【977 底の知れない闇】
光源爆裂弾が孤児院を破壊し、巨大な黒煙が空まで立ち昇った光景を、俺はただ呆然と見ていた。
舞い上がり飛び散る火の粉が、髪を焼き、肌を焼くが、熱さを感じる余裕など無かった。
俺は今なにを見ているんだ?
この爆炎はなんだ?どこが燃えているんだ?
自分の見ている光景が信じられなかった。受け入れられなかった。
だが、どう見てもこの方角は孤児院だった。
メアリー・・・・・ティナ・・・・・無事・・・だよな?とっくに逃げているよな?
全身から嫌な汗が吹き出した。呼吸ができないくらい胸が苦しくなり、心臓の鼓動が早くなる。
まさかこの爆発で・・・いや、そんなはずはない!二人はきっと逃げているはずだ!
俺の・・・俺のメアリーが・・・ティナが死んだなんてあるはずが・・・・・
「・・・う、うわぁぁぁぁぁぁー-------メアリィィィー-------ッツ!」
限界だった・・・
頭がどうにかなりそうで、俺は耐え切れずに絶叫した。
絶対に無事だ!メアリーもティナも生きてる!今行くからな!
頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられない。とにかく早く二人の顔を見たかった。
そして地面を蹴り上げて、風魔法で空を飛んだその時・・・・・・
空が一瞬にして真っ暗な闇に染まった。
「ッ!?な、なんだ!?・・・空が急に・・・ま、まさか!?」
足を止めて辺りを見回した。
目に見える限り闇はどこまでも広がり、一切の陽の光が遮られた異常な暗闇だった。
夜の闇とは違う、禍々しささえ感じる暗闇・・・・・
そして漂って来るおぞましい気配・・・・・まさか・・・これは!?
俺はこれをかつて一度目にしている。何年経っても忘れる事などない。忘れられるわけがない。
「王子!まさかっ!?」
振り返って、エンスウィル城の方角に顔を向け・・・そして俺は見た。
「あ・・・あれは・・・くっ!」
やはりそうだ!間違いない!
エンスウィス城の上空で、暗闇がまるで大口を開けるように渦を巻いている。
これは六年前のあの日、数百億ものバッタの群れを喰らいつくした、王子の闇魔法黒渦だ!
「・・・お、王子・・・なぜ、なぜだぁぁぁぁぁーーーーーーーーッツ!」
二度と・・・もう二度と使わないと約束したじゃないか!なにもかも全てを呑み込むつもりか!?
マルコ様はどうした!?止めなかったのか!?
足に纏う風を爆発させ、全速力で一直線に城へと飛んだ!
一秒でも早く行かなければ!王子を止めなけば国そのものが消えてしまう!
王子なぜ黒渦を使った!
「う・・・ぐぅ・・・あ、あれは・・・まさか・・・」
全身の火傷、魔力の拳で殴られた痛みで、もう満足に体を動かす事ができなかった。
だが、倒れている余の目に映った光景に、無理にでも体を起こさなければならなかった。
見た事はなかった。だが話しには聞いていた。そして一目で分かった。
この空を闇に変えた黒い渦が、六年前にカエストゥスを襲ったバッタの群れを殲滅した、タジームの魔法なのだと。
「ぐぅ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・なんと、おぞましい、もの・・・よ・・・あれが、話しに聞いた、闇の渦か・・・・・」
痛みを堪えて上半身を起こし、膝に手をかけて立ち上がった。
それだけで激痛が走り顔が歪むが、倒れるわけにはいかない。
話しに聞いていた通りならば、数百億のバッタをあの渦が呑み込んだというのだから。
ここにいては余まで巻き込まれかねん。
「ぐ・・・はぁ、はぁ・・・早く・・・ここを、離れんと・・・」
頭がふらつき、体を支える足が折れそうになる。
膝に手を置いて、なんとか立っている事で精いっぱいだった。
やはりダメージが大きい。魔力はまだ残っているが、この体でここから脱出できるだろうか。
顔を上げて空を見ると、宙に浮いたタジームが、感情の見えない顔でこちらを見下ろしていた。
闇の渦はまだ発動していないようだが、ぐるぐると渦を巻いているところを見ると、いつ動き出してもおかしくない。
「はぁ・・・はぁ・・・タジーム・・・・・」
ベンの策がはまったところまでは良かった。
だが追い詰め過ぎた。護るべきものが無くなった男にとって、もはやこの世界にはなんの未練も無いのだ。
「こ、皇帝・・・これはあの黒渦です!は、早く逃げなければ!」
緊迫した顔のベンが駆け寄って来た。
こいつはこの魔法を一度経験しているんだったな。額に大粒の汗を浮かべ、大きく動揺している。
この状況に相当な焦りを感じているようだ。
「ベンよ、あれが黒渦という魔法なのだな・・・・・」
「そ、そうです!あれが発動すれば我々まであの闇に呑まれてしまいます!だから早く・・・ぐおッ!?」
「ベ、ベンッ!?」
突如目の前のベンの体が、強い力で後ろに引かれたように倒れこんだ。
そしてそのまま見えない何かに首でも掴まれたように、ズルズルと城の方に引っ張られ始めたのだ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーッツ!こ、こうていぃぃぃぃーーーーーーッツ!」
目を見開き、大口を開けて必死に叫び声を上げる。
両手を伸ばして余に助けを求めるが、余は目の前で起きている事に、驚愕して動く事ができなかった。
「こ、これが・・・っ!?」
これが黒渦なのか!?有無を言わさず相手を引き寄せ、そしてあの渦の中に飲み込むのか!?
余の理解を超えた魔法に体が動かず立ち尽くしていると、足をすくうように風がまとわりついてきて、反射的に後ろに飛び退いた。
「な、なんだ今のは!?・・・ぐぉッ!?」
結果的にこれで硬直がとれて動けるようになった。
だが後方に着地したとたん、今度は上空から引っ張られるような風に体が捕まり、足が浮きそうになる。
う、動けん!なんだこの風は!?風が余の体に巻き付きいているというのか!?
「す、吸い寄せられる!」
引き寄せる風はどんどん強さを増していき、足元の砂利や草もゆっくりと空に浮かび始めた。
こ、これが黒渦の力か!?人だろうと石だろうと、なにもかも全てをあの渦に呑み込むのか!
い、いかん!このままでは余まで!
空を見上げると、闇の渦がまるで意思を持っているかのようにうごめいて、それはまるで嗤っているように歪んで見えた。
「ぐ、ぐぬぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーッツ!
だ、駄目だ!あれはまずい!ここで脱出できねば余はあの闇に・・・・・!
必死に足を踏ん張り、吸い寄せる力に抵抗するが、吸い込む力がどんどん強くなっていく。
少しでも気を抜けば一瞬にして、空に渦巻く闇の口に吸い込まれてしまうだろう。
そして一度闇に吸い込まれれば逃げる事はできない。
今ここでこの風を外すんだ!魔力を爆発させろローランド!外せねば死ぬぞ!
魔力を全開に放出し、引き寄せる風に必死にあらがったその時、ふと上空に浮かぶ、この魔法の術者であるタジームと目が合った。
そしてその目を見た時、余は自分が戦争を仕掛けた国、いや・・・戦いを挑んだ相手が、いったいどういう人間だったのか分かった気がした。
なんだその目は?
余も皇帝になるために、肉親を含め、大勢の人間を殺してきた。
その中で、恨み、憎しみ、そして殺意を、数えきれない程向けられた来た。
だが・・・だが、なんだその目は?
タジームの黒い瞳には、怒りでも憎しみでもない・・・・・
そこにはただ・・・ただ、空虚で底の知れない闇があった。
タジーム・ハメイド・・・・・こいつはもう余を見てはいない。
全てを・・・全てを闇で呑み込み、なにもかも終わりにする気だ。
累々たる屍の上に皇帝の地位を得た。
どれだけの血をこの身に浴びたか分からない。
数多の死線を越えて来た・・・・・
だが・・・・・
体が震える程の恐怖を感じたのは初めてだった。




