十一話『理想砕く神威』
日本刀を肩に乗せながら歩んでくる男を見据えつつ、俺は頭の中で戦略を組み立てる。
……幸いな事に、戦闘中に武器を生成する相手との戦いはエリミネーターで慣れている。龍腕が使えないハンデはそれでチャラに出来そうだ。
「イデア解放……"無銘:金重"。さぁ、ちゃちゃっと終わらせようぜ」
左手に二本目の刀を発生させながら、男が言った。
二刀流か……しかも相当"堂に入っている"。ただ刀を振り回すタイプのヤツじゃない。何かしら剣術を修めているのだろう。
俺は土魔術で高密度に圧縮した土の剣を生成しながらそう分析した。
土製とは言え、粗悪な刀なら芯からへし折れるぐらいの強度はある。
踏み込み、今度は俺の方から間合いを詰める
「ーー死ね」
「よっ……、とぉ!? 速すぎン、だろぉっ! こりゃ500万じゃ割に合わねぇなーーオラァッ!」
ーー男の頭部を横殴りにするようにして放たれた斬撃は、咄嗟に身をかがめられた事により空振る。
刃の向きを変えて下にある男の頭へ振り降ろそうとするが、それは男の持つ刀により受け流され、行き場を失った土剣がアスファルトの地面を垂直まで切り裂く結果に終わる。
その隙にもう片方の刀が俺の首筋に迫るーーが、一瞬だけ発動させた"精霊王の義眼"で刀の軌道上に局所的な光学防壁を展開して防ぐ。刃は真っ二つにへし折れた。
男は舌打ちしながら後ろに飛び退いて距離を取った。
「……」
「あー……強ぇ、あのクソアマ、怪物退治なんて押し付けやがってよぉ……んだよ、刀で地面を垂直まで切り裂くって。漫画かよ。なんか俺と能力かぶってやがるし」
肩をぐーっと伸ばし、ストレッチをしながら男は悪態をつく。パキパキと小気味いい音が聞こえる。
……天使の侵食が、予想以上に苦しい。普段の六割程度しか速度が出なかった。"エンジェライト"を使うか……?
「……とりあえず、死ね」
「死ね死ね言いやがってよぉ……これがキレる十代ってやつかぁ? 父親の顔が見てみてぇなぁ!」
再び日本刀を出現させながら、男が斬りかかってくる。俺も二本目の土剣を作成して迎え撃つ。
およそ十秒の間に繰り返される数百の剣裁。二刀による手数で圧倒しようとする男の刃を危なげ無く受け、かわし、流し、時に反撃する。だんだんと傷が増えていく男からは、疲弊の色が感じられた。
技量は拮抗している、いや向こうの方が少し上か。しかし身体能力の差があまりに大きい。そろそろ畳み掛けるか。
「"エンジェライト"ーー『一翼』」
「ッッッ!?」
突如として数倍は速くなった俺の動きに着いてこれず、男は胴体を横凪ぎにされてぶっ飛んだ。
咄嗟に受け身を取ったのかギリギリ意識を保っているが、胸部が少し抉れ、直に受けた左腕に至っては半ば切断されプラプラとぶら下がっているだけの状態。
もう二刀流は使えない。決着で良いだろう。
「死ぬか、降伏か、選べ。3秒以内だ。1、2ーー」
「待て待て待て! ……へへ、降参だよ」
「……そうか」
意外と素直に敗北を認めた男を俺は視界の端で睨みながら、エリミネーターを背負い直そうとする。
そして、エンジェライトを発動して逃走しようとしてーー
「陽葵さん、こいつですか? 例のガキ」
「えぇそうよ……やりなさい」
「ーーッ!?」
ーー背後から凄まじい衝撃が俺を襲い、地面を転がりながら吹っ飛ばされた。
咄嗟にそちらを振り向くとーーそこには、ゾロゾロと何十人も武装した連中を引き連れた第一位の姿があった。青い瞳が、ギロリと俺を睨み付けてくる。
「ーー降参だよ、俺はな」
右腕を抑えながら、男はニタリと笑いそう言った。
「東弊、さん……これは」
「……黙りなさい、湊 渚。貴方には今この場で処分を下します」
第一位は僅かに震える手で俺を指差し、脇に控える部下たちに『撃ちなさい』と伝えた。
すると、そいつらは一斉に武器を構えーー
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」「イデア解放」
「ーーがぐ、がぁあぁっっっ!?」
ーー水が、炎が、風が、雷が、光が、重力が、自然が、空気が俺を殺害するという一つの意思を持った嵐となって襲いかかってくる。
数十人から一斉に放たれた理想によって、俺の体がズタズタに引き裂かれていく。再生が間に合わない、このままでは、死ーー
「っ……スティルシアァァァァッッッ!!! 押し返せぇぇぇッッ!!! 」
【ヴァ、ヴぁ、ル"、"ル、ル"光魔法ぅゥ!】
精霊王の義眼に、そう呼び掛ける。
すると恐ろしい勢いで魔力が空っぽになっていく感覚。同時ーー大賢者を彷彿とさせる、光の奔流が迸りイデアの嵐を押し返した。
「南極で龍王を仕留めたイデアの一斉発射が……片目だけでこれ、ねぇ……。つくづく化け物ね、精霊王。でも本体はどうかしら? そろそろガス欠なんじゃない?」
「もう少し……! あと少しだけ頑張ってくれ、スティルシア!」
【まァァりょょょよぉく、リリリリリァ"ァァ"ァ!!!】
ーー魔力切れ。
光が少しずつ細まっていき、発射一秒足らずでイデアの嵐に押し返される。
眼前に迫る圧倒的な力の奔流。俺は、それに呑み込まれた。身を屈め、必死に頭をガードする。
がーーあまりの破壊力に、頭を守ろうと突き出した両手が一瞬で炭化した。
「ぁ、あ……」
四肢を消し飛ばされ、全身が焼け爛れて燃えるように熱い。
意識を失う寸前ーー第一位の『やめ』という声により、イデアの発射は止んだ。
……体が、再生しない。
魔力を使い果たしたのだろうか。頭がクラクラして酷く眠たい。腕は根本から、足は膝から下が千切れている。
低くなった視界の先から、無表情の第一位がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
【……ナ"、ァ"ギザ、ァ? カラ"ダァァア……貸して、ェ"。こイつら、ワタ、シが、ワタシが、ワタシがワタシがワタシがワタシが!!! ミぃヌんヌナァ" ブッ、ブブブブチ殺シ、でぇ"、あゲるルるルルるるルル?!?ルルルル、よォぉぉ??!!!】
「スティル、シア……」
俺の意識が、右目からじんわり広がっていく熱によって塗り潰されていくような感覚。
怒り狂うようなスティルシアの声の幻聴が聴こえる。
俺の視界に、見たことの無いドス黒い魔方陣が展開されていく。
なんだ……? これは。
「……ミナトナギサ。今からでもエリミネーターをこちらに引き渡しなさい。そしたら、今回の件は不問にしてあげる。そのために情報が漏れる危険のある一般駆逐官ではなく、お金で動かせるイデア使い達を連れて来たの」
「……引き渡して、どうする」
「鑑識に回した後、処分するわ」
「じゃあ、無理だ。くたばれクソ女」
「……ああ、そう」
俺が笑いながらそう言うと第一位は、どうしようも無いぐらい動揺した人間がよくそうするように、目を瞬かせたり見開いたりしながら浅く速い呼吸をした。
数瞬だけそうしてから、ゆっくりと俺に人差し指を向けてくる。
……視界の黒魔方陣が、更に濃く大きくなっていく。
「イデア、再発射」
第一位の言葉で、背後のイデア使いたちの手元が再び煌めいた。
それから間も無く発射された"嵐"に、俺は呑み込まれようとーー
「よぉっとぉ!! あはは! えらい事になってるねぇ渚! 何やらかしたのさ! とりあえず一緒に逃げるよー!」
ーー突如、俺を庇うように上空から飛来した一つの人影。そいつがイデアの嵐に手を翳すと、嵐はまるでモーセの逸話みたいに真っ二つに割れて俺には当たらなかった。
白いワイシャツと制服のズボンに身を包んだその人影は、こちらに振り向きつつ中性的な顔を笑顔にして口を開く。
「クシナダ……!?」
「ぴんぽーん! 助けに来たよー、渚」
突然乱入してきたイレギュラーに、イデア使い達がざわつく。
東弊は驚きに顔を歪めながらクシナダを睨む
「っ……この能力は……! 総員、レベル4戦闘体勢! 」
「黙ってなよ金髪おばさぁん! "空から無数の槍が降る"!」
陣形を整えようとするイデア使い達を嘲笑うかのように、天を指差しながらクシナダが叫んだ。
ーーそれとほぼ同時、上空に凄まじい数の"鋭利な何か"が見えた。
「なんだ、これは!?」「がぁぁぁっ!?」「かわせぇぇぇ!! 雨でも氷でもねぇーー"槍"だ!」
空から雨粒の如く降り注ぐ無数の"槍"。
鉄製のそれらは次々地面に突き刺さり、あっという間に銀色の草原を作り上げた。
不思議と俺やクシナダには当たらず、イデア使いだけを正確に撃ち抜き続けている。
「さっ、行こうか。渚」
エリミネーターを引きずりながらこちらに歩いてきて、クシナダは俺に手を差し伸べてくる。
……状況が理解できない。しかし、こいつに着いていく意外の手段があるわけでもない。
俺は、それに頷きーークシナダの背後に、槍の豪雨の中を無傷で疾走する第一位の姿を見た。
そしてクシナダに拳を叩き込もうとしたが、ひょいっとあっさり回避された。
「おおっと……? 危ないよ、金髪おばさん。というか良くかわせてるね、この雨。お仲間はボロボロだけど」
「……」
「じゃあ……"ボクの半径一メートル以内にいる生物学的女性は槍による攻撃を回避してはいけない"」
「ーーっ!?」
ドスリ、と。第一位の腹部を空から降り注ぐ槍の内一本が背後から撃ち抜いた。
第一位は吐血し、ふらふらと倒れそうになりながらもクシナダへ手を伸ばす。
「ふ、ぅっ、ぐぅ……!」
「……ふぅん、ズレた。なるほどね。まあまあ強い能力を持ってるじゃないか。君の能力は"概念干渉系"だね」
『まあ、どうって事はないけど』
そう言ってクシナダは俺とエリミネーターに手を触れさせた。
「"ボクとボクが物理的に触れている地面以外の存在を現在ボクが思い描いている場所までワープさせる"」
「っ……待ちなさい! 龍人、貴方には一体何が見えーー」
「待てって言われて待つヤツは居ないよー。ばいば~い!」
ーー次の瞬間、目の前に広がる景色が屋外から屋内の一室へと切り替わった。
窓の無い六畳ぐらいの広さの一室で、幾つかの間接照明で照らされた空間にはコーヒーの香りが漂っている。
……どこだ、ここは? 一瞬前まで、橋の下に居た筈だ。
「よぃ……しょっと。うわ、ボロボロだねぇ。手足もげてるじゃんか。可哀想に」
クシナダは本棚と机の間に俺とエリミネーターを寝かせ、痛々しそうな表情でそう言った。
「お前……何を、した? どうやって、こんな……」
「それは後ね。まずは傷見せてよ」
クシナダが俺の前でしゃがみ、もげた腕の断面に触れた。
「……"元に戻れ"」
「っ……!?」
ーーその言葉と共に、俺の体に変化が起きた。
優しい光と共に腕と足が再生し、肉に食い込み体を蝕んでいた天使の羽が全て消え去る。
そしてーー体に、魔力がみなぎる感覚。
……先ほど使い切った筈の魔力が、全回復している。
「マジ、か……」
「凄いでしょ、ボク。誉めてもくれても良いんだよ」
パチンと、クシナダが指を鳴らす。すると高級そうなソファがその場に出現して、そこに腰掛けた。
……全く、わけが分からない。どうなっているんだ? そう頭を抱えそうになってーー俺はその時初めて、こういう現象に見覚えがある事に気が付いた。
「……現実、改変?」
ーー規定事象改竄者。
上位モンスター襲来の日、俺が戦ったモンスターと似ている。まるで別々の本の場面と場面を切り貼りしたかのような……チグハグな現象。
「察しが良くて助かるよ……ご名答! ボクの能力は"現実の改変"だ。君も似たようなのと戦った事があるんだってね。あんな二流と一緒にして欲しくはないけど」
足を組み替えながら、クシナダがそう言った。
つまり……クシナダも理想使いという事か? 第一位から貰った資料に、そういうタイプのイデア使いも存在すると書いてあった。
「いいや、彼らの能力とボクの現実改変とは、全くの別物なんだ。むしろずっと"向こう側"に近い物で……うん、もう言っちゃおうかな」
まるで俺の心を読んでいるかのように、クシナダがこちらの疑問に答えた。
……イデアじゃない? なら、それはーー
「ーーボクはね。異界の怪物と地球の人間の混ざり物なのさ。君の戦ったアレより遥かに上位の、現実改変の怪物から生まれた、ね?」
ーーそう言ったクシナダの顔は、うっすら浮かべた笑みの裏に僅かな悲嘆が混じっているように見えた。




