文也とぼくとけん玉
文也の家は、ちょっと臭い。
文也のお父さんの灰皿とか、ずっと置いてあるゴミ袋とか、洗ってない食器とか、思い当たることはたくさんある。
でも、僕は毎日のように文也の家に行った。
僕が家のチャイムを押すと、ガチャリとドアが開く。
「おい、今日は何するんだ」
文也が僕を睨んで、いつもそう言う。Tシャツもいつもと変わらない、ブルドックの顔がプリントされてるやつだ。文也とブルドッグの顔がすごく似てるから、面白い。
「なんでもいいよ。早く遊ぼう」
何百回と言った言葉を、今日も言った。
文也の家にはお母さんがいない。文也と、お父さんと、犬。それが文也の家族のかたちだ。
一度なんでお母さんがいないか文也に聞いたことがある。その時は、「しらねえよ」っていってた。
それっきり、文也にお母さんについて聞いていない。
僕たちは、持ってきたオセロで遊んだ。
オセロで勝つためには、一番外側を取らないように置くのがコツだ。それを知っていた僕は、文也に全勝した。
文也は顔を真っ赤にして怒って、すぐにやめちゃった。
「おいタケ、けん玉やるぞ」
文也は何かで負けるとすぐにけん玉勝負をしかけてくる。
僕はけん玉を持ってないし、文也はけん玉しかおもちゃをもってない。だから、一回も勝ったことがない。
正直いやだったけど、文也に向けられたけん玉を、僕はしぶしぶ受け取った。
すうっ、かつん、かつん、さくっ。
えいと投げた玉が、大きな皿、小さな皿に乗って、最後には剣先に刺さった。それは、文也も成功したことがない技だった。
「やったよ、はいったよ文也!」
文也はふんと鼻を鳴らし、絆創膏が貼ってあるほっぺたをかいた。僕たちは、顔を見合わせて笑いあった。
次の日、チャイムを鳴らしても文也が出てこなかった。窓の方を見ると、カーテンの奥で影が少し動いていた。
仕方なく家に帰った。
なんでかわからないけど、すごく悲しくなって大声で泣いた。お母さんがびっくりして、僕を抱きしめた。よしよしと頭をなでる手は、暖かかった。
夜は、お父さんと一緒に寝た。絵本を読んでくれたり、今日あったことをうんうんと聞いてくれた。
いつも笑っているお父さんが、すごく真剣な顔をしていた。
それから、文也とは一回も会えなかった。
久しぶりに玉を投げると、皿からはすぐに零れ落ちた。