八話『無明の団欒』
「ふあぁぁぁ……ねぇなぎさ、その卵焼きちょうだい」
「一つだけだぞ」
「やったっ! 渚の卵焼きおいしいもんねー!」
俺の弁当箱から取った卵焼きをもぐもぐと幸せそうに頬張るクシナダを眺めながら、俺は教室の窓から外を眺める。
……熾天使との戦闘から、更に三日が過ぎた。あれからは特に何も問題なく(上位クラスとの戦闘が少ないというだけではあるが)平和に過ごせていた。
エリミネーターさんからは『あの日から金髪女の襲撃が更に増えた。たすけてくれ』という嘆きのメールが来ていたが、それぐらいだ。今度缶コーヒーの差し入れでもしに行ってあげよう。
「あれ……誰か携帯鳴ってるぞ」
「バンダイの? ボクはケータイ持ってないから違うよ」
ぼーっとしていると、バンダイの言葉で自分のポケットの中の携帯端末が震えている事に気が付いた。駆逐官用の方だ。
二人に見られないようにしながら画面を確認すると、こんな文面のメールが表示されていた。
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【現在、全国各地で指定宗教団体"神の存在証明"による襲撃事件が相次いでいます。現在の彼らは未知エネルギーを拡散させる特性を持つ特殊な防刃・防弾のコート型兵装と、モンスターの核や特性を利用した独自の兵器に身を固め、個々が壊町級に相当する戦力を保持しています。
"対異"の機動部隊が多くを鎮圧に成功していますが、活動範囲の大きさゆえに対処を切れない場面もまた多いです。その際、駆逐官の皆様には彼らを"モンスター"として処理することが許可されます。人間殺害のペナルティが課せられる事はありませんので、どうかよろしくお願い致します】
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神の存在証明……個々の戦力が、Bランク級?
頬に汗が伝うのを感じた。教団その物の脅威度がBなら分からなくもないが、個人個人の戦力がBランク……人数にもよるが、下手すれば"対異"よりも上なのではなかろうか。
「……流石に人間は殺したくないな」
「スマホを見ながらなに物騒な事を言ってるのだ友よ。FPSのやり過ぎか? ギャルゲーをやれギャルゲーを! なんなら吾のオススメを貸してやってもーー」
「でもお前のギャルゲー熟女出ないじゃん」
「ギャルゲーに熟女が出たらそれはもう"ギャル"ゲーではないだろう……?」
複雑な表情で唸るバンダイに、俺は『論破してやった』と言わんばかりのドヤ顔をキメる。しかしクシナダは異常者を見るような視線を俺へ向けてくる、なんでだ。
「あ、そう言えば……これを見ろ渚、クシナダ! 昨日からずっと見せようと思ってたんだ!」
何かを閃いたように、バンダイが自分のリュックを漁り出した。登山用みたいなサイズで、中にはギッチリとオタクグッズが詰まっている。前に興味本意で重さを計ったら25㎏あって流石に引いた。
こんなのを背負って重くないのかと聞いたら真顔で『……貴様は 愛に重さを感じるのか?』と返してきた事は記憶に新しい。
そんなリュックからバンダイが取り出したのは、ファイルに入った一枚の写真だった。
「……これは」
「ぬは、ぬははははっ! 凄いだろう! "龍人"の生写真だぞ! いくら貴様でもこれには興味あるだろう!?」
写真の枠の中には、蜥蜴のオバケみたいな姿をした漆黒のヒトガタが天使の首を斬り飛ばしている姿が収まっていた。
……バンダイ、あの現場に居たのかよ。前回と言いこいつは天使系のモンスターに何かと縁があるのかもしれない。
「へー……すげー」
「そうだろうそうだろう! ……本当は握手とかして貰いたかったんだが、流石にビビってしまってな。だが次会ったら必ずお願いするぞ!」
「じゃあ代わりに俺と握手しようぜ」
「なんでだ……?」
困惑した顔で手を差し出してきたバンダイと、俺は握手をする。良かったな夢が叶ったぞお前。
そんな馬鹿な事を考えている内に、昼休みが終わる鐘の音が教室に響いた。
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「これは単位円と言い、引いた線に応じて異なる分数をーー」
紙をめくる音と先生の声。そして紙面に黒鉛を擦る音だけが支配する教室で、俺は退屈そうに溜め息を吐いた。
この先生の授業は分からない人を置き去りにするスタイルだから一回でも詰まるとその授業中に巻き返すのは難しい。だから賢い俺はシャーペンを机に置いてぼけーっとしている。
「では、この例題を……湊。解きなさい」
「えっ」
急に名前を呼ばれ、俺は呆けた声を出す。当てられてしまった。まずい。
バンダイに教えて貰おうとして右を見ると、ぐーすかいびきを掻きながら眠っていた。左のクシナダは、真顔でじぃっと窓の外を見つめている。なんなんだこいつらは。まともなのは俺だけか。
俺は仕方なく、重たい足取りで黒板へと向かう。
「えーっと……」
黒板とにらめっこしながら、式を書いていく。先生は何も言わない。怖いぐらい無言だ。間違っているなら言って欲しいんだけど。
式が三行目に入った時、何故かクラス中がざわめきだす。……笑われるならまだしも、俺はそんな個性的な数式を書いているのだろうか。しかし相も変わらず横に立っているであろう先生は何も言ってくれない。
どうしよう、つらい。お腹いたくなったって言って退室しようかな。
四行目で、とうとうざわめきは悲鳴へと変化した。教室から逃げ出している生徒や腰を抜かしている生徒もたくさん居る。
一体、何がどうなってーー
「ーーおい渚ぁっ! そこから逃げろ! 先生の様子おかしいぞ!?」
「……は?」
バンダイの怒号が聞こえ、俺は咄嗟に先生の方に振り向いた。
するとそこに立っていたのは、先程までの数学教師ではなくーーバチバチと雷鳴を放つ槍を投擲の体勢で構えた、黒い天使の姿だった。先生と同じスーツを身に纏い、顔はのっぺらぼう。
『祝詞・雷電聖槍』
「っーー!?」
ーー撃ち込まれた雷槍に反応する間も無く、俺の体は凄まじい雷の奔流に呑み込まれて吹き飛ばされた。
熱でコンクリ製の壁を融解させながら幾つも教室をブチ抜いて、俺はようやく止まった。他クラスの生徒たちから悲鳴が挙がる。
この火力、優にAランクを越えている。俺でも油断した状態で直撃を喰らえば只では済まない。
「が、ぐっ……」
熱で左目が破裂し、視野が狭い。スティルシアの目の方は無傷だ。
軋む体でなんとか立ち上がり、状況を把握しようとしてーー激しい銃声と共に俺の体を無数の弾丸が貫いた。
肩の肉や足の肉が抉られ、俺は再び地に膝を着く。
弾丸……!? あの天使たちが武器を使っているのか……!?
「……流石に硬いな。おい、対物質特殊弾を用意しろ。相手はあの"龍人"だ。たとえ四肢をもいでも油断はするな。瀕死に追い込んだら羽化薬を投与しておけ」
「了解」
「"神の、存在証明"……!」
ーー俺に弾丸を見舞ったであろう白フードのそいつらに、俺は見覚えがあった。
指定宗教団体、"神の存在証明"。最近怪しい動きをしていると第一位が言っていたのを思い出す。
俺を囲むようにして絶えず弾丸を打ち込んでくる白フードどもを睨みながら、俺は全身の傷口から黒い龍の鱗を発生させる。
「発射!」
龍の鱗が全身に拡がり終わると同時、轟音と共に巨大な砲弾が俺へと打ち出された。
その射線上に血液を飛ばすーー幾重にも折り重なった龍腕の防壁が発生し、砲弾を受け止める。数秒とはいえ大賢者の魔法を防いだ実績のある壁だ。砲弾程度では揺るぎさえしない。
『祝詞・炎熱聖剣:参式』
ほっとした束の間ーー背後から凄まじい熱量を感じた。その時初めて、今の砲弾がただのブラフであった事に気が付く。
なにせ……俺に迫る炎の威力は、エリミネーターの炎魔術にさえ迫る、あるいは凌駕したものであると一目で理解できたから。揺らめく陽炎の向こうに黒い天使が見える。
特殊個体かーー当たったら、まずい。
「術式装填……! "アイオライト"!」
紅蓮と激流が、真っ向からぶつかり合う。相性的な問題か俺の方が僅かに圧している様だった。
しかしーー目を疑う光景。ヤツの隣に二体目の黒い天使が現れたのだ。。
『祝詞・炎熱聖剣:参式』
「っ……!? マジ、かよっ!」
一体目と同じく炎の柱を発射した黒い天使。均衡が一気に崩れ、俺が大きく圧される。なんて威力だ。
「爛れ古龍……!」
肩からメキャメキャと成長してきた龍腕が、傘のような形状に変化して俺を守る。
二体居ても流石に爛れ古龍の装甲は貫けないのか、鱗が大きく損傷する様子は無い。表面が焦げ付く程度だ。
「"術式破綻"」
ーーエンジェライト、三翼。
鱗の表面に三枚の翼が浮かび上がり、魔力を赤血球に通す事による大幅な酸素運搬の効率化が始まる。筋繊維の隅々にまで魔力が行き渡るのを感じた。
『祝詞・炎熱聖ーーガ』
刹那の隙を突き、黒い天使たちの背後を取る。そして側頭部に龍腕を巻き付かせコマ紐の要領で思い切り引き抜く。ごきゃり、と天使の首が二体同時にネジ切れた。
「は、ぁ……っ」
灰になっていく天使を確認してから"術式破綻"を解除し、俺は荒れた呼吸を整える。
……かなり強かった。異常なぐらいだ。ランクに直せばーーA以上、S未満程だろうか。とにかく群れて良いようなスペックではない。
耳を済ませば、校内の様々な場所から悲鳴が聞こえる。"天使"はどうやらかなり数が多いらしい。……複数居ても勝てなくは無いだろうが、チマチマやってたら犠牲者が更に増えてしまう。なら……
「ーーエンジェライト・"七翼"」
ーーならば、今の俺が出せる最高出力で全員倒し切るしか無い。短期決戦だ。
筋繊維や血管がブチブチと音を立て、体が全力疾走した後みたいに熱くなる。爆ぜそうになる胸を握りしめながら、俺は教室から出て廊下を睨んだ。
「ハァァァァァァッ……」
深く息を吐き、床を蹴って走り出す。
廊下を駆け巡り、すれ違った天使達を片っ端から龍腕でねじ伏せていく。向こうが俺の姿を認識する前に致命傷を与え、もし気付かれても他個体にその情報が伝達する前に気付いた個体の首をハネる。
「やっ、ばいな……」
10、20、30、36ーー1分足らずでそれだけの数を殺しても、天使の数は一向に減らない。むしろ増えているようにさえ感じる。
……これだけの数、一体どこに潜んでいた? まだ襲撃から五分も経っていないのに。まるで、学校の中で増えているかのようなーー
「ぁ、がぁっ!? るるるるるる!? ふざ、けぇな!? あでゃま、じろいのに、どんどんーー」
「……っ、おい、どうした!? 大丈夫か!」
明らかに様子のおかしい生徒を見つけて駆け寄ると、そいつは前に俺の事をタコ殴りにしたCランク駆逐官の生徒だった。
口端から血泡を吹き、両手を振り回して暴れまわっている。
「りゅうっ、じんっ!? だの"む! だずげでぐれ! 頭ンなか、きもちわりぃ歌がーー■■■■■■■■!!!!!!」
「歌……!? もっと分かりやすく説明……」
ーーそいつの顔にある穴という穴から、ピンク色の肉が吹き出てきて塞いだ。目も鼻も口も耳も肉に塗りつぶされ、あっという間にのっぺらぼうへと変貌してしまう。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
「っ!?」
ーーさっきまで男子生徒"だった"のっぺらぼうの頭上に天使の輪が浮かび上がる。
燃え上がるようなそれは凄まじい熱とプラズマを放ち、さながら太陽のよう。
まさか、まさか、まさかーー頭の奥底で思い描いていた最悪の予想が、目の前の"天使"と結び付き実像を結んでいく。
『祝詞・"日輪拝領"』
日輪の天使から放たれたレーザービームに身を焼かれ、俺は自分の身に纏う龍鱗が融解するのを感じた。
『人間の天使化』。
あまりにもおぞましいソレに身震いしながら、俺は最終兵器のーー精霊王の義眼に、意識を集中させ始めた。
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『file■-Ϡ 【"天使たち"】脅威グレードS
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