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【979 命を喰らった魔法】

王子がマルコを様を殺した・・・・・?


何を言ってるんだ?

王子は自分の気持ちをあまり表に出さないが、誰よりもマルコ様を大切に想っていたじゃないか。

王子とマルコ様には確かな強い絆があった。あんなに信頼し合っていたのに殺すなんてありえない。


「・・・嘘です。馬鹿な事言わないでください。信じられません!」


「嘘じゃない。俺がマルコを殺したんだ・・・・・」


王子は俺から視線を離さず、もう一度自分が殺したと口にした。

淡々とした感情のこもらない声だった。それが俺の背筋をゾッとさせた。


こんな・・・こんな目をしていたか?


王子の瞳からは何の感情も読み取れなかった。

怒りも悲しみもなく、ただ、どこまでも暗く深い闇がそこにある。

俺を見ているようで、その黒い瞳は何も映していないように感じる。


王子の黒い瞳には、ただ空虚な闇が広がっているだけだ。



「・・・お、王子・・・・・」


それ以上言葉が出て来ない。

まるで心を失った抜け殻のようだ。こんな目をした王子に、どんな言葉をかければいいか分からなかった。


一つだけハッキリしているのは、王子は絶望している。

そして失うものが無くなった今、王子は故郷であるカエストゥスを消す事に躊躇がない。


無理もない・・・町は破壊され、民もいなくなり、唯一の肉親であるマルコ様まで失ったんだ。

しかも、どんな状況でかは分からないが、王子は自分で殺したと言っている。


それが本意でなかった事は顔をこの姿を見れば分かる。

だが、どんな理由があったにせよ、王子は自分が殺してしまったという結果に絶望してしまったんだ。


そしてなにもかも全て、諦めてしまった。

だから黒渦を使ったんだ。



俺が言葉を出せずに王子と向き合っていると、ふいに王子が地上に顔を向けた。

ここを見ろ、そう言われた気がして、王子の視線を追って俺も地上に顔を向けると、視線の先には地面に横たわっているマルコ様がいた。



「なッ!?あ、あれは・・・マルコ様・・・」


額から流れている血が、顔の下に赤黒い染みを作っている。

細く柔らかだった金色の髪も、女性と見紛うような美しい顔も、今は泥にまみれてしまっていた。

見開かれたその目には光は無く、何も映していない。


中庭に無残に倒れている姿はあまりに痛々しかった。

俺が王子に向き直ると、すでに俺の方を向いていた王子と目が合った。



「なんで・・・なんでマルコ様が殺されたんですか?」


「ベンの魔道具は幻覚を見せる。俺はそれを知らぬ間に受けていた。そしてベンだと思って撃った相手がマルコだったんだ・・・」


「なっ!?そ、それじゃ・・・王子もあいつに!」


ベン・フィング、あいつの魔道具に俺もメアリーの幻覚を見せられて刺された。

あれは受けた者にしか分からないだろう。幻覚だなんてまったく考えられない。存在感、気配、息遣い、そういったものが全て感じられるんだ。そして愛する人を目にした時、どうして幻だと疑うだろうか?疑うはずがない。疑う理由がない。

それが苦しくも辛い戦場であるならば、その存在にすがりたくなっても、しかたないのではないだろうか。


俺はそれで隙ができてしまったから、言い訳にしかならないが、まさか王子にまでマルコ様の幻覚を見せて、そんな卑劣な真似をしていたなんて・・・外道が!


正直、幻覚がこれほど恐ろしい魔道具だとは思わなかった。

だが、それならやはり、王子は自分の意思でマルコ様を殺したわけじゃない。


「王子・・・王子はあいつの罠にはめられただけなんです。だから・・・」


もちろん分かっている。自分の意思であろうとなかろうと、自分が殺してしまったという事実は消せない。だから王子は全てを消す覚悟で黒渦を使ったんだ。

だけど・・・だけど・・・・・



「ウィッカー・・・・・」


王子は俺の言葉を遮るように、地上で横たわるマルコ様に右手の指先を向けると、持ち上げるようにゆっくりと手の平を上に挙げた。

するとマルコ様の体がぼんやりと輝きながら、静かに浮かび出した。



「・・・魔力・・・」


慎重に、気遣うように浮かび上がって来るマルコ様の遺体を見て、俺は呟いた。

マルコ様の遺体は王子の魔力で護られていたのか。この黒渦に吸い込まれないように。


強烈な風を巻き起こして、地上の全てを吸いつくさんとしている黒渦に、無防備なマルコ様がなぜまだ呑まれていなかったのか分かった。王子が魔力で護っていたんだ。


そしてマルコ様の遺体は王子の隣まで浮かんでくると、静かに止まった。



「・・・・・マルコ、すまない・・・・・」


王子は見開かれたマルコ様の両目に右手を当て、そっとその瞼を下ろした。

ずっと感情の抜け落ちた表情をしていたが、マルコ様を見つめる王子の顔は、深い悲しみで満ちていた。


「・・・王子・・・悪いのは帝国なんです。マルコ様はカエストゥスを愛していました。黒渦を使うなんてマルコ様は望んでいません。俺もまだ戦えます。黒渦を使わなくても、俺と王子なら帝国にだって勝てます。一緒に戦いましょう!だから今すぐ黒渦を止めて下さい!」



「・・・・・ウィッカー・・・・・お前の言う通りなんだろうな・・・・・」


そう言って俺に向き直った王子の顔は、さっきまでとは違い、今度はちゃんと俺を見ている。俺を見て話しをしている。そう感じられた。


俺は初めて王子と目が合ったような気がした。



「この黒渦は生きている。こいつはあの日喰らったバッタの命を取り込んで、生きた魔法になった。いや、もう魔法ではない別の存在・・・しいて言うなら闇だ。お前達がなんで黒渦を二度と使うなと言っていたのか、俺も今になって分かったよ」



王子は上空の黒渦を見上げて話した。

これがどれだけ危険なものなのか、王子も分かってくれた。そうだ、これは一刻も早く消さなければならない。早く、全てが消える前に早く!


「王子、そうです、その通りです。黒渦をこのままにしておいたら、何もかも全てが呑まれてしまう。だから早く消してください!」


「無理だ」


「・・・え?」


無理・・・?何を言ってるんだ?どうして消せない?王子が使っている魔法なんだから、王子に消せないはずがない。


王子の言葉に唖然とする俺に向き直って、王子は言葉を続けた。



「ウィッカー、もう黒渦は消せない。これは俺の手を離れた・・・全ての生命を喰らいつくすまで消える事はない」



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