七話『"オブシディアン"』
「あ"ーっ……寒いわねぇ。こんな日は焼き芋が食べたくなるわ。最近ぜんぜん焼き芋カーが走ってないんだもの……50年ぐらい前はたっくさん走ってたのに」
「オイオイ……焼き芋カーとかオレがガキの頃でさえ絶滅危惧種だったぜ……? マジで何歳なんだよひまりん」
「次ひまりんって呼んだら殺すわよ」
熾天使を討伐したその後、俺たち三人は街を歩いていた。
ボロボロなせいで目立つジェレマイア、浮世離れした美貌によって目立つ第一位と一緒に歩くのはなんか恥ずかしくて、俺だけ微妙に二人の後ろを着いていく。
「……あ、なんかあそこの屋台にすげぇ人だかりが出来てるぜ。焼き芋ではなさそうだけど行ってみるか?」
「屋台……?」
ふと、といった感じでジェレマイアが前方を指差しながら言った。そちらに目線をやると、確かにそこには人だかりが出来ている。
「おでんとかだと良いわねぇ……行ってみましょうか?」
「おっ、乗り気だなひまりん……っていってぇ!? 蹴った!? 普通に蹴ってんじゃねぇよ!? あ"っ!? ヒールで踏みつけんな!」
ジェレマイアをげしげし蹴りながら歩いていく第一位の背中を追って、俺は列の最後尾に並んだ。
前の方では歓声や黄色い悲鳴が上がっており、まるでそこだけライブ会場のような有り様だ。何がどうなったら屋台でああなるんだ。流石に気になるんだけど。
「あー……? なんだあれ。"異世界タピオカ"……? なかなか奇抜な店名だな。なろうとかに投稿されてそうな名前だぜ」
「えっ」
「タピオカねぇ、あったかいのあるかしら……?」
「あっ」
ワードの節々から感じる凄まじいデジャブに、額を冷や汗が伝う。
背伸びして人の波の向こうを見てみると、そこには人間とは思えない動きで無数のタピオカドリンクを同時に作成する灰髪の男の姿があった。
「キャーッ! ついに出たわ! 乱れタピオカ乱舞"狂い咲き"よ!」「すげぇ……! まるで自然現象が彼に味方しているかのようだ……」「カッコいい……」「ワシはこの業界に50年は居るが、彼は"極み"にあるな……ふっ。ワシもまだ途中、か。おい君! そのフレーバーをボトルで貰おう!」「ぐっ……暴風が吹き荒れて見ている事しか出来ない……!」「これがたぴおかどりんく……流行るのも分かるのぅ、なぁ婆さん」
「……え、なにあれ」
風が具材を運び、どこからか水が涌き、地面から発生した陶器のような容器に全てが納まる。まるで空間そのものがタピオカドリンクを作っているみたいだ。
その中心に居るのは当然エリミネーター。
数秒に一回以上のペースで来る注文を、魔術と身体能力で全て裁き切っている。
「どうなってんだあれ……? なんか何もないところからコップ出て来てねぇか」
「ねえ。メニュー表が百科事典みたいな分厚さなんだけど。あと『ゴブリンの睾丸味』って何かしら。いえ……それに、あの技は。ふふ……僥倖、ね。鎧の中身は割りと男前じゃない」
第一位が『通して』と喧騒の中でも良く通る声で言うと、人の波が割れて道が出来上がった。
それを通ってエリミネーターの目の前まで近寄った第一位は、興味深そうに観察する。
そして、パチンと指をならすーーすると、いつぞやの顔合わせの時のように凄まじい打撃音が鳴り響き、エリミネーターの体が大きく吹っ飛んだ。
人々から悲鳴が上がる。
「っ……! 民間人に……!? おい東弊! やっぱり、てめぇは!」
「いいえ……? ほら見なさい。ほぼ効いてないわ。仮にもイデア持ちのランカーを屠った一撃が、よ」
吹っ飛んだエリミネーターは空中で体勢を整え、電柱を足場にしてバク宙しながら着地した。
アバラが数本折れたのか脇腹を抑えていたが、メキメキという音と共に一瞬で治癒するのが確認できた。
そして第一位を確認し、苦々しげに顔を歪める。
「……なんのつもりだ。東弊 陽葵」
腰を落とし、臨戦態勢に入りながらエリミネーターが問い掛ける。俺には気が付いていないようだ。
「うふふ、前の仕返しよぉ……? 見た感じ武装はしてないみたいだし、今日こそ捕獲させて貰うわ。あの人に言い付けられてるんだもの」
「チィ……」
エリミネーターが自分の人差し指を噛み千切りながら第一位との間合いを詰める。
そして、腕を横に一閃するーー吹き出た血液が日本刀に似た形状の刃物に変化し、第一位の首筋へと迫る。
「飽和した血液を利用した、武器重量無視の高速居合術。それはもう覚えたから当たんないわよぉ……?」
ーー神速の刃はしかし、第一位の首をすり抜けて空を斬った。
……何をした? 次元梟を彷彿とさせる現象だ。アイツの能力の本質がまるで分からない。
俺の目で追えないレベルの高速移動と見えない打撃、それに加え今の"すり抜け"……エリミネーターさんが負けるとは考えにくいが、危なそうだったら助太刀しなくては。
「次はちょっと強く殴るわよー? 降伏するならやめてあげるけど」
「……術式装填・カーネリアン」
「あっそう。じゃあ、お腹に穴空いちゃうかもしれないけど。頑張ってね」
第一位に向け放たれた紅蓮の螺旋ーーさっきの天使の炎が、おままごとに思えるレベルの熱と規模。
「ふーっ」
ーーそれが、第一位の吐息で掻き消された。そして一瞬の後、第一位の姿がその場から消え去る。
「ぁ、ガぁ……ッ!?」
「うっふふ、お腹の中あったかぁい……」
ぐちゃ、ぬぢゃ。
エリミネーターの腹部を素手で貫いた第一位は、その中で内蔵をかき回しながらクスクス笑う。
「とっても痛いでしょう……? あ、これ肝臓かしらね?」
「術式装填……"オブシディアン"!」
「……あら」
エリミネーターの全身に黒い葉脈が走るーーそれと同時、野球ボール程の黒い球体が群れを成して第一位へと襲い掛かった。
外敵を排除しようとする働き蜂の如くそれらに、第一位は拳を叩き込もうとする仕草を見せたが……何故か手を引っ込めて、エリミネーターから距離を取った。
「ふーっ、ふーっ……」
「……"時空掘削球体"。精霊魔法や一部モンスターでしか使用できないと思ってたけど、術式装填でも再現できるのね。敵ながら貴方の引き出しの多さには感服するわ」
「喰らい尽くせ……! "オブシディアン"!」
腹の傷の再生を終えたエリミネーターが叫ぶと、先程まで体の周りで守るようにふわふわ浮いていた黒球の群れが再び第一位へと襲いかかる。
「……あー、今の私じゃ無理ねこれ。お願い龍人」
第一位は向かってくるそれを不愉快そうに睨んだ後、パチンと指を鳴らしーー次の瞬間、俺と第一位の立ち位置が逆転し、俺の眼前に黒球の群れが迫ってきていた。
「うわっ!?」
「……っ坊主!? なぜ……止まれ! オブシディアン!」
俺に着弾する寸前で黒球が急停止し、エリミネーターは辺りを見回し第一位の居場所を探す。
俺も咄嗟に背後を振り向くが、既にそこには呆然としているジェレマイアしか立っておらず……代わりに、いつの間にか俺の手に小さなメモ用紙が握られていた。
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『やっぱり私では勝てそうにないから、今日の所は素直に諦めます。でも彼はどうしても引き入れておきたいから、よかったら貴方が政府に勧誘しといてね』
ひまりん☆より(σ≧▽≦)σ
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「……アイツ」
いやに癪に障る文面の手紙をぐしゃっと握り潰しながら、俺はエリミネーターさんの方へと駆け寄る。と言うかなんで手書きで顔文字を使うんだろう。逆に凄い。
「大丈夫ですか……?」
「……あぁ。しかし折角集まっていた客がみんな逃げてしまった。これ威力業務妨害とかで裁判所に訴えられないだろうか」
「腹ブチ抜かれた事は気にしてないんですか……?」
しょんぼりしながら屋台の中へと戻っていくエリミネーターをに少し呆れながら、俺は溜め息を吐いた。
「……あの金髪女、月に一度ぐらいのペースでオレの居場所を探し出して特攻を仕掛けてくるんだ。無駄に強いし能力の正体も分からない。人混みの中なら仕掛けて来ないかと思ったが……全く、あんなヤツを飼ってる組織のトップの顔が見てみたいな」
「あの人がトップですよ」
「嘘だろ」
この世の終わりみたいな顔で絶望するエリミネーター。
それに共感しつつ、俺は口を開く。
「そう言えば、さっきの技……」
「あぁ、術式装填"黒曜石"だ。半年ほど前から開発していた技でな……次元梟の狩りに着想を得たんだ。カッコいいだろう」
エリミネーターが自分の服に染みた血液に触れると、再び黒い球体がふよふよと発生した。
びゅんびゅん飛び回るそれらは確かに、小規模ではあるが次元梟の狩りを彷彿とさせた。
「へー……」
「ふっ、どうしてもと言うなら、教えてやっても……」
「……術式装填・"オブシディアン"」
次元梟との戦闘時やスティルシアの魔法を思い出しながら、俺は指先を切って出した血液に黒い葉脈を通そうとする。
初めてなせいか、じわじわとだが葉脈が侵食していき……数秒後、そこから黒い球体が発生した。
成功だ。便利そうだから練習しておこう。
「えっ」
「ありがとうございますエリミネーターさん。出来ました」
「……あぁ、うん。なんかもうどうでもいいや」
頬と眉をピクピク痙攣させながら、エリミネーターさんは笑った。
第一位の言うとおり、この人の技レパートリーと現代兵器さえ再現する記憶力は驚異的だ。学べる事は全て学ばせて貰おう。




