五・深き白に凍みる赤き雫。
カグヤたちの群れは、森から程近い草原に夜営していた。大半の者は休んでいるようだが、ちらほらと見張りの姿があるのが見えた。
「こんなにたくさん……」
「わたしたちの群れは、ここら辺では一番大きいのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ここら辺は、食べ物も豊富だからね」
群れに近づいたとき、俺は見張りと目があった。一瞬、警戒の色を浮かべた瞳で睨まれたが、カグヤといるおかげか、それ以上のことはおきなかった。これだけ大きな群れなのに、部外者と関係者を見分けるとは、さすが見張りをするだけのことはあると、俺は感心した。
「……まずは、長に許可をもらわないとね」
カグヤは、メブキとハヤテを少し年上の恐竜にたくし、俺を長のいる場所へ案内する。
「深き白に凍みる赤き雫の娘さま、夜分遅くに申し訳ありません」
カグヤは少し白っぽい鱗に、赤茶色の瞳を持っている女性の恐竜に話しかけた。もしかしたら彼女は少しアルビノが入っているのかもしれない。
この目の前の恐竜……なんというのか、出来る女って感じの雰囲気が漂っている。これも、恐竜になったがゆえの本能的なものなのだろうか。この目の前の恐竜がなんとなく自分よりもかなり優れているような感覚に陥るのだ。
「深き白に凍みる赤き雫……白雪姫」
俺は、深き白に凍みる赤き雫と聞いて脳裏によぎった言葉をそっとつぶやいた。白雪姫というよりは、白雪姫の継母って感じだが。
「……月の輝く夜に舞う娘よ。後ろの者は?」
見慣れぬ者に長の瞳が細まった。警戒とまではいかないが、俺の姿をその鋭い眼光で隅々まで観察している。
「はい。群れからはぐれたそうで、森の近くで会いました……」
「……ほぅ。では、お前はあの森に住んでいるのか?」
俺は現代からこの時代へ来たときに、あの森にいたのだ。入ったと言うよりは、現れたといったほうが正しいだろう。しかし、それを説明したところで理解してもらえるとは到底思えないだろう。しかし、森にいたことは確かなので、肯定の返事をする。
「はい……森にいました」
その答えに、長の瞳はますます細まる。
まるですべてを見透かしているかような、この若い恐竜の本質がこの時代にないものと見抜いているかのような、そんな気分に俺はなった。もし人間だったら、背中につめたい汗を大量にかいていただろう。しかし、恐竜に哺乳類のような汗腺はない。ただ、ほんのり冷たい電気信号のようなぞわっとした感じだけが、羽毛の間を気持ち悪くまとわりついるだけであった。
「うむ、少し『毛色』が変わっているが……害意は無いようだ。よかろう、この者を群れの一員として迎えよう」
「あ、ありがとうございます。よろしくおねがいします」
そう言葉を紡ぐので、精一杯だった。
「深き白に凍みる赤き雫の娘、さまって……なんか、こう……すごく迫力あるね」
「だから、群れの長ができるのかもね」
「そうだろうね」
「うふふ。見た目でそう思うかもしれないけれど、とてもやさしい方よ。今日は夜も遅いから休みましょう。日が昇ったら、群れのみんなに紹介するね」
こうして、俺はカグヤの群れに受け入れられ、1日目の夜は終わろうとしているのだった。