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四・月の輝く夜に舞う。

 青い空に黄昏が迫ってきていた。

 草むらの虫の声が鳴いている。時折、鳥とも獣ともわからぬ生き物の小さな鳴き声が風に乗って微かに聞こえる。それは、危機迫るものでもなく、虫や葉擦れの音と共に心地よい音楽となっていた。

 恐竜達の生きたこの時代、夕焼けに響くカラスの声はまだ存在しない。白堊紀ともなれば、恐竜の面影を残しつつも鳥のような姿をした生物は存在していた。しかし、空はまだ翼竜の支配下であり、まだまだ日陰の存在であった。


 空を見れば太陽のある方角が、うっすらと黄みがかった色になっている。雲も傾いた太陽の光に照らされ、薄い空で赤や黄に染まっていた。数刻もしないうちに、夜になり、電気のない世界は、あっという間に闇に包まれてしまうだろう。

 まだ、明るいうちに、安全そうなところを寝床を確保したかった。夜は、危険な肉食の生き物がうろついているかもしれないのだ。

「いい場所見つかるといいな」


 木々が茂り視界も狭く塗装されていない道は、整備された環境に慣れている現代人にとって歩き辛い。木の根につまずかないように足元に気をつけながら、俺は森の中を探索した。

 

 空はすっかり夕闇に包まれ、太陽の沈む地平線の赤以外は群青の色になった。寝床を探すために森の中を歩きはじめて数刻。予想よりも早く、その場所は見つかった。そこは小高い丘の麓で、草木の陰に隠れてそっと口をあけていた。

「洞窟だ。使われていないようだったら、今日はここを使うか」

 伺うようにそっと洞窟を覗き込む。入り口は、小さめだが、奥のほうは広くなっている。自然にできた穴のようだ。暗い洞窟内には、何も無かった。洞窟はそんなに広いものではなかったが、眠る分には充分な広さがあった。

「だいぶ、使われていない」

 恐竜になったせいだろうか、臭いでわかるのだ。しばらく生き物がここにいたという形跡(におい)が無いということが。


 俺は近くに生えていた身の丈ほどの草を千切り、洞窟の土の地面に軽く敷いた。布団代わりだ。入り口も見つからないように、気持ち程度だが、葉を立てかけて隠した。

「今日のところは、これでいいかな」

 俺は積まれた草に足の指先を押し込んで、具合を調べる。そして、「ひゃほぉぉい!」と、せいので草の山に飛び込んだ。

「草の布団だぁ!」

 体は草まみれになった。


「羽の間に、草が入り込んだ! なんか、ちくちくして、くすぐったい。ちょっと暴れすぎだな」

 身を振るい草を払い、散らばった草を再びかき集め眠れるように整えた。

「まぁ、とにかく今日は休もうか」

 明日に備え、早めに眠ることにした。


 横になったのはいいものの、興奮してなかなか寝付けなかった。

「……夜の散歩しよう」

 草を積み上げただけの布団から起きだし、洞窟の外へ向かった。何が出るかわからないので、昼間拾った持ちやすい石も忘れない。


 洞窟の外に広がる森の闇は本当に暗い。西の空の赤みが消え、空はすっかり夜の色だった。しかし、月明かりで予想よりも空は明るかった。

「それにしても、明かりが少ないのに、森が見えるってなんだか不思議な感じ。赤外線とか、見えているのかな」

 この恐竜の目は、色は消えて赤外線カメラで見たときの映像に近い灰色の世界だが、困らない程度に暗視ができた。

「こんだけ見えれば、不便はないな」

 空を見上げれば、木々の合間から見える空に月が大きくある。

「満月か……月はあんまり変わらないんだね。もうちょっと大きいかもと、思っていたけれど」

 月は地球とともに歩み始めてから年に数cmづつ離れていっているということを知っていた。つまり恐竜の時代は、現代よりも近いところに月があったということになるのだが、見た限りそんなに変わらないように感じた。


 

 俺は、森の中を歩いていく。今まで、危険な気配を感じなかったので、おそらく危険な生き物は近くにいないのだろう。そう思えば、代わり映えのしない黒い木々の景色も怖くない。俺は、すっかり安心しきっていた。

 何か小動物が逃げ去るときに揺れるかすかな草の音や、自らの足が踏んだ枝の折れる音に驚き、手に持つ石を構えてしまうこともあったが、そんな些細なことに脈打つ鼓動も、それもまた新鮮で冒険心をくすぐっていた。ここで起こるすべてのことに心が躍っていた。

 だから、ふと風に乗って、何か声のようなものが流れてきた時も、俺は迷わずそちらのほうへ向かった。



 声は変わらず、あの暗がりの向こうから聞こえている。俺のいるこの場所からだと微かにしか聞こえないが、確かに声がする。音を立てないよう気配を殺しながら、声のするほうへ足を向けた。声のする方向は、森の終わり、森の外だった。俺は草むらから、そっと様子をうかがった。

 そこには女の子の恐竜が1匹と、少し幼い男の子の恐竜が2匹、合計3匹の恐竜がいた。全体的に茶かかった橙色で羽の先は黒い色をしていて、ところどころ白い斑点のような模様がある。頭の鶏冠部分には、黒と橙で構成されている羽飾りがある。

 小さな恐竜はまだ遊びたい盛りなのか、ちょっと進んで落ちている枝をくわえては放り投げ、ちょっと進んでは草をちぎり、なかなか積極的に帰るそぶりを見せていなかった。

「あ、恐竜だ」

 はじめて、自分以外の恐竜を間近で見た感動。しかしそれを上回る衝撃が走っていた。俺はそれを確かめるために、さらに3匹の恐竜たちの言葉に耳を傾けた。


「もう、何回言えばわかるの? 早く来なさい。おいていくわよ」

 女の子の恐竜が、少し苛立ちを見せながらそう言っている。

「ちょっとだけ、待ってよ」

 恐竜たちは、日本語で、確かにそう言っていたのだ。


「恐竜がしゃべっているよ」

 よくよく見てみれば、おそらく同種の恐竜だ。

 俺は恐竜になり彼らの言葉を理解できるようになったのではないかと、そういう仮説を立てた。そういえば、彼らの性別やおおよその年齢も判別できた。恐竜の体になったことで、その恐竜に必要な最低限の能力が身についたのかもしれない。

「本当に、俺は恐竜になったんだ……」

 なんだか、夢見たいな話だ。


 言葉が分かるということもあり、俺は意を決し、あの恐竜たちに声をかけることにした。



「だれ?」

 草むらから現れた気配に、女の子の恐竜は声を上げる。今まで少し離れた所でぐずっていた2匹の小さな恐竜は、その声を聞いて異常に気がつき、彼女にしがみつくように陰にすばやく隠れた。

 その恐竜は全体的に茶かかった橙色で羽の先は黒い色をしていて、ところどころ白い斑点のような模様がある。頭の鶏冠部分には、黒と橙で構成されてる羽飾りがあって、その羽飾りが、今は警戒を表しているかのように大きく開いている。襲ってくる様子はないようだが、舐めるように観察している。


 彼女はつぶらな瞳をもつかわいらしい恐竜だが、今は警戒の少し険しい顔つきで、俺を睨んでいる。

「俺は怪しい者ではないよ。森を散策していたら、声が聞こえたから……」

 俺は、怖がらせないようにやさしく言った。

「あら、あなたは? 見かけない顔ね……」

 同種の恐竜だったので、安心したのだろう、少しだけ肩の力を抜いたようだ。


「わたしは、月の輝く夜に舞う娘、よ」と、彼女はそう名前を名乗った。

「月の輝く……夜に舞う……娘?」

 俺はそうつぶやいた。まるで文章のような聞きなれぬ名前に困惑する。

「そうよ。で、これが、わたしの群れの子たちで、『草原を疾走す風の息子』と『春の初めに芽が吹く息子』よ」

「ボ、ボクは、草原を疾走す風の息子です」

 幼いもののしっかりとした口調でそう述べた。

 春の初めに芽が吹く息子と呼ばれた恐竜の子は、人見知りするのだろうか、未だに様子を伺いながらも、姿をあらわそうとしない。


「ええと、俺は、新城 賢次郎」

「アラキケンジロ……ずいぶん言いにくい名前ね」

「君たち風に言うならば……新しき城の賢い二番目の息子? まぁ、呼ぶならば、ケンでいいよ」

 俺は、自分の名前を恐竜たちが名乗ったような感じに文章化したものを名乗った。

「ケン、ね。ずいぶん、短い名前ね……」


「……月の輝く夜に舞う娘、か……カグヤって覚えておこう……」

 俺は、そうつぶやいた。

「かぐや?」

 聞きなれない響きの言葉に、彼女は首をかしげている。

「 『輝く夜』と言う部分を使って、カグヤ。月の輝く夜に舞う娘さんの愛称みたいなものだな」

「愛称……カグヤ……不思議な響きね」

「愛称で言えば、俺はケンって呼ばれている。そんな感じのものだ」

「ふぅん……ねぇ、わたしのこと、カグヤって呼んで。わたしも、ケンって呼ぶから……うふふ」

 カグヤは、うれしそうに笑顔で言った。


「ぼくも、ぼくも~。カグヤみたいなのほちい!」

 カグヤと親しく話していたこともあり、警戒や緊張がとけたのだろうか、春の初めに芽が吹く息子が俺の周りを回って催促している。

「君は確か、 春の初めに芽が吹く息子だったよな……メブキでどうだ?」

「ぼくは、メブキ~」

 まるで外国から来た子供が、漢字で自分の名前を書いてもらった後と同じような喜びようである。走り回りながら「メブキ、メブキ」と繰り返し言っている。


「ボ、ボクも、いいですか?」

「草原を疾走す風の息子だから……ハヤテかな」

「ありがとうございます。ハヤテ、速そうな名前です」

 少し照れながらも、ハヤテは珍しさと新しさに、うれしそうに喜んでいるようだ。



「そういえば、あなたは、遠いところからきたの? 名前がとても珍らしいし……」

「う~ん、そうだね。遠いといえば、遠いところから来たよ」

 それは、距離的ではなく、時間的な隔たりなのだが。


「あぁ、やっぱり、遠いところから来たのね。遠いところはこことはちょっと違うって、そう聞いた事があるから。わたしは、そういうのに、初めて会ったけれど」

 彼女は、納得したようにうなずきながら言った。

「へぇ~、そういうものなんだ」

 恐竜の時代にも地方差というものがあることに驚いた。


「ところで……ケンは遠くから来たって言っていたけれど、どうしてこんなところに?」

「まぁ……群れからはぐれた、というのか。まだ、近くにいるとは思うのだが……」

「群れからはぐれた。……だったら、見つかるまでわたし達の群れに来ない? 1匹だけだと、恐ろしい敵に狙われやすくなるから」

 群れでいれば、それだけ生存率も上がる。このカグヤの申し出は、願っても無いことだった。

「おお、それは助かる。ぜひ、お願いできるかな」


「何かわからないことがったら、聞いてね。群れが違うと色々約束事とか違っていたりするみたいだから」

 俺はカグヤの群れに、行くことになった。

 異世界召還でありがちな自己紹介。

「僕の名前は山田太郎、君たち風に言うならタロウ・ヤマダ。姓がヤマダで、名がタロウだよ」

 ……ていうようなことを、やってみたかった。

 で……やってみた結果、こうなってしまった。



 ちなみに、恐竜たちが名乗った名前が、あんな感じの名前になったのは、天才てれびくんの「恐竜惑星」の影響であると、ここで白状します。

 その恐竜惑星には、「春の最初の満月の夜に生まれた最初の息子」と言う名前の恐竜人類(職業:哺乳類研究者)がいて……好きなキャラだったんだ。

 

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