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三・捕れたて新鮮な魚!

「そろそろ、樹から降りようか……なんだか、お腹が」

 恐竜の時代へやってきて、だいぶ落ち着いてきた今、ほんのりお腹がすいてきたのだ。


「……ていうかさ、体は恐竜になったとはいえ、生の虫とか、生の肉とか食べるのは、とても勇気がいるな」

 風に揺れる草木が、濃厚な緑の薫りをまとい、さざめいている。現代では、山の方に行かないとお目にかかれない深い木々が作る濃密な陰に、コケやシダが密生し深緑の濃淡がさらに深間(ふかま)に影を作る。


「木の実とか?」

 針葉の樹の上に生っているのは、青白い鱗片に覆われた楕円形の実。たわわに実ったその実は、一見すると鶏の卵に似ていた。まるで鳥がそこで産み落とし忘れ去っていったかのように、煌々と日に照らされていた。

松毬(まつぼっくり)か……食べれそうにないな」

 地面を見れば、赤い何かが生えていた。

「あれはキノコ……毒々しいキノコ色だ」

 艶やかな傘、滑らかな柄、ベニテングダケもびっくりなすべてが燃えるように真っ赤な色をしており、食べたそばから毒に侵されて爛れ(ただれ)そうな感じであった。辺りが緑であふれているために、その対比によって、ますます赤は凝縮され鮮やかに見えた。

 見つけたもの、そのいずれも食指が動くような造詣をしていなかった。


「川へ行こう、川へ」

 魚なら生でも食べれるだろう。

 



 川と呼ぶには、あまりにも広大な……日本という小さな島国ではまずお目にかかれない大河がそこに広がっていた。対岸が見えないくらい遠く、最初に見たときは湖か海かと思ってしまったほどである。

 河は流れは穏やかで水深は浅く、澄んだ水の流れは太陽にゆらぎ、水面では光が幾何学的な粒子を作り出していた。

「きれいだな……」

 当たり前だが、空き缶もお菓子の袋も、何一つゴミが見当たらないのだ。

 体験したことのない大自然の風景に、しばらく河の流れに見とれていた。しかし、美しい眺めはお腹を満たさない。俺は今、お腹がすいているのだ。

 底にある丸石が黒々と照らされて、岩陰では魚が煌めいた。それを見るや否や、今までの感動はいったいどこへやら。


「獲るか」

 もはや、その魚を食べることしか頭にない俺はそっと河に入る。冷えた流れが鱗の足にしみわたる。コトリと固い石の感触が指の間をくすぐっている。 

「川で水遊びなんて、何年ぶりだろう。……じゃあ、いっちょ獲りますか!」

 手で捕まえようとしたが、さすがは魚である。濡れて滑らかな鱗が、捕らえようとする手から、するりと身をくねらせかわしていく。普通にただ狙っただけでは、捕まえる事ができない。


「ならば、最終手段だ」

 俺は川底にあった拳ほどの石を、川の中に身をおく大岩に勢いよく打ち付けた。

 しかし、力加減が弱かったのか、変化は見られなかった。何回かこの動作を繰り返した。すると、数匹の魚や沢蟹のようなものが浮き上がってきた。うまくいったようだ。

 この手法は、現代においては、多くの川で禁止されている行為だが、今は非常事態のようなものだ。使っても怒られはしないだろう。


 俺は、水面に浮かぶ生物たちを両手に抱え、川を出た。



「おいしかった。毒のある魚が混じっていなくてよかった……」

 川の水で洗ったとはいえ、血の味が残る魚の身は少し生臭かった。けれども、自らの手で獲った新鮮な魚は別格に感じた。とろけるような、それでいてしっかりと弾力のある引き締まった身は噛み心地も最高で、飲み込む時も滑らかに胃の中に落ちていった。

 

「それにしても、血でべっとりたな」

 指や爪に残っている魚の赤黒い血を川の水で丁寧に洗い流し、ついでに水浴びをして体も綺麗にした。

 包丁やナイフといった刃物を持っていなかったので、自らの指についていた鋭い爪を使ったのだ。魚とはいえ、肉を裂く感触を直に味わうのは気持ちがいいものではない。ただでさえ加工されパック詰めされた肉しか馴染みがない現代人、狩りだとか、殺すだとか、そう言った血なまぐさい事からは程遠い生活をしていたのだから。

 

「……狩の道具、何か作ったほうがいいかな。石斧とか石包丁のようなものとか。そうでなくとも、何か武器が欲しい」

 何が出るかわからない森の中、身を守るための道具が欲しいと思ってしまう。

 

「なんとか飯も食べたし、何か作ってみるか……」

 ここは大自然の森の中、材料はたくさんある。俺は様々な形の石や木を集めた。

 外見こそ、この時代に数多存在している普通の恐竜にしか見えないのだが、石や木を手に持ち、何やら作業をしている様子は、この時代には似つかわしくないだろう。


「……あぁ、うまくいかない」

 石斧を作ろうとしているのだが、うまい具合に仕上がらない。しっかりくくりつけたと思っても、何回か振り下ろすうちに蔦が緩み、石が落ちてしまう。蔦の間から飛び出した石は、草むらの奥に転がっていく。

 人間であったときとは違い、恐竜の指は細かい作業をするのが、なかなか難しい。

「人類がいかに指先が器用な生き物だったのか実感するよ……」

 いかに、現代が道具で満ち溢れていて便利だったかわかる。先人たちの知恵と技術と器用さに感服だった。


「どこかに黒曜石があればなぁ」

 学校で縄文時代についての授業をやっていたときを思い出していた。そのときに社会の先生が持ってきた黒曜石でできた石器が印象に残っていたのだ。先生が持ってきたのは、100円玉程度と小さめの黒光りする石の欠片であった。しかし、それはカッターナイフのように、鋭く綺麗に紙を切り裂いたのだ。その切れ味にクラス全員が感嘆の声を上げるほどであった。

 それで弓が作れれば接近しなくとも小動物が狩れそうだが、弓は操作が難しそうだ。そもそも人間である時も使ったことがないのに、今は骨格が変わってしまった。おそらく恐竜の姿では、弓を引く動作は難しいに違いない。仮に黒曜石を見つけても、槍か包丁として使うのが現実的だろう。


「都合よくは、見つかるとは思えないけれど……」

 黒曜石の産地はそう多くない。しかも良質なものが出てくるとなると、限られているのだ。


「もうこの際、この持ちやすい石でいいや」

 道具を作るのは諦めた。実用に耐えうる物かどうかは、わからなかったが、気休めにはなるだろう。何よりも精神的な部分で、何も持っていないより遥かに心強かった。

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