいる証拠だ。

 傷はゲート下部に集中しており、上部は余り傷が見られない。

 待っているとスピーカからノイズが聴こえ、それを合図に俺は口を開く。


「依頼の荷物を届けに来たよ」

「『船頭』さんですね。荷物は籠に、報酬は前もって入れておきます」


 船頭とはコロニー同士の物流を携わる、俗に言う運び屋の俗称である。雪に満ちた外界を海と比喩しての名称だ。似たような言葉で、コロニー内で何らかの悪事を働き、追放になることを流刑と言う。

 ゲート脇の小窓の前でリュックを下ろし、中から梱包された荷物を取り出し小窓を開く。小窓の中の籠には、今回の報酬である一週間程の携行食とガスマスクのキャニスター、電池や浄化剤、水等の消耗品が入っていた。いつもより二日分程多い報酬に、嫌な気配を感じ取る。

 報酬と荷物を入れ替えると小窓を締め、再度応対ボタンを押す。


「入れた。確認して」

「確認完了しました。それでなんですが……」


 受付けが言いにくそうな雰囲気を放っているのを感じ取り、予想を付ける。増えた分の報酬は手切れ金なのだろう。

 正直、それにしてはシケている。これから訪れる冬を、二日分の報酬で切り抜けられるはずがない。


「追加の依頼は無いってこと?」

「最近、船頭と偽って危険物をコロニーに送り込む人が増えてるんです」


 危険物、一瞬爆発物が脳裏に過ぎったが、すぐに雪辺りを噴霧する兵器だと理解した。

 コロニーに爆発物を入れたとする。爆破も成功したとする。確かにコロニーを襲い、物資の略奪もできるだろう。しかし、コロニーの再利用は出来ない。逆に雪を噴霧させるのなら、コロニー内の汚染度が上がるだけでコロニーの再利用も可能、物資も略奪出来る。

 このご時世に盗賊紛いの行為を行う奴らは、汚染度が上がった程度ではビビらない。そもそも、コロニー外で生活している時点で汚染はされている。そう考えるとコロニーの外からコロニー内を攻撃するのに雪以上効果的なものはない。


「事情は判った。でも、俺の身分は……」

「解ってます。あなたを疑ってる訳じゃないんです。でも、コロニー同士の方針で物資運搬は調査部隊が兼任するって……」


 盗賊の狙いが理解出来た。

 盗賊が狙っているのはコロニーでは無い。船頭のようなコロニー外の生存者だ。コロニーからの支援を断つ事で、生存者を疲弊させ狩る。結果、外の物資の収集がしやすくなり、コロニーにもダメージを与える事が可能。

 恐らく、狙いがコロニー外の生存者だということは、コロニーに住んでいる人には判らないだろう。


「コロニーの支援がなくなったら、船頭が全滅するってことは……判ってる?」

「え……?」

「支援無しでどうやって冬を越すのさ」


 受付けがハッと気が付いた様に息を吸った。彼女は何かに気が付いたようで、少し黙り込んだ。


「調査部隊に船頭……というか外の生存者を組み込む話は?」

「冬に調査は行わないんです……」


 彼女の反応からするに、コロニー内の重役は薄々狙いがこっちだと気が付いている様に思える。気が付いた上で、生存者を切り捨てようとしている。それはコロニー内を守る為で、理解も出来る。だから、俺はそれ以上食い下がるのを辞めた。


「あの、何処に住んでるか教えてくれたら……私が物資を送ります」

「ありがとう。でも遠慮するよ」


 調査を行わないという事は、ゲートがそもそも開かないという事だ。そんな状況で物資の配達を行ってバレないはずがない。そうなれば、危険なのは彼女の方だ。

 仮に彼女が配給された物資でも、第三者目線はコロニーからコロニー外への不正な密輸だ。そうなれば、彼女が追放される。越冬も自分一人なら、まだ可能性はある。しかし、二人は不可能だ。そこまでのリスクは負えない。

 受付けが何か言い出しそうな気配あったので、俺はスピーカーを切り、足早にその場を後にした。



・・・



 世界が滅んでから暫く経ったが、未だに人の入れそうなマンションくらいは探せば見つかる。コロニーで居住出来ない人はそういった場所で一晩を明かす。

 マンションの一室に入るとタオルを拝借して水で濡らし、身体に付着した雪を拭き取る。

 俺はため息を吐きながら恐る恐る袖を捲る。

 左腕の血管が、黒く肥大化して皮膚から一部突き出している。昔は力を込めると膨らむ程度だったが、今となっては身体の一部の様に自在に動く。それは、もはや血管も言うより触手だ。


 変異は五段階でレベル別けしてある。

 レベルⅠ∶体液や瞳の色の変化。体臭の変化。声変わり。体毛が濃くなる、もしくは著しく薄くなる。皮膚がかさつく等。

 レベルⅡ∶身体の一部の肥大化。皮膚が硬くなる。体毛が動くようになる。本来人間にはない部位に骨が生まれる。身体に穴が開く。身体の関節が捻れる等。

 レベルⅢ∶本来人間にはない器官の発生。手足の退化。赤外線、及び紫外線の可視化。骨格レベルでの変異の兆候等。

 レベルⅣ∶レベルⅢで現れた特徴の発達化。身体が構成物質レベルでの変異。完全に草食化する、プラスチック等の物質が消化可能になる等、消化吸収能力の変化等。

 レベルⅤ∶人間だと判断できない程の変異。常に凶暴化、もしくは錯乱に似た精神状態となる。元の人格の消失等。


 変異レベルはⅢに差し掛かったくらいだろう。俺がコロニーに居住出来ない理由の一つだ。

 変異レベルが進行すれば、自分一人で動けなくなる可能性が出てくる。その時、変異レベルⅡならまだ良い。問題は変異レベルⅢ以降。万が一他者に害がある様な器官が生まれ、独力での行動ができない場合、変異者の居る区画は封鎖しなければならない。狭いコロニーにそんな余裕はない。

 この辺りのコロニーは、居住区画や生産区画、保存区画と別れている。変異者の隔離とは、居住区画の封鎖の事だ。まして、隔離したとしても完全に無害化出来るとは限らない。

 変異者の発する害がガスや鱗粉、胞子といった類なら、封鎖したダクトから年月をかけ漏れ出てくる事だって考えられる。そうなれば、コロニーを破棄しなければならない。

 つまり、変異レベルⅢの人間にはない器官の発生が起こる前の段階レベルⅡ、そこがコロニー追放の線引となっていた。

 変異レベルⅢの自分がコロニーに住めないのには、そういった理由がある。


 触手の感覚は鋭敏だ。プラスチックの擦れた傷のような、目で見えるが指で触れても判らないものも、ハッキリとした凹凸として捉えることができる。まるで本来の身体が手袋越しとも思える様な感覚。

 触手は左腕から四本生えている。伸縮自在で硬さも骨くらいには硬く出来る。触手の本数を減らす事で伸ばせる長さも増え、最長は十メートル。

 人の身体の血管は合計すると地球二週半と言われているが、左腕一つから出せる触手の長さから足りない。単純に血管が触手に変異したというわけでは無さそうだ。

 俺は触手を伸ばして硬化させ、試しに折ってみる。痛くはあるが、耐えられない程ではない。また、硬化した触手は数秒後に元の柔らかさに戻ると、次第にゲル状に変化し溶けて消えた。

 触手の本体の方はというと、切断した後は瞬時に塞がり、量も次第に元に戻った。代わりに目眩がするため、恐らく再生には血が必要なのだろう。

 大小様々ある携行食の小包の中、片手に収まる物を手に取り包を開ける。携行食の中でもオーソドックスなエナジーバーで、それを咥えながら出した荷物をしまう。

 食料はおよそ一月程の蓄え、今年は変異した野生動物――『変異獣』が活発化していた為にこなせる仕事が少なく、このままでは冬を越せるか怪しい。

 この世界に成ってから冬は地獄だ。常に体温を奪われ、肉体が変異する雪と本来の雪が混在する影響で、いつ変異が進行するか判らず、物音が一も切聞こえない。それに、空も大地も建物も全てが白一色に包まれた世界は、方向感覚と距離感を狂わせる。建物や獣は、迷彩のように目視での発見が困難となる。冬に行動出来る様に変異した獣達に見付かれば終わりだ。

 前までは偶然知り合った変異者同士、互いに助け合い乗り切りはしたが、彼女達に関しても音沙汰無い。護衛代わりに雇ってくれるコロニーでも無ければ、凍死か飢え死にする他ない。

 途方に暮れいると、視界の端に青白い流星が駆け抜ける。直後、外から車の衝突音に似た音と地響きがし、即座にリュックを背負うと窓の外を確認する。

 青い光が点滅した、棺程の大きさのカプセルを見て驚愕した。


「コールドポッド?!」


 『コールドポッド』は異星人が人間を捕獲、収容に用いる小型の保存容器の事だ。ランプが点灯しているということは、中に人が居る事を指していた。

 あんな音が鳴った場所に向かおうなんて人間は居ない。それに加え、最近の活発化した変異獣が何もしないとは思えない。このままでは中に居る人は助からない。

 冷静な判断ではないと理解していながらも、俺は借宿から飛び出した。青い光を頼りに走る。

 そこは、淡い月明かりに照らされた公園の跡地だった。雪と荒廃によって遊具は既にないが、周囲が変異した木で覆われ、所々に元の遊具の素材となる鉄板や鉄パイプ、コンクリートの破片が雪の下に埋まっているのが見える。そこの丁度中央に、ポッドは埋もれていた。

 ポッドを取り囲む三体の変異獣を見て、緊張が走る。変異獣はまるで人狼のような風貌で、金槌を振り下ろすかのように拳でコールドポッドを殴打していた。確実に敵意を持っていて、戦闘を避けれる気配は微塵もない。

 変異獣のうち一体は他と比べ大柄で、腹部に妙な傷がある。リーダー格と見て間違いはなさそうだ。

 荷物を捨て、左袖を捲る。外で肌を露出する行為は汚染確率を上げるが、四の五の言っている暇はない。

 触手を細く硬化させナイフで鋭利に切断、別の触手を木に絡め固定する。そして、硬化させた触手を矢に、木に絡めた触手を弦に、左腕を弓幹に見立る。その姿勢は、どことなくビリヤードに似ていた。


「スゥ……」


 息を鋭く吸い、矢の硬化が解ける前に呼吸を止め放つ。矢から指を離す瞬間に、弦と化した触手も同時に操作し放つ一矢。それは、変異獣一体の首を貫いた。

 再度、追撃の為に触手を硬化させようとしたときだった。残る変異獣のニ体が四足獣の様に距離を詰める。雪の大地をバイクさながらの速度で疾走する相手に、速度では敵わない。

 だが、それは足ならの話だ。

 木に絡めた触手を回収し、今度は頭上の枝に絡め、触手の伸縮性を持って跳躍する。身体は木を軽く越え、宙を舞う。そして、落下に合わせて触手を縮め、落下速度を加速させる。

 距離を詰めていた変異獣は、咄嗟に迎え撃たんと立ち上がる。が、もう遅い。変異獣が構えるより早く、落下の勢いに身を任せ、構えたナイフを変異獣に投擲する。落下と触手の伸縮により、速度と威力が加算された一撃は、意図も容易く変異獣の頭部に突き刺さる。

 触手を命綱に墜落を阻止し、着地する。本来、人体に有るはずのない触手の連続操作と再生のツケが回って来たようで、目眩と頭痛が走る。その隙きを最後の一体は逃さなかった。

 背後に回り込んだ最後の一体、リーダー格の変異獣が構える間すら与えず俺を拳で殴打する。脇腹にミシリという嫌な音が鳴り、踏ん張りが効かずにそのまま吹き飛ばされる。勢いを殺す事が出来ずにポッドに側頭部を打ち付けた。

 頭に響く鈍痛を堪え、ポッドに体重を預けながら立ち上がる。その最中、ポッドがピッという電子音を鳴らす。直後、ポッド内から声が聞こえるが、音が籠もっていたため聞き取る事は出来ない。


「大丈夫。……すぐに助ける」


 ポッドの中と自分にそう言い聞かせ、奮い立つ。

 全身に痛みと痺れを感じる。触手、正確には左腕が上手く動かない。受けた攻撃が殴打だったのは幸いで、爪や牙で切り傷を負っていたら、そこから雪が侵入していた。

 激しく鼓動する心臓を抑える様に、右手を胸に当て深呼吸する。少し頭が冷静になったのを感じ、状況を再確認した。

 武器はない。ナイフは、変異獣の亡骸に刺さったままで回収は困難。雪を素肌で浴びている左腕は、汚染の兆候の痙攣を起こしている。触手の動きは悪いが、汚染による機能不全はおこしておらず、無理をすれば一撃なら辛うじて浴びせられる事が出来そうに思える。

 残弾一発の拳銃で獣狩るようなものだ。外せばその瞬間詰み、しかも、的確に敵の弱点を射抜かなければならない。そのプレッシャーだけで押し潰されそうになる。

 変異獣がゆっくりと近付く。こちらの傷を伺う様に、慎重な足取りで距離を詰める。

 左腕が汚染により機能不全を起こしている現状、長期戦をした場合、機能不全が左腕から全身に広がる可能性も考えられる。

 俺は姿勢を低くすると息を吸い、距離を詰めた。変異獣が拳を構えるのを目視し、地面を転がる様に緊急避難しつつ、雪を巻き上げる。瞬間、視界を変異獣の拳が通過する。マスクが拳を掠め、音を立てながら彼方に吹き飛んでいった。

 今しかないと直感し、左腕を抱えショルダータックルを極める。が、変異獣は意に介さない。

 俺は再度息を吸い、触手に神経を集中させる。


「ハァァァ!!」


 左肘、零距離から放たれた触手が変異獣の腹部を貫通した。大きく仰反る変異に確かな手応えを感じるが、突如として全身から力が抜ける。マスクが破壊され、自身で巻き上げた雪を直に吸い込んだ影響だと理解するも、倒れない様にこらえるのが精いっぱいだ。

 死を覚悟する。が、変異獣の追撃が来ない。その代わりに、憎々しげに俺の方を睨みつけていた。


「――ありがとう」


 耳元から透き通る様な女性の声が聞こえた。そして、背後から俺にマスクを被せる。後ろから抱きしめる様に立つ彼女に、自然と身体を預けていた。


「下がれ」


 彼女が忠告するも、変異獣は激昂した様子で飛び掛かる。その時、白い閃光が変異獣の頭部を貫き、消し飛ばした。

 その閃光を兵器として用いる種族は一つしか知らない。

 俺はゆっくりと振り返る。

 そこに居たのは、美しい少女の様な姿をした――

 異星人だった。

 コールドポッドについて

 コールドポッドは生き物を『入れた時点の状態で保存する』機械であり、仮に何年入れていても命に別状はない。そのため、コールドポッド内で死ぬことは無いが傷が治ることもない。あくまで現状を保存する機械。

 似たものでスリープポッドがあり、そちらは傷の治療を行えるが身体は老化するため、入れたまま放置すると死んでしまう。


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