最終話-宵に啼く竜は――暁に鳥の夢を見る。
――火山の爆ぜる音が聞こえる……
空に立ち上る煙は雲となり、地上に雨を降らす。それは時に濁流となり、地上のすべてを飲み込んでいく。
最近、地球の活動が活発になってきた。
「……6500万年前に起きた、あの絶滅が近いんだ」
俺は空を見上げて、つぶやいた。そこには数ヶ月前から彗星の姿が見える。
――あの宙の尾をなびかせる流星は、いつこの地球の空に到達するのだろうか。
隕石の衝突。
チリは大気を覆い太陽光をさえぎる。これは、数年から数十年続くといわれている。
恐竜は津波や噴火に巻き込まれ生き残れなかった。大気中に満ちた二酸化炭素や火山性のガスで中毒を起こして生き残れなかった。
太陽がさえぎられ植物は枯れ、植物食恐竜は飢えて生き残れなかった。獲物を失って肉食恐竜は飢えて生き残れなかった。恐竜は寒さで生き残れなかった。
様々な説があるが、恐竜の歴史は必ず終わりを迎えるのだ。
――しかし、俺は世界の破滅なんて、怖くなかった。
俺がこの世界に飛ばされて、もう数年が経つだろうか。未だに現代へ帰れる気配は無い。
正確な暦の無い恐竜時代において、時の流れというものは、自然の大雑把な移り変わり、つまり昼か夜か、雨の多い時期か少ない時期か、それから、月の満ち欠けの様子くらいしか手がかりが無いのだ。しかし、ここに来てだいぶ経ったことは確かだ。
この頃になると俺は帰ることはあきらめていた。この時代を生きて、この土地に骨を埋めようと決めたのだ。なにせ俺は、群れで知り合った可愛い娘と結婚して子供をもうけたのだから。
「あら、この子はちょっと、羽が変わっているね」
羽の生え変わったばかりの子供を見て、俺の嫁が言う。
「でも、ますます君に似て、かわいいじゃないか」
子供の前だけれど、いちゃいちゃしてやるぜ!
しかし、確かに少し変わっている我が子の風切羽の形を見て、俺はふと思った。もしかして、いま、歴史的な瞬間にいるのではないだろうか? いくら恐竜の 姿を似せたとはいえ……俺は、もともとは人間。その不測の……この時代にあるはずの無い未来にある遺伝子と、純粋な恐竜の間に生まれた子ども……普通の恐竜が生まれると思うか?
空を飛べる羽へと進化を促す原因が、過去に飛ばされた者によるものだったとしたら……?
飛ぶ鳥と飛ばない鳥は、早い段階で分岐したと言われているが、それは新生代の初めと言われている……しかし、その兆しが中生代末期にあってもおかしくない。詳しいことは『今後』を見てみないと分からない。
「まさか、おれたちが鳥類のアダムとイブ?」
「?」
俺の嫁は、きょとんとしている。それはそうだ、この世界には無い言葉、無い言い回しなのだから。
「ま、とにかく、俺たちの子供は、特別かわいいということさ」
俺の子供たちは成長すると、誰よりもうまく空を舞うように滑空した。
数世代後には、完全に空へ向かう者が現れるかもしれない。
俺がいなくなっても、俺の子供たちがいる。その子らがいなくっても、孫たちが。もう、一人ではない。たとえ明日に恐竜という種が絶滅しようとも、進化の先に未来は来るのだから。
そして、脈々と受け継がれる進化の結晶は――
――俺の産まれたあの時代の空を自由に羽ばいていることだろう……