何者でもなく
朝の日差しにしびれを切らす
昼の歓声に苛立ちを覚える
夕の斜陽に絶望する
夜の後悔は爪痕を遺す
あぁ、いつか見た純粋無垢な少年は冬を前にして過去へと散った
胸を張って生きようとした彼は冬に枯れることもできず、死にかけている
冷たさは肌を突き刺し、生々しい赤く醜い裂け目を刻みつける、どれほど残酷で狂気的でもそれは自然の脅威であり、抗うことはできない
抗えられない寒さと痛み、やがて進める足も疎かになり、とうとう倒れる
足を止めればそれなりに楽だった
あとは死を待つのみだった
希望はなくとも、その安寧に彼は救いを感じた
白雪を眺めるだけの余生、彼はそれを良しとして、少しの幸せとして享受した
白雪の先には暗い暗い吹雪に埋もれた白亜の世界があるのみ
凝視しているうちに視界が混濁し、白き現実と幻想の境界を曖昧にしていく
降り積もらんとする雪に肌を冷やされ幻影を見る
朝は一人で蒼い草原を駆けようとした
昼は仲間とともに街に行こうとした
夕は沈む陽を思って塔を登ろうとした
そして、夜は火を消して夢をみていたはずだった
幻影の中の希望の星の記憶
雪の合間から未だに輝く幻想
幻想を求める彼は今冬に押し潰される
彼はそれでも最後まで盲信していたのだろう
私には見える
吹雪が聞かせる銀の流れ、その慟哭の中に彼の信念が独りでに彷徨うところが
諦めはつかないものだ
死ぬ間際までは誰しもが生きている、そんな当たり前のことのように、ここまで消え入りそうな冬の中私の中の彼は未だに生きている
もはや希望は零落した
もはや幻想は幻覚に堕ちた
もはや全てを投げ出すことは罪となった
もはや夢は追いかけることは叶わない
それでも唸る彼の声
遠い思い出の果てから来る美化された声
目を瞑っても消えないたった一つの人の声
希望はなくても、もう消えてしまっても、過去には本当に希望はあったのだと主張する
忘れないでと嘆いている
私は雪の肌から起き上がり、空を見上げる
朝か夜かも分からない灰色の曇天
吹雪のその隙間、寒さの途絶えたその隙が最後の機会だろう
霜焼けた足を引きずる、砕けても構わない
弱った肺で空気を吸い込む、凍てついたとしても
両目を見開き先を視る、そこに星などないのに
あぁ、歩むことは辛い
倒れていた方がずっとマシなのがなんと皮肉なことだろう
冬の道には花すらない、しかもその先に楽園があるわけでもない
なんて辛く苦しい旅路だろう
だが、それでも
いつか来る春、花咲き誇り、暖かく柔らかな風の吹く時代を思い出して、進むのみ
私は何者でもない
私は何者でなくていい